井吹青年、紫の魔物に襲われる。

作者:伊吹武流

 愛知県長久手市。
 その中心部を南東から北西にかけて流れる香流川のほとりにて、一人の青年が青空の様な色をしたロードバイクを駆り、週末のサイクリングを楽しんでいた。
「さーて、今日もがっつり楽しんだし、家に着いたらシナリオでも書こうかな……」
 心地よい風に吹かれながら、平和な日常を楽しむべく、青年はペダルを回し続ける。
 しかし、それから程無くして……悲劇は起こった。
 それは、彼と愛車が薄紫色の花が咲き乱れる大きな茄子畑の傍を通った時だった。
「へぇ、茄子か……そうだ! 農家を襲う凶暴な野菜との壮絶なバトルでシナリオを……」
 そんな事を口走った瞬間、何処からともなく飛来した謎の花粉が、茄子畑に降り注ぐ。
 ……その直後、『それ』を取り込んだ一株の茄子の木が突然巨大化し、紫色の攻性植物へと変貌したのだ。
「ちょ、マジかよ……!?」
 次いで、冗談じゃないぞ、と青年が発するよりも早く、紫の巨樹は触手状へと変じた枝をスルスルと伸ばすや、彼の身体へと巻き付け、絡み取った。
「う、うわあああぁぁぁっっ!!」
 恐怖のなか、青年は咄嗟に足首を内側へと捻ってクリートを外すと、彼の愛車は触手にの戒めからかろうじて逃れる事に成功し、路上を滑っていく。
 そして、そんな愛車の状態を危惧するよりも早く、彼の意識と身体は巨大な茄子の樹に飲み込まれていった。

「……って感じで、愛知県長久手市にある茄子畑で攻性植物が発生し、近くを通りがかった一般人を襲って宿主にしてしまう事が判明したっすよ」
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は、集まったケルベロス達の前でそう切り出すと、事件についての詳細を語り始めた。
「どうやらっすけど、なんらかの花粉を受け入れた茄子の株が、攻性植物に変化してしまっみたいっすね……で、この攻性植物が、ちょうど近くをサイクリング中だった青年を襲い、宿主にしてしまったみたいなんっすねよ」
 そこで、ケルベロスの皆には急ぎ現場に向かい、攻性植物を倒してきて欲しい、とダンテは依頼すると、哀れな被害者と、その襲撃者である攻性植物についの説明へと移る。
「えっと、すね……取り込まれた人の名前は、井吹・タケル(いぶき・たける)さん。24才の男性っす。現在、名古屋市内で福祉の仕事に就く傍ら、副業でとあるゲーム会社でのシナリオライターもしているみたいっすね……ちなみに最近の趣味は、お気に入りのロードバイクでのサイクリングをする事みたいっす」
 そして、そんなサイクリングの途中で、攻性植物に襲われてしまう事になるらしい……なんと運が悪い事だろうか。
「で、その井吹さんを取り込んだ攻性植物はっすけど、見た目は巨大な茄子っす。で、そいつの攻撃っすけど……」
 ひとつは、鋭い刃と化した葉を纏った枝を鞭のように伸ばして敵を絡めとる『葉刃の鞭(ブレードウィップ)』。次に、棘だらけのヘタで覆われた巨大な実を振るい、敵へと叩き付ける『紫の衝撃(パープルインパクト)』。そして、花弁に蓄えた太陽光を凝縮し、強力な破壊光線として照射する『茄子光線(ナスビーム)』。
 なかでも茄子光線は、拡散して照射する事も収束して照射する事も出来、威力は絶大だ……しかし、太陽光を溜める必要性から、光線を連続して照射する事は出来ないらしい。
 ……と、敵の攻撃を勝手に命名しながら説明し終えたダンテは、そこでひと呼吸置くと。
「一応、攻性植物化したのは花粉を取り込んだ一体だけっすから、その一体のみを倒すだけで大丈夫っす……ただ、問題なのは、普通に倒してしまった場合、取り込まれてしまった井吹さんも死んでしまうっす」
 単純に倒すだけなら問題は無い……が、それでは罪無き一般人を見殺しにしてしまう。
「……じゃあ、どう戦えば、井吹クンって青年を見殺しにしないで、その攻性植物を倒す事が出来るんだい?」
 自ら戦場へは赴けないダンテの表情を察してか、周囲の仲間達と共に彼の話を聴いていたリオメルダ・シュヴァーン(つば広帽子の戦乙女・en0222)が問いを発すると、ダンテは、ひとつだけ方法はあるのだ、とばかりに頷いてみせる。
「戦闘時、井吹さんを取り込んだ攻性植物にヒールグラビティををかけながら戦う事で、戦闘終了後に撃破した攻性植物から彼を救出できる可能性があるっす。ちなみに、ヒールグラビティを敵にかけても、ヒール不能ダメージは少しずつ蓄積するっすから、粘り強く攻性植物を攻撃して倒す事が可能っす……だから、出来れば井吹さんを救出してあげて欲しいな、って思うっすよ」
 そう言い終えたダンテは、集まったケルベロス達の前で姿勢を正すと。
「攻性植物に取り込まれてしまった井吹さんをを救いながら戦うのは、なかなか難しいとは思うっすけど、ケルベロスの皆さんだったら、絶対に出来るはずだ……って自分は信じてるっす! ケルベロスの皆さん、どうかよろしくお願いするっすよ!」
 ……と、その願いをケルベロスに託して、深く頭を下げるのであった。


