魔竜王の遺産～絶望を祓う刃

■リプレイ

　熊本市北区、その北側。
　ケルベロス達はこの区域に出現した竜牙兵達の指揮官である黒牙卿・ヴォーダンの撃破を目的と定め、騒乱の渦中にある市街地を急ぎ駆けていた。
　ヘリオンから降りる際、双眼鏡越しに見えたのは、地上に犇めく竜牙兵達の黒い影。
　それらは全て、ある一点を中心として、市街地に広がっているのが確認出来た。
　ゆえにケルベロス達が目指すべき場所はそこしかなく、同じ区域内に降り立ったであろう同胞達が竜牙兵の牙から人々を救ってくれることを信じ、彼らは現場へと急行した。
　住宅街の路地から国道3号線へ。更に進めば県道329号線との交差点が見えてくる。
　けれど今そこに『居る』のは、黒鎧に身を包んだ竜牙兵達と、その中でただ一人、黒馬に乗った竜牙兵の騎士――黒牙卿・ヴォーダンに他ならなかった。
「……居やがったか」
　その姿を目にした瞬間、真柴・勲（空蝉・e00162）は今にも飛び掛かりたい衝動を抑えて立ち止まる。
「勲兄様……」
「――ああ、大丈夫だ」
　輝島・華（夢見花・e11960）の案じるような眼差しに、勲は静かに頷いて。
「指揮官と言えば後方から指示を出しているかとも思いましたが、やはり自ら前線に出て戦うタイプのようですね」
「ええ、そのようですね。ですが、早めに見つけられるに越したことはありません。危険な芽は今のうちに摘まなければ」
　ウィッカ・アルマンダイン（魔導の探究者・e02707）が何気なく落とした言葉に、アレクセイ・ディルクルム（狂愛エゴイスト・e01772）が緩やかに応じる。
　アレクセイが想うはただ一人の愛しき薔薇姫。その笑顔と未来を守るために必ず目的を果たして帰ると、アレクセイは改めて心に誓った。
「宿利さん、マイヤさん、いかがですか？」
「……駄目。やっぱり通じないみたい」
「うん、繋がらないね」
　シグリッド・エクレフ（虹見る小鳥・e02274）が問う声に、月織・宿利（フラグメント・e01366）とマイヤ・マルヴァレフ（オラトリオのブレイズキャリバー・e18289）が緩く首を横に振る。
　二人が持参した携帯電話は何らかの妨害電波を受けているのか、いずれも圏外を示しており、同じ区域内にいる他班の同胞達と通信で連絡を取り合うことは、どうやら出来そうになかった。
「それでは、これで……皆さんにお伝えしましょう。――準備は宜しいでしょうか」
　巡命・癒乃（白皙の癒竜・e33829）の問う声に、ケルベロス達は確りと頷いた。
　癒乃はそのまま真っ直ぐに手を掲げ、信号弾を打ち上げる。
　空に走る閃光は、さながら戦いの狼煙と言えようか。
　同時に、ケルベロス達は一斉に飛び出していた。

