五月雨のまほろ

作者:皆川皐月

 ちらほらと紫陽花が色付き始める今日日。
 この古民家では、紫陽花と紫陽花を想い作られたスイーツの展覧会が催されていた。
 スイーツ、と一口に言っても食べられるものから食べられない物まで様々。
 国内外問わず料理研究家やパティシエが競い合った菓子。
 作家達の食べられないが美味しそうな一品の趣ある展示は美しく。
 古民家開催という記念に、チケットは鈴揺れる紫陽花の根付であり、出展した呉服屋の着物体験会も開催されていた。
 好きな単衣を着付けてもらって楽しむ優雅な一日着物体験も、中々の盛況ぶり。
「似合うかな?」
「帯、お揃いに出来て良かったね!」
 微笑みあう二人の雪駄と草履は同じ歩幅で庭を行く。
 水を浴び、陽光を返す紫陽花は美しかった。
 先に喫茶室かそれとも展示室かと、入り口で渡された地図を広げたその時――。
 庭石に突き立つ乳白色の牙。
 一つ、二つ、三つ、四つ……!
『オマエたちの、グラビティ・チェインをヨコセェェェイ!!』
『オマエたちがワレらにムケタ、ゾウオとキョゼツは、ドラゴンサマのカテとナル!』
 振り下ろされた刃が、二人の命を斬り落とす。
 恐ろしいほど響く悲鳴は、命の気配が無くなるまで。

●五月雨、赤く
 机に並んだ資料の上は、広げられた紫陽花の写真で花壇のよう。
 青、赤、白と――淡い黄緑。
 どれもが不思議と愛らしいのは季節柄ゆえか。
 イベントらしい冊子を手に、美味しそうですと想像を巡らせるのはクィル・リカ(星願・e00189)と漣白・潤(滄海のヘリオライダー・en0270)。
「紫陽花スイーツですか……」
「ゼリーとムースと、練りきりもあるそうです……」
 いいですねぇ。
 二人の声が丁度重なったところで、気付けば揃っていた姿にハッと。
「み、皆さん、お集まりくださりありがとうございます」
 潤がワザとらしい咳ばらいを一つ。
 真面目な説明をしますよとアピールしてみる。
「クィルさんの不安通り、竜牙兵の襲撃が予知されました。急ぎ阻止をお願い致します」
 潤のファイルが広げられるのに合わせ、各々資料に目を通す。
 襲撃先は『五月雨紫陽花会』が催される古民家。
 出現竜牙兵は4体で、庭の開けた一角に出現するという。
「竜牙兵は全員バトルオーラを纏っており、防御が固いようです」
「この、一番近い二人は助けられますか……?」
 ざっと資料が読み上げられる中、クィルがそっと尋ねる。
 不安気な顔に、潤が頷き一つ。
「大丈夫です。今回、竜牙兵到着の少し前に潜入が叶います」
 だが、予知をずらさないよう事前に二人の保護は叶わない。
 してしまえば竜牙兵は別の場所に出現し、被害甚大になることは免れないためだ。
「助けられるならよかったです……みなさんも紫陽花も、必ず」
「竜牙兵を撃破したあと、皆さんも紫陽花観賞を楽しんでらしてくださいね」
 ホッとしたクィルが潤の言葉にパッと顔が明るくなる。
 そうですね、と笑って向うのはヘリオン。
 少し楽し気に揺れる尻尾に心が現れていた。


参加者
ゼロアリエ・ハート(紅蓮・e00186)
クィル・リカ(星願・e00189)
アリッサ・イデア(夢亡き月茨・e00220)
朝霞・結(紡ぎ結び続く縁・e25547)
アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)
ノルン・ホルダー(黒雷姫・e42445)
天淵・猫丸(時代錯誤のエモーション・e46060)