参加者
十夜・泉(地球人のミュージックファイター・e00031)
月原・煌介(泡沫夜話・e09504)
ファルゼン・ヴァルキュリア(輝盾のビトレイアー・e24308)
リエラ・ガラード(刻腕・e30925)
ラジュラム・ナグ(桜花爛漫・e37017)
長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)

■リプレイ


 梅雨の晴れ間、穏やかな風の吹くのどかな郊外の一角にある茄子畑にて、『それ』は哀れなる一人の青年をその身に取り込んで蠢いていた。
「うわぁ……これはまた、大きい茄子ですね」
「……このデカい茄子、食えねぇかな……?」
 メルカダンテ・ステンテレッロ(茨の王・e02283)が半ば感心した様な面持ちで漏らした呟くと、隣に立つ長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)も釣られて、思わずそんな思いをポロリと零す。
「幸い、この辺りには一般人はいない様ですね」
「みたいだね……じゃあ、ボクはひとまず、あのロードバイクを回収しておくよ」
 十夜・泉(地球人のミュージックファイター・e00031)が辺りを見渡して確認すると、リオメルダ・シュヴァーン(つば広帽子の戦乙女・en0222)が、青年のロードバイクへと注意深く近付いていく。
 その瞬間、巨大な茄子の木は己が招かざる者の到来に勘付いたのか、その巨体をゆっくりと持ち上げた。
 そんな中、ケルベロス達の関心は、巨大な茄子の動きだけでなく、そこに取り込まれた青年の方へも向けられている。
「この青年は……助けないと。世界の大変な損失になる……何故だか、そんな気がする」
「ああ、罪なき者を巻き込むとは断じて赦せんしな。必ずや救い出してみせるぞ」
「この植物を倒す事……そして井吹さんも死なせない。そのために私たちは頑張らないと」
 月原・煌介(泡沫夜話・e09504)とラジュラム・ナグ(桜花爛漫・e37017)、そしてリエラ・ガラード(刻腕・e30925)がそれぞれの思いを口にしつつ、戦闘準備を終えると。
「……今の状態なら、油断さえしなければ助ける事は可能だろう。まあ、早い事に越した事は無いが」
 敵の現状を把握した、ヴォルフ・フェアレーター(闇狼・e00354)が、敵と捕らわれた青年の状況を冷静に把握すると、それに頷いたファルゼン・ヴァルキュリア(輝盾のビトレイアー・e24308)が、淡々とした表情ながらも、ケルベロス達が成すべき事を高らかに宣言する。
「この攻性植物を倒し、井吹青年を救い出す。これが我らの使命……いざ!」
 かくしてケルベロス達による、井吹青年の救出劇が始まった。


