魔竜王の遺産~星が堕ちる時

作者:秋月諒

●白き花は消え
 またひとり、崩れ落ちた。
 びしゃりと、跳ねたそれが血であると狂乱の地に知らしめたのは虐殺者たちであった。くすんだ骨が赤く染まり、辛うじて息のあった男が見たのは、果たしてこの世の光景であったのか。
「あぁ、ぁ……」
 何があったのか、何が起きたのか。
 それを口にすることさえ許されなかった。
 虐殺者たちの振るう黒い鎖が逃げ惑う人々の背を打ち、辛うじて息のある娘が弟だけはと懇願する声に剣を振り下ろした。弟は続く一刀で斬り伏せられた。動かぬ姉を見せつけられたその後に。
「んで、なん、で、こんな……どう、して」
 通りを濡らす血が、ただただ増えていく。雨の日のように、血で通りが濡れていく。
「どう、し……」
 どうしてと、虐殺者たちに叩きつける筈であった男の声は一刀によって切り捨てられた。震える指先は、虐殺者を捉えられぬままーー赤い、雨が通りを染めていく。熊本の市街にて行われた虐殺は、通りを赤く染め上げ、それでも止まらず進みつづけた。この地に花があったことさえ、分からぬ程に。
●星が堕ちる時
「皆様、お集まりいただきありがとうございます。先の一件、大侵略期のドラゴンを復活させていた黒幕が、遂に動き出しました」
 急な招集に応じてくれたことに感謝を告げると、レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)は集まったケルベロスたちを見た。
「敵の目的は『魔竜王の遺産ドラゴンオーブ』の探索です。悪いことに、そのありかを発見したようなのです」
 ドラゴンオーブの力は不明だが、魔竜王の遺産ともいわれており、その力は、魔竜王の再臨の可能性すらあるようなのだ。
「ドラゴン達に、ドラゴンをオーブを渡すことはできません」
 そう言って、レイリは現在のドラゴン軍勢の動きの説明を始めた。
「現在、ドラゴンオーブの封印場所である『熊本市』には、竜十字島より出撃したドラゴンの軍勢『アストライオス軍団』が向かって来ています」
 問題は、敵はそのドラゴンの軍勢だけではないのだ。
「配下の軍勢が、先に送り込まれてきます」
 魔空回廊を最大限に利用すれば、それも可能ということだ。
 配下の軍勢を送り込み、ドラゴンオーブの復活の為のグラビティ・チェインを確保すべく、市街の破壊と略奪を行おうとしているのだ。
「こうなってくると、明らかにオーブの可能性を捨て置けなくなりますが……、まずは配下の軍勢についてですね」
 レイリはそう言って、ケルベロスたちの前に資料を広げた。
「配下の軍勢は、ドラグナー、竜牙兵、オーク、屍隷兵で、9つの部隊に分かれて、熊本市街の略奪を行おうとしています」
 目的は、竜十字島より出撃したドラゴンの軍勢『アストライオス軍団』が到着するまでに『ドラゴンオーブの封印解除に必要なグラビティ・チェインを略奪』することだろう。
「熊本市の戦いで、多くのグラビティ・チェインを略奪された場合、ドラゴン軍勢によるドラゴンオーブ奪取を阻止できる可能性が下がってしまいます」
 何より、凄まじい虐殺が起きることになる。
「皆様には、9つの軍団のうちの一つを選び戦っていただくこととなります」

 ドラゴンの封印が解かれる事件を起こした元凶のドラグナー竜性破滅願望者・中村・裕美を始めとした、竜闘姫ファイナ・レンブランド、竜闘姫リファイア・レンブランドを指揮官とするドラグナーの3軍団。

