魔竜王の遺産~刀光倥偬

作者:黒塚婁

●狂乱
 悲鳴と怒号が混ざり、混沌としている。その中にじゃらじゃらと鎖が鳴る音がする。
 逃げ惑う人々を追いかけるは、捻れた角をもつ竜牙兵達。
 それらは軽い一蹴りで、全力で逃げ惑う人々にいとも容易く追いつき、無造作に剣を振るう。
 ひゅっ、風を斬る黒い残像――なすすべも無く頭は割れ、赤い花が咲く。
 一撃で絶命した者を追い抜いて、それはひとたび足を止める。
 じゃらり、彼らが剣に、腕に、身体に巻き付けた黒鎖が鳴る。そして不気味な眼光で次なる獲物を見つめると、黙したまま、彼らは地を駆る。
 ――すべては魔竜王再臨のために。

●救援
「大侵略期のドラゴンを復活させていた黒幕が遂に動き出した」
 雁金・辰砂(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0077)はケルベロス達を一瞥すると、そう切り出した。
 敵の目的は『魔竜王の遺産ドラゴンオーブ』の探索――そして、既にその在処は判明している。
「ドラゴンオーブは『熊本市』に封印されている……それの持つ力の詳細は不明だが、魔竜王の再臨の可能性すらあるそうだ」
 そんなものをドラゴンに渡すわけにはゆかぬ、辰砂は重く告げる。
 ――現在、ドラゴンオーブを目指しドラゴンの軍勢『アストライオス軍団』が竜十字島より出撃することが予知されているが、動くのはそれだけではない。
 この軍勢に先立ち、敵は魔空回廊を最大限に利用して配下の軍勢を送り込み、熊本市街の破壊と略奪を行おうとしている。
 配下の軍勢は、ドラグナー、竜牙兵、オーク、屍隷兵などで構成された九つの軍団に分かれ――アストライオス軍団が到着するまでに『ドラゴンオーブの封印解除に必要なグラビティ・チェインを略奪』しようとしているのだ。
「つまり、これを阻止するのが此度の戦いだ――人々を守るという目的は元より、多くのグラビティ・チェイン略奪を許せば、ドラゴンの軍勢によるドラゴンオーブ奪取を阻止できる可能性が下がってしまう」
 いずれも看過できぬことである。
 そう強く言い――辰砂はケルベロス達をじっと見つめると、敵の軍団について語り出す。
 先程告げた通り、敵部隊は九部隊あり、それぞれ地域に分かれて略奪に向かう。奴らは各部隊の指揮官の指示に従って、市民の虐殺を行うわけだが――素早く指揮官を討ち取ることで、部隊の統率を奪うことが出来る。
 つまり市民を如何に守りながら、素早く指揮官に迫り、撃破するか。その立ち回りを要求される戦いとなる。
 ただし、それは見境の無い虐殺優先という命令から解き放たれるというだけで――当然、それらを掃討し、市民の安全の確保することも重要な任務となる。
 九の軍勢は別に纏めたゆえ、それをよく確認して向かう場所を決めるように、辰砂はそう告げると、目を伏せた。
「所謂ドラゴン前哨戦といったところだろうが……完膚無きまでに、その目論みを叩き潰してやるといい」


参加者
藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)
ゼレフ・スティガル(雲・e00179)
ドルフィン・ドットハック(蒼き狂竜・e00638)
吉柳・泰明(青嵐・e01433)
大神・凛(ちねり剣客・e01645)
ラーヴァ・バケット(地獄入り鎧・e33869)
錆・ルーヒェン(青錆・e44396)

