血染めの死神騎士

作者:白黒ねねこ

●黄昏に落ちる影
 コンビニの袋を手に、ラピス・ウィンディア(ビルシャナ絶対殺す権現・e02447)は帰路を急いでいた。
 彼女が急いでいるのはコンビニの袋の中に、家族に頼まれて買ったアイスが入っているからだ。今日は蒸し暑く、急がなくては溶けてしまう。
 近道をしようと路地裏に飛び込み、影が伸びる事で生まれた黒の道を走っていた時、それは現れた。
 たどり着いた広場、黄昏色の光が溢れるそこに佇む、鎧も巨大な戦斧も血に染まった男が。
「やぁ、初めましてかな?」
 こちらを向いた男は一見、柔和に見える笑顔を浮かべてラピスに声をかけた。
「それとも、久しぶりかな? 我が……」
「黙れ」
 彼女の口から出た言葉は鋭い。その声は冷え切っていて、込められた感情は一つしか感じられなかった。
 冷たく暗い、凄まじい怒りだけが。
「家族を貶めるその姿をしているお前に、話す事なんて何も無いわ」
 武器を構えラピスは男に突きつけた。
「……被害が出る前に、お前はここで倒す。黄昏の光の中に沈みなさい、死神!」
「ふっ、はは……」
 それまでの優し気な笑みから一転し、嘲笑を男は浮かべた。
「はははっ! やれるものならやってみるがいい! こちらも当初の目的を果たすまでだ」
 戦斧を構え、男はラピスへと襲いかかった。

●緊急指令
「た、大変っす!」
 ケルベロス達に向かって黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は開口一番、そう大声を上げた。
「ラピス・ウィンディアさんが、デウスエクスの襲撃を受けると予知されたっす! 連絡を取ろうとしたけど繋がらないっす! 皆さん、一刻も早く救援に向かって欲しいっす!」
 ダンテはメモを取り出し読み上げる。
「敵は死神一体、配下などは居ないっす! 今回、近隣住民の避難や人払いは必要ないっすよ。裏路地の広場とはいえ、狭いので注意して下さいっす! 戦斧での攻撃を得意としているみたいで、ルーンアックスを使って攻撃してくるっす!」
 メモを読み切ったダンテはしゅんとした表情を浮かべた。
「ラピスさんとの関係性はわからないっすけど、彼女を狙っている事だけは確かっす。皆さん、助けてあげて下さいっす!」
 そう言って、ダンテは頭を下げた。


参加者
幸・鳳琴(黄龍拳・e00039)
エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)
シル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)
ラピス・ウィンディア(ビルシャナ絶対殺す権現・e02447)
木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)
隠・キカ(輝る翳・e03014)
皇・絶華(影月・e04491)
ステラ・ハート(ニンファエア・e11757)

