いちご農家を救え

作者:宮下あおい

 ステップを踏みながら、少女はいちご農園を訪ねる。
 まるでホイップクリームにいちごのシロップをかけたような、白と赤、ピンクで身を包み、裾にあしらわれたレースが風に靡く。
 少女に従って歩く影が2つ。
 農園の主に声をかけるでもなく、楽しそうにビニールハウスの中へ進む。
 少女――甘菓子兎・フレジエは近くのいちごをもぎ取り頬張った。
「このイチゴはいまいちですぅ、私にふさわしくないですぅ。こんなイチゴは必要ないから、めちゃくちゃにしちゃってくださぁい」
 いちごの蔓が幾重にも絡まり、人の形をしたそれは、フレジエの配下のストロングベリー。2体は主人の言葉に従って、農園の破壊を始めた。
 それを確認したフレジエは農園を後にするのだった。

●急行
 アーウェル・カルヴァート(シャドウエルフのヘリオライダー・en0269)は、集まったケルベロスたちに説明を始めた。
「爆殖核爆砕戦の結果、大阪城周辺に抑え込まれていた攻性植物達が動きだしたようです。攻性植物たちは、大阪市内への攻撃を重点的に行おうとしていています」
 恐らくは大阪市内で事件を多数発生させ、一般人を避難させ、大阪市内を中心とし拠点を拡大するという計画なのだろう。
「大規模な侵攻ではありませんが、このまま放置すればゲート破壊成功率も『じわじわと下がって』いってしまいます。
 それを防ぐ為にも、敵の侵攻を完全に防ぎ、更に、隙を見つけて反攻に転じなければなりません」
 今回の敵は甘菓子兎・フレジエという名の攻性植物で、配下を引き連れて、大阪府近郊のいちご農家に現れる。
 甘菓子兎・フレジエはすぐに撤退する為、戦う事はできないが、配下のストロングベリーが、いちご農家に襲い掛かるところに駆けつけることはできる。
 ストロングベリーの戦闘能力は、捕食形態、蔓触手形態、光花形態の3つ。
「街の中心部ではありませんし、人の多い場所ではありません。『農園の破壊』が目的になるようなので、避難誘導が必須ではありませんが、気にかかる方は確認するのも良いかと思います」
 観光客で混んでいたわけでもない。雑居ビルが並ぶような中心部でもなく、周囲は同じようなビニールハウスや畑が多い。
「ストロングベリーですが、会話はできません。戦闘のみとなります。……あ、そうでした。その農園ですが、いちごを使ったスイーツも販売しているとか。余裕があれば、持ち帰りや食べて帰るのも良いですね」
 ケーキやクッキー、マフィンなど。席数は多くないが、食べて帰ることも出来るらしい。
 アーウェルは皆の顔を見回した。
「フレジエの目的は分かりませんが、目の前の被害は防がなければなりません。皆さん、宜しくお願い致します」


参加者
ビスマス・テルマール(なめろう鎧装騎兵・e01893)
樒・レン(夜鳴鶯・e05621)
彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)
ステラ・ハート(ニンファエア・e11757)
夜宵・頼斗(日溜まりに微睡む金盾・e20050)
風陽射・錆次郎(戦うロボメディックさん・e34376)
アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)
天瀬・水凪(仮晶氷獄・e44082)

