狩る者と狩られる者と

作者:白石小梅

●草原の狩人
 六月の風に揺れる葦原。
 遠くには山影、青く迫るような空、照り付ける日は煌き、すぐ側に流れる川の水音が涼し気に響く。
 まるで水草の揺蕩う川底のようだと観光客に人気のハイキングコース。
 だがその日、そこに鮮血が飛び散った。
 息を詰めて赤子を抱き抱える母親。その前に、震えて立ちはだかる少年。
 そして父親は、首のない死体となって木道の上に倒れ込んでいる。
 絶体絶命の一家の前に立つのは、文様の入った麻服を纏った3メートルを超える大男……エインヘリアルだ。
 男は父親の首を飛ばした矢を拾うと、言い放った。
「何をしている。俺は女子供を狩らぬ。里へ逃げ帰るがいい」
 少年が涙を浮かべて睨みつけるのを、大男は一瞥して。
「父を殺した俺が憎いか、小僧。成人した後に挑みに来い。その時は、お前のことも狩ってやる」
 母親が震えながら起き上がり、少年の手を取って逃げ出し始める。
 大男は、それに背を向けて。
「俺の名は、葦鉄の宿奈麻呂。その時お前が強者となっていれば……野辺に倒れるのはこの俺の方かもしれんぞ」

 そして男は川辺に降りると、冷水を浴びて天を仰いだ。
「このような狩りは幾年ぶりか……殺すべき相手を見極めることも出来ず、群れ固まらねば命のやり取りも出来ぬ惰弱者をのして宝玉化されて以来、幾年月が過ぎたのか」
 ため息を落として火を焚き、男は武骨な直刀で魚を捌き始める。
「帰る先など、もはやない。永き生の終わりに、話に聞いた番犬どもの首を並べられるだけ並べて、終わる。それもいい……」
 炎を睨み、宿奈麻呂は待ち続ける。
 己を出迎える、地獄の番犬の訪れを……。

●いにしえの狩人
「流刑となったエインヘリアルが出現するのを予知いたしました」
 望月・小夜(キャリア系のヘリオライダー・en0133)は淡々と語る。
「エインヘリアルはここしばらく本国で持て余した重罪人を解放して、こちらに送り込んで来ています。そういった連中が暴れるほど恐怖や憎悪の対象となって主力の活動が楽になる上に、罪人をこちらに始末させて管理コストを削減する……という作戦ですね」
 効率を追求した人道無視の作戦。幾人かの番犬は嫌悪に眉を寄せる。
「今回、解き放たれたのは『葦鉄の宿奈麻呂』と名乗る重罪人です。戦列を構築しての大行軍を好むエインヘリアル文化と極端に合わなかったらしく、女子供の虐殺を命じた上官にその場で決闘を挑んで殺傷。永久投獄されたとのこと。まあ、反逆罪ですね」
 宿奈麻呂は個の武を重んじ、女子供は手に掛けない。『雌は実りを殖やし、子はいずれ更に良き実りとなる』という古代の思想を守るゆえだ。
「己が生きる道を頑なに守り、生きるに足る分の獲物のみを狩り続ける、道理の通じぬ獣。峠に住み着いた人喰い虎、と言った類の輩でしょうか」
 それは、誇り高き孤高の狩人か、残忍かつ獰猛な野獣か。いや、その双方だろうか。
「すなわちこの闘いは、野に放たれた獣とその地を守護者の闘い……番犬の名に相応しい仕事となるでしょう。宿奈麻呂の撃破。それが今回の任務です」