　突如現れたケルベロス達に、しかし竜牙兵達は狼狽えることなく迎撃の態勢を取った。
　黒牙卿・ヴォーダンと直属の竜牙兵達が十体程。サーヴァントも含めた数の上ではほぼ互角とは言え、単独のチームで挑むには戦力的に厳しいと言わざるを得ないだろう。
　だが、今は持ち得る全ての力を賭して戦うのみだった。
「魔竜王の遺産となれば凄まじい力を持つのでしょうね。そんなもの、絶対にドラゴン勢力に渡すわけにはいきません！」
　ヴォーダンを狙いウィッカが繰り出した如意棒の一撃は、寸前で配下の一体に阻まれた。
『早速現レタカ、ケルベロス共ヨ！』
　ヴォーダンは不敵に笑い、ウィッカ目掛けて手にした漆黒の大剣を振り下ろした。
　咄嗟に身を挺したのは宿利。巨大な岩を叩きつけられたような衝撃が宿利を襲い、そこに配下の竜牙兵達が躍り掛かる。
「ブルーム、宿利姉様を守って！」
　華が呼ぶ声に応え、花咲く箒のようなライドキャリバーのブルームが凶刃の只中へ飛び込んでいく。オルトロスの成親も宿利の盾となり、また、同じく盾である癒乃も繰り出されたオーラの拳や斬撃の幾つかを引き受けた。
「誰も倒れさせは、しません……！」
　すぐさま華が光り輝くオウガの粒子を前衛へと向け、ブルームが激しく旋回しながら敵陣を駆け巡る。
（「……これを阻止しなければ、どれ程の血が流れるのか」）
　ケルベロスとして、人として、人のために出来ることをやらなければならないと、まだ残る痛みを堪えながら宿利は鮮やかな色彩の風を吹かせ、その風に背を押されながら成親が地獄の瘴気を解き放った。
「ラーシュも回復をお願い！」
　頼んだよと相棒の箱竜に力強く告げ、マイヤは流星の煌めきを纏って空を駆り、重力を絡めた星の蹴撃を盾役の一体に刻み込む。任せろと言わんばかりに自らの属性を宿利へと注ぐラーシュを信頼のマイヤは眼差しで見つめ、そして、居並ぶ黒き兵達へと視線を移した。
（「もう悲しい人達を増やしたくないんだ。そのために、わたし達が居る」）
「さぁ、絶望を希望に変えましょう。多くの命を掬いましょう」
　全ては愛しき姫のためにと、地を蹴ったアレクセイも降る星の煌めきを重ねて。
「狂った劇の主役にはご退場を。それが人々を救う道となるのでしたら、幕を降ろすのは我々の使命」
　癒乃が扇の羽を多節鞭の如く伸ばして敵群を打ち据え、シグリッドは心に灯る想いを託すように縛霊手を掲げた。
（「わたくしは、皆さんの笑顔が嬉しくて、勇気を貰って。だから、戦える」）
　祈るようにもう片方の手を添えれば、撃ち出された巨大な光弾が前列を薙ぐ。
「――よォ、やっと会えたな糞野郎」
　名を呼ぶのも忌まわしいとばかりに告げながら、勲はヴォーダンただ一人に狙いを定め、砲撃形態へと変形させた竜槌から竜砲弾を撃ち出した。
　勲の脳裏に蘇るのは、今日と同じように竜牙兵が人々を襲う光景と、目の前で殺された恋人の姿。己の顔など向こうは憶えていないだろう。だが、勲は一日たりともヴォーダンの存在を忘れたことはなかった。
「手前ェは必ず此処で討つ。でなきゃ俺は一生、アイツに顔向けが出来ねえんだよ……！」
『面白イ。貴様ラノチカラガドレ程ノモノカ、見セテ貰オウ！』
　勲の鋭い眼差しに、ヴォーダンは口の端を歪めて嗤った。