■リプレイ

●戦闘開始!
 梅雨の晴れ間。心地よい風が吹く。青空に似合わぬ叫び声が響いた。落とされた苺は無残に踏みつぶされ、なぎ倒された支柱が折れている。
 ケルベロスたちが現場へと辿り着いたのは、1体のストロングベリーが農家の主夫妻の前に立ち塞がっていたところだ。
 ビスマス・テルマール(なめろう鎧装騎兵・e01893)は、超加速突撃を繰り出し、夫妻とストロングベリーの間に割って入った。それに追い打ちをかけるように、ビスマスのサーヴァントでボクスドラゴンのナメビスがボクスブレスを放射する。
 直撃はせずとも、割って入ることは出来た。ビスマスが夫妻を背にかばうようにして立つ。
「――大丈夫ですか!?」
 ビスマスと同時に彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)は抜刀する。農園を荒そうとしていた2体目のストロングベリーに緩やかな弧を描く斬撃を放った。斬撃の衝撃により、ストロングベリーは宙を舞う。
「これ以上はさせません!」
「今は首魁を追えずとも、いずれ決着をつけようぞ……頼むぞ」
 喚起――ルヴナン。
 天瀬・水凪(仮晶氷獄・e44082)のグラビティ。服の裾がふわりとなびくのは、風によるものか。それとも死者の無念がそうさせるのか。喚起は死霊魔法であり、大地に潜む死者の無念を抽出し、2体目のストロングベリーの動きを鈍らせる。
「……――夜鳴鶯、只今推参」
 樒・レン(夜鳴鶯・e05621)は、影のごとき視認困難な斬撃を繰りだし、密やかに夫妻に近い1体目のストロングベリーの急所を掻き斬る。同時に夫妻を誘導し、現場から避難させる。
 殺戮が目的ではないためか、ストロングベリーは農園を破壊しようと標的を切り替えたようだ。そこへ冷たい風が――白い龍が放たれた。
「綺麗な花には……ってな。――さぁ、姫さん暴れてきな」
 白雪――カメリア。
 アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)のグラビティ、透き通る白く美しい龍の瞳は鋭い。刃のように白雪が駆け、捉えた標的を薙ぐと思いきや、力の限りに散らす姿は幻想とも現実ともつかぬもの。置き土産に残されるそれは氷の椿。花の形に反し、もたらされるのは棘のような痛み。じわりとその身へと沈む冷たさこそ、白雪の笑み。満たされた証。
 言葉をもたないストロングベリーは反撃に転じる。自身の体をハエトリグサのように捕食形態に変化させ、ステラ・ハート(ニンファエア・e11757)へ向かって駆けだす。しかし横から夜宵・頼斗(日溜まりに微睡む金盾・e20050)が、高速演算による痛烈な一撃を繰り出す。
「……同じ苺でも、これは勘弁してほしいっすね」
 飛ばされたストロングベリーを一瞥し、頼斗は呟いた。
 頭が苺、胴体や手足は苺の蔓が幾重にも絡んでいるのか緑色で、所々、腹部には人間の骸骨が埋まっている。食べるその苺のように可愛い姿ではない。
「周囲の確認は済んでおるのじゃ。いちごを楽しみに待つ者らを、悲しませるわけにはいかぬ!」
 ミルク色の長髪、イドラ植物に桃色睡蓮を咲かせたステラは、全身の装甲から光輝くオウガ粒子を放出。味方の超感覚を覚醒させた。
 周辺は現場へ到着するまでの間に済んでいる。民家が少なく、人気も少ないためそれほど手間もかかっていない。
「まったく、迷惑なマッスル苺だよ!」
 続いて風陽射・錆次郎(戦うロボメディックさん・e34376)が、目にも止まらぬ速さで弾丸を放った。錆次郎はその性格からか、言動や挙動に不審なことも多いが、戦闘中の行動は的確だ。
 頼斗が改造したスマートフォンから、ストロングベリーへ向けて電波を放出する。