●葦の鉄
「宿奈麻呂は弓と剣を主力に、補助としてオーラを用います。武装はどうやら妖精弓とゾディアックソードのようですが、形状はかなり古い型ですね。恐らくはかなり昔に北方で暮らしていた少数民族の狩人戦士が転生した者なのでしょう」
 剣術や弓術と表現するほどに洗練された武術は持っていないが、見目に似合わぬ緻密さと精密さで武具を扱う強敵だという。
「戦場は、葦の茂る川辺の草原です。葦原では互いに視界が悪く、草の無い河原に出れば視界は開ける代わりに身を晒すこととなるでしょう。ちなみにここはハイキングコースとなっていますが、一般人が立ち入らぬようすでに封鎖してあります」
 なお、宿奈麻呂は不利な状況になったとしても逃げることは決してないという。
「死に場所を闘争に求める……ということかしら? 反対に言えば、こちらを待ち構えているということでもありますわね。いいでしょう。わたくしも参加させていただきますわ」
 朧月・睡蓮(ドラゴニアンの降魔拳士・en0008)が、そう言って立ち上がる。
「ええ。奴の生きる場は、本国にもこの地にもありません。さすらう獣には、死に場所を与えてやりましょう」
 それでは、出撃準備をお願い申し上げます。
 小夜はそう言って頭を下げた。


参加者
マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)
嵐城・タツマ(ヘルヴァフィスト・e03283)
シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)
ウォリア・トゥバーン(獄界の双焔竜・e12736)
尾神・秋津彦(走狗・e18742)
斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)
款冬・冰(冬の兵士・e42446)
グラハ・ラジャシック(我濁濫悪・e50382)

■リプレイ


 時は六月。
 旧暦ならば五月晴れの日。
 水気を含んだ風に揺れる葦原に、番犬たちは足を踏み入れる。
(「待ち受けるは、蝦夷の戦士……ここで引導を渡すも、武人の礼儀」)
 尾神・秋津彦(走狗・e18742)が見上げた空には、僅かに漂う白雲と、深い青。
 昂揚も迷いもない。心はあの空のように澄んでいる。
「相容れぬが宿命。対峙すれば、殺し合うが宿命。我等は互いに、獲物にして狩人。ならば、行く道は一つきり……」
 想いに沿うように、ウォリア・トゥバーン(獄界の双焔竜・e12736)が呟いた。
 二人はちらりと視線を交わす。
 狩人と獲物に分かたれる身の上、心を研いで向かい合うのみ、と。
 一方、己の胸の想いとあるがまま向き合うのも、また一つの道。
「己の道に生き、上官に反逆した重罪人か。自らの信念に生きるその心意気は認めるが……私もそれを裁くのが任務だ」
 マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)の周囲には、リーズレット・ヴィッセンシャフトの呼びかけに応えた、サポートの者たちが集っている。
「私、飛行して敵の位置を測ろうと思うけど。皆で通話グループに入って共有するのはどう?」
「ええ。敵に制圧された戦場と言うわけでもありませんし、通話は可能なはずです」