■リプレイ

●救援
 逃げろ、どけ、来るぞ――大人達の怒号が飛び交う。逃げ惑う団体の中で、幼い兄弟はそれだけが頼りとばかり確りと手を繋ぐ。安全な場所を求め、彼らは当て所なく彷徨っていた。
 しかし現在の熊本市にデウスエクスから逃れられる安全地帯など無く。
 ましてや統率の取られた軍団の包囲に対し、一般人に何が出来るだろうか。
 追い立てられながら転び出てた先は行き止まり――振り返れば、追いすがるは黒鎧纏う竜牙兵。数体のそれらは激しい音を立て、駆けてくる。
「あっ」
 小さな悲鳴と共に弟が転ぶ――大人達も気付いたが、どうすることもできぬ。咄嗟に小さな兄は、覆い被さり弟を庇う。自分の上に巨大な影があるのを感じて全身にぎゅっと力を籠めたが――いつまで待っても衝撃は来ない。
 それどころか、金属と金属が弾き合う甲高い音が響いたかと思うと、襲撃者を退けた。
「よく頑張りましたね」
 柔和な笑みを浮かべ、藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)が優しく告げる。炎が揺らめく藤色の瞳で寄り添う兄弟を暫し見つめた後、強い視線で前を向く。
 じりじりと距離を測っている、黒牙卿・ヴォーダン配下の竜牙兵。数は十数体いるだろう。
「頭が高ーい! ケルベロスご一行のお通りだよォ!」
 よく通る声が、それらの背後から響き渡る。
「さあ、ケルベロスが参りましたよ。お相手願いましょうか」
 明るい声をあげたのは、錆・ルーヒェン(青錆・e44396)と――ヘルムの隙間より地獄の炎を零しつつ、ラーヴァ・バケット(地獄入り鎧・e33869)が竜牙兵の意識を引きつけようと両手を広げた。
 ほぼ無意識に、それらの視線がラーヴァに向いたか。確認するなり、ルーヒェンはドカーン、といいながらスイッチを押す。
 カラフルな爆風に乗って、間髪おかず仕掛けたのはドルフィン・ドットハック(蒼き狂竜・e00638)――すかさず組み伏せると、相手の腕を容易く極め、ドラゴンオーラを叩き込んで、破壊する。
「カッカッカッ! さあさあ、殺されたい奴から来るがよい!」
 軽い跳躍で身を翻し、高く笑いながら挑発すれば、負けじとレッドレーク・レッドレッド(赤熊手・e04650)が声を張る。
「竜牙兵如きが、我々を出し抜けるなどと思うな!」
 威圧的に言い放ち、オウガメタルで具現化した黒太陽を放つ。
 敵軍に降り注ぐ黒い光の下、二対の剣――白妖楼、黒楼丸を手に大神・凛(ちねり剣客・e01645)は軽やかに身を躍らせる。流れるような剣戟で敵の矛を捌くと、大胆に踏み込んで雷の霊気纏う刃を鋭く振るう。
 仲間達の戦いの様子を見つつ、ゼレフ・スティガル(雲・e00179)は市民達と竜牙兵の間で半身だけ振り返り、声を掛ける。
「向こうまでの敵は片付けてきたから、安全なはずだよ――その先には救援隊が居る。そこまで頑張れるかい」
 安全な方角を報せ、市民達に避難を促す。
 彼の言葉通り、よく見ればケルベロス達は浅い傷を負い、装いも煤け、汚れている。
 かといって手負いといったような弱々しさはなく――当たり前のように眼前の竜牙兵を倒すであろうと――素人目にも、そんな確信を持てる頼もしさを持っていた。
「流れ弾の心配も無用」
 静かに告げ、吉柳・泰明(青嵐・e01433)は鯉口を切る。
「此処は必ずや護り通す」
 彼の強い言葉は、穏やかなゼレフや景臣の振る舞いと相まって、市民達を安堵させた――何より、既に竜牙兵を牽制すべく交戦している様が、これ以上無い鼓舞であった。
 大人達に手を引かれた幼い兄弟達は、ケルベロスに向け、大きく手を振った。
「お兄ちゃんたち、がんばってね!」
 彼らの言葉に、景臣は穏やかな微笑みを浮かべて応え――今度は強い殺意を以て、敵を見据えた。

