疫病の災厄、覚醒

作者:久澄零太

「見つけたわよ……」
 竜十字島の鍾乳洞。不気味なまでに静かなそこに、蠢く影がある。
「さぁ、ここに向かってドラゴンの封印を解きなさい……」
 竜性破滅願望者・中村・裕美の示した地点を見つめるのは、竜とも悪魔ともつかない異形、ケイオス・ウロボロス。動き出したそれらを見て、裕美はニタリ。
「全てはドラゴン種族の未来の為に……」

 とある山奥の滝の受け皿となる湖に、何かを引っ掻くような、轢き潰された生き物の悲鳴のような、奇妙な声が響く。初め四体のケイオス・ウロボロスが円を描いて飛んでいたが、不意に一体また一体と湖に落ちていった。水飛沫の音だけが響く山中に、やがて地響きが響くと、湖を起点にして周囲の植物が朽ち果てて……。
「オォ……オォ……」
 湖を突き破り、ケイオス・ウロボロスだった肉片を嚥下して、瘴気が形を得たかのような竜が姿を現した……。

「皆、集まったね?」
 大神・ユキ(鉄拳制裁のヘリオライダー・en0168)は地図を広げてとある山中を示す。
「ここにドラゴンが封印されてたんだけど、リーナ・スノーライト(マギアアサシン・e16540)の嫌な予感が当たっちゃったみたい。このドラゴンを起こしちゃうデウスエクスがいるの!」
 ヘリオライダーの言葉に、番犬たちにも緊張が走る。一時の沈黙をもって、ユキも呼吸を整えてから口を開いた。
「そのデウスエクスそのものはこのドラゴンに食べられて、コギトエルゴスムになっちゃうから気にしなくていいよ。ドラゴンの方もかなりお腹が空いてて、しかも定命化が始まってるから、十分耐えられれば勝ち目があるはずなの!」
 ユキはできる限り明るく口にするが、ドラゴン相手に十分以上戦うなど、どれだけの番犬が耐えられるだろうか……だが。
「あまり考えたくないけど、もしこのドラゴンが人里まで降りて人を殺して重力鎖を奪い始めたら、近くの村が一つなくなると思う……絶対に食い止めて!」
 人命がかかっているとあって、番犬たちは覚悟を決めたようだ。敵の情報が欲しいという番犬に、ユキは古い資料を取り出して。
「昔ね、鱗を引っ張り出した人がいたみたい。そのせいでその人の村は無くなっちゃったんだけど、その時の記録と予知を合わせると、今回のドラゴンは全身が毒でできてるようなドラゴンなの」
 今回の予知は過去の情報もあってか、かなり正確なようだ。
「体は十五メートルくらいで、爪や尻尾、翼の鱗粉? で攻撃してくるけど、どれも毒があるみたいだから気をつけて。この毒は皆を殺そうとするだけじゃなくて、加護も打ち消しちゃうの。その上、ドラゴン自体が毒の塊みたいなところがあるから、こっちからの毒とか呪詛は効きにくいかも……ドラゴンの名前は」
「……淵竜、ニゲルメルム」
「そう、それ!」
 目を逸らしながら名を告げるシフ・アリウス(天使の伴犬・e32959)を示しつつ、ユキは説明を続ける。
「毒は凄く強力だし、純粋にドラゴンの力だって凄いと思う。防御を固めて欲しいけど、そこに集中し過ぎてもじわじわ追い詰められちゃうし……うー……」
 アドバイスできず、唸ることしかできないユキに、番犬が微笑んだ。任せて欲しい、と。
「今回の敵は本当に強敵なの。絶対に油断しないで……帰ってきたときに人数が減ってたら、許さないからね!?」


参加者
結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)
アイラノレ・ビスッチカ(飛行船乗りの蒸気医師・e00770)
ズミネ・ヴィヴィ(ケルベロスブレイド・e02294)
ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)
ルーク・アルカード(白麗・e04248)
アーニャ・シュネールイーツ(時の理を壊す者・e16895)
リュイェン・パラダイスロスト(嘘つき天使とホントの言葉・e27663)
シフ・アリウス(天使の伴犬・e32959)