■リプレイ

●牙雨
 雨は降らねど薄曇り。
 香る水の気配は湿気ゆえか。鮮やかな紫陽花の中を、ちりりちりりと鈴が行く。
 ライドキャリバーのライキャリさんと共に歩むゼロアリエ・ハート(紅蓮・e00186)の視界には、常に件の二人の姿。
「楽しい日は楽しいままが一番、ってね」
 軽やかに奏でる口笛は気分任せな明るい歌。
 ふと耳を擽る虫の音に、朝霞・結(紡ぎ結び続く縁・e25547)の黒い猫耳がふるり。尻尾は好奇心旺盛に右へ左へゆっくりと。
「本格的な紫陽花の時期はもう少し先、かな?」
「たしかに梅雨の前ですが、どの色も綺麗でにゃんすなぁ」
 指先で触れた若苗色の紫陽花より鮮やかな瞳を瞬かせた天淵・猫丸(時代錯誤のエモーション・e46060)も、興味津々に首を巡らせて。
 そう穏やかに出来たのも、ここまで。
 風切る音が迫る――猫耳を震わせたノルン・ホルダー(黒雷姫・e42445)が空を見た。
「来るよ!」
 次の瞬間、竜牙が庭石に突き立たつ。
『オマエたちの、グラビティ・チェインをヨコセェェェイ!!』
『オマエたちがワレらにムケタ、ゾウオとキョゼツは、ドラゴンサマのカテとナル!』
 近くに居た二人に振り下ろされた拳にゼロアリエとライキャリさんが滑り込む。
「いくよ、ライキャリさん!」
 ウォオオオオンと唸ったエンジンは咆哮の様に。
 言葉と同時に展開された二つのアリアデバイスが共鳴する。伸びやかに鮮やかに紡ぐ、マリオネットの花束。
 誘うようなゼロアリエの歌声には、ライキャリさんのガトリング掃射の拍手を。
『グアアアアッ』
『オノレェェェ!』
『キサマは、ケルベロスッ……!』
「はい、ケルベロスです」
 気を惹く様にと濃紺の爪先添えて振るうクィル・リカ(星願・e00189)が、ライトニングロッドを回す。
 くるりと杖先で廻す天球儀に召喚するは、真白き氷河期の――。
「冬よ、凍てる精霊よ、悪しき彼の者を鎖せ」
 詠うクィルに呼応する精霊が一息吹く。
 すればゼロアリエが冷やした以上に外気が冷え、季節外れの寒気の中に白い息が遊ぶ。
 奔る氷は生き物のように竜牙兵を捉えるや重なり合って深く骨を食む。
『コノッ、離セ……!!』
『焦ルナ、ケルベロスヲ殺セ!』
「頼りにしているわ、わたしのいとし子。……さあ、殺せるものならしてみなさいな」
 吊り上げるアリッサ・イデア(夢亡き月茨・e00220)の紫眸が笑う。
 翻る裾。振り上げられた昏き夜燃える斧。
「できるものならば、ね」
 ゼロアリエとクィルの氷に食まれ、ライキャリさんの弾丸が削った骨達。
 最も近い一体に容赦無くLa Richtiaを振り下ろす。
『ガッ……グゥッ?!』
 ずどん、と重い音で叩き斬られ燃える身をリトヴァが背後から打つ。
 鋭いアリッサの刃に足をふらつかせた竜牙兵が敢え無く潰えれば、リトヴァとアリッサが小さなハイタッチ。
 息の合った攻撃に歯軋りをした竜牙兵達が吼え構える。
『思イ通リニ等サセェン!』
『全員、死ネェェェェェッ!!』
『潰ス』
 ごうと立ち昇る三体のバトルオーラ。
 威圧するように燃え盛るオーラを素早く圧縮し、放つ。
「メロ」
「リトヴァ」
「させないよ、っと!」
 呼ばれる相棒の名が二つ。残る一つにはゼロアリエが構えた烏羽色のオウガメタルが。
 滴る血も煌めきも竜牙兵が望むほどのものでなく。
 むしろ、本来はゼロアリエ達に庇われる二人の人間こそを狙っていたというのに。
 狙われた二人と言えば、守ってくれたケルベロスに目を輝かせているではないか!!
『オノレェェェ!!!!』
 怒りの叫びを掻き消す様に、爆煙。
 後衛の背から立ち上る鮮やかな雨色煙の中、結が竜牙兵をくすりと嗤う。
「誰がグラビティチェインをより多く持っているか……知ってるはずなのに」
 くすくす、ふふふ。
 ミャウミャウ、ミャア。
 主に倣うように、しなやかな身と羽で羽搏くボクスドラゴンのハコも嗤えば、ぐるりと竜牙の頭蓋が二人を睨め付け。
「戦えない人を、狙うの?おかしいね、ねハコ」
「ミャァウ」
 結の言葉に頷いたハコが鋭い体当たりで竜牙兵を突き飛ばせば、堅牢な箱が腕を折る。
『小癪ナ真似ヲォォォォォォ!!』
「困ったものだ。さ、こちらへ……メロ、頼んだぞ」
 膠着した今こそ好機。
 朝焼け色の翼羽搏かせたアルスフェイン・アグナタス(アケル・e32634)が相棒のボクスドラゴン メロに背を預け、二人を密かに安全な場所へ誘って。
「ルルルルァ」
 歌うような、泡弾けるようなメロの鳴き声。
 ふう、と吹かれた泡の波が撃ったのは、アルスフェインが教え込んだ通り弱った一体。
『ウ、ウウウウウ!!!』
『あのチビを捕マエロ!』
『撃チ落トセ』
「いつものことだけど、イベンド事になると現れるよね」
 強力な泡が炸裂し悶える仲間に竜牙兵が焦る中でのんきな声。
 溜息ついたノルンの手には、淡く輝くゾディアックソード。
「いつも通りに邪魔しちゃうね」
 当たり前のように言い放つノルンに竜牙兵が身構えようとした時だった。
 刃一振り。瞬く間に凍てるオーラが三度骨を食らって。
 みしりきしりと骨軋む中、こちらも三度目の狼煙が上がる。
 にゃんと笑うはしっかりと親指で爆破スイッチを押す猫丸。
 ピンと立った耳も尻尾も衰えず、くるりと回る瞳細めて竜牙兵を見て。
「いやはや……人の命も紫陽花も、このような形で散らす訳にはいきませぬゆえ!」
「花愛でに血も悲鳴も要らんのさ」
 猫丸の言葉に是と言ったのはアベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)。
 紫煙ではなく、また冷え始めた空気に白い息をふうと泳がせて。
「姫さんもそう思うだろう?なぁ、」
 白雪。
 アベルに絡む白き身。瞳孔開き、ゆっくりと口開く白竜が飛び出した。
 天衣無縫と言って差し支えない遊泳は刃のよう。
『ギャアアア!!』
『コノッ、コノッ!!』
『ガ、ア』
「今日のお姫さん、ご機嫌ナナメなもんで」
 お前さんらに相手ができるかね?笑うアベルは決して止めず。
 竜牙兵がどう構えようと隙を打たれる。骨食む氷が髄さえ冷やす。
 いつの間にか、悲鳴さえもが氷椿に侵食されて。骨共は氷像となりかける。

