マリオネットドール

作者:砂浦俊一


「遅くなっちゃったなあ……」
 不入斗・葵(微風と黒兎・e41843)は家路を急いでいた。任務を終えた後に、仲間たちとのちょっとした食事会に参加していたため、帰る頃には夜になってしまっていた。
 あまり遅くなれば家族が心配する。彼女は近道をしようと、木の生い茂る薄暗い林道に足を踏み入れた。
 だが道の半ばまで来た、その時。
「ざんねーん。ここから先には行かせなーい」
 不意に現れた、葵と同じぐらいの背丈の少年が、行く手を塞いだ。
 驚いた葵は足を止めて身構える。少年が人間の気配をしていなかったからだ。そしてジャグラーのように2本のナイフを空中に投げてはキャッチしているが、その動きは操り人形のような不自然さ。
「……葵に何の用なの?」
 相手との距離を取るように、葵は数歩、下がる。
「たいしたことじゃないよ。ちょっと君を殺したいだけ。ね? 全然たいしたことじゃないでしょ?」
 ケラケラと笑う少年、木々の隙間から差し込む月明かりに照らされたその肌は真っ白だ。まるで人型の死神の肌のように――死神?
 葵は息を呑む。
「あなたは死神……? 葵を殺して、どうするつもりなの?」
「あはははは、どうするかは、君が死ねばわかるかもしれないよ? あっ、死んじゃったらわかんないか、あははははっ、そうだよねぇ、わかんないよねぇ!」
 狂ったように笑う少年はナイフのジャグリングを止め、葵へと襲いかかった。


「皆さん大変なのです! 不入斗・葵(微風と黒兎・e41843)さんが、死神の襲撃を受ける予知があったのです!」
 ウェアライダーのヘリオライダーである笹島・ねむは、集まったケルベロスたちに話を切り出した。
「急いで連絡を取ろうとしたのですが、連絡をつけることが出来なかったのです……事態は一刻の猶予もありません、葵さんが無事なうちに救援へ向かってほしいのです!」
 最悪な状況が迫りつつあるのか、ねむの顔は真っ青。
 ケルベロスたちの身にも緊張が走る。
 続けてねむの背後の液晶モニターに、地図や現地の写真が映し出された。
 そこは林の中の一本道。道の両側に生い茂る木々は、身を隠すことや防御にも使えそうだ。もっとも敵も戦闘中にここへ身を隠し、予想外の場所から攻撃してくることは充分に考えられる。
「死神の名はマリオネットドール・ガンクレイジーボーイ。両手に持ったナイフが武器なのです。敵は1体、配下などはいません。撤退はせず、最後まで戦うはずです。近隣住民の避難や人払いは必要ありませんが、単独でケルベロスを狙ってくる敵です、油断はしないで欲しいのです。戦闘前に到着できれば良いのですが、1~3分ほど遅れる可能性もあります。ですので、それを踏まえた作戦を考えておいてください」
 到着時には戦闘がある程度進んだ状態かもしれない。こちらもすぐに加勢できるよう、準備を整えておくべきだろう。
 後は懐中電灯などの照明器具が必要か。夜なので月明かりだけでは、心もとない。
「葵さんを救えるのは皆さんだけです、どうかこの死神を撃破して欲しいのです!」
 ともかく今は一刻を争う事態だ。
 仲間を救うべく、ケルベロスたちはヘリオンの搭乗口へと駆けた。


参加者
カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)
目面・真(たてよみマジメちゃん・e01011)
三笠之・武蔵(黒鱗の武成王・e03756)
瀬部・燐太郎(自称竜殺し・e23218)
ジェミ・ニア(星喰・e23256)
二階堂・たたら(あたらぬ占い師・e30168)
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)
不入斗・葵(微風と黒兎・e41843)

