うめたろう

作者:つじ

●むかしむかし、あるところに
 テレビに夢中になってしまった夫を置いて、老婦人は公園に散策に来ました。
 この時期特有の蒸し暑さはありましたが、天気の良い散歩日和でした。近所でも緑の多いこの場所は、季節の変化を感じ取れるようで、同じような目的で訪れた人も既に何人か居ます。
 軽い運動で上気した頬に風を感じ、老婦人が顔を上げると、何か謎の……粉? 粒子? 的なものが、梅の木に降りかかるのが見えました。
 次の瞬間、ぼとりと音を立てて、一抱えくらいのサイズに急成長した梅の実が落ちてきました。
 黄色く熟し始めたそれは、昔話で川から流れてくるアレを連想させます。

 ――割ったら、中から子供が出てきたりしないかしら。

 そんな考えが老婦人の脳裏を過ぎりましたが、同じサイズの梅の実がさらにいくつか落ちてきたので、思わず一歩引きました。
 梅の実から急速に伸びた枝が、手足のような形を作り……それは、立ち上がりました。
 
●梅雨に負けるな
「――とまあそういうお話なんですよ梅太郎さん。わかってくれましたか?」
 白鳥沢・慧斗(暁のヘリオライダー・en0250)が、傍らのウイングキャットに事のあらましを説明している。当のウイングキャットからの反応は極めて鈍いようだが、とにかく。
「でもこの『うめたろう』達は鬼退治とかしないで人間を襲うのです。とっても危険なので倒してきていただけませんか?」
 発生場所は大阪市内にある公園だ。恐らく最近起きているのと同様、大阪城を中心に活性化した攻性植物だろう。謎の胞子によって、複数の梅が攻性植物化してしまったのだ。
「敵の数は全部で五体、別行動する事無く固まって動き、戦い始めれば逃走などは行わないので、対処は難しくないはずです」
 攻性植物は巨大な梅の実を頭部とし、絡み合う枝で体を作った人間のような見た目をしている。全体的にアンバランスであり、イメージとしてはラクガキの『棒人間』が近いだろうか。
 攻撃の際には手足のような枝を伸ばしてくる他、催眠効果のある香りを振り撒く等の手段を用いてくる。また、果汁には攻性植物に対する回復効果があるらしく、それを味方に降り注ぐような行動も取るという。
「周囲には公園に遊びに来た人々も居ますので、ある程度避難誘導も必要かと思われますが……」
 慧斗の言及に、近くに居たレプリカント、黒柄・八ツ音(ハートビート・en0241)が「その辺りは任せろ」と手を振って見せた。
「大丈夫そうですね! それでは皆さん、是非この『うめたろう』達を――」
「ところで」
 拳を振り上げようとしたヘリオライダーの言葉を、ウイングキャットの主である月井・未明(彼誰時・e30287)が遮る。
「……なんで敵に、そんな名前を?」
「えっ……この子があまりにもつれないから気を引きたくて……つい……」
「……」
「ごめんなさい近くの美味しいお店とか教えますからゆるしてくださいおねがいします」
 全面降伏の姿勢で、慧斗は一同をヘリオンへと案内した。


参加者
明空・護朗(二匹狼・e11656)
塩谷・翔子(放浪ドクター・e25598)
左潟・十郎(風落ちパーシモン・e25634)
レテ・ナイアド(善悪の彼岸・e26787)
月井・未明(彼誰時・e30287)
テト・アルカマル(墓掘り・e32515)
終夜・帷(忍天狗・e46162)
柴田・鬼太郎(オウガの猪武者・e50471)

