魔竜王の遺産~竜へ捧ぐ火国交響曲

作者:銀條彦

●地を侵す黒き戦塵
 その日、熊本の地に顕れたのは魔空回廊と――絶望。

「ひっ……骸骨!?」
 黒き騎士鎧に身を包んだ竜牙兵の軍団は、整然と、作戦行動を開始した。
 郊外の工場施設から住宅街、学校に到るまで……人命という人命すべてが阿鼻叫喚の内で骨兵達に撫で斬られ物言わぬ肉塊へと変えられてゆく。
「お願い……、この子たち、だけは……助けて…………ヒィ……ッ」
 落ち窪んだ双眸の奥が、炯々と輝く。
 如何なる悲劇も惨劇も、嘶く黒馬の馬上、不動たる黒騎士を揺るがすには至らない。
 軍団を差配する其の刃も黒鎧も、既に他ならぬ彼自身が生み出した夥しき返り血で分厚く染まり切っていた。
 熊本市を構成する5つの行政区の中でもっとも広大な面積を擁する北区の更に北方方面。
 此の地における蹂躙の指揮を担当するデウスエクス……竜より与えられし其の呼び名を『黒牙卿・ヴォーダン』と云う。

 竜牙兵――あるいはコードネーム・ブランク。
 最強たるドラゴンの牙より造られし出自を示すその呼称こそが何よりの誇り。
 たとえ如何なる他星より生まれ出で、柱を擁し、大層な呼び名を与えられようと今に勝る誉れなど其処には在る筈もない……。

●空統べるものの先触れ
 昨今、相次いだ大侵略期に封印されたドラゴンを復活させて廻っていた勢力の正体と意図とが遂に判明した。
 急ぎ集められたケルベロス達を前にしてまずザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)はそう切り出した。

「敵の真の目的とは魔竜王の遺産――『ドラゴンオーブ』だ」
 その詳細は未だ不明だがもしもドラゴン勢力の手に渡れば魔竜王の再臨すら可能となってしまうという演算結果をヘリオンは弾き出しているのだという。
「死したる十二創神すら甦らせる程の力がこの地球に隠されていたとは驚きを禁じ得ないが……その様なものをむざとドラゴン共に奪われる訳にはいかない」
 断固阻止すべきと地球のヘリオライダーとしてのことばで結んだザイフリートは、次いで『ドラゴンオーブ』の封印場所が日本の熊本市である事が判明し、竜十字島からドラゴンの軍勢が出撃を開始しているのだと続けた。
「覇空竜アストライオス……女ドラグナー指揮のもと繰り返された先の封印ドラゴンの解放は、黒幕たるこのドラゴンが真の目的を果たす為の前段階に過ぎなかったのだろう。既にアストライオスの軍団は熊本を目指して竜十字島から出陣を開始している様だが……お前達にはまずその尖兵たる大軍の撃破に向かって貰いたい」
 ドラゴン主力軍に先駆けて、魔空回廊を用いての大規模派兵が熊本市でまず行われるとも同時に予知されたのだ。
 ドラグナーにオーク、そして竜牙兵の軍団が熊本市内各地で市民の虐殺を――グラビティ・チェインの略奪を意図した作戦を実行するのだとヘリオライダーは語り、その阻止をケルベロス達へと改めて依頼する。
「人口70万を超える大都市で虐殺を繰り広げる事で『ドラゴンオーブ』の封印解除に必要となるグラビティ・チェインを確保する……デウスエクスの定石だな。略奪されたその総量が多くなればなった分だけ、アストライオス軍団による『ドラゴンオーブ』奪取の可能性もより高まると考えて欲しい」

 コードネーム・ブランク3種族が各々3指揮官を擁する総勢9軍団といった敵陣容。
 ドラグナー指揮官は『竜性破滅願望者・中村・裕美』及び『竜闘姫ファイナ・レンブランド』『竜闘姫リファイア・レンブランド』姉妹。
 『中村・裕美』は封印ドラゴン復活事件の首謀者であり、同じく先の事件を引き起こしたドラグナー『ケイオス・ウロボロス』を率いる。
 『ファイナ』『リファイア』は共に武術を得意する女ドラグナーだが、前者は屍隷兵、後者は竜牙兵の軍勢を率いているらしい。