　ヴォーダンの指揮の元、一糸乱れず立ち回る竜牙兵。
　その的確な動きに翻弄されながらも、ケルベロス達は戦い続けていた。
　アレクセイが轟竜砲を、シグリッドが杖から迸る雷を放ってメディックの配下を攻める。素早い踏み込みで遠距離から一気に間合いを詰めたのは宿利だ。
「黄泉より還りし月の一振り、我が刃が断つは其方の刻を……！」
　光の花弁を伴う三日月の一閃が、ヴォーダンへ気力を注ぎ続けていた配下の一体を無に還す。時をほぼ同じくして、度重なる攻撃の前に身を晒し続け、そして今なお華を庇ったブルームの姿が掻き消えた。
「ブルームっ！　……少しだけ、待っていてね」
　悲痛な声で相棒を呼びながらも、華はすぐに意識を切り替え、掌に咲かせた魔力の花を舞わせて自らの傷を癒す。
　こちらがメディックの撃破を優先的に狙ったのと同様に、敵もまたメディックとして回復に専念する華に狙いを定めてきていた。
「華、大丈夫！？　――扉を開いて、可能性はそこにあるから！」
　マイヤが紡ぎ上げるのは色褪せた灰色の大地を鮮やかに染め上げる想いと光の軌跡。描かれた二つの環が繋がって無限を意味する記号を示し、夜明けの輝きを癒しの力と変えて華へと送る。
「いいから黙って、擲らせろ――！」
　配下達の攻撃を掻い潜りながら、勲は体内に保有するグラビティ・チェインを利き腕一点に集めて鎖状の電霆へと変え、拳に巻きつける。
「藍の禁呪を宿せし刃。呪いを刻まれし者に避ける術無し」
　勲が力任せにヴォーダンを殴り飛ばした直後、背後から迫ったウィッカが魔術文字を刻んだ魔剣で藍の禁呪の刻印をヴォーダンへ投射して。
　ウィッカの魔剣が刻印を貫き、確かな手応えを返した、次の瞬間。
　ヴォーダンは不敵に口元を歪め、牙のような黒い影を纏わせた大剣を振るった。
『――コノ程度カ』
「……っ！！」
　影が大きく爆ぜ、奔流となってウィッカを呑み込んでゆく。
「ウィッカさん！」
　シグリッドが癒しの祈星を届けようとしたが間に合わず、戦いが始まった時から絶えずヴォーダンへ猛攻を続けていたウィッカの華奢な身体が、血溜まりの中に沈んでいた。
　僅かな隙を突き、配下がシグリッドへと大鎌の刃を閃かせる。命が削り取られていくような感覚と痛みをぐっと唇を引き結んで堪え、シグリッドはオウガメタルの鋼を纏って骨の装甲を砕いた。
　癒乃は唇を噛み締め、盾の一体を雪さえも退く凍気を纏わせた杭（パイル）で突き刺しその命ごと粉砕する。
　そうして顔を上げた先、視界の片隅に見えた黒い影に目を瞠り、皆へ注意を喚起する。
「皆さん、増援です……！」
　癒乃の声に視線を巡らせると、指揮官であるヴォーダンの元へ新たに駆けつけた配下達の姿が捉えられた――。