■リプレイ

●うめたろうさん
 市民に襲いかかる攻性植物の前に、駆け付けたケルベロス達が立ち塞がる。転がって移動するための動きを止め、巨大な梅の実は伸ばした枝で身体を作り上げた。
 不安定ながら立ち上がった攻性植物、その数5体。
「まさか、こうして相対する日が来ようとは……」
「なるほど、これが例の……」
 それらを前にし、月井・未明(彼誰時・e30287)とレテ・ナイアド(善悪の彼岸・e26787)が言葉を呑み込む。はっきりとした台詞が出てこない二人に代わって、左潟・十郎(風落ちパーシモン・e25634)が啖呵を切った。
「俺達が相手だ、余所見してんなよ、うめた……あー……」
 が、その言葉もすぐに虚空に流れていく。気を遣うように向けた十郎の視線の先では、未明のウイングキャット『梅太郎』がすっと目を細めていた。
「違う、喧嘩売られたわけじゃない。爪を仕舞ってくれ」
「まあ、梅太郎は怒っても良いと思うよ」
 なだめにかかる未明を見つつ、テト・アルカマル(墓掘り・e32515)が呟く。元はと言えば敵個体に『うめたろう』とか付けた奴が悪い。
「5体とも同じ名前ってのもややこしいよねえ」
「一斉に梅から産まれちゃったからな。仕方ない……のか?」
 塩谷・翔子(放浪ドクター・e25598)の言葉に明空・護朗(二匹狼・e11656)が首を捻る。
「せめて『うめじろう』、『うめさぶろう』と続けばな……」
 彼我の距離を測りつつ終夜・帷(忍天狗・e46162)も呟く。件のヘリオライダーが聞いていたら「その手があったか」と膝を打ちそうだがそれはともかく。
 立ち上がった攻性植物達は、眼前のケルベロス達を敵と認めたようだ。攻撃のための枝が急速に伸び、十郎の方へと襲い掛かる。
「ファンキーな見た目しやがって、この……!」
「とりあえず、鬼退治が目的ではないらしいですよ?」
「それは残念だ、相手してやろうと思ったんだがなあ!」
 護朗の声に応えつつ、柴田・鬼太郎(オウガの猪武者・e50471)が得物で枝を絡め取る。そして黒柄・八ツ音(ハートビート・en0241)や泰地が周りの市民の誘導を始めたのを確認し、豪快に笑って見せた。
「役回りが逆になっちまうが仕方ねえ、俺達番犬が退治してやるよ!」
「それじゃ、始めようか――破邪の雨を」
「せんせい、こっちもいきますよ」
 翔子の周りに降る雨が、レテの奏でる寂寞の調べが、敵の守護を破る力を宿らせる。
「いくぞ、うめたろう」
 どっちの意味だろう。どっちでもいいか。
 レテの呼びかけに応えた『せんせい』、そして未明に従う梅太郎もそれぞれに翼を羽ばたかせ、味方に清浄な風を纏わせていった。
 ものすごく和む光景に気を引かれつつも、未明は伸びてきた別の枝を自らの身体で防ぐ。そして絡みつくそれに構わず、手の内に握った青紫の結晶を砕き、放った。
「よきゆめを」
 生ずる冷気の波を察し、踏み出した帷が未明に絡む枝を両断、同時に空いた手で印を切る。作り出された氷結の螺旋はさらなる寒波となって攻性植物を包んだ。
 張り付く霜を嫌がるように身じろぎするうめたろうに、鬼太郎が離れた位置で大太刀を振り下ろす。
 伸びた枝を切り裂くのみならず、剣風はそのまま果実に裂傷を作り出した。
「はっはあ! そこも間合いの内よ!」
 氷の嵐と太刀風が行き過ぎた後は、傷付いた敵の身体もせいもあるか、芳しい香りがその場に流れる。最初に気付いたのは、やはり最前線に居て、鼻の利く者。
「……タマ?」
 ライトニングウォールを展開する護朗の前で、タマの尻尾が揺れている。彼自身も、すぐにその香気に気付いた。
「甘い匂い……」
「あー……良いねえ、梅酒呑みたくなっちゃうわ」
 隣で翔子が思わず、といった調子で呟く。匂い立つのは梅の実の香り。多分良い感じに熟している。
 続けて、クラッシャーを務める十郎の手で、加速したハンマーが攻性植物の一体に叩き付けられた。衝撃と共に吹き飛ぶ敵。返り血ならぬ返り果汁が辺りに飛び散る。
「……しかし良い香りだな、ちくしょう」
 それが攻撃の一部であることは、この後すぐに判明するのだが。

