●絶望の未来
惨劇とは往々にして理不尽なものだ。
突如として乱される平穏、奪われるのは混乱に彷徨う無辜の命。
この日、九州有数の都市である熊本市を襲った惨劇も、まさに理不尽の極みといえるものだった。
乗り捨てられた車が吹き飛ぶ爆風に煽られた人々の足が縺れる。
――逃げなければ、逃げなければ。
必死な思いを嘲笑うように、がくがくと膝が震えるのを止められない。やっと立ち上がっても、覚束ない足元は路面電車のレールに取られてしまったりもする。
白いレースのショールを羽織った老婆は、もう諦めてしまったのだろう。『この子をお願いします』と、泣きじゃくる孫娘の手を見知らぬ青年へ託す。
「おばあちゃんっ」
「いきなさい」
行きなさい。
生きなさい。
願いと祈りを込めて老婆は孫娘の背中を叱咤した。
「おばあ、ちゃんっ」
青年に引き摺られるように駆ける少女はしゃくり上げ、幾度も幾度も振り返る。そうして、見た。祖母の胸から、黒い剣が生えるのを。白いレースに鮮紅の花が咲き、懸命な笑顔のまま祖母の時間が止まってしまったのを。
次の瞬間。
「――?」
腕を掴む手の圧が圧が消えたのを不思議に思い、青年を見上げた少女の顔に血の雨が降り注ぐ。
「……、……っ!」
首から先を失くした青年が、ゆっくりとアスファルトに倒れ込む。少女は声にならない悲鳴を、自分に影を落とす骨の異形へ叩き付けた。が、力ないそれは何の妨げにもならない。
振り下ろされた一刀に、祖母が最期に祈った希望もあっさりと潰えた――。
そんな光景が溢れる光景は、まさしく惨劇。
奪われた命は数知れず。
●魔竜王の遺産
大侵略期のドラゴンを復活させていた黒幕が遂に動き出した。
目的は『魔竜王の遺産ドラゴンオーブ』の探索。
「――その在処は、既に発見済みのようです」
重々しい口調でリザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)は語り出す。それほどに、ドラゴンオーブの存在は厄介なのだ。
「力の詳細は不明ですが、魔竜王の遺産とも言われているようですし。魔竜王再臨の可能性も否めません」
つまり、ドラゴン達にドラゴンオーブを渡すわけにはいかない。絶対に、だ。
「封印場所である『熊本市』へは、竜十字島よりドラゴンの軍勢『アストライオス軍団』が向かっているようです」
だが敵はそれだけに非ず。
アストライオス軍団に先んじて敵は魔空回廊を最大限活用し、配下の軍勢を送り込んでドラゴンオーブ復活の為のグラビティ・チェインを確保しようとしている。
「つまり、市街の破壊と人々の殺戮です」
予知した光景を脳裏で反芻し、リザベッタは表情を強張らせた。あんな理不尽が現実になっていい筈などない。
少年ヘリオライダーは怒りに拳を震わせ、されど声は冷ややかに、分かり得た敵情報をケルベロス達へ開示する。
熊本市街を蹂躙しようとしている軍勢を構成するのは、ドラグナー、竜牙兵、オーク、屍隷兵。それらが9つの部隊に分かれている。
「アストライオス軍団が到着するまでに、『ドラゴンオーブの封印解除に必要なグラビティ・チェイン』を奪おうとしているのでしょう。ここで奪われれば奪われただけ、ドラゴン軍勢によるドラゴンオーブ奪取を阻止できる可能性は低くなると言っても過言ではありません」
●『敵』
ドラグナー陣営は、ケイオス・ウロボロスを配下に従えた竜性破滅願望者・中村・裕美の部隊が一つ。
更に、武術家の死体を利用した屍隷兵の軍勢を従えた、武術を得手とする竜闘姫ファイナ・レンブランドの部隊。同じく武術を得手とする竜闘姫リファイア・レンブランドの部隊も、屍隷兵を従えている。
そしてオーク陣営。
自らの血を引く部族を統べる残忍な暴君である嗜虐王エラガバルスの部隊が一つ。捕らえた女性に対する扱いは、苛烈。
『強い女』を求めるオークの王、餓王ゲブルの部隊は、殊更女性への拘りが強いのと、飢餓状態のオークばかりで構成されているのが特徴。
突然変異で触手が異常に増幅・発達した巨大オーク触手大王は、同様の異常発達を遂げたオークたちを三人の息子と共に率いている。
