大阪府の中心から、やや南東。東大阪市の工場地域にはやや遠く、大阪市のオフィス街に勤める人たちにとっては通勤に程よい距離の住宅街。
通勤の時間帯も過ぎてひと段落といったところなのか、人や車の往来はそれほど多くない。そんな様子をのんびりと眺めるかのように、街路樹の柳が静かにその葉を風に揺らせていた。
――――。
そこに飛来する、花粉のようなものたち。
ふわふわと漂って来たそれが街路樹の柳に取り付くと、突如として柳の幹が脈打ちながら蠢き、隆起して動き出す。
静かに揺れていた柳の葉は刃のように鋭く、触れるもの全てを切り裂きそうなほどに妖しい輝きを纏い始める。
こうして攻性植物と変じた柳たちは、その凶刃を振るう先を求めるように、ゆっくりと動き出すのだった。
「大阪城周辺の攻性植物たちが動き出したようっすね」
黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)はそう言って、集まったケルベロスたちへの話を切り出した。
「攻性植物たちは、大阪市内への攻撃を重点的に行っているっす。それで一般人を避難させて、大阪市を攻性植物たちの拠点にしようって計画みたいにみえるっす」
そこから徐々に、攻性植物の生息範囲を広げようというのだろうか。
「こう……、一気に攻めてくるような侵攻じゃあないっすけど、大阪市に住む人たちに被害が出たり、住む場所が失われてしまうっす。それにこのままじゃあゲート破壊の成功率も『じわじわと下がって』いってしまうっす」
大阪で生活する人々の身を案じてか、ダンテは僅かに焦燥を声音に感じさせながら言葉を続ける。
「それを防ぐ為にも、敵の侵攻を完全に食い止めて欲しいっすよ」
ダンテの呼びかけに、ケルベロスたちも真剣な表情で頷いた。
「今回は、市街地の街路樹として植えられていた柳の木に敵の胞子が取り付き、攻性植物になってしまうらしいっす。不幸中の幸いか、発生するのが通勤・通学の時間帯ではなかったんで、発生と同時に誰かが襲われる。なんてことにはならなかったっすけど、この攻性植物たちが一般人を見つければ殺そうと襲いかかってくるんで、とても危険な状態となるっす」
何とか犠牲者が出る前に、迅速に対処をしたいところである。
「柳の木の攻性植物は全部で5体。長い葉を剣のように硬質化させて斬り付けてきたり、しなやかな動きでこちらの攻撃を受け流すような構えを取ってきたりするみたいっす。この5体は別行動する事は無く、だいたい固まって移動するみたいっす。それに戦闘が始まれば逃走することもないみたいなんで、急いで現場に駆け付ければ対処できると思うっすよ」
とは言え、数の数は5体と多い。油断して足元をすくわれないようにとダンテは言葉を付け加える。
「それと念のため、周囲の一般市民の皆さんには、事前に避難しておいてもらう手筈になっているっすよ。だから巻き添えなんかの心配はいらないんで、思う存分やって欲しいっす!」
ダンテの激励を受けて、ケルベロスたちも力強く頷くのだった。
参加者 | |
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エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740) |
スノーエル・トリフォリウム(四つの白翼・e02161) |
グレイン・シュリーフェン(森狼・e02868) |
マリオン・オウィディウス(響拳・e15881) |
筐・恭志郎(白鞘・e19690) |
月・いろこ(ジグ・e39729) |
逸見・響(未だ沈まずや・e43374) |
ガートルード・コロネーション(コロネじゃないもん・e45615) |
大阪市南東部の住宅街。
穏やかな日差しの中を流れる風音が、降下したケルベロスたちの間を駆け抜けていく。
一見すると長閑な風景だが、どこかに違和感が引っ掛かる。
…………静かすぎるのだ。
「さやさや揺れる柳は涼しげで、どこか風流ですよね」
静寂を破り、筐・恭志郎(白鞘・e19690)が口を開く。本来なら聞こえていたであろう人々の往来や営みから生じる物音を想像し、目前の光景と重ねながら。
「……近所の人々の目を楽しませてきた街路樹。その日常を、壊させはしません」