●食べないの?
「オレ達はケルベロスだ、ここは任せて早く逃げろ!」
 隣人力やアルティメットモードを駆使して避難を進めた泰地が、概ねの市民がその場を離れたのを確認する。後は彼等が敵を倒すだけだが――。
 前進や後退、転がって移動する敵に対応しつつ、ケルベロス等は攻性植物に対抗していく。
 鬼太郎のウイングキャット『虎』が敵を引っ掻き、離脱したところに、入れ替わりで踏み込んだ帷の日本刀が三日月を描く。裂けた表皮と果肉、確かに手応えはあるものの。
 追いすがる枝を後方に飛ぶ事で回避し、帷がマスクで覆った口元を抑える。
「……」
 香りはさらに濃くなっている。敵が回復のため、自分の果汁を仲間に降り注ぐという行為を取り出したのもその一因だろうか。
 帳の分析した限り、対抗する猫の羽ばたきでは、まだ香りを吹き飛ばすには至らない。この位置でも微量ながら影響が出ている。一撃離脱で動ける者ならともかく、敵の近くで体を張る前衛は――。
「はっはっは! 何かこう、良い気分だ!」
「梅太郎と、うめたろう……おれの味方は、どっちだったか……」
「タマ、そっちは大丈夫?」
 香気の影響か、やはり壁役の様子がおかしい。シャウトする鬼太郎の横で、未明が梅太郎に齧られているように見えるのは気のせいとしても、一歩間違えば味方に攻撃をしかねない状況。
「あー、面倒な事になってきたねえ」
 頭を掻きつつ、翔子が仲間達の様子を一通り探る。ジャマー位置から五体がかりで振り撒かれる催眠は馬鹿にできるものではない。対症療法も良いが、こういう場合――。
「最良なのは元を断つか、予防するか、だけどね」
 九尾扇をばっさばっさと振る八ツ音に合わせ、メディカルレインで前衛にカーテンを張りつつ、翔子は攻撃手を見遣る。
「長期戦は避けたいところですよね」
 テトの獣撃拳が敵個体を穿つ。まだ倒れるには至らないが、頭数を減らしていく方向性は仲間内で共有されている。
「まずは一つ、だ!」
 十郎の手から伸びたブラックスライムが大きな口を形作り、がぶりと敵の身体を大きく喰らい取った。致命的な一撃に、うめたろうの一体は力尽き、倒れる。
 それを見届けた帷は、次の個体へとダメージ状況から次の標的を吟味し始める。しかしながら、彼の脳裏にはもう一つ別の思考が過ぎっていた。
 レゾナンスグリード。ブラックスライムによる捕食モード。
 うめたろうは、食べられるか否か。
「どうかされました?」
「……いや」
 フェアリーブーツから花びらのオーラを舞わせたレテの問いに、帷は表情を変えぬままに答えた。

 さらに戦闘は続く。乱れ飛ぶ催眠効果で悲劇がいくつか生まれたが……。
「痛いの痛いの、飛んでいけ」
 護朗のかざした手の光で、未明の傷が癒えていく。ここまでのライトニングウォールやメディカルレイン、ウイングキャット達の羽ばたきによってBS耐性は十分。皆正気に戻っていた。
「あの果肉はジャムとかにできないだろうか……」
「……まだ催眠が」
「大丈夫、おれは正気だ!」
 未明の訴えも分からないではない、と護朗も思うが、彼が気にしているのはどちらかというとその後の梅スイーツだ。その思いは、恐らく仲間達も同様だろう。
「良い香りですが……食べるのはさすがに、ちょっと」
 言いつつ、レテが戦いの歌で敵の守護を吹き払う。それに続いてテトが石化毒を展開した。
「動物を狩って食べるのは普通なんですけど、不思議な感覚ですね」
 カーナヴォン卿の悲劇。蝕まれたうめたろうの一体が、力なく地に伏す。
「そうか、駄目か……」
 ならせめて梅酒に、などと考えながら未明がオーラを纏った拳を打ち込む。
「気持ちは分かるよ、うん」
 翔子の達人の一撃が、氷の効果を防ぎ切れなくなった敵を襲う。そして腕に巻き付いていたシロがブレスで追撃をかけ、一体を戦闘不能に追いやった。
「俺だって、梅は花も実も好みなんだぜ?」
 こんな風にならなければなあ、という十郎の溜息。それに乗って、羽根の如く舞う青葉が幾重にも重なる。
「――永久の蒼に、沈め」
 常盤羽吹。刃となったそれらが敵を刻みながら吹き抜けた。そしてその機を逃さず舞い降りた帷が、梅の実を一つ両断する。
「……!」
「おっと、そうはいかんぞ」
 残り一体となった個体が、最後の抵抗とばかりに枝を伸ばすが、それは鬼太郎の太い腕によって阻まれる。飛び掛かった虎の重みでふらふらとしている敵を、強引に引き寄せて。
「それじゃ、こいつで終いだ。めでたし、めでたしってなあ!」
 大太刀が、攻性植物を真っ二つにかち割った。