竜牙兵の陣営も三部隊。
己より軽装で騎乗していない竜牙兵を率いる黒鎧の騎士型竜牙兵、黒牙卿・ヴォーダンの部隊。
四腕の剣士型竜牙兵の斬り込み隊長イスパトルが率いる部隊の配下は、鎧が簡素化された二腕の竜牙兵たち。
「最後は覇空竜アストライオス直属の軍団長、剣と黒鎖を武器とする竜牙兵を率いる、その名も黒鎖竜牙兵団長の部隊です」
淡々と九つの部隊の編成を語り終えたリザベッタは、背筋を伸ばしてケルベロス達を真っ直ぐに見つめた。
「何れの部隊も市民をより多く殺める事が使命です。各指揮官が討たれでもしない限り、部隊の指揮も乱れはしないでしょう」
熾烈な戦いが予想される。
分かっていて、リザベッタはケルベロス達へ出陣を請う。
「確実な勝利を望みます。以後に繋がる一手として。何より、罪なき熊本の皆さんの命が理不尽な惨劇に見舞われないように」
参加者 | |
---|---|
橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125) |
鳥羽・雅貴(ノラ・e01795) |
セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887) |
天見・氷翠(哀歌・e04081) |
城間星・橙乃(雅客のうぬぼれ・e16302) |
セリア・ディヴィニティ(忘却の蒼・e24288) |
アーニャ・クロエ(ルネッタ・e24974) |
ルト・ファルーク(千一夜の紡ぎ手・e28924) |
●機転
統率のとれた黒き竜牙兵の挙動から、指揮官の居場所に目星をつけたのは別動隊のサイガ(e04394)だった。
『敵さんらの動きからして居そうなのは……あそこだな』
軍団を組織しているならば、束ねる者は容易く動かぬもの。かつ、座すのは陣容を一望できる場所である能性が高い。
「あたし達も向かいましょう」
考えれば考える程に理にかなう状況に、城間星・橙乃(雅客のうぬぼれ・e16302)が言う。
楽観的かもしれない。だが軍団である以上、指揮官が失われれば統率に乱れが出るのも、また道理。
「確かにアタリは悪くないかもしれない」
橙乃の視線を追い、高台へ視線を向けて鳥羽・雅貴(ノラ・e01795)も頷く。ヘリオンから降下の際に確認した限り、そこは彼らが担う地区の中央部に近い。
「通信が出来たら、色々確認のしようもあるのに……っ」
幾度か片目を瞑っては開きを繰り返し、橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)は口惜し気に呟く。デウスエクス側がジャミングでもしているのだろう。更に今回はその辺りに長けた中村裕美が敵陣に居るのだ。電波通信系は一切が使いものにならない。
もし芍薬がアイズフォンを使えていたら、目指す地点の名が『河内山』であると知れたろう。
「……」
家々が点在する緑多い風景を瞳に映し、ルト・ファルーク(千一夜の紡ぎ手・e28924)は逡巡する。
多くの命を救いたい。けれど海寄りの地区を除くと、どちらかと言えば長閑な田園風景が熊本市の西区には広がる。人命救助と指揮官打倒を並行させるのは困難と言わざるを得ない。
「賭けましょう。幸い救助の手は足りているようです」
市民救援へは既に三部隊が赴いているのを思い返し、セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)が凛然と決断を下す。
「確かに、そういう雰囲気があります」
「えぇ。間違いないと思うわ」
光の翅で緑の狭間を低く飛んだ二人の戦乙女――アーニャ・クロエ(ルネッタ・e24974)とセリア・ディヴィニティ(忘却の蒼・e24288)は偵察結果に手応えを示した。
「もう一班さんは、今どの辺かな――」
先行したサイガらを気遣う天見・氷翠(哀歌・e04081)の声が、不意に途絶える。閃光弾が上がったのだ。勿論、自分たちではない。
「急ぎましょう!」
打ち上げ地点との距離を目算で五分と見積もり、芍薬が皆を急かす。何故ならその耀きこそ、指揮官発見の合図だから!
