解き放たれた暴食のバルグガロン

作者:ほむらもやし

 竜十字島にある鍾乳洞の奥。
 あか抜けない外見の眼鏡ッ子が、次々と表示されるヘッドアップウインドウの上に器用に指を踊らせている。
「ふふっ、また見つけたわよ……」
 この眼鏡ッ娘の名はドラグナーの竜性破滅願望者・中村・裕美。ウインドウに表示されているのは、各地に封印されているドラゴンの情報である。
 裕美は目当ての情報が表示されたウインドウの上で指を止めたまま、うすら笑みを浮かべる。
「行きなさい、行って、ドラゴンの封印を解くのよ。……そして、封印を解いたドラゴンに喰われて来なさい!」
 振り向いて言い放った先には、竜鱗のような肌を持つ、無数の人型の影。
 異形のドラグナー、ケイオス・ウロボロスである。
「あなたたちは、ドラゴン種族の未来の為、その身を使って、グラビティチェインを捧げるの。素敵でしょう? 光栄ででしょう……私に感謝しなさい!」
 裕美は興奮気味に言うと、ケイオス・ウロボロスたちに出発を促した。

 数時間後、4体のケイオス・ウロボロスが降り立ったのは、小笠原諸島に属する周囲二十余kmほどの島。
 島の中央部には飛行場があり、他はサトウキビ畑と硫黄を採取、精製する工場があるぐらいだろうか。
 一見するとのどかな離島の風景に見えるが、注意深く見れば、海岸に水平に向けられたまま朽ち錆びた14センチ砲、砲撃の痕が生々しい鉄筋コンクリートの構造物が点在している。
 4体のケイオス・ウロボロスは緑に覆われたトーチカのひとつを取り囲むと、人間の理解できない超音波で呪文を唱え始める。
 間も無く鳴動、下から突き上げられるよう動きにトーチカは砕かれて、残骸の中から、巨大なドラゴンが這い出て来る。
 意味不明の呻きを漏らすドラゴンは飢餓状態で、理性は無く、目にしたケイオス・ウロボロスを本能の赴くままに食い散らして、それら全てをコギトエルゴスムと変えた。
 グラビティ・チェインを得た巨体は、『害蟲竜バルグガロン』としての鋭気を取り戻すが、未だ飢餓状態は解消されていない。
 直後、飢餓を紛らわせるかのようにバルグガロンは辺りの草木を食い散らかす。
 そして海に沈み行く夕日を睨み据え、言葉にならない咆哮を上げた。

「早速で済まないけれど、新たにドラゴンの活動が確認されたから、話をさせて貰ってもいいかな?」
 ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は、落ちついた口調で話を切り出す。
「クラト・ディールア(双爪の黒龍・e01881)さんらの調査によって、ドラゴン勢力が、大侵略期に封印されていたドラゴンの居場所を探し当て、封印を破って戦力化しようとしようとしているのは、もう知っているかな?」
 ドラグナーの竜性破滅願望者・中村・裕美の指揮の元、進められている作戦と伝えられるアレだ。
 ドラグナー、ケイオス・ウロボロスに封印を解かせて、その肉体を食わせてグラビティ・チェインを供給するという、趣味の悪さにケンジは眉を顰める。
「……で、今回僕が予知できたのは、シエナ・ジャルディニエ(攻性植物を愛する人形娘・e00858)さんが、その所在を信じて、調査を進めていた、ドラゴン『害蟲竜バルグガロン』だ」
 到着時点で、ケイオス・ウロボロスは全て食われて、コギトエルゴスムと化している。つまり、今回あなた方が、戦う敵はドラゴン1体である。
「ケイオス・ウロボロスを食った分のグラビティ・チェインを得たぐらいでは、バルグガロンの飢餓状態は解消されなかった、さらに定命化も始まっている」
 その容態は非常に悪く、意思疎通ができないほどだ。しかし戦闘力だけは極めて高い。
 だから人里に向かって被害が発生する前に、至急の撃滅をお願いする。
「害蟲竜バルグガロンは昆虫を連想させる外見をもち、体長は十メートル超。およそ大型トラック一台分くらいスケール感と考えて貰えば間違いはないと思う」
 バルグガロンが出現する島の大部分は平地である。ドラゴンの体長に比べて草木の低く、遠目にもその発見は容易だ。身体が大きいと言うことは、衝突時の威力も大きい、そして耐久力も高いと考えるべきだ。
「大変な強敵で序盤からかなりの消耗戦になるだろう。しかし今回は、戦闘が長引くほどドラゴンが弱体化することが判明している。弱体化が発現するまでの時間の目安は10分、それまで堪え凌げば、そこから先の勝機を見いだし、戦い抜くぐらい、君らなら出来るはずだ」
 但し、具体的な弱体化の傾向は不明のであるから、くれぐれも10分を耐えれば、必ず勝てるなどと、安易に考えてはいけない。
 つまり弱体化するというボーナス情報はあるが、身を守ると同時にダメージも重ねなければならない難易度の高い作戦なのだ。
「害蟲竜バルグガロンは、理性が殆ど失われたと言っても、蝗のような旺盛な食欲と容赦のない攻撃性は残されている。音に、体当たりに、斬撃。多彩な攻撃を、庇い切るのは、最強クラスのディフェンダーでも無茶だと思う」
 何を重視して、何を他者に任せるか、あるいは切り捨てるかが、重要だ。
「定命化を迎えつつあるドラゴンの封印を解き戦力に迎え入れることに、どんな意味があるかは分からない」
 単なる嫌がらせなのか、何か別の意図があるのか。
 今為すべきは、封印を解かれ暴れ出そうとする、害蟲竜バルグガロンを討ち、引き起こされようとしている悲劇を食い止めることだ。


