空蠢く華、胎孕みて

作者:かのみち一斗

●大阪に災厄は続く
 大阪環状線桃谷駅に程近い雑居ビル街の一角。
 五月も末になり、すっかり長くなった陽も沈もうとしている。
 雑居ビルのパーテーションに区切られた事務所では、背広姿のサラリーマンたちがその日の仕事収めにかかっていた。
 日々の日課を終えれば、その後は楽しみの一杯か、それとも家族の笑顔が待つのか。
 疲れた中にも充実感が伺える、平和な日常のワンシーン。

 だが、それは突然終わりを告げられた。

 遠雷めいた轟音が響き渡り、街路に面した窓ガラスが大きく震える。
 驚いた男たちが、窓外へ目をやった瞬間、雷光が閃き、その眩しさに思わず目を覆った。同時に肺腑にまで響くような重々しい何かの声が。
『……オオオオオーン、オオオーン……』
 やっと目が慣れた人々。
 一様に驚愕に染まった視線の先に、異形の植物が空中に漂っていた。
 肉厚の花弁を並べ数メートルを超える巨大な花冠に、茎は無く、直接下部から伸びた無数の長大な根──いや、触手と呼ぶべきなのか──が蠢く。
 全長はトラックを大幅に超え、全高は地上にまで届かんとしている。
 そのあまりに現実離れした光景に、荒い息を吐くばかりで魅入られたように動けない同僚の男に、傍らの男が必死な叫び声を上げた。
「デウスエクスだ! 逃げるんだよ、速くっ!」
「……あ、ああ……ん、……あれは」
 呆けたように半ば反射的に頷きながらも、デウスエクスを見つめ続けていた男は、それゆえに気付いた。
 病的に白い半透明の、肉厚な花弁。その中に、何かが──居る。
 まるでそれは男が幼い子供の頃、小川の中に見ることができた、おたまじゃくしの様な。いや、違う。あれは──。
「胎児……なのか」
 呆然としたまま呟いた時、花弁の中の胎児めいた何かが、まるで男の視線に気付いたかのように、小さく震えた。
 未成熟な頭が僅かに向きを代え、ピッと肉に裂け目が入るや、ぐりんとまぶたが開く。
 現れた異形の瞳が男を確かに見据え──。
「わあああああああああああああああああ!……あっ……」
 悲鳴を上げるや、逃げようとした男を、窓ガラスごと触手が貫いた。男の体が、たちまち生気を失ったかのように干からびていく。
 階下からは唸りをあげた触手が、周囲の建物をなぎ倒す轟音が続き、
 周辺のビルには火の手が上がると共に、断末魔の叫びが木霊し、
 男を貫いた触手は生気を吸い尽くした男の体をゴミのように投げ捨てるや、次の獲物を物色しはじめる。
 空に蠢く災厄は、死と破壊の限りを尽くさんとする。
 それは始まったばかりであった。
 
●空蠢く華、胎孕みて
「サキュレント……肉厚な葉や茎、根に水分を蓄える優れた能力をもった乾燥に強い植物。そして、エンブリオ……胚、胎児……ですか……」
 予知を語り終え、最後に小さな呟きを漏らしたセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が、集まったケルベロスたちへと向き直った。
「大阪城周辺に抑え込まれていた攻性植物たちが、新たな動きに出ていることは皆さんも既にご存知のことかと思われます」
 爆殖核爆砕戦。
 大阪を舞台にした戦いと、その勝利によって意図を挫かれた攻性植物たち。
 何時までも大人しくしているハズも無く──。
「彼らは大阪市内へ攻撃を行い続け、犠牲者と、そうでなくても人々の避難を誘い、自分達の勢力範囲を拡大することを狙っていうようです」
 進行自体は大規模なものではない。
 だが、その意図を許せば、結果としてゲート破壊成功率も徐々に下がっていってしまうことになるだろう。
 それは最終的な勝利が遠のくことと同義だ。侵攻は防ぎ続けなければならない、そして。
「──どこかで反撃に転じなければ」
 言い切るセリカに、ケルベロスたちが頷く。
「今回の敵はサキュレント・エンブリオと呼ばれる巨大な攻性植物です。一体のみで配下はいません。全長は7m程。魔空回廊を通じて空中へと出現し、漂うように動きながら周囲の建物や、人々を襲うようです。これの撃破をお願いします」
 出現位置は確定している為、出現後の市民の避難は警察、消防の協力によって行え、ケルベロスたちは撃破に専念することができる。
 だが、市街の被害は免れない。
 ヒールグラビティで回復できるとは言え、今回は避難自体が敵の狙いであることもあり、可能な限り短期決戦で撃破する方が望ましいだろう。
 グラビティは刃状の触手を突き刺して吸収する単体ドレイン攻撃、触手を一斉に展開して周辺をなぎ払い、切り裂く範囲攻撃、そして、肉厚な花弁内部の胎児めいた物体が放つ範囲発火攻撃を持つようだ。
「目標は常時浮遊しています。先に交戦したケルベロスたちの戦訓から、周辺のビルなどの高い建築物を利用して移動経路として使ったり、直接サキュレント・エンブリオの頭上を狙ったり飛び移ることも可能なようです。そこから一撃を狙うのも有効だと思われます」
 出現地点は市街地であり、雑居ビル街と高架である環状線にも程近い位置に出現することもあり、それらを利用することもできるだろう。
「また、同じく先の戦訓から、サキュレント・エンブリオは撃破された時に大量の胞子を撒き散らす挙動が確認されています。現状では、それを阻止することは不可能なようです。ですので、まずはサキュレント・エンブリオの撃破だけを考えてください」
 
