露のくれない

作者:ふじもりみきや

 晴耕雨読。まさしくそんな言葉を連想させるような、静かで細長い雨が降った日のことであった。
 静かな雨。決して土砂降りではないが確かに存在を感じさせる雨が、店の軒を、道行く人々の傘を、紫陽花の花を叩いている。
 町並みはどこか古風で、いわゆる小京都、とされる昔の建物を保存、改築した店舗が軒を連ねていた。古いといっても観光地として確立されるぐらいには美しく外観が保たれ、民家は少なく、どこかおしゃれな雑貨店や飲食店が整然と並んでいる。
 雨とはいえ雨脚も強くなく、休日の午後。道行く人々の姿はそれなりに多い。大半が観光客だろう。色とりどりの傘を広げ、あるいはレンタルの着物を着た人の姿もそれなりに見受けられた。
 ……そんな。賑やかだけれどもどこか静かで、幻想的で、ちょっと気だるい午後の時間。
 雨に混じって、巨大な牙が出現した。その牙は一瞬で、鎧兜の竜牙兵へと姿を変える。
「オマエたちの、グラビティ・チェインをヨコセ」
 竜牙兵は耳障りな声と共に言葉を発する。そして道行く観光客へと、一直線に襲い掛かったのだ……。


「とある観光地で、竜牙兵の確認が予知された。犠牲者が出る前に急ぎ現場に向かい、事件を阻止してほしい」
 浅櫻・月子(朧月夜のヘリオライダー・en0036)の言葉にアンジェリカ・アンセム(オラトリオのパラディオン・en0268)が瞬きをひとつして、小さく頷いた。
「観光地……。お話を伺う限り、人が多いように見受けられますが」
「そうだな。しかし竜牙兵が現れる前に避難勧告をすることはできない。そうするとやつらは出現場所を変えてしまうからだ。だが、事が起きる前に我々も現場に到着することができるし、戦場に到着した後は、避難誘導は警察等に任せることができる。……つまり」
 ふ、と月子は口の端を軽くあげて笑う。
「今回は一般人のことは心配しないで宜しい。どんと行ってさくっと倒してしまうといい」
「まあ……。それは、よろしゅうございますね」
 ほっと胸に手を当てて、アンジェリカも安心したように息を吐くと、月子は人差し指をひとつ立てた。
「では、安心したところで続けるぞ。出現する竜牙兵は3。ゾディアックソードを所持している、平均的なタイプだな。また、撤退はしない。そこまで強くないのだから、まあ、あまり深く考えずに気楽に当たってくれて充分だ。……ただ」
「ただ?」
 アンジェリカが首を傾げる。月子は指を引っ込めた。
「当日、現場が雨なんだ」
「まあ……。濡れてしまいますね」
「うん。ああ、別に戦闘に支障はないと思うがね。現場が、小京都と呼ばれるような観光地で、古い町並みに可愛いお店や飲食店。お寺なんかがいっぱいある。丁度紫陽花も綺麗な時期で、街中や寺にも咲いていたから、よってみると良いだろうが」
「そうですね。観光のときは傘を持って参りませんと……」
「……まさか君。先日使っていた、あの、でかくて、真っ黒で、野暮ったくて、いかにも冴えない感じの傘を持っていくつもりではないだろうね」
「え」
 そこまで。順調に話していたアンジェリカの視線が軽く泳いだ。
「……あ、あの、いけませんか。あれ」
「論外だな。あんなのうら若き乙女のさす傘じゃない。折角だから誰かと一緒に傘を選んだり、買い物をしてみたり、してきなさい。……あぁ、ついでに着物も試してみてはどうだ。観光客用に貸してくれるらしいぞ」
「……」
 ちょっと、ほほを膨らませてアンジェリカがむくれた。そんな様子に、月子は面白そうに笑っている。それでますます拗ねたように、アンジェリカはぽつんと言った。
「わ……。私だって、ケルベロスです。きちんと敵を倒し、人々を救い、乙女らしい傘の一つや二つ、見繕ってみせます」
「ああ。とっても楽しみにしているよ」
「………………」
 言ってしまった。助けを求めるようなアンジェリカの視線に仲間たちは気付いたのか気付かなかったのか。
「と、とにかく、張り切ってまいりましょう。よろしくお願いします」
 咳払いをひとつして、アンジェリカはそう話を締めくくった。


