ハイ・コネクション

作者:蘇我真

 それは、とある高校の体育祭が終わった後のことだった。
「記念にカラオケ行こうぜ!」
「その前にメシだよメシ、俺腹へっちったもん!」
 夕焼けの差し込む教室。体操服から制服に着替え、戦勝を祝して打ち上げへと向かう生徒たち。
 その中のひとりが、席についたままの青年へと視線を向けた。
「なあ、小林は……」
「いーよいーよ、どーせ来たくねーだろ、小林シャチョーだってな」
 青年へ聞こえる声量で言い捨て、他の生徒たちが引き上げていく。
 クラスにひとり残された青年は、うつむきながらスマホをいじっていた。
「ああそうだよ、おまえらなんかと付き合うだけ時間の無駄だ。ボクは価値のある人間としか付き合わない……」
 スマホに表示されているのはSNS。彼が絡むのは、フォロワー1万越えのアカウントばかり。
「この人のように高校在学中に企業して、未成年で株式一部上場する。運動ができるものが一番偉いとかいうくだらないカーストに支配された学園を抜け出して、グローバルスタンダードな視線でこれからモノづくり大国ニッポンを復権させていくんだ……」
 それは本来誰に向けるでもない呟き、負け惜しみ。
 だが、それを聞いていた者がいた。
「その向上心、とっても良いと思いますよぉ」
 柔らかい、猫なで声だ。青年がはっとして顔を上げると、そこにはダルマを抱えた少女がいた。制服だが、この高校指定のものではない。
「な、なんだおまえは……」
「そうですねぇ、あなた風の言葉でいうとビジネスパートナー……かなぁ?」
 少女はダルマを巨大な鍵に持ち変える。それは心の扉を開く、夢の鍵だ。
「あなたの夢を叶える力をあげますからぁ……代わりにその向上心で、ダメな人たちをやっつけてくださぁい♪」
 鍵の先端が、青年の胸へと吸い込まれていく。
「なっ、にっ、こ……」
 青年は意識を失い、机へと覆いかぶさる。その傍らに、出現したのはスーツをビシッと着こなした青年実業家風ドリームイーターだった。

「意識高い系、か。意識と行動が伴っていれば、それは普通に意識が高いだけで済むのだがな」
 星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)は自らが視た光景を思い出しながらそう呟いていた。
「実際は伴ってないのですか?」
 そう尋ねるホンフェイ・リン(ほんほんふぇいん・en0201)は暑くなってきたからか、ミルク金時のアイスバーを咥えている。まったく意識が高くない女だった。
「まあ、今回の被害者に限ってはな。小林物部、高校2年生。夢は未成年社長での株式一部上場……それを入学当初のオリエンテーリング、自己紹介でぶちまけて以来シャチョーと揶揄されている」
「こばやし、もののべ……難しい名前なのです。実際、社長なのですか?」
「独学でプログラミングを学び、家計簿アプリを開発した……実績は以上だ」
「アプリ作れるだけすごいのはすごいですけど……確かに夢と現実の差があるですねぇ」
 少なくとも今ここでアイスをしゃぶっているホンフェイより頭がいいのは確かだ。そんな青年に目をつけたデウスエクスがいた。
「ドリームイーター、サクセス……ダルマを小脇に抱えた少女型をしており、高校生が持つ強い夢を奪って強力なドリームイーターを生み出している。この高校だけでなく、全国各地の高校でも似たような事件が起きているそうだ」
 今回の相手は小林青年から生み出されたスーツ姿の青年実業家風ドリームイーター。放課後の高校、教室に乗り込んで被害を最小限に食い止める必要があると瞬は語る。
「なるほど、了解なのです……でも、高校生の頃の夢の力ってとっても強そうなのです。強敵の予感がします」
 眉根を寄せるホンフェイへ、瞬は安心しろとばかりに続ける。
「大丈夫だ。今回の場合は歪んだ意識高い系の向上心を弱めるような説得をすればいい。力の大元を弱められればドリームイーターも弱体化するからな」
「向上心を弱める、ですか……どう説得すればいいのでしょうか」
 ホンフェイはアイスを咥えたまま腕を組む。
「家計簿アプリ作れるくらいでは企業は作れないといった現実を見せつける路線か、それか……今のおまえみたいな路線だな」
「今の私、ですか?」
「自堕落ぶりを見せつけて、こっちの水は甘いぞと誘い込むということだ」
「むー! 私は自堕落じゃないのです~! ちゃんと考えてるのですよ、世界の平和とか!」
 頬を餅の様に膨らませて抗議するホンフェイ。瞬はすまないと苦笑するのだった。