●凌ぎ、削る
 さて、実際の所――ケルベロス達はここまでの戦いで多少疲弊している。この段で十数体の竜牙兵を一気に相手取るのは、決して易い状況とは言えぬ。
 此処に至るまでに、この黒鎧の竜牙兵どもが、たかが雑兵と莫迦には出来ぬ力量を持っていることも体感済みだ。
「どんどん来るがよい! わしは決して退かぬぞ!」
 逆境での戦闘であればそれだけ燃えるドルフィンにしてみれば、この状況は何よりも愉しいものだろう。
 だが、そんな個々の趣向を抜きにしても――退くわけにはいかぬ。
「オーブとやらが連中の手に渡れば先のドラゴン復活以上の事が起きてしまうのだろう……まず此処を確実に守らなければ!」
 レッドレークが改めて、決意を口にする。
 人の命を犠牲に、更なる犠牲を生むであろう存在を許すわけにはいかぬ。
 何より――、
「それに熊本には、俺様が尊敬するトマト農家が沢山ある――連中の好きにさせてなるものか! 絶対に……!」
 吼えると同時、赤熊手を放つ。
 彼の手を離れた無骨なそれは真紅の軌跡を描いて、竜牙兵を斜めに両断するとレッドレークの元へと帰る。
 がらがらと崩れ落ちる黒鎧が作った隙間は、すかさず次の兵が埋める。
 仲間であった残骸を踏みしめ武器を構えるそれらの動きからは、喜びも悲しみも読み取れぬ。
 されど、彼らもまた使命を帯びてここに立つ兵――足元に転がる死を恐れぬのか、それを理解できぬかは不明ではあるが――泰明は灰の双眸でそれを見据え、
「同胞の道や命を繋ぐ為――戦う根底は似ているのやもしれぬ。然れどその残虐さとは相容れぬ」
 静かに告げ、上段に構えて応える。
 地を蹴る、というには重々しい動きであった。前のめりに倒れ込むような、後ろから押し出されるような――ゾディアックソードを突き出すような形で、竜牙兵は彼に躍りかかった。
 先に触れたのは、敵の刃。彼の肘に朱線が奔る――それよりも早く、泰明は剣を相手の喉元へと突き立てていた。
 雷纏うそれは異質な手応えを伴い、それの喉笛を穿ったが、敵は元より竜の牙から作られしもの。
 本来ならば絶命と同時に進退せぬ刃が、押し進み――泰明の腕を深く切りつける。重力の籠められた一刀は彼を守る加護を打ち消し、それを好機とばかりに更に詰めかける竜牙兵を、脇から轟風が薙いだ。
「此処から先は通さない。王様に伝えてよ、何も渡さないって」
 まあ、伝える機会はないか、呟きつつゼレフが無造作に振るった焔揺蕩い耀く刃が生み出した旋風は、傷付いた敵の首を落とし、健常なる敵を蹴散らす。
 凄まじい剣風が消え去るより早く、泰明の傷をオーラの弾丸が包み込む。
「今日の俺ってば癒し系ー!」
 ルーヒェンは嬉々と笑う。ガラクタと自嘲し、実際放棄された己が――誰かのために、力をふるっている。
 もっと力にならねば、思う心の真偽は自分でも判断が付かないが、浮かぶ笑みは本物だ。
 そもそも――人を狩る連中を狩りにいく、楽しーじゃん、と謳い。彼は舞うように、踵を鳴らし、鎖を手繰った。
「ええ、敵の思い通りにさせるわけにはまいりません。まずは此処で潰してやりましょうねえ」
 飄々とした声音でそう言い、ラーヴァが前に進めば、がしゃりと鎧が音を立てる。
 彼の手には身の丈ほどある弓――流れるような動作で矢をつがえ、弦を引き絞る。
「我が名は熱源。炎をお見せ致しましょうか」
 朗と謳い、ラーヴァが矢を放つ。一射にして無数の矢が天より降り注ぐ――可燃液と高熱をそれぞれに宿す矢は、竜牙兵の頭上に雨のように、否、炎の力が更に高められたそれは滝の如く。炎の礫となって、落ちる。
 途端、戦場が陽炎で揺らめいた。現実の炎でないにせよ、敵を苛む熱は本物だ。
「いやー、敵の邪魔はたのしいですね」
 ヘルムを揺らして、炎が小刻みに噴き出す――笑っているのだろう。
 炎に巻かれた兵の元に、凛が飛び込む。空の霊力を帯びた双剣でその傷を深める。淡くピンク色に耀く刀身をくるりと返して、傷を抉るように抜き払った。
 彼女と交錯した竜牙兵は崩れ落ちたが――それが手にしていた大鎌が、不気味な光を湛えた。
 見逃さず、景臣が滑り込む。
 虚の力を持つ刃が、彼の身体の中心を真っ直ぐに走る――下方で、直刃の一振りで応える。逸れて膝より斜めに走った創から、散華するオーラの花が舞った。
 ふっと息を吐きながら、流れるように――しかし、いささか乱暴な動作で、グラビティ・チェインを乗せた此花を返して叩き斬り、止めを刺す。
「まだ行けるかい?」
 揶揄するようなゼレフの言葉に、景臣は静かな笑みを浮かべた。
「ええ、少し愉しくなってきたところです」