参加者
アリス・ヒエラクス(未だ小さな羽ばたき・e00143)
巫・縁(魂の亡失者・e01047)
松永・桃李(紅孔雀・e04056)
ザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)
穂村・華乃子(お誕生日席の貴腐人・e20475)
天泣・雨弓(女子力は物理攻撃技・e32503)
エリアス・アンカー(異域之鬼・e50581)
天霧・裏鶴(戦の鬼姫・e56637)

■リプレイ

 細い細い雨が降っていた。
 気温は暖かで、穏やかな雨であった。
 けれどもその雨に似合わず、本日の街角には無粋な竜牙兵たちが立ち並んでいる。
 竜牙兵に複雑な意思があるでもなく、無骨な剣を振り上げる。周囲から悲鳴が上がった。……そこに、
「せぇぇぇぇい!!」
  天霧・裏鶴(戦の鬼姫・e56637)が駆け込んだ。二刀と共に全力できりつける。
「観光地に竜牙兵とか、面倒なことになってるな~。でも私たちに任せて! さあ、サクッと行きますか!!」
 びし、と一閃と共に華麗な足捌きで反撃をかわす裏鶴。その間に穂村・華乃子(お誕生日席の貴腐人・e20475)もまた敵の正面へと立ち塞がった。
「淑やかな雰囲気に竜牙兵は無粋よね……。早く倒して、たまには雨の日を楽しまないと」
 ふふ、とお姉さんらしく一礼する。そして、
「大丈夫、君たちを傷つけさせたりなんかしないわ。アタシたちに全部任せて」
 遠巻きに見守る女子高校生二人組に軽くウィンクを送ったりしていた。きゃぁっ。と声を上げる少女たち。一方で隣のザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)は軽く頭を掻く。
「……人にも景色にも被害を出さないよう、善処するっすよ」
 こっちは若干小心者的へたれ。そもそも得意なのは後方支援なので、前衛で体をはって庇うキャラじゃない。……とか内心では思っていても、しっかりザンニも竜牙兵の動きに気を配る。立ち塞がる彼らをまずは邪魔に感じたのか。敵はそちらへ体を向けたそのとき、
「……まずは3名様ごあんない。生憎、冥土の土産の用意も無いのだけれど、それで赦しを請う気も無いのだわ」
 その背後。影が流れるような速さでアリス・ヒエラクス(未だ小さな羽ばたき・e00143)の斬撃が走った。体の継ぎ目、急所を狙う的確な一撃を叩き込む。そのまま敵が反応するより早く、
「奔れ、龍の怒りよ! 敵を討て! 龍咬地雲!」
 巫・縁(魂の亡失者・e01047)が叫んだ。それと共に大地に叩き付けて発生した牙龍天誓の衝撃波を更に斬撃で地面や空に飛ばす事で敵に叩き付ける。
「せっかくの楽しみを邪魔されたくは無いのでな。さっさと退いて欲しいものだ。……とっとと終わらせてからが本番というものだ!」
 縁のオルトロス、アマツも無言で駆ける。天泣・雨弓(女子力は物理攻撃技・e32503)もまた小さく頷いて、
「風情ある素敵な場所に無粋なお客様がいらしたようですね……。少しお灸を据えた方が良さそうです。3時のおやつにも間に合わせないと。だいふく、一緒に頑張りましょうね」
 ナノナノのだいふくが緊張気味に頷いたのは、三時のおやつに間に合わない可能性に気付いたかもしれないし、そうではないかもしれない。ともあれ雨弓の隆盛のごときけりと同時に、だいふくもハート光線で戦闘に加わる。
 攻撃を脅威と感じたのか、竜牙兵たちが動く。無骨に華乃子とザンニへ剣を振り下ろした。
「だ、大丈夫でしょうか……っ」
「ふふ、これくらい平気よ。支援、お願いね」
 アンジェリカ・アンセム(オラトリオのパラディオン・en0268)のが声を駆けると、華乃子は余裕で笑う。エリアス・アンカー(異域之鬼・e50581)が地面に守護星座を描き出した。
「大丈夫だ。たとえ大丈夫じゃなくとも、俺たちで支えればそれでいい」
 気取らない口調でそう言う。「助かるっすよ」と、ザンニも肩越しに声をかけ、エリアスは重々しく頷いた。
「竜牙兵は雨が降ってようがお構いなしだな。ま、俺も人の事は言えねぇが。……傘はいらねぇ、サクッと片付けるぜ!」
「は……はいっ」
 頑張ります、と声を上げるアンジェリカ。松永・桃李(紅孔雀・e04056)がゆったりと番傘を傾ける。濡れぬよう。手を差し伸べるかのように片手を挙げると、
「この星に恵みではなく略奪齎すものは無用。大地濡らすは雨滴のみで十分。血も涙も流れぬように、不吉な暗雲は消し去りましょう」
 地獄の炎を纏った龍が、獲物目掛けて烈火の如く駆け抜けた。桃李の緋龍が竜牙兵に絡みつき、食らいつく。
 抑えつけるような動きに、雨が降る。相変わらず雨脚は弱まらないが、これ鳴らそう時間はかからないだろう、と誰もが感じたのであった。

