鼓動

作者:藍鳶カナン

●鼓動
 新緑輝く初夏の森に、木漏れ日に映える白いチャペルがあった。
 恋に恋する女の子、結婚に憧れる女の子なら誰でも一度は夢に思い描きそうなチャペル。
 教会とは違い常駐の聖職者はおらず、たぶん結婚式を執り行うのもそれらしい装いをした外国人アルバイト、だから日頃からここに目をかける神様なんてきっといない。
「それじゃ、ここも私の縄張りにしちゃっていいよね!」
 素晴らしい結論に達したフェクト・シュローダー(レッツゴッド・e00357)、神様めざし日々修業中の少女はずばーんと扉を開き、遠慮なくチャペルの中へ足を踏み入れた。
 硝子も多用された白いチャペルは採光性も抜群。
 神々しく降る光をフェクトが見上げれば――祭壇の遥か上に、天使が浮かんでいた。
『あはっ、ひっかかったね。かわいこちゃん』
 否、悪戯にそう笑う少女には確かに天使らしき翼と頭上の輪があったけれど、フェクトを見下ろす眼差しは清らかとは程遠く、白い翼も顔も足も血に汚れている。
 包帯も巻かれているけれど、右手の包丁も血に濡れて、左手に下げたレジ袋らしきものは赤黒い何かで膨れて血を滴らせていて――つまり、彼女を彩っているのが彼女自身の血とは限らない。
 何この子、と思うフェクトの眼の前に少女は悠然と舞い降り、
『さあ、アタシ様に、その鼓動を聞かせて――べふっ!?』
 見事に着地失敗。その瞬間にフェクトの神様センサー(という名の直感)発動!
「ふっ。神様にはすべてお見通しだよ! さては君……ドジっ娘だね!?」
『死神! 死神レザーズ・ハートだし!!』
 神様フェクトにずばーんとドジっ娘属性を看破された少女は慌ててそう名乗り、
『ちゃんと覚えてよね。かわいいアンタの心臓をもらい受ける、アタシ様の名前を』
 包丁を握り直し、好色さを乗せた眼差しでフェクトを見つめ、ぺろりと唇を舐める。右の手首で金色に光るハート型の手錠が、ちゃり、と揺れた。
 どくん、と跳ねたフェクトの鼓動が聞こえたかのように、死神の瞳が煌きを増す。
 けれど可愛いと言われてときめいたわけじゃない。何故だか感じたのだ。
 宿命的な、縁を。
 一瞬で眼差しも思考もめぐらせる。チャペル内で戦えばこのドジっ娘は席につまづいたり床で足を滑らせたりとドジっ娘属性を発揮してくれるかもしれないが、確実にチャペルには被害が出る。
 だがフェクトが今すぐ扉から飛びだせば、チャペルの外での戦いになるはずだ。
 戦いは避けられない。ドジっ娘とは言え格上のデウスエクスから逃げられるわけがない。
 それに。
「死神でも天使でもドジっ娘でも! 売られた喧嘩はこの神様が買ってあげるよ!!」
 今ここで死神レザーズ・ハートと邂逅したのが、フェクト・シュローダーだったから!!

●宿縁邂逅
「――ってな訳で、フェクトさんが死神に売られた喧嘩をずばーんと買っちゃう未来予知が出たから、あなた達に急ぎ救援に向かって欲しいんだ」
 天堂・遥夏(ブルーヘリオライダー・en0232)はそう語り、彼女には連絡がつかなかったとも告げる。昼間にも関わらずチャペル周辺にまったくひとけがないことも含め、何らかの敵の作為である可能性が高い。
「女の子、特に恋する女の子の鼓動と心臓を好む死神らしいんだけど、恋とかぬきにしても特にフェクトさんが気に入ったらしくてね。一対一だと確実にフェクトさんが心臓とられて殺されちゃうから、すぐに動けるってひとは即刻僕のヘリオンにお願い」
 一刻の猶予もないが、ヘリオンで急行すれば予知の光景直後の介入が可能だ。
 チャペル内での戦いになるかチャペルの外での戦いになるかはフェクト次第。
 中で戦うなら死神が戦闘中にドジを踏んでくれるかもしれないがチャペルの被害は必至、外でならチャペルへの被害はないが、相手は存分に格上デウスエクスとしての全力を揮ってくるだろう。
「どっちで戦うにしろ周囲を気にする余裕はないし、一般人が来ることもないしね。だからあなた達も全力で戦いに集中して」
 死神レザーズ・ハートは戦闘となればジャマーとして立ち回る。
 金色に煌くハート型の手錠で標的を捉えて恋に落とそうとし、包丁やレジ袋を振り回して浴びせる血で癒しを阻む呪いをかけ、包丁で斬り刻んで恋や呪いを強めようとする。
 対策がなければ苦戦は必至。
「最も狙われるのはフェクトさんだと思う。けど――恋する女の子の鼓動と心臓を好むって敵の習性を利用するとかで狙いを分散させることもできるかもしれない」
 頭の隅にでも置いておいて、と告げて、遥夏はヘリオンの扉を開く。
「敵についてこれ以上の詳細はわからない。それでも、この死神が既に何人も手にかけてる可能性は高いと思う。けれど、あなた達ならフェクトさんの命も心臓も彼女の好きにさせやしない。そうだよね?」
 さあ、空を翔けていこうか。新緑の木洩れ日に映える、白いチャペルへ。
 死神天使と真っ向から対峙する、神様少女の許へ。


