魔竜王の遺産~竜下九軍団、襲来

作者:白石小梅

●熊本市の陥落
 熊本県、熊本市……北区。
 人口七十万を超える南の大都市に、その日、血と炎の雨が降り注いだ。
 列を成して押し寄せる黒鎧の髑髏の群れ。歩むたびにその重装が音を立て、肉厚の金属が振り下ろされる響きに、甲高い悲鳴が途絶える。
 燃え盛る街辻、爆発する車両……炎と黒鎧の壁に絡め取られるように、逃げ惑う足音は一つ、また一つと絶えていく。
 重装の黒き髑髏の群れの後方より、アスファルトを踏みしめる蹄の音がかつり、かつりと響いて。
『ヴォーダン様に伝令……!』
 一体の髑髏が前線を駆け抜け、鎧で飾り立てた馬の前へ膝をついた。
『イスパトル様の軍団が南面より切り込みました! 挟撃は成功にございまする! もはや、奴らは網に掛かった小魚も同じ。殲滅は、時間の問題かと!』
 おお、という感嘆のどよめきが髑髏の群れから響く。
 その報せに大仰に頷くのは、漆黒の鎧を纏った髑髏の騎士。髑髏馬にまたがるその威容は、重装の黒髑髏たちの中でもひと際大柄な体躯を更に巨大に見せている。
『ヴォーダン様、ご下知を!』
 周囲を囲む髑髏の群れは、目を爛々と燃え立たせて、竜牙の将を見やる。
 黒牙卿・ヴォーダンは燃え盛る戦場を左右に眺めて。
『……征け。兄弟たちよ』
 その号令に、抑え込まれていた熱狂が暴発する。
『下知は下った! 殲滅せよ!』
『歯を打ち鳴らせ!』
『偉大なる竜の御前に!』
『グラビティ・チェインを捧げよ!』

 雄叫びと共に黒髑髏の軍勢は前進し、街は燃え落ちる。
 軍隊蟻の如きその行軍に、慈悲はなく、容赦もまた、ない。
 竜下九軍団、強襲。
 その報と共に、熊本市は陥落する……。

●竜の軍勢
「ドラゴンどもの計画が、本格的に発動いたしました」
 望月・小夜の声に、激しさはない。
「どうやら竜どもが配下に地道な活動を続けさせてきた目的は『魔竜王の遺産・ドラゴンオーブ』の奪還にあったようです。奴らは、その所在を遂に突き止めたとのこと」
 部屋には張り詰めた弦のような緊張感が漂っている。
「その秘宝の詳細能力は不明ですが、魔竜王の遺産と謳われるに足る強大さを持つようです。その力は、魔竜王を再臨させる可能性さえ秘めたものであると……」
 響くのは、息を呑むような音。
「判明したドラゴンオーブの封印場所は『熊本市』。現在、竜十字島より『覇空竜・アストライオス』率いるドラゴンの軍団が、秘宝奪取の為に出撃するのを確認しております。更に奴らはこの主力部隊の到着に先立ち、大規模な魔空回廊を展開して配下の軍勢を熊本市に投入するつもりです」
 映された熊本市地図には、9つもの軍団が攻め寄せて来るのが描かれていた。
「配下軍勢の構成は、ドラグナー、竜牙兵、オーク、そして屍隷兵。9部隊に分散し、熊本市街を全周より強襲。奪略し尽くすつもりです。主力の露払いを兼ねて『ドラゴンオーブの封印解除に必要なグラビティ・チェインの確保』を目的としていると考えられます」
 熊本市の人々は約74万。電撃的な強襲に、事前避難など間に合うわけがない。
「この闘いで人々が虐殺されるほどに、ドラゴンたちの思惑を阻止することは難しくなり、主力のドラゴンオーブ奪取を阻止できる可能性が低下します。この度の任務は、敵主力到着に先んじた前哨戦……竜下九軍団の侵攻より熊本市を守ることです」
 番犬たちは、頷き合う。

