青き子守唄

作者:麻香水娜

●仕事帰りに
 月が穏やかに微笑む夜。
「お疲れ様でした!」
 カフェの裏口から中に向かって明るく声をかけたラッセル・フォリア(羊草・e17713)が道路に姿を現す。
(「月が綺麗だねぇ……ちょっと月光欲と洒落込みますか」)
 いつもなら真っ直ぐ家路に着くラッセルだったが、ふらりと歩き出した。
(「静かだねぇ。こういう夜も悪くない、かな」)
 静かな川辺をのんびり歩く。
「……?」
 ラッセルは、誰かに呼ばれたような気がして周囲を見渡した。
「デウスエクス!?」
 胸に大きな青薔薇を咲かせ、体中を棘の生えた蔦で覆う女性が視界に入り、咄嗟に武器を取り出す。
『ぼうや……』
 女性は棘の生えた蔦を伸ばしてラッセルを絡めとろうとした。

●救援要請
「ラッセル・フォリアさんがデウスエクスの襲撃を受ける予知が見えました」
 眉間に皺を刻んだ祠崎・蒼梧(シャドウエルフのヘリオライダー・en0061)が口を開く。
「急いでフォリアさんに連絡を取ろうとしたのですが、繋がらず……」
 ラッセルを襲撃するのは攻性植物。
 ただの攻性植物ではなく、どうやら既に亡くなっている女性──幽霊が取り憑いている状態のようだ。
 かなり強い思念体らしく、攻性植物と同化したような状態になっている。
 目的は分からないがこのままではラッセルが危険だ。
「一刻の猶予もありません。急いでフォリアさんの救援に向かって下さい」
 ラッセルが襲撃されるのは夜の川辺。
 幸いな事に周囲に人影はなく、一般人を巻き込む事はないようだ。
 障害物等もなく、月灯りに加えて街灯もあるのでさほど視界には困らないだろう。
「この攻性植物は元が薔薇であり、棘の生えた蔦で絡めとろうとしてきたり、青薔薇から毒や炎を放ちます」
 非常に高い命中率を持っているので注意して欲しい、と続けた。
「偶々フォリアさんが遭遇してしまったのか、それとも攻性植物が呼び寄せたのか……。詳しくは分かりかねますが、まずはフォリアさんを救出するのが先です。どうか、攻性植物を撃破し、フォリアさんを救って下さい」


参加者
土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)
ラッセル・フォリア(羊草・e17713)
ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)
ファルゼン・ヴァルキュリア(輝盾のビトレイアー・e24308)
リノン・パナケイア(黒き魔術の使い手・e25486)
不知火・シノン(狙撃兵長・e26449)
ルチアナ・ヴェントホーテ(波止場の歌姫・e26658)
七時雨・誉(小公子・e56544)