 そして。
 既に一体は屠られ、残ったうちのぼろぼろとなった一体も最後の一撃とばかりに剣を振り上げる。
「させないっすよ」
 ザンニが受け止める。流そうとする腕に血が走るも、そのままオウガメタルが変形して、返すようにその体を叩き伏した。
「隙あり……ですね。行きましょう、だいふく」
 なんて、雨弓が言うまでもないのだけれど。視線のときから既にだいふくは動いていて、雨弓が目にも止まらぬ早さで2本の鉄塊剣を操り間を縫うように攻撃を与えた。まるで二人で舞うような動きである。
「……眼前にうつるもの。それだけが総てではないわ」
 その華やかさに隠れるように。視覚外からのアリスの一撃が竜牙兵に沈み込んだ。解体するように手際よく。思わぬ方向からの攻撃に竜牙兵はばらばらになって崩れ落ちる。
「……後は、あなただけ」
 その淡々としたアリスの声に何を考えたのはわからない。だが残った竜牙兵がアリスへと振り返り剣を走らせた。
「こんなのじゃ足りないわ。お姉さんのホンキ、見てみる?」
 しかしそれは、華乃子の体に阻まれる。肩の辺りを斬られて、それでも言葉通りなんでもないように華乃子はガントレットを突きつけた。
「私の愛を受け止めてね」
 骨に萌えがあるのかは解らないが、ありとあらゆる過去からの萌えパワーを心に乗せて、ひたすら痛恨の一撃を加える華乃子。
「大丈夫ですか……? 今、痛いところ治してあげますからね」
 それを、よほど痛かったのかと勘違いして、アンジェリカが急いで愛しさと共に歌を歌い上げる。
「ああ。仲間を支える……それが俺たちの役割だな!」
 エリアスも癒しの拳でザンニを援護する。
「ありがとございますっ……っと」
 ザンニが言いかけて、一歩引いた。竜牙兵の剣を鼻先で避ける。しかし剣はすかさずその切っ先を翻し……、
「あら、だめよ。私がここにいるのですもの」
 桃李が雷の霊力を帯びた刀でその切っ先を弾き飛ばした。ね? と、あくまで傘を手に優雅に首を傾げる桃李。あれだけの立ち回りだというのに、着物の裾ひとつ濡れてはいない。
「全くその通りだな。これ以上、長引かせもしない!」
 それを追うように、縁のオウガメタルが変形した。激しく防御を突き崩す一撃に、無言のままでアマツも駆ける。口にくわえた神器の剣は、口に出すまでもなく的確に縁と連携してその体を切り裂いていく。
 敵は最早死に体だ。裏鶴は好機と見て取って、己の刀を傾ける。
「もはやここまで。その悪行、私がまるっと斬ってあげましょう! 我が剣気、その身に刻め!! 剣魔剛輪……桜花、大・天・衝ーーー!!」
 桜色の輝きを纏った剣気の大刀でを、集めたグラビティと共に裏鶴は振り下ろした。天をも揺らすような斬撃と光。それと共に桜の花弁が舞い散った。
「我が剣は、悪を断つ剣なり!!」
 声と一撃と共に、最後まで残っていた竜牙兵も砕け散る。
 ……それで、おしまい。
 後にはただ、細い細い静かな雨が降り注ぐ、町の姿があるだけであった。

