剛竜の拳は殴るため、剛竜の脚は踏みつぶすために

作者:ハル

●竜十字島の鍾乳洞にて
 古典的なメガネをかけたドラグナー中村・裕美は、眼前に浮かぶ複数のスクリーンに視線を這わしては、高速でタッチしていく。その作業をただ黙々と、何かに取り憑かれやように行っていた彼女であったが――。
「さぁ……見つけたわよ……」
 ニタリ……ふいに、いやらしげに裕美の口元が歪む。計算が終わったのか、その手はいつの間にか止まっていた。
「お前達……この場所に向かいドラゴンの封印を解きなさい……」
 裕美は振り返ると、そこに居並ぶ者たちに声をかける。
 声をかけられたのは、漆黒の鱗を纏った不気味な存在だった。見た目だけならば、まるで悪魔のよう。
「そして、封印から解かれたドラゴン――剛竜ブランディッシュの供物となり、グラビティ・チェインを捧げるのよ……」
 だが、彼らケイオス・ウロボロスがそんな崇高な存在でない事は、裕美の言葉ですぐに判明する。端的に、死ねと命令されているのだから。崇高どころか、使い捨ての駒である。だが、己が運命を定められたケイオス・ウロボロスに動揺の色はない。それが当然とばかりに、ただ従うのみ。
「全ては、ドラゴン種族の未来の為に……」
 死地へ向かうケイオス・ウロボロスの背を眺めながら、陶然と裕美は呟いた。

●剛竜ブランディッシュ
 そこは、近くに滝や湖もある自然豊かな場所だった。なんの変哲もない森の、ある地点。そこに向け、4体のケイオス・ウロボロスが円を描くように陣取り、呪文を唱えていた。
「キーキー、キーギー! ギーギーィー!」
 それは、人間には到底理解不能な超音波じみた詠唱。
 だが、その呪文が数分間指定された場所に向けられた結果――地面が揺れ始める。

 初めは小さな揺れだった。だが、時の経過と共に揺れは大きくなり、やがて巨大な地震でも起こっているのかのように、地球を直接殴りつけられているのではないかと錯覚する程の揺れに見舞われるようになった。
「…………アァ?」
 耐久の臨界点に達した大地が割れる。その割れ目から突き出てきた、筋肉が隆起した巨大な腕は、呪文を唱えていた1体のケイオス・ウロボロスを無造作につかみ、地の底に引きずり込む。
 ブシャーと、割れ目から血の雨が噴き出た。次いで、ケイオス・ウロボロスの断末魔の呻き。
 だが、それは始まりに過ぎない。
 ノソリと割れ目から這い出てきたのは、剛竜ブランディッシュ。理性の欠落した瞳に、口元に浮かぶ邪悪な笑み。その笑みは、恐らく血の味を、肉の味を思い出した歓喜からなのだろう。
「ガアアアアアアアアアッッッ!」
 咆え狂う剛竜は、意思疎通の言葉など捨て去ったかのように暴れまわる。食い散らかされたケイオス・ウロボロスの四肢が、角が、紅玉が森に飛び散る。
 それでも飢えが満たされない剛竜は、自身を満たす血と肉とグラビティ・チェイン……そして剛竜の本質である闘争を求め、狂うのだ。