参加者
フェクト・シュローダー(レッツゴッド・e00357)
ヴェルセア・エイムハーツ(ブージャム・e03134)
ダンテ・アリギエーリ(世世の鎖・e03154)
リィ・ディドルディドル(悪の嚢・e03674)
ルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)
ウィリアム・シャーウッド(君の青い鳥・e17596)
猫夜敷・千舞輝(地球人のウェアライダー・e25868)
綿屋・雪(燠・e44511)

■リプレイ

●鼓動
 ――わたしも、ドキドキしているのです。
 死神天使と邂逅した神様少女を案じ、綿屋・雪(燠・e44511)7歳の小さな胸もひときわ高鳴った、そのとき。
「売られた喧嘩はこの神様が買ってあげるよ!! そんなわけで、表で勝負だ!!」
『な、ちょっと待っ……!!』
 新緑の木洩れ日に映える白いチャペルの中から響く声。
 勢いよくフェクト・シュローダー(レッツゴッド・e00357)が扉から飛びだしてくるのに続き、血濡れた包丁とレジ袋を振り回した少女、即ち死神レザーズ・ハートもチャペルからまろび出てきたなら、
「いっけなーい、遅刻遅刻……」
『べふあっ!?』
 明らかに面倒くさそうな声とともにリィ・ディドルディドル(悪の嚢・e03674)が懐から取り出したトーストを咥えて死神に突撃!
 これは敵の標的分散を狙って決行された出合い頭の恋作戦である。宙に舞ったトーストと呪いの血が降るなか、全力で激突した少女達が見つめ合った瞬間、二人を祝福するかの如く大地から星の光が溢れだす――!!
『あっ……。アタシ様ってば、またもかわいこちゃんと運命の出逢いをしちゃったし!』
 アタシ様に、その鼓動を聞かせて……!!
 そう瞳を輝かす死神天使、次いでフェクト、リィと視線を移し、偶々絶妙なタイミングで三重の星の聖域を展開したダンテ・アリギエーリ(世世の鎖・e03154)は、閃いてはならぬ事を閃いてしまった。
 鼓動とか、特定の身体部位が薄くなきゃ聞こえないんじゃ。
「成程、つまりこのドジっ娘はぺたんこスキー……ちょっと自己愛も入ってる感じさね!」
「リィはまだ13歳だから」
「私だって! まだまだこれから成長期だよ!!」
『アタシ様の胸も多分成長の余地があるし! って、何でこんなゾロゾロ集まってんの!』
 お胸の将来性を主張する二人に釣られた死神がハッと我に返れば、
「ふっ、愚問だね。凄い神様には凄い信者さんがいっぱいいるんだよ!!」
 即座に状況把握し、成長予定(仮)の胸を張ったフェクトが蹴り込む幸運の星が直撃、
「いやいやいや。胸の豊かな妙齢の美女なら崇めたいトコですけど、ねェ?」
「あァ、この国には信仰の自由があるんだロ? 勝手に信者にしないでくレ」