「苺が気に入らないからっての短絡的過ぎやしないっすかね……。でも被害を出させないためにも頑張るっすか」
 方針は各個撃破。とはいえ、片方の足止めも重要だ。動きが鈍った間に、夫妻を襲おうした1体に集中攻撃をかける。
 夫妻を避難させ、戻ってきたレンがそのまま攻撃に転じ、掌に螺旋をこめ駆けだした。
「オン・センダラ・ハラバヤ・ソワカ――我が身既に鉄也。我が心既に空也。…シン! 螺旋掌!」
 森螺旋掌――シンラセンショウ。
 螺旋掌に独自の工夫を加えた忍術。螺旋を籠めた掌で軽く触れただけで、敵の螺旋の力を奪う。森羅万象の螺旋の力と一体になることで、初めて使える秘技だ。
 錆次郎はぐっと拳を握り、ストロングベリーを見据える。
「農家の苦労をめちゃめちゃにするなんて、許せないよね! 絶対倒して、元に戻す!」
 ストロングベリーの足元から溶岩が噴出した。
 直撃、確かにダメージは与えている。致命傷には至っていない。ストロングベリーは身体の一部をツルクサのような蔓触手形態に変化させた。戦闘の合間に、カメラを構えていた悠乃をめがけて伸びてくる。
 悠乃に届く前に、ナメビスがボクスタックルをしかけ、ツルクサの軌道を逸らせる。逸れたツルクサが、苺をなぎ倒した。
 その様に悠乃は眉を寄せ、カメラを仕舞い、エアシューズに流星の煌めきと重力を宿らせる。
「手掛かりになればと思ったのですが……戦闘中のこと、上手くはいきませんか」
 悠乃は大きくジャンプした。重力を宿した飛び蹴りを重く、ストロングベリーは大きく飛ばされた。
 ステラがイドラ植物を黄金の果実を宿す収穫形態に変形させた。宿主の生命エネルギーを喰らい超進化する、恐るべき戦闘植物。そのさまは蛇などの爬虫類を想像させるようだ。そんな外見からは遠く思える、聖なる光が味方を守る。
「皆、もう少しじゃ! 支援なら任せるのじゃ!」
「ガイアグラビティ生成……クロガさんお願いしますっ! ローカルウェポン……クロガシューターッ!」
 ローカルウェポン・クロガシューター。
 サングラスをした黒い針鼠型のファミリアのクロガに、ご当地の気で生成した武装付き鎧装を装着させ、敵対象に突撃させるファミリアシュートだ。場所が苺農園であるためか、クロガは苺の鎧装に苺のグローブ装着している。クロガの鎧装が苺だから、可愛らしいフォルムだ。
 アベルが重力を操る長剣を翳し、剣に宿る双子座のオーラを飛ばす。
「――さあ、ひとつめの締めは譲るぜ!」
「承知した。これ以上の被害は無用だ。まずは1体!」
 水凪は光の翼を広げ暴走させると、全身を光の粒子に変えて敵に突撃した。

●苺たちの最後
 残り1体。戦況はおよそ優勢であり、皆、小さなすり傷や切り傷はあるものの、大きな怪我もなく進んでいる。
 悠乃は戦闘の様子を見つつ、ストロングベリーの腹部の頭蓋骨の写真を撮ろうとカメラを構えていた。もちろん、優勢といえど戦闘の状況をよく見ながら不利にならないように、充分に注意を払っていたのだが。
 不意にストロングベリーは身体の一部を光花形態に変形させ、破壊光線を放った。
 直撃。
「……っ!」
 悠乃は思わず、その場に崩れ落ちた。それをチャンスと見たストロングベリーが踏み込んでくるが、小さな蛙のような機械がその動きを妨害する。
「思いっきり邪魔させてもらうっすよ!」
 ストラクト・フロッグ。
 頼斗がグラビティで操るぴょんぴょんと素早く跳ねる小さな機械。その大きさもあり大した威力はないが、対象は確実に動きを妨害される。
 錆次郎は悠乃に破壊のルーンをルーン文字が刻まれた斧から宿し、手当に当たった。
「今、治すから、がんばって!」
「この仇は、必ずや討とう……皆とともに」
 大鎌を構えた水凪がストロングベリーの後方から踏み込む。刃に虚の力を纏って敵を激しく斬りつけ、傷口から生命力を簒奪する。
「情熱をかけて作り上げてきた農園を破壊する貴様らに、反撃する隙など与えない。今、涅槃へ送り届けてやる。覚悟!」
 不動明王の真言とともに、レンの半透明の御業――巨大な蝦蟇が火炎を吹く。
 確実なダメージ。ストロングベリーがその苦痛から逃れようとするかのように悶える。
「それで終わらぬぞ、これで農家の苦労をおぬしらも少しは分かるであろう!」
 ステラは武器から物質の時間を凍結する弾丸を精製し、ストロングベリーを誘導するように射撃する。
 追い詰めるように数発が着弾。
「攻性植物に変えられた苺たちを思うと、無念でなりません……しかし、わたしたちに出来るのは、これ以上被害が広がらないようにすることのみ」
 流星の煌めきと重力を宿したビスマスの飛び蹴り。同時に放たれたナメビスのボクスタックル、見事な連携でストロングベリーを吹っ飛ばした。
 その先で待っていたのはアベルだ。ストロングベリーの手が伸びてくる。アベルの足までには届かないが、それは反撃のつもりか、それとも命乞いか。
「反撃か、命乞いか……どちらであれ、手加減する義理など俺にはない」
 呪われた武器の呪詛を乗せた、美しい軌跡を描く斬撃が放たれる。言葉をもたないストロングベリーは、断末魔もなく消えていった。