●八ツ傘
 オノレと叫んだ竜牙兵はどれだったか。
 軋む氷を互いに一つずつ溶かしたところで、何も変わることなど無かった。
 結とアルスフェインの間断ない治癒。
 最後衛で最善を伺い成し続ける二人と支えるメロとハコの絆を、竜牙兵は崩せない。
「回復役の矜持、舐めないで!」
「ミャアウ」
『オォォォオオオオオ!!』
 咆哮。
 終わることのない氷河地獄に、傷口広げる攻撃に、とうとう竜牙兵が見切りをつける。
 一つでも多く。一人でも多く戦功を。
 焦る心が輪を乱す。
『殺セ、殺セ、殺セ!』
『憎悪ヲッ!拒絶ヲッ!刻ミ込メェェェェェ!!』
「おや、その紫陽花を傷つけさせるわけにはいかないな」
 朝焼けの翼に日輪の如き聖光。
 アルスフェインが竜牙兵の罪を照らせば、悔いよ改めよと重き氷が骨に歯を立てて。
 重ねたメロの体当たりが、這う這うの体の一体を破壊した。
 アルスフェインに重ねる様にクィルが一歩。
「遍く炎、紫の路。誘い行くは――……死出の旅」
 呪いの様なクィルの言葉に火が燈る。
 ぼうっと竜牙兵を照らす紫焔。竜牙兵が見たまほろは己を重用する主の姿。
 焦がれ焦がれた誘いに、飛んで火に入る夏の虫。
『ドラゴンサマ、ドラゴンサマ……!!』
『ア、 あ、アアアアア』
 いつか見たゆめ。ただのゆめ。
 叶わぬからこそあまりに甘美なる闇を、アリッサの水晶爪が引き裂いて。
「もうお終いにしましょうね」
 リトヴァ、と呼ばずとも少女は動く。
 アリッサの目配せに口角を上げ、細い指先の操る石が竜牙兵の頭蓋に突き刺さる。
 それでもまだ、竜牙兵が立つ。
『オオオオオオオオオオオオオオ!!!』
『マダ!マダ、マダ!ドラゴンサマノ――……』
「槍神解放」
 ノルンの髪が、瞳が、きろきろと朱く燃える。
 翻る紅のドレス鮮やかに、槍神を降ろしたその身はまるで戦神。
 短い呼吸の後にノルンの繰り出した神速の突きが、鋭く竜牙兵を貫いた。
『カハッ……!』
 次いで、アベルがずるりと刃を抜く。
 僅かに漏れ聞こえる呪詛がゾディアックソードに絡みゆき――。
「なぁに、逃がさんよ」
 囁いたアベルが刃一振り。
 鮮やかに美しい軌跡が、深く迷わず竜牙兵の首を転がした。
「ライキャリさん、お願いね」
 ちかちかと呼応するライト。煙吐くエンジン。
 ゼロアリエ乗せたライキャリさんが走る。
 風を切り庭石を坂に、ウォンと――。
「最後まで一緒に守ろう……さぁ、行こうか!」
 容赦なくライキャリサンの一輪が竜牙兵を轢き潰す。
 軽やかに飛び降りたゼロアリエが空中を泳ぐ。絡繰遊戯に纏う炎が、竜牙兵を焼いた。
「さぁて、一つお立合い」
 すぅと空気を吸って、翠の眼吊り上げた猫丸の犬歯が覗く。
 ニッと笑って振るう袖。取り出したるは筆一本。
「わちきの手に掛かれば、どんな堅牢な守りもこれこの通り!」
 墨、一閃。
 断ち切るように引かれた一筆が、装甲ごと骨を断ち切った。