「皆さんに、緊急のご報告があります。信田・御幸(真白の葛の葉・e43055)さん達が危惧を表明していたドラゴンの活動についてなのですが……確認されました」
 山栄・桔梗(シャドウエルフのヘリオライダー・en0233)の一言によって、ケルベロス達に衝撃が走る。
「具体的な活動の説明に移ります。彼らは大侵略期に封印されていたドラゴンの居場所を探し当て、そのドラゴンの封印を破ることで、己が陣営の勢力に加えてしまおうとしているようです。作戦の実行部隊を担っているのは、不気味な姿のドラグナー、ケイオス・ウロボロス。ですが、彼らは我々との接触前に復活させたドラゴンに喰われ、糧となり、コギトエルゴスム化しています。ですので、ケイオス・ウロボロスを敵戦力と考える必要はありません」
 復活したというドラゴンは、相当深刻な飢餓状態に加え、定命化の影響も受けている。ゆえ、意思疎通も困難だが、それでもケイオス・ウロボロスを喰らった事で幾ばくかの力を取り戻し、単純な戦闘力は驚異の一言だ。
「勝機を見出すためには、とにかく耐え忍ぶしかありません。時間の経過と共にドラゴンは弱体化していくので、耐えて耐えて、いずれ訪れるだろうチャンスに備える必要があると思われます」
 その分水嶺となるのが、戦闘開始から10分という時間になる。そこに至って、初めて勝機が芽生えるといっても過言ではないだろう。
「仮に敗北してしまえば、ドラゴンが人里に降りて人々を虐殺してしまう事態も考えられます。脅すわけではありませんが、甚大な被害が出てしまうのは確実だと思われます」
 プレッシャーをかけて申し訳ないと、桔梗が頭を下げる。
 一息ついた桔梗は、ドラゴン――剛竜ブランディッシュの情報を画面に表示した。
「赤茶の硬質な鱗に全身を覆われたドラゴンで、非常に好戦的な性質を有しているとか。その暴れまわる事にしか頭にない性質は、同族のドラゴン達からすら疎まれ、隔離される程であったようです」
「つ、つまりそれって……普段から常に理性なんて吹っ飛んでるって事じゃないですか!?」
「……ええ、そうなるんです」
 思わずといった風に突っ込みを入れる篠村・鈴音(焔剣・e28705)に、応じる桔梗が頭を抱えた。
 意思疎通ができない事を除けば、飢餓状態であってもなくとも、特に変わりはないらしい。
「主に二足歩行で行動し、つま先から頭までは全長で15mにも達します。イメージの掴みにくい方は、5階建てのビルと相対する事を想像してみてください。まさにそんな感じです。また、問答無用、戦術無用の肉弾戦を好むようです」
 殴ることに特化した腕と拳を有し、蹴ることに特化した脚を有する。これと正面から殴り合うことは、できれば考えたくないものだ。
「スケールが違いすぎて、序盤はダメージを与えられているのか実感が沸かないかもしれません。グラビティ・チェインの枯渇が深刻な状態を迎えるまでは、とても勝てるとは思えない……そう皆さんが感じるくらいの戦力差が予想されています……。とにかく、なんとか10分耐えしのぐことを最優先に考えてください。如何に耐えるか、そこが今作戦の肝となるでしょう」
 桔梗は、額に浮かぶ汗をハンカチで拭った。

「……それにしても、定命化が始まっているドラゴンを戦力に引き入れても、それだけでは……。何か裏があるのでしょうか? そちらは私共の方でも調査を進めておきますので、皆さんは剛竜ブランディッシュの件を、どうかよろしくお願いします!」


参加者
伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)
レベッカ・ハイドン(鎧装竜騎兵・e03392)
シィ・ブラントネール(ウイングにゃんこ・e03575)
ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)
植田・碧(紅き髪の戦女神・e27093)
篠村・鈴音(焔剣・e28705)
ミミ・フリージア(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・e34679)
霧島・トウマ(暴流破天の凍魔機人・e35882)

