遊興の覇

作者:犬塚ひなこ

●邂逅の夜
 夜が深く巡っても、歓楽街の灯は未だ煌々と輝いている。
 されど夜を賑わす店もそろそろ終いを迎える時刻。隼は今宵の最後の客であった女性を近くの通りまで送り、頭を下げた。
「あざっした! お気を付けて~」
 顔をあげた隼は女性客の背にひらひらと手を振り、暫くしてから踵を返した。
 店まで戻るには大通りをそのまま帰る道と裏路地を進む道がある。何方でも距離はほぼ同じだが、今日は何故か裏路地を使ってみたくなった。
 それはおそらく偶然であり必然――そして、宿縁の邂逅だったのだろう。
 いつの間にかついて来ていたテレビウムの地デジははやく帰ろうというようにぴょこぴょこと隼の隣を歩いている。
 誰も通らないような心寂しい路地の向こう側、隼はふと誰かの気配を感じてはっとした。
 気付けば数メートル先に居た影は静かに口をひらく。
「あの女、とても愛に餓えていそうだったな。実に堕としやすそうだ」
 その佇まい、その声、そしてその顔に隼は思わず後退り、彼の名を呼ぶ。
「まさか……ハルさん?」
 自分はこの人を知っている。だが、今の彼が放つ雰囲気は異様だ。手にした鍵からは魔力が溢れ、胸元はモザイクに覆われている。
 間違いない、目の前の彼は紛れもないドリームイーターだ。
 あの女と称されたのはおそらく隼が今しがた送り届けた女性のことだ。彼女を狙っているのだと察した隼は地面を踏み締め、敢えて軽い笑顔を向ける。
「何をする心算かわかんねっすけど、大切なお客様に何かするようなら……」
「へぇ、力尽くでも止めるとでも?」
 ハルさんと呼ばれた男――如月・覇は隼の言葉を遮り、薄く笑う。
 しかし彼の目は少しも笑っておらず、邪魔をしようとしているであろう隼への殺気めいた感情が宿っていた。
 それに気付いた地デジは隼を護るように両手を広げて一歩前に出る。
 隼自身も相手が先ず自分を襲おうとしていると察して身構えた。戦闘態勢を整えた彼の胸元で地獄の焔が燃えあがる。路地を淡く照らしたその炎は、まるで心を失った夢喰いと対を成すかのように揺らめいていた。
「一応なりにも俺もケルベロスの端くれなんで……ハルさんと言えど容赦は出来ねえ」
「勇ましいことだ。しかし、下っ端のお前が何処まで出来るかな?」
 お手並み拝見だ、と告げた男は魔鍵を掲げる。
 その瞬間、薄暗い路地裏に眩い程の魔力の奔流が駆け巡った。

●争覇
「皆さま、たいへんな予知が視えました!」
 緊急の出動があると告げ、ケルベロス達を集めた雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)は真柴・隼(アッパーチューン・e01296)と地デジが現在出くわしている状況について手早く説明した。
「リカも予知が分かった時に連絡を取ろうとしたのですが、隼さまはお仕事中だったみたいで……隼さま達は予知通りの状況に巻き込まれてしまっています」
 しかし、今すぐに向かえば隼に攻撃が向いた瞬間に駆けつけることが出来る。
 現場は夜の裏路地。時刻が時刻なので人通りはなく、周辺状況については考える必要がないのが不幸中の幸いだろう。
 いくら息の合った隼と地デジと言えど、彼らだけでデウスエクス相手に勝てる可能性は低い。隼はいつも通りの笑みを浮かべていたが、少なからず宿縁がある相手の前だ。内心はどうなのかは計り知れない。
「どんな相手であっても向こうは人の心を奪おうとしているドリームイーターです。お願いです、皆さま。隼さまと一緒に敵を倒してきてきてください!」
 何よりも先ずは隼達の助けになることを。
 そして、敵との決着を付けて欲しいと願い、少女は番犬達に思いを託した。


参加者
メイア・ヤレアッハ(空色・e00218)
メロゥ・イシュヴァラリア(宵歩きのシュガーレディ・e00551)
泉本・メイ(待宵の花・e00954)
真柴・隼(アッパーチューン・e01296)
ジョゼ・エモニエ(月暈・e03878)
茶菓子・梅太(夢現・e03999)
火岬・律(幽蝶・e05593)
ムジカ・レヴリス(花舞・e12997)