■リプレイ


 死神の少年はナイフの刃を舌で舐めながら、不入斗・葵(微風と黒兎・e41843)へ近づいてくる。
「……葵、君みたいな死神は知らないし……狙われる心当たりなんて全然ないよ?」
 後退する葵は片手を腰の後ろに回すと、死神に悟られぬよう懐中電灯のスイッチを入れた。救援が来るなら、これが目印になるかもしれない。救援が、来るならば。間に合わない、来ないことだって考えられる。
「あはは。会話に誘ったりして、救援が来るまでの時間稼ぎのつもり?」
 最悪、たったひとりで戦わなければならない。そんなことは今までになかった。不安と恐怖が小さな体に圧し掛かってくるが、葵は気丈に振る舞って必死に耐える。
「本当に助けが来るとでも? ここにいるのは僕たちだけ、君の悲鳴は誰の耳にも届かない。さぁどこから斬ろうかな……そうだ、その細い脚にしよう! 動けなくしたころで、じわりじわりと殺してあげる。だからさ……かわいい声で泣いてよね!」
 葵の背中に林道に生える樹木がぶつかり、ナイフを逆手に持った死神は彼女へと跳躍した。葵はとっさに樹木の後ろに回り込んだ。しかし死神のナイフは樹木をも斬り裂く。
 樹木が真横に倒れ、死神の残忍な笑みが間近に見えた。
 脚が竦み、体が震え出すほどの、恐怖。
「どこにも逃がさな――」
 だが不意に笑みが凍りつき、死神は後方へと跳躍。直後、その場所を光の奔流が突き抜けていった。
「チッ。カンのいい奴め」
 生い茂る木々の向こう。目面・真(たてよみマジメちゃん・e01011)が構えたバスターライフルの砲口からは煙が立ち昇っていた。その脇を救援に来たケルベロスたちが走り抜けていく。【隠された森の小路】により木々が避けて生じた道を、一直線に駆けていく。
「葵ー、無事ですのー?」
 視界に入る複数のヘッドライトの明かり、仲間たちの声。葵の目から涙が溢れる。
 だが敵も諦めてはいない。再度、葵めがけて飛びかかってくる。
「させませんっ」
 ジェミ・ニア(星喰・e23256)が敵と葵の間に割って入り、そのナイフをオウガメタルで覆った両腕で防ぐ。刃がオウガメタルに深く食い込むが、彼はそのまま両腕を高く掲げた。
「わわっ、降ろせよっ」
「グッジョブだ、ジェミ!」
 持ち上げられて脚をばたつかせる死神へと、尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)の轟龍砲。直撃に小柄な敵は吹っ飛ばされ、林道を転がる。
「待たせたな、大丈夫だからな」
 葵へニッと微笑みかけると、広喜はすぐさま死神と向き合う。
 既に敵は起き上がり、ナイフを逆手に構えていた。
「その身を凍えさせてあげますわ」
 敵はカトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)の剣撃をナイフでいなすが、二階堂・たたら(あたらぬ占い師・e30168)のスターゲイザーは避けきれない。
 派手に蹴り飛ばされた死神は、樹木に背中を叩きつけられる。
 だが、たたらには妙な違和感。
(手応えが軽い……蹴られる直前に後ろへ跳ねて、威力を削いだ?)
「大当たりぃ」
 疑念を察したか、敵は舌を見せて嘲りの笑み。その手がナイフ投げの動作に入る。
「あいにくだが、やらせんよ」
 瀬部・燐太郎(自称竜殺し・e23218)のクイックドロウと、三笠之・武蔵(黒鱗の武成王・e03756)の気咬弾。
 敵はナイフを投げる余裕もなく、被弾しながらも頭上の太い枝へと飛び乗った。
「てめぇがマリオネットドール・ガンクレイジーボーイとかいう死神の小僧か。葵を狙うたぁ良い度胸じゃねぇか」
 不敵に笑う武蔵は、抜いた二振りの斬霊刀の切っ先を樹上の敵へと向ける。