 最初に動いたのは……攻性植物であった。
 その巨大な茄子の木は、刃状の葉を纏った枝を伸ばすと、それは大蛇の様にラジュラムへと絡みつくと、彼の身体を葉の刃で斬り刻みながら締め上げていく。
 それを見たファルゼンは、間髪入れず前衛に立つ者達の背後に色鮮やかな爆発を起こし、彼等の闘志に火を点けると、彼女のサーヴァントであるフレイヤも、己の属性をラジュラムに注入する。
「今のうちに……っ」
 更にはラジュラムの傷の度合いを鑑みた泉が、全身の装甲から光り輝くオウガ粒子を放出させて前衛陣の超感覚を覚醒させ、戦線を立て直していく。
「成程……これは少々厄介だな」
「……だったら、此方もお返しといこうか」
 そう呟いたヴォルフとラシュラムは、互いに黒き刃の偃月刀と黒煙を上げる巨大杭打ち機を構える。次いで放たれた稲妻を帯びた超高速の突きと、唸りを上げて高速回転する鉄杭が、巨大な茄子を貫き、その汁を迸らせる。
「戦いは始まったばかり。今はまだ攻撃よりも宿主の回復を」
「月女神のヴェール、今ここに御業をあらわす。満ちては欠ける夜の運命、されど再び真なる円を描き。永遠なる循環、願うままに、かく在れ」
 その連撃を受け、タケルが苦痛に呻くのを見たメルカダンテは、すかさず浮遊する光の盾を具現化し、彼の身を護ると、続けて煌介が優美な仕草で描いた魔法陣より放たれた極光が、真白な羽毛の幻想となってタケルへと降り注ぐと、その身を包み、傷を癒していく……が、それは彼に寄生した巨大茄子にも効果が及んでしまう。
「……爆ぜろーっ!!」
 リエラは精神を極限まで集中させながら、苦々しげに茄子を睨み付ける……突如、茄子の実の一つが凄まじい音を立て爆散した。
「こんなところで死なせてたまるかよ!」
 そう叫んだ千翠は、流星の煌きと重力を宿した飛び蹴りを茄子へと炸裂させる。攻性植物はその身に受けた少なくないダメージに身じろぐと、再びタケルも苦痛の呻き声を上げる。
 取り込まれたタケルの身を案じながら戦わねばならぬ為、敵への攻撃は手探り状態になる……が、それでもケルベロス達には微かな手応えを感じる事は出来ている。
 そんな彼らの思惑を知ってか知らずか。
 手傷を負うも、捕らえた宿主のお陰か、その傷の多くを癒された巨大茄子は、その巨体を震わせると、その枝の一つが黒光りする茄子の実を、まるで巨大な戦槌を振り下ろすかの様にして、フレイヤへ叩き込んだ。
「ギャ……ッッ!」
「フレイヤっ!」
 その重き衝撃を受け、大きく吹き飛ばされたフレイヤの姿を見、思わずファルゼンが息を飲む……が、彼女のボクスドラゴンはその場で立ち上がってみせると、それを見たファルゼンは、再び前衛陣の背後に色鮮やかな爆発を起こし、続く様にフレイヤもリエラへ属性を注入する。
「敵が光合成を始めています……気を付けて下さい!」
 その瞬間、敵の花弁の輝きを捉えた泉が、警告の声と共にカラフルな爆発を発生させると、同じく敵の動きに気付いたヴォルフが、超音速の拳を打ち込み、枝の一本を叩き折る。
「固まらずに、今の内に散開を!」
 そんなヴォルフの言葉を聞いてか、ケルベロス達は各々の距離を測る様に参加ししながら、攻性植物へと対峙する。
「……このまま倒すには、まだ早過ぎる。そうでしょう?」
「そうだな……聞こえるか、井吹くん! 悪いがもう少しだけ頑張れっ! おじさん達が必ず助け出してやるから……諦めるんじゃないぞ!」
 そんな言葉と共に、メルカダンテは光の盾を創り出し、茄子ごとタケルの身を包むと、それを見届けたラジュラムが、タケルを励ましつつも天空より召喚した無数の刀剣を戦場へ解き放つ。
「少し与えたダメージが大きいですね。ならばもう少し回復を……」
 そこへ、現状を把握した煌介が再び月女神の癒しの術を用いると、傷を癒された攻性植物は宿主を奪われまいとタケルの身体を更にその内部へと取り込もうとする。
「絶対死なせないっ!」
「これでもくらえっ!」
 リエラはその手に構えた白銀色に光り輝く長剣を横一文字に薙ぎながら放った強烈な斬撃の旋風と、千翠の具現化した光の剣の一閃とが、立て続けに茄子の幹を斬り裂いていく。
 程無くその裂け目から、タケルの顔が露わとなる……が、変わらず彼の表情は、助けを求めるかの如き苦悶の色を浮かべたままだ、。
 いまだ眼前の敵を倒すには程遠いまま、彼を救いたい気持ちばかりが募るケルベロス達に僅かに焦りの色が浮かぶ。
 その瞬間、そんな彼らの心を見透かしたかの様に、巨大な茄子はその花弁を大きく開くと、眼前の敵へと向かって強烈な閃光が照射した。


