決戦青のホスフィン~ワナビー・ラヴド・バイ・ユー

作者:秋月きり

 その男は美形――いわゆる、イケメンだった。
 眉目秀麗、伊達、鯔背と、ありとあらゆる美辞麗句は彼の為に述べられ、そして彼もそれを自覚していた。
 幾多の女性が彼の前を通り過ぎただろう。深く長い情を交わした相手もいれば、ただ、一夜の恋にのみ身を焦がした相手もいた。
 そして、今宵。『彼女』が彼の下に現れた。
「ふふ。お兄さん。貴方、素敵よ。整った顔立ちもそうだけど……」
 緋色の髪から零れる芳香が鼻を擽る。深い茶色の瞳は何処となくエキゾチックで、全てを見通す様に男の笑顔を柔らかく受け止めていた。
 何より、女は美しかった。尖った耳を始めとした異種族特有の美しさは、今まで男が恋した如何なる女性よりも神秘的で、そして、心打った。
 本気で女が欲しいと思ったのも、もしかしたら初めての経験だったかもしれない。
「美形だからどんな女でも簡単に釣れる、と思っているよね? 本当、下衆で厭らしく、勇者様に相応しい男ね」
 違う。俺はっ。
 弁明の言葉は紡がれなかった。青い炎が彼の身体を覆ったからだ。
 死者の泉から呼び覚まされた炎はやがて、男を飲み尽くし、その命を奪って行く。自身の終焉に男の瞳が捉えた物は、コロコロと楽しそうに笑う女――『青のホスフィン』の笑顔だった。

「リチウ、ナトリ、カリム、カッパー……」
 炎に包まれる男を前に、しかし、女――青のホスフィンの視線は彼に向けられていなかった。
 紡がれる4人の女性の名前。だが、その呼び掛けに応じる声は無い。姉妹の様に過ごした彼女達は既にこの世のものでは無くなっていた。
 全ては憎き、ケルベロス達の所業だ。
「仇討なんて柄じゃないけど……許しちゃおけないよね」
 貴方もそう思うよね?
 青の炎が消え、3mの長身を誇るエインヘリアルとなった男は、雄叫びで彼女に応じる。元々の顔も美形であったが、生まれ変わった顔はより一層、端正な顔立ちとなっていた。
「今までで一番美形のエインヘリアルに出来たわね。やっぱり、エインヘリアルなら外見に拘らないとよね。でも、見掛け倒しは駄目。とっととグラビティ・チェインを奪ってきてね。そして……」
 ざらりとした笑顔をホスフィンは浮かべる。
「一緒に、ケルベロスを殺しましょう」

