魔竜王の遺産~サンセット・パレード

作者:秋月きり

 街に悲鳴が木霊する。街に哄笑が木霊する。街に嗚咽が木霊する。街に狂乱が木霊する。
 その日、熊本市を襲ったデウスエクスの侵攻はしかし、今までの小規模な侵略行為とは一線を画していた。
「ゲハハハハハ!」
「カッカッカッカ!」
「貴様ら地球人のグラビティ・チェインをドラゴン様に捧げるのだ!」
 オーク、竜牙兵、屍隷兵、そして、ドラグナー。
 熊本市に開いた魔空回廊から出現した侵略者達――軍勢と呼ぶべき大人数の集団は、手当たり次第に人々を惨殺し、グラビティ・チェインを略奪していく。それがドラゴン達による大規模侵攻の前触れだとは誰も気付けないまま、ただ、無為に、無闇に、無意味に殺されていく。
「誰か――」
 ダレカ、タスケテ。
 しかし、その慟哭は誰に届くと言うのか。その祈りは誰に届くと言うのか。
「ああっ。魔竜王様。必ずっ。必ずドラゴンオーブを手に入れ、貴方様を復活させて見せます!」
 人々の願いを遮る様、眼鏡をかけた細身のドラグナーの声だけが、無情に響き渡るのだった。

「大変! 大侵略期のドラゴンを復活させていた黒幕が、遂に動き出したわ!」
 ヘリポートに響くリーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の声は焦燥に駆られていた。
 彼女の視た未来予知。それは竜十字島より出撃したドラゴンの軍勢『アストライオス軍団』がある都市へ向かう光景だったのだ。彼奴等の目的は――。
「『魔竜王の遺産ドラゴンオーブ』の探索。彼らはその在処を発見したようなの」
 魔竜王の遺産と謳われるドラゴンオーブの力は不明だが、その力は魔竜王の再臨の可能性すらある。リーシャの言葉にケルベロス達は息を飲む。どの程度の力を秘めているかは定かではないが、その力を求めてドラゴン達が動き出していたのも事実。
「ドラゴンオーブがどう言うものであれ、ドラゴン達に渡す訳にいかないわ」
 アストライオス軍団が向かう先は熊本県熊本市。つまり、そこにドラゴンオーブがあると推測される。
 そして、敵はそれだけでは無いようだ。
「ドラゴン達は自身の軍勢に先立ち、魔空回廊を最大限に利用して、配下の軍勢を送り込み、市街の破壊と略奪を行おうとしているの。ドラゴンオーブの封印解除に必要なグラビティ・チェインを確保するために、ね」
 彼女の視た光景は熊本市でドラグナーや竜牙兵、屍隷兵にオークと言ったドラゴンの配下達が虐殺を行う、と言うもの。それらが9つの部隊に分かれ、熊本市街でのグラビティ・チェインの略奪を行おうとしているのだ。
「熊本市で、多くのグラビティ・チェインを略奪されれば、その分だけ、ドラゴン達によるドラゴンオーブの奪取を阻止できる可能性が下がってしまうわ」
 だからまずはドラゴンの配下達による虐殺を止めて欲しい。
 リーシャの願いは切実な表情で紡がれる。
「さっき言った通り、敵は9つの軍団に分かれているわ」
 それぞれドラグナー、オーク、竜牙兵が3軍団ずつ、計9軍団を率いているようだ。
 ドラグナーの首魁は竜性破滅願望者・中村・裕美。竜闘姫ファイナ・レンブランド。竜闘姫リファイア・レンブランド。
 裕美はケイオス・ウロボロスを、ファイナは屍隷兵達を、そしてリファイアは竜牙兵達を率いているようだ。
 オークの首魁は嗜虐王エラガバルス。餓王ゲブル。触手大王。
 いずれもオークを率いているが、エラガバルスは残忍な性格で、ゲブルは『強い女』を求め、触手大王は配下も異常増殖、発達した触手を有しているようだ。
 竜牙兵の首魁は黒牙卿・ヴォーダン。斬り込み隊長イスパトル。黒鎖竜牙兵団長。
 ヴォーダンは黒鎧の騎士型竜牙兵で、イスパトルは四腕の剣士タイプ、そして黒鎖竜牙兵団長は此度の黒幕、覇空竜アストライオス直属の軍団長であるようだ。
 9者とも名うての将だが、配下も精鋭揃いなので、油断できる相手ではない。
「ただ、有能過ぎる指揮官と言うのも問題ね」
 軍団は彼らのカリスマによって維持されていると言っても過言ではない。つまり、指揮官さえ倒してしまえば、ドラゴンの為にグラビティ・チェインを奪取する、と言う命令が遂行されず、各自好き勝手に動き出す様なのだ。
「熊本市民を救出しつつ、敵の指揮官を撃破すれば戦いは有利になるわ」
 その為にどのように動くべきか。それを考えるのが良いかもしれない。
「ドラゴン達の好き勝手を許す訳にいかないわ。……この後、大きな戦いが控えているのも見えているけど、今はまずは着実に、熊本の人々を助ける事を考えて欲しいの」
 そしてリーシャはいつものようにケルベロス達を送り出す。それが、彼女の出来る最大の激励と言わんばかりに。
「それじゃ、いってらっしゃい!」