●不退転
 彼らが掲げていたのは、撤退を考えぬ不退転の掃討。
 ゆえに、戦闘を察した近辺の小隊が更に加われば、戦闘続行となり――相手を殲滅するまで、彼らは戦う。
 だからこそ、救助した市民達に「向こうは安全だ」と断言できるのであり――そう言い切ったからには、その先へ向かわせることも許さぬ。
 無論、連戦をこなすために早期決着を目指しているのだが、この場は敵が集まりやすいのか、開戦から数分経っても、なかなか数が減らなかった。
「奔れ」
 泰明が命じれば、唸りが響く。黒狼の影が雷宿す牙を剥き、駆ける。
 刹那の一閃が残すは黒影の軌跡か、靡く稲光か、一陣の風を感じた瞬間、兵は首を食いちぎられている。
 一撃の鋭さは変わらぬが、彼の着物は袖の長さも不揃いになっており、地と埃で汚れていた。
 垂直に振り下ろされた重力の力を宿す一撃を、ドルフィンが受け止める。かつて倒したドラゴンの――クリスタルの外殻で作った装甲は傷付かねど、衝撃は殺しきれず、後方へ押される。
 更に、別の兵より放たれた星辰の力を象るオーラが追撃してくる。
「カッカッカッ、やりおるわ!」
 愉快そうに笑いながらドルフィンは前に出た。その腕や頬に刺すような冷気が纏わり付こうが、意に介さず――彼は降魔の一撃で黒鎧を砕き、敵の胸を貫く。
 彼もまた全身に朱が走り――もはや治療しても治りきらぬ創を受けていながら、楽しそうに立ち回る。
「まっかせといてェ、派手にやっちゃうよン!」
 仲間に負けじと援護を重ねるはルーヒェン。華麗にターン決めつつ、爆破スイッチを押す。
「私もお手伝いと参りましょうか」
 合わせ、ラーヴァが地面に水瓶座を刻む――氷を払い火力も増す鮮やかな爆風と更に付与された守りに背を押され、凛が踏み込む。
「この太刀筋みきれるか!?」
 双龍疾風、その技の名に相応しい疾風の剣閃が煌めく。一刀の下に相手を袈裟斬り、両断する鮮やかな一撃。
 そんな彼女の虚を突く形で――首を狙い、跳躍した竜牙兵が大鎌を振り下ろす。
 金属同士が弾き合う甲高い音が戦場に響く――景臣が愛刀で敵の刃を凌ぐ。
 図らずも空いた彼の胴を狙うように刃が飛来する。普段ならばせぬ舌打ちをひとつ、咄嗟に身体を投げ出すように前に跳び、薙ぐような蹴りでそれを弾く。
 その激しい攻防を重ねた深き夜色の装いは数多に裂け、なお確りとした足取りで皆の盾と振る舞う。
 武器を一時失った竜牙兵へ、油断したなとレッドレークは哄笑を向け、
「観念しろ、貴様に逃げ場などないぞ!」
 全身をばねのように、振り上げた赤熊手で地面に打ち据えれば、突出した石巖の刃が無防備なそれを貫く。
 刃は直ぐに元の大地に戻り――さすれば支えを失い、崩れ落ちた兵の亡骸を踏みしめ、凛が呪詛を載せた刃を抜き打つ。駆けながら、美しい軌跡を描く剣戟が鎧を物ともせず胴を斬り落とす。
「カッカッカッ!これぞドラゴンアーツの真骨頂じゃ!」
 剣を振り上げた兵へ、ドルフィンが詰め寄る。腹に突進する形で相手の体勢を崩し、そのまま首をねじ切る勢いで極め、オーラを注ぐ。内より弾ける力で、絶命する。
「前が空いたねぇ、一気に片付けられそうだよン!」
 ルーヒェンの声に応じるように――空いた距離は、ゼレフが素早く詰める。すぐ傍に景臣の気配を感じる。戦いの呼吸を合わせるならば、目配せすら不要であった。
「逃がさない」
 二人が突き立てた刃より、螺旋の炎が生じ。
 ――絡げ、灰に帰せ。
 ふたつの熱が絡み合い、高く強く燃ゆる。
 道路に焼け付かん勢いで消し炭となった兵の背後に控える者どもへ、ラーヴァの放った大量のミサイルが逃げ場を奪うように着弾し――更に降り注ぐは泰明が天空より召喚せし無数の刀剣。
 ――如何に数を増そうが。
「此の地も、命も、決して譲りはせぬ」
 言い切ると同時、一掃した。