■リプレイ

●胸の炎
 隼、と最後に名前を呼んでくれたのはいつだったか。
 自分にとっての憧れのヒーロー。
 それが彼に抱いた思いであり、ずっと揺るがぬ感情。そのはずだった。彼に出会わなければ今の自分は居なかっただろう。それほどまでに彼は転機を与えてくれた人だ。
「……ハルさん」
 真柴・隼(アッパーチューン・e01296)はその名をもう一度呼ぶ。
 散々探したんすよ、だとか。何すかそのモザイク、など言いたいことはたくさんあった。だが、相手が纏う雰囲気はそれを許してくれそうもない。
 刹那。如月・覇が隼を狙い、眩い魔力の奔流を解き放つ。
「――隼!」
 その瞬間、暗い路地裏にジョゼ・エモニエ(月暈・e03878)の声が響き渡った。
 助けに来たという言葉よりも彼の名が真っ先に口から出たのは、決して独りじゃないことを伝えたくなったから。何故なら、ジョゼには彼の心臓の代わりに燃える炎が寂しげに揺らいだ気がした故だ。
 ジョゼが駆け寄ると同時に地デジが隼への一閃を受け止め、衝撃に耐える。
「隼さん地デジさん、助けに来たよ!」
「間に合ったみたいなの」
 泉本・メイ(待宵の花・e00954)とメイア・ヤレアッハ(空色・e00218)をはじめとした仲間達が続けて路地にスタ画を現し、危機を知って駆け付けたのだと隼に告げた。
「怪我はない? 地デジも、元気ね?」
「大丈夫。今すぐ、癒すから」
 メロゥ・イシュヴァラリア(宵歩きのシュガーレディ・e00551)が待たせてごめんなさい、と静かに微笑み、茶菓子・梅太(夢現・e03999)が護りの雷壁を張り巡らせる。
 更に火岬・律(幽蝶・e05593)が盾として布陣し、夢喰いを見据えた。
「邪魔が入ったか」
 覇がケルベロス達を見渡す中、律は相手が発する敵意を感じ取る。ムジカ・レヴリス(花舞・e12997)もドリームイーターである男を眺め、そっと目を細めた。
「愛に飢えているヒトが狙い、なのネ。ホントに心に餓えているのはどちらカシラ?」
「実態はどうあれ、敵ですね」
 ムジカの声に律が首を振り、目の前の存在を端的に示す。
 敵、という言葉に隼が僅かに反応した。自分でもそうだととっくに理解していたが、改めて実感すると妙な感覚が胸の奥で軋む。
「まぁいい、纏めて相手をしてあげようか」
 覇が薄く笑む姿を見ることすらも何故だか苦しい。それでも、隼は凛と言い放った。
「勘弁して下さいよハルさん。その子達を傷付ける様な真似したら――」
 俺は絶対にあんたを許さない。
 駆け付けてくれた大切な人、そして仲間達を示した隼の言葉は宛ら宣戦布告の如く、戦場となった夜の狭間に落とされた。