●そして
 雨が降っていた。
 今まで、可愛い傘なんてアリスには縁がなかった。
 使い捨てのビニール傘。それでいいと彼女は思っていた。
 けれどもどうやら世の中と女子のおしゃれは、そう簡単には行かないらしい。
「やはり都会に生きるということは厳しく、世知辛いものなのだわ……」
 くるりと手の中の傘を開いたまま一回転。わざわざ口に出してみると言葉ほど嫌な感じはしていなくて、なんとなくうきうきしている……ように、思う。
 空からは絶え間なく雨が降っている。その雨を隠すように傘が広がっている。
 手にした空色が冠する名前はアリスブルー。
 特に運命的でもドラマティックでもないけれど、なんとなく手にとってしまったその一本。
「馴染んできたつもりだけれど、まだまだお洒落に疎かった。私は今日、偉大な一歩を踏み出したのよ」
 なんていうことのない町並み。なんてことのない雨が降る午後。
 いつもと同じようでいて、そして少しだけ違う雨の日。
 時折くるくると回る傘が、何処となくその心をあらわして弾んだように見えた。

「はいは~い、行ってらっしゃ~い」
 戦いが終われば、仲間たちも散り散りに散っていく。
 雨の中、思い思いに歩き出す彼らに裏鶴は軽く手を振った。
「さてと、それじゃ私も参りますか」
 どちらかというと雨は気にならない。まあ何とかなるでしょう、ぐらいの気持ちで傘を差さずに裏鶴は歩き出す。
 濡れてしまっても気にしない。風邪なんてまあ、気にするまでもなく引かないでしょう。
「お、あそこに美味しそうなお蕎麦屋さん。……ああ、あんなところにも!」
 さすが小京都の雰囲気。美味しそうなお蕎麦屋さんもいくつか見受けられて、
「んー。ここは両方、行っちゃいましょうか!」
 きっと何とかなるだろう。おなかの準備は万全だ。裏鶴は足取り軽く歩き出す。二、三軒いただいたあとには甘いものも良いだろうか。きっとその頃には……雨も上がっている頃だろう。

「そういえば以前の春頃にも、和装でご一緒した事ありましたねぇ」
 ザンニは青い目をした鴉を肩に書生風のいでたちで。
 揺漓は濃紺の着物と羽織で雨の町を歩いた。
「あの頃より変わった面もありますよ! 身長差とか!」
「身長差……?」
 はてと見下ろす揺漓にザンニは背伸びをするので、揺漓としては旋毛をぐいぐい押して対抗する。
「……なんですか? それ」
「ふむ。……しいて言うなら心意気、のようなものだろうか」
 追いついてほしくないなんて思いは、少しだけ内緒だ。
「あ、ほら。あそこ、お洒落な感じがするので如何でしょうか? 勿論、ユラさんとこのお店も良いですが」
「ああ、なかなか良いな」
 視線の先にはいい感じのしゃれた喫茶店。
「……あの雨の日スペシャル謎ケーキ気になるんですけど。ユラさんは何気になります?」
「そうだなあ……」
 雨粒が地面に落ちてはねる。いつもなら憂鬱な梅雨の一日。けれどもなんだか少しだけ特別な一日は、きっといつもより楽しくなるだろう。