■リプレイ

●想いを乗せて
『ぼうや……』
 攻性植物が棘の生えた蔦を伸ばしてくる。
「………………。しま……っ」
 見た事のない女性──攻性植物の筈なのに、ラッセル・フォリア(羊草・e17713)は懐かしいような何かを感じて反応が遅れてしまった。
 伸ばされた蔦は、まるで強く抱きしめるようにラッセルの体を締め付ける。
「く……っ!!」
 その時、ラッセルの体を光り輝くオウガ粒子が包んだ。
「無事か」
 同じく自身にもオウガ粒子を纏わせたファルゼン・ヴァルキュリア(輝盾のビトレイアー・e24308)が凛とした声を響かせる。続いてボクスドラゴンのフレイアが駆け寄り、属性インストールで更にラッセルの傷を塞いだ。
 突然傷を回復されて驚いたラッセルが振り返ると、続々とケルベロス――仲間達が駆けつけてくる。
「……力を」
 無表情のままぼそりと呟いたリノン・パナケイア(黒き魔術の使い手・e25486)が、後衛に呪いの力を高める魔力を付与させた。
「全力で助けてあげるっ」
 魔力を付与されたルチアナ・ヴェントホーテ(波止場の歌姫・e26658)が一気に攻性植物との距離を詰め、マインドソードで斬りかかる。
「お待たせしました!」
 土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)の声と共にラッセルの体を雷光が包んで大きく傷を塞ぎ、棘が刺さり傷付いた手足の神経を修復。戦闘能力まで向上させた。
「彼を狙う理由はわからなくても、僕らは黙って見過ごしはしない」
 ラッセルを含む前衛に大量の紙兵がばら撒かれると共に、ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)の気だるげな声が紡がれる。
「抱きしめたいなら、棘の無いその両腕でするべきですよ」
 ノチユが構えると同時に軽やかに飛び上がった七時雨・誉(小公子・e56544)が煌く足で飛び蹴りをして重力の錘をつけた。
「みんな! ありがとう!」
 次々に回復をしてくれる──駆けつけてくれた仲間達に、ラッセルは心の底から感謝の声を上げ、改めて攻性植物に向き直る。
 見た事はない。物心ついた時には、いや、生まれた時からいなかった。しかし、そんな気がする。
「貴女は、もしかして……」
(「──母様?」)
 確証はなく、例えそうだとしても敵だ。
「……弱く頼りない俺でも──」
 言葉が通じるかは分からない。それでも、もしかしたら、という想い。だから何よりも伝えたい言葉を口にしながら、武器に無数の霊体を憑依させる。
「皆が助けてくれるんだっ」
 だから『此処』にいられるんだ、その想いを乗せて斬りつけた。
「名の知れぬ者なれど、ケルベロスならば私の同胞と同じです。まだ生きてますね、同胞さん!」
 共に駆けつけた仲間達が傷を癒し、自らも戦う意思を燃やしているラッセルに、不知火・シノン(狙撃兵長・e26449)が目にも止まらぬ速さで蔦を1本撃ち飛ばす。シノンのクイックドロウと共にウイングキャットのレミィからキャットリングが飛ばされ、更に蔦が1本飛んだ。
「ラッセル! アタシ達がいるからね!」
 ファラン・ルイ(ドラゴニアンの降魔拳士・en0152)の声と共に、分身の幻影をラッセルに纏わせる。
 (「頼もしい仲間達と、みんなと一緒だから──」)
 ラッセルはそんな想いを胸に、攻性植物――と同化したように見える女性を真っ直ぐ見つめた。

●我儘を
『…………』
 攻性植物は何処か哀しそうにも見える表情を浮かべ、胸の青い薔薇がたくさんの青い雫に濡れる。それは青薔薇が涙を流すように。
『!!』
 その青い雫をラッセル目掛けて飛ばした。
「……っ」
 咄嗟に身構えたラッセルの前にノチユが飛び出し、飛ばされる雫を受け止める。
「無事か」
 攻撃を受けても特に表情は変わっていないノチユが振り向いた。
「お陰様で! ありがとね!」
 ラッセルは感謝を込めて、自分は元気だといわんばかりの笑顔を広げる。
 そこへファルゼンが地獄の炎を纏わせた拳を思い切り攻性植物に叩き込んだ。よく燃えるようにと念入りに。
 フレイヤはノチユに駆け寄って属性をインストールし、リノンがケルベロスチェインを展開して前衛に守護の魔方陣を描いた。
「いいたいこと、いっぱいあるんでしょ?」
 ラッセルとあの女性の幽霊に何か関係があるのではと感じていたルチアナが、攻性植物に向かうすれ違い様にラッセルに微笑んで、斉天截拳撃で蔦を1本飛ばす。
「雷光の守護を!」
 岳がライトニングロットを翳すとノチユを癒し、その身を蝕む毒も消し去った。
「ありがと」
 フレイヤと岳に短く礼を言ったノチユは、ぐっと拳に力を込める。
(「……違う。僕は、彼女の求めるものじゃない」)
 青い涙のような雫をその身に受けたノチユは、どこか懐かしい気がした。しかし、あの攻性植物は自分を求めているわけではない。
 軽く首を振って降魔の力を宿した拳で攻性植物を殴りつける。次の瞬間、タイミングを合わせたラッセルからゼログラビトンが放たれた。
「もし貴女が本当の母親でもその手を取る事は出来ない」
 ラッセルは静かに口を開いた。自分の言葉が届かないかもしれない。自分の事が分からないかもしれない。それでも、すれ違い様にかけられたルチアナの言葉に背を押されて。
『…………』
 攻性植物はダメージによろめきながらもラッセルを見つめる。
「でも、一度で良いから『俺』の名前を呼んでくれませんか」
 最初で最後の我儘。届くと信じて。
 誉は、ラッセルの言葉からあの攻性植物が彼の母親かもしれないと感じ取って、攻撃の手を止めた。
(「幻みたいなものでも親子が会えるなら、良い思い出の方が良いじゃないですか」)
 武器を構えたシノンを視界に入れると、彼女の前に手を翳して、様子を見ようと制止する。
 意図に気付いたシノンも動きを止めた。いつでも動けるようにしながら。