●欠落
 一度、隼の口から『ハルさん』の名を聞いたことがある。
 敬愛する先輩のことをそれは嬉しげに、誇らしげに話していた時の隼人の瞳は今も忘れてはいない。ジョゼはそのときを思い返した後、疑問の言葉を口にした。
「……どうして、」
 その続きを紡ぐことなく、ジョゼは勇魚の王を喚ぶ。
 角持つ白鯨の霊獣が現れ、巻き起こった海嘯が戦場を包んだ。合わせて翼猫のレーヴが清浄なる力を仲間に与えてゆく。
 メイは攻撃の機を窺っている敵から目を逸らさずにいた。
「こんな再会は哀しいな……」
 メイは哀しげな呟きと落としつつも轟竜の砲撃を一気に打ち込む。其処に追撃をかけるようにしてメロゥが一閃を重ねた。
「何を考えて姿を現したのかメロにはわからないけれど、傷付けさせはしないわ」
 大事な、友達だもの。
 隼を思って声にしたメロゥの言の葉を聞き、梅太も覇を瞳に映した。相手からは殺気が感じられ、梅太は皆の背を支える決意を抱く。
「……友達だから、守るよ」
「ふん、くだらないな」
 覇は心底冷めた視線を返した。くだらなくない、と主張するかの形で地デジがスパナを激しく振るう中、隼は独り言ちる。
「俺の言葉はもうこの人には届かねえんだろうなァ」
 隼は魔斧を握り締めて地面を蹴った。相手が仲間を傷つけようとしている敵だというのならば、ただ斬り伏せるのみ。隼の一撃を覇が受け止める最中、律は静かに口をひらいた。
「彼の中の記憶や夢までもを害する権利は何人にもありはしない」
 そして、鮮血状の霊力を解き放った律は力の加護を巡らせていく。律に続いて星の魔力を紡いだメイアは、匣竜のコハブに援護を頼んだ。
「隼ちゃん、何だか……」
 辛そうだと思ったことは口にせず、メイアは思う。きっと計り知れないくらい彼の心の中には色んな気持ちが溢れているのだろう。だが、それを支えるのが今此処に駆けつけた自分達の役目だ。
 メイアが胸に抱く思いと同じく、ムジカもまた強い感情を抱いていた。
「彼を大切に思う皆が一緒だから――アタシは殴るっ!」
 跳躍すると同時に空中でムジカの蹴りが放たれる。其処から魔力で生み出された葉蔓が禍事の如く敵に近付き、冷たい花を咲かせるように絡み付いた。
 しかし、夢喰いも反撃に移る。
「その程度の力しかないのか。では此方から魅せてやろう」
「生憎と貴方に魅せて頂く夢は持ち合わせておりません」
 律が雷刃で斬り込もうと駆けたが、敵の方が一瞬速かった。手にした鍵から惑いの魔力を放出させた覇は隼を狙い打つ。瞬刻、蠱惑が彼を包み込んだ。
「……!」
 声なき声が隼から零れ落ちたのは催眠の魔力が巡っているからだろう。されど逸早くそれに気付いた梅太が腕を掲げ、夢を喰らう力に心安らぐ夢を重ね掛けた。
 させないよ、と告げた梅太の言葉の後、隼は催眠から解放される。一連の出来事にはらはらしていたメイだったが、ありがと、と告げた隼が体勢を立て直したことにほっとした表情を浮かべた。
 覇は小さく舌打ちをしたがまだ怯んではいない様子。
「さて、次はどうしてやろうか」
「いやーな攻撃になんて負けないの」
 次の手を打たれる前に、とメイアは再び守護星座を地面に描き、耐性を強める。
 メロゥは梅太に信頼を寄せ、指先を敵に差し向けた。時を凍りつかせる一閃で敵の動きを制し、メロゥはジョゼを見遣る。
 果敢に攻撃に加わってはいるが、彼女の魔導書を持つ手が微かに震えていた。
「大切に想う人のことだもの。いっしょに、隼の力になりましょう」
「……ええ」
 メロゥに不安を見抜かれてしまったと感じたジョゼだったが、しっかりと頷きを返す。
 敵に負けじとムジカは更なる攻勢に入り、夢喰いに告げた。
「愛に正しい形があるのかわからないケド、無いものを奪ったり、与えようと偽って貶めるのは違うハズ!」
 炎を纏ったムジカの蹴りが炸裂し、敵を僅かに揺らがせる。
 夢喰いの胸元に宿るモザイクは何を表しているのだろうか。胸の何かを欠損しているのか、それとも――。
 メイはふと首を傾げ、覇に問いかけてみることにした。
「ねえ、ハルさんは隼さんに会う為にここに来たの? 伝えたい事とか、あったのかな」
「どうかな、答える義理などない」
 魔鍵を握り直した覇は不敵に答え、魔力を放とうと構える。危ないと感じたメイは両腕を伸ばし返し、耀く銀漢を戦場に満ちさせた。
 その狙いはまだ隼に絞られている。
 隼自身もそれに気付いて受け止める体勢を取った。だが、その表情の奥には何か言い知れない感情が渦巻いているように見える。
 この人は敵。頭ではそう解っているはずなのに脳裏を駆け巡る思い出が邪魔をする。
 心はまだこの人を信じたがっている。
「何で、こんな……」
「気を強く持ちなさい。憧れを前にだらしない姿を晒しては、一生の棘となりますよ」
 微かな言葉が隼から紡がれようとしたとき、律が敢えてそれを遮る。傍から聞けば厳しい言葉だったかもしれない。だが、律の言葉もまた事実だ。
 次の瞬間、覇が武器を振るう。
 すると地デジが隼の前に飛び出してすべての衝撃を肩代わりした。兄貴分である主を護るためとはいえ、その行動が危うく思えたジョゼは首を振る。
「お願い、地デジも無理はしないで。アタシと先生の数少ない友達なんだから」
 ジョゼは掌を握り締め、切実に願った。
 隼が慕った彼のヒーローを本当は摘み取りたくない。救ってあげたい。隼が嬉しそうに、ハルさん、と彼を呼ぶ。そんな未来がこの先に続いていって欲しかった。
 でも、それが叶わないことは解っている。
 隼とて理解していた。彼は以前の覇ではない。
 クールで斜に構えた物言いも雰囲気も何処か違う。夢喰いに存在ごと成り変わられたのか、奪われた心が夢喰いと化したのか。
 どちらにしろ彼は、如月・覇という人はきっと、もう――。
「如何した、怖気付いたか?」
 覇の挑発に首を振った隼の様子に気が付き、メイアは唇を噛み締めた。
 計り知ることなど叶わぬ思いが其処にある。けれど相手をコハブに置き換えたら、自分だって正しい判断が出来るかもわからない。
 メイアが援護を続ける中でメロゥは隼に声を掛ける。
「皆で無事に帰りましょう。あの時、あなたたちがメロを助けてくれたように、メロもあなたたちの力になるわ」
 メロゥには隼の気持ちが痛いほどに分かる気がした。
 梅太もあの日のことを思い出して隼を見つめる。自分の分までメロゥが思いを伝え、仲間の心を支えてくれると信じているから、言葉は要らない。
 その間にもムジカが敵の身を蹴りあげ、律が盾となって立ち回る。徐々にではあるが夢喰いは追い詰められ、力を削られているようだった。
 メイは隼と覇を交互に見比べ、きゅっと両手を握る。
 今は唯々哀しい。それでも――。
「本当のことは分からないけど……きっと二人が出会えたのには理由があると思う!」
 どうかこの再会が哀しいだけの物語にならないように。
 ちいさな願いを宿し、戦いは巡っていく。