■リプレイ

●戦闘開始、黄昏の乱入者
 男とラピス・ウィンディア(ビルシャナ絶対殺す権現・e02447)が睨み合っていると、背後からよく知る声が聞こえて来た。
「おーねーちゃーん!」
 声の主は彼女の真後ろから、高く跳躍すると男に向かって重い飛び蹴りをくらわせる。男を後方に押しやるが、蹴りは男の戦斧によって防がれてしまった。故に、大したダメージにはなっていない様だが。
 戦斧を足場に軽く跳躍して、目の前に降り立ったのは自分と同じ青い髪の少女だった。
「ラピスおねーちゃんに、何するのよっ!」
「……シル?」
 いきなり現れた末の妹、シル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)をポカンとした表情で見つめた。
「貴女、どうしてここに?」
「助けに来たんですよ」
 聞こえて来た別の声に振り返ると、幸・鳳琴(黄龍拳・e00039)をはじめ、仲間達がこちらへと駆け寄って来る姿だった。
「待たせたな!」
 木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)はグッと親指を立てて、笑った。
 仲間達は庇うため、次々と前へと出る。
「おやおや、さながらお姫様を守る騎士の様じゃないか!」
 男はケルベロス達を見つめ、愉快そうに笑った。
「……少し、黙って頂けるかしら?」
 エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)の冷ややかな視線と言葉を受けても、男は笑っている。
「黙っているだなんて、もったいないだろう? 一人を救うために駆け付ける、まさに王道! 悲劇へ逆転するには絶好のシチュエーション! 思わず笑ってしまうさ」
 笑い続けた男は構えを解くと、全員に向かって一礼した。
「あえて、この器の名を名乗らせてもらおうか。私の名はイル・ウィンディア! どうぞお見知りおきを」
 さらに続けようと男……イルが口を開いたその時、冷気を含んだ螺旋がその足に向かって放たれ、命中した。
「……怖いねぇ」
 イルは銀髪を揺らし、絶対零度の瞳を向ける皇・絶華(影月・e04491)にそんな呟きをこぼすも、表情からは笑みは消えていない。
「同じ姿で思い出を汚す……絶対に許さないッ!」
 怒りのこもった声と共に、鳳琴が戦斧に向かって爆発を起こした。戦斧に僅かながら、傷が付いた。
「貴方が黙らないから、ですわよ?」
 エニーケは武器を構えると、鋭く言い放った。
「器のと、付くとしても、自分の娘を襲っているのでしたらDVというやつかしら? ならば本当のDVを教えてあげますわ!」
「ははっ、面白い! こちらの暴力とどちらが上かな?」
 イオは不敵に笑うと戦斧にルーンの力を宿し、エニーケに向かって振り下ろす。
 それを庇ったのはウタだった。
「つっ……重いな。けど、負けねぇぜ!」
 オーラで受け止めた彼は、戦斧を押し返すと炎を纏った鉄拳をイルへと放つが、後ろへ飛び退かれてしまった。
 隠・キカ(輝る翳・e03014)は立ち竦むラピスを振り返ると、小さく口を開いた。
「だいじょうぶ、一人じゃないよ。きぃ達がいるもん」
「……っ」
 言い終えると九尾扇を手に、キカは仲間のサポートを始める。
 その様子を見ていたラピスは、仲間達を順繰りに見回した。そしてフッと息を吐くと、前へと出た。
「貴方達……ありがとう。助かるわ」
 末の妹と並び立つと、再び刀をイルへと向けた。
「シル……貴女には、会わせる事なく終わらせたかった……」
 戸惑いの表情を浮かべる妹を背に、イルを睨みつけた。
「死者の安寧を脅かす貴様を……お父様を汚す貴様を、生かしてなるものか……!」
 雷の霊力が宿った突きを放つが避けられてしまった。
(なるべく……お父様の体を傷付けたくは無いが……そうも、言っていられない……)
 振り切ったつもりでも、積年の想いと家族の思い出は軽いものでは無い。相反する感情は太刀筋を鈍らせるには充分だった。
(……まだまだ、甘いという事ね)
「昔の自分より強くなった、などという自己満足で凶悪な現実は打ち破れない、か……」
 唇を噛み締めたその時、よく知る幼い声がその背中に投げつけられた。
「しっかりするのじゃ!」
 声を合図に自分を含めた前衛組の周りに、ヒールドローンが漂う。治療を始める機体もあるが、大体の機体は対象を守るように漂っていた。
 声の主を振り返ると、ステラ・ハート(ニンファエア・e11757)が真剣な表情で自分を見つめていた。
「余は知っているのじゃ、ラピスは強くなっていると! じゃから……、大丈夫なのじゃ!」
 ステラの黒い瞳は真っ直ぐにこちらへ向けられている。そこにあるのは、強い意志と信頼だった。
 あぁ、何だ。大丈夫ではないか。
 自分だって強くなった、並び立ってくれる仲間も居る。改めてストンと落ちてきた想いに気持ちが凪ぐ。
 純粋な闘志が胸の中に広がり、手にした二振りの刀を強く握りしめ、地面を蹴って敵へと向かっていった。

