夢を抱いてジャムを泳ぐ

作者:遠藤にんし

●調理室にて
 焼きあがったジャムクッキーを食べ、苺谷景希は首を傾げる。
「生地とジャムが甘すぎたね」
 隣にいるのは上級生の高梨。同じ製菓科の二人は、放課後にこうしてお菓子作りの練習をすることがあった。
「すみません……」
「謝らなくても大丈夫。ただ、今日はもう遅いから反省はまた明日にしよう」
 高梨は苺谷へ調理室の片づけを頼んでから、自分の教室へと鞄を取りに向かう。
 ――ひとりになった苺谷のため息だけが、調理室へ響く。
「あなたはどんな理想を持っているの?」
 聞こえた優しい声はドリームイーター・フューチャーのもの。
「高梨先輩みたいに、美味しいジャムクッキーが作れるようになりたいんです」
 焼き菓子全般には自信のある苺谷だが、高梨の作るジャムクッキーの絶妙なバランスには勝てない。
 どうにかして……悩む苺谷の胸へ、フューチャーは鍵を突き立て。
「理想の自分を手に入れるためには、その理想を奪えばいいのよ」
 微笑と共に、新たに生まれたドリームイーターを見つめるのだった。


「製菓の勉強をする学生が狙われたようだね」
 高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)によると、先輩の作るジャムクッキーに憧れた後輩が、その気持ちをドリームイーター・フューチャーに狙われたらしい。
「1年生の苺谷は焼き菓子……いわゆる普通のクッキーとかパウンドケーキとかは得意なようだが、先輩である高梨の作るジャムクッキーに憧れているらしい」
 ジャムも手作りしているのだが、それがうまくいかずに悩んでいる模様。
「ドリームイーターは調理室にいる。『理想の自分への夢』が弱まるような説得をすれば、このドリームイーターも弱体化する可能性が高い」
 ドリームイーターの攻撃はジャムをモチーフにしていると聞いて、エリヤ・シャルトリュー(影は微睡む・e01913)の頬が緩む。
「おいしそうだけど、気を付けないとね」
「そうだね、油断はしないようにしたい」
 ドリームイーターは苺谷とほぼ同じ外見だが、服装などは高梨のものにそっくり。
「彼女たちは身長がかなり違う……高梨の方が高いから、服はだぼだぼで、ちょっと変な感じになっていそうだね」
 放課後ということもあって、校舎に人はほぼいない……人払いは必要ないだろう。
「ただ、あまりにも時間がかかりすぎると、先輩の高梨が来てしまう。そこだけは注意した方が良さそうだね」
 もしも説得をするのなら、今の苺谷を肯定するような言葉が必要になるかもしれない。
「理想を狙うやり方はずるいね。どうか、ドリームイーターを撃破してほしい」


参加者
平坂・サヤ(こととい・e01301)
天矢・恵(武装花屋・e01330)
ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)
エリヤ・シャルトリュー(影は微睡む・e01913)
幸・公明(廃鐵・e20260)
空野・紀美(ソラノキミ・e35685)
カーラ・バハル(ガジェットユーザー・e52477)
四十川・藤尾(馘括り・e61672)

