氷刻

作者:ヒサ

 いつも通りに一日を終えて、けれどクーゼ・ヴァリアス(竜狩り・e08881)は何故か寝付かれずに街へ出た。
「動き足りなかったかな? でもいつも通りのメニューはこなしたしな……」
 体を解すように一つ伸びをして、彼は連れているシュバルツを顧みる。
「少し走るから、付き合ってくれるかい。折角だから遠いところのコンビニにでも行こう」
 時刻は深夜。夜も開いている店と街灯の灯りを頼りに彼らは軽い調子で駆け出した。
 走るにつれ、徐々に辺りの景色がのどかなものに変わり行く。体は程良く熱を上げて、そろそろ上着を脱ごうかと彼は考えた。
 が、不意に吹いた風がひどく冷たくて、彼は首をすくめる。
「……いや、待て」
 そしてそこで、違和に気付いた。頬を撫でた風は乾いて強く、まるで冬のそれのよう。
 シュバルツが警戒するよう唸る。温い夜気が冷えて行く。急ぎ汗を拭いクーゼは周囲を見渡した。
「まあまあ。あなたは未だ凍えないのね」
 幼さの残る、澄んだ声がした。現れたのは白銀の色をした華奢な少女。ことり、控えめな足音を立てる彼女の姿を見たクーゼ達は、警戒を強める。彼女はデウスエクス──ドラグナーだった。
「黒い黒い、あなた達。あの方に捧げるだけの価値はあるかしら?」
 彼女が、その年格好以上に艶やかに笑う。
「──ああ、心配しないでね。期待はずれだったとしても怒らないわ。その時は、飽きるまでは、私が愛でてあげる」
 彼女は手にした扇を翻し、凍える風を放った。

「クーゼさん達が危ないわ。あなた達の力を貸して欲しい」
 眉間に皺を刻んだ篠前・仁那(白霞紅玉ヘリオライダー・en0053)が、ケルベロス達を見据えた。
 彼らを狙う敵は一体のドラグナー、氷雪の術の使い手で、狙った獲物の動きを封じ──時には嬲る事もするようだ。クーゼ達に目を留めたとあって、何事も無ければ、他のケルベロス達が駆けつけた後も彼らは優先的に狙われる事になるだろう。
 現場は平和な街中だが人気は無く、民間人が巻き込まれる心配は要らないようだ。それ以上の状況は、行ってみて貰わなくては判らない。何しろ連絡がつかない。
「夜ではあるけれど、街灯があるから困るほど暗くはないでしょうし、敵自体が割と目立つと思うから、手遅れにはならない筈だけれど。彼らを、出来れば無事に助けて、それで、彼らを狙った敵を倒して来て貰えるかしら」
 ヘリオライダーは険しい顔のままそう言って、ケルベロス達をヘリオンへ誘った。


参加者
ワルゼロム・ワルゼー(枢機卿・e00300)
シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)
大弓・言葉(花冠に棘・e00431)
エステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)
クーゼ・ヴァリアス(竜狩り・e08881)
フェルディス・プローレット(すっとこどっこいシスター・e39720)
天瀬・水凪(仮晶氷獄・e44082)
ベルーカ・バケット(チョコレートの魔術師・e46515)