 暴君と呼ばれる嗜虐王エラガバルス、餓王ゲブル、触手大王を指揮官とするオークの3軍団。

 黒鎧の騎士型竜牙兵である黒牙卿・ヴォーダン、斬り込み隊長イスパトル、黒鎖竜牙兵団長を指揮官とする竜牙兵の3軍団。

 計9軍団のうちのひとつと、戦うことになる。
 指揮官はそれぞれ配下の軍勢を率いており、配下の総数は不明だ。
「敵部隊は、指揮官の指示に従って市民の虐殺を行っているようです」
 敵の目的がグラビティ・チェインの略奪である以上、多くの市民を殺すために敵は動く。その指示自体は、指揮官が出しているのだ。指揮官を失えば、その命令が徹底されなくなり行動に隙が生まれる。
「市民を救出しつつ、指揮官を素早く撃破することができれば戦いを有利に運ぶことができるかと」
 説明を終えると、レイリは顔を上げた。
「突然の招集にも関わらず、集まっていただいたことにまずは感謝を。少し、長くなっちゃいましたね」
 ですが、とレイリは真っ直ぐにケルベロス達を見る。
「皆様に、お願いしたく。魔竜王の遺産とやらに振り回されてばかりではいられませんから」
 この先、竜十字島を出撃したドラゴン軍団との戦いも控えている。
「決して、簡単な戦いではないかと思います。ですが、皆様ならば、成せると信じています」
 そして、ちゃんと、皆様無事に戻っていてくださいね。
 信を込めて、少女は告げる。真っ直ぐに見た先で、レイリは微笑んだ。
「では、行きましょう。皆様に幸運を」


参加者
寺本・蓮(幻装士・e00154)
バーヴェン・ルース(復讐者・e00819)
エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)
大粟・還(クッキーの人・e02487)
月霜・いづな(まっしぐら・e10015)
花守・蒼志(月籠・e14916)
ディオニクス・ウィガルフ(否定の黒陽爪・e17530)

■リプレイ

●静かなる行軍
 一拍の後に、力は屍隷兵へと伝わった。薄く開いた口から僅かな呻き声だけを残し、屍隷兵は寺本・蓮(幻装士・e00154)の前に崩れ落ちた。カン、と死者の剣がバーヴェン・ルース(復讐者・e00819)の眼前で砕け散れば、屍隷兵は声を残すことなく消え失せた。開けた視界に月霜・いづな(まっしぐら・e10015)が「これで」と告げる。
「おわりです」
 ミミックのつづらと共にくるり、と周囲を見渡した少女の言葉に、ほう、とエルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)は息をついた。
「ひと段落ですね」
 皹の目立つビルを一瞥すると、エルスは傍へと目をやった。大丈夫だと、告げる代わりに視線を合わせれば、静かに大粟・還(クッキーの人・e02487)は頷いた。
「もう、大丈夫ですよ」
「大丈夫?」
「はい」
 少年と視線を合わせるようにして、エルスもそう言って頷いた。還のヒールで、少年の傷も癒えた。救助は事前に連絡を取っておいた機関に依頼できるだろう。
「避難場所はこの先を真っ直ぐ……、私達が来た道を通って避難してください」
「うん。分かった。……お姉ちゃん達もお兄ちゃん達は行っちゃうん、だよね」
 この先に、と僅かに震えるように聞こえた声に、奥を見ていたディオニクス・ウィガルフ(否定の黒陽爪・e17530)が振り返る。
「あぁ」
「あのね。気をつけてね」
 糸目の巨狼はほんの僅か目を細め、頷いた。駆け出していく背中を見送るようにして、やがてやれやれと息をついた。
「こいつは、ここでも見事に繋がらねぇな」
 ため息の先は、手の中に落とした携帯電話だ。ひとつだけではない。衛星電話も、無線機も雑音がひどく使えない。
「こちらも同じです」
 エルスは手にしたトランシーバーを切ると、小さく息をついた。
「こっちもそうね。通信機は雑音がひどくて使える様子はないわ」
 ローザマリア・クライツァール(双裁劒姫・e02948)の言葉に、進んできた道筋を地図に記入しながら還は小さく眉を寄せた。
「スーパーGPSは使えますね。現在地と進行方向の確認はできていますので……」
「ーーとなると、見事に電子機器のみ通じないか」
 は、と一つ息を吐き、ディオニクスは通りの奥ーー熊本市の深部へと目をやった。
「ジャミングによる敵の妨害か」
 ヘリオライダーの説明にあった敵の中に、一体、コンピューターに強い敵の名前があった。
「街中まで来て、この感じとなると……場所によって通じる箇所があるというのはないでしょうか」
「だな」
 エルスの言葉に、ディオニクスは頷いた。電波を用いた通信機器は使えない。だが、信号弾については、問題は無い筈だ。
(「事前に決めた色の、どれも上がっちゃいない……ってことは、有事は発生していないか」)
 進行速度を考えれば指揮官遭遇はまだだろうがーー支援要請が無いのは上手く進めていると思うべきか。
「とにかく、進むしかないな」
「そうだね。俺達も、前に行かないと」
 花守・蒼志(月籠・e14916)はそう言って、顔をあげた。
(「復興を目指す人々からこれ以上奪う気なんて、市民もその希望も、全て守ってみせる。必ず」)
 きつく、握りかけた拳をゆっくりと解く。普段は物腰穏やかな蒼志も今回ばかりは、その身の裡に怒りを湛えていた。