 レフィナード・ルナティークがそう答える。だが粟飯原・明莉が少し首を捻って。
「しかし叫べば届くくらいの距離で闘うからな……無線まで使わなくてもよい気もする」
「仮に有利にならなくても不利になることもないし、いいんじゃない? ね、リズ姉」
 瑞澤・うずまきの言葉に、サポートたちは頷き合って。
 その時、グラハ・ラジャシック(我濁濫悪・e50382)が鼻で笑った。
「誘ってやがるのか? それとも罠か? 野郎、河原で火を焚いてやがる。煙を隠すこともしてねえぜ」
 彼の視線の先には、狼煙の如く一本の煙が立ち上っている。警戒しつつ河原へ降りれば、その男は剣を脇に置いて待ち構えていた。
「俺の名は、葦鉄の宿奈麻呂。番犬とは、お前たちか」
 燻る熾火の脇に、食べ終えた串焼きの魚の残骸をちらりと見た斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)が、言う。
「生きる分の糧だけを狩る、とは見上げた心意気。ですが、怯える無抵抗な獲物を狙うことは、気高き戦士の所行とは謳えませんね。討伐に参りました、葦の名を持つ戦士よ」
「“悪し”鉄、ね。物事の良し悪しなど時代や文化の違いだけで、たやすくひっくり返るものだな」
 そう続ける玉榮・陣内は、今はこの草を『ヨシ』と呼ぶことを知っている。二人の言葉に、敵は笑って言った。
「葦からは、鉄が取れるのだ。粗悪な奴がな。それが名の由来よ」
 仕掛けるべきかを迷う朧月・睡蓮(ドラゴニアンの降魔拳士・en0008)を、款冬・冰(冬の兵士・e42446)が押し留めて。
「睡蓮、まずは囲む。位置取りを」
「心得ましたわ」
 そうして敵を囲みつつ、彼女は語る。
「冰は対話に来たわけではない。こちらの接近には気付いていたはず。奇襲も、逃れることもしなかった理由は」
 突き付けられた問いに、男は立ち上がる。ずんぐりとした体躯ながら、その筋骨は隆々。僅かな隙も感じさせないままに。
「長いこと、口をきいておらぬのでな。噂の番犬と、少しばかり話をしたかった」
 その言葉にシルディ・ガード(平和への祈り・e05020)が進み出た。彼は、これだけは問いかけずにいられない。
「ねえ……解放された時、懐かしい感じがしなかった? この地球を愛せるなら、キミは定命化してここで生きる事もできる。もう一度、そうしてみたいとは思わない?」
「俺の部族は、えいんへりゃる。上のやり方に納得はいかぬが、命惜しさに寝返りはせぬ。だが、礼は言おう。俺の自儘に付き合ってくれたことにな」
 淡々と、男は告げる。尤も、対話の最中に切り込んだとしても、敵は即座に反応しただろうが。互いの殺気は内で張り詰め、解き放つ瞬間を待っている。
「さて、どちらが死すか。試そうか」
 無造作な問いに、嵐城・タツマ(ヘルヴァフィスト・e03283)が唾を吐いた。
「俺はてめえに同情するつもりも、同じ結末を迎えるつもりも無い。地獄へは手ぶらで行くんだな。この首、冥土の土産にくれてやる気はさらさら無いぜ」
 真っすぐに互いを睨んだまま、両者はじりと片脚を引く。
 瞬きも出来ぬ、濃密な一瞬。
 魚が水音を立てた瞬間、砂利が跳ね飛び、刃のもつれ合う高い音が響く。
 闘いが、始まった。


