魔竜王の遺産~手を伸べる

作者:ヒサ

 熊本の市街に災厄が訪れる。それは、ドラゴンに従属するデウスエクス達の群れ。
 軍と呼ぶに足る者達が、道行く人を殺め、人々を納めた建物を壊し、グラビティ・チェインを奪う。尽くされる暴力は事故を起こし、災害を招き、悲劇を際限なく広げて行く。
 軍を率いる指揮官の一体が、赤く染まる街を見下ろし嗤った。
「私達の糧となりなさい。──全ては、ドラゴン種族の未来の為に」

 このところ起きていた、大侵略期のドラゴンの復活。それを為していた黒幕が動き出したようだと、篠前・仁那(白霞紅玉ヘリオライダー・en0053)はケルベロス達へ伝えた。
「敵は、『ドラゴンオーブ』を探していたとのことよ。魔竜王の遺産、とも言われているようで」
 それがどれほどの力を有するものか、詳細は未だ不明。だが、魔竜王の再臨に至る可能性も警戒すべきだと考えられているという。
「なので、あなた達にはこの阻止をお願いしたい」
 ドラゴンオーブが熊本市に封印されている事を、敵は突き止めたとのこと。それを手に入れる為、竜十字島からは、アストライオス軍団なるドラゴンの軍勢が向かって来ているという。
「ただ、今回はこれを迎撃すれば、というだけの話では済まなくて。
 ドラゴン達が到着するまでに、とその配下達が、オーブの封印を解くために必要なだけのグラビティ・チェインを集めようと、市民のひと達を襲うようなの。だからまずは、それへの対処からお願い」
 そうして仁那は、市全体を収めた地図を広げた。東西南北の区をそれぞれ南北の二つに分ける印がつけられ、区の境とあわせて市が大きく九分割されている。その各地に一つずつ、敵の名──部隊の指揮官名が記されていた。
「敵は九部隊で分担して、各地域を襲撃するのですって。まず、あなた達にこの中の一つを選んで貰って……、向かった先に居る部隊の指揮官を倒してちょうだい」
 各部隊を構成するのは、ドラグナー、竜牙兵、オーク、屍隷兵。九体の指揮官は、屍隷兵を除いた三種がそれぞれ三体ずつ。
 敵は、指揮官の指示に従い、極力多くの市民を殺そうと動く。指揮官さえ倒してしまえば統率が取れなくなり、兵達は各々の欲求に従い、好き勝手に行動し始めるだろう。兵達から市民を救出しグラビティ・チェインの奪取を妨害しつつ、出来る限り迅速に指揮官を探し出し撃破して貰う必要がある。同じ地域へ複数チームであたれるようならば、分担する等し協力し合う事で、より被害を抑えられ、以降の作戦を有利に進められるだろう。
「指揮官さえ倒してしまえれば、残った敵は、個別に倒してしまえると思うわ。
 あなた達の力で、街のひと達を護って欲しい。それにあなた達も、無事であるように、お願いよ」
 何しろこれで終わりでは無いのだ──ドラゴンの軍団も迫っている。ヘリオライダーは一度目を伏せてのち、ケルベロス達をひたと見詰めた。
「無茶ばかり言ってごめんなさいね。……でも、頼らせて欲しい。どうか気を付けて」


参加者
罪咎・憂女(刻む者・e03355)
植原・八千代(淫魔拳士・e05846)
明空・護朗(二匹狼・e11656)
御影・有理(灯影・e14635)
篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)
アトリ・セトリ(エアリーレイダー・e21602)
北條・計都(凶兆の鋼鴉・e28570)
紅・姫(真紅の剛剣・e36394)

■リプレイ


 彼らが赴いた北区北部は、中央に比べればのどかな街並みが広がる地だった。より栄えた方面へと向かう形で救助を行いつつケルベロス達は進む──指揮官を早々に倒せれば、とはいえど、目の前で苦しむ人々を置いては行けない。
「これで大丈夫な筈だよ。動けそうならば避難して頂けると助かるが……」
 リムと共に応急処置を終えた御影・有理(灯影・e14635)の気遣わしげな言葉と視線に、子を抱いた父親が頷いた。
「やっぱ通信には頼れないみたいっすね。となると自力で移動して貰うのが一番早そうっす」
 唸って篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)は、手にした拡声器へ向き直り声を張り上げる。ケルベロスが救助に来た、ヒールが要る者が居たら教えてくれ、動ける者達で協力し合って避難して欲しい──複数の言語で順に繰り返しながら、実働の多くを担い得るアトリ・セトリ(エアリーレイダー・e21602)と共に駆け回る。
「紅さん、こっち、手貸してください!」
「ええ、今行くわ」
 助けを求める声に応え、紅・姫(真紅の剛剣・e36394)の手が家屋だったものの瓦礫を退かす。道が通じてすぐに奥へと駆け込んだ明空・護朗(二匹狼・e11656)は、取り残されていた人の傍に膝をつき治癒を。
「大丈夫、です。すぐに良くなりますから」
 遠くには悲鳴。火災の匂いとサイレンの音。
「──敵部隊を発見。この道の先だ」
「なら、相手してあげなくちゃね」
 仲間達へ告げて罪咎・憂女(刻む者・e03355)が駆け出した。植原・八千代(淫魔拳士・e05846)がそれを追う。目指す先に居るのは黒い歩兵の群れだとほどなく判った。
「救急隊もじきに到着します。決して無理はなさらないで下さい」
 人々が避難するための道を確保し終えた北條・計都(凶兆の鋼鴉・e28570)が人々を励ました。彼を乗せたこがらす丸が瓦礫の山を越えて行く。
「ありがとうございました、あなた方もどうかお気を付けて……!」
 災厄の只中へ飛び込み行くケルベロス達の背を追ったのは、彼らに救われた人々の祈り。か弱き声達は、それでも──人を護る人たる彼らのためにこそと。


