●トラツグミは喋らない
大川継実はどこにでもいる普通の高校生である。
ただ、幼いころから他人との会話が全く続かず、結果として他人との会話を放棄するに至った点を除けば、ではある。
他人とのコミュニケーションを断ち、貴重な青春時代を灰色で終わらせてしまっていいものか、というのが最近の彼女の悩みだ。
昼休み、教室の隣の席で友達と楽しそうに弁当を口にするクラスメイト、小山優のような人間こそ普通の高校生なのではないだろうか?
「何をそんなに悩んでいるんだい?」
放課後、彼女以外誰もいない教室で不意に声がした。生徒会長の典型のような格好をした人物だった。
急に声をかけられて驚いた彼女ではあったが、人のよさそうな笑顔をしたその人物なら、この胸の内を明かせる、そう思えた。
「普通に他人と話が、したい、んです……」
「例えば? どんな人みたいに?」
「小山、さん……」
「なら、その人から奪えばいい。人と話せる力をね」
気が付けば、彼女の胸には鍵が刺さっていた。
相談した相手がドリームイーターのフューチャーであることを、彼女は知る由もなかった。
●トラツグミは話さない
「日本各地の高校にドリームイーターが出現し始めたようです」
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が説明を始めた。
どうやら、ドリームイーターたちが、高校生が持つ夢を奪って強力なドリームイーターを生み出そうとしているらしい。
「今回狙われたのは大川継実さん。他人と普通に会話ができる理想の自分と現実の自分とのギャップに苦しんでいました」
被害者から生み出されたドリームイーターは強力な力を持つものの、この夢の源泉である『理想の自分への夢』が弱まるよう説得できれば、弱体化させることが可能である。
「うまく弱体化させることができれば、戦闘を有利に進められるでしょう」
このドリームイーターは長い前髪で目を隠し、大きなマスクで口と鼻を隠しているのに振る舞いが不自然に明るい。
放課後であり校舎に人の気配もないため、人払いは気にしなくてよさそうである。
もし説得を狙うなら、今の大川を肯定する言葉が必要になるだろう。
「ただ、強く説得しすぎると、また他人との会話を拒むようになるかもしれません。注意してください」
参加者 | |
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天壌院・カノン(ペンタグラム・e00009) |
安曇・柊(天騎士・e00166) |
アイン・オルキス(矜持と共に・e00841) |
ユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000) |
エンデ・シェーネヴェルト(フェイタルブルー・e02668) |
フィオ・エリアルド(ランビットガール・e21930) |
クラン・ベリー(赤の魂喰・e42584) |
スルー・グスタフ(後のスルー剣帝である・e45390) |
●トラツグミは口を閉ざす
「こーやーまさーん、どーこでーすかー?」
それはどこにでもありそうな学園の風景。
とある生徒が別の生徒を探している、と言われれば納得はできるだろう。
その生徒が、大きなマスクと長い前髪で顔の大部分を隠すという不審者もかくやという格好で、不自然なほどに明るくふるまっているのに目をつむるのなら、ではあるが。
そしてこの光景の実情は、普通に他人と話すことのできる『理想の自分』となるために、人と普通に話せる力を持っている相手から、その力を奪うために探している、というものである。
しかして大川継実から生まれたドリームイーターの足は、駆け付けたケルベロス達によって止められる。
「……邪魔、しないでほしいなー?」
夢喰いは不自然に繕った明るい調子でケルベロス達を見据える。表情はうかがえないが、不機嫌であることを隠そうとしていない。
「おまえが望む力は育てて身に付くもの。奪って得られるものではない。他者の視線を恐れるのなら、視線の無い場所で話せばいい。他者の言葉に気を病むのなら、声でなくとも文章でもよい。コミュニケーションの手段は多様だ。おまえに合う方法があるだろう」
と、アイン・オルキス(矜持と共に・e00841)は物々しく言った。誰かと普通に話せるように望む想いは否定しないが、その力を奪って得るなどあってはならないのだ。