●竜下九軍団
「敵軍の編成を確認いたします。敵主力『アストライオス軍団』は未だ後方より進軍中。今回は配下の軍団が相手となります」
 ドラグナーからは、この作戦の立役者『中村・裕美』を始め、竜闘姫の異名を持つ姉妹『ファイナ・レンブランド』と『リファイア・レンブランド』。
 オークからは『嗜虐王・エラガバルス』、『餓王・ゲブル』、『触手大王』の三名。
 竜牙兵では『黒牙卿・ヴォーダン』、『斬り込み隊長・イスパトル』、そして『黒鎖竜牙兵団長』……。
 以上、9名の指揮官がそれぞれ自部隊を率いて熊本市の各地を一斉強襲して来るという。
「こちらもまた戦力を分散して、九部隊全てを抑え込まなければなりません。一部隊でも見逃せば、熊本市の被害は甚大なものとなってしまいます」
 敵の目的はグラビティ・チェインの略奪。敵部隊は指揮官たちの強力な統制の下、オークでさえ性欲を抑えて市民の虐殺に徹するという。守りに入っていては時と共に被害は増すばかり。
「ですが指揮官の指揮能力に拠っているということは、それが弱点でもあるということ。すなわち『市民を救出しつつ、素早く敵指揮官を討ち取る』ことが出来れば、敵部隊の統制は崩れ、被害を最小限に抑えられるはずです」
 組織的な動きを封じることが出来れば、後は残敵を各個撃破しつつ掃討するのみ。
 だが指揮官を狙う班ばかり集めても、その間に被害は甚大なものとなってしまう。
 被害を抑え、敵も砕く。
 求められる作戦は、調和の取れた盾と矛。

 息の詰まるようなブリーフィングを終え、番犬たちはため息を落とす。
「困難な迎撃戦ですが……この結果が後の敵主力との闘いに大きく影響します。それ以上に、熊本市民が無事でいられるかどうかが、皆さんの双肩にかかっているのです。どうか、竜の軍勢を討ち払ってください。出撃準備を、お願い申し上げます」
 そう言って小夜は頭を下げた。


参加者
デジル・スカイフリート(欲望の解放者・e01203)
キース・クレイノア(送り屋・e01393)
月鎮・縒(迷える仔猫は爪を隠す・e05300)
リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)
筐・恭志郎(白鞘・e19690)
巽・清士朗(町長・e22683)
空野・紀美(ソラノキミ・e35685)
名雪・玲衣亜(不屈のテンプレギャル・e44394)

■リプレイ

●開戦
 具足を揺らす音と共に、黒鎧の骸骨が熊本市北区を疾駆する。その数、五体。
 悲鳴を上げて、人々は逃げ惑う。通りを追い立てられる人々は、数十人はいるだろうか。
 骸骨の群れは、人々の後方で転んだ幼い少年に狙いを定めた。
『殺せ! そいつから殺セ!』
 悲鳴を上げて駆けつける母親。すすり泣く少年。
 骸骨が追い付き、命の終わり、虐殺の始まりを告げる一刀が、振り下ろされる。
 その瞬間。
「誰も……殺させないッ!」
 運命を分かつ如く、筐・恭志郎(白鞘・e19690)が二人の間に跳び込んだ。だが無慈悲に振り下ろされた剣は、恭志郎の背にめり込み……。
「こーんなひどいことってないよ! ぜったいぜったい、守りきっちゃうんだから!」
 彼が両断されると思われた時、黒い髑髏をパステルカラーの矢が貫いた。空野・紀美(ソラノキミ・e35685)の『無邪気な射手座』が。
『……ガッ!』
 その竜牙兵が敵の出現を叫ぶ間は、無かった。
 稲妻の如く走った巽・清士朗(町長・e22683)の刀が袈裟懸けに抜き打たれ、デジル・スカイフリート(欲望の解放者・e01203)の竜槌は隕石の如く竜牙兵の兜をへこませていたから。
「それ以上させない。その魂、この災禍の罰として喰らい尽してあげるわ……!」
 逃げる者も追う者も足を止め、ただ一体、ひしゃげた鉄塊と化した竜牙兵だけが、たたらを踏むように後ろに下がると。
 野球ボールよろしく飛んできたハリネズミ……いや、ファミリアが、その胸倉を撃ち抜いた。つなぎ目を失ったかのように、竜牙兵は崩れ去る。
「と、ゆーわけでー……ケルベロス、さんじょー。みんなー、安心してー」
 静寂の中に、名雪・玲衣亜(不屈のテンプレギャル・e44394) が力の抜けた名乗りを上げる。
「来てくれた……!」
『遂に来たか……!』
 それは、電流のように周囲に伝播する。歓声の中から響く呼び名は……。
「『ケルベロス!」』
 恭志郎は走り寄ってきた母親に、そっと少年を預ける。血の流れる背中を、見せないように。
「はい……もう大丈夫ですよ」
「こっちの傷は全然、大丈夫じゃないわよ。……任せて。すぐに縫合してみせる! 強制魔術執刀、開始!」
 痛みに苦笑する彼の背に指を這わせ、リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348) は魔力で傷口を塞いでいく。
 一方、緊張しきった月鎮・縒(迷える仔猫は爪を隠す・e05300)は、震えながら己に語り掛けて。
「だ、だいじょうぶ、うちはけるべろすだから、だいじょうぶ……」
「……うん、縒は一度深呼吸しておこう? 大丈夫だ。俺もみんなも、ついている」
 その肩に清士朗が手を置くと、キース・クレイノア(送り屋・e01393)のシャーマンズゴースト、魚さんも彼女にぽんと手を置いた。
「魚さん。真似しないでいい……ともかく、俺たちも援護する。遠慮せず暴れてやろう」
 キースも続けた励ましに、縒は頷いて震えを止める。
「う、うん……うち頑張るよ……!」
 キースが迸らせた鎖の結界に包まれながら、縒は金切り声をあげて飛び掛かって来る骸骨を睨み据えた。金色に輝いた目から力が弾け、敵は捻じれた空間の中で動きを留められた。
「今だよ、恭ちゃん! いってー!」
 縒の叫びに合わせ、傷を癒した恭志郎の刀が雷迅の如く閃いて。
 番犬たちは突撃する。
 熊本市の闘いは、こうして始まった。