参加者
大三上・まひる(ホームレスホームガード・e11882)
風戸・文香(エレクトリカ・e22917)
葵原・風流(蒼翠の五祝刀・e28315)
堂道・花火(光彩陸離・e40184)
秦野・清嗣(白金之翼・e41590)
ベルガモット・モナルダ(茨の騎士・e44218)
エリアス・アンカー(異域之鬼・e50581)
犬飼・志保(拳華嬢闘・e61383)

■リプレイ

●学校へ
「学校か……」
 大三上・まひる(ホームレスホームガード・e11882)はとてつもないアウェー感を味わっていた。
「学校は、自宅にはならねえ!」
 自宅警備員である彼女が想像する、自宅からは最も遠い場所、それが学校だったからだ。ある意味では宇宙よりも遠いかもしれない。
 それでもこの場に赴いたのは、ここに倒すべきドリームイーターがいるからだった。
「全く、大変でふねえ」
 葵原・風流(蒼翠の五祝刀・e28315)はアイスキャンディを咥えていた。言葉とは裏腹に棒読み、まるで本当はそう思っていないかのようだ。
「お、美味そうッスね。そろそろ暑くなってきたし、オレもアイスで身体を冷やしたいッス」
 アイスに反応する堂道・花火(光彩陸離・e40184)を止める者がいた。
「まあ、そこらへんにして。とりあえず行こうよ。問題の教室にさ」
 秦野・清嗣(白金之翼・e41590)だ。仕立てのパリッとしたスーツを身にまとい、清潔感があるオーラを出している。
「こういう緩いノリも嫌いじゃない……っていうか、本来そっちのほうが性に合ってるんだけどねぇ」
「小林少年を説得するため、だな」
 ベルガモット・モナルダ(茨の騎士・e44218)の確認に、首肯して見せる。
「そういうこと」
「確かにそうしてるとIT企業の社長さんみたいに見えるのですよ」
「本当かい? それは良かった。気を抜いたら怪しいTV局のプロデューサーになるから、そうなる前に会いに行かなくちゃね」
「それじゃホンフェイ、打ち合わせ通りによろしくな」
 エリアス・アンカー(異域之鬼・e50581)に念押しされて、ホンフェイはガッツポーズを取る。
「任せてくださいなのです。リアクション芸人の神髄、見せてやるのです!」
「芸人だったのですか……」
 犬飼・志保(拳華嬢闘・e61383)が苦笑するその足元で、ウイングキャットは顔を手で洗っている。
「よーし、さっさと行くぞッ! ケルベロスだ! 全員避難しろ! そいつはドリームイーターだッ!」
 気合を入れるように叫びながら敵地、学校へと吶喊していくまひる。暴走しないようにと止めながらも引きずられていくホンフェイ。
 風戸・文香(エレクトリカ・e22917)は空を見上げる。
 体育祭が終わった後の茜色の空に、黒い雨雲が伸びてきている。
「一雨、きそうですね」
 そう呟いたのと、眼鏡のレンズに雨粒が落ちてきたのは、ほぼ同じタイミングだった。

