魔竜王の遺産~贄求める竜の下僕

作者:天枷由良

●塗り潰される未来
 火の国・熊本の中枢たる熊本市に、魔空回廊を通じてドラゴンの配下達が現れた。
 ドラグナー、オーク、竜牙兵の三種族は勿論、一部に屍隷兵までも加えた大軍勢は、七十万を超える人々が住む市内全域で虐殺の狼煙を上げる。
 その中に、不死の存在でありながら死を体現したような、禍々しい黒騎士がいた。
 馬上で巨剣と盾を携えるそれは、大軍勢の一角を指揮する存在に違いない。現に熊本市北区の北側では、黒騎士と同じように黒ずくめの装備をした竜牙兵達が、逃げ惑う人々の首を刎ね、心臓を貫き、腸を切り裂き、溢れ出す血を浴びながらさらなる虐殺に邁進している。
 彼らは、まさしくそれを為すために来たのだろう。
 蹂躙を阻むものがなければ、熊本の街も人も、皆遠からず滅んでしまう――。

●ヘリポートにて
「そして彼らを遣わした存在が、大侵略期のドラゴンを復活させていた黒幕でもあるわ」
 ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)は静かに手帳をめくって、ケルベロス達に告げる。
「黒幕こと『覇空竜アストライオス』の目的は、熊本に眠る『魔竜王の遺産・ドラゴンオーブ』の解封。ドラゴンオーブがどのような力を持っているのかまでは分からなかったのだけれど、使いようによっては魔竜王を再臨させることすら可能であるらしいの」
 その恐ろしく強大な力を手にするべく、熊本市には竜十字島から出撃したドラゴンの軍勢『アストライオス軍団』が向かっている。
「またアストライオス軍団に先立ち、ドラゴンオーブ解封に必要なグラビティ・チェインを確保するための大軍勢が、魔空回廊を通じて熊本市に送られるわ。先の予知は、その軍勢による虐殺の光景。ドラグナー、オーク、竜牙兵に屍隷兵までも揃えた部隊は、熊本市全域で虐殺と略奪の限りを尽くすでしょう」
 このままでは多くのグラビティ・チェインがドラゴン勢力に略奪され、アストライオス軍団によるドラゴンオーブ奪取を止められなくなってしまうかもしれない。

 敵軍は九つに分かれて、熊本市内に散っている。
「それぞれの部隊に、指揮官と呼ぶべき個体がいるわ。彼らを討ち果たすことができれば、部隊は足並みを乱して各々身勝手に動くようになり、被害も食い止めやすくなるでしょう」
 まずはドラグナーから、先だってドラゴン復活事件を起こした『中村・裕美』に、武術を得意とする『ファイナ』『リファイア』のレンブランド姉妹。
 オークには残虐な暴君『嗜虐王エラガバルス』と、強い女性を求める『餓王ゲブル』に、突然変異で触手が異常に増殖発達した『触手大王』の三体。
 そして竜牙兵では、黒鎧の騎士型竜牙兵『黒牙卿・ヴォーダン』と、四腕の剣士型竜牙兵『斬り込み隊長イスパトル』、アストライオス直属の『黒鎖竜牙兵団長』が出撃している。
「配下の情報と部隊の配置については、用意した別紙で確認してちょうだい。……種族に違いこそあれ、彼らの目的は一貫してグラビティ・チェインの略奪。つまり市民の虐殺。指揮官によって制御されているうちは、人々を残さず殺し尽くそうとするわ」
 これを食い止めるべく、ケルベロス達は“市民を救出しつつ、敵指揮官を素早く倒すために動く”必要がある。
「市民を救助しながら配下を撃破して、指揮官に遭遇した部隊が指揮官を撃破。統率を失った敵を掃討して熊本市を守る……と、流れを言葉にするだけなら簡単なのだけれど、一筋縄ではいかない戦いになりそうね」
 しかし、熊本市の人々を守れるのはケルベロスだけだ。
「皆の全力でもって、虐殺を阻みましょう」


参加者
大義・秋櫻(スーパージャスティ・e00752)
佐竹・勇華(は駆け出し勇者・e00771)
霧島・絶奈(暗き獣・e04612)
粟飯原・明莉(闇夜に躍る枷・e16419)
東雲・菜々乃(のんびり猫さん・e18447)
カッツェ・スフィル(しにがみどらごん・e19121)
シルヴィア・アストレイア(祝福の歌姫・e24410)
ベルベット・ソルスタイン(身勝手な正義・e44622)

