壊レタ世界ニ終焉ヲ

作者:朱乃天

 太陽が傾き落ちた西の空から、鮮やかな橙色があっという間に広がっていく。
 溶けて滲んだ夕日が混ざり合い、空一面に綺麗な夕焼け色のグラデーションが描かれる。
 昼から夜へと移ろい変わる時、視界に映る景色は朧気に霞んだように揺らめいて。
 まるで現世と常世の狭間の世界に迷い込んだみたいだと、リコリス・ラジアータ(錆びた真鍮歯車・e02164)が暮れ泥む街を闊歩する。
 通りの奥を進む度、『心』に灯る炎が何だかやけに騒めいて。奇妙な胸騒ぎを覚えつつ、リコリスは迷路のような裏路地から抜け出した。
 そうして辿り着いた場所――そこは使われなくなった廃ビルの解体現場のようだった。
 周囲に人は見当たらず、作業は途中で止められたまま、ビルは静かに聳え立っている。
 壁は崩され瓦礫の山となり、鉄骨だけが剥き出しに晒されて。形あるモノには必ず迎える終焉を、目の当たりにして複雑な気分に駆られた時だった――。
 ガシャリ――廃ビル内から響いて聞こえる金属音。
 リコリスがビルの中へと足を踏み込むと、巨大な鋼の蜘蛛に座している、真っ赤な着物を纏った異形の女性がそこにいた。顔は仮面で覆われてはいるが、一部が罅割れ不気味な素顔を覗かせている。
「――汝(うぬ)のその機体(カラダ)、バラして妾が造り変えてやろう」
 リコリスを見るなり異形の女性は卑しく笑い、手から無数の糸を伸ばして殺意を放つ。
「……生憎と、気安く肌を触れさせるつもりはありませんので」
 対するリコリスも、怯むことなく至って冷静に、身構えながら異形の女性を迎え撃つ。

 ――全ては運命に導かれるが儘。
 錆びて止まった記憶の歯車が、再び廻り始めて動き出す――。

「緊急事態だよ。リコリスさんが、宿敵のデウスエクスに襲われそうなんだ」
 玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)が慌ただしい様子でケルベロス達を招集し、予知した事件について語り出す。
 それは宿敵との邂逅を果たしてしまったリコリスが、敵から逃れられずに襲撃されてしまうというものだ。シュリは彼女に幾度となく連絡するが、どういうわけか全く繋がらない。
 とにかく今は一刻の猶予もない危険な状況だ。そこでリコリスがまだ無事でいるうちに、急いで救援に向かってほしいと、シュリはケルベロス達に呼び掛ける。
 襲撃現場は、街外れにある廃ビルの解体作業場となる。周囲はデウスエクスの力によって人払いが行なわれているようなので、到着したら戦闘だけに専念してもらえればいい。
 今回戦う敵となるのは、『葦舟御前』という名の死神だ。赤い着物を纏った女性の姿で、素顔を仮面で隠しているようである。
「ちなみにこの死神は、特にレプリカントを狙ってくる傾向があるみたいだよ」
 そして敵の攻撃方法は、糸を周囲に張り巡らせて相手の自由を奪ったり、巨大な鋼の蜘蛛を駆使して蹂躙してきたりする。また、炎の瞳で見つめた相手の心を狂わせて、過去の辛い記憶の中に閉じ込めてしまう。
「リコリスさんとこの死神との関連性は分からないけれど……でも、大切な仲間が襲われるのを、黙って見過ごすわけにはいかないからね」
 死神に襲われたのがどうして彼女だったのか、そこには何か理由があるのかもしれない。
 しかし理由がどうであれ、ケルベロス達が成すべきことはただ一つのみ。
 救出対象であるリコリスを死神から守ること。そして死神を討ち倒し――『全員』無事に戻ってくるのだと。
 この場に集った誰もがそれを願い、その約束を胸に誓って、ヘリオンに乗り込んでいく。
 シュリは戦場に向かう彼等の背中を見守りながら、心の中で武運を祈った――。


参加者
空波羅・満願(満月は星に照らされて・e01769)
リコリス・ラジアータ(錆びた真鍮歯車・e02164)
ティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)
狼森・朔夜(迷い狗・e06190)
イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)
ミゼット・ラグテイル(芽吹きのミルラ・e13284)
アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)
ハンス・アルタワ(柩担ぎ・e44243)