●死者の群れ
「進行自体は順調だが……ってところだね」
 通りを抜け、蓮は息をついた。同じ救助地点から進行した班とも数百メートル以上離れている為、細かな連携はできない。
「こうなると、怪我も少なく進めているのは幸いだね」
「あぁ」
 蓮の言葉に、バーヴェンも頷く。
 街中に入ってからも細かな探索で敵との戦闘自体も少なく進められていた。
「この先の十字路ですが……、左に敵の姿が確認できます。動きからして巡回でしょう」
 遠眼鏡を手に、エルスが上空で見た情報を地上に伝える。本隊の上空を飛んでの、敵と生還者の捜索だ。隠密気流を纏っての観察は、今の所、敵には見つかっていない。
「敵の数、やっぱり増えて来ていますね」
 エルスから情報を受け取って、還は地図に敵の配置を書き込んでいく。動きを見る以上、避難場所に気がついている様子は無い。
「敵の密度が濃くなる以上、今までのように戦いを避けていくのは難しいかもしれませんね」
「巡回しているだけであれば、こう、かわす手もありそうなんですが」
 つづらを背負いながら、いづなは周囲を見渡した。進行の開始ポイントで遭遇した屍隷兵はこの手の動きはしなかったことを思うと、この辺りの敵特有の動きか。
「正面の十字路をこのまま行くか、それとも、この左の通りを上がって行くべきか……だよね」
 蒼志の言葉に、上空からローザマリアが応える。
「見える範囲では、左には敵の姿は無いわ」
 ビルの看板に身を隠しながら、同じく翼を広げたローザマリアは、ほう、と息をついた。
(「敵が増えてきている以上、ビル内にいる可能性も考えておくべきね」)
 目視での偵察には限界もある。敵の目も想定しておくべきだろう。街の様子は大分変わってきてしまったのだから。
 血に濡れた通り。焼けたビル。割れたガラス。
 救助を終えれば、そこにあるのは荒れた街だ。襲撃を受けたばかりの、まだ赤々とした血の色が目立つ街。
「今まで通り、安全地帯を確保しつつ、確実に進むことを考えると……」
 スーパーGPSを使い、細かに情報の書き込まれた還の地図を見ながら、蓮の指先が通りに触れようとしたその時ーー大地が揺れた。

