青藍のアズライト

■リプレイ

●死する運命
　街の灯は未だ遠く、それでもひときわ輝いて見えた。
　多くの人々が集う其処を目指す機械少女は無感情に、ただ命じられたことを行う為だけに歩みはじめる。だが、其処に番犬達が立ち塞がった。
「来たか」
　草間・影士（焔拳・e05971）は黒の瞳に青藍の少女を映し、静かに口をひらく。
　彼女が自分の意志で此処に来たのか、死神に狂わされた故に此処にいるのかは今は関係ない。少女が敵として存在していることは揺るぎない事実だ。
「ごきげんよう、アズライト。わたくしがあなたの目的ですよ」
　メルカダンテ・ステンテレッロ（茨の王・e02283）は敵の気を引くように声を掛け、小さな手を掲げて手招く。
「また出たんだね、死神の因子」
「潜んでたダモクレスも傀儡にしちゃうなんて黒衣の死神ってすごいね……」
　今・日和（形象拳猫之形皆伝者・e44484）とイズナ・シュペルリング（黄金の林檎の管理人・e25083）は死神の操り人形となり果てたダモクレスを見据え、黒幕として裏に潜んでいる敵を思う。
　死を定められた少女人形は無表情のまま此方を見つめ返していた。
「ケルベロス、発見……」
　淡々とした敵の声を聞いた円谷・三角（アステリデルタ・e47952）はふと呟く。
「君は死神の駒になる予定のダモクレスなのか」
　彼の言葉にはたとした輝夜・形兎（月下の刑人・e37149）は其処に哀れさを感じ取る。でも、と一歩を踏み出した形兎は拳を強く握った。
「可哀想って思っちゃダメなんだよね」
　彼女をそのままにしておいたら、もっとたくさんの人が悲しむのだと首を振った形兎の意志を感じ、イズナと日和も気を引き締める。
　メルカダンテは真っ直ぐに少女人形を見つめ、おかわいそうに、と独り言ちた。自らを捧げたわけでもないものに、そのように扱われることは無念だろう。しかし目の前の存在はそんなことすら考えられぬ傀儡だ。
「グラビティ・チェインの回収を開始します」
「皆々様、気を付けるでにゃんす！」
　ダモクレスがケルベロスを睨み付けた刹那、逸早く反応した天淵・猫丸（時代錯誤のエモーション・e46060）が仲間に呼びかける。
　うん、と大きく頷いた彩羽・アヤ（絢色・en0276）が絵筆を手に取ると、ゼー・フラクトゥール（篝火・e32448）と匣竜のリィーンリィーンも戦闘態勢を整えた。
　影士や形兎達も敵がどう動くか窺い、日和も敵が何をするかワカラナイから、と警戒を強めた。そして、三角は眼鏡越しに無感情な少女機械を見遣る。無機質な殺気を受け止めながら三角は軽く息を吐いた。
「死を受け入れるしかないなんて、少し悲しいね。それなら、せめて――」
　死ぬのは一度きりにしてあげる。
　そう告げた彼が武器を構えた瞬間、死を与える為の戦いが幕明けた。