 速攻のツッコミと雷刃突を繰り出すウィリアム・シャーウッド(君の青い鳥・e17596)の刃は死神の包丁に防がれたが、彼の背に隠れる位置からすかさずヴェルセア・エイムハーツ(ブージャム・e03134)が高々と跳躍、女たらしの銘を戴く斧を確実に打ち下ろす。
「よし千舞輝。標的分散のためだ、推しのこと考えろ。ほらあのちょいショタ系の」
「頑張って背伸びしてるカレのこと!? そんなんいつも考えてるに決まってあいたっ!」
 傍らを擦り抜けざまにルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)が囁けば、彼が敵へ流星の蹴撃を喰らわすと同時に猫夜敷・千舞輝(地球人のウェアライダー・e25868)の妄想が炸裂。執事系ウイングキャットの尻尾ツッコミと羽ばたきを受けつつ、
「告白ん時はアレやで、壁ドン、耳元囁き、後で赤面の3コンボやで!!」
 二次元に恋する乙女の胸の高鳴りと皆を鼓舞する七色の爆風が花開く――!!
『あ! そっちからもステキな鼓動が聞こえた気がするし!』
「おむねのたわわな千舞輝様の鼓動もききつけるとは、さすがです。あなどれません」
 何かカンで言ってるような気もするが、それは兎も角ある意味チョロい感じの死神の声にバケツヘルムを揺らして頷き、雪は初夏の木洩れ日に煌く流体金属の粒子を解き放った。
 銀の煌きを貫いたのは金の手錠。
『目移りしちゃうけど、ここはまず!』
「私から!? それってやっぱり私の神様力が高いからだよね、分かる……」
 まっすぐフェクトを狙ったハート型の枷に手首を捕えられれば脈打つように伝わって来る恋のドキドキが神様少女を深く揺らす。お返しとばかりに杖を揮って鳴らす祝福の鐘、だが神様の魔法を払いのけた死神がフェクトを引き寄せ、包丁を――、
「おっと、ハートゲット物理はちょいとスプラッターが過ぎるでしょ」
 突き立てるより速く斬り込んだウィリアムの月の軌跡が敵の肩を裂けば、その隙に二重の浄化を乗せた雪の血がフェクトを癒した。
「あなたのドキドキは、恋ですか?」
『た、多分恋、きっと恋だし!』
 鈴鳴るような幼い声に返った言葉は、恋に恋する少女のもの。
「あなたが恋に恋するように、わたしも、生に恋して、死に焦がれています」
 皆様の生を、あなたの死を、見送りに、参りました。
 大きなバケツヘルムの中で雪がふわりとそう笑んだ、刹那。
「あ、フェクト。催眠にひっかかって殴りかかってきたら殺すから」
 倒れるなら、死んでからにしてちょうだい。そんな物騒な詠唱とともにフェクトへ更なる浄化と応急処置を施すリィの言葉に、雪の鼓動がとくんと跳ねた。
 ――リィ様のさついにいちばんドキドキするのは、ひみつなのです。