■リプレイ

●棄物ノ蒐集者
 ――空から射し込む黄昏色に染まる世界。
 夕陽に照らされている廃ビルから醸し出される雰囲気は、現世と常世の境界線がそこにあるかのようでいて。退廃的な空気が包むこの場所に、漂う死の香を嗅ぎ付けたのか――冥き闇夜の世界の住人が、生者の命を求めて顕れる。
「久しぶりですね……。尤も、私のことなど覚えていないでしょうけれど」
 目の前に出現した死神を見て、リコリス・ラジアータ(錆びた真鍮歯車・e02164)は驚く素振りも見せず冷静に、されど警戒心は怠ることなく気を引き締めて対峙する。
「……妾を見ても怯えぬか。絶望すらせぬ汝のその顔、実に良い。剥いで妾のモノにしたいくらいじゃのぅ」
 素顔を仮面で覆った異形の死神――『葦舟御前』が口元歪めて卑しく笑い、リコリスを凝視しながら殺意を露わに、手から伸ばした糸で捕まえようと動きかかった時だった――。
「そうはさせん。リコリスはやらせんよ」
 どこからともなく声が聞こえ、一つの影が舞い踊る。
 ティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)が颯爽と、駆け寄りながら跳躍し、地獄と化した鋼の脚で重力載せた蹴りを放って、戦闘開始が告げられる。
「リコリスさんを、死神に造り変えさせはしない!」
「わりぃがそいつには恩がある。容易く触れられるとは思うなよ」
 直後に乗り込んできたイッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)と、黒き竜の骸装纏った空波羅・満願(満月は星に照らされて・e01769)が、死神の前に立ち塞がって、リコリスを庇うようにして引き離す。
 更に彼等に続いて、他のケルベロス達も仲間の窮地を救うべく、次から次へとこの戦場に駆け付ける。
「彼女には義理もあるんでな。私達が来た以上、二度と彼女に手出しはさせない」
 狼のウェアライダー、狼森・朔夜(迷い狗・e06190)が軽やかに躍動しながら高く飛び、夕陽を背にして身を捻り、華麗な蹴りを見舞わせる。
「――ほら、狩りと食事の時間だ」
 スーツ姿のドラゴニアンの銃士、アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)が魔力を集めて解き放つ。それは藍紫色の龍のように見え、揺蕩う時を待ちながら、アベルの言葉を合図に吼え叫ぶ。
 喰らうことしか識らぬ貪欲なる龍は、獰猛なる顎門を開いて、死神目掛けて襲い掛かる。
「……合わせま、す。援護しますので、存分にお願いし、ます。……ふへ」
 控え目で気が弱そうな印象のハンス・アルタワ(柩担ぎ・e44243)が、不慣れな笑顔を浮かべつつ、星降る剣で星座を描くと光が溢れ、味方に加護の力を施していく。
「妾の邪魔をするというなら、汝等も纏めてバラしてやろう――ケルベロス共」
 葦舟御前が糸を前衛陣に向かって張り巡らせる。だが前に立つのはリコリスを含めた4人以外にも、サーヴァントのオールドローズや相箱のザラキも盾役として配置されていて。標的の数が多くなった分、葦舟御前の攻撃は分散されてその効果が浅くなってしまう。
「お前に私を救わせてやる――――身解きて百花と成せ、薔薇の娘」
 ミゼット・ラグテイル(芽吹きのミルラ・e13284)が従者のビハインドの力を一時的に借り、呪術によって廃ビル内を幻想的な野薔薇の園に塗り変えていく。
 風が吹き、柔らかに舞う花弁は乙女の白い指で触れるように傷を拭い、宿す甘露は痛みを消し去り、仲間に新たな気力を呼び起こす。
「大地の力を今ここに――顕れ出でよ!」
 次いでイッパイアッテナが、ルーンの斧に重力籠めて大地を裂かんと突き立てる。すると地面に亀裂が走り、大地に眠る清浄なる気が溢れ出て。龍穴の次元を繋げることで、この戦場中に癒しの力を振り撒いていく。
 ――大切な仲間であるリコリスを、死神の許に連れて行かせるわけにはいかないと。
 ケルベロス達は強い決意を胸に秘め、それぞれが死神打倒を誓って立ち向かっていく。

