●孤独の廃寺
夕陽射しこむ古ぼけた廃寺に、汚らしい身なりの男がふらりと現れた。
ギシギシと軋む木の床を進んで、数歩。
「ぐ……」
男は唐突にその場で崩れ落ちた。
突如降って湧いたかのような、高熱と思しき病状。しかし、頼れる人間は周囲にいない。
震える手のひらを見れば、皮下の体組織があたかも炭化していくかのように、黒ずんでいるのがわかった。
「……世を捨て、戒を破り……行き着く先が、このざま、か……」
横倒れになった男は、ままならぬ体で、必死に手を伸ばした。
無造作に置かれたわずかな私物の中から衣類を探り出し、全身をくるんで、男は苦しげに息をつく。
一人孤独に黒い法衣に包まれた男の手足は、早くも広範囲が脆い炭の如く変化しつつある。
その症状は、徐々に全身へと広がり始めていた……。
●病魔『炮烙病』
「『炮烙病』を根絶する準備が整いましてございます」
戸賀・鬼灯(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0096)は決然とした眼差しで、ケルベロス一人一人を見つめた。
「皆様には、この中でも特に強力な『重病患者の病魔』を撃破して頂きます」
今、重病患者の病魔を一体残らず討伐できれば、炮烙病は根絶され、新たな患者が現れることは二度とないだろう。
当然ながら、失敗すれば炮烙病は根絶されず、新たな患者の出現が続くことになる。
「炮烙病を発症するのは、社会や他者との繋がりが希薄な、孤独に暮らす人物でございます。それゆえ病に冒されようと病院にかかることもなく、また、症状が進んだ現在、炭の如く変化した身体部位が、少し触れただけでも崩れ落ちてしまうため、病院へ移送することも叶いません」
ケルベロスが成せることは、患者が昏倒している現場に直接駆けつけ、病魔を戦闘にて撃破すること。
「デウスエクスとの戦いに比べれば、決して緊急の依頼というわけではございません」
しかし、と鬼灯は語気を強める。
「炮烙病に苦しむ人をなくすため、何より、今そこで苦しむ人を救うため。本作戦を、なんとしても、成功させて頂きとうございます」
戦うべき敵は炮烙病1体。
「その姿、例えるならば、燃え盛る黒き闘牛。あるいは拷問具の雄牛。炎の息を吐く、断末魔の叫びの如き雄叫び、己の火勢を上げての治癒、といった能力を使用いたします」
炮烙病との戦闘においては、事前に『個別耐性』を得ることができる。
個別耐性とは、この病気の患者を看病したり、話し相手になってあげたり、慰問などで元気づけることで、一時的に得られるものである。
個別耐性を得てから戦闘に持ち込めば『この病魔から受けるダメージが減少する』ので、戦いを有利に運ぶことができるはずだ。
「こたびの患者は、人付き合いを断ち、世俗との関わりを断ち、一度は仏の道を志すも挫折し、結果、場末の廃寺にて朽ち果てようとしております。死を間近にしたその心根に深く根差すのは、他者を避けて生きてきたことへの後悔、そのようにしかあれなかった自分自身への失望、孤独……」
彼に必要なのは、孤独を癒し励ます言葉。病が快癒したのちに、社会復帰できるような希望を、わずかなりと芽生えさせてくれる暖かな声。
「炮烙病の行き着く先は、全身の炭化。……それも、皮膚のみを残したままに」
凄惨な予知を覗き込んだ鬼灯は、物憂げに歪んだ眼差しで皆に訴えかける。
「患者の苦しみを早急に取り去り、命を救うべく、ご尽力を、お願い申し上げます……」
参加者 | |
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土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093) |
彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456) |
舞阪・瑠奈(モグリの医師・e17956) |
ルベウス・アルマンド(紅い宝石の魔術師・e27820) |