●約束
 瑞々しい新緑の輝きのもとに舞う包丁や手錠に呪いの血。
 粘着質な血糊のごとく、本来なら死神天使は執拗に神様少女を狙ったのだろうけど、色々目移りした敵の狙いは見事に分散、ハート型手錠に捕えられたリィは即座に雪の咎人の血やちょい悪系の相棒ボクスドラゴンが注ぐ属性の支援で正気に返った。が、
「フェクト、こんな子が好みって言ってなかった? 付き合ってみても良いんじゃない?」
「色恋沙汰なら俺達が口を出すこともないな。フェクトよ。アンタ、どっちなんだ?」
 お似合いだと思う、とリィが外堀を埋めにかかり、頷いたルースも真顔で問えば、
「どっちって、私はそういう趣味はないからね!!」
『ないなら今から目覚めればいいし!』
 死神天使と神様少女は包丁VS雷杖で接近戦に突入。
「神様同士のキャットファイトさねぇ……催し物なら面白そうなんだけど」
「見た目だけなら可愛いのと可愛いのがじゃれてる感じなんですけどねェ」
 たとえ嬉し恥ずかしのお付き合いが始まったとしても恐らく相手は心臓を奪う気満々、と来れば見物と洒落込むわけにもいかず、フェクトを援護すべくダンテが奔らせた黒鎖が敵の腕を捕えた瞬間、ウィリアムは軽口とともに雷を乗せた刃で空いた脇腹を貫いた。
「キャラ被ってるヤツらがじゃれてるとなァ、見分けがつかなくなりそうなんだガ」
「みわけ、つきます、つきますよ……!」
 冗談とも本気ともつかぬヴェルセアの声に慌てて雪が神様少女の頭上からふわふわ綿雪の癒しを降らせて見せれば、八重歯を覗かせ笑った男も迷わず死神へ地獄の炎を叩き込む。
 腕を燃え上がらせた死神が思わず後退ったなら、
「いくよレザハちゃん! これが神様の天罰だ!!」
『略すんな! あっ、でも愛称で呼び合うのってちょっとときめくし……!』
 神様少女の天罰覿面!
 両手の雷杖を叩きつけたフェクトが絶大な威力の雷を流せば、痛撃のあまりか恍惚さえも感じる声が死神から洩れ、
「わかるわかる。オタクもときめいたりしませんかね、ドクター?」
「すまないが俺はときめかない。アンタをウィルとかウィリーとか呼ぶ気もない」
 揶揄うような眼差しをルースへ向けたのも一瞬のこと、明けゆく夜宿す刃でウィリアムが月の斬撃を描けば、暁の空に消える星よりつれない流星となった闇医者が敵へと落ちた。
 けれど、
「ウチはときめくで! 名字呼びがいつしか愛称呼びになって、そして告白……!!」
 運動会で転んで怪我したらお姫様抱っこされて!
 お泊りに至ったなら一緒のお布団に入って後ろからぎゅっとされて!
 ――と、燦然たる千舞輝の恋心(対二次元)が一層輝きを増し、爆破グラビティアプリも絶好調でカラフルな爆風を巻き起こす!!
『これは! 聞き逃せない胸の高鳴りの気配だし!!』
 一気に惹きつけられた死神! だが彼女が千舞輝へと向けようとした足が何故だかそこに落ちていたバナナの皮を思いっきり踏みつけ、
『ふにゃあっ!?』
「やはりドジっ娘はお約束という魔力には抗えな……って! あたいまでお約束さね!?」
 派手に足を滑らせた瞬間にバナナの持ち主(気がついたらバッグから零れてた)ダンテが砲撃を放ったが、主砲の斉射は尻餅をついた死神の頭上をあっさり通過した。
 これがチャペル内であれば、死神は足を滑らせた拍子に祭壇にぶつかって回避失敗という目もあっただろうが、外ではそうもいかないらしい。精鋭陣に比べれば命中率も心許無くはあったし、敵が転ばずとも避けられた確率も少なくはなかったのだ。
 だが瞬時に跳ね起きた死神へ、
「まァ、ドジっ娘は足元が覚束ないってのが確認できただけでも十分だロ」
 面白がるよう口の端を擡げたヴェルセアがスターゲイザーで足元狙い撃ち!
 星の重力込みの足払いを喰らった少女はまたも派手にすっころび、スカートの奥の意外に清純ぽい白が覗いたが、
「イヤ、事故だぜ事故。『お互いにとって』不幸なナ?」
『な、何ソレむかつく! 男が見ていいモンじゃないし!!』
 しれっと言ってのけたヴェルセアの視界を塗り潰すかのように、死神はレジ袋から赤黒い血をぶちまけた。彼を含む後衛陣に降りかかったそれは触れたところから呪いを浸透させ、銀の髪から呪いの血を滴らせたルースが底冷えするような声を吐く。
「おい。俺と雪まで迷惑こうむってんだが」
「あ、わたしは千舞輝様にかばっていただきましたので、だいじょうぶです」
「ウチも平気やでー。こう、4D映画で推しの血浴びた的な妄想たぎらす感じで!」
 けれど穢れなき光の翼を暖かに輝かせる雪を背に護りつつ、千舞輝はあっけらかんと空に五十円玉を弾いて癒しのにゃんこを招来。
「……おい。俺まで迷惑こうむってんだが」
「ハッ。わざわざ言い直すとカ、余裕たっぷりじゃねーカ!」
 律義に言い直したルースは癒し手の浄化を乗せて雪が振りまく流体金属の粒子に超感覚を覚醒され、冴え渡る視界に捉えた死神へ完璧な月光斬を決めた。
 しかし嵩の高い胸を持つ美女を捕縛するなら浪漫もあるが、胸の嵩のない小娘が相手では彼的にはちと空しい。麗しき曲線美の恋人がひそかに恋しい。
 ――ああ、はやくおうちかえりたい。