●霹靂
「いたね……」
 放課後の教室には不釣り合いな青年実業家風ドリームイーター。
 その存在を確認した清嗣はまず教室の出入り口をキープアウトテープで塞ぐ。事前にまひるが騒いだこともあり学校関係者には概ね周知されてはいたが、それでも誰かが入り込んでしまってはいけない。万が一を防いでいく。
 その間に、文香が説得の口火を切った。
「一部上場を目指す、となると……株式会社を設立するということですよね。株式を取り扱う市場なんですから」
 ドリームイーターの視線が文香へと向けられる。
「まず株式会社設立までの、定款や資本金の準備は出来ていますか?」
「何……」
 ドリームイーターの返事は短い。だが、たじろいだ気配が伝わってきた。
「私は自営業……電気屋の娘ですから、会社や店を作ることの大変さも少しは知ってます。そして、続けていくことの大変さも」
「それは……資本金など、1円でも良かったはずだ」
「そ、そうだったのですか!?」
 知らなかったという風に大げさに驚くホンフェイ。
「ホンフェイさん……確かに説得には大げさに乗っかってほしいと言ったッスけど、相手の言葉に乗る必要はないッス……」
「おそらく素ですね」
 苦笑する花火の横、アイスキャンディを舐め終えてバーだけを口から上下に動かしながら風流が言う。ホンフェイのことは良く知っていた。
「理論上はな……はぁ」
 エリアスは嘆息する。丸太のような腕を組み、ドリームイーターを見下ろしていた。
「実際に企業するならもうちょっとはかかるだろ。自宅を会社として提出して……まあ、数十万ってところだな」
 否定するまでにも至っていない、そうエリアスは感じていた。
 登山するのに必要な装備を揃えて夢想している程度かと思っていたが、このドリームイーターを見る限り、その装備すらも揃えていない段階だ。
「どうせ今から倒すことになるやつに説教したって無駄かもしれねぇが……1円でもなんでも起業してみろよ」
「だ、だが、今はまだ日が悪いんだ……」
「じゃあ、いつ良くなるのよ?」
 志保の舌鋒がドリームイーターを穿つ。丁寧な口調から強気なものに変わり、まるで今まで猫を被っていたかのようだ。
「そうやってしり込みして、いつになっても一歩も踏み出さない」
「で、でもボクにはアプリを開発した実績が――」
「ないようなものでしょ、そんなもの。あんたがSNSでつながってるとか言う連中や自分の夢に比べたら、口先だけで中身が伴ってないの」
 ドリームイーターの反論を許さずにぴしゃりと言い放つ。
「しっかり自分の力を自覚して、そのうえで正々堂々、修行して強くなってクラスメイトとも勝負しなさい。それが筋ってものでしょう?」
「ぐぅ……」
 言い淀んでいるところへ、清嗣が追撃をかける。
「志保さんの言う通り、語るだけなら誰でも出来る。でも、成功には夢を凌駕する努力と実績が必要だよ。今までのやりとりは聞かせてもらったが、残念ながら今の君には両方ともに不足していると言わざるを得ない」
「でも、SNSで著名人とつながって……」
「誰だい? 具体的に名前を言ってごらんよ」
 清嗣の挑発に、ドリームイーターはしめたとばかりに有名人の名を上げる。
「なるほどなるほど……」
 清嗣は名刺帳を取り出すとおもむろにページをめくる。
「ここに、ここに、ここ……と。彼らは僕のパートナーであり、友人でもある」
「なっ……そんな、馬鹿な。ウソに決まってる!」
 清嗣の言葉は真実なのか、それとも嘘なのか。それは本人にしかわからない。
 だが、著名人ほど顔が広いものだ。知り合いが多くいて、その中にケルベロスがいたっておかしくはない。その可能性をドリームイーターに突きつけたこと、それが重要なポイントだった。
「別に君だけがそのカードを持っているわけじゃない。彼らは困ったときに手を貸してくれるわけではない。むしろ、儲かるときしか手を差し伸べない……そりゃあそうだ、慈善事業じゃなんだからね?」
「おれは他人の間違いを正せるほど立派な人間じゃねえ……だが一つだけ言えることがある!」
 まひるが大きく息を吐く。大きく息を吸うためには、一度肺の中を空っぽにする必要があるからだ。
「つまりよ、おまえはなんにも特別なんかじゃねえってことだ!!!」
 準備不足と実績を否定され、頼みの綱のSNSのつながりについても絶対のものではない。
「なのですなのですー!」
 ホンフェイもやんややんやとまひるの言葉尻に乗っかって囃し立てる。
「若いときはみんなそう思ってんだよ、自分は特別な存在だって。でも、遅かれ早かれ気づくんだ、自分は普通だってよ」
「それを……その言葉を普通じゃないお前らが言うのか!!」
「オレ、頭悪いからうまく言えないッスけど……普通って、悪いことッスか?」
 花火は、花火なりに話の流れを理解して、自分の言葉を紡いでドリームイーターへとぶつけていく。
「会社作って、相手は普通のお客さんに売るんスよね? だったら普通の感性を持ってることも大切だと思うッス」
「そんなものは、マーケティングの人間に任せておけばいいだろう!」
「なんだ……そこはわかってるじゃないッスか」
 どこか安心したように、花火が笑う。
「そうッス。大企業は一人の力じゃ作れないッス。ひとりひとり適材適所? ってのがあって、自分の能力を活かせるところにいけばいいッスよ」
「そうだな。一人で全てをこなすのもいいだろうが……しかし、たとえば、剣術を修め人の世を捨て達人となった専門家なら、一兵卒としては比類の無い人材かもしれないが、一軍を動かす将器足りえるだろうか?」
 ベルガモットも、彼女なりの言葉で自らの器を知るべきだと説く。
「つまり社長じゃなくてプログラマーにでもなれっていうのか?」
 残念ながら、例えが独特すぎてドリームイーターにまで届いたかというと微妙ではあったが……。
「プログ……はよくわからぬが、両方兼ね備えることもできるのかどうかという点では己を見つめ直すべきだろう」
 これはもう仕方がない。生を受けてからこれまでずっと騎士として生真面目に生きてきたベルガモットと、都会で生きてきた高校生の間には認識にズレがありすぎた。
 説得がとっちらかりそうになったので花火が軌道修正する。
「まだ高校卒業まで時間があるッス。自分が何に向いてるかを含めて、現実と向き合うといいッスよ」
 そうして、文香がトドメとばかりに確信を突いた質問を告げた。
「だいたい、あなたの目的はなに?」
「あ―――」
 ドリームイーターの背後、窓ガラスの向こうから刹那、白光が迸る。
 振りだした雨は強くなり、雷が落ちた。
「会社を作って一部上場させるのが目的? それとも人の役に立つアプリを作って、喜んで貰うのが目的?」
 そう、小林少年はその時点で歪んでいたのだ。あくまで手段であるはずの会社設立を目標に掲げ、スタート地点をまるでゴールのように扱っていた。
 その点を指摘されたドリームイーターは明らかに狼狽し、遅れて雷の轟音が鳴り響く。
「う、うああぁぁぁっ!!!」
 霹靂をかき消すように、ドリームイーターは襲い掛かってきた。