●焔
 傷付き、息を切らしながらも隼は彼に呼び掛ける。
「ねえハルさん」
 俺が今日もあの店で笑ってられるのは間違いなくハルさんのお陰だった。思いの丈を一撃に乗せ、隼は夢喰いを穿つ。
 呼んでも応えてはくれず、覇はただ此方を苦しめようと動くだけだった。
 そんな中、隼が果敢に戦い続ける姿を律はしかと見ていた。
 彼の兄と知り合った頃、彼は十に満たぬ幼子だった。一度は命を失いかけたという少年は今、胸に炎を宿しながらも良く笑う明るい青年へと育った。
 律の目には隼が自らも輝き、誰かをも輝かせようとする眩い焔に映っていた。
 だからこそ願う。
 燃え尽きるまで、今日の一日一日に悔いを残さぬように、と。
 律が螺旋の一閃を放ち、其処にムジカが駆ける。
「隼ちゃんは貴方に負けないし、彼の想い通りに誰も連れて行かせはしないワ」
 誰もが大切な人、大切なものや事がわかっている。だから隼の方が何より強いのだと告げ、ムジカは攻撃に徹し続けた。
 ジョゼもレーヴに地デジを癒すよう告げ、再び白鯨を招喚する。
 差し向ける指先、黒く彩られた爪は同じ想いを抱いている証。しかし、ジョゼの胸には棘が刺さっていた。
 好きな人が大事な人を喪おうとしているのに如何して自分には救う為の力がないのだろうか。ただ無力感が心を蝕む。
 メイは彼女を心配し、敢えて元気な声で宣言する。
「隼さんやジョゼさんが哀しいと私も哀しい。だから、最後までがんばるよ!」
 メイアも複雑な思いを抱き、コハブと共に打って出た。
 小さな煌めく光が辺りへ散らばり星が踊る。更にはコハブの吐息が敵を包み、その身を傾がせた。きっともうすぐ彼の命は尽きる。
 ――最後は彼の手で、さよならとおやすみなさいを。
 メイアの眼差しは言葉の代わりとなって梅太とメロゥに届いた。
「彼にとって、あなたはヒーローなんでしょう。最期まで、彼の憧れのままでいて」
 憧れの人へ伝えるべきことを伝え心残りの無いようにと梅太達は願う。そして、優しい夢の力と煌めく一つ星の癒しが隼に宿った。
 降り注ぐ星の光が隼の背を淡く照らす中、胸の炎がいっそう強い火となって揺らぐ。
 一瞬後、地獄の焔が覇に叩きつけられた。
「……あんたの中に、俺は――」
 相手が戦う力を失って膝を付く最期の刻、隼は或ることを問いかけようとする。だが、言い切る前に覇の唇が微かに動いた。
「……、……」
 紡がれた声は掠れていてよく聞き取れなかった。だが、何故だかそれは『隼』と自分の名を呼んだかのように思えた。