●共鳴
 神様少女の前に現れたその時から、死神天使は血塗れだった。
 だが今や鮮血がその半身を塗り尽くさんばかり。なのに逃走を図る様子が一切ないのは、彼女が熱くなっているからなのか、それとも。
「君が私のことを好きだから! なのかな?」
「そんなに想われるなんて……羨ましいわね」
『だって! アンタ達の心臓を見逃すなんてもったいな……ああっ!?』
 自信たっぷりに瞳を輝かすフェクトと恋作戦の演技を続けるリィで一瞬迷った死神が放つ手錠、捕縛やプレッシャーで鈍ったそれをリィが降魔の力を凝らせたショッキングピンクのハンマーで相殺した瞬間、
「二兎も三兎も追うからそうなるんだぜ? 恋はやっぱ一途じゃなきゃな、おませさん」
 ――生憎、一途な俺のハートの高鳴りは聞かせちゃやれねェが。
 新緑の合間に瞬いた星は、高々と跳躍したウィリアムが手にする刃の煌きかそれとも左手薬指の煌きか。いずれにせよ夜を湛えた刀身は一瞬で何度も閃き、憐れな死神を迎え入れる鳥籠のごとき斬撃を描きだす。叩き込まれたのは自陣最高火力の痛撃で、
「一途さやったら! ウチも負けてへんで!!」
「ああ。そりゃもうこの場の全員がばっちり理解してるだろ」
 二次元愛を貫く千舞輝が猫型の流体金属を纏った拳で追い撃ちすれば、古びた靴で一気に踏み込んだルースが世界で唯ひとり彼だけが揮える技を御見舞いした。
 ――何処が痛いんだ。此処か、其処か。ああ、言わなくていい。全部知っている。
 燃える腕を、深手の脇腹を強打し、最後に鳩尾へ渾身の殴打。
 息も詰まる衝撃に死神の眼が見開かれる。
 数多の傷だけではなく口からも血を溢れさせるその様は、誰の目にも明らかに、終わりが近いことを知らしめた。だからこそ。こんどこそ。
『アタシ様に、アンタの鼓動を聞かせて……!!』
「レザハちゃん!!」
 目移りしていた死神天使はまっすぐに、脇目も振らずに神様少女へ躍りかかった。
 命よりも、心臓を、鼓動そのものを求めるかのように揮われた刃がフェクトへ届く。その胸を深く斬り裂く。けれど、
「そいつはアホだガ、それでも心臓を盗らせるわけにはいかないんでナ!」
「このまま見捨てても良いんだけど、ま、そうもいかないわよね」
 一段と高く跳躍したヴェルセアが死神の頭蓋めがけて斧を叩き込み、二人の間を割るよう繰り出されたリィの電光石火の蹴撃が敵の腹を穿てば、間髪容れず雪が癒しを織り上げた。
「フェクト様! おうけとりください……!!」
 新緑の天蓋、そこから透ける空へ溶かすのは、冥府深層の冷気。
 生成された雪域から零れて光る淡雪が神様少女を癒して力を高めるのを感じれば、迷わずダンテも詠唱を口にする。
 主よ、誰か、あぁ、誰か私に、愛せるような人を見つけてくれ――。
 胸元に燃える地獄の黒炎から溢れる光、己が四肢を伝う黒の輝きが星剣の先まで至れば、大振りの一閃で渇いた黒風を迸らせた。だが、
『そんな攻撃当たらないし!』
 跳び退って躱した死神が肩で息をしつつ強がりで笑む様に、命中よりも相手の注意を惹く事を優先したダンテも鮮やかな笑みを閃かす。
「当然さね。こりゃ主役の花道を創るためのフェイントだからして。――さあフェクト!」
「ありがとダンテちゃん、みんなも! これで終わりだよ、レザハちゃん!!」
 そのときにはもう、神様少女の魔法が完成していた。
 ――ここは神様の聖域。君にも祝福あれ。
 杖の一振りで鳴り響く鐘の音は、すぐそこのチャペルからではなく遥か何処かの高みから響くもの。心地好いその音はこの日、鼓動のようなリズムを刻み、
「君自身の心の音は、君にとってどんなもの?」
『それ、は……』
 大好きなコのそれと響き合わせたい、何だかとっても嬉しい音。
 たとえ、それがひとときだけだったとしても。
 死神レザーズ・ハートの最期の言の葉を溶かして、彼女のすべてごと、木漏れ日の中へと消えた。

 ――なんだ。
「ちゃんと解ってたわけじゃねェですか。抉っちまえば心臓も静かになるって」
 死神ってのは単純なのか複雑なのかとウィリアムは苦く笑って、それにしても、とリィは冷えた溜息ひとつ。
「ドジっ娘だのアタシ様だの自称神様だの……キャラ作りが鬱陶しいヤツだったわね」
「ちょ、リィちゃん私が混ざってる混ざってる!!」
 神様少女は抗議したが、何か文句ある? 的に向けられたリィの眼差しに、ないです、と今日ばかりはフェクトも小さくなった。何せ命の恩人なのだ。
 無言で紫煙をくゆらせていたルースが、帰るか、と呟けば、素直に頷いて。
 神様少女は一度だけ、死神天使が消えたところを振り返った。
 ――バイバイ、レザハちゃん。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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