●参戦
「悪い、遅れた!」
「配下は俺らに任せな」
銀風が如く木立より飛び出した雅貴の口をついて出た侘びに、雨祈(e01612)の力強い応えと笑みが返った。
「っ、まとめていくわ」
右足で踏み込み、セリアは勢いつけてゲシュタルトグレイブを空へ投じる。宙で無数に分裂したそれは、鋭い雨となって黒鎖竜牙兵の群れへ降り注ぐ。
そう、目指した先に待ち構えていた敵は一体ではなかった。
「あの、中衛です!」
「了解よ」
似た外見の竜牙兵の中から、攻撃の命中精度で狙うべき相手を見抜いた氷翠が指差す一点へ、芍薬が加速する。だがクラシカルなエプロンドレスを翻す蹴りが炸裂する間際、別の一体が芍薬の前に立ち塞がった。
「そういうのも、織り込み済みだぜっ――オヤスミ」
芍薬の蹴りに仰け反った一体へ、すかさず雅貴が仕掛ける。漆黒の首へ、背へ、様々な死角へ迫る影へと生じた刃。暗闇に囚われたように切り刻まれた竜牙兵は、断末魔さえあげる事無く命を散らす。
されど安寧の暇はない。
「――来るわ」
他とは比べ物にならぬ威圧感を放つ指揮官――黒鎖竜牙兵団長がじゃらりと鎖を鳴らすのに、セリアが最前線へと身を投じる。芍薬のテレビウムの九十九、アーニャの翼猫のティナも同様に。直後、鎖に繋がれた剣が遠心力をも糧にしケルベロスたちを薙ぎ払った。
被る痛手と守りを砕かれる感覚に、セリアさえ息を飲む。だが敵は団長だけに非ず。続く配下の攻撃に、盾役たちは休む間もなく足を動かす。
「私たちだって、守ります! ティナ!」
団長と親衛隊とでも言うべきか。先ほど雅貴が屠った一体を除いても八体は残る敵からの猛攻を凌ぐ前線へ、アーニャは失われし愛しき想いを謳い上げて癒しを届ける。日頃はアーニャの頭上にいるティナも、懸命な羽搏きでアーニャの回復を後追う。
(「人々を犠牲にするという非道を、断固として許すわけにはいきません」)
団長の前に立ち塞がる牙の兵へ、白銀の騎士剣を携えセレナが肉薄する。
(「騎士として、必ず人々を守ってみせます」)
「アデュラリア流剣術、奥義――銀閃月!」
一瞬で肉体に巡らせる魔力の奔流。目覚めさせられた限界に極限の身体能力を得たセレナは、迷わず一閃。
夜空に浮かぶ月を彷彿させる冴えで黒鎖竜牙兵の半身を吹き飛ばし、セレナは間合いを詰めていたルトを見た。
(「……そして仇をとれるよう、全力を尽くしましょう」)
――この場に至った全てのケルベロス達は知らされていた。対峙する竜牙兵がルトの仇であることを。
故郷を襲い、兄と慕った人の命を奪った黒鎖竜牙兵が此処にいるかは分からない。
けれどこの黒は。ルトの心をどうしようもなく騒めかせる――でも。心臓を補う炎を燃え上がらせ、炎弾として放ったルトは、その一体が崩れ落ち逝く様を冷静に見つめた。
ルトを逃す為に、犠牲になった人。過去は、変わらない。
(「……だけど、オレは」)
「あらあら、またお客さんが増えたみたいね?」
淡く青に色付く天使翼を背に広げた氷翠が展開する守護の陣の光を受けていたルトの思考が、橙乃の声に中断される。視線を巡らすと、新たに四体の黒が戦線に加わろうとしていた。
「幾らでもお相手しましょう?」
毒が染み出す施術黒衣の裾を優美に揺らし、仲間へ狂気を感染させ乍ら橙乃は余裕を笑む。
しかし十六人のケルベロス達と、そのサーヴァント達を待ち受ける現実は、決して与し易いものではなかった。
●白熱
四方へ射出された黒鎖の一撃が、ルトにも累を及ぼす。直前でアーニャへ向けられた頭上からの斬撃を庇ったセリアは間に合わず、
「ごめんなさい……っ」
「気にするな!」
役割を全うし損ねた謝罪に、ルトは僅かにバンダナを上げて額を伝う血を拭って笑ってみせる。
『もう安心だな!』
『後の事はお願いします』
道中で出逢った人々の安堵の顔を、ルトは思い出す。祖母の手を引き『私がおばあちゃんを守るよ!』と息巻いていた少女もいた。
確かに因縁深い相手だ。復讐の念はある。けれど世界がそれだけでないのを、今のルトは知っている。
(「繋いでもらった命。なら、オレも。繋いで、未来を守る!」)
「オレは団長に専念させて貰うぜ、セレナも頼む!」
露払いだけでは何時終われるか知れぬ戦況にルトは高らかに宣誓し、轟く竜の砲弾を団長へ放つ。
「任せて。全力で支援するわ」