●すいーつ巡り
「二人とも、ご苦労だったね。それでは一緒にご褒美といこうじゃないか」
 未明と梅太郎に、クラレットが声をかける。このタイミングで合流してこれを言える辺り只者ではない。
「おーい、ジュウロウ」
「サイファか、良いタイミングで来たな」
 こちらの二人も待ち合わせていたようで、それぞれに連れ立って歩き出す。
「それじゃ、梅すいーつってのを食べに行ってみるか」
 鬼太郎の言うように、目指すは季節の梅を堪能できる場所である。事前に得られたヘリオライダー情報はカフェと和風喫茶の二箇所。とはいえ調べればまだまだ出てくるかも知れない。
「どうしよう、タマ。目移りする。どこへ行って何を食べよう」
 簡易的な地図に視線を落として護朗が言う。足元のタマが前進で「まだ?」と訴えているような気もするが、迷うものは迷う。
「ジャムは買って帰るとして、どら焼きも捨てがたい。最近暑いしゼリーやシャーベットも……」
「俺は別段好き嫌いは無いので……黒柄さん、何かオススメは?」
 一方、テトから話を振られ、八ツ音が困ったように眉根を寄せる。オススメしようにも、味の確認もこれからだし。
 助けを求めるように周りを見回す八ツ音と、帷の目が合った。
「……」
 首を傾げるレプリカントに、忍が頷いて返す。お互い口数が少ないなりに、何か無言のやりとりがあったようだ。
 帷の助言が天啓となる。――そう、最初から迷う必要などなかったのだ。気になる場所を全店回れば良い。
 テトに向けて「よし行こう」と、八ツ音は彼方を指差した。

 タマとの協議の末、カフェでゆっくりする事にした護朗がメニューを広げる。
「すっぱいのかな、甘いのかな、甘いといいな……タマはどれが良い?」
 タマには鼻先で指されたゼリーを一つ、そして護朗はシャーベットにゼリー、追加でケーキも注文した。
「そんなに」
「いや……戦ってる間もずっと楽しみにしてたから……」
「ああ、それはおれも分かる」
 しみじみと呟く未明と頷き合いつつ、護朗はテーブルに広がった甘味の世界にスプーンを向ける。
「あまずっぱい……」
 仕事中に散々嗅いだような、芳醇な香りが口の中に広がる。爽やかな初夏の匂い。
 柔らかな甘味の中、ほどよい酸味が舌を刺激する。口元は自然と綻んでいくもので。
「ん、タマもこっちの食べてみたい?」
 目を輝かせた妹と、楽しいお茶の時間は続く。
 そんな護朗達の様子を横目に、レテもシャーベットを口に運んでいた。時折感じる濃厚な風味はジュレか何かか。これはこれで美味しいが、傍らの『せんせい』が食しているゼリーはどうだろうか。
 何しろ、食べているせんせいの顔がとても幸せそうで。
「せんせい、それひとくち分けてくださ……えええ何ですかその顔」
 思わず口にした一言に、せんせいの表情から幸せ感が吹き飛んだ。
「よっぽど楽しみだったんですねぇ……大丈夫です取りませんよ」
 そういえばメニューを選んでる段階から浮き浮きしてたな、と思い返しつつ、レテは機嫌を窺うようにせんせいの喉元をくすぐった。
「和スイーツにオレを誘うとはわかってるねジュウロウ。雅で高貴で玄人のオレが食べるに相応しい!」
 いつも通りと言えばいつも通りのサイファの様子に、十郎が苦笑する。そんな彼が頼んだのは、梅酒の梅を生地に混ぜたパウンドケーキ。しっとりとした食感が売りの一品である。
「雅で高貴なのは初耳だな」
 一切れ口に運ぶのに合わせて、サイファもシャーベットをスプーンで掬う。
「あまじゅっぱ……いや、甘酸っぱい!」
「そっちのシャーベットも美味そうだな」
「こう暑いと冷たいのが食べたくなるじゃん? 玄人ならその日の天気も味に加えないとな!」
 などと言いつつぱくついていたところ、サイファの動きが突然止まった。
「うっ、ぐぁ……!」
 額を押さえる様子から見て、状況は自明。
「こういうのほんっとトラップだよ……」
「そりゃ、口内が一気に冷えりゃそうなる。医学生の割にそういうとこ迂闊なんだな」
 そう言って、サイファの額にお冷のグラスを当ててやる。
「ほら、少しマシになったろ?」
「うう、ありがとう……」
 なるほど、これは手のかかる弟のようだ。そんな事を思って十郎は表情を緩めた。
「シャーベット食べて良いよ。その代わりにそっちのケーキも一口ちょーだい」
 連想した『弟』そのままの言動に、思わずまた笑ってしまう。朗らかな空気がテーブルの上を流れた。