■リプレイ


 白く凍てる風は鋭く。竦み息を詰めた喉が零す呻きをクーゼ・ヴァリアス(竜狩り・e08881)は噛み殺した。
 先日から残る傷に響くのは事実。けれど今はそれ以上に高揚を覚える。
 調べていた。探していた。
(「やっと、逢えた」)
 白む世界の中、愉しげに嗤う白い姿を真っ直ぐに見据える。抜いた二刀の切っ先にまで感覚を広げ、踏みしめる大地へと乞うた。
「其は緑、万物護りし盾たるもの──」
(「無力だったあの時とは違う。今の『俺たち』ならば──」)
 加護を紡ぐは己。矛の役目は、低く唸る彼へ。シュバルツ。呼ぶ声の促しに応じ、敵を睨む小竜が影を御す。
 されど。身を苛む吐息に晒されれど、敵は笑みを崩さない。
「お友達を痛めつけたらあなたは泣いてくれるのかしら」
 憐れむに似た声は竜へ。無垢な害意を孕む視線は、刀士へ。扇が翻るに合わせ出でた氷錐が宙を裂く。刀で防御を試みて、軋む音が場を埋めた。
「よくもまあ、そんな体で頑張ること」
 敵は微かに、驚いたように目を瞠った。クーゼの身は貫かれ血を零しながらも、致命と言うには未だ遠く。
「その顔が苦痛に歪むところを見せて」
 泣き叫ばせてあげる、と女が目を細めた。
「させはしないさ」
 負けるわけにはいかないと、彼は奮い立つ。零れる血が苦痛を記せど耐える。この身は、刃は、今こそ──かつての傷に報いるために。
(「たとえ二人きりでは届かなくとも」)
「シュバルツ、無理はしないでくれよ」
 敵へと駆ける相棒へ声を。今は防戦で構わない。
(「俺たちは決して二人ぼっちじゃあ無い」)
 彼が、彼女を探していた。手を尽くし調べていた。だから、きっと──。
「狂わせてあげる。足掻いて痛んで崩れてしまいなさい」
 風が、今一度。重く鈍る我が身を叱咤し彼らは互いを想い合い。
 だが痛みが牙を剥くより早く、長身を突き飛ばす手があった。小竜の身を抱き締める如く護る熱があった。
「く……ッ!」
 肩代わりした苦痛への呻きは、彼らのものでは無く。
「クーゼくーん、シュバルツくーん、お待たせー!」
 ──声は、届く。
「ご無事ですか、お兄さま」
 大弓・言葉(花冠に棘・e00431)の手に支えられながらも自身の足で立つクーゼの姿に安堵してエステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)は護りの盾を彼の為に。ワルゼロム・ワルゼー(枢機卿・e00300)の指示を受けタルタロン帝が敵へと切り込み爪撃を浴びせ、魔葉の加護を得たフェルディス・プローレット(すっとこどっこいシスター・e39720)は紡いだ祈りを毒と成す。炎を纏う呪斧を携えたシヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)が敵へと突撃する間に、天瀬・水凪(仮晶氷獄・e44082)が光盾の護りを重ね、クーゼは己の身代わりとして酷い傷を負ったベルーカ・バケット(チョコレートの魔術師・e46515)の為に再度祈りを謳う。
「ありがとうな、皆」
 そうして彼は微笑んだ。寄り添い共に往く熱は、冬を終える力。
 ゆえに彼らは──過去の、いたみの、そのさきへ。


