千鷲の誕生日ーカリミアの日記市

作者:秋月諒

●白いページ
 書き終えた日記が、棚の一列を埋めていた。いや日記というよりはメモに近いのだろうか。箇条書きで記したそれは、日々の思い出を残すというよりは備忘録に近い。
「……」
 三芝・千鷲(ラディウス・en0113)は手の中の日記に視線を落とす。最後のページ、書き終えれば新しい日記帳が必要になるのだろう。
 思い出でなくても良い。振り返るのに、そいつがあったって良いだろう。と千鷲に日記帳を進めた友人の声が頭を過ぎる。幸い、記憶力は良い方だがどうしたって書き終えた日記が増える程にあの日が遠ざかる気がした。
「とはいえ、ほぼ習慣になっちゃってるしなぁ……。しょうがない。買いに行くか」

「というわけで、日記帳を買いに行こうと思ってねー」
「千さんから珍しく誕生日のお出かけの打診があったかと思ったら、ちょっと予想外でした」
 アイスケーキの店に誘われたレイリは、しれっと二人分の会計を済ませてきた千鷲に頬を膨らませてみせた。
「今日くらい、私の奢りですとも。をやってみたかったのですが……」
「誕生日のお誘いとお店知らないって話だから、僕が出しても良いかなーって。あとほら、まだお兄さんなので」
「年上風はいつまでも吹くじゃないですかー」
 むーむー、と軽くむくれて見せた狐の娘は、まったくと息をついて顔をあげた。
「日記帳ですね。どういうのが好みとかありますか?」
「そうだな……。今まで、本みたいなやつを使っていたから同じものが良いのだけど」
「同じものですね」
 さらり、とレイリはそう言うと、いくつか記憶にある場所を手繰って行く。そうかぁ、とふいに声が落ちた。
「どうして同じなのか、聞かないの? 予想外って言ってたけど」
「千さんが話したければ聞きますけれど。私も、レディですから」
 年上風ふかされる分、私も着実に成長する予定ですので。

●カリミアの日記市
 関東の一角に、文具を扱う市が立つことがある。ステーショナリフェアーと呼ばれるその期間に様々な文具が扱われるのだ。可愛らしい雑貨タイプや、硝子ペンなど色々とあるらしいが丁度今の、日記を扱う市が開かれていた。
「カリミアの日記市、というそうだよ。レイリちゃん調べでね」
 リスのカリミアが運ぶのはご自慢の日記帳たち。
 美しい装丁のものから、可愛らしいものまで。
 紙が焼けぬよう、天幕で彩られた市場はランプで照らされ夕方まで続くと言う。星空を宿した表紙に、砂の街を描いた表紙。勿論、リスのカリミアが描かれたものもある。
「書き味抜群の紙を使っています……、だそうだよ」
 扱っているのは日記帳だけなのだと、千鷲は言った。好みのペンか何かを持っている人は、それに似合うものを選んでも良いかもしれない。裏表紙には刻印を入れてもらうこともできるそうだ。
「日記市、なんて初めて聞くしね。丁度日記帳も探してたことだし、せっかくだからお誘いってことで」
 良かったら、僕と一緒に日記帳を見にいかない?


