魔竜王の遺産~一人でも多くの命を

作者:ハッピーエンド

 熊本県熊本市。日本最南端の政令指定都市。多くの人命を抱えるこのイチョウ型の都市に、招かれざる客は飛来した。
 黒々としたガリガリの悪鬼が市民に飛び掛かり、そのグラビティ・チェインを奪っていく。
 悲鳴、慟哭の声をBGMに、悪鬼は翼をはためかせ、真紅の瞳をギョロギョロさせながら獲物を漁っていく。
「逃げろ!! 早く逃げるんだ!!」
「子供に手ぇ出すんじゃなか!! こん化け物!!」
「ケルベロスが来るまで、女子供を護り抜け!!」
 勇敢な男たちがその身体を盾として、次々に倒れていく。連れ添うように女も倒れ、子供の泣き声が響き、そして消えていく。
 朱に染まる地獄の大地で、女と見える敵影が、青白い手をかざしながらうっすらと笑みを浮かべていた。
「全ては、ドラゴン種族の未来の為に……」

 作戦会議室に集まったケルベロス達が見たものは、怒りとも恐怖とも判別のし難い表情で、拳を握りしめるアモーレ・ラブクラフト(深遠なる愛のヘリオライダー・en0261)の姿だった。
「集まりましたか」
 静かに声を出すと、目を瞑り、ゆっくり息を吸い、細く吐き出す。
「ドラゴンが、軍勢として動き出します」
 ガタンッ!
 思わず立ち上がったケルベロスがいた。最強部族ドラゴン。個々に対処しても余りある存在が、遂に軍勢で動くという。
「竜十字島より出撃したドラゴンの軍勢『アストライオス軍団』。『熊本市』に向かって進攻中です。
 目下の敵となるのは、その先行部隊。ドラグナー、竜牙兵、オーク、屍隷兵の部隊が9つ。市街の破壊と略奪を行おうとしております」
 組織だった攻勢。熊本市にドラゴンの狙いとなるものがあるのか? ケルベロスが問う。
「『ドラゴンオーブ』。魔竜王の遺産ともいわれ、その力は魔竜王を再臨させる可能性すらあると言われる代物です」
 そんなものが、熊本市にあるのか……。息を呑む音が聞こえた。
「今回の攻勢は、ドラゴンオーブの奪取及び、封印解除に必要なグラビティ・チェインの略奪が目的となっているようです。
 先行隊の任務はグラビティ・チェインの略奪。
 グラビティ・チェインを略奪されればされるだけ、本隊によるドラゴンオーブ奪取の阻止は困難となるでしょう」
 ドラゴン以外との戦いだとしても、気は抜けないということか。
「また、今回の先行隊には、大侵略期のドラゴンを復活させていた黒幕の姿もあるようです」
 中村・裕美。誰かがその名を口にした。先日から多くのケルベロスを重傷へと追いやったドラゴンの襲撃事件。その黒幕の名である。そいつが遂に、手の届く所へ来るという。

「皆さまには、市民を救助しながら敵の撃破に当たっていただきます。まずは今から読み上げる9つの部隊から、迎撃対象を1つ選択ください。

 ドラグナーが指揮する部隊が3つ。
 ドラゴン復活事件の元凶。竜性破滅願望者、中村・裕美を指揮官とするケイオス・ウロボロス部隊。
 武術を得意とする、レンブランド姉妹の姉。竜闘姫リファイア・レンブランドを指揮官とする武術巧者の竜牙兵部隊。
 武術を得意とする、レンブランド姉妹の妹。竜闘姫ファイナ・レンブランドを指揮官とする武術家の屍隷兵部隊。

 オークが指揮する部隊が3つ。
 苛烈極まる扱いで捕らえた女性を痛めつける、嗜虐王エラガバルスを指揮官とする、血族でかためられたオーク部隊。
 強い女を求めるオークの王、餓王ゲブルを指揮官とする、飢餓状態のオーク部隊。
 突然変異で触手が異常増殖&異常発達した巨大オーク、触手大王を指揮官とする、触手が異常発達した3人の王子と配下達で構成されるオーク部隊。

 竜牙兵が指揮する部隊が3つ。
 黒鎧の騎士型竜牙兵、黒牙卿・ヴォーダンを指揮官とする歩兵竜牙兵部隊。
 四腕の剣士型竜牙兵、斬り込み隊長イスパトルを指揮官とする剣士竜牙兵部隊。
 今回の大ボスである覇空竜アストライオス直属の軍団長、黒鎖竜牙兵団長を指揮官とする黒鎖竜牙兵部隊。