さり気なくルトを気遣っていた橙乃は、少年が放つ気迫に笑みを深め、中空に咲かせた氷の水仙で竜牙兵を攻める。
(「……命の取り合いは、悲しいけれど」)
一つ、また一つ失われてゆく竜牙兵の命をも憐れむ氷翠の貌が晴れることはない。されど憂いの天使も、知っている。
――誰かの犠牲で生き延びる辛さを。
(「だから……ごめんなさい」)
「……世界も心も引き裂いて、争いは続く……誰も、何も、喪われないで欲しいのに……」
一つでも哀しみが世界に生まれぬよう氷翠は祈り、喪失を悲しみ唄い上げて呼んだ涙水でルトが負った傷を優しく癒した。
禍々しい漆黒の魔力を帯びた一閃と鍔迫り合い、押し負けたセリアの光翅が力無く空を掻く。
流石の『団長』か。振るわれる力は一撃一撃が重い。そのくせ熱はなく、だのに気迫は昇竜が如く。画された一線に歯噛みしつつ、アーニャはすぐさま回復の準備に入る。そこへ舞い降りんとした黒鎖竜牙兵へは、ふわふわの白い毛並を汚したティナが我が身を晒した。
「しつけーんだよ!」
覇気を漲らせた雅貴は天に吼え、喚んだ無数の剣をデウスエクスらへ解き放つ。
「招かれざるお客様は早々にお帰り頂けるかしら?」
刃の時雨に一体がふらついたのを見逃さず、芍薬がドラゴニックハンマーで殴り掛かる。超重の一撃に進化の可能性さえ奪われた竜牙兵は、崩れて砂に還った。
一先ずの危機から脱し、アーニャは強張りかけた体の力を抜くと同時に、これまでに自分たちが屠った敵を数える。その数、五。経過時間は、戦列に加わり三分過ぎようかという頃。
――果たしてドラゴンオーブとは何なのか。
純度の高い苛烈さに晒されれば、不思議と思考はクリアーになる。だが金糸の髪をふるりと揺らし、アーニャは興味の深淵から現実へと浮上した。
「それより今は、ココ熊本に現れた敵を倒すのが先なのです!」
籠めた決意を彩り豊かな爆風に変え、アーニャは天使の囀りのような声で仲間を鼓舞する。
そうだ。全ては眼前の敵を退けてから。
「我が名はセレナ・アデュラリア!」
朗々と騎士の名乗りを上げて、セレナは黒鎖竜牙兵団長の懐まで疾駆した。
感情を伺わせぬ骨の貌の、窪んだ眼窩。その奥で光る赤にねめつけられ、セレナの背筋に悪寒が走る。
「騎士の名にかけて、貴殿を倒します!」
それでもセレナは勢いを殺さず、乙女座の星辰宿せし剣を一気呵成に上段から振り下ろした。
●決着
敵味方が入り乱れる戦場を縫うように駆けた雅貴は、見つけた死線に慣性の法則に身を預けたまま命刈る刃を放つ。柄を支点に回転し乍ら飛んだそれは、団長の後ろに控えた黒鎖竜牙兵の身を切り刻み灰燼へ帰させる。
間髪入れずに跳ねた芍薬も、最前線で猛威を振るう一体に狙いを定め、重力を宿す蹴りをまずは一発、着地に合わせてもう一発。瞬きの間に重ねて繰り出し、押し切った。
団長の意識は今、共に包囲する別動隊へ向かっている。
もし彼ら彼女らが居なければ、戦況は大きく変わったろう。『此処』を報せてくれて、団長の命運を預けてくれて。
託されたからには、応えなくてはならない。猛る気概はサーヴァント達にも伝播し、余力に劣りながらも懸命に奮戦してくれていた。
「私がやるべきことは、ただ一つ。今を生きる命、魂を掬い上げる……それだけよ」
満身創痍を物ともせず、セリアはヴァルキュリアとしての本懐を果たさんと盾として、槍として立ち続ける。
何故なら、正しき選定者が掬い上げるのは。死せる勇者ではなく、無辜の隣人達だから。
「此の手に宿るは氷精の一矢」
槍の先端に集約させる魔力は、くゆる冷気の内にセリアの毅然さを秘めて淡く輝き始め。
「さあ、射ち穿て」
空を突けば矢となって放たれ、鎖を振り被りかけていた竜牙兵の力を削いで、膝をつかせる。
気付くと、黒鎖竜牙兵の数は随分と減っていた。
(「せめて、やすらかに」)
祈りを力に換え、氷翠が攻勢に転じる。癒し手として仲間を支え続けた氷翠は、終わりを予感していた。そして氷翠の撃った凍結弾こそ、終局の始まり。
「配下の方は、あちらにお任せして。一気にトドメと行きましょう」
氷翠に射抜かれた一体が凍て付き果て逝くのを見止め、橙乃は大気中の水分に意識を馳せる。残った配下は、一。視界を遮る邪魔は、無いに等しい。
開戦より間もなく七分。別動隊は更に長い。ここで決めねば!