恭志郎の言葉に続いてスノーエル・トリフォリウム(四つの白翼・e02161)が、辺りをきょろきょろと見回しながら、大阪の現状を思い浮かべる。
「こんなことが続いちゃうと、大阪から普通の植物が消えちゃうかもしれないよね……」
大阪市を中心に、頻発する攻性植物による事件。今後どう状況が変化するかは、まだ完全には見通せてはいない。
「根を張るようにじわじわ広げようってつもりか。……これ以上広がる前に、刈らせてもらうぜ」
敵の好きにはさせないといった様子で、グレイン・シュリーフェン(森狼・e02868)が意気込みを見せる。
「柳、柳……。柳暗花明、春の野の美しさの例えとしてもあるね」
逸見・響(未だ沈まずや・e43374)は街路樹として道に並んだ柳たちに視線を送りながら、小さく呟く。
「……美しいと言っても、変化した攻性植物じゃ流石にな……」
手にした書物をぱたん。と閉じて、響はアームドフォートを展開。砲口を自身の前方へと向けて構える。
その視線の先には、今まさに動き出そうとしている柳の攻性植物たちの姿があった。
「はて。攻性植物にしては珍しい動きと見るべきでしょうか」
マリオン・オウィディウス(響拳・e15881)は淡々とした口調で呟きながら、片手で白のキャスケットを押さえ、逆側の腕で縛霊手を握り締める。戦いの気配を察したかのように、追随するミミックの『田吾作』が、バタバタと慌ただしく木製の蓋を揺らしていた。
「柳の街路樹が攻性植物に変わるなんて……!」
ガートルード・コロネーション(コロネじゃないもん・e45615)は、実際にその光景を目の当たりにして、幾らか驚愕を含んだ声で呟く。
「ですが不幸中の幸い、周りの人達の避難は済んでいます。少しでも早く、確実に敵を倒し、大阪を取り戻すための一歩にしたいですね」
しかし次の瞬間、ガートルードの瞳に既に迷いの色はなかった。そこに宿っていたのは、確かな覚悟と闘志が生み出す、決意の輝きのみであった。
「柳の下に幽霊……、って」
エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)がエアシューズから火花を散らし、地面を蹴って跳び出した。
「こんな風情無く暴れまくるんなら、幽霊も逃げらぁな」
瞬く間にトップスピードまで加速して、エリオットはそのまま先頭の柳へ、ゲシュタルトグレイブを突き立てる。
あまりのスピードに反応が遅れたか、受けた柳はみしりと幹を軋ませる。
ひゅんっ!
その直後、エリオットの身体に鋭い斬撃が振り下ろされていた。
敵の柳が枝をしならせ、その反動を乗せた一撃を繰り出してきたのだろう。
「お願いするね、マシュちゃん」
スノーエルの指示でボクスドラゴンの『マシュ』が駆ける。僅かに翼を羽ばたかせてエリオットの傍に着地すると、属性の力をインストールしていった。
「せめて被害がないように抑えなきゃ」
一瞬だけ遅れてスノーエルが掌からドラゴンの幻影を放ち、柳に向かわせる。
しかしそこに別の柳が割り込み、ドラゴニックミラージュの炎を枝葉の部分で受け止めた。それから枝を柔らかく揺らして、衝撃を受け流すような構えを取る。
「なるほど、そっちか!」
グレインが敵の動きに反応し、地を蹴った。フェアリーブーツのつま先に理力を集め、星型のオーラに変えて解き放つ。
フォーチュンスターの閃光が柳へと迫るが、相手は無数の枝を光の前にかざし、少しずつ軌道を逸らすようにして幹への直撃を避けたようだった。
「普通の木ならともかく、わさわさ動く攻性植物がこうも固まってると……」
月・いろこ(ジグ・e39729)は静かに、手の中にシャーマンズカード『デザイア』を取り出していた。選び出された一枚によって、氷結の槍騎兵が召喚される。
「うん、風流ではねぇな、全然」
氷の槍が柳に突き立てられる光景を眺めながら、いろこは小さく、笑みの形にも見える唇の内で呟いた。
その間にマリオンが手の中で爆破スイッチを押し込み、色とりどりの爆炎を巻き起こす。
「――良い演出ですね」
勇ましき爆炎を背に、恭志郎はバスターライフルを構え、ゼログラビトンのエネルギー光弾を射ち出していた。
光弾は真っ直ぐに柳の幹に命中する、が……。
「!」