●安心して下さい
 ルチアナや誉が感じたように、他のケルベロス達も、あの攻性植物はラッセルの母親なのかもしれないと感じて、少しでもラッセルが伝えたいことを伝えられるようにと、回復支援をしたり、少しずつダメージを与えながら行動阻害をしたりとその背を押す。
「──砕け」
 誉は宙に青い蝶を描き、その蝶が羽ばたくように何度も攻性植物に青い亀裂を入れ続けた。
「ブルーローズの花言葉は確か……いえ、それよりも目の前に集中、ですよね」
 シノンが攻性植物の胸に咲く青薔薇を見ながらぼそりと呟き、しかしすぐに頭を振って意識を切り替えてフロストレーザーを放つ。
『──ッ!!』
 攻性植物が温度のない、哀しさが感じられる炎をルチアナに放つと、ファルゼンが身を盾にして食い止めた。
「植物よ、枯れろ」
 ダメージを受けても冷静なファルゼンの言葉と共に、生命力を奪う炎弾が放たれる。その炎弾と共にフレイアがボクスブレスで傷口を広げた。
 ルチアナがマインドソードで斬りかかり、リノンがファミリアシュートを放つ。
「愛を! 愛しき人をその胸に抱いた時の気持ちを! どうか思い出して下さい!」
 岳が地脈を操る為に武器で思い切り大地を叩いた。すると、地面から月長石の輝きが放たれ、光の奔流となって攻性植物に襲いかかる。
『!!』
 攻性植物は苦しそうに蔦をうねらせ、胸から青い花びらが数枚散った。
「……」
 ラッセルが小さく息を吐く。
 最初で最後の我儘に応えてくれなかった。母親ではなかったのかもしれない。言葉が届かなかったのかもしれない。それでも、この懐かしいと感じた自分の中の何かがある。だから──、
「貴女のお子さんはきっと幸せに生きています……安心して眠って下さい」
 優しく微笑み、攻性植物を、その胸に咲く青薔薇と同じ色の薔薇で作った揺り篭に乗せ、手にした十字の鍵で切り裂いた。
『─────!!!!』
 攻性植物は息を詰まらせて声にならない悲鳴を上げ──、

 トスッ。

 倒れた攻性植物をラッセルが抱きとめる。
『……────』
 その攻性植物の口元が微かに動いた。
「!?」
 慌ててラッセルが口元に耳を寄せる。
 しかし、パァッと無数の青い花びらとなった攻性植物は、風と踊るように消えてしまった──。

●安らかに
「これで、終わり……ですね」
 シノンが小さく息を吐く。
「あとはヒールだな」
 周囲を確認するファルゼンが戦闘の余波で傷付いてしまった川辺にヒールをかけだした。
 いくら障害物等がないにしても、川辺の草は傷付き、朝になったらその無残な姿を晒す事になる。
「そうだな。あと、怪我は大丈夫か?」
 頷いたノチユが仲間達を確認した。
 皆が手分けして周辺や怪我人にヒールをかけてあっという間に元の綺麗な川辺に戻る。
「ラッセルの様子はどうだろうか……?」
 ふとリノンがラッセルの姿を探した。
 あの攻性植物──いや、女性の幽霊は彼の母親だったのかもしれないから。
 母親が攻性植物になっていた上に、倒さなければならない敵だったというのは、やはり辛いものだろうと。

「……」
 ラッセルは最後に攻性植物を抱きとめた辺りをじっと見つめていた。
「……」
 小さく深呼吸したルチアナが優しげな歌を歌い出した。
 それは鎮魂歌。あの女性の魂を鎮めるための。そして、見送るラッセルのための。
 その歌声にケルベロス達は静かに目を閉じて黙祷を捧げる。
 歌が終わると、くるりと振り返って仲間達に顔を向けたラッセルの顔は柔らかく穏やかで。
「みんな、本当にありがとう! 今度お礼させてね」
 ラッセルは改めて全員の顔を見て、にこりと微笑んだ。
「お疲れ様でした。……きっとお母様はあなたの成長を知って満足して逝かれたと思います」
 その笑顔に安心した岳が笑いかける。
「今日はいい月ですし、皆さんで月光浴しませんか?」
「偶にはのんびり月見ながら歩くのも悪くないね」
 シノンの提案にファランが楽しげに微笑んだ。
「そうだね、あ、俺月光浴中なんだった。じゃ、人も増えて再開!」

 ラッセルを中心に、ケルベロス達はのんびりと歩き出した──。

作者:麻香水娜 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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