参加者
天崎・ケイ(地球人の光輪拳士・e00355)
ジークリンデ・エーヴェルヴァイン(幻肢愛のオヒメサマ・e01185)
スノーエル・トリフォリウム(四つの白翼・e02161)
アビス・ゼリュティオ(輝盾の氷壁・e24467)
クリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545)
滝摩・弓月(七つ彩る銘の鐘・e45006)
霜憑・みい(一片氷心・e46584)

■リプレイ

●落陽の宴
 世界は赤く燃えていた。
 沈みゆく太陽は全てを赤く染め上げ。赤く。紅く。朱く。
 そして街は朱に染まっていく。
 それは破壊の色。
 それは惨劇の色。
 それは……それは……、戦の怨嗟。

 少女が走っていた。歳は17、8と言った頃合いか。白いセーラー服に身を包んだ彼女は、整った顔立ちを恐怖に歪め、それでもなお、走っていた。
 彼女の周囲には、破壊された街並みが広がっていた。自身の生まれ育った街の変容を信じたくなくて、でもそれは現実で、故に彼女は走る。逃れる為。そう、逃れる為に。
「はぁ。はぁ。はぁ。はぁ」
 息が苦しい。肺が空気を求め、喉を喘がせる。足が休息を求め、心臓が早鐘を打ち、体力の限界を警告する。それでも足を動かし、走る。走る。走る。
 止まる事は許されていなかった。彼女は追われていたのだ。
「ひゃっはー。女―っ!」
 全ての元凶は、背に掛かる声の主――豚面に触手を持つ巨躯の異形だった。地球を狙う侵略者、ドラゴンに仕えるデウスエクスの一種族、オーク。その一体が彼女を追っていた。
「全くよぅ、ドラゴン様々だぜ!」
 必死に走る少女の速度も、オークにとってみれば徒歩に等しい。それでも彼女に追い付けない、否、追い付かないのはひとえに――。
「おーっと。もっと懸命に走らないと、捕まえちゃうぜ?」
 ミミズを思わせる太い触手が、少女の足に絡みつく。必死に避けた為、転倒は免れたが、触手の先の爪は少女のスカートを切り裂き、白い腿を露わにしていた。
「はーっはっはっは。逃げろ逃げろ」
 次の一撃は肩口。皮膚に傷をつけず、だが、裂かれたセーラー服の隙間からは、白い肩紐――ブラジャーの線と、緩やかな女性らしい曲線を覗かせた。
 そう。オークは獲物である少女を嬲っていたのだ。
 このまま魔空回廊に連れ去ってしまえばオーク全体の奴隷となってしまう。まして、今はドラゴン達による作戦遂行中だ。獲物はオーク達の物とならず、そのままグラビティ・チェイン搾取の為、殺されてしまう可能性もある。
 ならば、せめてもと、無聊の慰み物とするのも一興だと、獲物をいたぶる事にしたのだ。動かなくなるまで遊ぶのも一興。拉致をせず、この場で欲望の捌け口にするのもまた一興だった。
 やがて少女の足が止まる。一介の地球人にデウスエクスから逃れるだけの体力など、在る筈も無かった。
「おや? もう終わりか?」
 もはや一歩も動けないと、ぺたりと座り込んだ少女は酸素を求め、喘ぐ。その喘ぎを別の物に変えてやると喜色を浮かべ、オークは触手を伸ばす。
 ――煌きは、その刹那に輝く。
「よーし、もう大丈夫だ」
 その黒刃の一太刀は達人の如く。文字通り、鎧袖一触の一撃がオークの触手を斬り飛ばし、服を切り裂いた爪が地面へと突き刺さる。
 一刀でオークの触手を斬り伏せた男――ギルフォード・アドレウス(咎人・e21730)が浮かべた笑顔は、この世に絶望した少女に強く浸透していった。
「我々が、来た」
「ねぇ? 怪我はない? 服は……ちょっと待って。すぐに癒すからね」
 スノーエル・トリフォリウム(四つの白翼・e02161)の紡ぐ歌声は、希望を少女に分け与えていく。優しく、強く、真っ直ぐに。謳われた希望は少女の服を、まるで逆再生の様に修復していく。
「――♪」
 共に唄うマシュのヒールグラビティも重なり、少女の衣服は元通りになっていた。
「要救助者発見であります! それと……」
 少女に掛けられた毛布はクリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545)が用意したもの。そして。
「果たして、狩る側はどちらなのでしょうね?」
「気に入らないね。目障りだし、消えてもらうよ」
「――ガっ」
 オークの胸に貫手が生える。同時に放たれた冷気はオークから零れる体液を凍結させ、幾多の凍傷を刻みゆく。
 天崎・ケイ(地球人の光輪拳士・e00355)の振るった拳はオークの命を刈り取り、アビス・ゼリュティオ(輝盾の氷壁・e24467)の手刀が生み出す冷気はその身体を凝固していった。
「さて、そろそろ殺すわ」
 止めとばかりに放たれたジークリンデ・エーヴェルヴァイン(幻肢愛のオヒメサマ・e01185)の回し蹴りはオークの顔面を潰し、その命を消滅させるのだった。