敵は攻撃を受けながらも、勢い良く恭志郎のほうへ突っ込んでくる。そのまま枝をムチのようにしならせて振り出し、恭志郎の胴を僅かに薙いだ。
「さて、やりますか」
後方から聞こえた響の声に反応して、恭志郎は身を屈める。超加速した響が恭志郎に衝突する直前で地を蹴り、その上を跳び越えて柳にぶちかましを仕掛けた。ちょうど恭志郎の身体が相手に対する目隠しになっており、対応の遅れた柳たちはまともに攻撃を喰らっていった。
……まあ、目らしいモノは敵の身体に見当たらないのだが。
響の突撃によって陣形の乱れた柳たちだったが、すぐお互いの間合いを取り直すかのようにぐねぐねと根で移動を始め、戦いやすい位置を図っているようだった。
その間もケルベロスたちを牽制するかのように、1体が柳の葉を無数に鋭くばら撒いてきている。
「っ!」
ガートルードは剣を振りつつ移動し、葉の手裏剣から逃れつつ左手を突き出した。
身に纏うオウガメタルを一瞬だけその腕に集めて、手の平の中に絶望を帯びた黒い光を具現化する。
「これで……!」
暴れる力を押さえつけながら、ガートルードは敵へと黒光を解き放つ。灼かれて苦しみ、身をよじっているかのように、敵の動きが僅かに乱れた。
「…………」
根と、そこから繋がる幹を微かに震わせながら、1体の柳が枝をしならせ構えを作る。まさに体勢を立て直そうといったところだが、そうはさせないとエリオットが走る。
「……そうはならん。このまま朽ちてもらおうかね」
鋭く速く振り出した蹴りが、暴風となって枝葉を揺らしまくる。
「きっと、ずっと見守ってきた柳たちだもんね」
だから一刻も早く、この戦いを終わらせる。スノーエルが揺れる柳に惑わされることなく、時空凍結弾を命中させた。ビシビシと幹をはぜ割るような音を立てながら、魔力の氷が広がっていく。
一方ではグレインが目を付けていた個体が、枝をしならせ構えを取り始める。
「……だが、こいつはどうだ」
一足飛びで間合いを詰めると、グレインはゾディアックソードの刃に星の力を集中させ、一気に叩き付けた。
ずん! と受け流す余地などない超重の一撃が、柳の守りごと幹と根を押し潰していく。
畳みかけようと恭志郎がフロストレーザーの照準を合わせるが、別の奴が射線に割り込んできてガードされてしまう。
いろこがそいつに簒奪者の鎌を向け、牽制しながら逆の手で爪を伸ばし、硬質化させて刃とする。鋭く突き出された爪の一撃が幹に迫るも、僅かに掠めた枝によって軌道を逸らされてしまう。
「血染めの柳か……。日本の怖い話にでも、出てきそうだな」
呟くいろこの胸からは、鮮やかな赤い血が流れ始めていた。攻撃の際に敵もこちらへ葉の刃を繰り出しており、斬撃が刻み付けられてしまったらしい。
「現実でやられたら、洒落にならねぇけど」
しかし傷付きながらもいろこの動きに動揺はなく、尚も刃を繰り出そうとする柳から、軽い足取りで後ろに跳んで間合いを取る。
「いい距離だ。いただくよ」
響が入れ替わりで駆け込み、ぐん、と加速する。その途中で幾つもの焼夷弾をばら撒いて、敵陣の只中で爆裂、炎を一気に撒き散らす。
幹と葉を焼かれて、柳たちはパチパチと乾いた音を立てながら、苦しそうに身を捩り始めた。
(「隙があるとすれば、今!」)
ガートルードが地面を踏み締め、リングに思念を集中させる。生まれた無数の光輪を、投擲するような動きで柳たちへと投げつけた。
光が幾つもの葉や枝を裂きながら飛び去って行くが、その直後に柳の何本かが枝を反らし、勢いよく葉をばら撒いてきた。
「……落ち着いては居ないらしいですね」
マリオンは冷静な表情で仲間の被害を確認すると、まるで粉雪のような光の粒子を指先から振り撒いていく。
その光はメタリックバースト。マリオンが指先に潜めたオウガメタルの力を解放したのだ。
これでひとまずの回復と、精度の向上はできるだろう。マリオンは表情を変えずに前線へと送ったミミックの背をちらりと一瞥し、再び戦いへと自身を飛び込ませた。
「……っ!」
何度目かの攻防で、柳の鋭い一撃が恭志郎の脇腹へと突き刺さった。
痛みが無いわけでは、もちろんない。
しかしそれでも声を上げては、ここまで堪えたものが崩れてしまいそうな、そんな気がする。
恭志郎は奥歯を噛みしめて筋肉を締め、敵の刃を抜けないよう捕らえた。
そして至近距離から、闘気を込めた拳を突き出す!
ばちんっ!
