ナイトプールに灯る炎

作者:遠藤にんし


 繁華街――から少し逸れた道で、一人の男が舌打ちする。
「くそっ、舐めやがって……」
 端正な顔を歪ませる男がナンパに失敗したのはつい先ほどのこと。
 見た目の良さにつられた女を路地裏に引っ張り込んだところ、平手を食らってしまったのだ。
「オレみたいなやつと遊べるんだったらオマエらにとっても十分だろ、何で……いてて」
 ヒリヒリする頬を押さえる男の前に姿を見せたのは、シャイターン『青のホスフィン』。
「あら、綺麗な顔と体をしてるのね。あなただったら……」
 言葉と共に、男の体は青の炎に包まれ――次の瞬間、そこにはエインヘリアルが誕生していた。
「良い見た目になったわね。その見た目にふさわしいくらいのグラビティ・チェインを奪ってきなさい」
 うなずくエインヘリアルに微笑みかけ、青のホスフィンは姿を消す。
 ――エインヘリアルが目指すは、先ほどの女たちが行こうとしていたナイトプール。
「ぶっ殺してやる……ぶん殴ってやる……」
 憎しみの籠った声と共に、エインヘリアルは駆けだすのだった。


「シャイターン『青のホスフィン』が動き出した」
 彼女は死者の泉の力を用い、男性をエインヘリアルに変じさせた。
 彼女の命令を受けてエインヘリアルとなった男性は、ナイトプールへと向かい、そこにいる人々を殺して回ろうとしている。
「そんなことは防がなければいけない。みんなの力が必要だ」
 エインヘリアルは外見こそ美しいが、その中身は美しさなどみじんもない。
「ナンパ男で、見た目が良いからナンパはよく成功する。だが、女性に対する思いやりを持たないような人だったから、その場で振られてしまうような感じだったらしい」
 そんな男から生み出されたエインヘリアルが向かう先は、ナンパに失敗した女性が向かっているというナイトプール。
 まだ初夏とはいえ賑わいを見せるそこで、エインヘリアルは人々からグラビティ・チェインを奪おうともくろんでいるらしい――何としても、人々を守らなければいけないだろう。
「暑い日が続いているから、ナイトプールには30名ほどの人がいるらしい。気を付けて行ってきてくれ」
 言う冴に対して、小瀬・アキヒト(オラトリオのウィッチドクター・en0058)は呟く。
「戦いが終わったらナイトプールで遊ぶのもいいかもしれないな」
「そうだね、貝殻やドーナツ柄の大きい浮き輪の貸し出しもあるし、お酒などの飲み物も出るみたいだ」
 しっかり泳ぐには物足りないプールかもしれないが、リッチな雰囲気の中でまったり過ごすには最適だろう。
「友人や仲間と共に楽しむことも大事なことだからね」
 土産話を楽しみにしているよ、と冴はケルベロスたちを見送るのだった。


参加者
生明・穣(月草之青・e00256)
望月・巌(昼之月・e00281)
リーズレット・ヴィッセンシャフト(焦がれる世界・e02234)
アーティラリィ・エレクセリア(闇を照らす日輪・e05574)
遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)
ルルド・コルホル(廃教会に咲くイフェイオン・e20511)
レオンハルト・ヴァレンシュタイン(ブロークンホーン・e35059)
鮫洲・紗羅沙(ふわふわ銀狐巫女さん・e40779)