 紫陽花柄の着物と和傘でオランジェットは待っていた。
 縁も初夏らしく涼しげな色合いの着物に和傘を持ち、空いた手で彼女の手を取る。
「雨の季節も、こんな風に出歩くと楽しいものですね……」
「そうだな……」
 二人一緒だと、もっとずっと。オランジェットの言葉に縁は転んで離れないように繋いだ手を握りこむ。
「何か、お土産を……」
 不意に、カエルの小物がたくさん置いてある店を見つけた。じぃぃ、と覗き込むオランジェット。
「そうだな、根付などはどうか」
 その視線に縁が言うと、そっとオランジェットは大きなカエルに小さなカエルが乗った根付を手に取った。
「ここまできたのだ、少しは彼氏らしいところでも見せねばな」
 これだな、と手に取る縁にオランジェットは顔を上げる。
「彼氏らしいところ、だなんて……心配せずとも大丈夫です。私はもう、貴方にたくさん貰っていますから……」
 そんな二人を、カエルがほほえましく見守っているように見えた。

 エリアスたちが向かったのは寺だった。
 紫陽花柄の着物を着たみいに大してエリアスは洋服で。
「……」
「……」
「……褒め言葉は期待すんなよ」
「おそろいの着物はどうしましたか」
「恥ずかしいんだ、勘弁してくれ」
 二人でひとつの傘。目に映る色とりどりの紫陽花の花。
 あれやこれや。色々な話をしながらも触れ合うほどの距離にみいはじっとエリアスの顔を見上げる。今度は手を繋いで……、
 みいは視線にありったけの気持ちをこめる。
 それに気付いてエリアスはひとつ息をついてみいの頬に手を伸ばした。
「!」
 そのまま顔に触れる。驚いたようなみいの顔。エリアスはそのまま軽く身を屈めて……、
「わざわざ俺なんかを選ぶなんて変な趣味だよ、お前」
 その髪に、用意していた紫陽花の髪飾りをつけた。
「……え」
 一瞬、後。気の抜けたような顔をみいはしたので、エリアスはおかしげに笑う。少しだけみいは頬を膨らませて……そして、顔を見合わせて笑った。


「お手伝いしましょうか?」
「あ……。ありがとうございます。戦いの時も、助けて頂いて……」
「別に、お礼を頂くほどでは……」
 シオンの言葉に、アンジェリカは微笑んだ。
「淡い色にしようと思ったのですが、似合わない気がして……」
「そんなことありません。私は黒灰色にしますから……おそろいの、淡い紅色は如何でしょう?」
「ああ、素敵ですね。じゃあ、お揃いの紫陽花柄にしましょう」
 着物を着て、一緒に少し町を歩き写真を撮る。
「ふふ、宝物にします」
 スマホを見ながら嬉しげなアンジェリカ。お礼を言って別れた所で、
「おお、アンジェリカちゃん可愛い! すごい可愛い。傘はまだ? 折角なんだし、番傘とかどう? シンプルな無地にすれば、アンジェリカちゃんの可愛らしさが際立つと思うんだよね」
 猫晴が声をかける。アンジェリカはぱちり瞬きをした。
「あ、は、はい。まだで……。一緒に選んでくれますか?」
「勿論、可愛いキミのためなら」
「あ、あの、そういうの、なんだか恥ずかしいので……」
 恥ずかしそうな台詞に猫晴は笑う。選んで買うのはお揃いの色違い。少し風情のある番傘だろう。丈夫で大きめで、しっかり雨から守ってくれそうなものにしようか……。