 以上の9部隊となっております」
 錚々たる面々の名に、ケルベロスは息を呑む。
「作戦は、各指揮官の撃退及び、配下部隊の掃討となります。
 指揮官存命中は、配下もグラビティ・チェインの略奪を最優先し、市民の虐殺に全力を注ぐでしょう。
 ですが、指揮官を撃破すれば個々の欲望を優先し、統率が乱れます。各個撃破が容易となるでしょう。
 ただし、全員が指揮官にかかりきりとなると、市民の犠牲は雪だるま式に増えていきます。
 市民を守りながらボスを出来るだけ早く撃破する。それが今回求められる、最良の戦い方となります」
 難問だな……。だが、やるしかない! ケルベロスたちの間で、気勢が上がっていった。

「これは、ドラゴンの野望を打ち砕く一戦であると同時に、多くの熊本市民を救う一戦でもあります。弱き者を護るその牙を、存分にお振るい下さい」
 一人でも多くの命を……。アモーレは真摯に頭を下げるのだった。


参加者
望月・巌(昼之月・e00281)
桐山・憩(コボルト・e00836)
レカ・ビアバルナ(ソムニウム・e00931)
レイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510)
アドルフ・ペルシュロン(塞翁が馬・e18413)
葛城・かごめ(変種第一号・e26055)
ラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)
ナザク・ジェイド(甘い哲学・e46641)

■リプレイ

 最初に見た光景は、流される人の群れ。
 我先に、辺り構わず駆け抜ける人波。
 流れに遅れてひた走るのは、助け合う人々。老人、子供、傷病者を護り、己が身を危険にさらす人達がいる。
「助けに来たぞ!! ケルベロスだ!! 聞いてくれ! 避難するのに、より安全な方角がある! 南東の方角、つまり、こちら側の方が安全だ!!」
「私たちはデウスエクスを倒していくわ!! 弱い人には手を貸して!! 助け合って冷静に避難して!!」
 悲鳴と怒声が静まっていく。代わりに沸いたのは希望の声。
 割り込みヴォイスは良く響く。望月・巌(昼之月・e00281)の野太い声と、葛城・かごめ(変種第一号・e26055)の生真面目な声を受け、人々は一斉に南東を目指した。
 幸い、崩落などは起こっていない。逃げ道を塞ぐものは無い。
 人ごみを逆走し、竜牙兵を探す番犬達。一瞬、巌の視線が逃げる市民に奪われた。が、すぐに前を向く。
 今できる最大の救助は、敵を打ち砕くこと。敵の狙いは市民の虐殺、なら殺られる前に殺ればいいのさ。攻撃は最大の防御ってな! 銃を握る拳に力が込もる。
 走り行く中で、二人の男が地面に線を引いていた。愛嬌のある顔をした白馬、アドルフ・ペルシュロン(塞翁が馬・e18413)。色白なサキュバス、ナザク・ジェイド(甘い哲学・e46641)。
 自分たちが通り過ぎた後でも人々が迷わないように。誰かが助けに動いていると心に力を与えるために、希望の道を照らして走る。
 不意に目の前で老婆が転んだ。人波に呑まれ、動くことが叶わない。
 眼光鋭いヤンキーレプリカントが老婆を救おうと手を伸ばした。桐山・憩(コボルト・e00836)。
 だが、同時に差し伸べられた手もあった。
「本官が!」
 言葉はそれだけ。
 憩は口の端を持ち上げると、一言だけ叫んですぐにその場から駆け出した。
「高齢者と子供は早くバスに乗れ! 元気なヤツは走れ! 以上、解散!」
 良い眼をしてやがった。そうだな、救助はお前らに任せるよ。替わりに私は竜牙兵を潰してやる。
 ――轟音が聞こえた。今日初めて見つけた敵の影。
「怯エロ! 竦メ! 恐怖ト憎悪デ心ヲ清メルガイイ!!」
「我先ニ、周リヲ蹴散ラシ逃ゲ惑エ!」
 下卑た声で下卑たことを叫び散らす。二体の竜牙兵は、一人の老人に目を止めると立ち止まった。
 杖を上段に構え、鋭い眼光で敵を睨みつける一般人の老人。その後ろには逃げ遅れた老婆の姿があった。
 竜牙兵は汚物を見るように蔑みの目を向け、
「死ネ」
 拳を振りかぶり――。
 シュッ!
 超自然的な力がドクロを撃ち抜き、その身体をハンバーガーショップの中まで吹っ飛ばした。
「来てくれたのか!」
 老人が見つめた先には、残心の構えで橙の髪を揺らす繊細なエルフ。レカ・ビアバルナ(ソムニウム・e00931)。
 竜牙兵に動揺が走る。
「ケルベロスダト!? 修羅、雑魚ヲ殺セ!!」
「強引なナンパは嫌われるぜ?」
 疾風の弾丸が敵の腕を砕き、紅蓮に燃えたライドキャリバーが敵を跳ね飛ばした。
 飄々とした銀狼、レイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510)。『ファントム』に跨り二丁拳銃をクルクル回している。
 同時に、空からくせっ毛の少年ドラゴニアンが降ってきた。
 ラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)。敵指揮官を探し上空を偵察していたのだ。着陸時の隙を埋めるようにアドルフとナザクがガードに入る。
「指揮官は見つかったか?」
「ダメだ。無線も通じなかったぜ」
 悔しそうに首を振る。憩は自身のアイズフォンも試し、
「クソッ! 通じねぇ!」
 苛立たし気にギザギザの歯を軋ませた。
 あの野郎だ。今回の首謀者、グルグル眼鏡のあいつ。中村。妨害電波を垂れ流すために生きているような面してやがったからな。間違いない。
「中村ぁ!! 削るぞてめぇ!!」
 怒りの咆哮は中央区にいる中村へ。憩の身体から現れた小型無人航空機が、味方を護るように飛び交った。
 番犬と竜牙兵の戦いが本格的に始まる。
 その前に、しなければならないことが一つある。
 レカが老夫婦に寄り添った。
 ここは危険。一刻も早く逃げてもらわなければならない。
「地元が戦場と化し、さぞお辛いことでしょうね……。もう大丈夫ですよ。私達に任せてお逃げください、ね」
「ほんなこつありがたか!」
 老夫婦はレカの手を温かく握りしめると、連れ添って南東へと走り去った。
 絶対敵わない相手に対峙した恐怖は、どれほどのものだったのだろうか。それほどまでに救いたい人がいたのだ。老人の想いが胸に響く。
 助かって欲しい。そう思った。
 護ろう。この手が届く限り。全身を伸ばして。
 その想いは力となって、敵を穿つ光となった。