●青と蒼
　街灯の薄明かりを反射して、機械少女の胸の蒼が光る。
　暗闇で静かに揺らめく彩は何故だか猫の瞳のように思え、猫丸は目を細めた。
　だが、それは敵の外見に目を奪われた故ではない。敵の動きを読み、仲間に即座に伝える為に意識を集中させたからだ。
「影士さん、守りはお願いするでにゃんす！」
「任せろ」
　影士は猫丸に短い返答を告げ、機械腕を振るった少女の前に踏み込んだ。攻撃を受けると同時に影士は鋭い一撃でその威力を散らす。
　その見事な動きに視線で以て静かな賞賛を送り、メルカダンテは攻勢に入った。
「……せめて、逆らって、そして戦って終わりましょう」
　続けて破鎧の衝撃を打ち込んだメルカダンテは翼を広げ、軽く飛びあがることで素早く敵から距離を取る。
　更に三角が呪詛を乗せた斬撃で斬り込み、確実に敵の力を削いだ。良いね、と仲間の連撃に兎耳を揺らした形兎は魔力を紡ぐ。
「大丈夫、すぐに癒すからね！」
　満月に似た光の球を宙に浮かび上がらせた形兎は影士が受けた痛みを癒してゆく。
　その間に日和が己の魔鎖に力を注ぎ、その名を呼ぶ。
「行け、null。みんなを守れ！」
　日和の声と共に魔法陣の光が広がり、仲間の守護となって巡った。
　一般人が殺されてグラビティ・チェインが奪われる前に戦いに持ち込めたことは好機だ。人が多いところに出る前に倒すよ、と気合いを入れた日和は皆に目配せを送る。
　イズナは勿論だと答え、御業を呼び出した。
「グラビティ・チェインも奪わせないし、ここでわたしたちがちゃんと止めてあげるよ！」
「……先ずは一人殺して、力を手に入れる」
　熾炎の砲撃で対象を穿とうと狙ったイズナだが、少女はそれを受け止めていなす。その体勢から地面を蹴った敵はイズナに反撃を打ちこもうとした。
　だが、すぐに日和が仲間を庇いに駆ける。すかさず猫丸が截拳の一撃で少女の身を打ち貫き、攻撃の手を緩めさせた。
　腕を銃に変形させていた敵を見据え、影士は挑発めいた言葉を投げかける。
「弾切れか？　今度はこちらから撃たせて貰おう」
　その瞬間、零距離まで一気に間合いを詰めた影士が炎を纏った脚部で少女の腕を蹴りあげた。三角は其処に生まれた隙を見出し、月光の斬撃を見舞いに駆けた。
「悪いね、容赦はしてあげられない」
　片目を軽く瞑った三角が刃を振り下ろすと、少女の動きが更に阻害される。アヤは仲間達の背を確りと見つめ、仲間に呼び掛けた。
「ゼーおじいちゃん、あたしが絶対に守ってあげるから頑張って！」
「うむ、休んではおられんのぅ」
　癒しの力を振るうアヤの後押しを受け、ゼーはリィーンリィーンと一緒に攻撃を続ける。形兎もアヤと並び、立ち止まらず戦い続ける者達の歌を奏でて皆を奮起させた。
　メルカダンテは戦場に響く音に耳を澄ませながら、青い眸で敵を見つめ続ける。
「ひれ伏せ」
　冷徹にも感じられる声を紡ぎ、メルカダンテは腕に纏わせた蔓草を解き放った。
　もし自分達が敗北すれば、待っているのは無辜の民が傷つけられる未来。たとえ機械少女がいずれ死を選ぶのだとしても、その先は認められない。
　メルカダンテと少女の蒼き眼差しが交差した刹那、更なる銃撃がケルベロス目掛けて撃ち放たれた。
　させない、と飛び出した影士が形兎を守り、日和も三角への攻撃を肩代わりする。そして灯よりは敵に問いかける。
「キミは、壊されるために行動するコトについて、どう思う？」
　ボクだったらそんな命令は聞けない。そんな命令はしたヤツがやってみればイイんだよ、と自分の思いを告げた日和だが、敵は無反応だ。
　イズナも相手の言葉を引き出す為に言葉を掛けてみる。
「ダモクレスのことはよく知らないけど、死神に利用されちゃうのは嫌だよね？」
「…………」
　尚も敵は応えようとしない。だったら、と地面を蹴って距離を詰めたイズナは螺旋の一撃を叩き込み、敵を無情な命令から解放することを誓った。日和も斉天の一閃で敵の動きを封じ、猫丸が駆動剣で以て阻害する力を増幅させていく。
　三角やメルカダンテは攻撃の手を緩めず、影士と日和も果敢に仲間を守った。
　されど敵も此方を一人でも倒そうと狙い続ける。傷付いていく皆を癒すの自分達の役目だと己を律し、形兎は呼び掛ける。
「アヤちゃん、ウチと一緒に！」
「もっちろん！　皆を癒し続けるよ！」
　その声に笑みを見せたアヤは鮮やかな色彩で戦場を染め、形兎は黄金の果実を実らせることで番犬達を支える。
「よきかな、よきかな。これなら負ける気はしないでにゃんす！」
　猫丸は仲間達の補助を受け、しっかりと胸を張った。そして、携えた筆を掲げた猫丸は一筆で敵を断ち切るかのように腕を振り下ろす。
　捌筆は少女の身をなぞったかと思ったそのとき、その身が大きく揺らいだ。

