夜更けの花嫁

作者:佐枝和人

 大阪を流れる大河、淀川。その河口近くに、府内でも有数の繁華街が広がっている。
 夜の店が立ち並ぶ道沿い。一人の男が、とぼとぼと駅への道を歩いていた。
 間もなく日が変わる。明日の仕事への影響が必至のこんな時間まで飲んでしまったのは、理由があった。
 大学時代の友人から届いた、一通のメール。かつての恋人が結婚したことを知らせるものだった。
 決してモテる方ではない彼にとって、これまでの生涯で一度だけできた恋人。彼としては、真剣に結婚も考えていた。
 しかし、就職後の多忙は、想像を超えていた。ろくに会うこともできなくなり、すれ違いが諍いをうむ。そして破局。
 つらい記憶を振り切るように、彼はより一層仕事に励み――そして、独りがすっかり板についた。
「何のために働いてるんだろうな……」
 自嘲気味に笑い、歩みを進める。
 そんな男の前に、少女が立った。
 こんな夜更けの繁華街には、決して似つかわしくない。どこかあどけなさを残す表情は、成人のものには見えない。ウエディングドレスを思わせる真っ白の衣装には、あちこちに花があしらわれている。
「見つけた」
 少女はそう言うと、驚いた様子の男に向かってにっこりと微笑んだ。
「ねえ、こっちに来て」
 明らかに不審な誘い。しかし、男は何も言わずついて行く。少女の顔は、少しかつての恋人に似ていた。
 路地裏に入った男と少女。だれもいない暗い場所で、少女は男の瞳をじっとのぞき込む。
「私と、一緒になりましょう?」
 普段なら断るであろう問い。しかし、酔った頭と、開いた心の傷が、正常な判断を阻害していた。
 頷いた男に、少女は抱きつく。重なる唇。ロマンチックにも見えるその行為が、残酷な結末を産み出す。
 口移しされた攻性植物が、男の体を侵食していった――。
「攻性植物です!」
 ケルベロスたちの元に駆けつけた笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)が、慌てた様子でそう話しはじめる。爆殖核爆砕戦の結果、大阪城周辺に抑え込まれていた攻性植物達が動き出したのだという。
「攻性植物は、大阪でたくさん動いているみたいです!」
 おそらく大阪市内で事件を多数発生させ、拠点を拡大しようとしているのだろう。
「すごく大規模じゃないんですが、放っておいたらゲートの破壊成功率も、じわじわ下がっちゃいます!」
 それを防ぐためには、敵の侵攻を完全に防ぎ、隙を見つけて反攻に転じる必要がある。
「被害者さんは、女の人にモテないタイプだそうです!」
 朗らかにねむ。女性に縁のない境遇が、あからさまに怪しい攻性植物についていってしまうことに繋がる。
「被害者さんが避難しちゃうと、攻性植物は隠れちゃいます!」
 そうなれば、別の場所で被害が出ることになる。そうさせないためには、攻性植物の誘惑を断るように説得することだ。男が攻性植物から離れれば、被害者の安全を確保し、有理に戦闘を進めることができる。
 女性と縁遠いことを短時間でフォローできれば、説得は十分に可能だろう。
「説得が上手くいかないと、被害者さんは攻性植物の配下になっちゃいます……」
 そうなれば、戦闘は厳しくなるだろう。
「攻性植物さんは、ドレスから光線を出したり、腕から蔓を伸ばして締め付けたりしてきます。蔓から出てきた実で、回復もします!」
 幸い、周辺にひとけはない。戦闘に専念することができる。
「まあ、俺は結婚とかはよくわからないが……」
 話を聞いていた近衛・翔真(ウェアライダーの螺旋忍者・en0011)が、苦々しげな声で呟く。