■リプレイ


 ナイトプールの会場へ姿を見せたエインヘリアルの目の前には、三人の女性が立っていた。
 水着を着た女の姿に、ほう、とエインヘリアルの眉が動く。
「写真を撮って下さいますか?」
 遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)が問いかけると、リーズレット・ヴィッセンシャフト(焦がれる世界・e02234)は自らのスマートフォンを差し出す。
「一緒に、な♪」
 言われて誘われるように少しずつ近寄るエインヘリアル……鮫洲・紗羅沙(ふわふわ銀狐巫女さん・e40779)の尻尾が小さく揺れたのを見て、生明・穣(月草之青・e00256)は無線ヘッドセットのマイクへ囁く。
「ではこちらは誘導始めます」
 よろしく、という声に従って、小瀬・アキヒト(オラトリオのウィッチドクター・en0058)をはじめとした面々が避難誘導を始める。
 炯介の凛とした風が辺りを取り巻いているから混乱は起こらない――妹が敵のそばにいるということに我を忘れ飛び出しかけた瑛玖にも平静を取り戻させる風のおかげで、人々の間に大きな動揺は走らなかった。
「ルルドー! しっかり頑張るのじゃぞー! わしちゃんと水着持ってきとるからのー!」
 早苗はルルド・コルホル(廃教会に咲くイフェイオン・e20511)に声をかけてから「こっちじゃよ!」と行き先に迷う女性を導く。
 蓮華もぽかちゃん先生と一緒に人々に行き先を示す。示した先には飛行する流石がおり、行き先は誰の目にも明らかになっていた。
「これで戦い易くなるかな」
 ある程度の人が現場からいなくなったのを見て奏は呟く。見れば、リーズレットは至近から弓を射ち、エインヘリアルをその場で食い止めていた。
 鞠緒はワンピースタイプの水着の裾を翻しての蹴り。星々煌めく中、ボクスドラゴン・響とウイングキャットのヴェクサシオンはそれぞれのやり方でケルベロスの支援に飛び回る。
 望月・巌(昼之月・e00281)の口元に微笑が浮かんでいたのは、穣からの言葉のため。しかしその顔がきりりと引き締まったかと思うと、巌はいまだ女性たちから離れようとしないエインヘリアルへ声を張り上げる。
「袖にされたからって逆ギレとは随分お粗末だな?」
 じろりと、エインヘリアルの視線が巌に向く。
「外面が幾ら整っていても、内面がそんなんじゃ振られて当たり前さ。内面から磨――」
「っるせェ! 黙ってオレの言う通りになってろ!!」
 巌の言葉を遮るエインヘリアル。
「振られた腹いせから逆恨みを利用されるとはのぅ……」
 そんな短気な様子にアーティラリィ・エレクセリア(闇を照らす日輪・e05574)は溜息ひとつ、炎弾を撃ちだしてエインヘリアルを劫火の中へと叩き込む。
「男としても情けない限りじゃな?」
 幼い顔立ちのアーティラリィは呆れ顔を浮かべつつ、小さな白翼をはためかせる。
「竜王の不撓不屈の戦い、括目して見よ!」
 音高く扇子を畳むのはレオンハルト・ヴァレンシュタイン(ブロークンホーン・e35059)。オルトロスのゴロ太の眼光は炎をより苛烈にさせ、レオンハルトは負けじと竜の力を込めた一撃を放つ。
 炎を振り払ったエインヘリアルの元へと駆けたのは影の狼。エインヘリアルの背中へ食らいついた狼の牙から滲む影が、じわりとエインヘリアルを侵す。
「よーしいい子だ、そのまま離すんじゃねぇぞ」
 影の主――ルルドの言葉に狼はより深く牙を突き立てる。
 広がる闇を打ち消すように広がった光は紗羅沙が生み出したもの。淡く広がる光はやがて盾の形を取り、仲間の周囲へと展開された。
 水面へ映る光の盾が、揺れる。