「『青のホスフィン』が見つかったわ」
 ヘリポート。リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の言葉にローゼリア・ブラッド(狂った様に舞う蝶・e33931)は「そーかい」と短く答える。
「だったらその面、拝まねェとなァ?」
「そうね。そして、倒して欲しい」
 そうする事で炎彩使い達の事件に終止符を打つことが出来る。ローゼリアの捜査が実を結んだ瞬間だった。
「ホスフィンは今までと同じく、美形の男性を見つけて死者の泉の力でエインヘリアルと化そうとしている」
 今までならば男性を助け出す事は出来なかった。だが、今回ばかりは違うようだ。
「みんなは男性がホスフィンと接触する間際に、彼と彼女が接触する筈の繁華街の裏路地に辿り付くことが出来る。このまま放置すれば彼がエインヘリアルにされてしまうのだけど……今回は干渉できるわ」
 リーシャの提示した方法は2種類だった。
 一つ。男性をホスフィンの下に向かわないように誘惑する事。少々難ありな性格の為、正攻法な説得は通じない。男性好みの魅力的な女性を演じ、その場から連れ出す――いわゆる、『逆ナン』を行う必要がある。
 もう一つは逆にホスフィンに接触し、足止めをしてしまう事だ。ホスフィンの好みは美形の男性。また、一般的なシャイターンと同じく下衆な性格を好んでいる。下衆な美形と言う中々厄介な演技をすれば、釣る事が出来るだろう。
「どちらも、強い説得力を持たせる事が出来ればいいんだろうけどね」
「なら簡単だぜェ。男を脅して……」
 ローゼリアの言葉にリーシャは首を振る。
「グラビティを使用した瞬間、ホスフィンはみんなを認知し、襲撃を優先するわ。その瞬間、男性もエインヘリアルに転生させられてしまう。だから、まずは二人を引き剥がす必要があるの」
 本来であれば眼力でケルベロスを看過出来る筈なのだが、ホスフィンがそれを使用している様子は無さそうなのだ。故に、グラビティを使用しなければ正体を看過される事は無いと断言する。ただし、暴力沙汰での解決を行おうとした場合、ホスフィンの介入を許す事になるから注意が必要だ。
「……難しいナァ」
「そうね」
 ローゼリアとリーシャの嘆息が重なる。
「戦闘が開始されれば、戦場はそのまま路地裏になるわ。周囲に人影はないから、思いっきりやっちゃって欲しい」
 もしも男性がエインヘリアルと化してしまえば、ホスフィンの護衛として戦うだろうが、引き剥がしさえ成功すればホスフィン一人だ。
「ただ、問題があるわ。ホスフィンは不利を悟れば逃亡を行うの。空を飛び、夜闇に紛れてしまえば捕捉は困難になっちゃう」
「……なるほど」
 何故ここに呼ばれたのか合点がいったとグリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)が頷く。
「ええ。グリゼルダには逃亡の阻止を行って欲しいの。……危険だけど、伏兵として貴方にしか出来ない役割よ」
 しかし、グリゼルダの力量を考えれば足止めは一瞬だけになるだろう。しかし、その一瞬はグリゼルダが決死の覚悟で手に入れる事の出来る物なのだ。
「ホスフィンのポジションはクラッシャー。得物は妖精弓で、それに加えてシャイターンの能力を使うわ」
 男性のエインヘリアル化を阻止し、逃亡すらも阻止すれば、ホスフィンは決死の覚悟でケルベロス達を倒そうとする。ならば、ケルベロス達も相応の覚悟が必要だろう。
「青のホスフィンを倒せば世間を騒がせた炎彩使いの事件も終結するわ。だから……なんとしても、お願い。哀れな犠牲者をこれ以上出さない為にも」
 見送るリーシャが紡いだのはいつもの言葉だった。
「それじゃ、いってらっしゃい。武運を祈ってるわ」
 親指を立てて応じるローゼリアと、ぺこりと頭を下げるグリゼルダ。
 その二人共々、ケルベロス達をヘリオンへ導くリーシャの瞳には、強い信頼が宿っていた。


参加者
エリシエル・モノファイユ(銀閃華・e03672)
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)
竜峨・一刀(龍顔禅者・e07436)
西院・織櫻(櫻鬼・e18663)
ジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)
ローゼリア・ブラッド(狂った様に舞う蝶・e33931)
金元・樹壱(修行中魔導士・e34863)
ララ・フリージア(ヴァルキュリアのゴッドペインター・e44578)

■リプレイ

●夜道の甘い毒
 女は笑う。クスクスと。
 男の言い繕う様がとても面白いと言わんばかりに。
 その表情は魅力的で蠱惑的で、そして、可憐だった。
(「これが青のホスフィンか」)
 幾多の人々を魅了し、エインヘリアルに堕としていった少女の笑顔は確かに美しくて。
 思わず魅了されかけた西院・織櫻(櫻鬼・e18663)はその笑みに引き込まれないよう、内心で己自身を強く叱咤する。

「こんな路地で人待ち? 随分色っぽい格好だけど」
 傍から見ればホスト風の優男、と言った処だろうか。自身の外見を織櫻はそう評価していた。
 声を掛けられた少女――青のホスフィンはきょとんとした表情で彼を見詰めた後、クスリと笑う。その様は、まさしく小悪魔で、成る程、邪霊とはよく言ったものだと妙に納得してしまう。
 ホスフィンの捕捉は容易かった。ヘリオライダーの予知による居場所の特定は元より、遠目に見ても彼女は目立っていた。中東踊り子風の服装、そして整った美貌は見紛う事なく、彼女が異郷の存在である事を告げていた。
「もしかしてナンパのつもり?」
 警戒心を露わにする様子もなく、ホスフィンは好奇心旺盛な視線を織櫻に向ける。だが、その瞳は笑っていない。隙あらば食らい付く。そんな肉食獣の瞳を想起させた。
「誰か待ってるなら俺とどうかな。いい思いさせてやるよ」
 対する織櫻も作り笑顔を形成する。自身の演じるべき役所はホスフィン好みの下衆。ならば、その演技に全力を尽くすまでだった。