「罪もない男を攻性植物にしてしまうなど、許される訳がない!」
 翔真が手にした紙コップを握り潰し、こぼれた水が床を濡らす。
「みんな、攻性植物を倒すぞ!」
 翔真の言葉に力強く応えるケルベロスたちを見て、ねむはぺこりと頭を下げた。


参加者
アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
火岬・律(幽蝶・e05593)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
チェリー・ブロッサム(桜花爛漫・e17323)
神居・雪(はぐれ狼・e22011)
サロメ・シャノワーヌ(ラフェームイデアーレ・e23957)
ヴァイドゥーリャ・ヤクシー(煙霞痼疾・e56524)

■リプレイ

●夜更けの町で
 もうじき日が変わろうとしている。すっかり夜中だが、町はまだ明るい。ネオンの光に照らされる中を、酔った人々が行き交っている。
 繁華街の片隅に、ケルベロスたちはいた。
「誘われたらすぐ乗っちゃうなんて、男の子ってやつはほんとにもー!」
 チェリー・ブロッサム(桜花爛漫・e17323)は、呆れているようにも怒っているようにも見える。
「敵もあの手この手と考えるもんだな」
 横で頷くのは神居・雪(はぐれ狼・e22011)。
「事情はどうあれ、色仕掛けにひっかかるお馬鹿さんは嫌いだけど」
 ヴァイドゥーリャ・ヤクシー(煙霞痼疾・e56524)は、そう言って羽織っていた上着を脱ぐ。現れるのは、体のラインを強調するチャイナ服。
「死なれたら寝覚め悪いものね」
 機能を優先した、露出の多いその服装が、夜の町に不思議と似合う。
「お、来たみたいだな」
 近衛・翔真(ウェアライダーの螺旋忍者・en0011)が呟いた。駅に向かって歩いているのは、情報通りの姿をした男。仕事の疲れと酒のせいだろうか。やたらとくたびれた感じを醸し出していた。
「チェリー的にはあの男は有りか?」
「うーん、身長はもうちょっと欲しいね」
 雪の問いにチェリーが答える。彼女の好みである高収入・高学歴・高身長からすると、他の条件はともかく、中背の彼はやや物足りない。
「まあでも、悪くないかな」
 男は、美男子とはとても言えないが、酷いというほどでもない。仕事に明け暮れていたゆえの、経験の乏しさがつけ込まれることになったのだとすれば、それは悲しい。
「止めてやらねぇとな」
 鋭く眼光を輝かせ、アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)が呟いた。
「じゃ、行こうか」
 サロメ・シャノワーヌ(ラフェームイデアーレ・e23957)の言葉に、頷くケルベロスたち。男を救うための作戦が、始まろうとしていた。

●一芝居
「こんばんは、お兄さん、仕事うまくいってる?」
「お顔の色が優れませんが……大丈夫ですか?」
 チェリーと並んで声をかけるのは、火岬・律(幽蝶・e05593)。スーツ姿の笑顔の律と、元気いっぱいのチェリー。人当たりの良い2人に声をかけられ、男はつい歩みを止める。
「何か悩み事でも?」
 律の言葉に応じ、男はぽつぽつと語り始める。アルコールによる自制心の低下が、ここでは功を奏した形となった。
「いや……昔つきあってた彼女が、結婚したらしくてね……」
 男の言葉を、律はしっかりと受け止める。
「俺は仕事ばっかやってて……なんかなあ」
「仕事はちゃんとやってるんだ。もしかしてばりばり働いちゃってる?」
 チェリーの言葉に、男は反射的に頷く。
「すっごーい! ひたむきに仕事する人ってかっこいいよねっ!」