「例えこれで願いが叶ったとして、デウスエクスと誰が話そうと思う? 借り物どころか略奪した言葉で、誰が振り向く? 大体、今のお前はお前自身ですらねぇじゃん」
続けてエンデ・シェーネヴェルト(フェイタルブルー・e02668)が変貌した継実を強く否定する。
「こういうことは、自分の力と意志で踏み出すのが大事だと思う。人から何かを奪っても、所詮は借り物の力。逆にお前が、誰かから奪われた力で話し掛けられて嬉しいか?」
スルー・グスタフ(後のスルー剣帝である・e45390)は彼女に問いかける。誰かからの借り物の言葉ではなく、拙くてもいいから彼女自身の言葉が聞きたい、と。
「……知ったような口、きかないで。私は、ただ、普通に、みんなと同じ、ただの高校生になりたいの……!」
ドリームイーターは不自然に明るいふるまいから一転し、元となっている大川継実のように会話を放棄し始める。
「無理にみんなと同じになろうとしなくてもいい。やりたいこと、やれることから始めて行けばいい……。その先にだって、きっと友達になれる人はいるはずだから……!」
フィオ・エリアルド(ランビットガール・e21930)は大川継実と同じだった。内気で大人しく、周囲に溶け込めず不登校気味だった中学時代。同じだからこそ、わかる。無理矢理笑おうとしても、余計辛くなるだけだと。
「あなたが理想とする小山さんのあり方は、今のあなたと同じですか? そのように顔を隠してはいないでしょうし、不自然な明るさもないはずです。今のあなたよりも、普段のあなたの方がきっと魅力的ですわ。それに、人とのお話がむつかしいのは誰だって一緒ですよ。少しずつ、慣らしてゆけば良いのです」
天壌院・カノン(ペンタグラム・e00009)が後押しする。彼女自身も、昔は人と関わりにいく性格ではなかったので、継実の気持ちはわかる。
「……無理。今の私には、その最初の一歩が踏み出せない。何時までたっても初められないから、慣れるなんて、できない」
声の調子が目に見えるように落ち込んでいく。力がないのを知っているからこその諦め。どうすればいいのかを知らないからこその絶望。だからこそ、それを求めたのだ。
「……その。気持ちは、分かります。でも、僕から見たら、普通に人と話したいと思う大川さんがすごいと言うか、えぇと……僕は、学生生活、喋らずに終わらせてしまった、ので。……で、でも、だからこそ、このままじゃ勿体ないなって、思います。話したいと願ったなら、……大川さんの言葉を、僕にもください。奪ったものでも、紛い物でもない、大川さんご自身の言葉を。クラスメイトじゃないです、けど……僕達で、練習してみませんか」
安曇・柊(天騎士・e00166)は語り掛ける。少女の願いは、彼女自身が踏み出して初めて意味がある。どうしてもその一歩が踏み出せないのなら、誰かに背中を押してもらうか、あるいは誰かと一緒に歩きだすかだ。
「人とお話出来るようになるって、憧れる、よね。そういう気持ちを持てているなら、いつか叶えられると思う、よ。理想の自分は、いつかそうなる自分、に、していこうよ。叶えるために、君自身が一歩、進んでいこう」
クラン・ベリー(赤の魂喰・e42584)は言葉を区切りながら、共感していた。喋るのが得意でない彼は、彼女のささやかな願いにかける思いが少しわかる。
「人と話せる自分でありたくてあなたは踏み出した。変わりたいって思いは、大事なことよ。後はちゃんとしたやり方で変わっていけばいい。この事件が終わったら、あなたの事を教えてもらえる? なんだっていいの、好きな事得意な事、愚痴だっていい、聞かせてほしいわ。私も、ね。他人とやり取りをするのが怖い方に属するわ。いつもは強気のフリをしてるだけだし、今だって凄く緊張してる。まずは人と話すのが怖い同士、少しお話ししてみない? そんな力に身を任せるのはやめて、ね」
ユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000)は弱さをさらけ出して、手を差し伸べる。強い自分である必要があったから無理をしてきたが、怖くても踏み出して、交わした言葉には意味があったはずだ。今は弱くとも、逃げずに尽力するべきだ、と考えられるようになった。
「……怖い、けど、頑張って、みよう、かな……」
そよ風が吹いただけで消え入りそうな決意表明ではあったが、たった今確かに少女は一歩前へ踏み出した。
●トラツグミは口を開く