 虫のそれに似た独特の羽音。シュバルツの傍に舞うぶーちゃんが、何事かを訴えているようだと言葉が言った。
「『自分、頑張るから見ててくださいっス』って感じだね。ぶーちゃんも気遣いを覚えた……のかなあ?」
 己を身を挺して庇った彼を見、シュバルツが小さく鳴いた。それは、ただただ怒りに逸るようであった先の姿に比べればずっと。
「どうだろうな。けどおかげでシュバルツも落ち着いたみたいだ、ありがたい」
 ぶーちゃんの尾がどこか不安げに揺れている。だがそれでも退けぬのだとばかり、彼は翼を大きく翻す。
(「クーゼくん達を護ってね……!」)
 自身を奮い立たせるよう懸命に踏ん張る己が小竜へ言葉は願い、敵へと向き直る。
「クーゼくん、絶対無茶はしないでね」
「お兄さまはご自分の身を最優先になさってください」
「……覚えておくよ」
 約束は出来ないけれど、と彼は。本調子では無くて、仲間達の助力無しには危うい身と解っていはしたものの、譲り得ぬものがあるから。
 そして、ならば望まぬ事が起こるより早く、と彼女らは願う。力宿した獣人の咆哮が夜を震わせ、加速し墜ちる流星の如き蹴り技が敵を打ち据える。自在に動く事など許さぬと、屠るべき獲物を追い込むべく。
 広範囲に及ぶ敵の攻撃から、盾役達が今一度彼らを庇う。限りある人数をそれでも多く護りに割いたのは、誰をも失わないように。
「フェルディス殿、防御を頼む。彼女の攻撃は尾を引く」
「承知致しました、お任せ下さい。──私が呪いから皆さんをお守りします」
 その身で以て敵の戦法を看破したベルーカの要請に応え、白く舞う紙兵が幾重にも加護を織る。護りは堅実に。そしてゆえにこそ、攻め手は臆することなく駆け得る。
(「予め聞いてはいたが、侮り難い敵のようだ」)
 だが、恐れるには値しない、とシヴィルは思う。彼らは、彼女らは、仲間と共に居るのだから。
「卑劣なデウスエクスになど、負けるものか!」
 鋭く蹴りを叩き込む。射手達の援護を得てのそれは、敵の動きを更に縛り行く。
「団長さまは、どうぞそのまま。援護は私達にお任せを」
「ああ、頼りにしている」
 攻め手は、止むこと無き攻撃を。その背は預かると、エステルの紅瞳は澄んだ戦意にきらめく。
 ただそれでも、敵を確実に捉え得るかといえば、未だ。
(「未熟な身とはいえ、出来る事を!」)
 扇を振るう敵の目前。ベルーカの術が大気を爆ぜさせる。標的の身を害すには至らずとも、獲物を狙う氷弾が出でるのを遅らせる事は出来る。
「──騒めき謳え、碧盾律詞」
 傷深い身で刃を振るえど、今は届かぬだろう。ならばと彼は重ねて慈愛を乞うた。自分を、仲間を、友を、必ずや護り抜くために。
(「もう誰も死なせたくない。……皆が苦しむのだって嫌だ」)
「──あなたにはもう、誰も渡さない」
 痛みが零れる。呼応するようシュバルツが吼えた。
「いつまで強がっていられるかしら……!」
 敵が生んだ氷塊をその時浴びたのは、黒鎧纏うシャーマンズゴースト。かの爪が刻んだ呪いは彼女の認知を狂わせる。祈りの合間に再度爪を研ぐのは保険。主の心に沿うように、その身を盾と捧ぐ。
 ただ、敵の攻撃は受けたその時の衝撃以上に、体の奥に傷を刻む事が、癒し手達の負担を増やしていた。凍える悪意にて嬲られた知覚には、熱さも冷たさも等しく痛みに。筋肉が動こうとすれば針を刺すように、傷を受ければその苦しみは幾重にも。抗う気力すら奪うように、命が、意気が、削られる。
 それでもなおと猛る皆の身を、心を、支えるべく水凪の手が翻り風を呼ぶ。温かなそれは肌に熱を与え得物を振るう力を呼び戻し、望む先へと皆の背を押す。そしてワルゼロムが操る魔葉は、彼らの刃を研ぐべく踊り、仲間達の往く途に更なる祝福を。
 それだけの護りがあれば粗方は足りる。だがそれでも万全をとエステルは鎖の守護陣を描いた。彼がその道を、膝を折る事無く歩めるようにと強く願う。
(「私の大事なお兄さまを奪わせなどするものか……!」)
 間近で炸裂した氷爆から、幾重もの祈りが彼を護る。各人の身の奥深くを傷つける棘もまた、それを支える加護により徐々になれど抜け落ち行く。
「貴方に痛みというものをじっくり教え込んであげます」
 ゆえに、攻勢へ。フェルディスが振るう杖がファミリアへと変ず。魔弾と化したかの身が標的を穿ち、彼女達が受けた傷を返す如く贄を刻み苛んだ。
「フェルディスちゃんありがとー!」
 言葉は仲間へ朗らかに笑い掛け。
「──私の地獄は熱いわよ、ばっちり燃やしてやるんだから!」
 獲物へと向けるそれには不敵な色を乗せ、その手に煌々と炎を宿した。