 そこまで話したセリカ、胸元に手を当て、自分にも言い聞かせるように、
「皆さんが警戒し続け、予知できた成果です。ですが、一連の攻撃を一つでも討ち漏らせば、無駄になってしまいかねません。必ず撃破しましょう」
 言われ、頼もしげに頷いてみせるケルベロスたちへと。
「そうですね、皆さんなら──」
 セリカは微笑んだのだった。


参加者
シェイ・ルゥ(虚空を彷徨う拳・e01447)
彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)
水無月・一華(華冽・e11665)
ヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330)
ムジカ・レヴリス(花舞・e12997)
黒木・市邨(蔓に歯車・e13181)
レシタティフ・ジュブワ(フェアリー・e45184)

■リプレイ

 サキュレント・エンブリオの出現予知を受け、現地に到着したケルベロスたち。
 通行止めされたJR環状線の高架上で迎撃準備を進めていた。
 その中心で、
「市街の被害を減らすために早期撃破が望ましい……」
 彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)が手持ちの資料を指し示しながら呟いた。
 黒髪のオラトリオ、外見だけなら魅力的な瞳を持つ誠実そうな娘にすぎない。
 だが彼女は、助力を含めれば既に五度ものサキュレント・エンブリオとの戦闘経験を経て、戦訓と資料を一行にもたらしていた。
 傍らにレシタティフ・ジュブワ(フェアリー・e45184)、小柄なヴァルキュリアの少女。
 今はできることをするしかない──星の光を宿す青い瞳を、不遜に歪めて断言する。
(「蛆虫め、忌々しい限りだがな」)
 小さくため息を付く少女も交戦経験者だ。彼女の要請もあり作戦のすり合わせが進む。
 早期撃破を目指す──意思は統一されていた。
 二人からの助言を受けたヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330)が言葉少なく礼を言うと、地形を確認するべく場を離れる。
 横から資料を覗き込んでいたシェイ・ルゥ(虚空を彷徨う拳・e01447)が、
「なんとも不気味な相手だねぇ。急にこの胎児みたいなのが襲い掛かって来るとか無いよね?」
 冗談めかして肩をすくめて見せれば、
「空飛ぶ花という言葉は悪くありませぬ。しかし、これは何とも……ただの異形ですわ」
 水無月・一華(華冽・e11665)が眉をひそめる。

 予知の刻限が迫る。
 ケルベロスたちは出現予定地点を囲むように散っていた。
 対面ビル上にはレッドレーク・レッドレッド(赤熊手・e04650)、並ぶ低層ビル屋上の室外機へと身を隠す一華、レシタティフの姿も見える。
 シェイが促し、ムジカ・レヴリス(花舞・e12997)も共に正面から迎え撃つべく、残る黒木・市邨(蔓に歯車・e13181)へと頷きかけようとして、青年のほんの少しの困り顔に気付いた。裾から覗く攻性植物を気にしている?
「……どうしたのノ?」
 ふわりと、市邨が笑って、
「彼がね、怖かったんだって」
 ムジカも気付いた。つい先ほどまでレッドレークが、相棒である攻性植物、真朱葛が同族との戦いに興奮したのか、隙あらば荒ぶるのを抑えるのに苦労していた事を思い出して。
 小さく笑いあった──その時。
 遠雷めいた轟音が響き渡る。雷光が閃き、空間を引き裂くような音が。
 魔空回廊から、その巨体を空中に出現させるサキュレント・エンブリオ。
 高さは三階建てビルに匹敵し、横幅も相応する大きさを誇る異形の華。
 僅かに遅れて人々の悲鳴と驚愕の叫びが続くも、配置されていた警察の誘導が始まると徐々に落ち着きを取り戻していく。
 それは避難する人々の頭上を逆行し、敵へと立ち向かう姫騎士の姿、
(「次に繋ぐ為に、ここは斬り開かせてもらわ」)
 それは自分の中だけの誓い。だが、言葉以上に人々を不安にさせないよう、常に前に立つヒメのプリンセスモードの助けもあっただろう。
 シェイ、ムジカ──二人のドラゴニアンが高架上から飛び降りた、そのまま地上寸前まで加速をかけるや翼を展開。
 地上で戦場全体を管制する、悠乃が施すメタリックバーストの助力を加え、貫く矢と化してデウスエクスへと肉薄する。