ここにいるのは、あくまでもドリームイーターである。それはすなわち、ケルベロス達にとっては倒さなければならない敵であることに変わりはないということでもある。
「逃しはしない!」
アインはミサイルを構え一斉掃射する。そのすべてがドリームイーターへ向かい、命中する。
「痛い、なぁ……!」
ドリームイーターは受けた傷をモザイクで埋め、回復を図る。
「……目を離したら、消えてしまうかも」
ドリームイーターの目を惹きつけて離さない柊の一番星。美しく、しかし儚く瞬くそれを追い求め、ドリームイーターは駆け寄った。
「行かせるかよ」
エンデの旋刃脚がドリームイーターの行く手を阻む。電光石火の蹴りを受けたドリームイーターは後方へ跳び大きく距離をとった。
「――崩す!」
その間隙に、フィオが無拍子の一撃を差し込む。二刀流による軽やかな身のこなしで、ドリームイーターの態勢は崩された。
「神の小羊、世の罪を除き賜う主よ、彼らに安寧を与え賜え」
カノンは祈りを捧げる。個人が抱える劣等感を利用し悪行を働こうとした咎人を裁く、天ツ籟がドリームイーターに下る。
「少女の苦しむ心につけ込んだ報い……その身で受けるがいい!」
スルーのケイオスランサーがドリームイーターを貫くとその姿は消えてなくなり、元となった大川継実がその場に倒れていた。
気を失っている彼女にユスティーナとクランがヒールをかけていく。この分ならすぐに目覚めるだろう。
今回苦戦することがなかったのは、みんなの言葉が彼女に届いたからだと思いながらも、ユスティーナは黒幕に対し憤っていた。個人の寂しさや劣等感につけこむような相手の思い通りにさせるわけにはいかない、と。
●トラツグミは口を紡ぐ
継実は長い前髪と大きなマスクで隠した顔をうつむけたまま何も話そうとしない。何を話すべきか、どうするべきなのかが思い浮かばず、ただ時間が過ぎて解決してくれるのを期待していた。
夕暮れの教室で、ただただ沈黙だけが流れていた。
「無理に話を続けようとしなくていい。まずは、思うことを素直に言葉にしたらいいさ」
「えっと……、その、あの、気持ちは、うれしいんですが……、顔が……、怖い、人は、ちょっと……」
「……ははは! 素直に言えるじゃないか。その調子だ」
口火を切ったスルーは会話を拒否されるが、それでも彼は笑っていた。自分の言葉で想いを伝える、それを今継実が実践したのだから。
「……おい兎、柊、パス」
と、エンデはコミュ障な少女の扱いなど自分には無理だと早々に諦め、手近にいたフィオと柊に押し付ける暴挙に出る。継実がこれからどのような選択をするにしても、この二人なら悪いようにはしないだろうという考えがあったためだ。
「あっ、ちょっとエンデ! もう……。え、えぇと、その、……大川さん、帰りましょう、ね」
「え、えぇ……、そう、ですね。もう、こんな時間……」
腐れ縁の友人に憤慨しながらも、柊は継実に話しかけた。放課後、帰り道が同じ友人に対して一緒に帰ろうと誘う生徒のように。
「……私も、もしかしたらこうなってたのかも知れないね。でも、今は私も、少しは自然に笑えるようになってきたと思うから。きっと、あなたも大丈夫だよ」
フィオは継実の姿を過去の自分に重ねていた。今は、信頼できる知人が、仲間がいる。
「帰りながらでいいから、あなたの事、教えてもらえる? ……そうね、まず、好きなものは、何?」
「えっと、その、歌、が好きです。歌うのも、聴くのも。特に、聖歌、とか」
ユスティーナは継実との会話に花を咲かせていた。お互いに話題を探り合いながらの、たどたどしいものではあったが。
「クランさん、今度のお茶会に大川さんも誘ってみますか?」
「それは、いい、考え」
カノンとクランは、次のお茶会で継実をどうもてなすかを話し合い始めていた。参加するメンバーは何人で、どんな人選がよいか、という具体的なことまでも。
「お茶会、か。悪くない響きだ」
アインは『お茶会』という言葉に反応していた。たまには戦友との親睦を深めることもやぶさかではない。
大川継実は普通の女子高生である。
彼女の灰色の青春は、この日から色づくことになるだろう。
作者:天川葉月 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年6月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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