■リプレイ

●綴る日々
 緑深き街に生まれた日記市は、レースの波を抜けた先にある。
『さて、何かお探しデ?』
 描かれたリスのカリミアに誘われるがまま、足を進めて行けば天幕の丸い天井まで届くかのような本棚に、様々な日記帳が収まっていた。
「皆さん日記ってつけてます? 私はねー、つけてないです!! ので、今回買っていって今日からつけよーって感じですよ」
 大きな棚に収まった日記を見ながら、私は、とルリは視線をあげた。
「日記というよりはお店の日誌ですけれど、毎日つけていますよ。後から読み返すのがとっても楽しいんです」
「私も毎日日記をつけておりますわ。でないと記憶が無くなってしまった時に、過去を振り返ることが出来ませんからねぇ」
 さらり告げたカノンに、俺は、とヒノトは息をついた。
「日記はつけ始めても長続きしないんだ。でもリティアを見習って今日からまた書いてみるかな」
 そうして始まった日記選びに、棚を辿る心は弾む。分厚い日記から、手軽なものまで日記市というだけあって様々な種類が揃っていた。
「とりあえずたくさん書ける気はしませんので、掌サイズのコンパクトなやつを選びますね!」
「俺はこの日記帳! シックな黒い表紙が大人っぽくてかっこいいだろ?」
 リティアに続いて、ヒノトがひとつを選び取れば、私はこれを。とルリは大学ノートサイズの日記帳を手に取った。
「可愛らしい苺模様の物にしてみました♪」
「あっ、この日記帳は柄がとても可愛らしいですねぇ。今回はこれを買って帰りましょうか」
 カノンが選んだのは、可愛らしい柄の日記帳だ。揃って見せ合えば、どれも個性的で見ているだけでも楽しい。
 棚を辿り、あれこれと目移りしながら萌花は如月を見遣った。
「あ。いいこと思いついちゃった。ね、如月ちゃん、気に入った日記帳あったら言ってね。あたしが買ってあげる」
「ふ、ふぇええええっ!? そ、それは悪いというか、それ位は自分で……」
 それに、ともごもごと言いながら如月は小さく言った。
「そゆの書いたら目一杯、その……大好きな気持ち、描いちゃいそう、なのよぅ……?」
 気恥ずかしさにかぁっと、頬が熱くなる。揺れた瞳に、ふ、と笑う萌花の姿が見えた。
「如月ちゃんは、一冊いっぱいに、ぜひあたしとの思い出と、あたしへの想いをしたためて? それで、その一冊が終わったら、見せてくれたら嬉しいな」
 大好きがたくさん、なんて、嬉しいに決まってんでしょ? と萌花は笑う。
「だから、存分に甘えてよね」
 天幕が揺れる。淡い影を指先に、思えば自分で何かしら書くと言うのはあまりしてこなかったと鋭利は思う。でも、ケルベロスになって1年、随分と自分の行動範囲も増えた。今までの日常が崩れた訳ではないけれどーー繰り返してたもののなかに目新しいものが輝いてて。
「なんだか、宝探しみたい」
 だからでしょうか、記してみたくなったんです。
 ふ、と琥珀色を緩めて、鋭利は背表紙を辿っていく。白い指先が止まったのは夕焼け色の表紙の日記帳。

「お誕生日おめでとう、いいものは見つかった?」
「見事にまだ悩んでいてね。君はどう?」
 ありがとう、とそう言って、千鷲は軽く肩を竦めた。
「そうそう、これとこれ、悩んでいるんだけれど……どちらがいいと思う? 本日の主役に決めてもらおうかしら、と思って」
 ひとつ笑って千歳が見せたのは、明るい空色の地に、飴玉みたいな、淡いカラフルなシャボン玉が飛んでいるもの。ひとつは淡い桜色の地に、桜の花びらの型押しで栞が桜の葉を模したものだ。
「ね、どっちも素敵でしょう?」
「どっちも素敵だね。そうだなぁ……こっちかな、淡い桜色の方」
 桜の花が、君の色に似合いそうだ。

「私と、交換日記?私とそんなことをしても楽しくないだろうに」
 ヴェルダンディーとロゼの関係は複雑だ。娘ではあるが、未だひとつ過去の出来事から素直になれずにいる。
「これ、これはどうでしょう?!」
 すごく綺麗です、と響いた声に顔を向ければ、ヴェルダンディーの目に映ったのは夕闇の中でも白く、煌めくような上品なものだった。
「ものを選ぶセンスは良いんだな」
 笑顔に折れるようにため息をつく姿に、そこに否が無いのを感じてロゼは顔をあげた。
「何が楽しい、ってこうして貴方と過ごせるのが楽しいです」
 それは先の独白への応え。
 言葉をかわせるのも、一行でも一言でもいいの。貴方と言葉を重ねて絆を、刻みたい。
 シルクハットのリスに見送られて辿り着いたのは夕闇に溶け込む黒のソファーと本棚に収められた日記帳たちだった。棚を辿るゼレフが見つけたのは、小さな鍵付きの日記。柔い革に花が型押された洋書風の品だ。
「厚いから沢山書けるよ」
 笑い渡された花の日記帳は手に収めるとずしり、と重みがあった。
「……これを埋め終わる頃には、この重みも幸せの重みに変わるのだろうか」
 小さな呟きは天幕の賑わいに溶け、景臣は手にしていた一冊をゼレフへと差し出す。
「僕からも、貴方へ贈ろうと」
 シンプルな一冊。しっとり馴染む革は落ち着いたセピア色。
「留め紐の先、揺れる錨が、君の思い出を繋ぎ止めてくれる様に」
「参ったね、お見通しで」
 小さく笑ったゼレフの指先が表紙をなぞる。手の中、重さはそれぞれに。ゆっくりとページを埋めていく。