 目を輝かせるチェリー。その勢いに気圧されながら、男の表情は少し緩む。桜色のロップイヤーも可愛らしいチェリーに言われれば、気分が悪い筈もない。男の心の澱が、少し消えたようだ。
「30代なんて男盛りじゃない。真面目に仕事してるってポイント高いわよ」
 入ってきたのはヴァイドゥーリャ。チャイナ服のスリットから覗く、光るように白い太ももに男の目が引きつけられる。
「ひたむきに仕事する人ってかっこいいよねっ! もしかしたら同僚とか取引先の女性から視線感じたりしない?」
「そんなことは……」
 チェリーの言葉を否定しつつも、まんざらでもなさそうな男。そこにサロメも入ってきた。
「キミのような人が一人とは、月ももったいないことをしたね」
 歌うような調子で、空を見上げる。口調と服装は男性のようだが、体のラインは女性らしさを感じさせる。輝くように美しいヴァイドゥーリャとサロメに、男は魅了されていた。
「おかげでキミと話すことができて私は嬉しいのだけれど」
 ハートを瞳に映し、サロメは男の瞳をじっと見つめる。深い紫の瞳に吸い寄せられ、男はつい目をそらす。
「女性から好かれるために必要なとこは、これから頑張って勉強しても遅くないわ」
 女性慣れしていないのが丸わかりの男の仕草にクスリと笑い、ヴァイドゥーリャが言う。
「お兄さんみたいな真面目で誠実そうな人、あたし結構好きよ」
 そう言って、心を射貫くようなウインク。
「それに変な女の色仕掛けにひっかからない実直な人だと、尚ポイント高いわよね」
「もったいないから簡単に女の子の誘いに乗っちゃダメだよ!」
「浮気しなさそうな人って素敵だわ」
 チェリーとヴァイドゥーリャが、2人がかりで褒め称える。男にとっては、いわば突然訪れたモテ期のような状況。
「また会おうね、今度はもっと親密になれるように」
 そう告げて去って行くサロメたち3人を、男の瞳は名残惜しそうに追っていた。
「ちょっと元気が出てきたか? いいことだ」
 そんな男に、今度は雪が話しかける。
「恋人と別れて落ち込んでいるかもしれねぇけど、そう悲観的になるなって。一回は彼女できたんだろ? だったら、また新しい相手が見つかるさ」
 雪の言葉は、ぶっきらぼうだが落ち着いている。アンタもそう思うだろう、と律に振ると、律は頷き。
「別れた相手が新しい人生を進みだして、貴方は置いていかれた様に感じたかもしれませんが」
 そう言って、男の肩を軽く叩く。
「生き急ぐことはない」
「そうそう。まだ諦めて老け込むような歳じゃねぇだろ?」
 雪が同調して、軽く笑う。
「私は貴方が悪いとは思いません。人には、向き不向きがありますし、巡り合せというものもあります」
 律は冷静に、男に説いていく。突然美女達に囲まれて高揚していた男の心に、ゆっくりと、浸透していく言葉。
「もし貴方が変化を望むのなら、環境か、貴方自身が変わる他ない。それには今までの経験やスキルが役に立つ筈です」
 今までの日々も無駄だったわけではない、と言葉を重ねていく。
「痛みを知る者は、相手の痛みも労われるのですから」
「アタシが見た感じまぁまぁイケてる感じだし、まだまだチャンスはあるって」
 これまでの生き方を肯定され、励まされた男の気持ちが、前を向き始めるのが見ていてもわかる。
 と、そこに飛び出してきた2人の男女。
「……前の告白、考えてくれた?」
 18歳の姿になった新条・あかり(点灯夫・e04291)が語りかける相手は、人の姿をとった玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)。
「もう、誰かと付き合うとか、一緒になるとか、……そういうのを考えるのはやめたんだよ」