 初戦は危なげ無く勝利した。
 番犬は探し、声をかけ、できることをすべてしながら、時間を失わないように進み行く。
 この壁の裏で、誰かがドクロの拳に襲われ、人生を摺り潰されているかも知れないのだ。
 必死で目を凝らし、耳を尖らせていく。
 ――見つけた。
 ラルバの瞳が竜牙兵を捉えた。
 うずくまる子供たち。茶色いマスコットが立ちはだかっている。震える手で、お土産コーナーにありそうな模造刀を握りしめ、子供たちを逃がそうと。
 子供を庇って死ぬ気だ――。
 ラルバの中で何かが弾けた。
「だめだ! あなたも助からないとだめだ!!」
 ドラゴニアンの少年は疾風となって駆け抜けた。爆風が荒れ狂い、竜牙兵たちを弾き飛ばす。敵の目はまだ一般人に向いている。
 引きつけなければ――。
 ナザクが動いた。
「人形遊びが趣味とはな。天下のドラゴンも堕ちたものだ」
 その侮蔑と嘲笑は、呪詛の雨垂れとなって敵を憤怒に駆り立てた。
 二筋の気弾がナザクに迫る。
「単細胞どもが!」
 クロスガードで跳び込んだのは憩。涼しい笑顔で地を滑る。
「己が命を盾に、立ち向かう勇気を牙に。我らケルベロスは集う、戦友と明日の為に!!」
 叫びと共に、白馬とライドキャリバーが豪快に乱入する。額で気弾を受け止めながら。『カブリオレ』の旋回。その上から力強くアドルフがハンマーで薙ぎ払う。
 崩れた敵の体勢を、巌のビームが逃さなかった。竜牙兵は道路を転がり砂煙を上げ、巌は敵と一般人の射線に入るように身体を置いた。
 形勢が整った。ラルバがマスコットたちに駆け寄った。
「平気か?」
「アりがとう……」
 意外なことに、中から出てきたのは妙齢のブロンド美女だった。こんな繊細な女性が、力もなくデウスエクスから子供を護ろうとしたのか。
 ラルバは言葉を継げなくなった。
 それを見て、二丁拳銃を揺らしながらレイが隣に跳んで来る。
「これが片付いたら、お茶でもどうかな?」
「え?」
 軽くウインク。おどけて笑う。
「礼儀のようなものさ。今のうちに逃げな!」
 彼なりの元気づけだったのだろう。そのままレイは敵に向き直り跳び去った。
「あっ」
 女性は咄嗟にその腕を掴もうと手を伸ばし――、
 ハッと身体を硬直させ、手を引いた。気丈さと恐怖がせめぎ合っている。
「ミンナを助けてネ! ケルベロスさん!」
 女性は子供たちを小脇に挟むと、汗を光らせ避難していった。
 強い女性だ。そして、駆け付けるのが遅かったら真っ先に命を散らした女性でもある。
 英雄から死んでいく。1分1秒も無駄にはできない。