■リプレイ


「The grass is always greener on the other side」
 ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)の呟きが耳に残ったのか、ドリームイーターは静かにジゼルの方を見やる。
 姿に合わない大きさの服を着たドリームイーター。憧れを映してちぐはぐな姿の彼女へと、ジゼルは言葉を紡ぐ。
「文字通り、隣の芝生は……というやつだ」
 敬愛する相手がすぐそばにいる、ということは、苺谷景希の僥倖な点。
 しかし、そのために自身の才能に気付けないのでは意味がないとジゼルは語る。
「そんな殻を被るのはやめて、もう一度、キミ自身のことを見直すべきでは無いかな」
 その言葉にうなずく空野・紀美(ソラノキミ・e35685)にも、人の作ったもの――ネイルを羨ましいと思うことはある。
 自分が出来ないものだからこそ、上手な人が羨ましくなる……憧れる気持ちは、紀美にとって共感できるもの。
「でもね、でもね! 憧れと自分がおなじになっちゃうのは違うと思うんだー」
 彼女が、憧れの先輩――高梨よりも上手に焼き菓子が作れる、ということを紀美は知っている。
「先輩とね、できないことを助けあって、ふたりでいっしょに作るのってダメなのかなぁ」
 苺谷自身が持つ特技をこのまま無くしてしまうのは勿体ない、一人でやるよりも楽しいことが見つかるはず、と紀美は笑顔で。
 苺谷が抱いた憧れの気持ちから、天矢・恵(武装花屋・e01330)が想起するのは自身の父親。
 彼の珈琲が好きで努力した日々を恵は覚えている――それでも結論は、父親の味は父親にしか出せないということだった。
 だから恵は別の方法を取った。その結果として、喫茶店を営んでいる……そのすべてを語ることはなく、恵は問う。
「得意な菓子はあるか」
「え? ……普通の、ただのクッキーなら……」
「それがお前の才能だ」
 そこで言葉を切ってから、恵は続ける。
「世の中には色んな菓子がある。色んな菓子があるから楽しい」
 目標を持つこと自体の否定はしない。
 ただ、背伸びして同じ土俵に上がる必要はないのだと、恵は言う。
「お前もお前の菓子も誰かを幸せに満たせる。お前だけの輝きがここにある」
 己の胸元を示す恵。
「目を覚ませ」
「……それでも、あのジャムクッキーは」
 途切れがちに、それでも言葉を紡ごうとするドリームイーターへと、エリヤ・シャルトリュー(影は微睡む・e01913)は声をかける。
「苺谷さんの『得意』を捨ててまで、理想の……高梨さんのお菓子の味をもらうのが良いのかな?」
 エリヤの言葉はのんびりしているからこそ、ドリームイーターには問いの答えを考える猶予がある。
「ぜんぶ取るんじゃなく、コツを更に教えてもらって、練習して。自分の得意に足し算したら、もっと良いと思う」
 得意なものがあるのなら捨ててほしくない。
 願いを込めて、エリヤは。
「えっとね。お菓子を作った人の『得意』がみえて。その中に、参考にした人の『得意』も見えたらもっと楽しいと思うんだ」
 そんな風に、語り掛けるのだった。