 2人の会話は、男の耳にもはっきりと届く。世をすねたような陣内の態度は、先ほどまでの男の姿とよく似ていた。
「今は他人を好きになれないし、自分を好きになってくれる人がいるとも思えないって言ってたね」
 あかりはそう言って、下を向く。
「……でもね、僕。仕事で一生懸命なあなたの背をずっと追って来たんだ。憧れて、追いつきたくて、そして好きになった」
 迫真の言葉。あかりのそばに寄り添う猫が言葉の主を見上げる。言葉を受けた陣内も、はっとしたように顔を上げ、振り向いた。
「……そんな風に見守ってくれている人がいるなんて、思ってもみなかった」
 2人の言葉が熱を帯びていく。単なる芝居ではない。今実際に恋人同士である2人が、かつての感情を思い出しながら紡ぐ言葉。真に迫らない筈などなかった。振り向いた陣内の手を握り、あかりはまっすぐに陣内の瞳を見つめる。
「……だから、僕のものになって」
 意を決して吐き出した言葉を、陣内はその心で受け止める。
「諦めるつもりで、逃げるつもりで仕事に打ち込んできたけど、それも無駄にはならなかった、って……ことなのかな」
 陣内は微笑み、あかりを抱きしめる。それが何よりも雄弁な答えだ。2人は見つめ合いながら、町に消えていった。
「……あんなことも、あるんだな」
 一部始終を目撃していた男が呟く。名演技の故に、芝居であったことにはつゆほども気づいていない。
「そう、色々な人がいます。貴方は貴方なりのやりかたとペースで進めばいい」
 律の優しい言葉に、男はこくりと頷いた。
 皆が離れ、再び1人になった男が夜の町を歩く。
「ちょっと聞きたいが、不思議な白い服の女を知らないか?」
 そこに声をかけたのは、アジサイ。しっかりとスーツで固め、いかにも真面目そうな雰囲気を漂わせている。
「魅力と将来性のある男性の前にしか現れないそうなんだが、その女の誘惑を無視出来れば、近いうちに素敵な女性と出会えるらしい」
「へえ、そうなんだ」
 アジサイの言葉を、男は興味深そうに聞く。
「俺は会ってないんだが、あんたは会いそうに見えたんでな」
 さっきまでの男であれば、その言葉をまともに受け取ることはなかっただろう。しかし皆の説得により、固まっていた心がほぐれた男は、警告を素直に受け止める余裕を取り戻していた。
「ああ、気をつけるよ」
 そう言って、男は歩き出す。表情を見るだけで、男の心が軽くなったのはわかる。
 男と別れたアジサイが、路地裏に戻る。そこにはケルベロスたちが、固唾をのんで男の行方を見守っていた。
「みんながあれだけ頑張ったんだ。きっと上手くいくさ」
 翔真がそう言って、仲間達の説得や芝居を賞賛する。
「……さっきの、本心?」
 人間化を解いた陣内が、ニヤニヤと笑ってあかりをからかう。あかりは頬を真っ赤に染め、ふくれっ面をした。
「拗ねるなって。俺は結構グッときた。もう一度聞かせてくれよ」
 陣内の耳とヒゲは、ピンと立っている。あかりも耳をピコピコと動かしながら。
「……無事に勝ったらね」
 そう言って、悪戯っぽく微笑んだ。
 やがて。
 歩を進める男の前に、白いドレスに身を包んだ少女が立った。

●戦い
 ケルベロスたちが見つめる中、男は少女について路地裏へと入っていく。
「頼むぞ……」
 アジサイが祈るように呟く。ここで男が少女を受け入れてしまうと、これまでの説得は無駄になり、戦いは厳しさを増すことになる。
「私と、一緒になりましょう?」
 可愛らしく小首を傾げて、少女が言う。男は一瞬逡巡するような表情を見せ。
「……いや、遠慮しとくよ」
 そう言う男の表情は、先ほどまでとは違い、自信を感じさせた。