「なっ……!?」
「きゃあっ!!」
 巨大な紫の花より放たれた光線は、前衛に立つ者達を辺り一面もろとも焼き尽くさんと、眩い輝きを浴びせ続けていく。
 その圧倒的な熱量から仲間達を庇おうと、防衛役のケルベロス達はは互いの身を盾とするる……しかしながら、その攻撃を全て護り切るには至らず、前衛の幾人かは直撃を受けてしまい、更にはその身体を焼かんと炎が纏わり付く。
「いけないっ! リオメルダさんも援護をっ!」
「りょ、了解ですっ!」
 その威力を目の当たりにした泉は、全身からオウガ粒子を放射しながら合流したばかりのリオメルダへと指示を飛ばすと、その声に応じたリオメルダも慌てながら治療用ドローンの群れを展開させ、仲間達の回復へと向かわせる。
 更にはファルゼンが、ラジュラムと息を合わせる様に裂帛の気合を上げ、彼に纏わりついた炎を吹き飛ばした。
「流石にこの攻撃はキツいな……だが!」
 ヴォルフは身に帯びた鞘より大型のナイフを素早く引き抜くと、そのまま敵の実へと投げつける。
 次の瞬間、超高速で飛来した鋭き刃は、茄子の枝のひとつを断ち切ってみせた。
「先の攻撃はかなり効きました……だが、まだ大丈夫」
 メルカダンテは自身が受けた傷よりも、攻性植物と化した茄子に取り込まれたタケルを思いやり、茄子とタケルの傷を癒していく。
 そして煌介も、月女神の力を借り受け、癒しの力をタケルへと送り続ける。
「やはり、なかなか簡単にはいきませんね……」
「……それでもっ!」
 リエラは仲間達の被害状況を確認しつつも、自身の役割を果たすべく、再びその一部を爆裂させんと、眼前の睨み付けると、そこへ照準が合わせられたかの様に、千翠が流星の如き超高速の蹴りを巨大茄子の幹へと見舞い、茄子の巨木が大きく揺らしてみせた。
 そんな戦いの流れは何時にも増して緩慢にも思える……しかしながら、一瞬すら気を緩める事も出来ない。
 そして一進一退の攻防のが幾度か繰り返された頃だろうか。
「茄子光線が来る! 皆、気を付けて!」
 メルカダンテの放った警告の声が戦場に響き渡る……そして、次の瞬間。
 太陽光を蓄え終えた巨大な茄子の花は、リエラへ向けて超強力な光線を打ち込んだのだ。
 リエラはその光線が、己へと向け収束されている事に気付くと、咄嗟に自身の両腕を交差させ、襲い来る強烈な光の一撃を防ごうとするも。
「ここまでか……」
 その攻撃を避けられないと悟り、リエラは覚悟の呟きを漏らす……が。
「ギャウッ!!」
 続く瞬間、そんな叫び声と共に、彼女の眼前へと小さな影が飛び込んで来た。
 その小さな影……ボクスドラゴンのフレイヤは、そのままリエラの眼前に立ち塞がると、その身を盾にして、超強力な光線を受け止めた。
 そしてフレイヤは、そのままその場へと倒れながら静かに姿を消していく。
「良く頑張ったな……後は任せろ」
 そんなフレイヤの勇姿に、主であるファルゼンは短く労いの言葉を掛けると。無表情のまま茄子の木を見やった。
 その直後、彼が放った地獄の炎が、眼前の敵へと喰らい付き、その生命力の一部を奪い取った。
「……すみません」
「ボクも間に合わなくって……ごめん」
 一歩遅れて、光り輝くオウガ粒子と治療用ドローンを放った泉とリオメルダはファルゼンへと声を掛ける。
 だがそんな二人の言葉を受けたファルゼンはは、何も気にするな、と言わんばかりの表情を浮かべてみせると。
「問題ない。あれは自分の役目を果たしただけだ」
 と、淡々とした答えを返した。
「……さて、状況はかなりこちらに傾いてきたな。後一押しといった所か」
 そんな中、仲間のサーヴァントが倒れた事など意に介さぬかの様に、ヴォルフはその攻撃の手を緩める事無く、稲妻を纏った長槍を、敵である攻性植物へと繰り出していく。
 そしてメルカダンテは、巨木となった野菜へと取り込まれた青年を救わんと、彼女の眼前で暴れ回る巨大な茄子へ回復の手を差し伸べる。
「ふむ、敵さんも大分焦ってきているな……かといって手を抜く訳じゃないぞ」
 そこへ茄子の実の一撃を躱したラジュラムが、再び天空より無数の刀剣を召喚し、相手を斬り刻んでいく。
「己が力が癒しに必要なら幾らでも……」
 そして煌介は、この戦いの間、ただひたすらに月女神の癒しの御業を現し続けていく。
 それは、この戦いの勝利へと導く為には必要な事だ、とと信じているからに他ならない。
 茄子への癒しを止めない限り、井吹青年を救う事が出来るに違いない。
 そう信じている今、彼女はその想いを形にすべく、再び祈りの言葉を紡ぎ出していく。
 ――必ず眼前の茄子を倒し、囚われた井吹青年を救い出してみせる。
 それはこの場に立つ、ほぼ全てのケルベロスの思い。
 だからこそ。
「絶対に、助けますからね……井吹さんっ!!」
「死ぬんじゃないぞ!!」
 リエラが強烈な旋風で茄子の枝を薙ぎ払えば、千翠が具現化した光の剣で斬り付ける。
 あちこち攻撃を受けた巨大茄子は既にボロボロの状態ながらも、未だタケルを解放しようとはしない。
 だが、囚われた青年……タケルはの顔色には確実に生気が戻りつつある。
 ――この調子なら、絶対に大丈夫だ。
 そう確信したケルベロス達は、各々の武器を握る手に力を籠め、確と構え直した。