「苺谷さんの大好きな味を教えてくれたのが高梨さんなら、苺谷さんもまた、高梨さんのまだ知らない大好きを探してあげたらいかがでしょうか」
 幸・公明(廃鐵・e20260)の言葉は、そんな提案から始まる。
「挑戦し続ける今の貴方だからこそ出来ることもあると、俺は思うんです」
 ひとつの完成に至ってしまえばそれを崩すことは難しい。
 だからこそ、今、目指す過程の中で出来ることをしてほしいと、公明は言う。
「驚いた顔、見たくないですか?」
 同じ味ではなく、彼女自身の味として。
 思い付くものを全て試して、ガツンと高梨を喜ばせることが出来たら――。
「……なんて、知ったような口すみません」
 未完成の可能性への期待を込めた公明の微笑。
 カーラ・バハル(ガジェットユーザー・e52477)はそんな仲間の説得を聞きながら、どう伝えようかと考え中。
(「人には得意不得意がある……って言われても納得とかいくわけないよなァ」)
 苺谷の作る菓子を食べたことがない自分の言葉がどれだけ苺谷に届くだろうか、というところも気になるカーラ。
 そんなカーラが感じたのは、なりたいものに『なる』だけでは足りないということだった。
「その人の良さを得て、もっと美味しいのを作りたいんだろ? 成り代わるじゃ、なれねえよ」
 真剣な表情で告げてから、ふっと顔を緩めて。
「まァ、なんにしても苺谷さんの菓子食べたいってだけだけどな」
「でも、私のお菓子なんかより、先輩の方がずっと――」
 重なる説得の言葉に少しの揺らぎを見せながらも、依然としてかぶりを振るドリームイーター。
(「理想は理想でよいと思うのですよ」)
 望みを叶えることが悪いと、平坂・サヤ(こととい・e01301)は思わない。
 でも、この理想が違うと思うのは。
「いまの景希の姿には、理想には、どこにも景希が居ないじゃーないですか」
 姿こそ苺谷のまま、だというのに服装は高梨を真似て不似合いで。
「先輩さんに成り代わったら、ただ景希が居なくなるだけですよう」
 サヤの言葉に四十川・藤尾(馘括り・e61672)もうなずく。
「奪ったとて、高梨さんの腕をもいで挿げ替えたとて同じにはなれない」
 それは、今のドリームイーターの姿が示しているように。
「景希が作りたいお菓子は、何でしょう」
「私は……美味しい、クッキーを……先輩のみたいに……」
「おいしいものはひとつきりじゃないから、色々なお菓子があるのです」
 黒髪の奥でサヤの瞳が笑った。
「補い合えたら、もっとおいしいものができると思いません?」
 高梨の作るジャムクッキーは、確かに魅力にあふれているのかもしれない。
 しかし、それを苺谷が手に入れてしまったら、苺谷は喪われてしまう……それは、その分だけ損なことだ。
「景希さん」
 藤尾もまた、諭すように優しく苺谷の名前を呼ぶ。
「同じものを作るなら機械で出来ますの。貴女は高梨さんのクッキーを作る機会になりたいのかしら?」
「……それ、は」
 彼女には、彼女にしか焼けないお菓子がある。
 その腕を、きっと誰かに褒められたことだって。
「互いに研鑽し合い、もっと美味しいクッキーやケーキを作りたいのでは?」
「……」
 美味しいものと美味しいものが重なって、もっとずっと美味しくなる――それがお菓子というもの。
 しばしの沈黙を経て、ドリームイーターは呟く。
「私が作りたいのは……高梨先輩みたいに、美味しいお菓子」
 でも、と言葉は続く。
「私にしか、作れないものじゃないと、嫌だ」


 説得は成功したが、それだけではドリームイーターは消滅を迎えはしない。
「先輩さんが来る前に、片付けてしまいましょう」
 ぴょんと飛び上がったサヤの足からは星屑で出来た虹が伸びる。
 星粒の小さな輝きに混ざり合う赤い瞬きは恵の足元から。二つの煌めきに彩られて、戦いは始まった。
 時間をかけすぎては高梨が来てしまうからと、ケルベロスたちの選ぶグラビティはどれも威力を高めたもの。ジゼルの砲撃もまた、精度と威力が申し分ないものだった。
「《我が邪眼》」
 エリヤの黒のローブの魔術回路が、動き出す。
「《閃光の蜂》」
 影が揺らぎ。
「《其等の棘で影を穿て》」
 針を持つ蝶へと変貌した瞬間に一斉射出。逃げることの出来ない針の雨に晒されながらも、ドリームイーターは煮えたぎったいちごジャムをケルベロスたちに差し向ける。
「いい匂い……けど、熱っ!」
 受け止めたカーラは熱いジャムを如意棒で受け流しながらドリームイーターに迫り、痛烈な一撃を加える。
「たいへんたいへん、大丈夫っ?」
 そんなカーラの様子にびっくりしつつ紀美は星座の加護をカーラ含める前衛へ。傷を癒し、護りを与える守護星座の輝きを受けて銀彩『昇藤』が煌めいた。
 公明の作り出した紙兵の中を突っ切るようにしてミミック『ハコさん』はドリームイーターへ接近。淡い箱の中からエクトプラズムをドリームイーターの至近から叩き込む。
 紫の髪を揺らして藤尾は流星の蹴りを放つ。
 ――藤尾自身としては、理想が人を殺すさまを見てみたい気もしてはいた。
 とはいえ、それは純粋であればこその話。不純な介入者が――デウスエクスがいるともなれば。
「わたくしも邪魔をしたくなるの」
 笑い声は細く細く、糸のようだった。