■リプレイ


「ドラゴンの相手はこれで二度目ね! レトラ、頼りにしてるわよ♪」
「ん、ぼくもあばれるの、やっつける。がんばる」
 シィ・ブラントネール(ウイングにゃんこ・e03575)が、シャーマンズゴースト・レトラと互いを鼓舞し、伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)も無表情ながら静かな闘志を燃やす。
 ドラゴンとはいえ、集められたのは精鋭達。ゆえ、苦戦はすれどやれるという自負があったに違いない。
 しかし――。
「ギグアアアアアッッ!!」
 その酷く非現実的な光景を前に、一同は思わず言葉を失った。
「暴れ回るしか脳がないとは聞いていたが……」
 霧島・トウマ(暴流破天の凍魔機人・e35882)ですら、鋭い眼光を今ばかりは丸くしていた。
 本来ならば天を翔る竜が、翼は飾りとばかりに大地の上を駆けている。一歩踏み出すごとに大地は揺れ、ひび割れた。まして、その全長15mの巨体が繰り出すスピードが、尋常ではないものならば。
「人々を襲わせる訳にはいきません。厳しい相手ですが……」
「人里に行かせる訳にはいかないものね」
 剛竜ブランディッシュは叫声を上げケルベロス――篠村・鈴音(焔剣・e28705)、
 植田・碧(紅き髪の戦女神・e27093)達の元へ小細工なしに突っこんでくる。
 剛竜が拳を振り上げると、硬質な鱗に覆われた筋肉が隆起する。
「チッ、避けられねぇか。分かってたけどよ……」
 拳は、一直線にハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)を。その事をハンナも重々承知しているが、分かっていても避けようがないのがドラゴンが最強の名を冠する所以。彼女は決して目を逸らしてなどいないはずなのに……。
「ガァッ!!」
 気付けばハンナの身体は宙を舞い、鬱蒼と生い茂る木々をなぎ倒しながら吹き飛ばされていた。
「カレンさん!」
 耐性は整えていたが、当たり所が悪い。接敵してからものの数秒で半身の感覚を失いかけるハンナに、碧が血相を変えながら戦乙女の歌を聴かせ、身体機能を取り戻させる。だが、それでも回復量は足りず、ハンナは改めて戦闘態勢を整える事を強いられた。
「剛竜ブランディッシュ、だったかしら? おはようお寝坊さん! そしてさようならね!」
 その一瞬の出来事に、思わずシィも気圧されかける。だが、常にポジティブ&ハイテンションの彼女が、ここで盛り上げなくて誰が盛り上げるというのか! シィは努めて声を張り上げると、変形させたExplosion Marteauから砲弾を放つ。
「なんという大きさじゃ! 動き回るだけでの凶器になりそうじゃ!」
 ミミ・フリージア(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・e34679)は剛竜に踏まれぬよう立ち位置を変えながら、大きな猫にぬいぐるみを呼び出す。
「わらわのぬいぐるみは特別製じゃ。遊んでくれると嬉しいのぅ」
 召喚された巨大ぬいぐるみは、剛竜に体当たりを仕掛ける。しかし、剛竜は軽やかなステップでぬいぐるみを躱して見せた。
「さすがというか、なんというか……褒めるのは嫌なのですが! ――っ」
 続く鈴音の電光石火の蹴りも、剛竜の影すら踏めない。スノーのリングも、レトラの霊魂を狙った攻撃も、当然のように。まるで、シィの砲弾が命中した事の方が信じられなく思う体裁き。
「……まぁ、一先ず落ち着きましょう皆さん。ドラゴンは強いですが、絶対に倒せない存在ではなくなったんですから」
 マグレでもなんでも、シィの初撃が命中している。レベッカ・ハイドン(鎧装竜騎兵・e03392)は仲間に声を掛けながら、煌めく飛び蹴りを剛竜に叩き込む。
「最も、当たったからといって手応えがあるとは限りませんが」
「みてぇだな」
 砲弾と蹴りを受けた剛竜の鱗には、一片の陰りも存在しない。少なくともケルベロス達にはそう見え、嘆息するレベッカにトウマが苦々しい表情で首肯する。
「この地に蒼く。縫い止めよ、凍れる楔よ……ってか?」
 序盤の苦戦は予期していたが、この状況が続けば一方的に殴られるだけだ。トウマが氷と雨の複合魔術を行使して雨を降らせるが、すでに剛竜は雨の範囲外に脱している。
「霧島、ゆうどう、ごくろうさま。うごくなー、ずどーん」
 しかし、剛竜が避けて移動する先を読んていた勇名が、あらかじめ剛竜の足元すれすれに小型ミサイルを飛ばしている。
 ……瞬間、カラフルな火花が視界を覆った。
 だが――。
「……ドラゴンと戦うのはこれで3回目だけれど、これまで戦ってきた相手とは違うって事、よーく分かったわ」
 視界の晴れた先、何も変わった様子もなく牙を剥き出しにする剛竜を前に、碧の背筋を冷汗が伝う。時間にして見ればたった1、2分間程度の邂逅。しかし、剛竜ブランディッシュの脅威を実感するには、十分すぎる時間であった。