アニーネ・ニールセン(清明の羽根・e40922) |
潮・煉児(暗闇と地獄の使者・e44282) |
エリエス・エルダール(純白の桜花・e62505) |
平良木・佳夜(地球人の巫術士・e62535) |
●あなたは一人じゃない
街はずれにひっそり佇む廃寺の床で、法衣にくるまれ、熱に浮かされ苦しむ男が一人。
その姿を照らし出していた斜陽が、前触れなく遮られた。
男は――名取・草見は薄目を開け、ぼやけた視界に複数の人影を見、かすれ声を絞り出す。
「だれ……だ……」
「あなたを助けにきました」
清楚な声音で語りかけたのは、彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)。
「草見さん、今日は。ケルベロスです。貴方のご病気を癒す為に参りました」
ウィッチドクターの端くれとして、必ず患者を助けて病を根絶したい――そんな気概をのぞかせながら、土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)は明瞭な言葉を投げかけた。
「間に合ってよかったわ。私達が来ればもう大丈夫」
アニーネ・ニールセン(清明の羽根・e40922)も笑顔で、安心させるように心がけながら草見に話しかけた。
ケルベロス、とかすれた声で反芻する草見の瞳が、複雑な感情に揺れる。
幸い、炭化はまだ手足でとどまっているようだが、それも時間の問題と思われた。
「孤独な者に発症する病気、か」
黒々と変じた男の手を見つめながら、潮・煉児(暗闇と地獄の使者・e44282)は苦々しげにひとりごちた。もし一人きりであったなら、あるいはケルベロスになっていなければ、自身も罹患していたかもしれない。
「孤独を食い物にする病魔、捨て置くわけにはいかないわ、ね」
気だるげな口調ながら、静かな決意を秘めて呟くルベウス・アルマンド(紅い宝石の魔術師・e27820)。
「世の中には恐ろしい病がございますのね……一刻も早く治して差し上げねば……」
エリエス・エルダール(純白の桜花・e62505)は小さく呟くと、草見へとしとやかに歩み出た。
「こんにちは、草見様……私、エリエスと申します……。よろしければ私たちに貴方の後悔していることを聞かせてくださいな……? そして、心を少しでも軽くしてくださいまし……その為に、私たちは来たのです」
エリエスのおっとりとした声音で訊ねられ、草見は小さく顔をしかめた。その目にはこの期に及んでもまだ、厭世的な色が滲んでいる。
そこに、白い煙めいた冷気が漂い始めた。水入りバケツとドライアイスによる即席の冷房だ。脆く炭化するその症状から、直接接触すべきでないと判断し、悠乃が用意したものだった。
「今はこれが精一杯。でも必ず治します」
二酸化炭素に留意しつつ周囲にバケツを配置し終え、悠乃は草見に微笑みかけた。
草見はバツが悪そうに視線を泳がせつつ、礼のような呻き声を上げた。
態度を軟化させた草見に、安堵の視線を交わし合うケルベロス達。
「是まで色々と大変でしたね。貴方は一人ではありませんよ。現にこうして私達が来ました」
同情を込めて語りかける岳。
『一人ではない』――その言葉に、草見の瞳がひときわ大きく揺らいだ。
●孤独を拭い、希望に手を伸ばせ
「後悔……」
ぽつりとした呟きが、草見の口から零れ落ちた。揺らぐ眼差しはケルベロス達の姿を映そうとはしないが、それがエリエスの問いかけに対する回答であることは明白だった。
「……幼少の頃から、人との関わりがただ煩わしかった。世俗で生きてゆく価値を見失い、逃げて、逃げて……逃げ込んだ先でも、己の居場所を見出すことは叶わなかった。……何ものとも向き合わずに逃げ込んだからこそ、かもしれん」
今はただ、漠然と寂しい、心細い。そう草見は零した。
そこに滲むのは、しごく素朴な、しかし根深い孤独。
ケルベロス達は穏やかに、各々に思う言葉をかけていく。
「私も胸にこんな物を埋めているせいで、いつも孤独だったわ……人の道から逸れた者はいつだって孤独、そう思っていたの」