参加者
アンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468)
シエナ・ジャルディニエ(攻性植物を愛する人形娘・e00858)
クリームヒルデ・ビスマルク(自宅警備ヒーラー天使系・e01397)
タクティ・ハーロット(重力喰尽晶龍・e06699)
クーゼ・ヴァリアス(竜狩り・e08881)
旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)
エドワード・リュデル(黒ヒゲ・e42136)
病院坂・伽藍(濡れ鼠・e43345)

■リプレイ

●蘇った強敵
 虹のような夕日の色を映すの海面に薄い板を浮かべたような、東西に8km南北に4kmほどの孤島。
 ここが、恐るべきドラゴンの復活が告げられた島だ。
「おっ、あれだね。思っていたよりも、分かり易かったな」
 砂浜と草原の境目あたりで草木の破片を巻き上げる巨大な影が見える。
 すぐに、アンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468)は、双眼鏡を向けて、それが、復活したドラゴンが一体『害蟲竜バルグガロン』であることを確認した。
「私にも見せて下さい……。これが封印されていたドラゴンですか……」
 双眼のレンズを通して見る、旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)のピンク色の瞳に、蒸気ローラーの如くに草木を押し潰し、巻き込み、貪るようにしながら蠢く巨大生物の姿が映る。
「大層な強敵みたいですし、素敵な一時になりそうです……♪」
 どことなく昆虫を思い起こさせるバルグガロンの外見は、鳥類やは虫類を連想させる、一般的なドラゴンのイメージとは少し異なっているが、『害蟲竜』を冠するに相応しい貪欲さを感じさせた。
「Conviction(合点が行きました)……ラジンが必死に、行こうと訴えるわけですの」
 落ち着かない様子の、ボクスドラゴン『ラジンシーガン』を軽く宥めてから、シエナ・ジャルディニエ(攻性植物を愛する人形娘・e00858)は、回されて来た双眼鏡をのぞき込む。
「Terrible(大変です)……!」
 一見、バルグガロンは飢餓状態の狂乱から草木を食い散らかしているだけ見えたが、筋状に伸びる移動跡の延長線上に照明が灯り始めた島の施設や集落が固まっていた。
「シエナ殿も気付いたでござるか。一応、避難勧告はだされているらしいが……」
 エドワード・リュデル(黒ヒゲ・e42136)は、腕組みをして、苦虫を噛みつぶしたような複雑な表情を見せる。
「Oui(はい)……」
 それは現在のバルグガロンの行動が、進んだ先いる人々を虐殺し、グラビティチェイン略奪する動機に基づいていることを示している。