●サンセットパレード
「他に助けの必要な人はいませんかー?」
 霜憑・みい(一片氷心・e46584)の呼びかけが響く中、滝摩・弓月(七つ彩る銘の鐘・e45006)は追われていた少女の顔を覗き込む。
 涙の痕が残る顔を拭って欲しいと差し出したハンカチは、見る間にぐちょぐちょに汚れていく。
 無理もない。一般人である彼女がデウスエクスに終われ、無事だっただけ――生きていただけでも僥倖なのだ。精神的外傷にならなければ良いな、と思ってしまう。
「撃破したオークは10体。助けた人々は4組に及ぶわ」
 街に点在する避難所の一つに案内しながら、ジークリンデは倒した敵の数を指折り数える。その表情が少しだけ明るく輝いているのは、戦における高揚感の為だろうか。
「本当にオークは……」
 憤慨にも似た感情をケイが零す。その身体を包む衣装は女性物のチャイナドレスで、傍目からは長身の女性にしか見えないが、彼は歴とした男性であった。
 なお、趣味ではない。少しでもオークの気を引けるよう、致し方なく選んだ格好である。……おそらく、きっと。
「問答無用で殺すデウスエクスでなかったから良かったんだよ。でも……」
 竜牙兵や屍隷兵と違い、オークの行動原理は自身の性欲や征服欲による物だ。とは言え、被害の拡大が遅延するだけで、減少する訳ではなく、その憤りを憮スノーエルが憮然と呟く。
「ともあれ、一人でも多くの人間を救うんだ。それが俺達の使命だからな」
 仲間に、そして自分自身に言い聞かせるようにギルフォードが声を上げる。
 ケルベロス達の頷きは、皆が同じ気持ちを共有している事を意味していた。

 熊本市南区の戦場を選択した彼らの目的は、逃げ惑う一般人の保護だった。
 魔竜王の遺産に用いるグラビティ・チェインを敵が欲しているのならば、その妨害が最たる防衛になる。その決断の下、彼らは戦いで崩壊した熊本の街を駆け抜ける。
 一人でも多くの命を救う為。
 一体でも多くの敵を屠る為。
 地球を護る番犬にして侵略者を屠る猟犬。
 それが地獄の番犬、ケルベロスに課せられた役割だ。