「君はどういうの探しているの?」
 日記用のバンドと、誕生日の祝いの言葉に礼を言うと、千鷲はゆるり首を傾げた。
「小さくて軽い、紙質が丈夫なのを探してる。革の表紙のがいいなぁ……」
 すっきり晴れた昼の空でも、夜の星煌めく空でも。
「僕のかわいこちゃんぽいコを見掛けたら、千鷲もレイリも教えてね」
「仰せのままに。良いものが見つかるといいね」
 折角だから、という千鷲にルードヴィヒは頷いた。
「千鷲はまた一緒に事件解決っていうか不思議や謎解きできたらいいな。事件や、見つけた出逢ったものが千鷲の記録に残れば嬉しい」
 ぱち、と瞬いた千鷲にふ、とルードヴィヒは笑った。
「レイリはまたヘリのせてねー!」
「はい。お待ちしていますね」
 天幕をくぐり行けば、様々な店が並んでいた。賑わいは薄い布に阻まれて、秘密の世界に二人、手を繋いだまま迷い込んだようだ。
「俺、これにしようかな」
 大切にそれを擁き、絃は微笑んだ。
「月夜はどんな品にするんですか?」
「これにする」
 覗き込む視線に顔を上げれば、丁度月夜の目にも彼の選んだ一冊が見えた。月の如く煌めく金の箔押し。自分の手の中には、五線譜で飾られた一冊。お互いを思って選んだような組み合わせに思わずくすり、と嬉しげに笑みが溢れた。
「折角だから、もうひとつ。今度は二人で一緒に書き込めるものを」
 そう言って、提案したのは鍵付きの日記帳。
「どうかな?」
 二人の秘密を、沢山詰められる一冊にしよう。

 深いショコラ色の皮表紙に金の王冠が小さく箔押しされていた。中には罫線すらない、ひたすらに真っ白な未来。指先でなぞり、ふと、夜は傍を見遣った。
「君は日記を書き残す方?」
 ゆるり、と首を振るアイヴォリーにゆるり、夜は笑みを浮かべる。
「慌ただしい日々に燈を灯す為君からの恋文が欲しいな、ーー毎日」
 記すのは今日の出来事でも、離れている間の食事やデザートの事でも何でも良い。
「だけど一日の最後に必ず、俺の事を想って欲しい……なんてね」
 にやり茶化す笑みで告げる我儘は、蕩けるショコラの瞳に届く。
「わたくし、日記をつけたことがなくて、全部埋まる日を想うと気が遠く……えっ夜、それはつまり、わたくしと、交換日記を――!?」
 かわす視線の先の笑みと出会ってアイヴォリーは頬を染めてぶんぶんと頷いた。
「書きます! 絶対書きます毎日!」
 いつだって想っていますけれど、わたくしと貴方の愛のメモリー……。
「ふふ、うふふふ、大変良い響きです。三日坊主などあり得ません」

 ティアンが欲しい日記帳は二冊だった。一つは今書いてるのが詰まった後の為に、次に。もう一つは、日記をつけていなかった頃の事を、思い出して書くために。棚を辿る指先はゆるゆると、中を開けば指感触の良い白い紙。
(「大切に想うことが沢山あった。大切に想うことが沢山増えた。どちらも等しく大切なのに、頭に憶えていられる事には限度があるのが口惜しい」)
 指先が、ふと、止まる。思い出して書く方は、エメラルドブルーの表紙にすぐ決めた。次の日記帳を赤橙と暗青の間で迷ってティアンは視線を上げた。
「なあ、千鷲、どっちがいいとおもう?」
「そうだなぁ。僕的には、暗青とかどうかな?」
 夜明けの色彩に似ていない?

 改めて日記帳と選ぶとなると、これは中々に難問であった。日々のよきこと、あしきこと、他愛ないこと、たいせつなこと。
「なんでも詰め込むには、どんな日記帳が相応しいでしょーねえ」
 ふわふわと軒先を眺めて、こういうときはご縁頼み。サヤが拾い上げたのは、赤橙と藍の和綴じの一冊。
「――ああ、これにしましょう。一日のおわりの色です」
 1ページ目は、そーですねえ、今日のことを書きましょう。
『皆々様に佳き日々と、ご縁がありますように!』

