トタンの苦しみを、アゲル

作者:柊透胡

 ――あれから、丁度2年が経つ。
 放浪癖もゆるふわ系を自称するのも相変わらずだが、年を経て変わった事も幾つかある。
 例えば、大切に想う仲間が随分と増えた事、好きな時間も1番を選べぬ程沢山出来た――そして、忍術の根幹を替えた事。
 今日も、福富・ユタカ(慕ぶ花人・e00109)は旅の空――に、向かう途中。夜行バスの発車時刻に充分な余裕を持って、古ぼけた和屋敷なる旅団「花ひらり」を出た筈、だった。
「……あれ?」
 この角を曲がれば、バスターミナルまで真っ直ぐと思っていたユタカだが……何処をどう間違えたか、袋小路に迷い込んでしまった模様。
「まさか、拙者の秘められし才能『方向音痴』発動、とか……あ、あははは」
 敢えて声を大にした独り言が空々しく響く。本当は、勘付いてしまっている――幾ら、日没も間際の裏通りでも、街中で、人の気配が一切消えているなんて、有り得ない。
「……っ!」
 咄嗟に身を捩って路上に転げるユタカ。その動きを追うように、立続けに突き立てられたのは極細のメスだ。
「わぁ、スゴイスゴイ」
 パチパチと、乾いた拍手が聞こえる。勢い付けて立ち上がるユタカと差し向かいの小柄は、白い制服姿の少年だった。目深に被った制帽のお陰で、その容貌は判然としない。代わりに、大事そうに抱える標本瓶の中で、一対の眼球がゆうらり動く。
「てめぇ……」
 尋常でない雰囲気に、ユタカを取巻く空気も剣呑を帯びる。だが、少年は殺伐も構わずいっそ天真爛漫に。
「おねーさん、ダヨね? ブリキ兄殺したケルベロスって」
「な……何故ッ、長兄を!?」
 思わず息を呑むユタカに、少年は、ニィと唇を歪めてみせる。
「そーいえば、さ。昔、結局、モノにならなくて棄てられたゴミ草がいたんだってね。今頃、どーしてるんだろーね? ソイツ」
 世間話を嘯いて、少年は尚もメスを手裏剣のように投擲する。頭で考えるより、体が先に反応した。サイドステップ、バク転、壁を使った三点飛び――ユタカは忍者らしい動きで、鋭撃をかわし続ける。
「なぁんだ、逃げ回るだけ? ブリキ兄殺ったケルベロスの癖に」
 そんなの、ちっとも面白くないや――。
 唇を尖らせた少年は、躊躇い無く自らの人差し指の先をメスで切り裂く。
「何を……!?」
 滴るのは朱、では無く墨のような黒。少年は素早く宙に指先を躍らせる。
 ゲコォッ!
「っ!!」
 ビタンッ、と毒液に塗れた長舌が地面を叩く。宙に描いた大蛙を実体化させた少年は、その上に飛び乗るとニタリと笑みを零した。
「さあ、ボクとアソボウよ」
 トタンの苦しみを、君にも、アゲル――。

「福富・ユタカさんが、デウスエクスに襲撃されます」
 それは、断定だった。厳しい面持ちで、都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)はケルベロス達に緊急事態を告げる。
「連絡を取ろうとしましたが……残念ながら、音信不通です。可及的速やかに、福富さんの救援に向かって下さい」
 彼女を襲うデウスエクスは、恐らく螺旋忍軍。白い制服――或いは軍服姿の少年だ。
「『トタン』と呼称されているようです。武器は、細身のメスと……自らのグラビティ・チェインを込めて描いた大蛙を実体化させます。ファミリアロッドのファミリアに似ているでしょうか。サイズは騎乗出来るくらい大きいですが」
 トタンはメスを手裏剣のように投擲し、或いは大蛙に攻撃させる。大蛙は長い舌を振り回し、時にジャンプ押し潰し攻撃を繰り出すようだ。
「メスには猛毒を仕込んでおり、大蛙の長い舌にも視野を狭める毒があります。押し潰し攻撃で体勢を崩す場合もあります。威力は総じて高めですので、お気を付け下さい」
 トタンは昏くなりつつある路地裏のどん詰まりに待ち構えている。敵が人払いしたのか、周辺に一般人の姿は無く、避難誘導は不要だ。
「所謂、ビルの狭間に出来た空間ですが、戦闘に支障のない広さはあります。敵はユタカさんの命を狙っていますので、速やかに割って入って下さい」
 黄昏刻の戦いとなる。夏至も間近。日没も随分と遅くなったが、ビル影は濃い。短期決戦に越した事はないだろう。
「トタンは『ケルベロス』に関心があるようです。ですから、救援が現れても、多勢だからと逃亡する事はないでしょう。何より、福富さんの救援が最優先です。そして必ず、トタンを撃破して下さい……どうぞ、御武運を」


