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これが現実ならば、熊本市において、その日は長く語り継がれる日となるかもしれない。無論、栄光の一日ではなく、悲劇の一日として……。
「いやああああ、痛い、イダイ、イギャッアアアアアッ――」
市街に響き渡る悲鳴。それだけが世界を満たしているのでは……誰もがそう錯覚する程の、悲痛で苦痛に満ちた叫び。
「ヤメェエエエエエエエエエエ!! 死にたくない、死になくないよおおおおおお……ギャ…………」
その無残な現実を成しているのは、黒の軍団。彼らは、無数の『死』という光景に現実味を与える悪魔じみた姿をしていた。名を、ケイオス・ウロボロスという。彼らは悪意に満ちた口元をニッと歪め、鋭い牙をむき出しにすると、逃げ惑う何の罪のない人々に喰らいつき、容赦なく殺す。
1人、2人、10人、100人、1000人……市街地が面白いように血で染まり、最早肉片のこびりついていない地面を探す方が困難だという有様。
そんな凄惨な光景を前にしても、ケイオス・ウロボロスを率いる指揮官である竜性破滅願望者・中村・裕美は表情一つ曇らせることなく、どころか恋焦がれるように、空を見上げるのであった。
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「皆さん、気を引き締めてください。極めて重大な事態が待ち受けています。ドラゴン復活を目論んでいた黒幕が、とうとう動き出してしまったようなのです!」
何か起こる覚悟はしていた。だが……セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)の頬を冷や汗が伝う。
「どうやら敵が探し求めていたものは、『魔竜王の遺産ドラゴンオーブ』だったようです。その副産物として何体ものドラゴンが復活していた訳なのですが、どうも『魔竜王の遺産ドラゴンオーブ』の在りかについて、敵はあたりをつけた様子。肝心のドラゴンオーブの力については調査中であり、詳しいことが判明していないのですが、その名の通り魔竜王の遺産と伝えられており、魔竜王再臨の鍵となる可能性すらあるそうなのです」
詳しい力が分からずとも、とにかく危険な代物である事は間違いない。ドラゴンの手に、決して渡してはならないものだ。
「ドラゴンオーブの封印場所は『熊本市』にあるようです。その証拠に、竜十字島より出撃したドラゴンの軍勢『アストライオス軍団』がそこへ向かっています。加え――」
セリカが、予知で見た凄惨な光景をケルベロス達に告げる。
「いずれ『熊本市』を襲撃するであろうドラゴンに先立ち、敵は魔空回廊を利用し、配下の軍勢をも送り込んできています。ドラゴンオーブ復活のエネルギー源とするために、熊本市街でグラビティ・チェイン大量略奪を計画しているのです」
その配下の軍勢というのが――ドラグナー、竜牙兵、オーク、屍隷兵。それらが9部隊に別れ、大規模な襲撃を計画している。
「もしもこの戦いで多量のグラビティ・チェインを奪われてしまえば、ドラゴンの軍勢によるドラゴンオーブ奪取を阻止できる可能性が下がってしまうのです」
迫りくる脅威のほどを認識したケルベロス達が、グッと生唾を飲み込む。
「市街地には、依然として大勢の一般市民の皆さんがおられます。9つの軍団とは、そんな市民の皆さんを守り、救出ながらの戦闘になります。敵の目的はグラビティ・チェインなので、市民の皆さんへ降りかかる火の粉は大きなものになるでしょう」
だが、軍という形式を取っているがゆえの弱点も存在する。
「狙うべきは、統率を取っている指揮官です。指揮官さえ撃破することができれば、軍は統率を失います。たとえばオークなら、グラビティ・チェインの代わりに女性を追いかけるようになったりだとか。そうなれば、掃討は容易でしょうね」
だが――。
「かといって、一つの敵軍団を対処するケルベロス側の部隊すべてが指揮官を狙う訳にもいかず、その辺りの采配も重要になってきます。ですが、基本的には市民を守りながら、いかに素早く指揮官を撃破するか……戦略が必要です」
改めて、セリカが会議室のスクリーンに9部隊の情報を表示する。
「一つ目、皆さんもよく知るケイオス・ウロボロスを率いる竜性破滅願望者・中村・裕美率の部隊」
「二つ目は、武術家の死体を利用した屍隷兵を率いる竜闘姫ファイナ・レンブランドの部隊。ファイナは武術を得意としており、後述するリファイアの妹です」
「三つ目は、ファイナの姉、竜闘姫リファイア・レンブランド。竜牙兵を率い、妹と同じく武術に精通しています」