「マリオネットドール・ガンクレイジーボーイ……」
「不入斗クン、心当たりはあるか?」
 敵の名を呟く葵に、バスターライフルを担いで合流した真が問う。しかし葵は首を振る。
「ちぇっ、邪魔者が増えたなあ。でも遊び相手が増えたみたいなものかな」
「……君は何が目的なの? 葵は、君に目を付けられるような事してないよ?」
 駆け付けた仲間たちの姿に勇気づけられ、葵の体の震えは止まっていた。
「あははははは。世の中にはさ、何も悪いことしてなくても殺されちゃうことって、あるよねー」
 葵が情報を引き出そうとするも、死神ははぐらかす。
「ケルベロスか否かに関わらず女の子に夜道は危ないもの、でしょうが――」
「そこを狙う愉快犯的な死神は看過できんな。不入斗クンを弄ぼうとした代償はデカいぞ、これ以上遊べなくなるように吹き飛ばしてやるから覚悟しておけ」
 ジェミは前衛組にメタリックバーストをかけ、真はドローンを飛ばしつつ、敵を見据える。戦闘中にも関わらず、死神はまるで挑発のようにナイフジャグリングを見せていた。その動きは、やはり糸で操られる人形のように、どこか不自然。
「おい操り人形、お前の『糸』はどこの誰が引いているんだ?」
 樹上の敵を燐太郎が砲撃モードのドラゴニックハンマーで狙い、撃つ。
 敵はこれを避けて別の樹木の枝に飛び移ろうとしたが――。
「かくれんぼは、させないよ」
 木の陰には隠れさせない、たたらのヴァルキュリアブラストが死神を樹上から落とし、そこへ広喜が駆けた。ゼログラビトンで敵を地面に叩きつける。
「やってくれ!」
「マリオネット……木製なら火に弱いのではなくて?」
 広喜が脇に跳ねると同時に、カトレアのグラインドファイアが死神を包み込む。
「熱いっ、熱いなぁ、もう!」
 業火に焼かれながらも死神は炎の中から飛び出した。その真正面に立ちはだかるのは武蔵、両者の近接戦となる。二振りの刀と両手のナイフ、二刀流対二刀流。両者ともに斬撃を浴びせ、時には捌く。
「おいおい、刃物の使い方がなっちゃいねぇな!」
「オジサンこそ、図体がデカいだけだったりして」
「誰がオジサンだコラァ!」
 斬霊刀の横薙ぎの一撃。しかし死神は跳び箱でも跳ぶように、武蔵の頭上を飛び越えた。
「次は誰がダンスの相手をしてくれるの?」
 そして死神は空中から後衛組へと襲いかかる。
「あ、葵も、戦いますっ」
 大好きな家族や仲間の為にも生きて帰る。そのためには自分も戦う、仲間たちと一緒に。
 葵は高らかに微風の守護歌を唄う。今は自分にできることを精一杯やらなければ。


 一進一退の激闘が続く中、マリオネットドール・ガンクレイジーボーイの真白な服は血で赤く染まりつつあった。その大半が返り血、単独でケルベロスを襲撃するだけあって戦闘力は侮れない。
「もっと血を、真っ赤な血を僕に見せておくれよ!」
 血を浴びるほどに、あどけない少年の顔は歪になっていく。
「悪趣味なお人形さんですねぇ」
 奪われた分、奪い返す。たたらの喰霊斬りが敵の体力を奪い取る。
「銀色の翼よ、皆を癒したまえ! 煎兵衛もメディックに回れ、ナノナノばりあを使うだけの簡単なお仕事だ。任せたぞっ」
 負傷した仲間たちを癒やしながら真はサーヴァントに指示を出すが、その最中にも死神はナイフを投げてくるから油断できない。
「こっちは『葵を護ってくれ』と葵の兄貴から頼まれてんだ……引けるかよ!」
 首元を掠めたナイフに肝を冷やしながらも、武蔵は追撃の二刀斬霊波を敵に浴びせた。
「あはっ、楽しいねえっ」
 しかし死神は怯むことなくナイフを掲げて突進してくる。
「何故、葵を狙ったのです。幼いとはいえ、葵もケルベロス――」
 日本刀で死神のナイフの切り結ぶカトレアは、はっと息を呑んだ。
「さてはケルベロスかどうかではなく、幼き者が標的ですのねっ」
 死神との鍔迫り合い、彼女は渾身の力で押し返した。
「それを知ってどうするのさっ」
「無論、操り人形を操る者にも落とし前をつけさせるっ」
 敵がよろめいたそこへ、燐太郎のブレイジングバースト。
 身を包む炎を地面を転がりながら掻き消した死神は、近くの木々の陰へ隠れようとする。
「隠れて、こっちの死角から攻撃したいんだろうが――」
「お見通しですっ」
 広喜とニアは【隠された森の小路】で周辺の木々を退かせた。そして隠れる場所のなくなった敵を、ドラゴニックハンマーと如意棒で打ちのめす。
「痛い、痛いなぁ……この体は気に入っているのに、酷いことするんだね」
 立ち上がろうとする死神は、自分の足首に絡みつく何かに気づいた。それは絡みつく触手状のブラックスライム。
「もう逃がさないよ……絶対に離さないからっ」
 レゾナンスグリードで敵を捕縛した葵が叫ぶ。
「もしも葵たちが負けたら、君はまたどこかの誰かを、罪のない子どもを殺そうとするんでしょう? そんなの、絶対に、させないっ」