(「速い……!」)
 初撃を馳せ合ったのは、秋津彦。絡み合った剣先は、互いに牽制。少年は、敵の膝を蹴りつけて間合いを脱する。
「参られよ蝦夷。筑波の狗賓が討ち果たしてくれましょう」
 敵は受け流すようにそのまま葦原の中へと転がり、それを追って少年も跳躍する。
「葦原に入ったよ! 扇状に展開! サーヴァントたちも駆使して、敵の位置を捕捉して!」
 リーズレットが指揮を執り、サポート勢はサーヴァントたちも解き放って球を作る。
 敵がその動きを煩わし気に一瞥した時、突如として葦原の中で爆炎が炸裂した。
「よく跳ねる獲物は腱を切るが有効かと……轟く竜の咆哮で、双方の芯を震わせて見せましょう」
 敵を追った一撃は、朝樹の轟竜砲。炸裂した衝撃は散弾のように、敵の筋を小さく、しかし無数に抉る。
「囲む無数の目鼻で動きを捉え、散撃を重ねる……なるほどな」
 優雅に微笑んだ朝樹と一瞬だけ視線を絡めて、敵は横跳びに逃れる。
(「いくら背の高い葦原とはいえ、エインヘリアルの身長は優に3メートル……しゃがみ込みもしなければ、丸見え……」)
 訝しみながらその背を追うマルティナは、はっとその意図に気付いて跳躍した。隣を疾駆していた、タツマへ向けて。
 仲間同士で激突した瞬間、葦原を貫いて矢が躍り出た。彼を庇ったマルティナの腕が裂かれ、敵はしゃがみ込んで葦原に身を沈める。
「っ……大丈夫か!」
「ああ、掠っただけだ。皆、気をつけろ! 葦原に隠れるのは奴だけではない!」
「しゃがみ込めば自分の姿を、姿を見せて気を引けば放った矢を隠せる……! なるほどな、野郎!」
 仲間たちはそれぞれに武具を舞わせて敵を押し包み、敵は葦原を上手く使っていなしつつ一瞬の隙を突く。
 だがその跳梁を黙って許すほど、番犬たちは甘くない。グラハが大地に足を打ち付け、気を吐いた。
「地の利は我にありってか? だがな、おめーさんにゃ人数の利がねーし……何より天の利って奴もねえ。そう。運がねえんだよ。俺がここにいる時点でな!」
「これより、獣狩りを開始する。感覚補助を実行……」
 動きを合わせた冰と共に、葦原を銀光が貫いた。前衛の感覚が一気に研ぎ澄まされ、草場の僅かな揺れさえも己の身のことの如く、感覚が広がっていく。
 その援護を背に、ウォリアは葦の根元へ身を沈め、燃ゆる目を閉じた。
「誇り高き狩人であろうとも、還る場所無き獣であろうとも……力持つ者として対峙すれば答えはひとつ。いざ、死合おう……!」
 壁に跳ねる弾の如く飛び交う敵味方のただなかで、ウォリアの超感覚が敵を捉えた。目を見開くと同時に放つは、災告招弓【遠雷】の矢。意趣返しの如く草を割り、咄嗟に身を防いだ相手の腕に突き刺さる。
「む……!」
「足が止まった! リズ姉、みんな! 今だよ!」
 うずまきの号令に合わせ、マルティナを先頭に仲間たちが踊りかかる。
「逃さん! 睡蓮、叩き込むぞ!」
「了解! 合わせますわ!」
 激しく突き出される剣閃と拳。
 敵が身を退いたその瞬間、茂みから躍り出るのは、シルディ。
「例え辛く苦しい闘いでも……ボクは、この星の人々を。仲間たちを守る……! さあ! この身、この意志は鋼の盾なり! 脆弱なるものよ、砕けるものなら砕いてみせよ!」
 紅いオーラを纏った拳が、敵の顎を撃ち抜いた。
「おのれ……!」
 敵が直刀を引き抜くと、ぶつかるようにシルディを押しのけて、タツマがその眼前に立った。
「悪ぃな。やられっぱなしで居るわけにはいかねぇんだよ。この間合いなら、厄介な弓での不意討ちはねえ……! 派手に攻めをぶつけられるぜ!」
 それはこちらも同じだと、蕨手刀が葦を薙ぎきる。タツマの身を覆ったオウガメタルが刃を受け止めるも、その刃は肩口にめり込んで。
「おぉらァア!」
 吹き出す血飛沫に構わず放たれた拳が、敵の鳩尾を穿った。文様の上着と帷子を衝撃が伝導し、エインヘリアルの巨躯を弾く。
「ぐうっ……!」
 敵は身を転がして距離を取り、仲間たちはそれを追う。その中で、冰がタツマの脇へ寄って。
「一定量の負傷を検知。物資提供を開始。回復スプレーと粗品。遠慮無く受領することを推奨する」
「ありがとよ! 次も援護頼む!」
 冰が回復スプレーを傷へ噴霧する間、タツマは小包を開けてスポーツドリンクを煽る。
「先ほどのような無茶は推奨しない」
 言いかわしながら、二人もまた敵を追う。その様子を、上空から援護射撃を続けるレフィナードが見つめて。
「敵は距離を取って態勢を立て直すつもりです。隙を見せず、追い詰めてください」
「ええ。祓うならば幾度でも。その動きを縛り上げましょう」
「応じまする。狼にとっては狩人もまた、狩る獲物に過ぎませぬ故」
 指先より迸る朝樹の御業。その脇より、秋津彦の月を断つ一閃が跳び抜ける。
 僅かずつ傷を増やしながらも、雄叫びを上げてそれを塞ぐ宿奈麻呂。
 稲妻の如く互いを喰らい合う、その闘いの行方は果たして……。