以上が、ドラグナー部隊だ。
「ここからは、オークが指揮官の部隊です。毛色こそ部隊によって違いますが、配下も当然オークになります。まずは、嗜虐王エラガバルス率いる部隊。残虐な暴君として知られており、女性に対する扱いも苛烈。性質は鬼畜であり、配下も同様のモノが集められているかもしれません」
「餓王ゲブルは、『強い女』を求めているようです。そんな女性に強い拘りを抱く彼と同じく、配下も女性に対する拘りがそれぞれあるようです。ですが、配下は飢餓状態であるらしく、理性はないものと思ってください」
「触手大王は、映像を見てもらえば分かりますが、世にも悍ましい姿をしています。これは突然変異によるものらしく、他のオークに比べても巨体です。配下のオークにも、触手が突然変異したものが集められているとのことです」
セリカが、映像を移し替える。
そこには、竜牙兵の姿が。
「これからは、竜牙兵率いる部隊です。黒牙卿・ヴォーダンは、馬のような動物に騎乗した騎士を自称する竜牙兵です。配下は彼と似た見た目ですが、騎乗しておらず、鎧も簡素なものになっています」
「斬り込み隊長イスパトルは、4つの腕に4つの剣を握る剣士です。配下は、2本の腕での二刀流剣士スタイルとの事です」
「最後の軍団は、黒鎖竜牙兵団長。覇空竜アストライオス直属の軍団長になります。暗殺者のような雰囲気を滲ませており、剣と黒鎖を武装しています。配下も、似た姿をしている模様です」
説明を終え、セリカが一息つく。
「後に待ち受けるアストライオス軍団との邂逅。その際の命運を左右する戦いとなるかもしれません。一人でも多くの市民の皆さんを助けてあげてください! それが、やがて私たちの力にもなるはずですから」
参加者 | |
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アンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468) |
ラインハルト・リッチモンド(紅の餓狼・e00956) |
長谷地・智十瀬(ワイルドウェジー・e02352) |
祟・イミナ(祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083) |
卜部・サナ(仔兎剣士・e25183) |
レーヴ・ミラー(ウラエウス・e32349) |
彩葉・戀(蒼き彗星・e41638) |
矢島・塗絵(ネ申絵師・e44161) |
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「無線機器は……ダメみたいですね。ノイズだらけです」
ラインハルト・リッチモンド(紅の餓狼・e00956)の片耳に嵌められたイヤホン。しかし聞こえてくるのは雑音のみで、その機能を果たすことはない。
「……やはりな。だが、俺達のやるべき事は変わらん」
「ええ、私達の為すべき事を為しましょう。仲間を躊躇なく生贄とするような奴らにとって価値があるものが、地球の益となるはずがないのですから」
だが、デウスエクスの技術力……特に今回は中村・裕美という電子機器に精通していそうな敵もいるので、予測はできていた。大した動揺もなく、長谷地・智十瀬(ワイルドウェジー・e02352)、レーヴ・ミラー(ウラエウス・e32349)を筆頭に、ケルベロス達は次々とヘリオンから降下する。
目標は熊本市中央区。その中でも、シンボルとなっている熊本城。
「ドラゴンオーブとやらがあるせいで侵攻の巻き添えに……熊本市民はこの事態を呪いたいかもしれんな……」
空中で、祟・イミナ(祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083)は広がる光景に目を伏せた。風切り音に混じって、人々の悲鳴が聞こえてくるのだ。東京都に及ばぬまでも、栄えた風景。立派な城に、生える市電とグリーンカーペットの緑。それらの一切合切が、陵辱されようとしている。
「全てを救うことは……どうかしらね。それでも、できるだけ被害を抑えることはできるはずよ」
矢島・塗絵(ネ申絵師・e44161)達が担当する中央区は、中でも人口が集中している区域。その途方もない人数を考え、塗絵は「また酷い事になりそうね」そう呟いた。
「……酷い事か-。ボクはもう死者はコリゴリだよーうん」
「それは……私だってそうよ」
「だよねー!」
アンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468)の脳裏をドラゴンによってもたらされた惨劇と、苦い敗戦の記憶が過ぎる。
無論、塗絵だって同じ気持ちで、それはアンノも承知している。
その時、信号弾が降下中のケルベロス達の横を通り過ぎ、空に瞬いた。
そして、ケルベロス達が熊本城天守閣の屋根上に着地しようとした間際、その声は聞こえてきた。
『……ここが最重要拠点だとよくぞ見破った。だが、たかがそれだけの戦力で、私を殺せると思うなっ!』
長い黒髪を風に揺らし、颯爽と天守閣から飛び降りる彼女の正体は――。
「わっわっ! あ、あれ中村・裕美じゃない!?」
「先程の信号弾は指揮官発見を報せるものでしたので、間違いありませんね」
卜部・サナ(仔兎剣士・e25183)の指摘通り、探し求めていた竜性破滅願望者・中村・裕美その人。レーヴがスッと目を細める。
視線の先にいるケイオス・ウロボロスを率いる中村・裕美は、インターフェースを操作していた。
「見よ。あの数は……まずいのぅ」
その作業が終了すると、城の至る所からワラワラと異形の影が沸きだしてくる。30体余りはいるであろう敵の数に、彩葉・戀(蒼き彗星・e41638)が懸念を発する。そしてその懸念通り、中村達は先行していた部隊を取り囲み、今にも圧殺しようと迫り始めたのだ。
サナは、同じタイミングで熊本城への降下を開始していた他班――ピンクのポニーテール髪の少女にアイコンタクトを送る。頷きが返ってくると、ケルベロス達は中村・裕美と相対している班の援護に方針を切り替えた。
サナは改めて熊本城を見据えると、今も恐怖しながら逃げ惑っている人々を思い、燃える気持ちを胸に口を開く。
「お待たせ! ケルベロス、只今参上!」
「妾らが来たからにはもう大丈夫じゃ!」
響く戀の幼げな声。しかし、その声は聞いた印象とは相反する落ち着きを宿していた。
「――Don't get so cocky!」
何者か!? 視線が集まる間際、ラインハルトが放つ居合いは、視界に捉えること叶わず。まるで亡霊の如く。空間や次元を飛び越えるそれは、熊本城天守閣の屋根に潜み、着々と包囲網を狭めていたウロボロス数体を纏めて吹き飛ばす。
「中村くんには借りがあるから、ボクの代わりに返してくれるとありがたいなー、あはっ」
続き、隙だらけのウロボロスへ、上空からアンノが煌めく飛び蹴りを叩き込んだ。
すると――。
「スーパージャスティ、参上」
サナとアイコンタクトを交わした班の一人が、こちらも遅れてなるものか! そんな意気込みを感じさせる正義のヒロインの名乗りと共に、白光の光線で地上のウロボロスを狙い撃つ。
「雑魚共は引き受けた!」
度重なる攻撃に動揺を示す敵陣に、さらに業火が追い打ちを。結果、包囲網が次第に解ける。その様に、忍装束の少女はまるで死神のようにニヤリと笑った。
図らずも形となったケルベロス側の挟撃により、異形の軍団が三つに分断される。
「一体お主ら、どこへ行くつもりじゃ?」
「……貌を見ろ、そして動くな」
「ギイィ!?」
慌てて中村と合流しようとするウロボロス。だが、その逃げ道を塞ぐように戀と、戀が拡散させるオウガ粒子の加護を得たイミナは陣取り、長い黒髪を掻き上げた。その美貌と視線が発する祟りの念に、ウロボロスが怯む。
そして思わず後退した所に、サナの星火燎原の刀身が弧を描きながら襲い掛かった。
「とにかく、お前等をぶっ潰せばいいんだよな? 分かりやすくて有り難いぜ」
市街の方にも、数部隊が向かっているはず。闘争を喜びとする智十瀬としては、戦いに集中できるならばそれに越したことはない。中村との合流は叶わぬと悟り、こちらを囲むように続々と集まってきたウロボロスに、智十瀬は獰猛な笑みで歓迎を示すと、円上に丸まった鎧黒百足から黒光を照射し、薙ぎ払う。
「私達だけの戦いではありません。この場にいない班は、今頃熊本城近郊を基点に外に向かってローラー作戦を実施しているはず。私達が早くこの場を収めることが、事態の収束に繋がるのです!」
「……ええ、せっかく見つけた最前線。あなた達は、絶対にここで食い止めてみせるわ」
こちらに足止めできた総数13体――前衛6中衛2後衛5の布陣を敷くウロボロス。そして、他班が本丸である中村と本格的に戦闘を始めたのをレーヴと塗絵は遠目に眺め。
「行きますよ、プラレチ!」
「目標達成できるだけのグラビティ・チェインを簒奪できるだなんて思わない事ね!」
レーヴがガトリングガンから弾幕を張り、その合間をプラレチが輪の投擲で補う。
塗絵は巨大な刷毛に塗料を塗し、敵陣へ踏み込んだ。少しでも、その動きを鈍らせるために!