●闇の底のノイズ
 それからの戦いは激しいものとなった。イルの攻撃の重さは想定したよりも、厄介なものだった。一撃による被害が大きかったのだ。
「くぅぅうっ……!」
 イルの戦斧を受け止めた鳳琴が、苦悶の表情を浮かべた。その様子を見たイルはニヤリと笑う。
「諦めれば、楽になるよ?」
「屈するものか、外道の振るう刃になんて!」
 鳳琴が睨み返した瞬間、シルの振るう光の刃がイルに襲いかかる。その攻撃を防ぐべく、イルは右に飛び退いた。
「簡単にいくとは思わないでね!」
「こっちの娘も怖いねぇ」
 軽い反応のイルの背後から、炎を纏った蹴りが飛んでくる。気付くのが遅れたのか、背中にくらったイルは息を詰まらせながら、背後に視線を向けた。
 そこに居たのは言葉を発する事すら許さないとばかりに、鋭い視線を向ける絶華だった。
『空想と妄想の力、お借りします!!』
 その隙を逃さず、エニーケは十字に組んだ腕から光線を発射する。ダメージが思っていたよりもあったのか、それとも背後に気を取られていたからなのか、真横から飛んで来た光線はイルに命中した。
 これはまずいと思ったのか、二人から距離を取ったイルは戦い方をヒットアンドアウェイに切り替えた。
 しかし、イルの動きを観察していたケルベロス達は、臨機応変に対応していった。
 そのおかげでケルベロス達の攻撃頻度は一定を保っていた。ステラが回復に専念していた事も理由の一つだが。
 いくらか時間が流れた頃、キカがイオに向かって口を開いた。
「ねぇ、ラピスの家族をうばって、パパの体をうばって、その思い出をきずつけて……なんでそんなひどいこと、できるの?」
「何かと思えば……楽しいから、それだけだよ」
 しゃべる余裕があるのか、イオはククッと低い笑い声を漏らした。
「元々、ヒーロー気質の高いケルベロスなら誰でもよかったのさ。人から英雄として慕われていればいるほど、簡単に信用させる事も、裏切る事もできる。その様を見るのがたまらない。これ以上に甘美で愉快な事は無いのさ。楽しい事をしたい、それは誰もがそうだろう?」
 だから、自分はその欲求に従っているだけだとイオは言う。瞬間、ウィンディア姉妹から強い怒気が発せられた。
 家族の遺体を自分にとって楽しい事をするために奪われた挙句、誰でもよかったと言われれば無理もない。仲間達も顔を顰めた。
「もう、いい。だまって……きぃ達が、あなたをこわすから」
 平坦な声色でキカはイルを見据えた。
『きぃが送ってあげるから、こわくないよ』
 振り上げられた小さな手をイルは避けようとする、が。
「……?」
 体が上手く動かず、避ける事ができなかった。軽く触れられただけだが、大きく吹き飛ぶ。立ち上がったイルは、初めて憎々し気な顔をした。
「……あぁ、うるさいな」
 その呟きは誰の耳にも届かず、透けて消えた。

●十三年越しのさよなら
 初めは優勢だったが、だんだんとイルは追い詰められていった。
『我が身……唯一つの凶獣なり……四凶門……窮奇……開門……! ……ぐ……ガァアアアアアア!!!!』
 絶華の怒涛の攻撃をかわしたその身には、色濃くダメージが蓄積されていると誰が見てもわかる。
 隣に立つ鳳琴へシルは視線を移す、目が合った彼女は頷くと優しく微笑んだ。その笑みに同じく微笑み返し、両手をイルへと向かって突き出す。
「これがわたしの切り札っ! 一気に行くよっ!」
 六芒星の魔方陣がその掌に展開する。
『闇夜を照らす炎よ、命育む水よ、悠久を舞う風よ、母なる大地よ、暁と宵を告げる光と闇よ……。六芒に集いて、全てを撃ち抜きし力となれっ!』
 第一砲が放たれ、青白い魔力の翼が背中に広がるのと同時に、追加の砲撃が発射される。しかし、威力を重視された砲撃はイルに当たる事は無かった。
 だが、砲撃を隠れ蓑にした鳳琴の拳がイルに打ち込まれる。
「今です、トドメを!」
 確かな手ごたえに声を上げ、背後に呼びかけた。
 拳から体力を奪われた事を感じたイルは大きく後退し、そのまま逃走を図ろうとした、が。
「逃がすかよ、てめぇは此処で仕舞だ」
 背後に回り込んでいたウタによって阻まれてしまった。仲間達も退路を塞ぐようにイルを取り囲む。
「言われるまでもないでしょうけど、貴女が殺しなさい」
 すれ違いざま、エニーケはラピスに耳打ちする。
「わかっているわ」
 頷き一度、刀を鞘へと納める。構えを取り、大きく息を吸い込んだ。
『太刀筋は気合の限り……されど心は澄ませ』
 気合を乗せた神速の居合をイルへと放つ。その一撃を受けた彼はどこかつまらなそうに、肩を竦めた。
「あーあ、負けちゃったかぁ……」
 悔しいなぁと呟いた後、その瞳に宿る光が変わった。狂った光では無く、愛しさを湛えた光がこちらを見ている。
 倒れ込みながらも、この身を抱きしめる腕の力を自分は知っている。
「すまないね………家族を頼むよ……」
 弱々しく紡がれる口調はとても懐かしいものだった。途切れ途切れの言葉に頷いて答えると、その人が笑った様な気がした。
「………さよなら」
 背中の腕が離れ、ズシリとした重さが自分にかかる。こちらから抱きしめながら、ゆっくりと座り込んだ。
「さようなら、お父様……今度は誰にも邪魔されることなく、安らかに……」
 別れの言葉を告げるのと同時に、涙が一筋、頬を伝って落ちていった。