■リプレイ


 熊本城目掛けて、ヘリオンから八人のケルベロスが飛び出していく。
 目的は市民の避難先を確保すること。そのために幾つかのチームと連携を取り、決して多くはない時間で尽くせる限りに細かな用意を整え、ケルベロス達は無辜の民を守る使命感に燃えながら空に身を躍らせた。
 ――その視界へと真っ先に飛び込んでくるものが、まさか助けを乞う人でも崩れた家々でもなく、同じケルベロスに群がる異形とその指揮官、中村・裕美だとは思いもせずに。
「えっ……!?」
 シルヴィア・アストレイア(祝福の歌姫・e24410)が目を見張る。だが、見下ろした景色に間違いはなかった。僅かに先んじて熊本城へと降り立った指揮官討伐を目指す部隊が、次々と現れる大量のケイオス・ウロボロスに取り囲まれようとしていたのだ。
(「まさか、とは思いましたが……」)
 東雲・菜々乃(のんびり猫さん・e18447)は息を呑む。
 すぐに援護しなければなるまい。ほぼ同じタイミングで降下を始めたもう一班も同じことを考えたか、此方を見やった白飼兎のウェアライダーと視線を交えて、佐竹・勇華(は駆け出し勇者・e00771)が頷きを返す。
 こうなれば腹を括るしかなかった。まだ宙空にある身で得物を手に取る二班十六人のケルベロス達から、まずは幼くも落ち着き払った声が飛ぶ。
「妾らが来たからにはもう大丈夫じゃ!」
「――Don't get so cocky!」
 つれて紅髪のウェアライダーが吼え、目にも留まらぬ速さで居合斬りを放つ。空間をも超える一撃が天守閣上に立つ異形を数体吹き飛ばした時、大義・秋櫻(スーパージャスティ・e00752)も二門の巨大なキャノン砲の照準を合わせ終えた。
 狙いは、地で狭まろうとする囲いの方。撃ち出された破壊の力が異形の一匹を攫って、上空からの急襲に波立つ敵の視線が此方にも向けられた。
 その禍々しい赤色を睨めつけた秋櫻は、大地に降り立つと真紅の外套を大仰に翻す。
 正義のヒロインが名乗りを上げるならば、今以上の絶好機などない。
「スーパージャスティ、参上」
「雑魚共は引き受けた!」
 余韻に浸る間もなく、カッツェ・スフィル(しにがみどらごん・e19121)が竜の息吹を吐きつける。炎に煽られたケイオス・ウロボロスの数匹が包囲を解けば、カッツェはニヤリと口元を歪めた。
 彼女の耳には、中村・裕美と矛を交える部隊から叫ばれる加勢への感謝など聞こえていない。頭の中を支配するのは、敵を屠るという欲求のみ。
「黒猫ごめんね、一番美味しそうなヤツはお預けだよ。……でもその分、沢山食べさせてあげるからね!」
 愛用の大鎌を手に、最前へと立つ。
 僅かに見上げた先からは、喧しい鳴き声を伴ってケイオス・ウロボロスが来る。
 ――その数、十三。