「織櫻おにい、大丈夫かのぅ」
 2人の逢瀬から距離を置いた場所に6人のケルベロス達が陣取っている。その内の1人、ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)はビル群の隙間から、心配そうに彼らの様子を窺っていた。
「それでも、ここは待つしかないわ」
 ジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)の気持ちもまた、彼女と同じだった。織櫻を信じていない訳ではない。だが、相手は百戦錬磨の強敵、炎彩使いの青のホスフィンなのだ。全ての不安を払拭する事は難しかった。
「これ以上距離を詰めると青のホスフィンに勘付かれてしまいます。そして……」
「如何なるグラビティでも使用した瞬間、青のホスフィンに気取られてしまう。確かに厄介じゃの」
 今はまだケルベロス達の存在を悟らせる段階ではないとの金元・樹壱(修行中魔導士・e34863)の独白に、ララ・フリージア(ヴァルキュリアのゴッドペインター・e44578)の嘆息が重なった。
 ケルベロス達の狙いは、本来、エインヘリアルと化す筈だった男性と、ホスフィンとの合流の阻止にある。エリシエル・モノファイユ(銀閃華・e03672)や織櫻の種族特徴である殺界形成を使えば事足りるだけのそれはしかし、ララの独白通り、如何なるグラビティをも使用できない制約が仇となっている。殺界形成を使用した瞬間、ホスフィンの狙いがケルベロス達の抹殺となる事は容易に想像できた。
 故に今はただ待つ。織櫻がホスフィンを足止めし、その隙に男性がこの場所を通り過ぎる事を。
(「頼んだぞ、皆」)
 目を閉じた竜峨・一刀(龍顔禅者・e07436)は、ホスフィンに接触する織櫻へ、そして、ここ以外で己の役割を全うしようとする仲間達へも祈りを捧げる。
 自身らの選択が吉と出るか凶と出るか。この時点では誰も、知る由もなく。

「いいわ。お兄さん、このまま無碍に振っちゃうと何だか可哀想だもの」
 ひとしきり笑い終えたホスフィンは織櫻にウインクすると、華のような笑顔を浮かべる。
「余り私好みの美形じゃないけど、偶にはいいわ。必死な所とか可愛いし」
「そ、そうか?」
 戸惑いの表情は上手く出来ていただろうか。否定的な物言いに多少、負けん気が鎌首を擡げそうになるが、それは飲み込む事にした。
「怒らない怒らない」
 織櫻に腕と足を絡めながら、ホスフィンはコロコロと笑う。やがて、その表情には淫靡な色が宿っていく。
 そして、2人の唇が重なった。

●青い鳥は檻の中
「けっ。路上でイチャイチャするんじゃねーよ!」
 悪態が聞こえる。聞き覚えのない男の声に、しかしホスフィンは「ん?」と唇を放し顔を上げようと身じろぎする。
「いいじゃねーか。見せつけてやろうぜ」
 織櫻の一世一代の芝居は、再度唇を重ね、舌を絡める事で発露する。蕩けそうな味わいが、再度、ホスフィンの意識を織櫻に向けていった。
「お兄さん下衆いね。……でも、嫌いじゃないわ」
 ちゅくり。
 2人の唾液が交わる音が、小さく響く。

「ひゅぅ。絵に描いたようなイケメンだなァ」
 双眼鏡で周囲を警戒していたローゼリア・ブラッド(狂った様に舞う蝶・e33931)は小さく口笛を吹く。双眼鏡に合わせ、ケルベロスの視力で捉えた青年は、確かに『特徴/身体:美形』と書かれても可笑しくないほどの美男子――イケメンだった。
 とは言え、性格はそれに伴っていなかったようだ。裏路地とは言え、キスを交わす2人――ホスフィンと織櫻に悪態をつくと、そのまま唾を吐き捨て去っていく。
 今、正に九死に一生を得た事を彼は知らない。そして、この瞬間がホスフィンの分水嶺だった。
「さて、青のホスフィンのお手並み拝見といこうじゃねぇカ!」
 にまりと浮かんだ笑顔は、獰猛な鮫を思わせた。