参加者
福富・ユタカ(慕ぶ花人・e00109)
ユージン・イークル(煌めく流星・e00277)
京極・夕雨(時雨れ狼・e00440)
レカ・ビアバルナ(ソムニウム・e00931)
虎丸・勇(ノラビト・e09789)
レオン・ヴァーミリオン(火の無い灰・e19411)
霧隠・佐助(ウェアライダーの零式忍者・e44485)
唐丹・光貴(巌鷲の白竜・e47938)

■リプレイ

●6月16日
 ビルの狭間、ポッカリ空いた路地裏に片や旅支度の女性、もう一方は白軍服姿の少年。何れも前髪で視線を隠す。
「さあ、ボクとアソボウよ」
 いっそ無邪気な少年は、墨絵蛙の上から殺気も溢れんばかり。福富・ユタカ(慕ぶ花人・e00109)は思わず嘆息する。
「こんな日にやってくるなんて、お前、イヤな奴だなぁ」
 とぼけたぼやきに反して、剣呑に揺らめくバトルオーラは宙を泳ぐ魚群のよう。唯一の暖色は陽光に似る。
「それを褒め言葉と思う程、スカしてないよ。ボクも」
 6月16日――ユタカにとって忘れ得ぬ日付。それをわざわざ狙ってきた悪意を、螺旋忍軍の少年はあっさり認めた。
「言ったでしょ? トタンの苦しみを、君にも、アゲルって」
「いやもう正直面倒なので、私は早く帰って肉でも食べたい気分なんですが」
「夕雨殿!」
 間髪入れぬ横槍に、思わず喜色を露にするユタカ。路地裏に駆け付けるケルベロスが次々と。
「えだまめ、力の限り皆を庇って守り抜いて下さい」
 傍らのオルトロスに言い置き、からくれなゐの蛇の目傘を閉じる京極・夕雨(時雨れ狼・e00440)。存外しっかりした体躯に黒き群れが陽炎い、一欠片の寒色が瞬く。
「ボクの目が黒くてユウちゃんの目が燃えてる内は、まともに遊べると思わないでほしいねっ☆」
 小さな勇気を込めた盾を構えるユージン・イークル(煌めく流星・e00277)の肩越しに、ウイングキャットのヤードさんが不敵に翼を広げる。
「間に合いましたね!」
 レカ・ビアバルナ(ソムニウム・e00931)は、流れるような挙措で弓――はさて置き、ドラゴニックハンマーを担ぐ。
「随分と物騒な遊びのようですけれど。私達もお相手願いましょう」
「その縁、感動の再会であれば良かったけど、逆のようだ」
 戦場に在って、唐丹・光貴(巌鷲の白竜・e47938)の穏和は変わらない。最年長の風格さえ醸し、白き竜人はライトニングロッドをしっかと構える。
「だが、彼女の命、そう簡単に奪わせやしないよ」
「ユタカさんとどんな因縁があるかは知らないけど、大事な友達を傷つけられるのを黙って見てはいられないね」
 眼差し鋭く、虎丸・勇(ノラビト・e09789)は少年を見据える。
「トタン……塗炭の苦しみ、ね」
「ハハッ。全員とハジメマシテ、だよ。スミ塗れは、蛙の方だし」
 薄笑いで混ぜ返し、少年は身軽にも大蛙の背から非常階段の柵に飛び移る。その真下に陣取った大墨蛙がゲロゲロと威嚇した。
(「ちょっと、可愛いかも」)
 多分、マイノリティな感想なので口には出さない。代わりに、霧隠・佐助(ウェアライダーの零式忍者・e44485)は大いに気炎を吐く。
「恨みは無いっすが、ユタカちゃんを狙うんなら話は別っす。狙った人が悪かったと後悔するが良いっす!」
 大事な団長をやらせる訳にはいかない。意気軒昂な相棒を背に、赤いマフラーがよく似合うオルトロスのクノも低く唸る。
「ユタカ。手助けはいるかい?」
 間に合った安堵は胸中に隠し、最後に合流したレオン・ヴァーミリオン(火の無い灰・e19411)の口調は飄々にして軽妙。
「ま、要らないと言っても押し売りするけどね」
「それはもう、是が非でも」
 集団で狩るのがケルベロスの真骨頂ならば。コクコクと肯くユタカの視線が、少年に戻るや再び硬質を帯びる。
(「聞きたい事は山程あるんだが……まぁ、いいか」)
 白軍服の螺旋忍軍とも3度目の邂逅。容易く情報を漏らさない事も、よく判っている。
「悪いが、バスの時間があるんでな。お前のオアソビ、さっさと終わらせてやるぜ」