●赤々
 ガウン、と大きく一度。次いで、破砕音が耳に届く。
「正面、このまま十字路を行った先にある学校から火の手が上がっています。一般人とーー、敵の姿が」
 複数、とエルスは告げた。校門から飛び出してきた人々を追うように教室の窓を割って飛び出てくる。このまま逃げたところで、通りに巡回している屍隷兵とぶつかってしまう。
「敵は多数、か。だがまぁ、消耗少ないままここまで来たからな」
 降りて来たエルスにひとつ頷いて、ディオニクスは仲間へと目をやる。
「急ごう。今なら間に合う。間に合うのならばーー」
 蓮は息を吸いーー言った。
「やるだけだろう?」
「あぁ」
 濡れた地面を、一行は駆ける。上がる息を、あと一歩と前に踏み出すように瓦礫を飛び越えれば、地図を片手に還が十字路の先を指差す。念入りな探索で広い集めた情報が巡回の敵を躱しての、最短ルートを導き出す。
「急いで! 足を止めてはだめ!」
 やがて、ケルベロス達はその声を聞く。必死に進もうとするその声に死者の群れが迫る。
「やだ、やだよ先生もう、や……」
 泣き噦る子供が、ふと声を止める。抱き上げた子の静けさに、先生と呼ばれた女性は顔を上げーー気がついた。
「ケル、ベロス……」
「あぁ」
 そう、応えたのは誰であったか。足の縺れかけた彼女に、その前に、ケルベロス達は踏み込む。敵と逃げる彼女達の間に。
「そのまま走って、後ろですよー」
 巡回中の敵は、この騒ぎにケルベロス達へと向かってくる筈だ。あそこに、といづなは一時の避難場所を告げれば、追いかけて来ていた屍隷兵が吠えた。
「ルァアアア!」
 それは敵を見つけたという合図か。死者は拳を握り、ぐん、と身を飛ばすように一気にケルベロス達へと襲いかかって来た。
「キシャァア!」
「―ム。逝くぞ!!」
 敵の拳に、バーヴェンは己の太刀を地面へと突き立てる。瞬間、ゴウ、と空を震わせて龍は戦場を駆ける。龍魂剣により薙ぎ払われた屍隷兵達がぐらり、とその身を揺らしーーバネのように身を起こす。握る拳は、武術家の死体を利用したというに相応しい重さを以って前衛へと叩きつけられた。
「っと」
 ガウン、と重く、冷気を纏った拳に蓮は息を吐く。この重さ、感覚はーークラッシャーか。だが、生憎こっちは戦闘数も少なく此処まで来たのだ。
(「熊本市は昔仕事でよく来たから思い入れがある。それを踏みにじるというのなら覚悟しろ」)
 バチ、と空気が震えた。先の一撃で、血に濡れた腕をそのままに蓮は告げる。
「第零幻装顕現。幕を引け、神機!」
 これが俺の、俺たちの渇望。
 悲劇を破壊するこの業で、悲劇に幕を引く!
「ルァアア!?」
 鋼の一撃が、大地を穿った。衝撃波に押され、屍隷兵に肩口が爆ぜた。黒い液体が地面を染め、ぐらり揺れた死者を飛び越すように、後方の一体が一撃を放つ。狙いはーー後衛か。
「させないよ」
 たん、と軸線に踏み込んだ蒼志が真っ直ぐに敵を見据えた。後衛を狙ったのはこの場を突破して一般人へと向かう為か。
「狙わせやしない」
 静かに、怒りを押し殺した声がいづなの耳に届いた。回復を、と静かなエルスの声が響き、白い翼を広げ紡がれた癒しが前衛へと満ちる。戦場に光と、覚悟が満ちる。
「われらばんけん!つみなき民人、うばわせはいたしません!」
 落下の勢いさえ利用して、落とされたいづなの蹴りにぐらり、と屍隷兵は大きく身を揺らした。とん、と着地した身を横に飛ばせば、追いかけ伸びる腕を払うようにつづらの一撃が届く。正面、敵は7体。門の向こうを見る限り増えるかもしれないがーー。
「たおしてみせます!」