　天秤が、大きく傾き始めていた。
「甘く苦く麗しい罪の記憶。貴方の罪は――」
　――どんな華を咲かせるのでしょう。
　そうアレクセイは囁き、魂に刻まれた罪過の種を芽吹かせる。
　漆黒の茨が骨を砕き、美しくも悍ましい黒薔薇を咲かせて。
（「まさか、増援が現れるとは……」）
　崩れ落ちた配下には目もくれず、アレクセイはヴォーダンを見やった。
　依然として配下達のバトルオーラによる癒しと浄化を受け続けられる状態にあるヴォーダンは、まだ十分な余裕を残しているように見える。
　一方、ケルベロス達の状況は厳しく、時間が経てば経つほど現れる増援に、戦力の差は開いていくばかりだった。
「皆様、申し訳ございません……っ」
　そして、集中攻撃を受け続けていた華がとうとう力尽き、その場に倒れる。
　最も高い火力を持つウィッカが深手を負い、メディックの華と共に戦線を離脱。敵はまだ指揮官ヴォーダンが健在で、ケルベロス達を取り囲むように布陣する配下達は、増援が加わり戦いが始まった時と変わらず十体程が並んでいる。
（「……俺は、また、守れないのか、――燈子」）
　ヴォーダンを庇った配下を撃ち抜いたバスターライフルを下ろし、勲は唇を噛み締める。
　倒れ、傷ついた仲間達。ケタケタと嗤う躯の兵の群れ。
『今』と重なったあの日の光景が、鮮やかに蘇るようで。
　誰もが決して退くことなく、最後まで戦うと決めていた。
　けれども、このままではそれは叶わないだろうという、限りなく確信に近い予感が、重く伸し掛かる。
　ヴォーダンへと、あと一歩のところで刃が届かない。
　個々の練度が低かった訳では決してない。作戦に綻びがあった訳でもない。
　だが、格上の指揮官と統率の取れた配下達というデウスエクスの部隊を相手にするには、あまりにも手数が足りなかった。
「これ以上、好きにはさせないよ！」
　マイヤがバスターライフルから発射した凍結光線が、盾の配下の熱を奪う。
「ここで立ち止まる訳には、いかないの……！」
　重くなった足を引きずるように踏み込んで。後衛を狙った星座のオーラを受けながら、磨き抜かれた刀捌きで配下の一体を斬り伏せる宿利も、成親と共に傷は深い。
「わたしの中の人ならざるモノ、古言に伝わりし神代の息吹をここに……」
　同じくディフェンダーである癒乃もまた、同じだ。神代の竜の気を宿す自らの息吹を纏って守りを重ねるものの、既に癒し切れぬ傷が嵩んでいる。
（「このままでは……でも、」）
　全滅、あるいは撤退の二文字が過ぎる。敗北が濃厚なこの状況の中、ケルベロスの半数以上が倒れてしまっては、元より全員で撤退すること自体が叶わなくなる。
　刻一刻とその時が迫りつつある中、それでも諦めずに戦い続けるケルベロス達。その間にも、成親が力尽きて姿を消していて。
「ごめん、なさい……！」
　そして、星剣の重い一撃を受けてついに宿利が倒れたその時、アレクセイが声を上げるよりも早く、勲が踏み出していた。
「――お前ら、先に行け」
「勲さん！　ですが……！」
　皆がこの場を逃れるために、二人が考えたことは同じ。
　ゆえに、アレクセイは食い下がろうとした。
「奴をみすみす逃したくない。野郎の息の根だけは今この場で止めたいんだ」
　だが、勲の決意は固く、それを悟ったアレクセイは静かに頷いて。
「っ、……わかりました。また後で、お会いしましょう。――絶対に」
「勲さん、……必ず、お戻りくださいませね」
　シグリッドもまた、同じ覚悟をしていた。だからこそ想いと願いを託し、避雷の杖の示す先、壁を穿つための一手を放つ。
「シグリッド、続くよ！　――勲、待ってるからね」
　最後まで諦めたくないという願いを込めて、マイヤは運命の名を冠したオウガメタルの装甲を纏い、こちらを包囲する配下の一体を渾身の力で殴り飛ばした。
「皆さん、行きましょう！　……勲さん、ご武運を」
　煌めく星のオーラを蹴り込みながら癒乃が声を張り上げ、続いてアレクセイが星宿す一太刀で配下を斬り伏せる。
　抉じ開けた僅かな突破口へ、ケルベロス達は倒れた仲間達を連れて身を翻す。
『大人シク逃ガストデモ思ッテイルノカ？』
　ヴォーダンが配下へ追撃の指示を与えようとするが、それよりも先に勲が動いていた。
「此処から先には、行かせねえよ――！！」
　遠ざかってゆく仲間達の足音を聞きながら、勲は自らに秘められた力の全てをあるがままに解き放ち、荒れ狂う電霆を纏ってヴォーダンへと飛び掛かった。

　辛くも逃れたケルベロス達は、やがて、敵がこちらへ追撃を掛ける様子もなく整然と撤退していく様をその目で確かめることになる。
　竜牙兵達の様子に混乱は見られない。そのことから、指揮官であるヴォーダンの撃破は叶わなかったのだろうと推測出来た。
　一人、戦渦の中に消えた勲の無事を、ケルベロス達はただ祈る。
　東の空からは新たな軍勢――ドラゴン達が、夕闇と共にこちらへと飛来してくるのが見えつつあった。
　迫り来る脅威。災厄の権化。
　――戦いは、まだ終わらない。

作者：小鳥遊彩羽	重傷：ウィッカ・アルマンダイン（魔導の探究者・e02707）  死亡：なし 暴走：真柴・勲（空蝉・e00162）
種類： 公開：2018年6月23日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 10／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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