●いつか
 説得を完全に成功させられたドリームイーターは、はっきり言って弱かった。
 戦いの前に、すでに勝負はついていたのだ。
「いくぞトモエ! どおりゃあああああ!!!」
 まひるのテレフォンパンチとミミックの噛みつきがコンビネーションで炸裂する。
「回復をするまでもないですね」
「地獄の炎で、焼き払うッス!」
 そこへ更に風流の霊をも切り捨てる一閃が追い打ちで決まり、花火の焔が焼いていく。
「臆したか? 先ほどまでの威勢の良さはどうした」
 一旦退こうとするドリームイーターの足へベルガモットの蹴りが炸裂する。たたらを踏んだところへ清嗣の放った時の弾丸が身体を貫き、銃創から敵の身を凍らせていく。
 足を鈍らせ攻撃を当てやすくしたうえで、状態異常でその身を蝕ませる。ケルベロスたちも油断せず、着実な戦闘行動を取り続けた。
 その結果。
「合わせろよ、お嬢っ!」
「無茶な……でも、やるっ!!」
 ドリームイーターの背後に回り込んだエリアスのネリチャギ気味な旋刃脚と正面から最短工程で放たれた志保の右ストレート、降魔真拳に挟まれて。
「オ、オオォォ……ウォォォッ……」
 標的は、成す術もなく消滅した。
「おお……完封なのです。すごいのです」
「ホンフェイさん、感心するよりも先に小林さんの回復を」
「あっ、そうでした」
 風流に言われてホンフェイが慌てて動く。小林少年は教室の隅で倒れていた。意識を失っているが、ドリームイーターも消滅したことで容態は快方へと向かうだろう。
「こうして寝てるとあどけない顔をしているのにね……目を覚ましたら、今度は少し励ましてあげたいなぁ」
 オラトリオの天使の翼を広げながら、鷹揚に頷く清嗣。説得時とは印象が違うが、こちらの方が素なのだった。
「ああ。夢を持つのは悪い事自体はじゃねぇしな。俺なんかガキのころは……どうだったんだろうな」
 エリアスも教室を直しながら同意をする。
「正直、独学でアプリを作れたんですしプログラミングの道をオススメしたいです」
 志保の言葉に、花火はうんうんと首を縦に振る。
「凄いッスよね。オレじゃ絶対できないッス。難しい目標に向かって頑張るのはめっちゃかっこいいと思うッス! 応援してるッス!」
 窓の向こう、雨と雷が止む気配はない。
 だが、いつまでも止まないわけではないはずだ。
「……せめて簿記くらいは、学んでおかないといけなさそうですね。私」
 いつか実家を継ぐ可能性を考えて、文香は窓ガラスの雨粒を見つめながらそうこぼすのだった。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 2
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