「くそっ、こいつを外せよっ」
「やだっ、外さないっ」
 死神がナイフを投げてくるが葵は引かない。シャウトしつつ、彼女はブラックスライムを力の限り引っ張る。
 外れそうにないなら断ち切る、死神は足首に絡みつくブラックスライムにナイフを突き刺す。だが彼が捕縛から逃れるよりも早く、真とたたらが突撃する。
「破砕点はここか。破ッ!」
 真の破鎧衝が敵に叩きつけられた直後、光の粒子と化したたたらが突き抜けた。
「さて、次は何処を削がれたいですかねぇ?」
 敵の背後で実体化した彼が振り返った時、死神の左腕は削ぎ落されていた。
「僕の腕、腕がっ……これは許せないかな。代わりに君の腕を貰おうか、それと命も!」
 怒りの形相で死神は駆け出した。一直線に、葵へと。
 彼女の命だけは奪うつもりか。だが、そうはさせない。
「餮べてしまいます、よ?」
 ジェミの影から放たれた漆黒の矢。それは変幻自在の軌道を描き、敵の右肩を貫いた。
 死神の右腕が、操る糸が切れたように垂れ下がる。さらにカトレアの斬撃で脚を斬られ、敵は思うように動くこともできなくなる。
「三笠之流剣術、受けてみなっ!」
 地を這うように翔け抜けた武蔵は、下段から死神を斬り上げた。
 斬撃の威力のままに空中へ飛ばされた死神を、燐太郎の撃った一条の虚無が貫く。
 重力塊と化した弾丸によって貫かれた死神、その体が地面に落下してきた時、下半身は影も形もなく消え去っていた。
「あは、あはははは! 葵をバラバラにするはずだったのに、僕がバラバラにされちゃった! おかしいなあ、あははは!」
 死神はまだ息がある。狂ったように笑い続けるその姿に、ケルベロスたちは言いようのない薄気味悪さを覚えた。
 広喜は上半身のみになった敵を片手で掴むと、樹木に叩きつけて詰め寄った。
「おい、これだけは聞かせろ。おまえ、その姿、もしかして小さな個体から奪ったのか?」
「あははは。もしかしたら、今日もどこかで子どもを亡くした親が泣いているのかもしれないよ。行方不明扱いのままだとしたら、きっと見つかるまで捜し続けるだろうね。見つかるわけ、ないのにね!」
 嘲る死神は、真っ赤な舌を出して見せる。
「そうかよ」
 怒りを滲ませた凄絶な笑顔の後――地獄の炎を漲らせた広喜の拳が、死神を粉々に打ち砕いた。

 死神の最後を見届けた葵は、緊張の糸が切れたのか、その場に座りこんでしまう。
「葵、大丈夫でしたか? お怪我はありませんか?」
 駆け付けたカトレアが彼女を抱きしめると、葵はぽろぽろと涙を流して、泣き出した。
「カトレアお姉さん……っ」
 標的は自分、そんな敵と対峙したのは初めてのことだった。これまでに経験したことのない恐怖だった。もしも仲間が来なかったら今頃どうなっていたのか。そして救援に来てくれたことへの嬉しさ。涙の一粒一粒に、様々な感情が込められていた。
「年端もいかん娘を手に掛けてどうする気だったのか。まあ、死なれちゃ答えも訊けないか」
 燐太郎は煙草を吸おうとしたが、仲間に未成年者がいることを思い出し、代わりに棒付きキャンディを咥えた。彼は同じものを葵にも差し出す。
「まさに操り人形のような敵でしたね……単独犯ではなく、やはり誰かの命令で動いていたのでしょうか」
「何の理由もなく不入斗クンを襲撃したとは考えられん。幼い者なら誰でも良かったわけでもあるまい」
「何らかの条件と合致したからこそ葵どのを狙った……髪とか瞳の色とか、そういう身体的特徴でしょうかねぇ?」
 ジェミの言葉に、真とたたらは敵の背後関係や襲撃理由について推測をめぐらす。
 その後ろではスマホを手にした武蔵が葵の兄へと一報を入れ、広喜は満面の笑顔で葵の頭を撫でている。
 あとは彼女をきっちり家まで送り届ける。
 それが救援に来た仲間たちの、最後のひと仕事だった。

作者:砂浦俊一 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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