 避難先で待ち受けていた陽治は水着姿の女性の肩にバスタオルをかける。
「なに、あいつ等ならあんな奴すぐに片付くさ」
 いざという時は怪力無双を使って、とも思っていたが、大きなトラブルがなかったことに安堵の笑みがこぼれる。
「今ので最後だな」
 流石も翼を畳んで降り、穣は仲間のケルベロスらの元へと駆けていく。
 ウイングキャット・藍華の吹かせる風の柔らかさに彼の到来を知った巌は、髭の生えた口元を緩め。
「人生ってのは、良い時も悪い時もあるモンだ。俺と穣にも、なっ」
 駆け付けた穣は隣で、青の衝撃波を放って。
「消えぬ炎は怨嗟の色」
 透けるほどに青い炎がエインヘリアルの半身を焼いた――その身を舐める炎は、巌の攻撃のために勢いを増すばかり。
「くっそ! 消えろ! 消えろ!!」
 酒を飲み、酒瓶を振り回して炎を消そうと暴れるエインヘリアル。
 そのこめかみに当たっていくのは響の入った箱。勢いあまって響は箱のまま転び、エインヘリアルは踏みつけにしようとするが。
「見えなき鎖よ、汝を束縛せよ」
 リーズレットの黒影縛鎖がそれを許さない。
「この物語は、緩慢な死へのカウントダウン……」
 身動きの取れないエインヘリアルは、鞠緒の歌から逃れる術を持たない。
 赤黒い書物はヴェクサシオンがひっかいて滲ませた血の色にも近い。愛などないと告げるかのように冷たい歌声だった。
 ルルドはバトルガントレット『青蓮華』を伴って迫る。仕込み刃は使わない――重量のある拳を叩き込めば、酒瓶が手から抜けて落ちる。
 大きく甲高い音を立てて割れる酒瓶。ガラス片を避けるように身を低めたルルドはそのままエインヘリアルの背後に回り込み、エインヘリアルは視線を巡らせて――、
「アーティ殿を傷つけさせはせん!」
 夜の中でもひときわ目立つアーティラリィの向日葵に目を留めたエインヘリアルへ肉薄するのはレオンハルト。視線を受け止めたために全身に痛みが刻まれるが、レオンハルトは躊躇なく自身の体に刃を突き立て。
「怪我も病気も切り裂き治す!」
 殲術執刀法により患部を摘出、それ以上のダメージを防いだ。
「あなたを導く燈火となりましょう」
 紗羅沙の生み出す導火はアーティラリィへと。秘術から力を受けるアーティラリィの横を走るゴロ太は地獄の瘴気を発し、全身を苛む毒と炎にエインヘリアルが膝をついた。
 アーティラリィは膝をついてなお見上げる巨体を前に、己の身に光を宿し。
「エインヘリアルにさせられたのは同情はするが、容赦は出来ぬのでな!」
 言葉と共に強さを増す光。
「なぜ駄目だったか自身の行いをあの世でちゃんと反省なさい」
 穣の呟く中でも、光は留まることなく強まっていく。
「天に届くと慢心せし者には、一切の慈悲を無く太陽は照りつける」
 融けそうなほどの赫々とした輝きは太陽そのもの。
「それでもなお昇ろうとするのであれば、燃え尽きるまで叩き落すであろう!」
 刹那、辺りは昼間のように眩くなり――その陽射は、エインヘリアルを跡形もなく燃やし尽くした。