■リプレイ


「オォ……オォ……」
 月照らす滝の果て、舞い散る飛沫に緋色の瞳が乱反射する。ソレが一歩、湖から踏み出せば、触れた大地が逃げ出すように枯れ果てていく。
「何があっても……ここで食い止めてみせます」
 シフ・アリウス(天使の伴犬・e32959)は背に風を受けて、仲間と時間を合わせた時計を握りしめる。
「これ以上、あの竜によって悲しむ人の涙は見たくない……この命を賭けてでも、ニゲルメルムは止めてみせます!」
「さあ頑張りどころだ」
 シフの覚悟に応えるように、リュイェン・パラダイスロスト(嘘つき天使とホントの言葉・e27663)は花にも似た鎧装から光のヴェールを展開、フワリと髪をかき上げてシフを見つめる。
「悪い竜は地に落ちてめでたしさ」
 死地へ向かうと言うのに、二人は視線を重ね、信頼を確かめるように微笑んだ。
「各火器、スタンバイ!」
 アーニャ・シュネールイーツ(時の理を壊す者・e16895)の声紋を認証し、彼女の青き鎧装が目を覚ます。両肩のミサイルポッドから十六発の弾頭が白尾を引いて飛び出し、燃焼音に気づいた竜が尾で薙ぎ払えば周囲に白煙が立ち込めて、前衛の姿を隠す帳となった。
「いくぞ」
 ルーク・アルカード(白麗・e04248)に、シフと結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)が頷き三つの時計が時を刻み始める。秒針が音を立てた時、白い壁を突き破ったのは白き狼。
「まずは一撃……!」
 突き抜けた白煙を靡かせる拳を叩き込めば、鈍い音を響かせルークの表情が歪む。
「硬い……!」
 敵に与える衝撃よりも、帰ってくる反動の方が大きく動きが止まった白狼を、竜が首を振るって叩き落とした。大地に衝突したルークが肺の中身を吐き出して、シフは光盾を細く、鋭く顕現。
「これならどうだ!?」
 大きく踏み込んで、もはや槍と大差ないそれを全身を使って送り出す。されど撃ち込まれた得物は、脚を貫通するには至らず砕け、燐光と散る。
「グォオ……」
 唸りか、吐息か、竜が大気を震わせて瘴気の刃翼とでも呼ぶべき毒の塊を備えた腕を引いた。
「デカいのが来そうな予感がする……!」
 ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)が地面に銀弾を撃ち込み列を引けば、瞬く間に白銀の壁が立ち上がる。
「医の神様方、そして先生。私はここに誓います」
 アイラノレ・ビスッチカ(飛行船乗りの蒸気医師・e00770)の前には鋼と真鍮で作られた時計針を交差させる十字が現れた。その屹立を起点に時計盤が現れて、包み込むように障壁が展開される。
「私の力と判断に従い、この誓いと約束と、自分の信念を守ることを……!」
 宣誓を聞き届け、針が進み始める。針が一周した時、竜の腕が番犬達を撫ぜ、煙幕が振り払われて銀の壁は腐り落ち、半球の障壁は消し飛んだ。時計盤の上では長針が巻き戻り、アイラノレの傷がわずかながら元に戻る。
「冗談だろう……!?」
 ヴィルフレッドは加護を以て威力を削いでなお、苦痛に悲鳴をあげる体に鞭打って、銃を構え直し次に備えた。
「誰そ彼と 我れをな問ひそ 長月の 露に濡れつつ君待つ我れそ」
 詩に沿ってズミネ・ヴィヴィ(ケルベロスブレイド・e02294)の口腔に光が生まれ、艶やかな唇を照らす。指先を口元に添えて、囁くような吐息と共に無数の羽虫が飛び立っていく。それらは前衛の傷口に寄生して、腐食した細胞を餌に変質すると新たな表皮細胞として同化、傷口を塞いでしまう。それでも残った傷から走る痛みに、レオナルドは半歩、脚を引こうとして。
「グルォオオオ……!」
 獅子の姿に違わぬ雄叫びを上げて、己が体に喝を叩きこみ引きかけた脚を前へ。震える白き獅子は黒き竜へ、真っ向から睨みあった。