「ねぇ。お兄さん」
 つぅっと唾液の橋が2人の間に結ばれ、そして消えていく。紡がれたホスフィンの囁き声は、脳を溶かすように甘く広がっていった。
「もっといいこと、しようか。キスなんかよりも、もっと、もっと」
 夢心地のホスフィンの言葉と共に、織櫻の身体に炎が宿る。リンを思わせる蒼炎は瞬く間に織櫻の身体を包むと、火柱の如く燃え盛っていく。
 だが、それも一瞬の事。
「織櫻おにい!」
 ウィゼの投擲したガジェットが勢いよく蒸気を放出する。上記妨げられた炎はその勢いを弱め、やがて黒煙となって姿を消していた。
 驚愕の表情を浮かべるホスフィンの前に現れる6人のケルベロス達は何れも己の得物を構え、彼女にその切っ先を向けている。何より、彼らの放つ殺気が、本物の殺意となってホスフィンを貫いていた。
「――悪いな。ホスフィン。そう言う訳なんだわ」
 黒刃と銀閃。瑠璃と桜の象嵌が対となったそれぞれの斬霊刀を引き抜いた織櫻の宣言は、彼女に向けた演技のまま、紡がれていた。

「ケル、ベロス?」
(「裏切られた? 嵌められた? 私がこいつらに?!」)
 一瞬の間にぐるぐると思考が巡る。
 リチウ、ナトリ、カリム、カッパー。彼らに討たれた仲間の顔が浮かんでは消えていく。彼女達の仇討ちを願った事もある。だが、今は、この瞬間は分が悪い。
 次の瞬間、ホスフィンの背に宿ったのはタール色の翼だった。
 羽ばたき、浮上したホスフィンは夜空を目指す。本気で飛んだデウスエクスに、力で劣るケルベロス達が追い付ける筈もない。彼らは為す術もなく、消えるホスフィンを見送るだけ。
 ――その考えは確かに間違っていなかった。
 ただし、それはケルベロス達が何の備えもしていなければの話だ。そして、今回、彼らが悪手を踏む事は無かった。
「グリゼルダ!」
 エリシエルの声が響いたその刹那。
 金色が翻る。風を切る音が響く。そして、衝撃が身体を襲った。
「――っ?!」
 ホスフィンを真上から殴りつけた物は、グリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)のゲシュタルトグレイブだった。渾身の一撃そのものは腕を交差して防いだものの、飛翔の勢いはその瞬間、歪められてしまう。
「おいおい、逃げんなよォ!」
 そこにビルの屋上から精神を集中させたローゼリアの狙撃が走る。翼を貫かれたホスフィンは悲鳴と共に落下。アスファルトの地面との激突は避けたものの、結果、地上に引き戻されてしまう。
「グリゼルダ! この裏切り者!」
 月夜を背景に金色の翼を広げるヴァルキュリアへ吐く筈の呪詛は、しかし、次の瞬間、飲み込む事となった。
 空への道を塞ぐのはグリゼルダだけではなかったのだ。彼女の他に5人――早苗やイッパイアッテナ、ユウマにニケ、そしてユルと言ったケルベロス達もまた、その封鎖に力を貸すべく、姿を露わにしている。
 砕けた翼はヒールグラビティで修復した。だが、そこに生じたタイムラグはホスフィンの逃亡の暇を刈り取るに充分だった。
「さぁ、勝負よ青のホスフィン!」
 ここが貴方の終焉の地だと、ジェミが吠える。
「ホスフィン、妾達はお主を倒さねばならんのじゃ」
 ここを終わりの場所にしようと、ララが告げる。
「炎彩使いの事件に終止符を打ちます」
 これが最期の戦いだと、樹壱が宣言する。
「ホスフィンおねえ。私達の正義を喰らうのじゃ!」
 ウィゼの言葉はホスフィンの最期だけを意味していなかった。それは炎彩使い達による物語の終幕。彼女に死の楔を打ち込む事によって、この物語に終わりを刻む宣誓でもあった。
「ケルベロス。――定命者如きが舐めないでよねっ!」
 それに抗うべく、ホスフィンもまた、己の得物である弓矢を抜き放つ。
 逃げに転じられないのであれば、己の遂行する事は只一つ。今がその時でなくとも関係ない。今をその時にするだけだ。
「リチウ、ナトリ、カリム、カッパー。貴方達の仇、ここで討つ!」
 それは彼女にとっては絶対の業。自身の敗北を受け入れる事の出来ない、確固たる意志であった。