 ヒールが終われば、あとはナイトプールの時間。
「蓮華ちゃん? お姉さん、尻尾が濡れちゃうから、プールは入りませんよ~?」
 お気に入りのチュールビキニを着た蓮華からトロピカルドリンクを受け取って、紗羅沙は優しく微笑みかける。
「今年はお姉ちゃんもコンテストに出れたらきっと楽しいし、今から水着をチェックしよう!」
 花とフルーツを飾るドリンク片手に写真を撮って大張り切りの蓮華。
「鞠緒さんやリズさんの水着を参考に?」
 紗羅沙は少し考えこんでから、ビーチチェアにゆったりと身を預ける。
 水に濡れるのも耳や尻尾を仕舞うのも抵抗があるからプールには入らない紗羅沙だが、これが蓮華の誘いの口実だということは分かっている。
「きっとコンテストも楽しくなりそうですねー」
 のんびり言う紗羅沙の視線の先では、フォトジェニックなバルーン片手に自撮りする鞠緒とリーズレット。
 しばらく写真を撮ってから、リーズレットは飲み物を取りに向かう……その途中、奏と会って。
「どう? 似合ってる?」
「ん、大人っぽいね。良く似合ってる」
 シンプルな黒ビキニを褒めてもらえて、リーズレットは嬉しさを隠せない。
 そのまま一緒に飲み物を注文。リーズレットが頼んだカクテルはオーロラジャングル、ブラックライトでオーロラ色に輝くカクテルを見た奏は、リーズレットの目の前で自分のグラスを揺らして見せ。
「此方もどうかな?」
 シュプリームカクテルは赤と緑の層。おお、と感嘆の声を上げるリーズレットに、奏は飲み物を勧める。
 甘いものもあれば、キレのあるカクテルも。あっという間にリーズレットが酔ってしまったのは、奏がいるからだという安心感も手伝ってのことだったのかもしれない。
「本当にお疲れ様。誘ってくれてサンキューな」
 赤い顔で隙だらけになったリーズレットの頭を撫でると、幸せそうな微笑――そして、誰にも聞こえない四文字の寝言。
 そんな二人を微笑ましく思う鞠緒は、ふと視界の隅に不審なものを捉える。
「まさか……!」
 不審人物か、あるいは新たなるデウスエクスか――警戒と共にファミリアの藍音・紅音を向かわせようとしたが、すぐにそれが自身の兄であることに気付いて。
「しゅ、取材だよ……」
 あわあわと言い訳をする瑛玖だったが、本当の目的は鞠緒がナンパされないようにという見張り。
「瑛玖君がどうしてもって言うから……」
 瑛玖奢りのトロピカルカクテルを飲む炯介のそんな言い訳に、ますます鞠緒はぷりぷり怒る。
「兄さまったら炯介さんにまでご迷惑をかけて! 炯介さんも炯介さんです! なぜホイホイついて来……あっ、面白がってるんですね? 面白がってるんでしょう? 面白がられてますよ兄さま! 炯介さん……まさに鬼畜の所業です!」
 二人を交互に見やりながら怒る鞠緒。
 髪をカチューシャで上げ、夜だというのにサングラスの瑛玖――シニヨンヘアに麦藁帽子とサングラス、アロハシャツを合わせる炯介。
 風変わりな出で立ちは普段の二人を知っているからこそより力が抜けてしまう……怒っているはずなのに、鞠緒の声は徐々に笑い声に変わってしまうのだった。


 アーティラリィは普段は着ない水着に少しばかりの恥じらいを載せて、レオンハルトの元へ。
「どうせなら、と思ったのじゃが……似合うておろうか?」
 貝殻のビキニに青いロングパレオ。人魚姫を思わせる姿は上品ながらもセクシーで、元々期待していたとはいえレオンハルトの頬は赤みを帯びる。
「とても可憐じゃ。よく似合っておる」
 ジュースの入ったグラスを合わせて、レオンハルトはアーティラリィをねぎらう。
 普段の軽口とは違う素直なレオンハルトの感想に、頬を染めたのはアーティラリィも。
「む、むぅ……可憐、と賞されるのは……悪い気はせぬ、のぅ」
 照れ合う二人を、淡いライトが照らす。
 ――光を反射する水面には貝殻型の巨大浮き輪。浮き輪に乗ったルルドの膝の上、早苗は気持ち良さそうに目を細める。
「気持ちいいのう……しかし、ナイトプールじゃっけ? なんだか外国にいる気分じゃのう……」
 ゆらゆらと、風に揺れる浮き輪。その揺れを心地よく受け容れながら、ルルドは早苗へと言う。
「お疲れさん、疲れただろ? ゆっくり休もうぜ」
「お疲れさま、ルルド」
 二人の時間は、ゆるりと過ぎる。

「お疲れ様~」
「悪ぃな」
 穣から差し出されたチョコレートを受け取る流石。
 そんな流石がカクテルコーナーへ向かうのを見送って、穣は巌と陽治と合流する。
「この辺に座るか」
 さりげなく場所を決めてサマーベッドに寝そべると、視界にはイルミネーションと夜空が広がる。
「何かバブル時代のセレブみたいだなァ、おい!」
 カクテルもあって巌はテンションアップ。
 穣の日常と変わらない気も……などと思いつつ楽しそうな巌に、陽治ものんびりとカクテルを舐める。
「花火でも上がったらもっと凄ぇだろうな!」
 巌の期待の眼差しは穣へ――穣が巌へ微笑みかければ、大輪の花が天空に咲いた。
 赤と緑の花形は特別調合。二人へ視線を向け、花火の打ちあがる音に続けるように囁きかける。
「愛してる」
 花火の光の粒が、ぱらぱらと辺りへ降り注いでいった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 4
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