ルベウスは胸元に埋め込まれた宝石状の魔術回路を示した。それがどのような物体かはわからなくとも、あるべきでないものがそこにある異常さは伝わる。
「それでも、生きている内ずっと独りの人間なんていないわ。貴方の許にも、こうして私達がやってきた。孤独を感じたら、誰かを頼ってもいいのだわ……」
浮世離れした少女が示したのは、穏やかな共感と、小さな救い。
「過去を変えることはできませんし、全てを取り戻せるとは言いません」
平良木・佳夜(地球人の巫術士・e62535)は、ケルベロスとしてはまだまだ駆け出し。戦闘は不慣れなぶん、せめて草見の負担を軽減できれば……と言葉を尽くす。
「でも、生きていれば、変わることはできます。今までの苦労に見合った幸せも手に入るかもしれません。約束はできませんが、今ここで死んだら、その機会を永遠に失うことは間違いないんです」
草見は色々と考え抜いて、すでに自分の弱さに向き合っていると、佳夜は見立てる。必要なのは「これから」の展望、そして。
「だから「頑張ってください」とは言いません。
ただ、生きてください、生きたいと思ってください」
柔和な巫女装束の女性が示したのは、存在の肯定。
「人と関わるのは多少差はあれ疲れるもんだが、一人ってのも結局しんどいもんだ。気付くのに時間はかかったかもしれんが」
言うまでもなくしんどい状況に陥っている草見に、煉児は渋い笑みを向ける。
「何かが違えば、そこに転がっていたのは俺かもしれん。無理に人に関わらずとも、言葉をかけあえる程度の関わりだけでも随分違うって事だな」
何も難しいことではないのだ。そう、請け負ってやる煉児。
「生きてれば何とかなる。俺達が来たんだ。手遅れじゃないさ」
ハードボイルドな青年が示したのは、少し手を伸ばせば触れることのできる希望。
「私に信仰はありません。でも、だからこそ思います。宗教もまた人が人に伝えるもの、人との関わりの一つだと」
以前の依頼で出会った信仰の姿を思いなぞりながら、悠乃は言葉を紡ぐ。
「だから名取さんは人との関わりを求めてたと思います。私はその想いを信じます。そして、守りたいです。人と共にありたいと願う心を」
清楚なオラトリオが示したのは、素朴な祈り。
「貴方は一人ではありません」
岳は言い聞かせるように繰り返した。
「どうぞこれからたくさん幸せになって下さい。欲張りに幸せな人生を追い求めて下さいね。そうすればきっと、そんな貴方と一緒にいたいと思う方々が貴方の周りにどんどん増えていくと思いますよ」
その笑顔には一切の偽りもない。
「素敵な未来、楽しみですね♪」
フレンドリーなドワーフが示したのは、未来を疑わない気持ち。
ひどく穏やかな交流が続いた。アニーネは締めくくるように、草見に訴えかける。
「ここで私達が間に合ったのはヘリオライダー達のおかげだけども。貴方と私達の縁もあったと思うの」
「縁……」
「ええ。この縁を信じて、一緒に病魔に立ち向かってくれないかしら」
冷静なオラトリオが示したのは、自ら戦うということ。
「立ち向かう……できる、だろうか……」
遠くを見つめる草見の瞳には、それまでにはなかった何かが宿っているようだった。
患者の変化を見取り、それまで黙っていた舞阪・瑠奈(モグリの医師・e17956)が、冷然と声を上げた。
「良かったではないか。自分の生き方が間違っている事に気づいて。大抵の人間は自分の人生を振り返らず朽ちて行くものだ。そして、君は幸運だ。人生を修復できるチャンスがある」
クールな瞳が、ひたと草見を見据える。
「人生を修復したいか? 答えたまえ」
草見はすぐには答えられず、ただ、小さくあえぐように口許を動かした。
「どうした……聞こえないぞ。はっきり答えろ」
畳みかける瑠奈。草見が何かを呟く。熱に浮かされたように。
「まだだ、まだ足りない。心を響かすほどの声で答えろ」
容赦のないサキュバスの言葉は、孤独な男の本心を引きずり出す。
「やりなお、し、たい…………生きたい……!」