●蠢く異形
 サキュレント・エンブリオが敵を察知したのか、激しく触手がぜん動し始める。手近な数本が迎え撃つべくひるがえり、鋭利な先端が金属質に光る。
 触手が襲い掛かる直前、市邨がドラゴニックハンマー、桎を変形、
「――覚悟しな、俺は外さない、よ」
 放つ竜砲弾が二人を即座に追い抜き、阻む触手を貫通しデウスエクスへと突き刺さる。
 ムジカの口元が微かに綻び、その間にも一息に間合いを詰めるや、アスファルトを蹴る。
「墜ちなさいナ!」
 流星の煌きを纏う蹴りが下から蠢く触手の群れへと突き刺さった。ねじりこむように、追加の蹴りを叩き込む。
 痛みを感じているのか──身を振るわせた触手が反撃に来る前に間合いを取るムジカの上方、シェイがデウスエクスの体表ギリギリを上昇する。
 刹那の思案と選択。直後に放った旋刃脚が飛行の勢いのまま切り裂き、数本の触手が半ば吹き飛ぶ。
「これだけ大きいと狙わなくても当たるから楽でいいよね……っと」
 軽い調子でうそぶくも、一瞬の油断も無い。即座にその場を離脱、唸りを上げて飛来した触手が、傍らのビルのネオンを叩き潰す。
 一方、デウスエクス直上。
 レッドレークがビル上から飛び降りるや、文字通り空を蹴って急降下。
 巨大な花冠が迫り、頭頂部に花弁の一つを見定めるや、真朱葛を解き放つ。
 殺到する攻性植物が花弁へと撒きつき、サキュレント・エンブリオ上に着地と同時に、一気に捻り上げた。
 生皮を裂く音が響き渡り、レッドレークの眼前にむき出しになった花弁の内部が現れる。
 甘い臭い──羊水を滴らせながら、突然の外気と日光に晒され、時折引きつるように蠢く、胎児めいたモノ。
「巨大破壊兵器と拡散する胞子、流石の制圧力だな。だが、此処を通りたければ──」
 深緋のコートを翻し、尊大に言い放つ。
「俺様を倒していくことだ!」
 その声に反応したかのように、むき出しの胎児の、肉の裂け目が僅かに開いた。同時に周囲の花弁内部、半透明な膜越しに胎児たちが一斉に蠢き始める。
 レッドレークへ向けて開かれた異形の眼前に、僅かな火が生じ、一気に膨れ上がり巨大な炎と化した、次の瞬間。
 白刃が閃く──斬霊刀、二刀流。
 胎児だけを狙い、最大加速でヒメが突進する。
 触手、続けて逆側のビル壁を蹴り、背中から巨大樹の花冠に達するや、振り向きざま碧玉を宿した魔動機刀、緑麗で炎を切り払うと同時、
「――射抜く」
 緋石を宿した魔動機刀、緋雨が露出した胎児を深々と貫く。
 胎児が断末魔の叫びを上げ、周囲に湧き上がっていた炎が霧散する。
 代わりに次々と湧き上がる触手が襲いかかり、迎え撃ち、いくつかの直撃も受けたレシタティフの二の腕、右足から鮮血が流れ落ちる。
 尚も追い打とうとする触手の群れへと刹那の間、剣呑な眼差しが剥くも、レッドレークとヒメが離れたことを確認するや、自らも大きく羽ばたき危険域を離脱する。
 受けと回避に専念し、優位な位置取りを維持し続ければ、簡単に落とされることは無い。
 自らのポジショニング、そして対抗詠唱に入る悠乃の癒しを確認し、冷静に呟く。
(「わたしの役目は最後まで立ち続けること。誰一人倒さず、わたしも立つ」)
 その頃には、ヒメが一旦地上へと着地、ヒールドローンを展開しながら、新たな足場へと走り、
 レッドレークは攻性植物をフックロープ代わりに雑居ビルの屋上に着地、そうして再びデウスエクスへと挑む。