「うん、俺は紙の日記だよ」
 ムジカの言葉にそう応え、市邨はぽすぽすと彼女の頭を撫でた。
「萌黄の表紙の、上質紙。ムゥも日記を付けるのかな」
「アタシはこの機会につけてみようかと思って。持ち運びやすいサイズの、丈夫な紙質のモノがいいなって」
 表紙もたくさんで迷っちゃうな。
 ゆるり見渡したムジカの瞳が揺れれば、ふ、と市邨は吐息を零すように笑った。
「君の日記は、沢山のハッピーが詰め込まれてそう」
 何れにしたの? とかかる声に、ひとつ気に入りの表紙を手にとって、ムジカは微笑んだ。
(「アタシの日記にたくさんのハッピーが詰め込まれているのなら、それはキミが一緒にいてくれる日々」)
 忘れないケド、いつだって鮮やかに傍に在る為に。

 紙は、アイボリーが良いだろうか。
 選びながらふと、一年と脳裏に頁の音が過る。あの日に――誘うようだと彼が言った。誘われているのだろうか。
(「罪では無い。だとしても罰を与える者が居ない。正道を歩まぬ己等、特に」)
 動かし難いものを抱えながら、彼はこれからも記録し綴っていくのだろうか。
 本のサイズに希望は無かった。これより先を紡ぐページの数は知れぬまま。
「いつか平和な時代が来たら、編纂して回想録でも出版されては」
 唆す律の声に、千鷲はぱちと瞬いた。
「回想録?」
「印税で余生が潤う可能性と、誰かへの、土産話にもなろうから」
「ーーそれは」
 小さく、息を飲む音ひとつ。ふいに、崩れた表情は泣くようであったのか自嘲めいたものであったのか。吐息を零すようにして、千鷲は笑った。
「考えたことなかったなぁ」
 面白そうだ。
 そも、此処に赴いた事も水凪の中ではよく分かってはいなかった。過去を覚えていないのならこれから書けばいい。言葉を知らぬなら書いて覚えればいい。確かに、そうであるとは思う。しかしあまり気が進まぬのは、何故だろうか。揺れる心を抱いたままに、目に留まったのは勿忘草色の表紙。
「……悪くない、これも何かの縁だろう」
 直観に従って迷わず手に取り、花を刻印してもらえば日記帳はよく水凪の手に馴染んだ。この先、わたしと共に在ってほしい。

 二人天幕をくぐれば、星のカーテンが日記の置かれた卓を囲っていた。
「レイリはつけないのか……憶えておきたい派か?」
 ゆるり、問いかけたアラタに、レイリは静かに微笑んだ。
「はい。それに……何でも書いてしまいそうなので」
 弱音や泣き言も。一度それを許したらどうしようもなくなりそうだから。
「だから覚えておくことにしているんです」
「それもいいな♪」
 頑張って答えてくれたレイリに、アラタはそう言った。例え買わなくても、色々な表紙や挟む紙。どれも工夫を凝らしてあって、発見がある。
「オレンジにリスのカリミアが描かれた表紙のと、空色とピンクの天幕模様が北欧テイストな表紙の迷う~っ、どっちも可愛いなぁって思うんだが! なぁ、レイリ、どっちがいいかな!?」
「うう、どちらも可愛いのですが……こちらの、空色のを」
 空の青とこのピンクがアラタ様にすごく似合う気がしたので。

 リスのカリミアがランプを掲げる姿に、倣うように手を伸ばすミュゲに、ふ、と笑いながらつかさは表紙を辿る。
「そうだな……どうせなら、春先に買ったインクと合うやつが良いな」
 知ってるか? とつかさは傍を見遣る。
「あの色、あんたの誕生日カラーなんだぜ? それであんたやミュゲとの日常を記すのも多分悪くない」
「ああ、便箋も一緒に買ったやつか……俺の誕生日カラー? 誕生花は聞いた事があるけれど、色もあるのか」
 そう聞くと、なんとなく気恥ずかしくて視線が彷徨う。ゆるり、揺れた瞳はバレているのかいないのか。今は日記を選んでいるフリということにしてくれと思いながら、レイヴンは、奥の棚まで辿り着く。
「!」
「ミュゲ、どうした?」
 これ! 気になる! とパタパタしているミュゲを撫でてレイヴンが見た先にあったのは銀の月と夜空の綺麗な日記帳。
「綺麗だな……」
「折角、ミュゲが選んでくれたからな。……俺も同じ日記帳にするか、とても綺麗だから」