「これ以上、災いを広げるわけにはいかない……ここで止めます!」
 アーニャの両肩の砲塔に重力鎖が集中。充填している間に弾頭をばら撒いて爆炎と爆煙で姿を隠しながら、弾幕を叩きこんで竜を牽制。竜が鬱陶しそうに煙を振り払った瞬間、後頭部目がけてルークが襲撃。滝横の崖を登り、頭蓋に踵を振り下ろす。
 しかし、全体重を乗せてなお、竜の鱗を衝撃が貫通することはなく、食らいつこうと振り向いた顎を躱し、その真紅の眼球目がけてナイフを叩きこんだ。
「目玉を狙ってもこれか……!」
 悲鳴にも似た声をあげる竜だが、刃は角膜に阻まれ突き刺さる事はなかった。闇雲に振るわれる爪に巻き込まれる前にルークが後退し、シフが突貫。光の大剣を具現化して振るえば竜の爪と鍔迫り合い、押し切られる前に得物を放棄。砕けた光の欠片を足場にして踏み込み、その腕を蹴り落とすようにしてさらに跳んで懐へ。
「これならどうですか!?」
 至近距離で展開したのはまたも光の刃。身の丈を優に超えるそれは振るう物ではなく、飛び乗り飛空する物。シフが駆るそれはニゲルメルムの喉を穿たんとするが、漆黒の竜鱗とぶつかり合い、金属を強引に焼切ろうとするような騒音と火花を散らす。
 シフが焦りに顔を歪めた時、竜翼が不自然な揺らぎを見せた。
「シフ、下がれ!!」
「ッ!」
 レオナルドの咆哮にシフは飛び退き、膨張した翼が振りかぶられる。
「なんでこう一撃一撃が危ないのかなぁ!?」
「とにかく今は耐えるしかありません!」
 ヴィルフレッドが再び銀弾を用いて結界の展開を急ぎ、アイラノレが時計盤の障壁を呼び出し、二人は癒し切れなかった傷を塞ぎながら敵の攻撃に備える。
(事前情報通りなら、次の一撃は僕が庇うべきじゃない……)
 ヴィルフレッドは濃縮された瘴気が立ち昇る翼を見て、なすべきことを推察していた。
 防具の持つ加護を以て、前衛は何が来ても誰か一人は負傷を半減させるように組み、後衛は唯一の遠隔攻撃に対応。
(……ごめんよ)
 仲間を見捨てるようで、割り切れない想いはある。だが、部隊の継戦の為に射線から外れた。
「まずい……!」
 しかし、竜鱗の一撃に対して耐性の無いはずのレオナルドがカバーに入る。この陣形にある穴に気づいたのだ。
 瘴気の鱗が番犬達に降り注ぎ、レオナルドは着こんでいた外套で受け、鱗による侵食を防ごうと試みるが。
「……ゴフッ!?」
 体への付着を防いでなお、吐血してその純白の毛並を赤黒く汚す。散布される鱗の正体はウィルスであり、呼吸している以上空気感染は防げない。だが、問題はそこではなかった。
「ゲホッゲホッ……!」
「腕が……腕がぁ!!」
 シフの肉体は黒く変質し、充血した双眸からは赤みが溢れだすように血涙を流しながら地面で咳込み、鉄臭い赤い水溜りを広げる。咄嗟に腕で防いだルークは両腕を侵食され、抗体を持つシフと異なり、皮膚が腐り果て毛皮を剥すようにずり落ちたかと思えば、肉が溶け、泥のように地面に落ちて染みこんでいくその後に、肘から先の骨が残されている。
「なんの冗談だよオイ……!」
 リュイェンが舌打ちした時、戦闘開始から五分を示す鐘が鳴り響いた。