●破壊の嵐
 振るわれる触手が、高架の橋桁を数本まとめて吹き飛ばした。
 ひとたまりもなく崩れ始める高架上、走る市邨が竜語を展開、
「光を欲する植物に送り火のような燈を。そして其の侭、溶けるといい」
 放たれた竜の幻影が触手を捕らえた。燃え上がる炎が勢いを減じないまま伝わり、一気に本体へと到達。
 炎を脅威と感じたのか、新たな触手の群れが走る市邨を挟撃するように殺到し、反応した一華が迎撃する。
 閃光が閃き、一刀の元に両断された触手が次々と落ちる。
 優美に着地した一華。日本刀を一払い、舞い散る炎の中、藍色の髪が揺れる。
「この程度で攻撃とは温い温い……って?」
「崩れるよ、早くっ!」
 市邨が短く言い切り、慌てて一華も共に高架から飛び下り、同時に遂に高架が崩壊した。
 視界が瓦礫とコンクリート片に覆い尽くされ、一華の眼差しに険しさが加わる。
 剣速と体裁きで戦う彼女に取り、不安定な足場、不意に襲いかかる瓦礫は脅威となる。
 勿論ケルベロスであり、生き埋めになろうと致命には成り得ない。だが、数分でも埋もれれば、それだけ無力化されることになるのだから。
 突然、空中の一華たちの周囲、立ち込める瓦礫の煙が停止した。まるで録画映像が逆回しされるように撒き戻り、晴れた地上に悠乃が立つ。
「繰り返す波、浄化の環、癒しの時をあなたに」──時の波紋(トキノハモン)
 時間の流れを乱し対象を復元するグラビティにより、頭上の高架だけが取り残されたかのように元通りへと。
「長くは持ちません、急いでっ!」
 悠乃の叫びと舞う瓦礫の中、三人が駆け抜ける。

「……っ!」
 レッドレークが舌打ちした。
 二段ジャンプで避け、間合いを取るべく真朱葛の力も借りて跳躍した直後、着地点の街灯を狙う触手に気付いたのだ。
 咄嗟に受身の態勢を取り着地する寸前、レシタティフが一直線に降下。
 レッドレークを体ごと掴むや、傍らの雑居ビルの窓へと諸共に飛び込んだ。
 窓ガラスの割れる音と共に、スチール製の机と観葉植物の鉢が拭き飛び、室内まで追う触手がコンクリートの柱ごと両断し、コンクリート片が舞い散る。
 瓦礫の煙にむせながら互いに無事を確認したレシタティフが、自分の間近にある触手による切断痕に気付いた。もう少しでも体格があればどうなっていたか……だが、事も無げに、
「小柄なことはいい事だな」
「……もう一度上を取るぞ、こっちだっ!」
 不敵な笑いと短い礼と共にレッドレークが非常階段へと走り、ビルの破壊音を背にレシタティフも続く。

●炎貫く
 間断なく戦いを挑むケルベロスたちにより、サキュレント・エンブリオは半壊状態へと追いやられていた。
 優位は明らかだ、何故か。
 デウスエクスの吸収能力を最小に留めたこと、ダメージディーラーたちの打撃や炎が早期に有効になったこと。
 さらには次々と叩き潰される胎児めいた何か。ソレらが断末魔の悲鳴を上げる度に、炎攻撃が阻まれ、行動を阻害されていたのだ。