 オーク指揮官は『嗜虐王エラガバルス』『餓王ゲブル』『触手大王』といった強者が同族の群れを率いる。
 『エラガバルス』は部族を率いる残忍な暴君で捕らえた女性に対する扱いは様々な意味で苛烈を極めるという。
 『ゲブル』はことさら「強い女」を求める気質で、従える配下オークはいずれも飢餓状態にあるものばかりらしい。
 『触手大王』はその名の通り、突然変異で異常増殖&発達した触手に包まれた巨大オークである。『王子』と呼ばれる3体オークと共に率いる配下オークも同様に触手が異常発達した個体ばかりである。

 竜牙兵指揮官は『黒牙卿・ヴォーダン』に『斬り込み隊長イスパトル』、そして『黒鎖竜牙兵団長』らがいずれも格下の同型竜牙兵らを統率する。
 『ヴォーダン』は黒鎧の重騎兵型で、率いる竜牙兵も同型の黒鎧で揃えた騎士タイプだが騎兵スタイルの竜牙兵は『ヴォーダン』だけらしい。
 『イスパトル』は四つ腕を駆使する四刀流の剣士型竜牙兵で、こちらも配下は指揮官と同タイプの剣士型だが四腕の個体は存在しない。
 そして『黒鎖竜牙兵団長』は一連の黒幕であるドラゴン『アストライオス』直属の軍団長だ。当人のみならず黒鎖竜牙兵団全てが剣技と黒鎖を併用する戦法を得意とする。

「それにしても……魔竜王の遺産が本当に存在したとは……」
 先の螺旋忍軍大戦において最上忍軍の口からそのような存在が囁かれた事もあったがその際は『強大なグラビティ・チェインの塊』などという触れ込みの策略の為の偽情報に過ぎなかった……筈だったものが実在した事実に対してザイフリートは少なからず衝撃を受けている様子が見て取れた。
 だが今迎え討つべき危機と戦いを前にしてはそんなものは瑣末と早々に気を取り直し――甲冑のヘリオライダーは、常の如く、ケルベロスらを戦場へと誘うのだった。


参加者
アリッサ・イデア(夢亡き月茨・e00220)
コーデリア・オルブライト(地球人の鹵獲術士・e00627)
ニケ・セン(六花ノ空・e02547)
ルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)
海野・元隆(一発屋・e04312)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
ユーシス・ボールドウィン(夜霧の竜語魔導士・e32288)
草薙・ひかり(闇を切り裂く伝説の光・e34295)

■リプレイ


 たとえどれほどの絶望が地を覆い人を呑み干さんと襲い掛かろうと、
 その全てを撥ね退ける希望も――地獄の番犬もまた、必ずや、天より降り立つ。
 眼下広がる、此の『火の国』と呼ばれた地へアリッサ・イデア(夢亡き月茨・e00220)らが此れより紡ぐべきは、そんな、夢の御伽噺めいた『戦果』。
「――人々の、善き、営みを……侵させるわけにはいかないわ」
 揺らがぬ意志を見守るは、幼き日の鏡映し。揺らぐ銀糸のビハインドは唯、無言で夢亡き銀糸の乙女の傍らに佇むのみ。

 彼女達が向かった先は熊本市北区北側。
 この地でのグラビティ・チェイン略奪を――虐殺を指揮するは竜牙兵の将、黒牙卿・ヴォーダンである。
「現在アイズフォン以下、一切の通信機器がほぼ不通なのです」
 共に黒牙卿率いる竜牙兵軍団へと対する他4隊との連絡役を請け負った機理原・真理(フォートレスガール・e08508)は、ウインクの表情のまま、極めて落ち着き払った口調で現状報告を行う。警察消防等各機関への協力要請をと考えていたユーシス・ボールドウィン(夜霧の竜語魔導士・e32288)からも同様の訴え。
 とはいえもはやこれもデウスエクスの大規模作戦時の定石の一つ。ましてや今作戦を統括するドラグナー、中村・裕美にとってそのテの情報や通信の撹乱は得意分野である。
 慌てるケルベロスは1人たりとおらず誰もが最初から通信妨害を受けるものと考えており次善の備えにぬかりは無い。
「熊本市北区の北部ねえ」
 すっと灰眼を細めながら眼鏡を掛け直したユーシスは想い馳せる。近年の合併特例区化によってかの古戦場も範囲に含まれていた筈、と。
「田原坂……あの地を再び血に染めるのは避けたいわね……」
 何よりもまず救うべきは無辜の定命たる命。だが人は生きるのみでは人にあらず。
 先人に対する敬意と鎮魂と――そんな愛おしい人の心すら土足で踏み躙る暴挙を、むざと見過ごすにはいかないのだ。