 そんなこんなでこちらはゼリーの時間。三つ並んだ器を透かせて覗きつつ、テトが口を開く。
「ところどころに見えるのは梅の果肉ですかね」
 ありがちではあるが、口に運んだ感じ、決して悪くはない。
 食感のアクセントになるし、果汁と一緒により濃い香りが広がる。
「うめたろう……」
「……今思い出します?」
 ぽつりと呟いた帷の一言に、テトが複雑な表情を浮かべる。八ツ音も一度手を合わせた後、スプーンで掬ったそれを舌に乗せた。
「二人は何にするんだい? 私はシャーベットが良いな」
「おれも冷たいものがいい」
 クラレットの問いに未明が頷く。店内の冷房も控えめ、きっと丁度良い塩梅だろう。
「梅太郎は冷えすぎてもいかんだろ、そっちはゼリーだ」
「はっは、梅太郎は冷やしてはいかん、真理だな!」
 その辺りの判断は神妙な様子で受け入れられる。いつもより若干梅太郎の反応が柔らかいのはそういうことか。
「それでは、いただきます」
 大人しく並んだサーヴァントと一緒に、未明はスプーンを取った。一口目を頬張る様子を微笑ましく思いながら、クラレットもそれに続く。
「梅のさっぱりとした味わいのものがとても良いな」
「……美味しい。甘酸っぱくて懐かしい、初夏の味だ」
「懐かしい、とな。日本人には、馴染みのある味なんだろう」
「そういうものだろうか……」
 言われてみれば、そうかもしれない。
 何にせよ、楽しみを見つけて、夏に負けないよう備えるのも養生というもの。
「よし、ひやっとしたところで次の店に行ってみよう。ふかふかしたどら焼きに、渋い茶はきっと非常に合うぞ」
 こちらも余程日本人らしい事を言っている。それを可笑しく思いつつ、未明はそれに頷いて返した。

 和風喫茶。こちらでオススメされているのは梅あんのどら焼きと、梅酒。
「駄目だぞ梅太郎。梅ジュースにしなさい」
「お、そっぽを向いたな。そうか楽しみだったか」
 ふふ、と笑ってクラレットも席に着いた。
「ああ、月井さん達も来たのかい」
 喫煙スペースから戻ってきた翔子がひらひらと手を振ってみせる。こちらに先に来ていたメンバーは、やはり梅酒狙いが多いか。
「梅すいーつってのも良いものだな! 欲を言うならもう少し塩気が欲しいが」
「つまみが出てきたら別の店になっちまうよ」
 豪快に笑う鬼太郎に返しつつ、翔子もグラスを傾けた。すると、器の底に当たって顔を出した梅の実に、シロが鼻先を近付ける。
 かぷ、と咥えて一呑みに。タマゴを呑み込んだ蛇のように、そのお腹が梅の実の形に膨れる。
「アンタそれ、好きだよね……」
 梅酒好きは主に似たか、満足気なシロの様子に苦笑しつつ、翔子は残りの梅酒に口を付けた。
「……ああ、アンタ達も、良ければどう?」
 隣の席を示す翔子に無表情でピースサインを返しつつ、入店してきた八ツ音が座る。
「俺はどら焼きだけあれば良いです」
 続くテトは未明に挨拶した後に席について、注文の先手を打った。何しろ、そうしないと後が長い。
 あれとこれとそれと、と選ぶ帷に、それからこれとこれ、みたいな調子で八ツ音が続いていった。
「全品制覇でもする気かい……?」
「どうだ、張り合ってみるか?」
 鬼太郎が水を向けると、眠たげに丸くなっていた虎が欠伸で応えた。

 一通り堪能して、後はお土産だ。
「せんせい、ゼリー気に入ったんですね……」
「俺はジャムにしとこう」
 促されるままのレテと護朗。隣では翔子も何にするか選んでいた。
「梅ジャムか……あいつらこういうの好きだっけ?」
 梅酒の方が喜ぶだろうか、などと思案しつつ、一つそれを手に取る。
 帷もまたジャムの瓶を手に、それを渡す相手を思い浮かべる。妹のように思っている友人に、日頃の感謝を込めて。……喜んでもらえるだろうか。
「どら焼きと梅ジャムは慧斗のお土産に出来るかな」
「ああ、梅太郎……もというめたろうを発見したのは彼の仕事だしね」
 未明の言葉に、クラレットがそう頷いた。

 戦い、勝ち得た平和なひと時を存分に享受し、彼等は梅雨と、そして夏を迎える。

作者:つじ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 0
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