 治癒に特化された錬成強化武器を駆り、戦場を常に制御下に置いていた悠乃。
 これを認識し、デウスエクスの動きが変わったことにも気付いた。
 残る力の全てを周囲の破壊に向けようとしていることに。
「このままでは被害が増えます、仕留めましょう!」
 いつでも癒しを放てる構えのまま鋭く叫ぶ。
 それを機に、飛び交う触手と舞う瓦礫を縫うように飛ぶシェイ、ムジカ、ビル上で構えるレッドレークを中心に、左右をレシタティフ、一華が固めてデウスエクスへと突撃する。
 迎え撃つサキュレント・エンブリオ。
 胎児の多くを失い、危機を察したのかいっそう激しく触手の全てを振るい、周囲をなぎ倒す。
 最早狙いさえも構わずに、破壊の嵐と化して触れるもの全てを切り裂く。
 レッドレークが行く手を遮る嵐を睨むや、真朱葛を厚く束ね地獄の炎を纏わせる。
 現れたのは幾つもの燃え盛る首を持つ竜、遠呂智──『YIELD-FIELD:H』(イールド・フィールド・ヘルズヒュドラ)
「喰らい、焼き尽くせ!」
 放たれた炎の竜が阻む触手を焼き尽くしながら、一直線にデウスエクスへと突き進む。
 炎の直撃を免れた左右の触手が阻まんと襲い来るも、
 左にレシタティフ、
 肩を庇うように斜めに構えた惨殺ナイフで触手を受け止めると同時、小柄な自分の体ごと纏わりつくように飛ぶや、勢いを殺した触手を見事に受け流し。
 右を一華、
 上方からの触手を日本刀で一閃、返す刀で下方を二閃。
 涼やかな微笑さえ浮かべ、一つの華が舞う。
 ヒメがビルに突き刺さった触手を駆けのぼる。
 花冠に到達した姫騎士が二刀を振るう度に、異形の胎児が切り裂さかれ、断末魔の悲鳴が上げる。
 次の瞬間、炎の竜がデウスエクスへ突き刺さった。
 轟音と共に爆炎が舞い上がり、サキュレント・エンブリオが苦痛に巨体を震わせる。
 燃え盛る炎の向こう、露出した巨樹の本体と言うべき太く束ねられ絡み合った触手の中心を認識するや、
 ムジカの鋭い蹴りと共に放たれたカマイタチ──『山茶花』(ヒメツバキ)
 風の刃が硬質の表皮を切り裂き、
 市邨の放つ円の虹──『四季に虹色』(シキニニジイロ)
 生じた裂け目に、叩き込まれた円環が爆ぜる。
 遂に中心が吹き飛び、大きくえぐられた。内部の脈動する組織がむき出しになり、体液が溢れる度に炎に炙られ即座に蒸発する。
 そこへとトドメとばかりにシェイ、
「南海の朱雀よ、焔を纏い敵を穿て!」
 『南海雀焔』(ナンカイジャクエン)──炎を纏い、朱雀の化身と化して、翼の加速のまま大きく穿たれた洞へ突入する。
 サキュレント・エンブリオの生体組織を焼き、えぐり、引き裂き、そして──、
 ──貫いた。
 空中で纏う炎の残滓を散らしながら翼を開き、振り返ったシェイの眼前。
 胴体の只中に燃え盛る穴を生じたデウスエクスの巨大な姿。それが一気に全体へと燃え広がっていく。
『オオーン……オオー……ン……』
 切れ切れの吼え声と共に、溶け落ちるように縮み、小さくなっていく。
 残された僅かな炎さえも風に煽られると。
 初めから何も無かったかのように、漂う胞子だけを残して、消え去ったのだった。

●今はただ
 戦いを終え、戦場へとヒールを行うケルベロスたち。
 一つ一つ、丁寧に癒しを施していた悠乃が、ふと手を止め空を見上げた。
 時折、光を反射させ舞うものが胞子であることを悟り、常に冷静な目に異なる感情の光が宿る。
 レシタティフが足を止めて呟いた。ただ散歩しているだけのようで、胞子の動向を監視していることを悠乃にはわかっていた。
「ここの平和は保たれた。それでいいのではないか」
「……わかっています」
 短く答えるも尚、目を逸らすことができない悠乃。
 レシタティフが採集が難しいと悟り、足元に落ちた胞子の欠片を踵で踏みにじる。
「やっぱり防ぐことは難しいのかしラ?」
「花粉を焼き払うことが出来たなら良いのですが……」
 ムジカの短い疑問に、一華が懸念を押し込めて言葉を継ぐ。
 胞子はデウスエクスのいた空間そのものから湧き出ていた。魔法的なものなのか、意思あるかのように。

(「……あれは植物の一部では無かった……もしかしたら……」)
 悠乃の思い。
 花弁の中から異形の瞳が、確かにこちらを見据えて──。
 小さく身震いした。それは寒さがもたらすものでない。
 と、突然、傍らでレッドレークが声を張り上げて、
「タンポポの綿毛のようなものなのだろうか。あのような微笑ましさは微塵もないのだがな!」
「……懸念はあるけど、まぁ今日のところはよしとするべきかな。後片付けは大変そうだけどね」
 シェイが片目を瞑って軽い調子で笑ってみせ、
 二人へと眼差しだけで礼を言う悠乃。傍らでヒメも安心したかのように微笑んでいる。
 市邨もまた喉の奥だけで笑みを漏らすと、自分だけの思いを馳せる。
(「後は禍の種にならないことを願うのみ、だね」)
 だが、それが難しい願いであることを、市邨は知っていた。

 大阪の戦いは続く。
 行く手は未だ見通せない。

作者:かのみち一斗 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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