●初戦
 結束した八人の勢いは凄まじく、開始早々数を減らした竜牙兵に留められようはずもない。数分の後、竜牙兵どもは次々にその残骸を通りに散らしていく。
「こういう虐殺は欲望の極み。でも、人々の営みもまた欲望の塊。なら、私は気に入らない方を倒すだけ……さあ、戦車が示す『蹂躙』と『勝利』! まとめて受けなさい!」
 巨大な蟹を思わせる機械戦車の幻影から、二色の閃光が迸る。デジルの指した竜牙兵を貫通し、その体を爆散させる。
 振り返れば、最後の竜牙兵が、清士朗と馳せ合うところだった。
「全く……こ奴らとは本当に悪縁だ。人の誕生日に、無粋な真似を。落ち着いて弁当も食べられなかった」
 目にも止まらぬ速さでめり込んだ裏拳に、竜牙兵は大地に頭を打ち付けて四散する。
(「だが……こうして贈り物に身を固めて戦場に立てば」)
 負ける気がしないな。
 そう笑って、彼は拳を払う。
 五体の竜牙兵は、ただの欠片と化して通りに散らばっていた。
 人々の叫び声は、悲鳴から歓声に代わり、番犬たちを押し包む。
「はーい、もう大丈夫だよー! 怪我してる人いる? お医者さんや警察の人は? みんな、避難できそう? なゆきちさん、手伝ってー!」
 医療パックを持った紀美の呼びかけに、幾人かが進み出る。混乱の中に埋もれていた、行政や医療の関係者のようだ。玲衣亜がそれを見つけて、話しかける。
「あ、市役所の人? おばちゃんはお医者? じゃあ、皆の避難とかちょっと頼んでいい? あと、この辺は安全になったから……逃げてきた人、今危ない場所知ってるー?」
「足を挫いたり、怪我をなさった人は申し出てください。僕たちがヒールいたします。僕たちはこれから前進しますが、落ち着いて避難してくださいね」
 持ち前の隣人力を発揮する恭志郎と共に、三人は人々を落ち着かせる。
 この場は、持ち直すだろう。そう判断し、残りの面々は地図を広げた。
「みんな聞いて。通信はアプリなんかも含めてジャミングされてる。地図さえ表示されれば、スーパーGPSが使えるけど。アタシたちだけで現場判断するしかないわ」
 まあ、指揮官のドラグナーは、演算装置のスペシャリストって話だったしね……と、リリーは結ぶ。
 頷いた縒は、紙の地図を魚さんに持ってもらって、スーパーGPSを起動する。
「えっと、北区北部は熊本市の中でも農地の割合が多い土地なんだよね。敵は、田んぼとか……あとは山とかにも、攻め込まないよね」
「ああ……狙われる場所は絞りやすい。温泉街や国道付近の住宅街、行政施設のあるような、人の集中する場所……次に向かうべきは……この辺りじゃないか」
 と、同地域に降りた他の班の位置を考慮しつつ、キースが一点を指す。
「ああ。異論はない」
「そうね。行きましょ」
 清士朗とデジルだけでなく、情報収集を終えた仲間たちもやってきて、その提案に頷いていた。土地勘のある人々に尋ねても、答えは同じだったようだ。
 次に救うべき市街地は、丘を一つ越えた向こうだ。
「行こう!」
 弾かれたように、番犬たちは走り出す。その背に、助けた人々の歓声を受けながら。