「そのまま抑え込んでて、ミミック!」
 剣盾構えた黒騎士相手も何のその。黒さなら負けないとばかり(?)宝箱からにょきりと飛び出した、こちらも剣を構えた黒猫のぬいぐるみは鎧もろとも竜牙兵の脚へと齧りついてその場に組み伏せる。
 普段から中々にヤンチャな相棒だが戦場においてその好戦的な姿勢は頼もしいなどと割とナチュラルに己へのブーメランを投げかけながら、コーデリア・オルブライト(地球人の鹵獲術士・e00627)はこの場では最後の1体となった敵兵の、ガラ空きの頭部へトドメの蹴りを叩き込んだ。
「さて……みんな怪我は無いかしら?」
 流星痕を想わせる紅き煌めきが霧散するよりも早くコーデリアが声掛けた先は、共に闘う仲間たるケルベロス――ではなく避難途中を襲撃された住民達である。
 ケルベロスの無事ならばこの程度の敵相手、確認するまでも無く当然の事――まるでそう言わんばかりの少女の勝気は先迄の勇姿と併せ、逃げ惑う一般人の眼にこの上無く頼もしく映る。
 少し離れればすぐに田園風景が広がる、典型的な田舎町でしか無いこんな場所にまでデウスエクスの大軍が現れるなんて……。
 突如住民に降りかかった生命の危機と心の恐慌。だが、地球の守護者たるケルベロス達は颯爽とそれら全てを打ち砕いてゆく。
「あ、あの……お母さんがくずれたガレキからボクを守ろうとして、足を……」
 本格的な襲撃が開始されるよりも早く救援が間に合ったおかげか竜牙兵の凶刃にと消える人命は出さずに済んだが、それでも被害はまったくのゼロとはいかないだろう。
 呼びかけに応じた人々に手早くヒールや応急手当を施し、避難を呼びかけ、そして最低限にではあるが情報収集を遣り取りする。
「じゃあ俺は倒壊家屋の辺りを、何箇所か、念の為に見回ってくるよ」
「あ、だんちょにきりちゃん、僕も手伝う」
 敵勢の規模を思えばあまり時間を割いてもいられないが至急のヒールで救える命もあるかもしれない。駆け出したニケ・セン(六花ノ空・e02547)とミミックの後をルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)が追いかけた。
 そんな最中、あれはもしやとの幾つもの囁きに満面の無敵スマイルとお馴染みのゼブラ柄のリングコスチュームを魅せつけて迫力抜群のその胸を……もといその存在感を誇示したのは草薙・ひかり(闇を切り裂く伝説の光・e34295)だ。
「私が来たからには、もう大丈夫だよ! 地球のプロレス世界女王は、異次元からの侵略者にだって負けないんだから!」
 ダイナマイトなその口上はまるでスポットライトを浴びてのマイクパフォーマンスだ。
 この未曾有の危機すらも勧善懲悪のブックへと変えてしまったかのようなひかりの魔法の前に、避難民達はつかのま恐怖を忘れ、勇気の熱に包まれる観客としての大声援を上げるのだった。


「このロケーションだと上空偵察にあんまり旨味は無いかもー?」
 先の市街地を出立した一行の斥候役を務めるルードヴィヒは華麗な着地を決めつつ背中の翼を折畳む。
 中央区と比べれば北区の守るべき人口は5分の1以下。そしてその中でも郊外にあたる北部には高層建築物が林立する密集地などごく稀だ。
 群れなすデウスエクスを眼にした一般人はおおむね何らかの建物や乗物に駆け込むか物陰伝いに逃げ込もうとするのではと考えれば、むしろ同じ地上目線から捜索した方が、発見も救助もよほど迅速に行えるのではないか。
 同じく翼飛行を織り交ぜての偵察に尽力していたアリッサもまた地に足を付けての聞き耳に集中する頻度が高くなりつつあった。
「もうちょい行った先にそこそこの規模の一時避難所の1つがあるハズだぜ」
 歩く災害用マップとしてナビに尽力する海野・元隆(一発屋・e04312)からの指示に従い進んだ一行はその途上また黒鎧の竜牙兵部隊に遭遇する。
 周囲に人影は見当たらないがこのまま放置すれば、言うまでもなく、避難所にまで雪崩れ込まれる恐れがある。
「今回も指揮官級の姿は見当たらず、ですか……ならば掃討あるのみなのです」
 既に戦闘態勢。アームドフォートとの神経接続を終えた真理の横では漆黒の愛機プライド・ワンもまた静かに赤いライトを灯らせていた。