●略奪された『心』
 嘗てダモクレスであった過去の自分――。
 今はレプリカントとなって、『心』を得たリコリスではあるが。脈打つ鼓動の音はなく、そこには小さな炎が揺らめいているのみだ。それも全ては――この死神の所為である。
 胸に灯った炎の騒めきは、敵を教えてくれる暗夜の灯。決して忘れることのできない宿敵との因縁を、今こそ晴らして討ち倒す。彼女の動力炉の煉獄が、激しく燃えて身を覆い、荒ぶる地獄のココロが更なる闘争心を滾らせる。
「貴様のような姑息な奴の狙いなど、全て我等がお見通しというわけだ」
 葦舟御前に向かって、ティーシャがクールに言い放つ。レプリカントの同胞でもある友の為、長柄の斧を掲げて跳び上がり、敵の肩口狙って、刃を振り下ろして斬り付ける。
「死に損ないの死神が。どういうつもりか知らねぇが、このまま帰れるなんて思うなよ」
 満願も自身の宿敵と戦ったことがあり、リコリスにはその時助けてもらった恩がある。
 だから今度は自分が彼女の力になる番と、銀龍象るオウガメタルが翼を拡げて威圧して、闘気を宿した鋼の拳を死神の腹に捻じ込んだ。
「……私はてめぇら死神が大嫌いだ。てめぇの碌でもねぇ企み共々、ぶっ潰す」
 朔夜の言葉に含まれる、死神への敵意以上の憎悪と憤怒。死者を弄ぶような連中の、そのやり方には激しい嫌悪感すら抱く程。
 そうした連中に、好き勝手な真似をさせる訳にはいかないと。朔夜は流れるような動作で棍を振り回し、相手の腕を狙って、伸ばした糸を封じ込もうと打ち払う。
「……全く、造り変えるとかバラすとか、随分と物騒なこって。この因縁切りの手伝いに、俺も一枚噛ませてもらおうか」
 死神の変質的なまでの嗜虐嗜好に、アベルは呆れるように吐息を漏らす。だがこんな非道な相手なら、容赦しないで戦えるとも割り切れる。
 アベルは抜いた刀に無数の霊を憑依させ、振り抜く刃は葦舟御前の脾腹を裂いて、呪いの力で蝕んでいく。
 ハンスの耳を掠める、歯車の音。軋み、軋んで、心音のようにも聞こえてくるようで。
「今日、今、ここで、どちらかの歯車が止まるのなら……わたしは、あたたかいほうが好きだから。冷たい鉄の音を、止めるのです」
 手に持つ動力剣が、けたたましく鳴り響く。鋸状の刃が餓えた獣のように唸り声を上げ、叩き付けるように振り下ろしたハンスの一撃は、死神にかかる呪的防護の力を打ち破る。
 ――仲間を護りたいと想うその一心が、彼等の力と絆を強く結ばせる。
 息もつかせぬ連携で、攻撃を重ね合わせて手数で攻めるケルベロス達。しかし彼等のそうした攻撃を、死神はただ甘んじて受け続けているわけではない。
 葦舟御前の座する機械仕掛けの鉄蜘蛛が、金属音を響かせながら動き出す。
 蜘蛛が狙うは唯一人、標的と定めたリコリス目掛けて突進し、鋼の牙が彼女を喰い破ろうとする――しかしその前に、危険を察して間に割って入ったイッパイアッテナが、身を挺して蜘蛛の鋭利な牙を受け止める。
「私が盾として、全力を尽くして彼女を護り通します!」
 人の命を軽んじ弄ぶ、そんな輩を彼は決して許さない。
 腕に巻き付く攻性植物が、昂る心に呼応するかのように蔓を伸ばし、触手のように御前の四肢に絡み付かせて締め上げる。
 そして傷を負ったイッパイアッテナを、眩い光の盾が包み込む。ミゼットの用いた癒しの術により、精悍な肉体に刻み込まれた裂傷が、みるみるうちに消えていく。
「……お前のように心と命を弄ぶ奴が、私は一番、嫌いだ」
 金の瞳に怒りの色を灯して葦舟御前を睨みつつ、ミゼットが呟くように発した一言は、過去の自分が犯した行為に対する戒めでもあって。
 それでも自分は、癒し手として仲間を支えてみせると。自身の過去を贖うように、静かに心の中で決意する。