(「たとえ何匹いようと、負けるつもりなど毛頭ありません」)
 絶望が具現化したような敵が迫るのを、霧島・絶奈(暗き獣・e04612)は当人にはまるで無価値な微笑を湛えて見据える。
 傍らのテレビウムには、盾役となるよう既に指示を下した。
「あとは……死力を尽くして雌雄を決するのみです」
 守るべき民、逃すべき民の姿はない。此処で必要とされるのは、ただ敵を討つ力だけ。
 腕を伸ばした絶奈の顔には、戦場にあるまじき、しかし戦場だからこそ現せる歪な笑みが浮かぶ。同時に唱えられた言葉が幾重もの魔法陣を開き、そこから突き出た槍のような輝きが敵の一つを穿った。
「……美しい光だわ」
 それに比べて、と燻る苛立ちを露わにしたベルベット・ソルスタイン(身勝手な正義・e44622)も、同じ敵を狙って口を開く。
「紅き奔流よ、醜悪なる者を打ち砕け! 紅の拒絶(クリムゾンリジェクト)!」
 刹那、光の槍から解放されたばかりの敵が爆ぜた。
 黒い異形は力なく落ち――大地に触れる間際、けたたましく鳴いて羽ばたき、宙を滑る。
「下がって!」
「相手が何だろうと……私の歌を響かせてみせる!」
 ヒールドローンを散りばめながら勇華が最前に躍り出て、シルヴィアは“幻影のリコレクション”で敵の戦意を揺さぶろうと声を張る。
 だが黒い群れの勢いは緩まず、軽鎧で覆われた勇華の肩に、傷ついたケイオス・ウロボロスが喰らいつく。
 鋭い牙を突き立てられたところからは、命を啜り上げられる感覚がした。
「くうっ……!」
「黒猫!」
 すかさず放り投げられたカッツェの大鎌が異形を真っ二つに裂き、勇華の目の前に落ちたそれの奇妙な赤い眼からは光が失われていく。
 まず一匹。しかし、あと十二匹。
 異形の群れは次々と襲いかかってくる。咄嗟に仲間を庇おうとした秋櫻に破壊と吸収の牙が突き立てられ、勇華も痛みが癒える暇さえ得られぬまま、爪で幾度となく斬られる。
「っ、プリン!」
 呼びかけられたウイングキャットが羽ばたくのに合わせて、奈々乃が日々溜め込んでいる妄想エネルギーを放出して盾役達の治癒を図った。
 しかし、その菜々乃にも炎が吹き付けられる。テレビウムが庇いに入るも、苛烈な息吹は容赦なく命を削り取っていく。
(「これは……厳しいな……」)
 余波に巻かれた粟飯原・明莉(闇夜に躍る枷・e16419)が、微かに呻く。
 些細な効果しかもたらさない分身など纏っている場合ではなかった。一刻も早く敵の数を減らさなければ、あっという間に押し潰されてしまう。
「――縫い止めるよ」
 明莉は猛攻の間隙を縫って、凍気纏う杭を打った。
「今よ、攻撃を集中させて!」
 声を張りながらも、あくまで優雅に。ベルベットの巻く包帯から紅桜が吹雪き、幾つかの敵を牽制しながら杭の穿たれた大穴に染み込んで燃えると、のたうつ敵を絶奈の身体から滲み出た“親愛なる者の欠片”が呑み干して、闇の中に消し去る。
(「これで、二匹」)
 “欠片”を収めながら、絶奈は次の獲物を探す。
「――うおおおおお!!」
 視界の中で標的が定まり切る前に、勇華の絶叫が轟いた。
 既に傷だらけの身体から流れる血を拭いもせず、左手で振り抜いた神剣の複製品から闘気の山羊が飛んでいく。それに蹴散らされた群れの一匹に狙いを定めて、秋櫻もまた負傷を顧みず、構えた三連式の超大型ガトリング砲から集中砲火を浴びせる。
「次は――お前かぁッ!」
 獣の如きカッツェの咆哮が炎に変わり、数匹を薙いでから蜂の巣と化した敵を包んだ。
 そして起こる爆発。美への称賛を紡ぐべき唇で異形の死を希い囁くベルベットが、また一匹のケイオス・ウロボロスを熊本の土に還す。
「まだまだ、わたし達のステージはここからが本番だよっ!」
 勇華や秋櫻ら前衛のケルベロス達を“紅瞳覚醒”で励ますシルヴィアが、また演目を“幻影のリコレクション”へと切り替えた。
 信念を揺るがすその歌声が、敵の吐き出す息吹を弱める。刹那、耐え忍んでいた秋櫻も反転攻勢に出て、敵群へと吶喊。ケイオス・ウロボロスを四方に弾き飛ばす。
 しかしその攻撃は、秋櫻の得意とするところではない。僅かな傷しか負わなかった敵は即座に秋櫻へと齧りつき、失われた力を取り戻そうと命を吸った。
「堪えて!」
 仲間をどうにか励まそうと声を上げながら、菜々乃が満月と似た光球を作り出す。
 行使できる治癒術が二つしかないことが心底口惜しい状況だった。どのような技でも、癒し手であるならば仲間の身体を蝕む異常を取り除く可能性がある上、相棒のプリンも清浄なる羽ばたきで邪気を祓える。ならばより強い治癒術や防御面を高める技でもあれば――などとは、もう考えても仕方ない。今出来得る最大限をと、菜々乃は光球を秋櫻にぶつけた。
「……正義は」
 生きとし生けるものであれば何処かに潜めているはずの凶暴性が、引きずり出される。
「この程度で、負けません――!」
 真紅の長手袋が異形の顎を掴み、強引に引き剥がした。そのまま力の限りに大地へと叩きつけられた敵を、絶奈が光の槍で貫き、明莉が矢のような視線と氷結の螺旋で射抜く。
「たああああああっ!!」
 叫びと共に、勇華が剣を大上段から振り下ろした。
 異形が裂けて散る。その亡骸の合間から残る敵を見据えて、勇華はさらに叫ぶ。
「あと、九つ!!」