●二戦
 北区北部に割いた戦力は5班。この班の方針は市民救援重視。
 林を抜け、住宅街の中を番犬たちは疾駆する。
 先頭を走っていた清士朗が、ハッと路地の黒影に気付いた。
「一体、見つけたぞ。こちらに気付くより先に、速攻で抹殺する……!」
「合わせます!」
 逃げ遅れた人々を探すようにうろついていた竜牙兵。恭志郎の思念がいきなり爆破を巻き起こし、清士朗の指先が弾丸を弾いて抉り抜く。
『……ッ!?』
 一体で何が出来るはずもなく、竜牙兵は二分と持たずに八人分の攻撃に押し潰された。
「この一体だけ、とは思えません。きっと、すぐ近くに……」
 恭志郎が息を切らしながら語っている最中、通りから悲鳴が響く。
 キースがはっと振り返って。
「……守るべきものがとても多い戦だ。行こう、魚さん。帰ったらうまいものを沢山食べような」
 番犬たちは弾かれるように路地を跳び越える。逃れようとしていたのか、渋滞で車が動けなくなってしまった道路と、それを乗り捨てて逃げる人々が目に入った。
 その後ろから、髑髏どもが車両を破壊しつつ人々を追いかけている。
 キースが、その横腹から黒髑髏に激突して。
『……! ケルベロスか!』
「いのちのともしびは……消させやしない」
 鎖結界で剣を受け止めもつれ合うキース。その後ろで拝むように祈り続ける魚さんを跳び越えて、前衛が敵に殺到する。
「敵は三体! はぐれた奴を始末できたおかげで、数は少ないわ!」
 癒しの慈雨を降り注がせて前衛を支えながら、リリーは素早く敵を見る。
 武骨な大剣を振り回し、力任せに周囲を破壊しつつ真っ向から打ち合う構えだ。
「こちらを呪縛するより、加護破壊や追撃重視の編成よ! 背中はアタシが支えるから、ダメージが増える前に一気に攻めて!」
「りょーかーい! えっと。ってことは、敵からの呪縛とかはそんなに気にしなくていいのかな……? んっじゃ、アタシもいくわー! きみきみ、合わせてー!」
「うん! 私たちが来たからには、もう手は出させないよー! みんな安心して、ゆーっくり避難してね!」
 玲衣亜と紀美が、走り出る。そのガジェットが輝きを発せば、敵は突如として燃え上がり、紀美のハンマーが火だるまを打ち据えて。
 二度目の闘いは十分と掛からず、路地に黒鎧と髑髏の残骸が散らばっていく。
 蟹の足のようなバールを投げて敵を押し戻しつつ、デジルが人々に手を振って。
「安心なさい。貴方達の生きたいという欲望、邪魔させはしないからね♪」
 番犬たちの語り掛けに勇気づけられ、人々は未だ怯えつつもパニックからは立ち直ったようだ。
 最後まで抵抗していた黒髑髏の首を、縒が掴んだ。
「ふーっ……! 闘い始めたら、ちょっと緊張しなくなってきたかな。よぉし、いっくよぉぉおおー!」
 網状に広がった霊力が敵を捕えつつ、縒は雄叫びと共に竜牙兵をぶん投げる。大地に叩きつけられる轟音と共に、骨と鎧は破片となって飛び散った。
「これで最後! もう大丈夫だね! 町長さん、恭ちゃん! うち、やったよー!」
 微笑む仲間に手を振って応え、番犬たちはその闘いを制した。

 市民は次々に感謝を述べながら避難していく。戦闘中に声を掛ける余裕もあり、確認した限りでは犠牲者は出ていない。
「概ね、この辺りの制圧は順調に進んでるみたいだ。俺たちも入れたら四班が救助重視だったはずだし。一般人も、他で闘う仲間たちも、全て無事に終われば一番良い」
 そう言いながら、キースが屋根の上から降りて来る。清士朗はヒールを終えた仲間を見回して。
「こちらも全員無事とは言え、そろそろ負傷が目立ってきた……厳密には予定ほど負傷してはいないだろうが、交代するならば機会は今だ。ここは万全を期すべきか」
「移動中のポジション交代は足を遅くするけど、こっちの負傷や疲労が蓄積しつつあるのは事実だし。継戦維持が一番よね。ええ。交代しましょうか」
 北区北部は徹底した市民救助の布陣のおかげで、局地戦でかなり優勢にことが運んでいる。リリーの提案で、番犬たちは一息つくこととなった。
 そして大体、全員が力を組み終えた、その時。
 遠方から何かが爆発炎上したような音と衝撃が響いてきた。
「……! ありゃりゃ。長々休んでる暇はないね。これ、誰か襲われてんじゃない? 急いだほーがいいよね……!」
 玲衣亜の言葉に全員が目を合わせ、番犬たちは再び駆け出していく。
 三度目の闘いへ。