 少女の表情が驚きに染まる。そして状況を理解した少女が、本性を現した。腕に絡まる蔓は伸び出し、華奢な体に変わって幹がその姿を見せる。瞬く間に、少女は攻性植物としての姿に変わっていた。
 蔓が、受け入れなかった男へと伸びる。恐怖に身をすくめた男が、蔓に絡め取られようとしたそのとき。
「させないよ!」
 割って入ったのはチェリー。突然のことに、伸びていた蔓が動きを止める。その間に、ケルベロスたちは攻性植物を包囲していた。
「律ちゃん、お願い」
「ええ。さあ、こちらへ」
 ヴァイドゥーリャの呼びかけに応え、律が男を背後に庇いながら、戦場から引き離す。男の安全を確保し、戦いの準備は整った。
 攻性植物は、蔓を蠢かせ、ケルベロスへと迫る。機先を制さんと、陣内が動きかけた瞬間。
「タマちゃん、待って!」
 あかりが呼び出すのは雷でできた壁。前衛の仲間達を祝福するかのように、力を与えていく。
「これも聞いてくれる?」
 サロメは立ち止まらず戦い続ける者達の歌を奏でる。その音色が、仲間達を鼓舞し、心を強めていた。
「ありがたい。アジサイ、行くぞ!」
「承知だ」
 真面目に答えを返すアジサイに少し笑みを浮かべ、陣内は攻性植物に駆け寄る。繰り出す如意棒が、雷の力を帯びた。渾身の力で打ち据えると、さっと飛び退く。
 その瞬間、攻性植物を貫いたのはアジサイが放った雷。閃光が煌めく。2つの雷の力が、攻性植物の体を痺れさせた。
「チェリー、続いていくぞ」
 雪の言葉に、チェリーは頷き。雪は右へ、チェリーは左へと戦場を駆ける。大きく弧を描くように走り、そして跳躍。相似形を描くように、チェリーの、そして雪の重力を乗せた飛び蹴りが、攻性植物に叩き込まれる。
 重い蹴りを受けた攻性植物に、追撃するのはライドキャリバーのイペタム。炎を纏った突撃を食らい、攻性植物の葉が燃え上がる。
 ケルベロスたちの猛攻に晒されながら、攻性植物も反撃に打って出た。花が開き、集まった光が光線となって放たれる。
「ステイ!」
 サロメの言葉を受け、仲間達の前に立ったのはテレビウムのステイ。味方を庇って攻撃を受け、弾き飛ばされるが、なおもむくりと立ち上がる。陣内の猫が慌てて駆け寄り、その傷を癒やした。
「やるようだがな!」
 演技がはがれ、律の口調も変化している。飛び蹴りは重く、この世界の重力を思い知らせる。攻性植物の動きが、さらに遅くなった。
 ヴァイドゥーリャは破壊のルーンを描く。ルーンがその力を与えるのは、翔真。
「さ、いいわよ」
「ありがたい!」
 翔真が放つのは地獄の炎を纏った一撃。攻性植物の守りを打ち破る。
 一気呵成の攻撃を繰り出すケルベロスたちと、それに反撃する攻性植物。激しい攻防は、しかし次第にケルベロス側に傾いていく。男を取り込ませなかった、そのケルベロスたちの成果が、戦いを有利なものとしていた。
「……凄い」
 戦場から離れ、助かった男は戦いの様子を眺めていた。自らを守ってくれた人々が、今は人々を守るために闘っているのを。
 陣内が体を躍動させる。双手に構えるのは如意棒。2本の如意棒はあたかも1本の百節棍となり、乱れ打ちを攻性植物に叩き込む。
 攻性植物も反撃。アジサイに向かって、攻性植物の蔓が勢いよく伸びていった。
「アジサイ先生!」
 あかりが投じたIVYは、蔦の葉のように細い。地面に魔方陣を描き、守護の力をアジサイに与える。
「ありがたい」
 そこに伸びてきたのは攻性植物の蔓。アジサイに絡みつき、締め上げる。アジサイは苦しい息を漏らすが、しかし被害は軽減されている。あかりの描いた魔方陣の力だった。
「大丈夫か」
 解放されたアジサイに、雪が駆け寄る。