受け逸らそうと動く暇さえ与えずに、恭志郎の拳は柳の幹のど真ん中をぶち抜き、ばりばりと打ち倒した。
「よし、次だな」
グレインが狙いを定めつつ、螺旋の力を手裏剣に集めていく。弧を描く軌跡で投げられた刃は柳の幹に命中すると、その枝葉を刈り取らんばかりの勢いで回転しながら幹を駆け上ってゆく。
「確実に叩き込む……。そこっ!」
ガートルードが朝日を思わせる輝きを抱いた刃を立てて構え、精神を集中させる。極限まで高められた力が爆発を起こし、手裏剣で坊主にされかかっていた柳を微塵に粉砕するのだった。
「さて、悪い事するヤツぁ伐採といくか」
敵の陣形が崩れ、足並みが乱れ始める。その好機を逃さずにエリオットは地獄の炎を足に纏わせ、思い切り大地に突き立てた。
「青炎の地獄鳥よ、我が敵をその地に縛れ」
立ち昇るように生まれた青い炎から、鋭い羽ばたきでモズが飛び出し、敵へと向かう。
青炎の翼は柳の幹を穿ち貫くと、大地につなぐ杭へと変化し、その動きを封じ込めた。
「……こいつは良いな、力を感じる」
響が空中に無数の氷柱を生み出し、連続で射出してゆく。青炎に縛られた柳の根に氷柱が突き立てられ、抉り割っていく。
「終わりだよ」
炎と氷に穿たれて、柳は無数の木片と化し、その場に崩れ落ちていった。
残った柳から放たれる葉の雨から逃れるように、マリオンは大きく横に跳躍する。ちょうどそこにあった木箱を盾に……。あ、木箱じゃなくてミミックの田吾作だった。
「お膳立ては存分に。後はよろしくどうぞ」
ともあれ、そうして得られた余裕にマリオンは護殻装殻術を発動させ、いろこの体に破邪の力を宿した御業を展開する。
「目に優しいとも言えないし、悪いけどご退場願おうか」
いろこが音も無く振り上げた漆黒の大鎌が、炎に包まれる。地獄の炎に照らされて、いろこの銀髪が微かに朱く、妖しく煌めく。
とんっ、と軽く踏み込むと同時に振り下ろされた斬撃が、柳の幹を見事なまでに両断する。
僅かに遅れて切り口から炎が広がり、それぞれの破片を灰燼に変えるかのように、轟々と燃え落ちていった。
「…………!」
ダメージを受けた田吾作は、傷つきよろめきながらも具現化した武器を振り、最後の柳へと向かっていく。攻撃は受け流されたかに見えたが、次の瞬間、その影から飛び出したマシュが柳の根元に思い切りタックルを仕掛けた。
衝撃で倒れた柳に向けて、スノーエルが急いで術を組み上げていく。
「……これで終わりにするんだよ」
大切なクローバーの指輪を嵌めた指で魔力を制御し、狙いを定める。マシュが飛び退いた瞬間に術を発動させ、ドラゴンの幻影を解き放った。
喰らい付くような業火が柳の全身を覆い、焼き尽くさんと燃え盛る。そうして戦いが終わったことを確認すると、スノーエルはホッとした表情を浮かべて、握っていた拳の力を抜くのだった。
それから一同は可能な範囲で周辺にヒールを施し、平穏を取り戻した街に安堵の息をつく。
ガートルードは素早くケルベロスコートを羽織ると、速やかにその場を離れていった。
「……ふむ」
ひらりと舞った柳の葉を拾い上げ、響は少しだけ物思いに耽っているように見えた。
「この柳も、元は人を襲おうなんて思ったこともなかっただろうに……」
いろこは表情を変えずに呟いてから、すぐに肩を竦めてみせた。
「なぁんて。私に植物の気持ちは分からねぇけどさ」
最後は少しだけ冗談めかして、いろこは残った街路樹の方へと視線を向けながら言うのだった。
しかしヒールは施したとは言え、攻性植物と変化した柳が元にあった場所には、代わりに植える木があるわけでもない。不自然にぽっかりと、そこだけが『喪われた』という事実を、強調するかのように伝えてくる。
(「これ以上、被害広げねえようにしねえとな」)
今も風に揺られていたであろう本来の姿を想像しつつ、グレインは胸中だけで呟く。
「……ここに再び皆が木を植える気になれるように、こういう事件を早く無くしたいですね」
再び、前を向いて歩いて行けるように。
恭志郎はそんな思いを口にして、今後の戦いへの決意を新たにするのだった。
作者:零風堂 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年6月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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