渾身の望みを吐き出しながら、草見は意識を手放した。
それは、ケルベロス達に背を押されてようやくたどり着いた、命の答えに違いなかった。
●炮烙病との闘い
昏倒した草見を取り巻く、邪悪な気配。
アニーネはそれを真っ直ぐに見据え、必ず根絶させると気合いを入れる。
「病魔召喚いきます……みんなお願い!」
黒々としたオーラが立ち昇り、身構えるケルベロス達の目前に重厚な実体を描き出していく。
「患者に流れ弾が当たらないように! 皆頼んだよ」
瑠奈が声を張り上げた。それにつられたように、実体を得た病魔の眼差しがケルベロス達を睥睨する。
炎を湛えた獣の瞳が、居並ぶケルベロス達を捉えて殺意を漲らせた。
隆々とした肢体の、炭の如く黒い雄牛。
それこそが、人の皮下を炭化せしめる病魔、『炮烙病』の真の姿であった。
「漸く本体のお出ましですわね……初陣なれど……行きます!」
おっとりとした雰囲気から一転、エリエスは凛とした口調で戦闘の狼煙を上げた。
雄牛は赤い目を細め、全身に炎を滾らせる。
「グルゥ……アアアアアアアアアアアアアァァァ――!!」
その口から放たれるのは牛の鳴き声ではない。例えるならば、真鍮の雄牛の体内で火炙りにされる男性の絶叫。
人間の苦しみを凝縮したような叫びが耳をつんざき、ケルベロス達を苛む。
「まるで、草見さんの声のよう……」
悠乃は顔をしかめながらも、日本刀を手に果敢に斬り込んだ。緩やかな弧を描く斬撃が、雄牛の腱を鋭く斬り裂く。
草見と雄牛とを引き離す形で、ケルベロス達は敵と対峙した。弾丸の如き体当たりで降魔の一撃を放つ岳。精神操作で伸ばした鎖で締め上げる瑠奈。ルベウスと煉児は味方を守護する魔法陣を描き出し、アニーネは生命を賦活する電気を飛ばす。佳夜は半透明の「御業」で、近衛木・ヒダリギ(森の人・en0090)は黄金に輝く果実で、仲間に守護を施していく。
「治癒は十分に足りているようですね……ならば!」
手持ちのグラビティの効力を内心で反芻しながら、エリエスは攻勢に出ることを選択した。撃ち込まれた弾丸が、炎滾らす雄牛の腹部に、こぶし大の凍結を生じさせた。
雄牛は不快げに炎を燻らせると、一瞬、身にまとう火勢を弱めた。
かと思えば、引っ込んだ熱量は胃からせり上がり、喉を通過し、開け放たれた口腔からブレスとなって激しく吐き出された。
灼熱に焼き払われる前衛。しかし被害は思いのほか少ない。
目に見えぬ守護を感じる。誰とも繋がらずに過ごしてきた草見が、ケルベロス達の言葉によって、少なからず孤独を和らげられた証。
「草見さん……」
患者の力になれたのだという喜びを胸に、岳は真っ直ぐに雄牛を見据える。
「想われる心を消し炭に変える事なんてできません!」
降魔羅漢撃。命と未来を救いたいという想いを、純粋な愛を意味する月長石の宝石モグラに込めて、岳は重々しい一撃を雄牛へと叩き付けた。
「今宵の混世魔王は少しだけ過激だわ……覚悟すること、ね」
孤独との付き合い方には自分なりの矜持を持つルベウスは、水を差す病魔に対してちょっとばかりご立腹の様子。鎖状の呪銭を幾度となく絡みつかせ、執拗に雄牛の動きを阻害していく。
「当たって……!」
鎖に絡みつかれた雄牛を、佳夜の放つ炎弾が襲う。からくも命中した手応えが、御業を操る手のひらを熱くした。
着実に整っていく陣営、次々に降り注ぐグラビティ。雄牛は激しい抵抗を見せるも、その命運は瞬く間に尽きようとしているのが明らかだった。
「大丈夫よ、みんなの怪我も治すわ!」
アニーネの冷静な声音と治癒が皆を癒していく。仲間の回復に専念しつつも、時折痺れの刺草で攻勢に出る余裕さえあった。
「あと少しよ、がんばりましょう、リュッケ」
主の言葉に応えて、真面目なシャーマンズゴーストは黙々と祈りを捧げ、皆を守護していく。
「取り巻く羽根は鋭き刃。あなたの癒しを阻みます」
悠乃の白い翼から、鋭利な刃と化した羽根が無数に放たれ、雄牛を切り刻んだ。