 闘いが始まって、十分を過ぎた。
 一閃、一撃、一射の度に、葦茎は千切れ飛び、葉は乱れ舞う。
 その間を、明莉の鎖が迸って。
「敵はぼくの右方、六歩……! 今だ! 討て!」
 足を絡め取られた宿奈麻呂に睡蓮が殴りかかり、その背後から烏の群れの如くサポートたちのサーヴァントが踊りかかる。
 一喝でそれを払った敵に、続けて飛び込むのは陣内。
「そろそろ限界か? いいや、まだ動くだろう。悪し鉄よ……!」
 放たれる氷結から逃れ、宿奈麻呂は遂に葦原を転がり出た。河原に片膝をつき息を乱す姿は、まるで手負いの樋熊。
「ただ、数を恃むだけではない……まさに群狼……これほどとは」
 顔を上げれば、地獄の焔を纏って葦原を歩み出て来る、ウォリアと目が合う。
「天に輝く死の星を見よ……オマエに死を告げる赫赫たる星こそが我……生まれる時を違えた強者よ、地獄に堕ちる覚悟はできているな?」
 雄叫びと共に、宿奈麻呂は突貫する。全身を燃え立たせたウォリアの斧と、火花を散らしてぶつかり合う。
「……さぁ、我(オレ)がオマエの終焉を此処に刻む。時は、来たれり……!」
 吠えるように打ち合う二人。
 一歩遅れて、冰と秋津彦、そしてグラハが葦原を飛び出す。
「こちらは無傷。任務遂行に支障無し。アキツヒコ、そちらは?」
「矢を少々、頂戴いたしました。援護をお願い申します」
「応! 俺はあっちを治す! てめぇはその矢傷を! 『悪霊』じゃ『亡霊』に止め刺すには向いてねぇからな……!」
「了解した。援護を開始」
 冰とグラハが紡ぎあげるは、蠢く幻影。傷を癒しながら、仲間の動きを二重三重に散らす。
「何っ……!」
「此岸にても元よりお独り……見送りは、葬頭河まででよろしいでしょう」
 敵が幻影に惑った刹那、秋津彦とウォリアが走り抜ける。
 交差した二閃は、深々と巨漢の両脇を抉っていた。
 だが、膝を揺らした巨漢の前には、すでにタツマが跳び込んでいて。
「膝を崩す暇はねえぜ……! たらふく、喰らいやがれッ!」
 タツマは渾身を拳の内に握り上げ、巨漢の胸を穿つ。胸倉を榴弾で撃たれたかの如く、宿奈麻呂は川へと吹き飛んだ。
 今こそが、機。とどめを刺さんと、仲間たちが殺到する。
「ぐ、おぉお……!」
 だが宿奈麻呂は、刀を水面に突き刺して強引に立ち上がった。霞む目で、己に怒りを穿った者を捉えて。
「ボクは誰にも傷ついてほしくない。この星の誰も。本当は、キミたちも! それでも闘うしかないなら……! 射ちなよ! ボクは、ここだ!」
 放たれた強弓が、シルディに迫る。竜槌を振り上げて、彼はその矢と打ち合った。身を飛ばすほどの衝撃に吹き飛ばされつつも、矢は脇腹を掠めたのみで弾け飛ぶ。
 マルティナが正面から突進し、宿奈麻呂は即座に地に刺した刀を掴んだ。
 だが、迫る攻撃を防ごうとした刹那。花吹雪の如き紅い霞がその身を覆う。
「……!?」
「戦庭に好敵手を見い出した高揚は分かりますが、他者の未来を勝手に色染めさせる訳には参りません。楽しきひと時の返礼に、あなたの黄泉路を幻花で彩りましょう」
「すまないな。我々は、貴様を裁くために来た。執行……させてもらう!」
 朝樹の放った紅霞楼が直刀を霞に眩ませ、白い軍服が防御を潜り抜ける。
 細い肢体がぶち当たり、細剣が巨漢の心臓を貫いた。
「……っ! 強い、な……お前たちは……」
 巨漢の手から刃が滑り落ちる。彼は、ずるりと崩れるように水面に膝を付く。
 息を切らした番犬たちがその周囲を取り囲む中、深くため息を落として。
「これで、いいんだ……俺は……大地へ……」
 そして男は押し黙る。
 しばしの間、両者は無言のまま。
 やがて番犬たちは、身の緊張を解いて武装を降ろした。
 葦鉄の宿奈麻呂は、死んでいた。