「同胞よ、いまひとたび現世に出で、愛憎抱くトモを守ろう」
 佐久弥の声が『廃棄物』へと力を与える。彼が大切に持つそれらは呼ぶ声に応え淡く、記憶を形と成した。憎み、されど愛したものを、叶う限りに護る為。慈愛は、刃は、怯え竦む幼子へと剣を振りかぶる竜牙兵を制すべく襲いかかった。
「タマ、お願い!」
 別の個体の前へは、護朗の声に応えて駆ける白い影。その身を呈して老女を庇い、敵を引き離すべく剣を振るう。
「大丈夫ですか、しっかり!」
 自身の武装を変形させた計都が傷ついた人へ手を差し伸べた。負傷がさほどで無くともデウスエクスの襲撃に怯える人々を励まし、為すべき事、その命を守る術を彼らへ教える。
「逃げてくださいっす。俺たちが守るっすから」
「絶対、死なせない。──殺させるもんか!」
「誰もが皆、誰かの家族で友で、大切な人だ。その命、想い、未来……蹂躙などさせはしないよ」
 決意は、戦意は、皆同じ。敵軍の注意を惹く如く、有理が竜砲を撃ち放つ。姫が敵へと向けた銃口は光線を。敵の能力を減じ、速やかに確実に討つ為にケルベロス達は動く。
「植原さん、紅さん、篠さん、当てられそうかな」
 癒し手が散らした銀光を帯び駆ける前衛達へアトリは問うた。答えはいずれも肯定で、ならばと彼女は鼓舞の爆風を爆ぜさせる。
「私達が相手をしてあげるわ。楽しませてね?」
 白い肌に紋様を纏った八千代が籠手を嵌めた拳を敵へと打ち込み勢いを削いだ。
 その間に敵の布陣を確かめる。六体のうち、他の攻撃手を活かすよう身を挺する一体へまずケルベロス達は攻撃を集めた。憂女の装甲靴が蹴りを叩き込み、圧した所へ轟音伴う砲撃が撃ち込まれ、護りを崩す。為した竜鎚を御しつつ射手が駆るライドキャリバーは、次の獲物を狙い唸りをあげた。
 敵が持つ剣が迎撃に振るわれる。重い一撃が地を割り、虚を衝くよう奥から風刃がケルベロス達へ迫る。同族を喪おうとも淡々と振る舞う様はまさに兵。
(「主の影響か……? 雑兵とはいえ侮れないな」)
 前衛は二体。纏めて薙ぎ払うには少ない数の敵を、ケルベロス達は一体ずつ確実に潰して行く。切り込んで来る者から順に、壁を崩すように。
「次、どっち行きましょうか?」
「盾が歪んでる方でどう? 消耗していそうじゃないかしら」
 時折言葉を交わして、自身が傷つけども怯む事は無く。
「無理しないでください、すぐ治すから──『痛いの痛いの、飛んでいけ』!」
「ありがとっすよ、でもまだ行けるんでご心配無くっす」
 何故なら仲間達と、互いを気遣い合い、補い合う事が出来るから。振るう刃で同族の骸をも散らし進む敵達になど負けられない。
「唸れ、氷鱗纏う気高き龍の魂──」
 首もとに手を遣ったアトリが詠唱を。彼女の傍に出でた刃が凍え、標的へと傷を刻んだ。
「あなた達でも苦しいのかしら。……どちらにしても、すぐに逝かせてあげるわね」
 次いで、肌を苛む棘を押し込むに似て鋭い蹴りが敵の腹を打ち、衝撃はかの身の内にヒビを広げる。
 前中衛を排し、残った射手を追い込んで。閃いた憂女の短刀が藍の軌跡を伴い、骨の身を動かす機構を害して行く。
「何処に在す、此処に亡き君──」
 そうして縛された木偶へ向け。有理がかざした手には嘆きが力を宿す。
「──境の竜よ、御霊を送れ」
 祈りは、人の幸いの為。幻竜は、願いを手繰る力。平穏を荒らす者達へ報いを与え──ケルベロス達は眼前の敵を殲滅した。
「別働隊の方々が、指揮官と出遭えていれば良いですが」
 武器を納め、憂女が呟く。情動少なく整然と動く敵軍は、随分と統率が取れている様子だった。
 味方が存分に力を振るえるよう、数多くの敵を屠れればとケルベロス達は次の目標を探す。こちらの余力は未だ十分。一人でも多くを救う為、彼らは急ぎ駆け出した。