●終局か幕間か
「増援確認……ピンチだねェ!」
「何故その報告を楽しそうにできるのか、理解に苦しむな」
 ルーヒェンの声音が弾んでいるのを、レッドレークが呆れつつ問うが、他の皆も何処か楽しそうなのだ。
 戦闘狂どもめ――と悪態を零しつつ、彼も満更でも無い笑みを口元に浮かべていた。
 この意気でなければ、ここを突破することなど不可能。いっそ頼もしいというものだ。
「じゃあ、景気づけに……」
 爆破スイッチを手にルーヒェンがそう言いかけた時だ。
 不意に、竜牙兵の動きが硬直した――そして波が退くように、竜牙兵はケルベロスから距離を取り始めた。かといって、近くに逃げ遅れた市民を見つけたというような動きでもなかった。
「撤退した……のか?」
 凛は静かに納刀しつつ、疑問を口にする。
 これらを追撃するか否か、一瞬で判断は下せなかった。それくらいには、ケルベロス達は疲弊していた。
 一区切りじゃな、言ってドルフィンはカッカッカッと笑う。
「数的には手ごたえがあったが、ドラゴンほどではなかったのう!」
 実に彼らしい感想であった。
「さて、目下の狙いはこれで潰せた……のでしょうかねえ」
「そうだといいっすけどね」
 案ずるラーヴァの言葉に、ゼレフは頭を掻く。既に竜十字島から出陣した軍勢の話は聴いている――せめて出鼻を挫けていればいいが、呟く彼に、景臣が嘆息する。
「心にもないことを」
 人聞きが悪い――他ならぬ友の言葉に、ゼレフは苦笑いを滲ませる。
 しかし戦場を好む浮雲が、次の戦場に思いを馳せているのではという指摘は、否定しない。
 そんなやりとりを背に――撤退していく黒鎧の兵を、泰明は最後まで鋭い視線で見据えていた。
 整然と去って行く敵の様子は、統率を失った結果の敗走とは思えない。撤退そのものは歓迎すべきものだが、一抹の不安を残す。
 指揮官を討てたか、或いは……しかし彼は黙したまま、余計な事を口にはしなかった。
 此処に集う皆は言わずとも察しているだろう、と。
 ――それにしても、錆びた両脚の埃を払いながら、ルーヒェンがしみじみと零す。
「閉じ込められンのもきゅーくつだケド、追い立てられンのもゴメンだねェ」
 逃げた人達、大丈夫かなーという言葉に、確認にいかねばな、とレッドレークが重々しく頷く。
 その意見に異論は出ぬ。瓦礫撤去や負傷者の治療、力になれることがあるならば、今は、難を逃れた市民達の救援に向かうべきと判断し――既に次の戦いの気配を感じ取りつつも、彼らは踵を返したのだった。

作者:黒塚婁 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月23日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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