「可能ならば、全ての人を救いたかったでありますが……」
 破壊された建物と、そこに残る血の跡を見詰めながら零すクリームヒルトの独白は、苦渋に染まっていた。
「仕方ない。手の届く範囲の命を救えればそれでいいと、割り切るしかないよ」
 そんな彼女を慰める様にかけられたアビスの声は、何処かつっけんどんで。
 何となく彼女らしいなぁ、との感想を抱いてしまう。
 破壊された建物はヒールで治る。人の営みはいずれ正常に戻る。だが、この戦いで犠牲となった人々は……。
「ヘリオライダーの予知は万能じゃない。全てを救う事が出来ると豪語出来る程、私たちも傲慢になれない」
 でも、と口にするみいの口調は明るく、彼女に従うビハインド、兄さんはこくりと頷く事で、彼女に同意を示していた。
「――戦う意味がないなんて思いません」
 弓月の断言に、一同は是との声を上げる。守る為に戦う。大切な人々の為に戦う。それが、彼らの決めた戦う理由だった。

「……あっちの方向にオークの集団がいたよ」
 空からゆるりと降り立ったスノーエルの言葉は一同に緊張感を走らせる。
「数は10体程であります。女性を拉致している様子はなかったでありますが……」
「放置する理由もないね」
 同じく偵察から戻ったクリームヒルトの言葉と、それを引き継いだアビスの言葉は至極全うで、故にケルベロス達は頷き、己が得物を取り出す。
 無辜の市民が犠牲になる前に、原因となるデウスエクスを排除する。この戦場における当然の思考は、戦いの形に帰結していく。
「いくぞ」
 短いギルフォードの宣言が、鬨の声となった。

●戦場を駆ける番犬
 剣戟が響き、血煙が零れる。
「何ッ! ケルベロスだとッ!」
「伝令をっ。ゲブル様に伝えるんだ!!」
 突如乱入した12の人影に浮足立つオーク達は、それでも己が敵に対応すべく、叱咤の声を上げる。
(「今までのオークとは違うんだ」)
 軍隊の如く統制された彼らに対する弓月の感想は感嘆混じりの物だった。
 好き勝手に動くならず者と違い、統制の取れた集団はその厄介さが何倍にも膨れ上がる。おそらく統率者の性質による物なのだろうか。敵ながら天晴、という言葉が相応しい様に思えた。
 だが、それも統制されればの話だ。今はまだ、その時ではない。
「これが私の楽しみです。どうぞ、御覧あれ」
 混乱に拍車をかける様に描かれる弓月のだまし絵は、叱咤するオークの精神を侵し、思考を麻痺させていく。リーダー格の動きが止まれば、オーク達の連携が崩れるのは必至だった。
「止まって頂けますか? そこからは通せません!」
 ケルベロス達を無視し、駆け出そうとしたオークに向けられた刃はビハインド、兄さんの持つ得物。そして、みいの放つ赤い霜柱だった。
 地面から石筍よろしく出現した赤い氷の杭に足を貫かれ、動きを止めたオークに黒い影が肉薄する。
「鬼神の一撃……その身で受けてみますか?」
 ケイが放つ発勁は閃光と共にオークの身体を貫く。
 まさしく七孔噴血の勢いで絶命したオークはそのまま消失。光の粒と化し、無へと帰していく。
「申し訳ございませんが、これ以上、貴方達が先に進む事は叶いません」
 拱手を取るケイの言葉は丁寧に綴られ。
「情報伝達も、仲間への合流も認めない」
 禍々しい深蒼色の刃と漆黒の刃を振るうギルフォードの一撃は、言葉を失ったオークの一体を切り伏せる。
「――もちろん、逃げる事もね」
 にぃっと笑うジークリンデの笑みは、戦場の狂気に彩られていた。
「私は私のコトバで語る。憎い殺すわ。獣と姫は貴方の命をご所望よ。甘く苦い愛憎の溶熱で、貴方を美味しく頂くわ!」
 そして獣の姫は愛憎を詠唱する。
 何処かで響く可憐な少女の声は、しかして地獄からの正令となり、オーク達を切り刻む。好き。愛してる。憎い。殺す。表裏一体となる幾多の感情に貫かれたオークが最期に見た幻影は、甘い少女による抱擁。
 地獄の炎に焼かれ、死の楔を刻まれるその瞬間まで、呆けた顔を浮かべられたのは、或る意味、幸せだったのかもしれない。
「応戦しろ! 敵は大半がサーヴァント使いだ! 数に圧倒されるな!」
「……慧眼ね」
 混乱から立ち直りつつあるオークの怒号に、感心の声がアビスから漏れる。確かに12人の大所帯とは言え、その三分の一はコキュートスを始めとしたサーヴァント達だ。サーヴァント、そしてサーヴァント使い達に課せられた制約を考えると、8体にまで減じたオークが数の上で不利とは言い難い。
 アビスの思考を掻き消す様、金属音が響く。
 それはオークが槍の如く伸ばした触手を彼女の展開した氷の盾が打ち払った音だった。
「……無駄だよ」
 通告の如く、アビスの声が静かに響く。驚愕の表情に染まるオークに向けられた息吹の色は蒼。コキュートスの吐く氷のブレスが、穢らわしい豚の身体を灼いていく。
「――っ」
 息を飲むオークの表情に浮かんだ感情は、恐怖だった。
 だが、それでも彼らもまた歴戦の戦士。ここで引く事は許されていない。まして、彼らの将はそれを良しとしないだろう。
 ならばと上がる咆哮は、欲望の色に染まっていた。
「――聞け。同胞たち! 男は、餓鬼は殺せ。ドラゴンの為、グラビティ・チェインに墜としてしまえ。そしてここにいる5体の女は」
 後に、ケルベロス達は流石、オークだと語る事になる。
「好きにして構わん!」
「ヒャッハーっ!!」
 恐怖の感情よりも欲望を満たす思いの方が強いのか、オーク達に上がった歓声は喜びに彩られていた。
「5人?」
 オーク達による攻撃からの治癒に専念するスノーエルは、えーっとと仲間を指さす。
 15歳未満のアビス、そして弓月は対象外として、当然、サーヴァントも数に含めないだろう。6人の内、オークが対象とする『成人女性』と言うカテゴリーに含まれるのは自身、ジークリンデ、クリームヒルト、そして、みい。
「……あ、成程」
「いや、狙いはそうでしたけど! 実際言われると引いてしまいますね!」
 スリットから覗く足で踵落としを決めるケイの声は何処か、悲鳴にも似ていた。
 斯くして、ケルベロスとオーク、二つの陣営によるぶつかり合いは阿鼻叫喚の惨劇を彩っていく。番犬と侵略者の激しい攻防はやがて激化して行き、彼らを戦争の色に染め上げて行った。