●託した思い
「被害は甚大……命令履行は、不可能――」
　無表情な少女の口から零れ落ちたのは敗北を認めているかのような言葉。
　イズナがはっとし、メルカダンテをはじめとした誰もが戦いの終わりが近付いていると感じた。だが、ただ倒すだけではいけないことは皆が知っている。
　大した力を得ていないとはいえ、下手をすれば機械少女は死神の手駒として回収されてしまうのだろう。
「殺されることが運命づけられているなんて、悲劇だな」
　三角は損傷したダモクレスを今一度見遣り、イズナも彼女に精一杯の声を掛けた。
「心残りがあったら聞いてあげるよ」
「……そんなものは、ない」
　すると少女が初めて反応らしい反応を見せる。
　影士はそうか、とだけ答えて魔法陣を描いていった。術式で炎の毒蛇を作り出した彼は標的に向けて放つ。
「此処で仕留めて仕舞だ」
　大蛇の姿をしたそれは敵に絡み付き、灼熱の鱗と猛毒でその身を蝕んだ。其処へ斧を構えたゼーが加わり、敵を横薙ぎに斬り払う。
　これまで攻撃を躱そうと動いていた機械少女だが、明らかに動きが鈍くなっていた。
　それでも最後まで命令を遂行しようとしているのだろうか。ダモクレスは我武者羅にミサイルを撃ち放って対抗してくる。
　周囲の地面が抉られるほどの衝撃が番犬達を襲い、それを庇った日和の体勢が傾いだ。わ、と声をあげた日和が均衡を崩しかけたとき、すぐに形兎がその身を支えた。同時に形兎から気力が送り込まれ、日和は事なきを得る。
「間に合ったね、危なかった……！」
「日和ちゃん、だいじょーぶ？」
　アヤが心配そうに問いかける声に平気だと答え、日和は戦闘態勢を整え直した。
　そして、アヤは戦場に青藍色の背景を描き、影士はもう誰も傷付けさせぬというように皆の前に立ち塞がる。
　日和は手加減攻撃を打ち込み、猫丸は絵筆を取って周囲に或る絵を描いた。
「コレで整ったよ。メルカダンテクン、あとはお願い！」
「せめて不要な悲しみを生まぬよう、この手にて安らかな眠りを」
　猫丸の願いの籠った声を耳にした三角もまた似た思いを言葉に変える。
「せめて、苦しまないように――」
　二人が魔力で紡いだ力が重なりあってゆく中、形兎もぴこっと尻尾を揺らしながら満月めいた光をメルカダンテに飛ばす。
「ウチらの力、しっかり受け取ってね！」
「わたしの琥珀に想いを託すよ。あとはお願いね、メルカダンテ」
　続いたイズナは掌にきらめく金色の火を集め、輝く炎に想いを込めた。心を熱く奮い立たせた琥珀は皆の力をひとつに変え、ちいさな王に集わせる。
　メルカダンテは己に課せられた、最期の一撃という重さを敢えて受け止めた。
「さあ、わたくしを見て。……よけて、くれるな」
　息も絶え絶えの少女機械を見つめ続けた彼女は思う。
　これは或る未来を潰えさせることと同じ。彼女が助かりヒトの心を得る。これから紡ぐのは、そんな奇跡を殺す一閃。
　そのとき、まるで最後の灯火のように少女の胸の石が蒼く煌めいた。
　影士にイズナ、アヤと形兎。日和とゼー、猫丸に三角。皆から託された終わりを逃すまいと決め、メルカダンテは願う。
　――その終わりが一瞬でありますように。
　言葉にはしない思いは貫く槍となり、ダモクレスの身を深く抉った。やがてそれは、在り得たかもしれないひとつの奇跡と、そして――悲劇の未来を殺した。

●青藍を映す眸
　少女の形をした機械は崩れ落ち、その機能は完全に停止する。
　死神の因子が咲かせるという花が見えなかったことから破壊は成功したようだ。
「終わったか」
　影士がもう動かぬ少女を見下ろして頷くと、日和はほっとした気持ちを覚える。
「うまく因子を壊せたみたいだね。ふぇーっ、疲れたーっ！」
　大きく両手を伸ばした日和が気の抜けた声を出すと、形兎がくすりと笑んだ。これで自分達は任務を果たせたのだと思うと安堵が浮かぶ。
　ゼーも息を吐き、健闘した仲間達をリィーンリィーンと共に見渡した。
　三角はせめて彼女が生きた証でも拾っておこうかと思ったが、破壊された機械少女はいずれ完全に消滅する定め。元よりダモクレス勢力だった彼女は、今回のことが無くともいつかは敵として相対していただろう。
　感傷は捨て置こうと決めた三角は敵が消えゆく様を見下ろし、そっと呟く。
「これで良かったんだよな」
「うん、そうだよ。死神の目論見もダモクレス勢力も少し削ったからね」
　イズナは仲間に笑顔を向けて因子をちゃんと破壊できたことを喜ぶ。メルカダンテも静かに首を縦に振り、肯定の意志を示した。
　そのとき、メルカダンテはふと猫丸が戦闘中に描いたものに気付く。先程はよく見れなかったが其処には筆で記された奇妙な、もとい個性的な動物の絵があった。
「これは……ねこ、ですか？」
「ふっふ、わちきのせんす大爆発でにゃんすな！」
「わあ、にゃんすくんが描いたこの子って猫ちゃんなの？　イケてるう！」
　アヤもその声を聞いて絵を覗き込み、興味深そうに眺める。形兎と日和、イズナも見せて欲しいと絵に近付き、少女達は和気藹々と微笑みあった。
　そんな中で影士は気付く。猫丸の描いた猫の瞳は、同じく三角によって戦いの最中に青藍の色に彩られていた。この絵はきっと、彼らなりの死した機械少女へ捧ぐ弔いのようなものなのだ、と。
　メルカダンテも仲間の意図を感じ取り、絵の猫が振り仰ぐ空に目を向けた。
「空を臨む眸、というところでしょうか」
　その通りだと答えた猫丸は遠い星空を振り仰ぎ、瞬く光に手を伸ばす。
「――この蒼き瞳にて、きっとあの少女の代わりに夜空を見上げてくれましょう」
　哀しき傀儡のアズライト。
　たとえ其れが決して相容れぬ存在だったとしても、自分達だけは覚えていよう。
　宝石のように美しかった、あの蒼き彩を。

作者：犬塚ひなこ	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年6月10日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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