●星墜
「ルォォオオオ!」
「まるで獣のようね」
 ローザマリアの放った凍結の弾丸が、屍隷兵の腕を貫いた。バキ、と冷気と死者の足の一部が凍りつく。一瞬、鈍る動きを逃すことなく蒼志の雷光が屍隷兵を貫いた。
「言ったよね。行かせはしないと」
 ぐらり、と崩れ落ちた屍隷兵を引き倒すようにして飛び込んでくる死者に、ディオニクスは拳を打ち合わせると一歩、その身を踏み込ませた。黒焔は肩まで覆い、縛霊手の形となれば握る拳に力が篭った。
「テメェもだ」
 一声と共に告げられるそれは、魔力の籠った咆哮。鋭く響く声はウェアライダーのみが有する咆哮。次の瞬間、衝撃が、屍隷兵達を襲った。
「ギィイアア!?」
「前衛に固まってんな」
 は、と息を吐き、手に武器を落としたディオニクスが身を前に飛ばす。
「ドラゴンオーブがコギト玉そのものなら洒落にならねェぞ。……幾らでも持ち込めンじゃねェか」
 踏み込まれる間合いを、自ら踏み抜いて。先に出る仲間を援護するように還は告げる。
「適度な雨は必要ですよね」
 その手を天へと伸ばし、薄く開いた唇で紡ぐのは豊作への祈り。恵の雨が前衛へと降り注ぎ、癒しと加護を紬ぐ。
「るーさんはディフェンダーですよ」
 翼を広げ、応じたるーさんを視界に、還は戦場を見据えた。先の市民は、いづなの教えた場所に避難してくれた。この場を抜けさせなければ守り抜ける。市民は勿論だが、仲間にも還はできれば倒れて欲しくなかった。
「気張っていきましょう」
 打ち込まれる拳と叩き込む鋼によって戦いは加速していく。死者の呻き声は獣の咆哮に似、響く声と共に突き出す拳は突破を狙う。
「ルァアアア!」
「そんなに血と悲鳴は好きかい? じゃあもっと泣け、喚け、苦しめ!」
 ドラゴン勢力に対しては、敵意をむき出しにするエルスの指先から、虚無の力が紡ぎ落とされる。球体は屍隷兵の体を削り取り、苛立ちと共に響く咆哮にエルスは視線を向けた。
「この苦痛を、その身で存分と味わっていい!」
 散る火花さえ見送って、一刀を叩き込めば屍隷兵がバーヴェンの前に崩れ落ちる。死者が土に帰る前に、踏みつけるように飛び込んで来たもう一体が叩き込んだ拳が竜の体に沈む。
「ーーム」
 一撃を、だがバーヴェンは受け止める。盾役としての身は固く、刀を振り下ろした腕を持ち上げれば、空が鈍く光った。
「貫く」
 ローザマリアだ。天空より召喚された無数の刀剣が雨のように降り注ぎ屍隷兵を貫き通す。崩れ落ちた死者を見送れば一瞬視界がひらけーーだが、その向こうに増援が見える。
「こっちの体力が残っているとはいえ、良い状況じゃねぇな」
 眼前の相手に拳を叩きつけ、ディオニクスは息をつく。
「これ以上増え続けるのであれば……」
 何か、と蒼志が言いかけたそこで敵の動きがーー変わった。
「撤退……?」
「指揮官が倒されたんだろうか」
 蓮が薄く口を開く。は、とディオニクスは空を見る。信号弾が上がった様子は無いがーー。
「今は、こっちだな」
「はい。この数ならーー倒せる」
 蒼志は小さく息を吸う。これ以上の増援がないのであればいける。
「前衛、回復しますよ」
 還の声が響く。淡く落ちた光に、ディフェンダー達は短く息を吸いーー行く。今はまだ誰も倒れてはいない。ならば残る力を使う場所はーー此処だ。この場の残存敵を叩き、避難させた人々を救う。
「ルォオオ!」
 咆哮と共に突き出された屍隷兵の拳が、衝撃波を生んだ。癒し手を狙う一撃に、バーヴェンと蒼志が動く。二体、続けざまに放たれたそれを、だが踏み込み防いでしまえば二体の体はーー開く。次の一撃を構えるには少し足らずーーだが、その間をいづなは逃さない。
「おおかみさま、大神さま、わたくしに力を!」
 このほしを、くらきにおとさせは、いたしません――。
 巫女は、空を舞う。流星の煌きをその身に、空で回す身は落下の勢いさえ利用して敵の真上へとーー蹴りとなって落とされる。
 ガウン、と一撃は重く落ちた。庇うように伸ばされた死者の拳を打ち砕き、一撃、叩き込んだいづなは声を上げた。
「さあ、いまのうちに!」
「あぁ」
 応じたのは蒼志だ。地を蹴り行くその手に武器はなくーーただその手を伸ばし、触れた。
「ァ!?」
「小さな傷でも、侮るなかれ……ってね」
 それは毒の塗られた針で紡がれた傷。指輪から出した小さな針をしまって、蒼志は次の一手を選べば、た、と踏み込み行く蓮とバーヴェンの一撃が屍隷兵を沈める。
「ァアア!」
 崩れ落ちる死者に声は無く、残る屍隷兵の咆哮にローザマリアは剣を向ける。
「赦されざる御魂無き傀儡に安らぎと昇天をーーおやすみなさい」
 神速にも達する劒閃に屍隷兵は呻き声さえ上げられぬまま、衝撃に開いた瞳のまま崩れ落ちて行く。
「ルァアアア!」
 残る一体の咆哮が響き渡る。ぐらり揺らす身で、飛ぶように前に出れば握る拳が鈍く光っていた。打ち出す気か。ーーだが。
「させると」
 ガウン、とエルスの時空を凍結する弾丸が屍隷兵の肩を撃ち抜いた。衝撃に、叩き込む一撃が止まる。踏み込みがブレーーそこに、ディオニクスは行った。
「……死は巡り。奪う存在刈り取らん。___弔おう……葬士の名が示す儘に」
 葬士は紡ぐ。眼前の敵に、その材料とされた者に。伸ばす腕の黒焔が揺れ、爪が屍隷兵を切り裂きーー絶望の獄炎を流し混む。
「ァ、アア……!」
「其の命、糧と成れ」
 見開いた瞳が、ほんの一瞬色を変えーー崩れ落ちる。
 そうして、一つの学校を救う戦いは終わりを迎えた。
「せめて祈ろう。汝の魂に幸いあれ……」
 バーヴェンの祈りが響く。
 葬送と祈りの果てに風が吹く。次なる戦いの始まりを告げるように、そっとケルベロス達の背を押した。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月23日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。