 今までつけていなかったが、折角だから日記を書いてみようと思ったのだ。
 アリシスフェイルが手に取ったのは、深い夜空に一筋の流れ星が描かれた日記帳。手帳サイズのそれならば、きっと気が向いたときにさらっと書けそうだ。
(「楽しかったこと、嬉しかったこと、そういう気持ちは今まで記憶として残すだけで充分って思ってたけど記録としても欲しいなって思うようになって」)
 レイリにも言えないけれど、とアリシスフェイルは小さく、呟いた。
「私がいついなくなったって、私の記憶に、感情の手掛かりに望む人が触れられるように、私の思い出を知って貰えるように残しておきたいなんて。身近な人に程言えない話よね」
 ほう、と落ちた声は揺れる天幕に溶ける。

 ヴェールような囲いを抜けて、使い込まれた棚に並べられたのは分厚い日記帳たち。クィルがジエロへと選んだのは、日々の綴りと、コメントをつけられるものを。僕を思い出して欲しいなぁと欲目を出して、濃藍に青砂の星が降る表紙を。手に取って、ちらりと様子を伺えば、ぱちとジエロと目が合う。
「……」
 なんだかちょっとこそばゆい。
 そんなクィルの心情を知らぬまま、ジエロが彼にと取ったのはいちにちの、午前と午後を分けて書き入れられるものだった。装丁は見つけた勿忘草に目を引かれ手に取れば、贈り物でしたら、と店主が顔をあげる。
「裏表紙に刻印を入れることもできますよ」
「……ね、クィル。同じ刻印を入れたいなあ。見た目も機能性も違うけれど、出会えたところはおなじだから、今日の日の思い出に」
「うん、うん。僕も刻印を入れたいです。星と月に、それを見るふたつの猫のシルエット」
 綴る毎日に、君がいるように、願って。星を眺め月の巡りを共に過ごす。

 紫紺の紐解き広げれば線染みひとつ無い世界が広がる。絹想わせる繊細で艶やかな白を、ヒコはゆるりと撫でた。
「ん、いい紙だな――…俺はコレにしよう。俺の文字に価値など無くとも、これは毎日筆を走らせるのが楽しみになりそうだ」
「巻物って辺りが流石、一味違う」
 巫術師を業とする君が手に取る物は、何とも「らしい」と云うか。
「巻物宜しく値打ちでも付けば、なんてな」
 吐息ひとつ、笑うように零した巴が俺はーー、と巡らせた視線の先、出会ったのは黒革の背表紙。片手に馴染む手帳程の大きさに、捲る頁の態と褪せた色合いは羊皮紙のようで。此れと決めるには充分過ぎた。
「ははあ、何というか……――ふ、いや失礼。実に似合いの品だな」
「らしい、って……自分も人の事は言えないか」
「持ち主が日記を選ぶのか、日記が持ち主を選ぶのか」
 揺れる袖で口元を隠し、巻物を手に巫術師殿はふ、と笑った。
「お互い縁があって何よりだよ」

 予想通りのシンプルな品を手にしていた千鷲を横に、サイガは卓上に並ぶ本の内、真っ白い装丁のページを捲る。
「日記、ねえ。レプリカントならデータにでも残るもんかと思ってたわ。なんのためわざわざ文書に」
 不思議がってサイガが尋ねてみれば、習慣かな、と千鷲は軽く肩を竦めた。
「僕が壊れるまで保存できている気はするんだけどね。マトモに日々を過ごせって言ったやつに押し切られて」
 振り返ってみればいい、それだけお前は生きたのだから。
 偉そうに言った人を思い出して、ふ、と千鷲は息をつく。
「当の本人はさっさと居なくなるんだから……」
 ふと落ちた沈黙は、口が滑ったというそれか。流れる視線を見なかった振りにして、サイガはふうん、と常通り薄い反応と共に千鷲が選んだ品の色違いのものを手に取って歩いていく。
「そういや誕生日つってた? 飽きたらやるよ」
 ひら、と揺れる手と、笑う声に瞬きーーは、と千鷲は笑った。
「サイガ君イケメンだなー」
「なんだそれ」
「ん。ありがとう。じゃぁ、飽きるまで用にインクでも贈らせてもらおうかなぁ」
 ちょっとだけ僕の方がオニーサンだし?
 天幕が揺れる。ひらり隠された日差しの向こう。カリミアが案内する日々を綴る。真っ白なページに、これからさぁ何を書いていこう。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月6日
難度:易しい
参加:32人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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