たまらず身にまとう炎を激しく燃え上がらせ、熱量を上昇させようとする雄牛。しかし周囲に漂い残り続ける羽根がそれを妨げ、十分な回復を許さない。
「分解細菌弾装填」
すかさず生成した単発式拳銃に、E・DB弾を装填して打ち込む瑠奈。対デウスエクス用細菌が強化を打ち砕き、上昇した熱量を強制的に引き下げていく。
進退窮まった雄牛に、囁くようなルベウスの詠唱が届く。
「轍のように芽出生せ……彼者誰の黄金、誰彼の紅……長じて年輪を嵩塗るもの……転じて光陰を蝕むるもの……櫟の許に刺し貫け」
胸元の魔術回路が仄かな光を帯びる。ルイン・アッサル。無より生じた巨大な槍の如き魔法生物は、凶暴な殺戮衝動のままに、執拗に雄牛を追い詰めていく。
熱を奪われ、体力を奪われ、満身創痍になってなお雄牛は暴れる。
仲間を焼かんとする炎のブレスの前に自ら身を晒し、熱に耐えながら、煉児は吼える。
「治療の手伝いと言って、出来るのは此の位だからな。何、この程度の火なら、問題ない!」
言い放ちながら編み上げたのは、蛇紋縛。鞭の如くうねる混沌の水は敵へと打ち付けられると同時、蛇の姿へと変貌する。
蛇の強靭な力に縛り上げられ、雄牛は炎を失い、黒々とした肉体は本物の炭の如くボロボロと崩れ落ちて行った。
●再び、歩き出そう
炮烙病の打倒を果たしたケルベロス達は、それを喜ぶ暇もなく草見の元へと駆け寄った。
草見は昏倒したまま。しかし肉体の炭化という異常は、みるみるうちに快方に向かっているのがわかり、ケルベロス達は心底胸を撫で下ろした。
「良かった……少し片付けたら、一旦病院に連れていきましょう。一度きちんと検査を受けた方がいいわ」
アニーネの提案に皆大きく頷いた。
廃寺に軽くヒールをかけているところで、草見が目を覚ました。
「俺は……助かったのか」
「闘病、大変でしたね。もうこれで安心ですよ。希望溢れる未来を楽しみにしてくださいね。お大事に~♪」
岳の言葉は曇りなく明るい。ぼんやりとしていた草見も、つられて口許に浅く笑みを作った。
しかし病院の件を提案すると、草見は顔を曇らせた。察した瑠奈は、仕方がないとばかりに歩み出た。
(「私達の仕事は病魔を倒す事、余計な事は考えるな、他人の人生を背負うほど私達は偉くも優しくも無い」)
そう囁き続ける心の声をねじ伏せ、瑠奈が取り出したのはケルベロスカード。
「手ぶらで放る訳にはいかないからな」
「これは……」
「援助するのはこれだけだ。良く考えて使え。それから盗まれるなよ。二度も配布しないからな私は」
これで今回の報酬分は全額飛ぶだろう、お節介が過ぎたか……そんなふうに身の内に渦巻いた後悔は無視して、瑠奈はカードを草見に押し付けるように手渡した。
カードに、水滴がぽつぽつと落ちる。面目ない、面目ない……泣きながら繰り返す草見を、煉児が優しく背負って病院へと歩き出した。
「そういえば草見さんは、仏門に入ろうとしてたって話を聞いた。面白い話があったら聞かせてくれ。勿論、気が向いたらでいい」
「そうですね、私も伺いたいです」
興味深そうに話しかける煉児に同調して、エリエスも他愛ない話題を投げかけながら病院へと付き添う。草見が一人ではないのだと実感してもらえるように。
「草見様は、人との関わりを避け、しっかりと世俗との関係を断つことに成功されているようにお見受けします。であれば、次の修行の段階へと進むことも可能でしょう」
未来の可能性は、まだまだ開けている。穏やかに請け負う巫女装束の佳夜にそれを示され、草見は顔を伏せ、もう一度だけ、面目ない、と呟いた。
斜陽に染まる病院への道。ケルベロスの背の上で、一人の男の人生は、再び幕を上げるのだった。
作者:そらばる |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年6月19日
難度:やや易
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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