「よぉし! みんな、もっと派手にいくよ!」
 シルヴィアの演奏にも熱が入る。掻き鳴らされたバイオレンスギターの音色は、菜々乃や明莉の火傷を癒やしつつ、心に不屈の炎を灯す。
「私だって――みなさんを守ります!」
 響き渡る音に触発されたか、菜々乃も力を込めて妄想エネルギーを放った。プリンの羽ばたきに煽られたそれは、盾役の二人を中心に前衛陣の傷を塞いでいく。
「さあ、かかってこい! 私がいる限り、誰一人だって倒れさせやしない!」
 刃に滴る穢れた血を払って、勇華は吼え哮りつつ構えた。
 引きつけられるように、異形が殺到していく。まるで鳥葬じみた光景は美しさの対極にあり、ベルベットが堪らず血の桜で敵群を吹き飛ばす。
「っ……穿ち貫け、闘気の奔流! 桜花零式・闘鬼螺旋衝!!」」
 解放された勇華も、桜色のガントレットを付けた右腕を捻りながら突き出して、闘気の渦で敵を穿つ。
 零式と銘打たれたからには、その技は勇華の扱う我流拳技“桜花流”にとって奥の手、秘技と呼べるものだろう。間合いすら選ばぬ一撃には、敵を屠る力がある――はずだった。
 盾役として守勢に意識を傾ける今、勇華は最大火力を発揮できない。渦巻く力を乗り越えた敵は、再び勇華に齧りつこうと牙を剥く。
「このっ――」
「黒猫、食い千切れ!」
 それは仲間を救うというより、ただ獲物を狩り、魂を刈るが為の振る舞いというべきか。
 死の化身となったカッツェの手元から舞う黒鎌が、勇華の前から異形を掻っ攫う。
 刃は主の元に返る途中で、黒い怪物の首を完全に断ち切った。
「いい子だね。でも、二つくらいじゃまだまだ食べたりないよね」
 数多の戦場を共にする相棒を愛でたカッツェは、邪な魂を求めて視線を彷徨わせる。
 そして、その目が捉えたのは――絶奈の“欠片”から必死に這い出た敵が、大口開いて炎を吐き出そうとする姿。
「やらせはしません!」
 間一髪のところで、秋櫻が前に立ちはだかる。鋼の肉体を容赦なく炙る息吹は、癒えない傷に深く染みて秋櫻の意識を揺さぶる。
 それでも秋櫻は――正義のヒロイン・スーパージャスティは、降魔の力を込めた拳で敵を殴りつけ、僅かばかり傷を埋めてから鋭い爪に狙われていた明莉の元に向かう。
 何の因果か己の中に目覚めた“正義”を寄る辺にして、仲間を守り通す為。
 ……そして四方から爪で突き刺された秋櫻は、限界に達し、前のめりに倒れた。
「共に戦う仲間を守るのも、正義の味方の、務、め……」
 ざわめく異形達が飛び立った後、明莉の前で呟いた秋櫻は意識を失う。
「秋櫻……っ」
 表情こそ変わらないものの、明莉の声音が微かに――背を預ける仲間達には気づけぬほど、僅かに揺らいだ。
「……邪竜の下僕。お前が消えても消えない傷を、その身に刻んでやる――!」
 刃の付いた鎖が空に飛ぶ。縦横無尽に振るわれるそれで切り刻まれた相手が地に寄った瞬間を見逃さず、明莉は続けざまに凍氷の杭を叩き込んで穿つ。
「今此処に顕れ出でよ――」「――紅の拒絶!」
 絶奈とベルベットの詠唱が重なり、光の槍で抉じ開けられた大穴が轟音立てて爆ぜた。
 ぱらぱらと黒い欠片が落ちてくる。
「生きていても死んでいても、美しくないわ」
 間近にまで飛んできた残骸を払い除けて、ベルベットは呟く。
 瞳に映る醜悪なる獣達は、あと七つ。
 その七つ全ての頭に並ぶ大小二つと、後頭部から伸びる竜の尾にも似た部分に覗く四つの赤。全てが眼なのか或いは、どれも違う何かなのか。判断などつかないし、真相など知らずとも良いが――。
「気に入らないんだよなぁ……お前達の、その眼がさぁ!」
 未だ途切れない殺意に任せて、カッツェが竜の息吹を吐く。
 一方で、勇華は己の身に闘気を巡らせて態勢の立て直しを図っていた。
「秋櫻さんの分まで、私が皆を守るんだ……!」
 それが、勇者のあるべき姿だから。
 勇華もまた、己の矜持を最たる武器として戦場に立ち続ける。
 だが、傷が塞がらない。菜々乃にエネルギーを分け与えられ、シルヴィアから魔法陣で増幅された聖なる歌の祝福を届けられても治らない。衰えぬ戦意に追随できない身体は、もう折れる間際だった。
 そして邪な獣達は賢しくも血の臭いを嗅ぎ取り、勇華へと群がる。獲物に有り付けなかったものは、身代わりになろうと凶気を振りかざして近づいたテレビウムを踏みつけ、焼き焦がして切り裂いた。
(「……よく持った、と思うべきでしょうね」)
 消失した従者の影に一瞥くれた絶奈は、すぐさま“欠片”に意識を注ぐ。
 散ったものに気を払い続ける余裕などない。
 敵を、討つ。その一点で操られる塊が、また一体の敵を飲み込んだ――その瞬間。
「裕美っ!!」
 異形の向こうから、ケルベロスの叫びが聞こえた。
 何故か悲痛さを含むようなそれは、群れを指揮するドラグナーが死を迎えた証であった。