「かいふく、まにあわない、みたい。これで、すこしでも、げんきになれー」
 剛拳を受け四肢が弾け飛ぶかのような錯覚を感じ、膝が笑うトウマ。そんな彼に、勇名が光の盾で防護する。
 次いで、菜の花姫も応援動画を。
 顔を上げるトウマ。だが、彼には礼を言う余裕すらない。
「ん、いいの」
 そんな彼に、勇名は端的に告げ、前を見た。前衛が限界を超えて堪え忍んでいる事は、後衛全員が身にしみて知っている。
(ようやく、ようやくなのじゃ……)
 オウガメタルを纏い、「鋼の鬼」と化した拳を剛竜の鱗に突き立てながら、ミミはしかし絶望的な思いに支配されかけていた。
「……ただ攻撃を安定して当てられるようにするだけで、こんなにも時間がかかるとはのぅ」
 時間を確認すれば、ようやく5分を経過した辺り。だというのに、得られた戦果はスナイパーからの攻撃が安定して命中するようになったという程度で、剛竜の火力抑制も、行動を停止させるための術も、付与率は期待を遥かに下回っていた。
「やはりドラゴン、危険すぎる存在ですね。なんとしてでも排除しなければ」
 レベッカが、凍結光線を発射する。
「ギィィィイイイイイイイイガアアアアア!!!!」
「――ぐぅーっ! し、下を向いている暇はないわよ! 勝負はこれからなんだから!」
「耐えて! お願いよ、耐えてシィさん!」
「……だから、そんな顔しちゃダメだってば、アオイ」
 だが、それでも序盤に比べれば希望はある。顎で脇腹の肉を根こそぎ持っていかれ、シィは剥き出しとなった内蔵を強引に体内へ詰め込みむと、口端から止まらない血を垂らしながらも、ひたすらに幻影を行使し、下唇を血が滲む程に噛みしめて歌でサポートする碧に引き攣った笑みを向ける。
「シャボン玉遊び、したことあるかしら? 触るとすぐに壊れちゃうの。こんな風に、ね?」
 碧のヒールに付随した攻撃の精度上昇を利用して、シィは空間を超圧縮すると、それをシャボン玉のような形に固定。剛竜の周辺に生み出した無数のそれを次々に破裂させていく。
「ああ、臆してちゃ目的の成果は得られねぇだろ。とにかく前に出てみて、ダメな時は潔く散ればいいんだよ」
 少なくとも、ハンナはそうして生き延びてきた。
「ちょいと揺れるぜ」
 長い金髪を掻き上げ姿勢を低くし、剛竜の身体を勢いよく駆け上ると、頭部目掛けて後ろ回し蹴りを!
「いえいえ、潔く散るつもりは毛頭ありませんし、もちろんカレンさんを散らせるつもりもありません!」
 ハンナに続き前に出た鈴音は、斬霊刀・緋焔に魔煤を纏わせる。
「煤の剣…!」
 途端、緋焔は長大な黒剣に変貌する。脳裏に蘇る隻眼の剣士。その太刀筋をコピーするように振るわれた黒剣は、剛竜を魔煤で燻らせた。
「俺達が死守する! 前がたこ殴りにされてるからって気にすんな! 自分の成すべき事をやれ!」
 エアシューズから火炎を噴きあげトウマが叫ぶ。圧倒的な劣勢も、心だけは負けないと主張するように。