●螺旋忍軍「トタン」
「思った以上に、外野が多いなぁ」
 ユタカの啖呵も構わず、少年――トタンは、ぞんざいにユタカと夕雨を顎でしゃくる。
「そこのおねーさん2人が、ブリキ兄を殺したケルベロス、だよね」
「……っ!」
 反射的にプラズムキャノンを放とうとして、レカは活性化していなかったと思い出す。
 ゲコォッ!!
 刹那の逡巡を逃さず、大墨蛙の長舌が鞭のように前衛を舐めた――それが、戦闘の始まり。
「早速、かたじけない」
「エリィ、その調子でお願い」
 ユタカを庇ったライドキャリバーは、勇の言葉に応じてエンジンを吹かす。
「……蛙の毒って、もしかして唾液? 嫌過ぎです」
 不機嫌に顔を顰め、夕雨のステップが花を撒く。同時に飛び出したえだまめは、咥えた刃を勢いよく振るう。
 ユタカも達人も斯くやの一撃を繰り出す。常ならば前衛でも十分命中に足る筈。それが。
(「こいつ……本気出しやがった」)
 トタンはサイドステップでかわしてのける。仲間の合流前、弄ぶような数手と比べ物にならぬ速度。眼力が命中率の劇的な変化を報せる。となれば、トタンのポジションは――キャスター。
(「これは、暫く回復に専念、だね」)
 光貴はブラックウィザード。今回がケルベロスとしての初陣でもある。メディックの位置で、攻撃を当てるのは中々厳しい。回復専任は彼1人、無理して攻撃するよりも。
(「戦いに恐れはない、君達の事は僕が支えてみせるよ」)
 敵味方問わず、眼力でダメージの程は量れない。見極めんとするのは、癒し手の観察眼だ。
(「ユタカちゃんは、ボクにも輝いて良いって教えてくれた。だから」)
 ユージンには、ユタカはいつも輝いて見える。だが、出会うまでの彼女の過去は、よく知らない。無論、彼女とトタンの関係も。
(「ボクに出来るのは……ユタカちゃんを勇気づける事」)
 今やるべきを定め、父が遺した符で火葬ダモクレスの残霊を召喚する。
「日の力でボクらは輝くのさっ☆」
 光貴のライトニングウォールに続き、機械鳥の翼が癒しの光を放つ。ヤードさんの清浄の翼は、後衛の備えだ。
 駆け付けたケルベロスの実戦経験も様々だ。その全員が十全に動ける状況作りこそが肝心。
「誓います、守り抜いてみせると!」
 先手を取られた悔しさから、気を取り直したレカは轟竜砲を撃つ。続いて、勇の達人の一撃が精確に凍気を刻めば、エリィは炎弾と化して突撃した。
「苦しみは倍にして返すよ」
 序盤、スナイパーは反撃の起点となり易く、今回は3人+1体と比較的多い。
「突撃っす!」
 バケツを力一杯投げ付ける佐助。トタンに届く寸前、そのバケツから更にクノが飛び掛る。同時に、佐助のスターゲイザーも黄昏に翔ける。
 ゲコォッ!
 零式忍者とオルトロスの同時攻撃を、大墨蛙の舌が捌く。壁にビタリと貼り付く墨絵が、滑らかに動く様は却ってシュールだ。
「うーん、奇襲も見破られるとか、どうするっすかね?」
 ケルベロスは8人+4体。サーヴァントも多く、手数は圧倒的優位だ。だが、どんな攻撃も命中してこそ。スナイパーの足止め技は、レカの轟竜砲、佐助のスターゲイザーと轟竜砲。勇の撲殺釘打法は、幸いを得れば厄を深めようが……トタンのポジションはキャスター。よくよく狙った佐助の攻撃すら、万全に命中するとは言い難い。
 更に、オルトロスと魂を分け合う佐助では厄付けにも後れを取る。ライドキャリバーの騎手たる勇も同様だ。
「やあどうも。僕のことは取るに足らない塵とでも思ってくれ」
 スナイパーの攻撃に続いて、レオンが簒奪術式を展開するも、青年の影から射出された縛鎖はトタンの宙返りにかわされる。
(「序盤は我慢比べ、だねぇ」)
 尤も幾ら命中率が低くとも、零ではない。弛まず攻撃するケルベロス達。
 対するトタンは、気儘に大蛙をけしかけ、メスを振るう。まるで鬼ごっこでも楽しむかのように、路地裏を駆け、薄暮に身を躍らせる。
「忍者勝負がお望みみてぇだな、その喧嘩買った」
 業務用ゴミ箱を足場に、ユタカは直線的な跳躍でトタンに迫る。両のパイルバンカーが唸る。雪さえも退く凍気纏う一撃が、小柄を貫く寸前。
「チィッ!」
 軌道を遮ったメスにイガルカストライクを殺がれ、思わず舌打ちする。
「……そうだ、まだ言ってなかったね」
 非常階段に飛び乗ったユタカを半身でかわし、トタンはその耳に囁く。
「ありがとう、ブリキ兄を殺してくれて。でも、大きなお世話だったよ」