「ありがとう、皆! 必ず裕美に一矢報いてみせるよ!」
「本当、助かったよ。これで中村を集中して攻撃できる!」
「全身全霊をもって中村に挑む事を誓うわ!」
怒りの炎を燃やし襲い来るウロボロスの猛攻を受けるケルベロスにとって、力の限り叫ばれた感謝は何よりの力に。
「……例の女も祟りたいが、仕方ない……そちらは譲ろう。……代わりに、ワタシの前に立ち塞がる敵は、一人も残さず祟りきる」
そのためにも、まずは。
イミナが、オウガ粒子を放つ。蝕影鬼が、屋根の瓦を飛ばした。
「微塵切りってな!」
そして、イミナはウロボロスに対し人差し指をクイッと曲げて見せると、帯刀状態で敵陣に突っこむ智十瀬と協力し、牙を剥き出しに殺到する異形の攻撃を受け止めるのであった。
●
「ギィーギィ! キーィ!!」
「こっ……の!」
四方八方から、塗絵の……そして前衛に構えるケルベロスの身体の肉にウロボロスが喰いついては毟り取り、体力を簒奪していく。気付けば血塗れとなっていく肢体と、全身を走る苦痛に塗絵は歯を噛みしめ、自身の身体にグラフィティを描く事で堪えている。
「矢島さん!」
ラインハルトは、これ以上の進行を止めようと、魔力の篭もった咆哮を上げ、前衛のウロボロスをその場に釘付けに。
「これで終わりだ!」
消耗の色濃いDfのウロボロスを狙い、腕の黒々とした鎧を纏わせた智十瀬は、拳を振り抜いた。弱点に命中したのか、拳はウロボロスの漆黒の肉体諸共コアを貫き、消滅に追い込む。
――が!
「もうっ、キリがないよ!」
思わずといった風に、サナが悪態を吐く。
これで4体のウロボロスを、特にDfに至っては全滅に追い込んだとはいえ、それでも敵戦力は衰えず、Cr2体に、Jm2体……そしてSnに至っては5体と、合計9体ものウロボロスが残存している。まして、量産型とはいえ、それなりに高い戦闘力を有すウロボロスだ。
「……守り切れぬか……!」
そのウロボロスが数の暴力で襲ってくれば、簡単に戦闘が推移するはずもない。牙で襲い来るウロボロスに加え、Jmが火炎を吐いてレーヴ達の周囲を広範囲に渡って焼く。対応するために身を張るイミナ、そしてサナでもカバーしきれない。
「くっ、前衛も中衛も後衛も……余裕のある者が一人もおらぬ! ……厄介極まりないのぅ……!」
一人を癒やそうとすれば手が足りず、全体を癒やそうとすれば回復量が心許ない。解決策は、とにかくウロボロスの数を減らすしかない。サナがたまらず咆哮を上げのを戀は確認すると。
「ここで一つ、お聞きあれ。幻想曲」
星々の儚き輝きを聞いた者に想起させる優しい旋律で、イミナを癒やした。
プラレチも、懸命に翼を羽ばたかせる。
「中村くんの事は彼等に任せた訳だけどー、それでもボクって根に持つタイプさからさー」
アンノの瞳が、ジワリと開眼する。ネットリと、纏わり付くような視線をウロボロスに向けた彼は、一転して笑顔を浮かべると。
「安心して死んでいいよ~!」
無造作に虚無球体を放ち、Jm一体を消滅させた。
「アンノ様、ありがとうございます! これで少しは楽になりますか。ですが、今は耐える事に専念するのがよさそうでございますね。戀様これで、月光の癒しを!」
ブレスによる火傷のダメージは、戦闘が進むにつれ厄介なものに。早めにJmを減らせたのは僥倖だろう。レーヴが、癒やしを宿す銀色のカードを戀に投げつける。
「……これで前哨戦って言うんだから、たまらないわよね」
塗絵が、竜砲弾を放つ。この先にドラゴンの軍団が待ち受けているかと思うと、塗絵は目眩がしてくるようだった。しかし、そのドラゴンが目的とする正体不明のオーブ行方は、今この時の成果に関わってくる。
「喰らえ、雷刃突!」
星火燎原が雷を帯び、サナ渾身の突きが繰り出される。
「……怨みをぶつけ合い、一帯を焦がす呪いの業火と化せ。……祟る祟る祟祟祟祟祟祟祟祟祟……争イ、焼ケ…!」
「ギーギァーー! ギィギィッ!」
イミナが生み出した二種の鬼火。纏わり付く湿気を感じさせる怨念の篭もったその炎が、陣地を主張するように周囲のウロボロスを一斉に焼く。
度重なる広範囲の攻撃で、近距離の射程にいるウロボロスも消耗している。加え、数が減るに従って、威力や効力も増している。