 剛竜ブランディッシュの攻撃は、たった一度だけ予測されている例外を除いて、すべてDf陣に降りかかる。到底回復しきれない人知を越えた火力を前に、いずれ前衛が瓦解する事を誰もが理解していた。
 まして――。
「篠村さん、右斜め前方! 例の蹴りが来ます!」
「はっ……?!」
 レベッカの警告虚しく、鈴音の真横に殺意が迫る。それは、荒れ狂う嵐のようだった。ただその剛脚を薙ぎはらっただけで生み出される驚異的な打撃と風圧。咄嗟にガードのために出した鈴音の腕が、骨など最初から入っていなかったかのようにグニャルとひしゃげる。勢いを彼女だけで殺す事などできるはずもなく、一斉に薙ぎはらわれた前衛は攻撃の手を止め、自己回復に努めるしかない。
「……あ゛っ……ぐ、あ……狙われるのは分かっていたが、これ程の威力かよ」
 光の盾諸共砕かれたトウマが地に膝をつき、呻く。剛竜の拳は、対策を立てていなければ当たり所によっては一撃で瀕死だ。顎も、生命力を大きく奪われないためには対策は必須だった。ゆえに剛旋脚を半ば捨てるような形になるのは苦肉の策。だが、ひとたび互いに庇い合えない状況に陥ると、前衛全員が攻撃の手を止めざる得なくなってしまう。
 時間を稼ごうと、勇名のアームドフォートが一斉に火を噴いた。
「菜の花姫、おぬしはレトラの補佐に回るのじゃ! このままではまずい!」
 レトラは懸命に神霊撃を交えているが、サーヴァントかつメディックのポジションであるため、まだ一度も剛竜の挑発に成功していない。焦りを感じたミミが、ゲシュタルトグレイブに稲妻を纏わせつつ、菜の花姫に閃光を放つよう指示を出した。甲斐あって、ようやく一度だけ剛竜にレトラの挑発が通る。
「凍結や火傷の影響を十分に与えられていれば、多少は楽になったのでしょうが……」
 火力の補佐とするはずだったものが十分に行き渡っていない現状に、レベッカが天を仰ぎながら蒸気を噴出する。
「できれば皆の守りを固めてあげたいけど、そんな事をしている余裕すらないなんて!」
 碧は最も疲労とダメージの色濃い仲間に、ひたすらヒールを繰り返す。だが、そうして状態を逐一確認している碧だからこそ、
(……助けられない! なんで!? どうしてよ!)
 どうしようもない現実を知る。
 そして、暴力の化身たる剛竜ブランディッシュは、たとえ理性を失おうとも弱った獲物を逃さない。
「悪いな、あんたら。癪だが、あたしはここまでみたいだ。そうだな、あの世で逢おうぜ?」
 ハンナはあくまでもクールに。ニヒルで皮肉混じりの軽口と、笑みで。
「ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアアアアアアアッッ!!」
 剛拳によって姿が掻き消える。その場に火の付いた煙草と、7分で止まった時計だけを残して……。