●三戦、そして……
 自主避難しようとしていた人々が集まっていた小学校の正門で、横倒しになったバスが燃えている。
 校庭では避難しようとしていた人々が身を寄せ合って、怯えていた。
 竜牙兵は、破壊したバスを跳び越えると、怨霊の如く人々ににじり寄る。
『死ぬがいい!』
 その時、カラフルな塗料が鉄柵を貫いて竜牙兵を打ち据えた。
「いじめは、ゆるさないんだから! みんなー、あっちに逃げてー!」
「あっちの敵は倒しておいたからー、落ち着いて避難すんだよー」
 そう言う紀美と玲衣亜に続き、番犬たちが跳び込んで来る。
「ケルベロスだ!」
「助かった……!」
 人々は破壊された柵から逃げ出し始める。それを守るように、恭志郎は仲間の後ろに陣取って。
「敵は二……いえ、続々来ますよ……!」
 燃えるバスを押しのけて、更に三体の竜牙兵が校庭へ入り込んで来る。
「合計五体……こっち結構、負傷してるし、今回は激戦になるわよ」
 デジルに応えるのは、縒。力強く、身構えて。
「このままの勢いで行こう! 全力で行けば、勝てない相手じゃないよ! 絶対に、皆を守るんだ!」
 怯える人々を背に抱え、番犬たちは身構える。
 これが、熊本市街における最後の闘いとなる。

 身の擦り切れる闘いが続き、遂に魚さんは光と消えた。
 番犬たちの負傷も重いものとなっていく。
 倒れる者が出なかったのは、先のポジション交代のおかげか。
「人々の避難は完了です。そしてこちらも絶対に……誰も殺させはしません!」
 恭志郎が刀を振るえば、リリーの傷が白い炎に包まれながら癒されて行く。
『ならば、お前らが死ね! ケルベロス!』
「そんな理不尽な理屈、ないよ! 死ぬもんかー!」
 竜牙兵の一閃は縒の足蹴りに弾かれ、横合いからキースに殴りつけられて砕け散る。
 生き残っている竜牙兵は、すでに二体。八人の番犬に、未だ倒れた者はいない。
 だがその時、正門を潜って更に二体の竜牙兵が校庭へと侵入して来た。
「援軍か……! 構わん。まとめて相手してくれよう」
 血泥に塗れながら、清士朗が身構える。
 その時。
『……!』
 何かの合図を受け取ったかのように竜牙兵たちがハッと空を仰ぎ見て、隣の仲間と視線を合わせた。
「……え? なに? どったの? なんかご用事、思い出した?」
 思わず漏れた玲衣亜の問いに答えもせず、竜牙兵はこちらを睨んで迎撃姿勢を取りつつも、じりと後ずさり始める。見れば、援軍として入ってきていた二体も、仲間を受け入れる姿勢を見せてはいるものの、近づいてこない。
「これって……敵将に何かあった、のかしら?」
 リリーの困惑は、敵が壊走しているようには見えない故。竜牙兵たちは合流を果たすと、互いを援護し合うように警戒しながら、潮が退くように整然と撤退していった。
「追撃を掛ける隙は、見えなかった。まさか……ね」
 嫌な予感を呟きに変えたのは、デジル。
 北区北部は、大多数の班が救助を重視して行動している。
 では『指揮官と激突した班』は、どうなったのか。
「だが……どちらに何があったのだとしても、助けに行く時間はなさそうだ」
 キースは、東の空を仰ぎ見る。
 振り返った紀美の瞳が捉えたのは、遥か彼方に犇めく無数の黒影。
「あれって! あれが、まさか全部……ドラゴン、なの?」
 ため息を落としながら、番犬たちは無言のままにそれを睨む。
 敵本軍『アストライオス軍団』、熊本市に肉薄。
 この時、配下軍勢の侵略は一斉に途絶えた。
 熊本市街の防衛戦は、終わりを告げたのだ。

 やがて本軍迎撃の為に結集する中、番犬たちは知ることになる。
 熊本市北区・北部地域は、番犬たちの奮戦によって最も被害を抑えられた地区の一つとなったこと。
 そして敵将、黒牙卿ヴォーダンが番犬の牙を打ち破り、敵本軍の出迎えを果たしたことを……。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月23日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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