「ふふ、乙女のお洒落は見ているだけでも心踊るわ」
「そうやなあ。そんなに言わんと桃ちゃんもこっちの傘、してみ? そんで、アンジェリカちゃんは……。と。ほんま何でもさらっと着こなせそうやね」
「え……。そ、そうですか? あ、ありがとうございます。でも、帯、こんなのでいいですか? それに傘も……」
「あら、少し緩んでいるわ。待っていてね」
 桃李と凛は同系統の色柄と傘。そしてウイングキャットの瑶にも雨合羽でおめかしして。途中で合流したアンジェリカも一緒に紫陽花の町並みを歩く。選ぶまでも和気藹々すれば、散策も雨だというのに和気藹々である。
「移り気なんて言葉もあるけれど、表情豊かで素敵な花よね。どれだけ見てても飽きないわ」
「いろんな種類も色もあるしなぁ。うちは好きやで。どっちかって言うと、紫陽花のお菓子のほうが好きかもしれんけど」
 冗談っぽく言って、凛は首を傾げる。傘を傾けると踊るように水滴がはねた。
「なら、次は甘味を求め喫茶へ行きましょうか。……ふふ、目も心も舌も大満足ね」
「甘味……素敵ですが、この衣装で上手に食べられるでしょうか」
「それじゃ、うちらがあーんってしてあげるで」
 任せろと瑶も空中で一回転。それで顔を見合わせて思わず笑い。三人(四人?)は甘味を探す旅に出かけた。

「ああ……。良いわ。着物の乙女たち。やっぱり着物は可愛い女の子よね。もうちょっとしたら学校帰りの男子高校生たちも通るかしら?」
「華乃子さん、華乃子さん」
「ああ。景色の写真も撮っておかないと!」
「華乃子さん、華乃子さん」
 帰ってきて。と雨弓が微笑むと、きゅっとだいふくもくるりと回った。
「あ、ごめんなさい。勿論、雨弓ちゃんが一番可愛いわ」
 着物を借りて和傘をさす雨弓は、自分的にはそこまで珍しいとは思わない格好ではある。でも、そういわれると少し照れて、雨弓は傘を傾けた。
 一方の華乃子は藤色のペイルカラーに紫陽花柄の単衣。傘は雨が当たると桜の花が散る傘であった。
「ところで雨弓ちゃん。ちょっとここに立ってもらえるかしら?」
「写真を撮るなら、一緒に撮りましょう。ね?」
「あら。写真でしたら、では私が撮りましょうか?」
 通りがかったアンジェリカが声をかけ、雨弓は振り返る。
「それなら折角ですから、三人で撮りましょう」
「宜しいのですか? では、是非」
 だったらと華乃子が躊躇いなく道行く人に写真を頼む。
「これが終われば、お茶屋さんにも行きましょうね」
「そういえば、丁度そんな時間ですね」
 街角の古びた時計を見上げる華乃子と雨弓。
「あそこは如何ですか?」
「あら、綺麗なお店です」
 穏やかで落ち着いた足取りで、三人はひとつお店を選ぶ。傘を置いてお店の中に入ると、穏やかな空気が流れていた。
 窓際の席で色々な話をした。着物の話、傘の話、町の話。どちらかというと落ち着いた大人の女性の会話たち。
「で、アンジェリカちゃんは彼氏はいるの?」
「え……。そ、その。いれば良いとは、思ってはいるのですが……。そういうのは、なんというか、運命なので。……そういうお二人は?」
「アタシ? アタシの運命の出会いはあの時ね。それまでのアタシはたくさんの手下を率いるボスだったの。けれどもね、そんなもの、何の意味もなさないって気付いたわ」
「そ、それは……」
「本当にね、すごかったの。アタシ、死ぬかと思ったし、死んでもいいと思ったわ。それが……アタシの運命。アタシの出会いよ」
 目を輝かせるアンジェリカに、真剣に語る華乃子。それをケーキをフォークで切り分けながら、雨弓は聞いている。そろそろ突っ込むべきか否か。
「……」
 けれども雨弓はかわりに提供できる話もない。大事にしているピアスも指輪も、こんな明るい雨の日に語るのは少し違う気がしなくもない。
「……あら」
 そんなことを考えていたら、ふと視界の端に光を捉えた。雨はまだ降っている。けれども空が明るい。
「虹……出るでしょうか」
 呟きに二人も顔を上げた。雨脚は徐々に弱まって、きっとそのうち陽が覗くだろう。

作者:ふじもりみきや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 2
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