●私は貴方を殺したいだけ
 砂嵐が吹き荒れる。都会では起きうる筈のない砂風は、当然、ホスフィンのグラビティによって引き起こされた物だった。
 カマイタチ斯くやの斬風に身を晒した一刀はしかし、己の身体を朱に染め上げながらも鋭い眼光をホスフィンに突き付けていた。
「仇討ちか。良かろう、貴様にはその権利がある。わしらもまた、貴様らが奪った人々の仇を討つのみ」
 そして地を蹴った。
 一刀とホスフィンの彼我の距離はおおよそ十歩。だが、その距離は一瞬にして零になる。
 これぞ縮地。超人的な脚力とグラビティの融合が可能とした、一刀の技だった。
「――っ?!」
「その隙は逃せんな」
 徒手空拳の竜人の手は、たおやかなシャイターンの腕を摑む。刹那、ホスフィンの身体は地面へと投げ――否、叩き付けられていた。
「ここできっちり、引導を渡すわ。炎彩使い」
 追撃の刃はエリシエルによって紡がれる。紫電を纏った太刀の一撃はホスフィンの身体を捉え、血の華を咲かせた。
「――浅い!」
 だが、命を断ち切るとまでは行かなかった。ゴロゴロと無様に転がり、難を逃れたホスフィンは切り裂かれた脇腹を押さえながらも立ち上がる。しかし、その行為は次の攻撃を防ぐまで至らない。
「イケメンとか拘っているからそーなるのよ!」
 挑発の言葉と共に肉薄したジェミの拳はホスフィンの胸を捉える。踊り子服を切り裂き、心臓そのものを捉える殴打に一瞬、ホスフィンの息が詰まった。
「これの実験台になるといいのじゃ」
 続けざまに放たれたララの重力弾はホスフィンの身体を縛り、重圧を以て地面に縛り付ける。
「我が斬撃、遍く全てを断ち斬る閃刃なり」
 そして、織櫻が舞う。
 動きが鈍重となったホスフィンの手足を、そして褐色の肌を切り裂く斬撃は、まるで舞の如く紡がれる。痛撃から逃れようと身じろぎするシャイターンの姿は、その舞に応じる淑女の様でもあった。
「先ずはその動きを封じて差し上げますね」
「初めまして、そしてサヨナラって奴だ。青のホスフィン、私らと楽しく戦おうゼェ?」
 ホスフィンを捉える2脚の飛び蹴りは、流星の煌きと共に。樹壱とローゼリアの蹴撃はホスフィンの足を捉え、機動力を梳っていく。
「ホスフィンおねえ……」
 その様子を見送るウィゼの声は何処か寂しげに響く。
 彼女は今まで、4人の炎彩使いの最期を見送って来た。そして此度、最後の1人もまた、見送るのだ。ウィゼにとってそれは願望ではなく確信だった。
 そこに感情が入り込む余地などある筈もない。青ののホスフィンは、そして炎彩使い達は無辜な人々を殺害し、エインヘリアルに転じてきた悪鬼共だ。外見に惑わされ、手心を加えるつもりなどなかった。
「あたしにかかればこのぐらいの医療設備は携帯可能なのじゃ」
 ただ、自身らと彼女達の価値観の相違だけが悲しかった。彼女達は自身らを討たれる理由を理解する事なく死んでいく。デウスエクスと定命者達の考えの差異はあれど、それだけが何故か、悲しく思えた。

「年貢の納め時、と言う奴じゃな」
 雑居ビルの廂を足場に早苗は肩を竦める。
 見下ろす青のホスフィンとケルベロス達の戦いは一進一退。だが、その攻防は徐々にケルベロス達が押し戻し始めている。
「頑張ってください。皆さん」
「確実に撃破して下さい」
 イッパイアッテナとユウマの応援は彼らに届いただろうか。想いは必ず支えになると信じ、2人は眼下の戦いを見守り続けている。
「なんだかなぁ」
「……ま、それがグリくんの願いだからね」
 集った事に意味があったのか? と苦笑を浮かべるニケにユルが微笑を重ねる。
 ホスフィンの逃亡を妨げる手伝いをして欲しい。だが、物語の終局そのものは事件を任された8人に託したい。それがグリゼルダの願いだった。
 ゆえに彼らは戦いに加わらず、ここに待機している。
「皆様。御武運を」
 祈りを捧げるヴァルキュリアの役割は看取り。
 如何な結果が待ち受けていようとも、彼女はただ、目の前の出来事を見詰め続けるつもりだった。