 数分後、島に降り立った一行は作戦行動を開始する。
 草木の高さは1mほどと低く、地形の平坦さも手伝って、遠くまで見渡せる。
「どうやら地の利はボクらに味方しているようだね」
 そして1mという草木の高さは、一般的な大人の胸辺り高さである。
 人間が姿を隠すには、好都合であるのに対し、体長10メートルを超える敵にとっては、何の役にも立たない。
 だが、攻撃の間合いを詰める段となって、接敵は正面から正々堂々、と主張する、クーゼ・ヴァリアス(竜狩り・e08881)と、隠れて接近してからの先制を狙う、アンノの方針の違いが明らかになる。
 戦闘狂を自称する竜華であれば、心情的にはあり得るが、奇襲先制も狙えそうなこの場面で、その有利を活かさない手は無い。
「みんなで生きて帰る。俺の望みはそれだけだ」
 病院坂・伽藍(濡れ鼠・e43345)の言葉は、本当に、様々な場面で、何度も、使い古された科白であったが、何があってもそれだけは。そして、今この瞬間にも、駆ければ、すぐ手の届く場所で、巨大生物が蠢いている。
「皆様には帰る場所がある……。それならば、命は大切になさったほうが良いでしょう」
 竜華の冷静な声に、皆が表情を引き締めた。
 勝つ為には、先手を取りたい。絶対に勝つんだ! 8人の気持ちがひとつになった瞬間であった。

 前衛は全員がディフェンダーで数は4、内2体はサーヴァント、中衛のジャマーが2、後衛がスナイパー3人、メディックが2人で計5という布陣である。
「さあ、戦闘開始だぜ!」
 タクティ・ハーロット(重力喰尽晶龍・e06699)が発動した、マインドシールドの輝きが戦いの号砲となる。
 空中に出現した光の盾が加護を発現するのに合わせて、アンノは瞼を開き、5分後と10分後に鳴るように設定した、リストタイマーを起動させる。
 突如として周りに現れた敵意に気がついて、先に進もうとしていたバルグガロンは巨大な身体を反転させる。
 そこに絶好のタイミングで突っ込んだ、ミミックがエクトプラズムで作り出した斧を叩きつけるが、巨体の動きに弾かれて砕け散ってしまう。
「げげっ、全く効いてないじゃん」
「その様ですね……。ですが、分が悪い戦いも、嫌いではありません……♪」
 先手は取れたはずなのに。これでは先が思いやられると、タクティは唇を噛みしめ、一方、竜華はちろりと唇を舐めると、嬉しげな笑みを浮かべて宙に跳び上がる。
「この、ヒリヒリするような感覚、いつ振りでしょうか……」
 歓喜と共に、竜華は流星の輝きを宿した足先を巨体の背中に狙い定め落下態勢に入る。だが、同じタイミングで、ふわりと浮かび上がった巨体の尾部が翻り、光の筋を曳き始めた流星を打ち砕いた。