 それから幾度目かの攻防を潜り抜け。
 ケルベロスと攻性植物、双方かなりの疲労が蓄積し、無傷の者はもはや誰もおらず。
 しかし、ケルベロス達の作戦が功を奏しており、巨大茄子の弱体化は既に明らかなものだった。
「また茄子光線が来る……全員、回避しろ!」
 ヴォルフの言葉と共に、彼らは戦場を散開すると、巨大な茄子は再びリエラを狙って茄子光線を放つも。
「させねえよ!」
 次の瞬間、茄子光線はリエラの前でその身を盾としたラジュラムに真正面から受け止められる。そして、光線を見事に受け切ったラジュラムは、ややふらつきながらも、余裕の表情を浮かべると、己に宿した地獄の炎の片鱗を解き放つ。桜色にm似たその炎の花弁は、瞬時に黄金色の向日葵の輝きへと変じながら、彼自身の傷を癒していく。
「……その程度じゃ、もう俺達は仕留められねぇな」
 ラシュラムが武器を構え直し、眼前の敵へと、にやりと笑って見せる。
 その姿を見、遂に決着の時が訪れた事を確信したケルベロス達は一気に攻勢へと転じる。
「後は倒すだけ……容赦はしない!」
「壊されてしまっても知りませんよ? ミッツメ、参ります」
 エアシューズの踵をカチンと鳴らすと、ファルゼンは流星の煌き宿した蹴撃を茄子へ叩き込むと、そこに今まで仲間の回復に専念していた泉が、これを好機とばかりに攻性植物へと間合いを詰める。
 そして、最小限まで無駄を省いた動きから繰り出された泉の攻撃は、正確に茄子の幹を貫いていく。
「さて……何処まで逃げてくれますか?」
 続け様にヴォルフも茄子の木へと間合いを詰める。
 対する茄子は己の枝を振り回しながら、その攻撃を避け様とすも、そこから逃げる事叶わず、その枝の幾つかを斬り落とされていく。
「しっかりしなさい、タケル。茄子になって死んではいけません」
 メルカダンテは、囚われのタケルを激励すると、再び光の盾を生み出し、彼に護りの力を授けると。
「月光に聖別されし雷……今こそ、敵を穿て」
 煌介は構えた蛇と翼の意匠が施された聖樹の杖から雷を放たれる。迸る稲妻は過たず茄子の幹に命中すると、その身体が大きく震えさせた。
「満たせ。盛りを映せ」
 最後まで気は抜くまい、とばかりに千翠は、巨大な月の幻影を呼び出ながら、眼前の宿主が戦闘前に取っていた状態を思い浮かべる……と、茄子に捕らわれたタケルのの顔色が良好なものへと変わっていく。
 そして、遂に。
「……蛍さん、私に力を!!」
 再び展開されたリオメルダの治療用ドローンの群れに護られながら、瀕死の茄子に向かって白銀の剣を構えたリエラの発した喚び声に応え、少女の残霊が顕れ出でる。
 そして彼女と残霊は、茄子を挟みこむ様な位置で互いに武器を構えると。
「「ランページ・ノヴァ!!」」
 残霊の構えたガトリング銃が唸りを上げ、弾丸の雨を降らしていく。その怒涛の弾幕射撃が終わった瞬間、横薙ぎぎみに放たれた光の斬撃が茄子の幹へと叩き込まれる。
 そして遂に、巨大な茄子の木はその力をを失うと、取り込んだ青年を吐き出しながら、轟音と共にその巨体を地へと横たえのであったた。