 連戦を繰り返し、ケルベロスは街を駆けた。
 どれだけ倒せば戦いが終わるのか。先は見えない。
 だが、救う。
 誰一人として目は死んでいない。皆の目的は一致している。
 かごめの瞳が竜牙兵を捉えた。進路に、うずくまる女性の姿。
「もうダメよ……。どうしたらいいのか分からない……」
「おかーさん、にげないと、しんじゃう!」
 必死で母親を動かそうと少年が袖を引いている。
「逃げたって無駄よ! もう死ぬのよ私たちは!」
 母親は震え、混乱したように頭を振る。少年はそれでも涙をこらえて必死で母の袖を引いている。
 かごめは母親の顔を掴んだ。
「やだ! なに!?」
「しっかりして。あなたは死なないわ」
 ジッと母親の瞳を覗き込む。
「え?」
「私たちが助けるから。このままだとあなたは後悔する。子供でさえ人を助けようと奔走していた時に、自分は何をしてたんだ、って」
 暫しの静寂。女の瞳に、なにかが灯った。
「……死なないの?」
「死なないわ。あなたは死なない」
 漆黒の揺ぎ無い瞳が、女の瞳を貫いた。
 女がグワと立ち上がった。唇を噛み絞め、涙を零しながら、力強く子供の手を引く。
「おかあさん!」
 そしてそのまま走りだし、
 ――交戦中の竜牙兵と目が合った。
「ひっ!!」
 竜牙兵の瞳が怪しく光り――、
 ドゴォッ!!
 光を纏ったサキュバスが地を滑った。
「巌!!」
「おうよ!!」
 ズドゥン!!
 一息に跳び込んだ男の銃撃。竜牙兵の巨体が宙を舞う。女は衝撃に固まった。ナザクが女の肩を揉み、巌が少年の頭を撫でる。
「私たちが助けると、かごめが言っただろう?」
「生きな。アンタたちは死なない。そっちに走りな」
 少年と母親は少しの間ほうけると、思い出したように走り出した。泣きながら、なんどもなんども振り返り、頭を下げながら。
「流石ね」
「誰かが私に盾を張ったものだから。ツイ、な」
「ガッツのある子供だったな。ありゃあいい男になるぞ」
 三人は互いに互いの顔を一瞥し、
 ガシッ。
 拳を合わせた。そのまますぐに敵へと向かって走り出す。

●連戦の果て
 救う先々でかけられる感謝の言葉、言葉、言葉。
 聞きなれた言葉であるが、決して一つも軽くない。それぞれの人生が込められている。
 疲労はピークに達している。それでも番犬は街を駆ける。かけられた言葉、想いを力に変えて。
 不意に、牙の雨が大地を砕いた。
「好キ放題シテクレタナ」
 明確に向けられた敵意の双眼。
 1体、2体、3体、4体。5体。
 囲まれた。消耗した時に集団で来るとは、やってくれる。
 番犬達は今日一番の激戦に呑み込まれていった。

 ――レカ――。
 いったい、どれだけの敵を射貫いただろう。
 逃げ惑う人々の姿。下劣に吼える竜牙の兵たち。
 この規模で前哨戦。思わず心がめげそうになる。
 しかし、一つの僥倖。本当に頼もしい仲間たちに恵まれた。同じ方向を見つめる心強い仲間たち。寄せる信頼は心から。
「次に繋げることが私の役目」
 その両腕は閃光を射る。貫いた先に続く、明日への道を見つめながら。

 ――アドルフ――。
 何体も、何体も、敵を倒してここまで来た。こんな戦いが至る所で繰り広げられ、しかも本隊は後から社長出勤してくるっていう。
 まったく、ふざけた話っす。
「引けねぇ状況で勝ち目がゼロじゃねぇ相手に突っ込んで来る。自分らそんな状況何度も潜り抜けてきてんだ」
 カブリオレが敵を巻き込み薙ぎ散らし、白馬は雄々しく風を纏いて敵を穿った。
 今日もきっと切り抜ける。歴戦の誇りをはためかせながら。