●脆すぎた壁
 あなた方を邪魔者と認識した、バルグガロンは、ドーンドーンと、二度、地響きのような音を立てて飛び上がると、恐るべき速さで、襲いかかって来る。
 狙われたのは、攻撃を全て受け止めると意気込む、クーゼと伽藍、そして2体のサーヴァントからなるディフェンダーたち。邪魔なディフェンダーを排除する意志を見せる。
「来るぞ!」
 胸を圧迫されるような殺気を感じた、伽藍が即座に警告飛ばす。
 直後、食欲を具現化したが如き耳障りな震動が破壊の嵐となって吹き荒れ、耐える為に配置されたディフェンダーたちを蹂躙した。バルグガロンと雰囲気の容姿を持つボクスドラゴン『ラジンシーガン』が羽ばたきを止めて落下して動かなくなる。
「これは、小学校に入るぐらいのころの話です。当時の私は……」
 間髪を入れずに、クリームヒルデ・ビスマルク(自宅警備ヒーラー天使系・e01397)は、心暖まる思い出によって集めたパワーを解き放ち、強大な攻撃に抗する癒力とした。
 莫大な癒力は瞬く間に、クーゼの回復可能ダメージの大部分を癒す。だがクリームヒルデの表情は、血の気が引いたように青ざめ、口惜しそうな表情を浮かべる。
 頭数の多い前衛に深く刻まれたダメージを一挙に癒やし切る術はなかった。癒力が足りないのに加えて、回復不能ダメージはHPの上限を削り取って行く。即ちその上限が低ければ、癒しを厚くしても長く持たない。
「こんなの、むちゃくちゃですよ。私にどうしろというのですか?!」
 この時点で、短い時間でディフェンダー陣が全滅することは、容易に予想できた。
「今は、やれることをやるしかないぜ。まあ、何とかなるんじゃねえの?」
 楽観的に応じる、タクティにも不都合な結末は予測できたが、今はそれが現実となるのを遅らせる為に、癒術を振るうしか無かった。
 そんなタイミングで、空気を裂く鋭い音と共に飛来した礫が、巨大な甲皮に次々と穴を穿つ。
「まったく、最近の若い者は堪え性が無い様でござるな」
 礫を投げ終えたままの姿勢で、顔を上げ、エドワードは大げさに唇の端を擡げると、浮き足立つ仲間たちに、発破を掛ける。武器封じの効果が発現すれば、前衛の崩壊を遅らせる一手にはなるはず。
「どんな作戦にも多少の穴やリスクがあるのは当然。始まったなら腹を括るでござるよ」
 微かな望みでも、皆がその望みを信じて、望みに繋がる手を打ち続ければ、いつかは叶うはず。
「俺が踏みとどまりさえすれば、何とかなるのだろう?」
「本当に、やりきるつもりかい?」
 伽藍は気力溜めを発動し、自身を癒す刹那に、今までに救ってきた人々の顔を思い浮かべた。
「やりきるだけだ」
 そして、クーゼの問いかけには、気持ちばかりの決意で返した。
 自分たちの背中には、仲間の命運と、この島の人々の命が掛かっている。
 何もしないわけには行かないのだ。
「Briller(輝きなさい)……! 光よ、彼の者らに、福音を届け、神の力を授けるのです――」
 シエナの、全身を覆うオウガメタルから放出されるオウガ粒子が夕暮れ時の風景を白く輝かせ、その輝きによってもたらされる超感覚に背中を押されて、アンノは強く地を踏み締めて、ローラダッシュの摩擦が生み出す炎を纏う。
「寝起きの所悪いんだけど、キミはここで倒させてもらうよ!」
 身を守ろうと薙がれた巨大な尾に飛ばされた緑を焦がしながら、振るわれた鮮やかな橙色の蹴りが激突する。
「――?!」
 次の瞬間、抗い難い衝撃に炎が霧散する刹那に、アンノの身体は暗い地面に叩きつけられた。
 巨体は荒ぶる勢いのまま、恐るべき身軽さで地を蹴って、4枚の羽を小刻みに震動させながら飛び上がる。
「ッ! これは拙いよ!」
 横に跳んで逃れようとしたが、既に避けようのない攻撃の範囲に囚われたと知り、クーゼは怒鳴りつけるように叫ぶしか、出来ない。直後、急激に勢いを増す空気の振動は、怒号すらも遮る。
 為す術もなく崩れ果てるミミック。
 目、耳、口、外気に晒された、穴という穴から血が流れ出すのを感じるクーゼ。急速に狭まる視野が血の赤に塗られて行く様に、役割を果たせなかった無念を感じながら、倒れ果てた。