●澱みを払え
「何!?」
「昔々、棄てられたゴミ草がいましたってね。そいつの話さ」
 再度、世間話を嘯くトタン。平静の表情ながら、ユタカは拳を握り締める。侮辱も激情も挑発も、その実『特別』にしか許さない誇り高さが彼女には在る。
「揺さぶりに惑わされてはなりません!」
 弓矢を番え、ハートクエイクアローを放つレカは声を張る。軽やかな動作は淀みない一方で、表情に怒りが滲む。大切な友人を侮られれば当然だろう。
 途端に少年は高笑う。心底可笑しそうに。
「アハハハッ! 認められなかったのも、棄てられたのも。『ゴミ草』は自分だけだと思ってるんだ?」
 自分だけが棄てられて、自分だけが苦しくて、でも、自分だけが救われた。
「ウン、反吐が出るね、その劣等的優越感」
 ーー2年前、『ブリキ』はトタンの与り知らぬ所で、石にもならず消滅した。ケルベロスに殺されたのだ。
「ブリキ兄のゴギトエルゴスムを踏み躙るのは、ボクだった筈なのに……せめて、横取りした奴は、ボクが殺らないと」
「やれやれ。逆恨みの八つ当たりか」
 呆れた溜息を吐くレオンを、水銀めいたオウガメタルが覆っていく。
「理由はどうあれ、僕のモノに手を出したんだ、どうなるか分かるだろ?」
 恋人とこそ公言はしない、でも彼女は「誰よりも大切なひと」だから。レオンとて容赦はない。
「何か暗いっす。戦いは、もっと楽しまないと!」
 グルンと非常階段の手すりにぶら下がり、佐助は逆さまに轟竜砲をぶっ放す。戦闘を修行の成果を発揮する場と捉える佐助には、トタンの澱みも異質に感じたようだ。
「……っ!」
 ユタカはギリッと奥歯を噛む。今しも、メスの一撃をえだまめが遮ってくれた。すかさず光貴に気力を注がれ、えだまめはまだ元気そうだが……守ろうとしてくれる仲間と、『大切』を守りきれない自身。己の弱さが歯痒い。
「長兄なら、オレ相手に攻撃外したりしなかったぞ」
「そりゃ、下手な盾でも4枚あれば、どれかには当るさ」
 狙うなら、自分だけ狙えばいい――挑発めいた皮肉に、冷ややかな皮肉が返る。大墨蛙の長舌が、前衛を席巻する。
「ユウちゃん!」
「任されました!」
 ダンッ! とユージンが翳す盾を踏み台に、夕雨の体が宙を舞う。
「夕雨殿!」
 些かの躊躇いも無く、ユタカを庇った。寧ろ怯んだのは庇われた方だ。オルトロス伴う夕雨自身はユタカより打たれ弱い。かつての彼女の重傷は、今でもユタカを苛む。
「……一々狼狽えないで下さい。誰も死んでいませんし、死なせませんし、死にません」
 だが、ユタカの躊躇を、夕雨は切って捨てる。
「確かにユタカさんは夜討ち朝駆け騙し討ちもできない甘ったれで、棄てられても認められなくても納得のゴミ草ですよね」
「夕雨殿の優しさが痛い……」
「でも、だからこそ」
 ――私は、ユタカの事が嫌いではないんです。
 ガコォッ!
「……今、何て」
「何も」
 転がってきたポリバケツを蹴っ飛ばすついでのフローレスフラワーズ、そして『特別』の証を呟き、夕雨は陽炎う瞳を細める。
(「予想以上に気恥ずかしいものです。あれが最初で最後ですね」)
「危ないなぁ」
 迫るポリバケツを飛び越え顔を顰めるトタンに、溜飲も下がるというものだ。
「大切なものを全部1人で守る必要はないんですよ」
 夕雨の言葉に、静かに頷いた光貴は、ライトニングウォールを丹念に巡らせる。
「ああ、私達がフォローに回る。思い残す事のないよう、因縁を断ち切ってもらいたいね」
 右手をエクスカリバールごと混沌の水で包み、勇はエリィに飛び乗るやフルスイング。トタンの頭を強かに打ち据えた。