 またひとつの戦いを終えて。
「……タケルは無事?」
「ええ、気を失っていますが大丈夫です」
 救出されたばかりの青年を気遣うメルカダンテの問いに、煌介がその答えとばかりにヒールを掛けていく。
 それから程無くして。
「あ、気がついた……ご無事で何よりです」
「えっと……あれ……僕は一体?」
「それはですね……」
 意識を取り戻したタケルに、リエラが簡単に状況を説明する。
 そんな彼女の話を聴いたタケルは、申し訳なさげに頭を下げ、ケルベロス達に礼を述べる。
「そうですか。僕はまた、あなた達に助けられたんですね。本当にありがとうございます」
「礼なんていいさ。それより、身体の具合はどうだ?」
「これ、キミの自転車だよね。一応、壊れてはいないと思うよ?」
「えっと、まだ少しダルいけど、平気みたいです。ロードバイクも……うん、大丈夫」
 疲労しながらもタケルは、手早くロードバイクを点検していく……が、その姿を興味津々に眺める千翠達の熱い視線に気付いたのか。
「……えっと、良かったら、乗ってみますか?」
 と、照れ臭そうな笑顔を見せた。
 そして、そんなタケルの姿を微笑ましく眺めていた煌介も。
「PBWのライターさんだっけ? 良くは分からないけど、きっと素敵な物語を書く仕事なんだろうね……陰ながら応援しているよ」
「はい! ありがとうございます!」
 頑張れよ、と労いの言葉を掛ければ、タケルも素直に感謝の言葉を投げ返した。
 戦闘で荒れた畑をヒールしていたヴォルフが戻ってきたのを確認したファルゼンが、そろそろ戻ろうかと皆に声を掛ける。
「そうだな、今晩は帰って焼き茄子で一杯と洒落込むか」
 手でくいっと酒を呑む仕草で皆におどけてみせる中、泉は仲間達から少し離れた場所で倒れた茄子を追悼していた。
「どのような経緯でも屠ってしまった命ですから……」
 そんな泉の見上げた空は……何処までも広く、そし青く澄み渡っているばかりだった。

作者:伊吹武流 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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