「くそ、どうする……!?」
 被害を受けたのは後衛二人と、前衛二人。後衛を解毒しなければ二人とも助からないが、前衛も癒さなければ次はないだろう。
「ズミネ!俺は後ろ、お前は前、いいな!?」
「えぇ、でも傷が深くて……」
「全員でどうにかするしかねぇだろ!?」
 後衛は四人、盾の型は三人。庇いきれない事は予見していて、覚悟もしていた。
「二人とも、意識から手ェ放すんじゃねぇぞ!?」
「ごめんなさい、癒し切れない分はフォローを……!」
 リュイェンは焦燥と不安を塗りつぶすように、敵への怒りを歌声に乗せてルークとシフの解毒に当たるが、やはり拡散させるヒールでは傷が塞がり切らない。一方ズミネは羽虫を展開して解毒までは至るが、耐性に加えて剥される度に加護を付与し直していたアイラノレはまだしも、レオナルドが限界だった。
「しっかりしてください……!」
 レオナルドへアーニャがフォローに入る。皮膚の損傷が激しい彼に大型弾頭を叩きこみ、一度全身を焼き尽くすようにして同時に治癒の弾頭で爆破。壊死した皮膚を総交換するようにして立て直そうとするが、妨の型の彼女では回復量が足りない。
「退けッ!!」
 咄嗟にアーニャを突き飛ばしたレオナルド。彼の目が見ていたのは振り上げられた尾。アーニャの巻き添えは回避したものの、既に満身創痍の前衛では……。
「ウォオオオ!!」
 絶叫したレオナルドがあえて全身で受けて衝撃を拡散し、筋肉が引き千切れる音を聞きながらも、意識を持っていかれる寸前で奪い返す。だが、アイラノレは。
「どうして……」
「はは、耐えられると、思ったんだけどな……」
 自分を庇ったヴィルフレッドが直撃を食らい、倒れる様を呆然と眺めていた。彼女を見捨てれば耐性のあるヴィルフレッドは耐えただろう。だが、彼には味方を大きく癒す術がない。一発耐えても先がなく、彼は自らを犠牲に戦線の維持を選んだ。
「チッ、出るぞ!」
「待て!」
 リュイェンが防衛戦を補おうとするが、レオナルドの怒号が彼女を止めた。彼の意図を察したリュイェンがアイラノレに歌を捧げる。紡がれる言葉は、遺志を継いで進む、覚悟と別れの歌。
「怖い……でも」
 震える脚を叩き、レオナルドは振りかざされる爪を見据えた。
「ここで退けば、多くの犠牲がでる」
 瘴気を纏う爪は怪しく輝いて。
「その方が、ずっと怖い。だから……」
 愛刀を地面と垂直に構えて、肩越しにアイラノレに微笑んだ。
「後は、お願いします」
 虚空を薙ぐ爪を得物で受け止めるが伝わる衝撃は凄まじく、腕が、肩が、脚が、悲鳴をあげる。それでも意地で軌道を逸らし、アイラノレには触れさせない。
「レオナルドさんッ!!」
 守った人の声を聞きながら、勇敢なる獅子は地に伏した。