「緩緩と、染む滴は深き碧」
決心を歌うような橙乃の詠唱に、中空に氷の水仙が花開く。慎ましやかな花は、然して鋭利な刃となり、団長の身を無尽に切り刻み。付与した慢性的な痺れによって、敵の内に潜ませた阻害因子を増加させた。
漆黒纏う骨の身体が、ギギギと軋む。それでも団長が放つ殺気は尚、主命に従わんと燃え盛る。
「食い物としか人々を見ていないお前達には分からないのでしょう。人が紡ぐ想い、受け継がれる夢――魂の系譜が描く、命の軌跡。その尊さ、美しさが」
最前線に在り、誰より多く死の恐怖に晒されたセリアの足は、もう殆ど動かない。けれど彼女は毅然と宣誓した。
「この身は、心は護る為に。お前達の企み、何一つ叶わぬものと知りなさい」
バスターライフルから射出した光が、団長を冷たく灼く。衝撃に、世界が白く煙る。それを抜けた黒が、魔力帯びさせた渾身の一振りを繰り出すのをセレナは見た。
「この身は人々の盾。だからこそ、簡単に砕けるわけにはいきません……!」
直撃に派手な朱が飛沫く。だがセレナは耐えた。そのセレナを壁に、芍薬がドラゴニックハンマーに唸りを上げさせる。
轟く竜の咆哮、止まるデウスエクスの足。
(「いきなさい、か――」)
ヘリオライダーの予見したヴィジョンに、家族の最期と血濡れた故郷を重ね、雅貴は肩身の指輪を握り込む。
悲惨な願いや諦めは、もう御免。惨劇なぞ、敵の目論見諸共打ち消してやる。
「家族を、平穏を、人の心を。引き裂く真似は――赦さない」
「――っ」
きっと多くの惨たらしい運命が変わった筈。信じて雅貴は無数の影を閃かせる。父の剣術、母の魔術の面影残す一撃は、遂に黒鎖竜牙兵団長の口から苦痛の呻きを引き出した。
「アスト、ライオス……サ、マ、ニ」
「そのドラゴンだって、私達がきっと倒してみせます。これで……どうです!!」
白銀の光翅で舞い上がり、アーニャは月光のオーラを剣に纏わせ放つ。団長を肩から刺した刃は脇腹へと抜けた。余力の大半を失い鑪を踏む足元へティナと九十九が畳み掛けると、禍々しい赤を湛えていた眼も黒に沈む。
「ルト殿、行って下さい!」
全身で息をし乍ら、セレナが声でルトの背を押す。
「みんな、ありがとうっ」
この状況を作ってくれた、最期を任せてくれる仲間へ込み上げた感謝を口に、ルトは翼をはためかせて走る速度を上げた。
迫る漆黒は、宿縁の果て――否、真の果ては飛来しようとしている竜か。だが託された様々な輝きに心を研ぎ澄ませ、ルトは命を繋ぐ為に腰に携えたジャンビーアを構える。
「決めちゃって!」
「ああ!」
届いた萌花(e22767)のエールに最後の一歩を踏み締め、ルトは鍵のようにジャンビーアを回転させた。
「燃やし尽くす! お前の罪も、その体も!」
開かれる、異界へと繋がる扉。刹那、轟と灼熱の業火が渦巻く。
「――、――」
かつての異端者、教主らが葬られた墓穴の焦熱が如き炎に巻かれ、漆黒の竜牙兵が溶けるように形を失う。
そうして全ての末端までが燃え尽きた瞬間、ケルベロス達は詰めていた息を吐き出し、勝鬨を熊本の空に叫んだ。
●命の未来
指揮官を失い黒鎖竜牙兵たちが退いてゆくのを、ケルベロス達は高台から望む。
追い討つだけの余力はなかった。しかし橙乃は相変わらずの余裕を微笑み、次の熱を予感させる風に髪をそよがせる。
「次も何とかなりますよ」
――否。
何れの惨劇も防いでみせる。多くの命を未来へ繋げる為に。
新たな変事の気配は、もうすぐそこ。
それでもケルベロス達は顔を上げ、前を向く。
作者:七凪臣 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年6月23日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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