●ベリーなひと時
 戦闘で破壊してしまった場所を修復しおえ、農家の営む店で苺のスイーツをそれぞれ楽しんでいる。
 幸い天気も良い。店の外にテーブルやイスを出して、外で食べるのも一興だ。
 農園の主の男性の話を聞きつつ、レンはそのテーブルに用意されたいちごマフィンを齧る。
「害虫対策や越冬、葉かき……葉の枚数を減らしたり、苺は繊細なんですよ」
 苺の苗は寒さに強いが、雪は霜は苦手だ。病害虫対策はどこの農家も少なからず気を遣うことだろう。レンは手にしたマフィンを一旦小皿に置き、片手で合掌し瞑目した。
「……怪物に変えられた苺らに、救いと重力の祝福を」
 同じテーブルにザバイオーネに苺とビスケット添えたものと、苺のフルーツサンドが並んでいる。
「ざ、ざば……コホン……まあ、良い。楽しみ味わうことが大切であろう」
 水凪はその口調からカタカナ語が苦手らしく、スイーツの名称を言おうとするが、上手く言えずにひとつ咳ばらいをした。気分を切り替え苺をザバイオーネにつけ、笑みを浮かべ頬張る。
 その側で悠乃は何枚かの写真を見やり、真剣な表情をした後、丁寧に懐にしまう。錆次郎の回復グラビティもあり、既に受けたダメージからも回復している。悠乃が手にしているのは、ストロングベリーの腹部にあった頭蓋骨を映したものだ。映したといっても、激しい戦闘中のこと。ピントが合っていなかったり、ズレていたり、正面から撮れていないものも多いはず。そんな写真を持って悠乃が足を踏み出そうとしたところへ、ビスマスが店先から顔を出した。
「あれ、悠乃さん、今から出かけるんですか?」
「ええ、少し気になることもあるので。そんなに時間もかからず帰って来れると思いますから、スイーツは戻ってきてから頂きますね」
「分かりました。キッチン借りて作ってますから、今日は楽しみましょう。飲み物も用意しておきますから」
 ビスマスは再び足を進める悠乃に手を振り、見送った後、店の奥のキッチンへと戻っていた。ビスマスが用意しているのは、苺の味噌クリームデザートだ。
 ビスマスの横を通ったのは満面の笑みを浮かべたステラだ。彼女が持っているトレーには、練乳がかかった苺が入ったガラスの器が乗っている。
「新鮮な苺の練乳がけじゃ。風も心地良いし、余も外で食べるとするかのう」
「ひとりでこういうの、買いにくくて、実は今日楽しみにしてたんだ」
 錆次郎はショーケースに並ぶケーキやクッキーに視線をさまよわせる。スイーツ店というと、どうしても女性が多く、またそういうイメージもある。そのため、男ひとりでは気後れもあるのだろう。
 その近くでアベルがケーキをいくつか指さして、注文していた。応対した女性はそれらを準備していく。ショートケーキ、ムース、シフォン、ロールケーキなど、鮮やかな赤がショーケースの中で列を作っている。
 アベルは料理好きなこともあり、手作りの菓子を持ち歩くのも今や癖と言える。食べるほうも好きで大食いな面もあり、ケーキを一通り眺めていく。
「新しい出会いには心踊るもの、ここは制覇したいな。――へえ、試食してもいいのか?」
 カウンター越しにアベルへ差し出されたものは、試食用のパウンドケーキ。楊枝をひとつとり、アベルは口へ放り込む。
「確かイチオシってこれっすよね。じゃあ、ここで食べてくのは……」
 甘党な頼斗は事前にここのオススメスイーツを調べてきたらしく、その情報に基づいて注文していた。

 苺のスイーツをひと時堪能し、ケルベロスたちは他愛ない会話を楽しむ。時折、これからの戦いに思いを馳せ、犠牲となったものたちを悼みながら、ケルベロスたちは決意を新たにする。
 余韻に残る甘い香りを感じつつ、一行は帰路につくのだった。

作者:宮下あおい 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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