 エリヤはアンゴラウサギを送り込み、ハコさんも続いて一緒にドリームイーターにかみつく。
 ケルベロスたちの短期決戦の意志を感じてなのか、ドリームイーターの攻撃も一人ひとりを狙って、出来うる火力を向けるような形だ。
 理想へ向ける気持ちは弱くなっているため一撃の威力はそう強いわけではないのだが、それでも放っておけば取り返しのつかないことにはなる。公明はカーラへ向け、特殊なパルスを発生させる。
「大丈夫、傷は浅いですから……」
 傷を癒すためではなく、痛覚を鈍らせるためのヒール。それでもいくらか動きやすくなったのか、カーラは龍因子の解放による自己回復よりも旋風のごとき蹴りによる攻撃を選んだ。
「公明さん、ありがとうございますっ!」
 紀美は明るく笑ってみせてから、ドリームイーターへ向き直る。
「つぎはわたしの番っ!」
 ネイルのモチーフは射手座。まっすぐに伸びた弓矢は迷うことなくドリームイーターへと向かい、その胸に突き刺さった。
 無邪気な力の発露――心地よいほどの一途な力に気を良くした藤尾は己の唇を指先でなぞり、その美貌に隠されていた呪いを晒す。
 土蔵篭りとしての本領発揮。呪わしき、麗しき顔貌にドリームイーターが隙を生んだ瞬間、サヤは手を伸ばして。
「ありえることは、おこること」
 貫通の可能性をそこに示した――今回は、パフェで使うような長い長いスプーンで。
 手を伸べるのは恵も同じ。ただし、そこに現れたのはドラゴンの幻影。猛る赤い鱗のドラゴンは勇猛にもドリームイーターへ食らいつく。
 一歩、ドリームイーターが後ずさる。身に宿る傷痕はいくつも、そしてどれもが今でもドリームイーターの身を苛む……そんな姿を見たジゼルは、思わず声を漏らす。
「積み重ねの力というのは偉大だ」
 ケルベロスたちの戦いの成果として、こうしてドリームイーターは追い詰められている。
 その最後の一手として、ジゼルは告げる。
「開け――“The Silver Key”」
 光り輝くそれは、鍵のように見えた。
 ひときわ強い光が満ちる――それが、ドリームイーターの最期だった。

「どうにか終わったか……」
 ドリームイーターの消滅を確認して、カーラは安堵の声を漏らす。
「ちゃあんと伝わったみたいだね!」
 戦いで苦戦しなかった――ドリームイーターが弱く感じられたのは、その分説得の言葉が届いたから。
 それが嬉しくて、紀美は笑顔を浮かべていた。
「怪我はないみたいだね」
 苺谷の様子を見ていたジゼルが言うので、周囲のヒールをしていたエリヤは「よかった」とつぶやく。
 藤尾もヒールの手伝いをしながら、ふと窓の外からグラウンドを見やる。
 ドリームイーターをはじめとして、学校を舞台に暗躍するデウスエクスは多い――どこへ行くかも定まらないまま、熱情だけを持っている人々。彼らはデウスエクスにほんの少し手引きされるだけで、面白いように転がっていくのかもしれない。
「ほんに可愛いこと……」
 そんな小さな声を聞く者は、誰もいない。
 ――ヒールがあらかた終わったころに、高梨も調理室へ戻ってきた。
「憧れることは悪いことじゃねぇ」
 苺谷を高梨へ引き渡しながら、恵は苺谷へと。
「だが見失うんじゃねぇぜ、自分を」
「はい。……私、頑張ります」
 そして家路をたどる二人を見送って。
「景希と先輩さんが、おはなし出来ると良いですねえ」
 のんびりとサヤが言う頃には、外はすっかり暗くなっている。
「では、俺たちも帰りましょう」
 公明が言って、ケルベロスたちも校舎を後にする。
 これからの二人が作るお菓子を、どこかで食べることがあったら――そんなに嬉しいことはない、という気持ちを胸に。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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