禍々しい呪紋を全身に浮かび上がらせたラインハルトが、霊魂を憑依させた喰霊刀でウロボロスの首をはね飛ばし、攻撃手の数を減らす。
だが、後方で構えるウロボロスが立て続けにブレスを吐き出すと、燃え盛る戦場は地獄のような有様に変わり果てる。
「……一人でも……多くの人を助けなきゃ…………ぅぁ……」
未だ健在な敵後衛が放つ苛烈な業火の中に、サナが沈む。
「ッ……卜部さん……! なっ――矢島さんも危険です! 彩葉さん、すぐに回復を!」
「ダメじゃ! 間に合わぬ!」
ラインハルトが求めるが、戀は悲痛な表情で唇を噛みしめた。
サナが戦闘不能となれば、次に消耗が激しいのは塗絵。軍団としてのウロボロスは、ケルベロス達と同じ戦術で、最も体力の少ない者を優先的に狙ってきたのだ。
「……うぅッ!」
残った最後の攻撃手に喰らいつかれ、塗絵の意識が断絶する。
「てめぇ覚悟はできてんだろうなっ!」
智十瀬が、ケルベロスチェインを操作する。縛り上げられたウロボロスは、苦悶の声を漏らしながら息絶える。
戀が、生きる事の罪を肯定するメッセージを奏で、イミナとラインハルトの火傷を少しでも軽くしようとする。
「苦しい時こそ笑顔笑顔!」
アンノも桃色の霧を放出して、フェローに努めた。
「……もう一息でございます……っ」
レーヴが、魔神の力を降臨させる。苦しいが、着実にウロボロスの戦力を削ぐ事はできているのだから。
●
「……藁人形もご立腹だ、縛り上げて祟る」
それは消失間際に蝕影鬼が残した金縛りによって動けなくなったウロボロスを、イミナが藁人形で拘束し、絶命に至らしめたのと同時期――戦闘開始から8分過ぎに起こった。
「ギー!? ギギィー!?」
残りSnのみの4体になろうとも、それまで一切の動揺を見せずに戦い続けていたウロボロスが、急に慌てだしたのだ。
「……そういう事で、ございますか……」
回復不能ダメージが重なったレーヴは、意識を失う間際、その光景を目撃する。
……配下を滅され、ただ一人となった中村・裕美が、ウサギ耳の小柄な少年に回転する刃で深々と切り裂かれ、鮮血を流しながら倒れ込んでいく姿を。
『……私、この戦いが終わったら……南の島にバカンスに行くんだ………………8717万2485秒の不眠不休……取りもど――』
風に乗って聞こえてきた途切れ途切れの最後の言葉は、中村らしいといえばらしいのだろうが。
「あはっ、ざんねーん! 死んじゃったねー、中村くん」
心の底から愉快そうに、浮き足立つウロボロスをアンノが嘲笑う。邪魔者がいなくなった事で届くようになった流星の如き飛び蹴りで、ウロボロスを吹き飛ばす。
「憐れなものです」
「まったくじゃ。あれ程苦戦した敵がこうも……。いや、それよりも今は最後の仕上げといこうかのぅ!」
中村の死後、ウロボロスの戦線は崩壊。命令されれば迷いも躊躇もなく命を捧げるウロボロスが、命令してくれる者がいなくなった途端に慌てふためいている。
ラインハルトが、次元斬を繰り出す。
戀はレーヴを後方に下がらせながら、平静を装いつつも実際はいつ倒れてもおかしくないイミナへ星々の儚き光を音楽に変えて届ける。
そして、イミナの鬼火が再び怨念を撒き散らした。
「あの女……ふざけた台詞を最後まで……笑えねぇんだよ!」
最後の抵抗にウロボロスがブレスを放つ。智十瀬は、身を低く、地を這うようにして炎の海を突っ切ると。
「こっちは二人も怪我負ってんだよ! だから――死んどけ!」
黒い百足が蜷局を巻くような鋼の拳で、ウロボロスを打ち砕くのだった。
(……ついに、来たのね……)
意識だけはなんとか取り戻した塗絵は、横たわったまま空を見ていた。
ゴオオオォォォ!!
塗絵は、耳を劈く音を聞く。東の空の果て。そこからドラゴンの軍勢は現れる。
……ここ、熊本城を一直線に目指して……。
作者:ハル |
重傷:卜部・サナ(星剣士・e25183) 矢島・塗絵(ネ申絵師・e44161) 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年6月23日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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