●終わりの始まり
「こんな人生なんですけど——」
 クリームヒルデはいつしか自身の黒歴史までをも、心暖まるエピ―ソードとする為に発信していた。
 恥も外聞もかなぐり捨て紡がれるエピソードは多くの共感を呼び、本人も驚く程の巨大な癒力を生み出していた。
 そんなタイミングで、タクティの思いがけない言葉が耳に入る。
「俺、今からディフェンダーに回るぜ」
「ええっ?! ちょっと……」
 タクティは、それが悪手とは認識していたが、ディフェンダーが一人になった時点で、実行すると、決意していた。
 癒やし続けるだけでは、ディフェンダーの全滅は回避できない。
 一人残っている伽藍も治癒不能のダメージに深く蝕ばまれていて、癒されても次の攻撃を凌げる見込みは薄い。
「わかっています、攻めますよ……♪」
 敗北に向かって急速に傾き始めた気配を振り払うように、竜華は思いを込めて、精神操作の鎖を伸ばす。
 次の瞬間、鎖は僅かに地上から浮遊し、羽根を震わせていたバルグガロンに絡みついた。引き寄せられる鎖の勢いに竜華の小さな身体は、空高く舞い上げられるが、同時にバルグガロンの巨体も外れた回転翼のように地表を転げ回り、絡みついたままの鎖は、その動きを僅かに鈍らせる。
「壊れていない……よね」
 時間が経つのが異様に長く感じられて、アンノはリストタイマーに視線を落とした。
 5分は経っていなかった。受け入れたくない現実だった。
 負ける。
 アンノの頭の中に、かつて城ヶ島で感じたのと似た、不吉な感情が湧き上がるが、いくら不利な状況でも、まだ余力のある状態で撤退を口に出すことは出来なかった。
「いざとなれば、私の中に眠る私以外のモノが目覚めるはず……」
 また少なく無い者がそのように考え、暴走という漠然とした希望に縋った決意が、破滅の道を加速させていた。
「しまっ——」
 細長く巨大な顎に挟まれた、伽藍の身体は牙に貫かれ、あり得ない角度に折り曲げられる。
 あまりにも、あっけなく無残な最後だった。
 戦闘開始から5分を告げるアラームが響く中、シエナの発動したメタリックバーストの輝きが、戦場を満たす。
「とんだ暴れん坊でござるな。ちょっと拙者と遊ぶでござるよ」
 挑発するようなおどけた声音で誘いをかけて、エドワードはバルグガロンの顔を目掛け、流星の如き尾を曳く蹴りを叩き込む。たとえ一手であっても、敵の攻撃を自分ひとりで引き受けることが出来れば、自分以外の後衛の危機を回避できるはず、これは静かな決意と判断に基づいた一撃でもあった。
 尻尾も背中も頭も、攻撃を当てるだけなら、目をつぶっていても出来そうな巨体なのに、いや寧ろ巨体だからこそダメージが入る急所は限られている。だからこそ堅実な足止めの蓄積は重要だった。
「貪ることのみを欲し、道を踏み外してしまわれたのでしょうか……? それでも良いです……、だから、あなたのことは、私がお引き受け致します……!」
 竜華は言い放って、炎を纏わせた大剣を片手で構えて、バルグガロンに向かう。直後、剣の重量と共に叩きつけた地獄の炎は巨躯の背を伝うようにして燃え広がった。
「私は、私の信じる道を行きます」
 次に狙われるのは後衛だ。癒し手は癒術を武器に戦う、その真価が問われるのは今だ。クリームヒルデは収穫形態を変えた攻性植物が宿す黄金の果実の光を解放する。
 直後、予想通りに襲来した、バルグガロンの破壊音波が苛烈に荒れ狂う。それでも、倒れる者はいなかった。
 アンノもクリームヒルデも竜華も、エドワードも、崩れ落ちそうになる身体を気力だけで支えて天を仰ぐ。
 島に降り立つ前、ほんの少し前までは、美しく見えた夕焼けの空は、今や腹から覗く赤黒い臓物のようで、周囲の土は掘り起こされて砲爆戦の跡のように荒れ果てていた。
「これ以上は、支えきれません……続ければ、誰かが死にます」
 癒し手としての自身の限界を告げる、クリームヒルデの言葉が、破滅に向かって突き進もうとする空気を変えた。
 何より、攻撃を終えたばかりの、バルグガロンは守勢に入っている。この機を逃す手は無かった。
「逃げるなら、今でござるな」
 撤退ができる時に、撤退をすれば、仲間の命は失われず、誰かが暴走する必要は無い。
 仲間を死の危険から救うのに、最も有効な手段は、暴走では無く、撤退である。
「悔しいですが、認めざるを得ないようですね……」
「Oui(承知しましたの)……」
 呼気を整えた竜華は、戦い続けたい衝動を抑えながら、後ろに一歩を引くと、巨大剣の代わりに倒れていたクーゼを肩に抱える。
 ディフェンダーにポジション変更し終えたばかりのタクティも、撤退すべき状況を理解して倒れたままの伽藍を確保した。
「それでは、また後で!」
「絶対に、ですよ」
 一斉の動きで草原の中に走り込み、姿を隠したあなた方を、バルグガロンが追ってくることは無かった。
 ただ、巨体を翻して、戦う前と同じように、島の真ん中にある集落の方に進んでゆく。
「依頼で……泣いたことなんて、……ありませんでした、けれど……」
 今はもう、島にいる人たちが一人でも多く助かることを祈るしか出来ない。
 その無力感は、力を持たぬ人間が、常日頃、デウスエクスに対して感じるもの。
「ごめんなさい」
 暗い風景の中では、誰が泣き、誰が地に頭を打ち付けているかなど判らない。
 肩を震わし嗚咽を洩らすのは、堪えるように口を閉ざすのは、誰なのか。
 命の重さに違いはなくとも、命を使って出来ることには大きな違いがある。
 だから、ケルベロスは死んではならない。
 ケルベロスは人類の希望である為に、前を見続けていなければならない。
 失われた者に顔向け出来るような生き様を願って、ケルベロスであるあなた方は戦いの記憶を胸に刻んだ。

作者:ほむらもやし 重傷:クーゼ・ヴァリアス(竜狩り・e08881) 病院坂・伽藍(敗残兵・e43345) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月8日
難度:難しい
参加:8人
結果:失敗…
得票:格好よかった 0/感動した 3/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 6
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