「この手で互いの因縁に、決着を付けましょう。貴女は私が絶対――殺します」
 忌まわしき己の因果を終結させる為。リコリスの覚悟を表すように腕が高速回転し、うねりを上げて繰り出す螺旋の拳の一撃が、御前の身体を抉って血飛沫が飛ぶ。
 高火力の攻撃を受けた葦舟御前が、一瞬態勢を崩しかける。その隙をティーシャが見逃すことなく距離を詰め、光り輝く呪力を帯びたルーンの斧を斬り下ろす。
「――行け」
 朔夜の御業を介して召喚された霊体が、狼の姿を成して、死神目掛けて飛び掛かる。鋭い牙で喰らい付き、咬み裂く痕には霊力の残滓が取り憑いたまま、傷口を広げ続けて苛ます。
「汝、業罪を貪り、天をも呑む地獄の咢也。祀られし万物万霊、悉く召され荼毘にふせり」
 満願が胃袋の中で煮え滾っている地獄の黒炎を、右腕に呼び寄せ集めて練り上げる。炎は大顎持つ魔獣の頭を模って、猛る獣の咢獄が、振り抜かれる拳と共に喰い掛かる。
「これで喰い潰してやる。地獄に堕ちろ、死に損ない」
 満願の意志に従うがまま、炎の獣が葦舟御前の体躯を咀嚼して、貪るように敵の生命力を啜り喰らう。
 番犬達は尚も手を緩めず怒濤の波状攻撃で、死神に付け入る隙を与えず攻め立てる。
「こう見えても狩りは得意でね。お次はそのデカブツを黙らせてやる」
 後方から眼光鋭く敵の姿を捕捉して、アベルが如意棒片手に疾駆する。
 標的は葦舟御前が座する機械仕掛けの巨大蜘蛛。棒の一点へと気を注ぎ込み、銃を抜くかのように身構えて――蜘蛛の顔面狙って正確無比に、目にも止まらぬ突きを放つ。
「そうまで機械の身体に拘るのなら、貴女の魂を……その枷から、解放してあげましょう」
 ハンスが昏く冷たい瞳で葦舟御前を一瞥し、脚に盛る炎を纏わせながら、灼けつくような紅蓮の蹴りを炸裂させる。
 最初は互角の戦いだった両者であったが、ケルベロス達の猛攻に、死神は次第に押されて苦戦を強いられてしまう。
 それでも幾度となく反撃するものの、守りを厚めに固めた番犬達の布陣は、そう簡単には崩せない。また回復役のミゼットも、治療に専念して被害を最小限に食い止めて――流れをケルベロス達の方に呼び込んでいく。
 そして戦いは、いよいよ佳境に突入していった――。