●これまでとこれから
 そして、彼はまるで最初から幻だったかの如く掻き消える。
 これで片がついたのだと感じた隼は静かに息吐き、昏い空を振り仰いだ。
(「ハルさんと出会ったのもこんな夜、こんな路地裏だったっけ」)
 思い出すのは初めて出会った日のこと。
 涙は出なかった。どうにも現実感が伴わず、夜が明けたらまた雑踏の中に彼の姿を探し求めてしまいそうだった。
「隼ちゃん……」
 メイアは仲間の名を呟き、どうか神様、と彼の心が救われるように願った。コハブを抱き締めたメイアの傍ら、邪魔はしたくないと考えたムジカはその場を去る。メロゥと梅太もそっと視線を交わして敢えて隼に声は掛けまいと決めた。
 メイは手を合わせて祈りを捧げ、先程まで覇が居た場所を見つめる。
「隼さんも皆もハルさんのこと忘れないよね。私も貴方のこと、忘れないからね」
「そう、だね」
「ええ、ちゃんと憶えているわ」
 梅太が頷きを返し、メロゥもメイに淡い笑みを返した。律は暫し隼を見守り、落ち着いた頃を見計らって声を掛ける。
「隼君……大丈夫ですか。君が帰らずして、誰があの男に味噌汁を作るんですか?」
 俺はごめんですよ、とやや冗談めかした律。それもそうだと答えた隼は仲間達を見渡し、へらりと笑みを浮かべる。
「ありがとね」
 その言葉には嘘偽りない感謝が籠められていた。
 しかし、ジョゼにとっては彼の笑顔が何故だか無性に腹立たしく感じられる。
「アンタ、何で笑ってるのよ」
 ジョゼは眦に浮かぶ熱を堪えるように彼を詰った。
 周りに心配をかけぬよう振舞う彼の優しさだと理解していても、アタシは一緒に泣くことくらいは出来るのに、と。花唇を噛み締めたジョゼの月色の髪が揺れ、レーヴがその姿を見上げる。隼は彼女に歩み寄り、その頭を優しく撫でた。
「――そんな顔しないで」
 地デジもジョゼの足にぎゅっと抱きついて、隼と同じ思いを示す。
 窮地を救ってくれた皆の姿は正にヒーロー。喪失感はあるが、それ以上に自分を守る為に駆け付けてくれた皆の気持ちが嬉しかった。
 隼がそう話すとメイとメイアが微笑み、梅太とメロゥ、そして律もちいさな安堵を抱く。
 気持ちを整理するには少しばかり時間がかかりそうだが、この思いも本物だ。そうして、隼は仲間にいつも通りの笑顔を向ける。
「それじゃ、帰ろうか」
 明日のことは明日に考えればいい。きっとこれからも取り立てて変わらない、大切な人達との日々が続いていくのだろう。
 失ったものはあれど、手に入れたものもある。
 それが『今』というものなのだと深く思いを巡らせ、隼は皆と共に歩き出した。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 3/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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