 統率者を欠いた異形達は、大きく足並みを乱した。
 その隙を狙って、ケルベロス達は残敵掃討に移る。
 絶奈の“欠片”が喰らい、明莉の鎖は刃の嵐に巻き込んで血を啜り、カッツェの鎌が首を刎ねる。楽器から槍に持ち替えたシルヴィアも神速の突きで穿ち、ベルベットは爆発と凍結を繰り返して砕く。
 苦し紛れの抵抗で仲間達が倒れることのないよう、菜々乃は妄想エネルギーを放出し続けて相棒の分まで治癒に勤しんだ。
 溜めに溜めたその力もいつまで持つかと頭に過った頃、最後の異形が朽ち果てる。
 そこでようやく、戦場を共にしていた仲間達にもしっかりと目を向けられた。
 無事……とは言い切れないが、誰一人欠けずに勝利を収められたようだった。

「正義も勇者も、負けません、でしたね」
 傷つき倒れた盾役達を抱き起こして、光の玉を当てながら菜々乃が言う。
 それに秋櫻と勇華は、揃って親指を立てながら応えた。まだ形を取り戻さないテレビウムを含め、仲間を守り通した彼女らを労うべく、シルヴィアは静かに六弦を弾く。
「あとは、市街での救助活動が上手く行っていればいいのですが」
「連絡は……駄目だな、通じない」
 絶奈の懸念に、明莉が通信機から耳を離して答える。
「大丈夫よ、皆同じケルベロスだもの」
 必ずや使命を果たしているはずだ。
 それも、美しく。不安を取り払うように、ベルベットは艷やかな笑みを覗かせる。
 ――その傍らで。
「凄く沢山の魂を食べられて嬉しいよね、黒猫」
 澱んだ雫の滴る鎌を愛しそうに撫でながら、カッツェは東の空を見やった。
「……でも、もっと美味しいご馳走が食べられそうだよ」
 彼方に薄っすらと浮かぶ竜の影は、すぐそばの城目掛けて飛んでいるように思えた――。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月23日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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