 闘いは終わった。
 宿奈麻呂の躯は、蛍のような無数の光となって、葦原へと帰る。
 いつの間にか長く伸びていた影が、解けるように消え去って行く。
「お帰りなさい……この星へ。この大地へ。次の出会いでは、仲良くできますように。今は……おやすみなさい」
 柔らかな色になった西日の中、シルディが呟いた。祈り終えたとき、すでにその亡骸は消えていた。
(「葦鉄の宿奈麻呂よ。我が焔を渡し守への餞別に、黄泉へと渡るがいい……」)
 闘いの炎を収め、ウォリアは僅かの間、目を閉じる。
 その瞼の裏に映るのは、揺らめくの炎の影か。水面に散っていった光の焼き付きか。
 沈黙の後、彼は身を翻して川を出でる。
 泥をぬぐい、濡れた服を絞り、張り付いた草を払う、空虚な時間。
 葦原より河原へ戻って来るのは、冰。
「戦闘で散った葦は大方が回復。ヒール作業は完了」
 そう伝えながら、彼女は敵の死んだ水面を見やる。
「狩人とて、人の営みを解さぬならば……いや。冰もまた、例外ではない。決して忘れぬよう、記憶する」
 隣で腕を組んでいた秋津彦は、ちらりと彼女を見やって。
「……大昔、小生の生まれの常陸にも蝦夷がいたとの事。彼らと戦った武士たちも、似た心境だったのでしょうか」
 彼が語るのは、それだけ。何を想ったかはついぞ語らぬままに。
 マルティナは細剣の血を川で拭うと、ため息を落とす。
(「自らの復讐を成す者……罪人を裁き、弱気を護る者……私は……どちらでありたいのか……」)
 胸の虚ろに問いかけても、あの時のように応えが返ってくることはない。
 彼女の自問に返るのは……。
「みんな、お疲れ様! ちょっとは役に立てたかな」
 迷いを払うような、明るい声。
 皆の惑いを払うように彼女の肩を叩くのは、うずまきだ。その隣では、睡蓮が微笑んで。
「おかげさまで、わたくしも攻撃を当てられましたわ。感謝します」
 そこに、リーズレットとレフィナードがジュースや包みを差し出して。
「それなら良かった! さあ、依頼後の一杯とかいかが? 水分補給、大事だよ」
「私もキャンディを持ち寄りました。少し疲れがとれますよ。皆さんもどうでしょう?」
「そうだな……いただこう」
「あ、ボクも!」
「冰も粗品を出そう」
「いただきましょう」
 賑やかに集い始める仲間たちを眺めながら、朝樹は微笑みを浮かべて風に揺れる葦原を振り返る。
「踏み拉かれ、泥塗れても……やがて川の流れがこの地に浄化を齎すでしょう。葦は嫋やか乍らも倒れぬ強さを誇る。豊蘆原の名を持つこの国も、そこに住む人々にも、きっと……」
 仲間たちの健やかな強さを眺めて、彼は未来を想う。
「そうだな。こんなことをしてくる奴らに負けない強さを……ぼくたちにも」
 明莉の言葉に彼は頷き、二人もまた仲間たちの輪に加わって。
 一方、仲間たちの邪魔はすまいとしつつも、その輪に入ることはない者たちもいる。
 タツマとグラハは木陰に座り込んだまま、吐き捨てるように言う。
「……迎えのヘリオンはまだか? 来ないようなら、俺はとっとと帰るぜ。馬鹿野郎の末路を見せつけられて、不愉快なんでな」
「応よ……くっだらねぇ。終わっていいと思った時点で、終わってんだろうが、既に。死にたがりに付き合わされるこっちはいい迷惑だ」
 仲間たちに背を向けて、空を見る二人。陣内が、その言葉に頷いて。
「死にたがりの、馬鹿野郎か。全くだな……」
 声音の裏に、通じ合うものがあったのか。一瞬、視線を絡め合った三人の男たちは、鋭い目はそのままに、口の端だけを僅かに吊り上げて。
「だが……良い喧嘩だったぜ」
 そう結んだのは、誰だったろう。その呟きは、空から降りて来る爆音の中にかき消える。
 見上げれば夕日の中を、迎えのヘリオンが降りてきていた。

 罪人たちを解き放つエインヘリアルには、未だ消耗の兆しは見えない。
 彼らはいつか再び、正規の大軍でこの星へと押し寄せるだろう。
 葦原の獣を討ち果たし、番犬たちは進んでいく。
 数多のいくさ場をくぐり抜け、次なる闘いへと……。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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