「ドラゴンの遺産か。古代のお宝って聞くと浪漫の塊だが……こういう騒ぎはいただけんな。コードネームもブランクなんぞではなくドランクにして酒でも飲んでりゃいいものを」
「あらいいわね、コードネーム・ドランク。あいにくとウチの店は今休業済みだけれど」
 数で上回る竜牙兵相手に主導権を握ったのは初手での奇襲を成功させたケルベロスの側。
 元隆と軽口を遊ばせながら詠唱を終えたユーシスが創りだしたドラゴンの幻影は竜陣営より鹵獲した秘術の一つ。振り撒かれた優しき守護の光はケルベロス達の持つ回復力を急速に高めてゆく。
 役目を終えた輝翼の竜が掻き消えるのと入れ違い、敵陣の最も堅きを見抜いた深藍の竜翼が羽搏き、振り上げた断罪の月を見舞うた。厚き黒鎧の向こう、圧に耐えられず頭蓋が軋み肋骨が砕ける破砕音が鈍く音鳴る。
「……前衛すべてディフェンダー型、で間違いない様ね」
 アリッサの細腕が叩き込んだ渾身のスカルブレイカー、そして、うっそりと囁かれたその一言のみでその意図する所はすべて他の仲間達には伝わった。
 幾つかの事前の決め事の一つに従い、恙なく、戦端は開かれる。
 此処までに見かけた兵種はおおよそ4つ。中衛タイプは全く見当たらず、漆黒のバトルオーラを纏うクラッシャー型に失伝の甲冑騎士にやや似た傾向の戦技を駆使するディフェンダー型。そしてスナイパー型とメディック型のゾディアックソード使いである。
 真っ先に排除すべきはジャマーもしくはメディック型。だが、標的への攻撃集中を妨げるディフェンダー型が多数存在する場合にはまずその堅守を削いでおくべく攻撃順位を変更する……前へと攻撃を集める仲間達のそういった方針にひかりもまた倣う。
 極めて明快かつ豪快なかたちで。
「これがホントの鎧袖一触! な~んて……ねっ!」
 超加速から敵陣の只中へと切り込んだひかりの片腕が閃き、ラリアットと呼んでしまうにはあまりに効果範囲の広い一撃が、敵前列の足元を余さず掬い、薙ぎ払ったのだ。
「頭数は僅かに後衛列の方が多いみたいだからね」
 射手たるニケの手から放たれたゲシュタルトグレイブは、宙で分裂し、敵後列の内の何体かの心身を掻き乱し始めた。催眠から逃れ得えた治癒役剣使い達からは猛攻に晒される盾役を支援すべく守護が撒かれる。だが、ケルベロスに標的と定められた最も損傷激しい盾役竜牙兵への集中砲火は、止まらない。
(「遺産ねぇ……興味はあるけどお楽しみはとっておきましょ」)
 まずはやるべきことをと、強き破却の魔力を籠めた掌底がコーデリアから打ち込まれれば守護の薄幕は容易く穿たれ喪われる。

 着実に数を潰せどそれでも多勢に無勢、そんな戦局もケルベロスとサーヴァント達は一丸となり懸命に凌ぎ切る。
「誰一人殺させないのです。私は、守る為にケルベロスになったのですから……!」
 番犬達の盾として真理はその機身を挺し続け、吼える。その激情に呼応するかのように、ライドキャリバーもまたその駆動と烈火とを一層激しく燃やす。
 傷と疵とに塗れたレプリカントの少女の痛手を、ユーシスやルードヴィヒからのヒールが懸命に拭い去った。
「誰も喪わせない――それこそがメディックでドクターの役目だ」
 だからこそ誰かにとっての大事な誰かを奪おうとするデススエクスなどはお呼びでないと己が『仕事』に打ち込むルードヴィヒの眼前、ひらり、飛び跳ねた桐箱もまた愚者の黄金を散らし己が『仕事』を果たす。
「ミミックも、ルーイにきりちゃんと呼ばれてないコーデリアさんの方のミミックさんも、よろしくね」
「……私の方はそれで特に異存は無いけどとりあえず戦闘中に使う呼び名としてそれは少し長すぎない、ニケ?」
「異存、持ってあげて! おねがい!」