●塗炭の道行
 本来、死は不可侵だ。もう『彼』はユタカを認めはしない。けれど、心は負けたくない、折れたくない。
(「強さの為なら塗炭の道だって選べる!」)
 一斉に跳躍した前衛の動きにトタンが惑う隙を逃さず、ユタカは飛翔突撃を敢行する。
「ぐっ!」
 今までにない手応えを感じた。
 夜闇が迫っていた。思いの外長く、耐えて、癒して、攻撃を続けた。ケルベロスの意気が漸く、実を結ぼうとしている。
「ほら。気づいた時には、何もかも手遅れだ」
 レオンはクスリと笑み零れる。最初は己の影1つから。それが、今では影という影から、鎖が伸びてトタンの足を引く。強者の栄華を羨み、妬み、無価値に変われと願う弱者の悪意の具現は、死角から狙い続けたジャマーの手で加速的に積み上がる。
 混沌たる刃が奔る。崩剣の名に違わず、勇の一撃は鋼のように硬く、硝子のように脆い。
「砕け散れ」
 だが、そのまま終らず、砕けた残滓は再び敵に収束して、数多に切り裂いていく。
「外しません。どうか、お覚悟を」
 三の矢・蝕花――たおやかなレカの一矢に相応しく、花毒の矢は狙い誤またずトタンの右手を射抜く。今しも、放とうとしたメスが地面に落ちて乾いた音を立てた。
「八つ裂きにしてやるっす」
 負けじとビル壁を三段跳び。両手を獣化させ、躍り上がった佐助は白虎の鋭爪を振り被る。
 ライドキャリバーの炎が延焼し、ウイングキャットの爪が閃き、オルトロス達のソードラッシュが、次々と少年を朱に染めていく。
「まさか、こんな……」
「死はいつだって、隣にあるものだよ」
 初めて攻撃に転じた光貴が、ライトニングボルトを撃ち放つ。落雷に打たれたように、少年の小柄がビクリと震えた。
 足も止まった、武器も砕けた、身を守る防具も破った――今のトタンは、満身創痍。
 ユタカにエレキブーストを掛けながら、冷ややかに嘯くレオン。
「人の女に手を出した報いだけど、『僕は』それくらいの傷で勘弁してあげる……ま、他の子はどうだか知らんが」
「うる、さいっ!」
 ガキィッ!
「忍ばない時点で君の忍びとしての技量はたかが知れてるよ」
 大蛙の圧に無理矢理割り込んだ衝撃で、盾と両腕がギシギシと軋む。それでも、ユージンは明るく言い放つ。押し切った間隙に、煌く蹴打がトタンの足を刈る。
「知ってるかい? 輝く瞳の忍びは光の輝きの中でも忍べるのさっ☆」
「逃がしませんよ」
 蛇の目傘に灯るシトリンの輝きは陽光にも似て。夕雨の一撃は、幾重にも重なる厄を更に深める。
「ユタカさん、今度こそ見せて下さい」
 あなたの、ケジメを――初めて前髪をかき上げ、瞳を露にするユタカ。
「ああ……この期に及んで、逃がさねぇよ」
 散り故く橙――火力重視のその技は、キャスター相手では命中率も2割を切る大博打。引導を渡す術と出来たのは、仲間の弛まぬフォローあってこそ。
「地獄で長兄に宜しくな」
 シトリンの双眸が赤みを帯びて輝く。
「……そんなの、真っ平ゴメンだね」
 迸る鮮血すら橙に染まり――最期まで憎まれ口を叩いて、トタンは崩れ落ちる。忽ち平面に戻った大蛙の墨絵が、壁から剥れて音も無く落ちた。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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