●黄昏の終わり
 イルの体を横たえ、自分達のケガの治療や周りの修繕をおこなっていたケルベロス達。黄昏の時間は過ぎ、薄暗くなり始めていた。
 そして、皆、イルへと黙祷を捧げている。
(結局、死神の策略なのか、それとも親父さんが逢いたかったからのか……どっちなんだろうな?)
 鎮魂曲を弾きながらそんな考えが、ウタの頭によぎった。考えてもわからない事だけれど。
(……何しろこれでようやく眠れるな、蒼き地球で安らかに)
 その安息が続くよう、想いを込めて彼は弾き続けた。
 黙祷を捧げる大切な人を横目で見つめていた鳳琴は、ポツリと呟く。
「……もし本当のお父さんに、お会いできたなら……」
 言葉を飲み込んで、左手に光る絆の指輪を撫でるが、やるせない気持ちになるだけだった。
 無性に触れたくなって、シルの手を握る。始めは力の入っていなかった彼女の手、しかし、嗚咽が聞こえてくるのと同時に強く握られた。
 傍に居るよと想いを込めて握り返し、その涙が止まるまで寄り添い続けた。
「ねぇ、キキ」
 目を開けたキカは玩具のロボット……キキを抱きしめた。
「……きぃは、『パパ』をこわせるかな」
 中身は違うとはいえ、父親をその手で送った彼女の姿を思い出す。凛としてそれでいて、悲しい姿を。
 いつか自分にも来るその日。その時、自分は彼女の様にいられるだろうか? 胸の痛みに俯いたその時だった。ポンと誰かが自分の頭を撫でた。
「そんな顔、するもんじゃないですわよ? 幸せが逃げますわ」
 顔を上げるとエニーケがこちらを見ていた。
 そのままポフポフと頭を撫でられた。撫でられる感触がどこか懐かしい気がして、知らず知らずのうちに頬が緩む。
 気が付けば、胸の痛みは消えていた。
「……これから、どうするんだ?」
「お父様を連れて帰るわ、それから先は家族全員で考える」
 気づかわし気にかけられた声に、はっきりとした声でラピスは答えた。声の主の方に向き直れば、戦っている間の無表情が嘘の様に、沈んでいる絶華が居る。
「ありがとう、力を貸してくれて」
 礼を言えば困った様な笑みを浮かべて、彼は頷いた。空を仰いだその時、控えめに手を引かれた。
 視線を落とすと、泣きそうな顔をしたステラがこちらを見上げている。その瞳の奥にあるのは後悔、だろうか?
「余も、一緒に行く。……あの人に伝えなくてはいけないのじゃ、父様が亡くなったと」
「……そう、ありがとう」
 答えた声と言葉はどこか、ぎこちなかった。失う痛みも、悲しみも割り切れるものでは無い。乗り越えたと思っても、ふとした時に溢れてくるものだ。
 揺れそうになる視界を瞬きで抑え込んで、もう一度、空を見上げた。

作者:白黒ねねこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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