●『ココロ』に焚べる、因果の終焉
 幽玄とした黄昏色の世界に佇む死神を、ドワーフ族の夜目の力で見据える褐色肌の男。
「相手はかなり弱っています。このまま押し通しましょう」
 イッパイアッテナの瞳に映った葦舟御前は、着物が裂かれて全身至るところに傷を負い、正に満身創痍の状態だ。
 畳み掛けるなら今がその好機だと、勇壮なる戦斧を豪快に振り被って叩き斬る。そこへ彼の従者のミミックが、葦舟御前が求めていた宝物――即ち彼女の貌の幻を、映して魅せて、御前の心を混乱させる。
「……この程度で妾を欺けるとでも思うたか。ならば真の苦痛というものを、その身を以て味わってみるが良い!」
 葦舟御前の仮面のひび割れた部分、幽かに覗く素顔の邪悪な視線が、火を灯す。揺らめく緋色の瞳で見つめる相手――リコリスは視線を逸らせず見てしまい、墜ちた意識は炎の中に取り込まれていってしまう。
 彼女が視ている光景は、建物の中を彷徨う自分がそこにいて。しかし出口は見つからず、ずっと探し回っていた時に、仄かな灯りがふと浮かび上がる。
 灯りは増えて周りを取り囲み、消えたと思ったその刹那。次に彼女が目にしたモノは――無数の自分の貌が、壁一面に貼り付けられた奇怪な光景だ。
 幻の炎が視せる貌達は、嘆き、悲しみ、嘲笑い。千変万化の表情で、レプリカントの少女の心を狂わせる。そして貌の一つが手を伸ばし、彼女の胸部の奥を引き千切ろうと――。
「皆で一緒に、帰るんです。だから、どうかその手で望みを果たしてきて下さい」
 白衣を纏ったミゼットの、捧げる祈りが優しい光となって降り注ぐ。煌めく光の衝撃が、心を惑わす闇の力を打ち消して、リコリスを正気の世界に連れ戻す。
「ミレイにしては上出来だ。後はリコリス、お前自身でケリを付けてこい」
 満願も合わせるように龍鱗を模した光の盾を展開し、後は全てを宿敵主たる彼女に託す。
「ああ、見届けさせて欲しいもんだな。己の手で断ち切る、因縁の終わりって奴をさ」
 アベルが廃ビルの壁を蹴って高く舞い、落下の加速で威力を増した蹴りを叩き込む。
「葦の舟なら火の回りも早いだろうよ。……灰も残さず消えやがれ」
 朔夜の降ろした御業の力。其れは怒れる炎となって燃え盛り、放った火焔の砲撃が、忌むべき敵を灼き炙る。
「大人しくしていて、下さい、ね……? そう、そのまま……」
 ハンスが小声で囁きながら精神集中し、彼女の得意とする死霊魔術を行使する。
 紡がれる言霊に導かれるように、地から這い出た禍々しい蛇が、葦舟御前の身体を舐めるが如く巻き付いて。その首筋に、毒牙を突き立て、彼女の神経回路を麻痺させる。
「そろそろもういいだろう。これで……終われ!」
 ティーシャの腕が瞬時に破砕アームに換装されて、死神を猛追撃して抑え込む。手負いの御前を逃さないよう鷲掴み、全身の骨を圧し折り砕かんばかりに、強く烈しく締め付ける。
 高威力のこの攻撃に耐え切れず、深手を負った葦舟御前が膝を突く。最後の止めは任せたと、ティーシャが目配せしながら合図を送る。
 その彼女だけではない、ここまで繋いでくれた仲間の意思を、受け取りながらリコリスは――全ての因果を終わらせようと、怨敵たる死神の許に歩み寄る。
「残骸、残影、残響。疵より膿まれし者達よ。彼の者と共に――滄海へ還れ」
 リコリスが念を込めると、首に掛けた勾玉が、黒い光を発して戦場中を包み込む。
 この地に眠る疵の記憶を呼び覚まし、具現化させた残滓の霊は、ダモクレスであった時の己の姿に類似して。死神を、常世の果てに引き摺り込まんと襲わせる。そして混沌たる炎となって渦を巻き、犯した罪を裁くが如く、地獄の劫火が御前の身体を灼き尽くす。
 ――葦舟御前は狂える情火の嵐に呑み込まれ、断末魔と共に、灰燼と化して朽ち果てる。
 炎の幕に包まれた、彼女の最期をじっと黙って見届けて。リコリスは、儚く散り逝く骸の残影を、その瞼と心に焼き付けた――。

 静寂を取り戻した戦場で、番犬達はそれぞれに、討ち倒した死神の死を悼む。
 この因果の結末に『彼女』が何をどう想うのか、それは彼女の心のみしか知り得ない。
「……どうやら終わったな。少しは気が収まったか?」
 瞑目し、冥福を祈るリコリスに、満願が気遣うように言葉を掛ける。
 聞かれたレプリカントの少女は、表情を変えることなく、ただ静かに小さく頷いた。
 失くしたモノは、もう還ってこない。しかしだからこそ、今あるモノがより尊いと。
 そんな風に思えるようになったのも、様々な善き巡り合いがあったからこそ。
(「――そして何よりも、この『心』の切欠は、貴女だったのですからね」)
 真っ赤な夕陽に染まった斜陽の空を仰ぎ見て、廻る想いは炎の中に。
 全てはその先の、遥か彼方の世界へ一緒に溶けていく――。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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