「認めないっ」
 悲壮な叫びが夜の街に響く。ホスフィンの死力を尽くした蒼き炎はしかし、ジェミの拳に弾かれ、あらぬ方向へと吹き飛ばされる。
「こんな結果、絶対に、認めないっ!!」
 全身全霊の射撃は、盾へと展開したララのガジェットに受け止められ、ケルベロス達に傷を負わせる事は出来なかった。
 それは、グリゼルダの願った通りだった。
 それは、ケルベロス達が宣言した通りだった。
 徐々に、だが確実に、青のホスフィンは追い詰められていた。
「――終わりじゃよ、ホスフィンおねえ」
 薬液の雨で皆を回復するウィゼは、宿敵の最期を宣言する。ジェミとララが守り、ウィゼが癒やす。如何にクラッシャーの恩恵をホスフィンが受けた攻撃を行おうとも、彼らが敷いた防の布陣を崩す事は叶わなかった。
 そして今、正に攻――ケルベロスの爪牙がホスフィンに終焉を刻むべく、繰り出される。
「行くぞ、織櫻」
「ええ」
 一刀と織櫻による乱打は蒼炎の弾丸を潜り抜け、ホスフィンの身体に刃を届かせる。2者三刀の剣技は死の舞踏を紡ぎ、ホスフィンの身体を切り裂いていった。
「古代語の魔法よ、敵を石化させる光を放て」
「楽しかったが……あばよ、ホスフィン。素直に自分の終わりを認めろよ、なァ?」
 樹壱の紡ぐ古代語魔法、そしてローゼリアのブラックスライムはホスフィンの身体を蝕み、その動きを重くしていく。
 それが彼女に与えられた終わりへの道標だった。
 その束縛から逃れようと身動ぎするも、幾多に積み重ねられた呪による拘束は、彼女を解放する事はなかった。
「山辺が神宮石上、神武の御代に給はりし、武御雷の下したる、甕布都神と発したり。万理断ち切れ、御霊布津主!」
 そして、エリシエルが終局を宣告する。
「炎彩使いの炎を消し去る。これが、最後だ。青のホスフィン!」
 無拍子に紡がれた業物の一撃はホスフィンに防御を許すことなく、袈裟懸けに切り裂く。ぱっと咲いた血の華は、蒼炎に溶け、闇夜を切り裂かんばかりに輝く。
「みんな……ごめん」
 己の悪行を悔いる事なく、ただ、仇討ちに失敗した謝罪のみを口にして、シャイターンの少女は果てていく。
 その遺体は青い炎に包まれ――そして、何も残らず、消えていった。

●I wanna be loved by you
 聞こえる激しい息遣いは誰のものだったか。時間にして十数分。だが、死力を尽くした結果、虚脱感にも似た激しい疲労困憊がケルベロス達を覆っていた。
「よし、これで炎彩使い事件も終息ね!」
 その勝ち鬨の声はジェミが上げた物だった。夜闇の中、しかし彼女の笑顔は天頂に咲く太陽のように眩しかった。
「終わりましたね」
「そうじゃな」
 地面に崩れる樹壱とララの視線は、破壊の限りを尽くされた周囲に向けられていた。
 後はこの場所のヒールを施せば事件は全て完了。だが、身体が重く、動き出すのはまだ億劫。小休止は必要そうだった。
「刃を磨く良き戦いでした」
「成る程。お主はそう見るか」
 チンと澄んだ音と共に納刀した織櫻にカカと一刀が笑いかける。此度の戦い、織櫻の役割は大きかった。その激励も込め、バシリと力いっぱい、その背を叩く。
「何か残って……どうだろう?」
 焼け跡一つ残さず消失したホスフィンの最期を思い、エリシエルは嘆息する。形見か今後の手掛かりか。何か見つかれば重畳。無ければ無いで仕方ないと肩を竦める。
「終わったなァ?」
 ローゼリアに言葉を向けられたウィゼはこくりと頷く。青のホスフィンの事件だけではない。これで、炎彩使いの事件、全てに片を付けたのだ。
 その結果は誇らしい。それは当然だった。
「皆様!」
 ゆえに、降り立つグリゼルダ達に笑顔を向け宣言する。その報はいずれ、全てのケルベロス達に伝わるだろう。
「炎彩使いの事件は今、全てが終わったのじゃ」
 ウィゼの勝利宣言は、とても輝かしい表情で紡がれていた。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月17日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 11/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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