●そして、いつの日か
「信じられたのは、そう……あなたがいたから……」
 スノーエルの歌声が響く。それは破壊された建物を癒し、元ある形へと転じていく。
「……ふぅ。終わったわね」
 自身の傷を治癒するジークリンデの表情は、むしろ、憑き物が落ちたように晴れ晴れとしていた。最後の最後にぶつかったオークが軍隊を思わせる難敵で、その撃破は彼女の戦闘欲求を満足させるのに充分だった。
「最後に敵が浮足だったのも助かりました」
 弓月の感想にみいが頷く。おそらくあの瞬間、彼らの首魁である飢王ゲブルが討たれたのだろう。それを何らかの形で悟った彼らは統制を失い、そしてケルベロス達に討たれる最期となってしまった。
「なんにせよ、まだ逃げ遅れた人がいるかもしれません。デウスエクスの侵攻が無い分安全ですが、気を引き締めて探索しましょう」
「そう、だな」
 今は侵攻無くとも、被害は完全に終息していない。戦火による火事や建物の崩落は未だ、人々を苦しめている。ケイの言葉通り、逃げ遅れた人がいるならば、それを助けるのもケルベロスの役目だとギルフォードは首肯する。
「それでは、ボクらは空から探索するであります」
「あ、待って待って」
 クリームヒルトの言葉に頷くアビス。そこにスノーエルが続き、二者の光の翼、そして二対の天使の翼がはためく。

 見下ろす先ではどこも彼処も黒煙が立ち上っていた。
 熊本の街のありとあらゆる場所で激しい戦闘が繰り広げられたことが見て取れる。
 それでも……とアビスは思う。
 此度、激しい戦いが起きても、人々は負けなかった。
 おそらく、直ぐにドラゴン達の本陣がやって来るだろう。その戦いもまた、激しい物となるだろうが、負ける事は無いと信じれた。
 それだけの強さが自分達に、そして地球の人々にあるのだから。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月23日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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