「壁は俺が何とかする!そっちは頼む!!」
「援護します!」
「お願い……!」
 前に出るリュイェンとアーニャの背を見送り、ズミネはシフに羽虫による解毒を施しながら、彼の体内にある抗体の成分を抽出、虫達の体内で複製という荒業をこなし、強引にシフを戦線に復帰させる。ルークにはアーニャが治療にあたり、一度砲撃で傷口を焼いてそれ以上の侵食を防いでから、重力鎖を集中させて腕の復元を急ぐ。
「どうでしょう……?」
「……なんとかする」
 大丈夫、とは答えない。刻まれた傷が深く、次の一撃に耐える保証がないから。
「ただでは倒れてやらないからな……!」
 五分を過ぎた今、番犬達の戦術が変わる。効かないという情報はあったが、それでも用いた王道の戦術から、威力のみを求めた戦法へと。
「シフ、合わせろ!」
「お任せください!」
 狼と犬が大地を蹴る。光の得物を駆るシフが手元に生成した槍を叩きこみ、それを足場にルークが鼻先にナイフを突き立てるが、その体に食らいつき、歪に並ぶ牙がルークを噛み潰す。内臓を晒した上半身が地面に落ちて……白煙と散る。
「アサシネイト……!」
 分身を囮に、喉元の鱗の隙間にルークのナイフが突き刺さる。貫通にこそ至らないが、十分だ。
「いっけぇえええ!!」
 後方宙返りしたルークを回収しながらシフの光の盾がナイフに衝突。二人分の重力鎖を以て、小さな切っ先が強固な竜の喉から耳障りな悲鳴を轟かせ……折れた。だが、内部に残った切先は重力鎖により銃弾の如く撃ち出され、ニゲルメルムの首をぶち抜いてみせる。
「グォオオ……!」
 痛撃に竜は暴れ狂い、鱗をまき散らす。前衛の二人が後衛のカバーに入るが、ズミネは侵食され、毒に侵され荒れ狂う血流を呼吸法を変えて自らの重力鎖で解毒し、立て直しを図るが竜は尾を振り上げていて。
「あ……」
「シフ……ごめん……」
 癒し手からの治療を受けられなかった前衛が薙ぎ払われ、リュイェンが力尽き。
「大丈夫、ですか……?」
 アイラノレを庇ったアーニャが肋骨と内臓を持っていかれたらしく口の端から血を流す。その時だ、設定されていたアラームが鳴ったのは。
「時間だ……!」
 ルークが型を変え、シフが長大な光剣を折り曲げてブーメランとして投擲すれば竜が初めて膝を着く。さらに。
「こいつ、全然回復してない……?」
 鱗に侵食された番犬は攻撃されると重力鎖を奪われるはずだった。しかし、レオナルドが提案した外套による付着防止と風を背にすることでの吸飲防止。感染こそ防げなかったが、付着が少なく敵が十分な重力鎖を食えなかったのだ。
「このまま……」
 押し切るわよ、そう言おうとしてズミネが言葉を飲んだ。ここまでの被害が甚大で、治療しても立っていられるのは前衛の誰か一人。更に、前半五分の影響で敵に蓄積されている傷が少ない。
「諦めるには早いわよね……!」
 ズミネはアイラノレに羽虫を集中させる。彼女は自らを治療しつつ薄いながらも加護を得る事で、まだ立っていられたから……だが。
「仕留めさせてもらう!」
 ナイフに重力鎖を纏わせ、天を突く刃に変えたルークは月光を受けて煌めく刀身を竜の脳天に叩き落とす。ついに倒れるニゲルメルムだが、まだ終わらない。
「グォオオ……!」
「なっ!?」
「ダメ……!」
 薙ぎ払われる爪を前にルークが引き裂かれて得物を取り落とし、力尽きる彼に続くようにアイラノレを庇ったアーニャが倒れ伏す。
 残された希望を押し潰すように、竜は番犬達を睥睨する。弱体化してもなお、蓄積した傷が深すぎて、番犬達が耐えきれないのは明白だった。
「ここまで来て……!」
 シフが悔し気に奥歯を噛む。戦術も、装備も、対策も十分だった。最初から威力を優先して攻め込んでいれば、結果は違っただろう。だが、悔やんだところで開いた彼我の残存戦力の差は変わらない。
「撤退しましょう……!」
 シフがリュイェンを回収すべく駆け寄った時だった、竜が彼を捕えたのは。
 半数以上が倒れた時点で撤退は難しかった。三人で五人を抱えて逃げるなど、飢えた竜が放っておくわけがない。
「放せ……!」
 竜の握力を前に傷ついた番犬が抜け出せるわけもなく、深く侵食されたシフを餌と認識したニゲルメルムは口を開いて。

 ――タァン。

 一発の銃声と、遅れて響く竜の悲鳴。続くは落ちた竜の腕が轟かせる地響き。
「何が……」
 抜け出したシフが見たのは、金色の幾何学模様が繰り返される漆黒の銃を構え、青いドレスに赤い薔薇を纏ったアイラノレの姿。
「急いで」
 短く紡がれた言葉に、シフは理解して弾かれたように盾を展開、その上に飛び乗った。
「どうして……」
 増幅する重力鎖により、盾はより鋭さを増していく。残った腕を振るおうとする竜だが、ズミネの杖が巨大な蟲に化けて押し退け、動きを封じるようにのしかかる。
「どうしてこんな……!」
 ニゲルメルムの喉をシフの盾が穿ち、その首を刎ね飛ばした。湖に落ちた頭蓋は水柱を上げ、周囲に雨と降り注ぐ。静かな雨音の中、シフは部隊を救った女性へ振り返るが……そこには、誰もいなかった。

作者:久澄零太 重傷:結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032) ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020) アーニャ・シュネールイーツ(時の理を壊す者・e16895) リュイェン・パラダイスロスト(だから僕は笑う・e27663) 
死亡:なし
暴走:アイラノレ・ビスッチカ(飛行船乗りの蒸気医師・e00770) 
種類:
公開:2018年6月5日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 13/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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