 動きを縛られた敵の足が鈍る間に、ベルーカが距離を詰めた。手にした凶器が唸り、防御に動く敵の胴を襲う。かこん、跳ねて鳴った音は、緒が千切れ転げた片足の。
「団長殿」
 されどそれとて今は些事。かき消す声が、炎を招く。身を灼く熱は看過し得ぬものの筈なれど、敵の目が見据えるのはそれでも彼女らでは無く──であればと護りはより盤石に。
「邪魔よ」
 術が結んだ氷は標的を貫く刃と化す。深手を負ったタルタロン帝を排除せんとする其の──目の前に身を晒したのは、クーゼ。もの言わぬ神霊とて痛まぬわけは無いとばかり。
「クーゼ殿!」
 それを、ワルゼロムの声が咎めた。
「お心遣いには感謝するが、それでは我らが報われぬ」
「おかげで俺はまだ平気だ、少しくらいは」
「……此度限りぞ」
 歯噛みして彼女は己が神霊に厳命を。必ず護れと──そしてかの帝はその志の通りに。
 護りを重ね、治癒を重ね、容易く切り込み得ぬ分を補いながら時間を稼いでの果ての事。至るに要するはあとほんの数分、そう確信するに不足は無い。痛みを分け合う盾役達は疲弊していたけれど、ただ独りで応じる敵はそれ以上に。白は、雪は、既に血の彩に穢れきっていた。
(「……それでも、まだ気を抜けはしない」)
 水凪が光の加護を紡ぐ。為すべき事を見据えながらも他者に心砕く彼は、自身が口にした通りに未だ駆け得る身。
 ゆえにこそ、例えば。その彼の無事をひたすらに願い堅固な護りを敷くエステルを。速やかに危険を排すべく身を焦がし敵へと立ち向かう言葉を。その強い想いを、眩い意思を、護る事の出来る力を、水凪はただただ振るう。
「ワルゼロム。助力願えるか」
「お任せあれ!」
 荒ぶ吹雪の前には不足があるのならと、その歩を濡らす血を、身を苛む傷を、祈りで以て塞ぐ。その想いのほどを知らぬ身とて、彼の、彼女らの、名を呼び励ます声は届くから。
「──愛を」
 フェルディスの周囲に出でた銃弾が敵を穿つ。掲げられた指が奏でた破裂音は、直後の爆音に塗り潰された。標的の裡で爆ぜた呪詛が、滑らかだった白肌を爛れさせ、かの身を軋ませる。
「クーゼ!」
「二人とも! 動ける!?」
 夜を染める氷粒を薙ぎ払うのは、シヴィルの斧と言葉の獄炎。彼らの前に、道を敷く。シュバルツの吐息が影色に震え、クーゼの二刀は雷を纏った。
 痺れ痛み、動けぬ少女の氷色の瞳がその様を見て、それから──うっとりと笑う。
「残念だわ」
「……名残はどうぞ、地獄の底で」
 担い手の血をも纏い艶めく刃が、閃いた。
 友たる竜と共に今宵、胸底に沈む想いは遂げられた。


 疲労に膝をついたクーゼを見、水凪は霊力を練り治癒と成す。
「無事、とは言い難いが……、あなた方を連れて戻ることが出来るのは、何よりだ」
「ああ。色々と心配を掛けたみたいだな、ありがとう」
 傷ついた身を接ぐ力を受けながら微笑むクーゼの声は、常と同じに穏和なものだった。
「傷は大丈夫か? 肩を貸そう」
「──……」
 その友人を助け起こすべく傍に屈むシヴィルの姿を、少し離れたところから見ていたエステルが目を瞬いた。ぽかんと開いた彼女の口はしかし何も紡げずに、やがて歌の一節を小さく吐いた。
「あ、あー、ぴょんぴょん……」
 人の生命の危機が去った事で緩んだ口調が別の緊張を孕み、フェルディスの声が気遣わしげに紡がれた。のを後目に、国外の文化のもと育った少女が首を傾げる。
「団長殿、彼女が彼女であるようだが、良いのか?」
「? 大弓殿が女性であることは流石に私にも解っているが」
「…………??」
 怪訝な顔をしたベルーカが愛用のガジェットを凝視した。
「──シヴィルちゃんはクーゼくんとは戦友って感じでカッコいいよね! ちょっと妬けちゃうくらい」
 暫しきょとんとしていたがすぐに笑顔になった言葉が明るい声を出す。ついでに治癒の力を込めたリボンも出した。凍える夜の景色が華やぐ中、花飾りにまみれながらクーゼは、体格差を理由に誰の肩も借りられぬと首を振った。
(「──お兄さまは無事、遂げられた」)
 それは良いこと、とエステルは目を細め──けれど微笑みは、微かに翳る。
(「……私はまだ何も成せていない」)
 彼女は拳を握り、息を吐く。小さくかぶりを振って、首に掛けていたヘッドホンで耳を覆い、目を閉じた。

「大事のうて何よりぞ。帰られたら、よく休むと良い」
「本当だよ、もー。二人だけで出掛けなくても呼んでくれたら良かったのに」
 ワルゼロムの労いに頷いて、小竜二体を纏めて腕に抱いた言葉は口を尖らせた。
「クーさんの怪我が治ったら、お寿司でも奢って貰っちゃおうかなー」
「ああ、世話になったしな。回らないやつでもいいぞ」
「マジで!? ……えっそれボクの何食分のお値段になっちゃうの」
「フェルディスはもう少し食べた方が良いんじゃないか……?」
 周囲への被害も癒し終え、ケルベロス達は安堵に気を緩め。静かな街に安寧が戻り行く。
「ああ、やはり今夜は蒸すな。夏に向けて涼めるようなガジェットでも考案してみようか」
 薄曇りの空を見上げたベルーカが、温む夜気に息を吐いた。

作者:ヒサ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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