「川の恵みよ。今、我らの身に宿れ。……力、借りるぜ」
 川のカムイへ祈りを捧げる。カムイの力がアジサイの体内の力を活性化させ、その傷を癒やしていった。
 傷が癒え、立ち上がったアジサイ。攻性植物をしっかりと見据えると、足下を踏みしめ、踏み抜く動作。
「最悪程度で終わると思うな」
 口から出るのは呪詛の言葉。底抜の力に蝕まれ、攻性植物の動きはさらに鈍り、体を包む炎は燃え上がる。
 味方が押していると見たヴァイドゥーリャは、ブラックスライムを捕食モードに。攻性植物ににじり寄り、そして飲み込む。
「今よ。やって!」
 飲み込まれ動きを鈍らせた攻性植物、そこに放たれる狙い澄ました一撃。律が放った氷結の螺旋が攻性植物を捉え、その体を凍りつかせる。サロメがボタンを押すと、攻性植物に張り付いた不可視の爆弾が一斉に爆発した。
「軽諾寡信……口は災いのもとだよ」
 チェリーが振るうのは血で作ったナックルダスター。朗らかな見た目とは裏腹の、狂気を感じさせる修羅拳聖の妄執偏愛。憎悪の一撃が、攻性植物を打ち抜いた。
 ケルベロスたちは攻撃を緩めることはない。猛攻に耐え、時に果実の光で自らも癒やした攻性植物だが、それにも限界がくる。攻性植物の幹が、大きく揺らいだ。
 この好機を逃すケルベロスではない。それまでにも増して、激しい攻撃を繰り出す。
 ヴァイドゥーリャが破壊のルーンの力を、律に与える。律は頷いて、攻性植物に駆け寄った。
「ーー千里の外、四方の界」
 体内の気を整え、叩き込むのは衝撃波。鬼劔舞の一撃に、辺りは静まり鈴のような清音が響く。
「火岬、続くぞ」
 アジサイが放つのはエネルギーの光弾。攻性植物のグラビティを中和し、弱体化させていく。
 最後の反撃と、攻性植物が蔓を伸ばす。狙うは雪。凄まじい締め付けに襲われるが、雪の目から力は失われない。
「伝えなければならなかったのに 言わなければならなかったのに 臆病な私を許してくれ」
 サロメが紡ぐのは悲劇の物語。会えない夜についた嘘に癒やされた雪は、すぐさま立ち上がる。
「その綺麗なドレス汚しちまって悪いなっ!!」
 高速演算で攻性植物の弱点を見破り、一撃。少女の姿をしていたとき纏っていたドレスが、破れてひらりと舞った。
「これは、「拒絶の矢」。逃げろ、どこまでも」
 陣内はダプネーの拒絶。鉛の矢が攻性植物を射貫いたのを見て、陣内は恋人に、そしてチェリーに視線を送る。
 頷いたあかりが、生命を賦活する電気ショックをチェリーへ。力を得たチェリーが、ロップイヤーを大きくゆらして攻性植物へ駆け寄る。BlackCherryを大きく振りかざした。
「これでとどめっ!」
 死の力を纏った刃が攻性植物を切り裂く。幹を寸断された植物は、そのまま枯れていった。

●救い
 戦いが終わり、夜の町に静けさが戻る。しばらく呆然としていた男は、やがてケルベロスたちに歩み寄った。
「あの……ありがとうございました」
 そう言って頭を下げる男に、ケルベロスたちは笑顔を向ける。
「まぁ多少のお世辞は入ってたけどさ、そう悪いもんじゃねぇってのはほんとだからめげずに頑張んな」
 雪の言葉は端的だが、その瞳は優しい。
「自信が人を惹き付けるんだからな」
 そう言って、アジサイは男の肩を叩く。礼を言う男に、あかりはそっと囁いた。
「あなたはとてもカッコ良いんだよ」
 ケルベロスたちは、男の心をも、救ったのだった。

作者:佐枝和人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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