 ――憩――。
 所々損傷する身体。憩は思わずため息をついた。
 こちとら耐久度はあんま高くねぇんだ。喉もカラカラだしよ。そろそろ店に戻ってなんか淹れたいぜ……。
 主人を気遣ったのか、黒いウイングキャットが翼を零す。悲しげな眼のアメショ『エイブラハム』。
 お前も頑張ってんな。あいつらも、頑張ってんのかな? こいつらも、頑張ってんな……。
 打ち付けた拳から、力強くオウガ粒子が舞い躍った。
「おっしゃ!! さっさとこいつら削って、祝勝会だぜ!!」
 戦友と掴んだ勝利の味は、何物にも勝る美酒となる。

 ――ナザク――。
 敵の気砲を受け止めながら、ナザクは敵を睨み据える。
 荒らされる街、襲われる人々。不愉快は毒のように身体を浸した。
 帰る家も、参る墓もありはしない。それでも此処は私の故郷みたいなものだ。汚い足で踏み躙るな。この地は貴様らのものではない。
 脳裏に過るは救いし人々。
「元より危険は承知。為すべきことを、為すだけだ」
 狂気の雨が敵を濡らす。沸き立つ怒りは誰の怒りか。

 ――かごめ――。
 油断なく盤面に目を走らせる。
「させないわ」
 虚空から現れた和服の分身。二人のかごめが倒れそうになる仲間を救った。
 敵は魔竜王を再臨させるという。もしそれが成されれば、この星は大きな危機に陥るだろう。
 そんなことにはさせない。私はこの星が気に入ったんだ。この星には心を貰った借りがある。
 護ろうこの星を。きっと護れる。この仲間なら。

 ――レイ――。
 ドラグナーの指揮官をナンパしたかった。セリフもしっかり用意した。
 でも中てられた。戦況に。人々に。気づけば、ナンパのことなんか頭からすっ飛んで、アルティメットモードで元気づけて回っていた。
 ファントムが敵を打ち上げる。
『確実に仕留めるッ・・・…撃ち貫け! ブリューナク!!!』
 眩い閃光。敵は四散し消えていく。
 死なないでほしい。そう思ったんだ。

 ――巌――。
 連戦の疲れが出る。果ての見えない戦い。いい加減身体もガタがきてやがる。
 だが笑う。ピンチの時こそ笑って見せる。皆も闘っているんだ。格好悪いトコ、見せられねえだろ?
 どいつもこいつもお人よし。自分のことより周りのことを優先しやがる。まったく気持ちのいいやつらだぜ。
 巌の心は溶岩となって噴出し、敵を溶かして消し去った。
「人間万事塞翁が馬! こんだけ酷い目にあってんだ。きっと明日は良い日だぜ!」

 ――ラルバ――。
 婆ちゃんを護ろうとした爺ちゃんがいた。子供を護ろうとした姉ちゃんがいた。母親を護ろうとした子供がいた。
 そういう人たちが、たくさん、たくさん、この街には生きている。オレの武術は、そういう人を護るために授けられたんだ。
「一人でも多くの命を護るんだ!」
 解き放った氷の騎士は、鬼神の如き勢いで竜牙兵を串刺しにした。
 力は滾滾と湧き上がる。この力は、皆がくれたもの。誰かが誰かを護るとき。その力は連鎖するものだから。


 今日一番の難敵を倒し去り、それでも次を求め、番犬達は歩みを止めない。
 視線の先には竜牙兵。どこまでだって付き合ってやる。ここに平和が戻るまで。
 不意に竜牙兵が撤退を始めた。指揮官を倒したのか? 胸に灯った希望の光。思わず空を仰ぎ見る。
 東の空から飛来する軍勢。喉に渇きを覚えた。竜牙兵が退いたのは、主を迎えるため――。
「合流させるな! 少しでも、数を減らすんだ!」
 それはひと時の攻守逆転。

 彼らの後ろにはある光景が広がっていた。竜牙兵という難敵を相手に、被害を最小限まで食い止めた光景が。
 歓喜に涙を浮かべる温かい心の人々。無事を喜び抱き合い笑う。ケルベロスの無事を祈って拳を握る。
 今日救われた人々がどれだけいたか。どれだけの人々が今を生き抜いたことに感謝したか。

 苛烈な前哨戦は幕を閉じ、熾烈な本戦が幕を上げる。
 番犬とドラゴン。
 明日をつかみ取るのは果たしてどちらか。

作者:ハッピーエンド 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月23日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 4/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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