 金尾の狐人から藍尾の竜人へ……攻撃の要たるものへと捧げられた魔力は、月光。
 ユーシスが発した耀きに力得たアリッサの詠唱は、竜の忠実なる下僕達の最期のためにとアリッサ自身が影落とす深淵から魔女の薔薇を這わせ、咲かせ――遂には華の香のうちへと啜り尽す。
 それはまるで幼子をあやす子守唄とも紛う馨しき甘やかさで『死』が紡がれてゆく……。

『Fen le almet les blad、Ren le insant la Malice――緋薔薇に抱かれて、お眠りなさい』


 竜牙兵排除を無事果たした一行は、ほどなく、目指す避難所へと辿り着いた。
 ケルベロス到着と順調に進むデウスエクス掃討を知った市民からの大歓声のなか迎え入れられるケルベロス一行。
「大丈夫だから、すぐに帰れる様にするから!」
 笑顔でそう告げて現地の子供の1人を励ましたルードヴィヒは指きりげんまんを交わす。

 この日このチームでの最後となった戦いは、この避難所を基点に、より安全圏を遠方へと拡げてゆく為の行軍の中で勃発した遭遇戦。
 ヒール不能ダメージの蓄積が募るなかそれでも一行は敢然と迎撃を開始する。
 真理のフォートレスキャノンが敵陣へと火を噴き、元隆のドレインスラッシュが鎌刃から更なる継戦の為の活力を奪い取る。
 此処迄の献身と奮戦の末に遂に力尽きたリトヴァの空隙をすばやく埋める脚運びの後、ひかりが悠然とファイティングポーズを構えた、その時。
「――え? 何これ!?」
 何の前触れもなく唐突に、竜牙兵達は一斉に撤退を開始したのだ。
 今の彼女達に其れを知るすべはいまだ無かったが、それが起こったのはこの戦場だけではない。北区の北部地域で活動する黒牙卿配下の竜牙兵残存全軍がそれまでの戦線を放棄し、もはや市街地や人命になど脇目も振らず一兵残らず何処かへと立ち去ったゆく。
「終わった……の??」

 さしあたって取られたのは激闘に次ぐ激闘から遂に開放された直後の小休止。
「敵ボスの撃破に成功……って気配が全然感じられなかったのはおばちゃんの思いすごし、だと良いのだけれど」
 僅かに眉間をきゅっと寄せながらユーシスから吐かれた憂慮に、敵全体の挙動へと注意を割き続けていたルードヴィヒもまた同意を示した。
「うんうん。敗走ってワリにあの撤退はあまりに唐突だったし同時過ぎたしとにかく整然とし過ぎてて、なーんか不自然だった」
「そうね――まるで、いまだ組織だった敵命令系統が健在であると物語るかの様な……ね」
 肯定・否定いずれの確信も得られぬ故に誰も口にしようとはしなかった不本意な結論を、穏やかな口調のままにはっきりと言葉にしたのはアリッサだった。
 とはいえ、彼女らケルベロス一行が優先すべきと定めた目標は指揮官ではなく配下掃討であり、それもまた、最優先事項である一般人救助という目的の為の一手段である。
 そしてこの日この戦いで、北区北部からは市民の被害は殆ど出なかったと後に伝え聞く。
 ならばこれもまた紛れも無い、一つの勝利だと言えよう。

 そして――。
「残党の見回りがてら皆で一杯繰り出そうぜと提案したい所だったが……来やがったか」
 いつしか夕闇色が射しはじめた空、其の遥か遠き東方のかなたを見上げ、睨む元隆。
 遂に敵主力のドラゴン軍団――空統べるものたちの翼が、真なる絶望のせて今まさにこの熊本へと到来しようとしていた。

作者:銀條彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月23日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。