「……霧島……さん……」
 鈴音が見上げる先。トウマの身体が、力なく逆さまの体勢で揺れていた。片足を顎に頑強に噛みつかれたトウマ。辛うじて、息がある事だけが確認できる。
「ブッ!」
 剛竜が吐き捨てるように首を振ると、顎の中に片足だけを残して、トウマの身体が無造作に地面を転がった。
「わ、わらわが前に出るのじゃ!」
 すかさず、事前の打ち合わせ通りにミミがDfのポジションに移動する。しかし、その際に生まれた隙を剛竜に突かれ、猛攻がミミや彼女を庇おうとする前衛に襲い掛かる。結果、派手に蹴り飛ばされたシィの意識が断絶する。
「……シィさんまでっ!」
 碧がミミをヒールしながら、シィの身体を担ぎ、急いで後方に下がらせた。
(……機を逸したか……のぅ)
 ミミはほぼ万全の状態であったため、傷を負いながらもなんとか耐えしのげている。だが、その表情は悔しそうであった。ポジションチェンジをもっと上手く使えば、10分縛りという今回の特殊な作戦に限り、完勝も狙えたという思いがあるのだろう。
「あと少しです! 10分経過まで、残り僅か!」
 だが、まだ戦いは終わってはいない。時間を確認したレベッカが告げる。倒れろ! 折りたたみ式のアームドフォートが瞬時に展開され、絶え間なく弾幕を撒き散らす。
「負けませんっ! 絶対に! 根性です!」
 倒れた仲間の分も殴って蹴ってやらねば気が済まないと、鈴音が咆哮を上げる。
 しかし、その時。
「……けはい、かわった。――くる」
 剛竜の動きを注視していた勇名の目が、スッと細まる。剛竜の動きが制止したのだ。それは、グラビティ・チェインが残り少なくなり、追い詰められた剛竜が至る暴走状態。
「オオッ……オオオオッッ!」
 元々なかった理性。しかし今、剛竜は本能すら捨て、すべての思考を放棄した。最早、身体の赴くままに暴れ回る暴力の化身。
 その場にいる誰もが、その瞬間死を予感した。
 仮にここで碧が狙われ、Dfが間に合わなかった時は、敗走もありえる。運命の分かれ道。
 剛竜が手を伸ばしたのは――レトラであった。行使しつづけ、一度だけとはいえ付与できた挑発が実を結んだ瞬間。剛竜はレトラを握りしめ、地面に叩き付けると力の限り幾度も幾度も執拗に踏みつけた。レトラが消失するその時まで。
 そのあまりに凄惨な光景を、ケルベロス達は視線を逸らさず最後まで見届ける。
「シィ、いってた。レトラ、つよいこ、だって」
 報いるためにできる事、それは勝利する事だけだ。
「うごくなー、ずどーん」
 勇名が、小型ミサイルを飛ばす。ミサイルは、吸い込まれるようにして剛竜に着弾し、炸裂。
「イ゛ッ、アアッ??!」
 七色の火花を散らしながら、それまでまるで壁のようだった剛竜を大きく後退させる。
「10分経過! やりました!」
 鈴音が、緋焔を大きく天に掲げる。それは、今まで待ち焦がれて、待ち焦がれて、何よりも希った報告。
「さて、そういう事のようです。弱っている所申し訳ないですが、死んで下さい」
 レベッカが構えるレインボーバスターライフルの照準が、苦も無く剛竜を捕捉する。放たれたレーザーは剛竜に着弾と同時に、元々付与してあった凍傷と共に剛竜を苛んだ。
 10分……11分……12分。
 反撃に移り、耐えながら、シワリと剛竜が力を失う時を待つ。
「スノー、これまでの借りを返してあげなさい!」
「菜の花姫も続くのじゃ!」
 碧が、至る部位の関節が外れ、裂傷を負う鈴音に精一杯の戦乙女の歌を捧げる。
 スノーがリングを投擲すると、笑顔の菜の花姫も遅れまいと凶器を手に攻めた。
 そのどれもを、剛竜は甘んじて受けた。最早、指一本動かせぬという有様。
 たった15分前からは、想像もできぬ姿だ。
「シィさん、カレンさん、トウマさん……私がこうして立っていられるのも、お三方のおかげです!」
 そして、運もあった。思いを胸に、鈴音は駆ける。藍刀『宵闇』――その軌道で流麗な弧を描きながら。
「――満足です!」
 駆け抜け、鈴音は太刀を鞘に収めた。瞬間、著しく軟化していた剛竜ブランディッシュの巨体が、左右にズレる。
 剛竜が二度とは動かなくなった事を確認したケルベロスは、気が抜けたように一斉に倒れ込むのであった。

作者:ハル 重傷:シィ・ブラントネール(フロントラインフロイライン・e03575) ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754) 霧島・トウマ(暴流破天の凍魔機人・e35882) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月6日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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