「──これで十……何体目?」
「二」
 打ち捨てられた敵の体、鎧ががしゃんと音を立てたのが最後。その場に静寂が訪れた。
 付近に救助が必要な者達の姿はもう無い。であればとケルベロス達は自身を顧みる。
「姫、傷の具合はどうかな」
「ええ、ごめんなさい。これ以上はかえって足手纏いになってしまいそうね」
「無理はせず退がって下さい。──こがらす丸、彼女の代わりを」
 傷ついた盾役を後衛へ。動ける者が穴を埋め、続く戦いに備える。この調子であればもう一、二戦はこなせるだろう。
「俺、これが無事に終わったらキヌサヤ撫でたいっす」
「その手の発言は危険だって噂があるらしいけど大丈夫かな、篠さん」
 軽口を叩く余裕も未だ。顔馴染みの淡々とした答えを耳にして佐久弥は手中に賽を弄ぶ。馴染んだもの、日常の色──緊張下にあれど、蔑ろにしない方がきっと良いもの。逸るばかりでは見落としてしまうものにも目を配り、過たず掬い上げる為に。
「さあ、次に行きましょうか」
「待って植原さん、先に手当てさせて、ください」
 戦いの高揚にうっとりと笑う八千代を護朗が追った。ゆっくり落ち着いて治療をとはいかないが、とヒールで対処出来る傷を塞ぎながら、ケルベロス達は次なる助けの声を求め進む。
「向こうの道が燃えてるようね」
「あっちはビルがあった筈だね、行ってみよう」
 彼らが駆け抜けた道は瓦礫の廃墟も同然。されどそれは、護られるべき命達を最大限に救い尽くした、乾いた砂礫の道。血にまみれたものと成さずに済んだのは、彼らが出来る限りに備えたがゆえ。遠く聞こえる雑多な音は、生きるべく足掻く人々の力強さ。
「──ォォオ──!」
 このまま最後まで、為すべき事を成すために。人の敵たる黒鎧の者共へと彼らは立ち向かう。龍を思わせる咆哮は大気の流れを制しケルベロス達へ破呪の力を与えた。一つずつを言葉で確かめずとも最早呼吸は不足無く合わせ得て、馴染んだ流れを辿り攻めて行く。
「回復だけはこまめにするから」
「手伝おう。不足があれば指示を頼む」
「解った、ありがと」
 連戦で嵩む疲労と傷に備え、護朗の声が張り詰める。色鮮やかな爆風が、護りのドローンが、宙に舞う。姫の大剣が地を揺るがし、八千代の蹴りが敵を薙ぐ。突撃する小竜に合わせ、有理の炎が敵を焦がした。
「喰らえ──!」
 計都が放つ弾丸は六つ、標的を磔にする如く撃ち抜いて、衝撃に怯んだ敵兵へと獄炎纏う佐久弥の剣が呪詛を刻み、叩き伏せたものを骸へと。
 直後に迫った敵の射手が、手にした剣を横へ薙ぐ。
(「追撃が来る」)
 体勢が崩れた仲間を援護すべく動いたアトリが敵陣へと蹴りを放ち風を巻き起こす。
 だが、反撃を警戒した彼女が即座に退いたところで、ケルベロス達は異変に気付く。
 敵は立ち塞がる者を排すべく、機を逃さず攻め来る筈──ここまでの道中で出遭った者達はそうだった。なのに此度は追撃が無い。ばかりか、戦意すら。隙と見て突撃した攻め手の攻撃を捌きはすれど、反撃もせぬまま、竜牙兵達は後退を始めた。
「……撤退……?」
 整然と離脱を図る彼らを訝しみケルベロス達は暫し追ったが、追撃をかわすよう動きこそすれ戦う気はやはりもう無いようで、形を保っていた建物を襲う素振りも見せない。
「指揮官を討てたのでしょうか?」
「でも、混乱して、という風にも見えなかったよ」
「もし彼らが指揮されずに『自由に』動くとしたら……?」
 疑問を抱けど、答えは未だ。通信機は変わらず雑音を吐くばかり。
 とはいえ、市民を護る任は成せた。
「出来る事はやれたわね」
「これで敵の策を潰せたかしら?」
「他の皆も無事だと良い、ですけど」
 叶う限りに最善の結果を彼らは得た。けれど安心してばかりもいられない。遠く、東の空に浮かぶのは不穏の影。
「──あれが本隊っすかね」
 その軍勢、その脅威を見上げなお彼らの心は猛る。まだ終わりではない。
「あいつらの好きにはさせない……!」
 計都の声は熱を孕む。この惑星を、生くる命を、きっと守るのだと。

作者:ヒサ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月23日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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