●雨の花
 がしゃりと潰えた骨が最後。
 曇っていた空がゆっくりと晴れていく。
「おっ、良い日和でにゃんすなぁ」
 手を翳して空を見上げる猫丸に、ふと笑み零したところで皆ゆっくりと肩を下ろす。

 かろかろかろり。
 下駄を鳴らして庭石を歩くのは猫丸。
 ふんふふんふふんと鼻歌交じりに袖を合わせて歩み、淑やかな庭で深呼吸。
 梅雨の走入の匂いを胸いっぱいに吸い込めば、とんと頭に浮かんだ一句。
「五月雨を 待ちて華やぐ 浅葱色」
 静々と詠んだ猫丸が、一拍の間をおいてふっと笑う。
 ぺちりと扇子で額を打って、いやはやと首を振って溜息を一つ。
「……ふんむ、どうにもわちきには句を詠む才が乏しいようで!」
 いやはやにゃんとも難しいものでにゃんすなぁ、と足を向けたのは特別な縁側。
 開いたパンフレットの練りきりと限定の抹茶に躍る心は尻尾の揺れが正直に。
 と、そんな特別縁側に先客一人。
「ん、これは中々だね。苦いかと思ったら、そうでないのもあるのかな?」
 緑鮮やかな抹茶にノルンが舌鼓。
 金継ぎ鮮やかな黒椀は手にしっかりと馴染み、機嫌よく尻尾がゆらゆら。
 庭から聞こえる虫の音に、ふるりと黒い耳が震える。
「あとで、喫茶室も行ってみよ」
 赤い紫陽花の練りきり一口。
 この一時くらい、戦士が頬緩ませても許されるもの。
 ふわふわと結の耳が揺れる。
 ぺたぺたと鰭の様な足で歩くハコと歩幅を合わせて紫陽花の中を行く。
「ハコ、後で皆に何かお土産買って行こっか?」
「ミャア、ミャアウア」
 きゃいきゃいとハコが笑えば結も自然と笑顔になって。
 ヒールする結に倣ってハコも属性をインストールすれば丁寧に再生されていく。
 散歩がてらのヒールは数十分もすれば終了。
 次は、と結が首を巡らせた時、ハコが裾を引く。ぺちぺちと鰭が指す先には喫茶室。
 すんと鼻を鳴らせば、鼻腔を擽る茶の香り。
「せっかくだから寄って行く?」
「ミャ!」
 わあいと笑った相棒と二人、ゆっくりゆっくり庭を行く。
 ちり、ちり、と帯に差した根付の鈴が歌う。
 アリッサの前を行くリトヴァの歩みも鈴の音は賑やか。
 時に紫陽花に触れては身振り手振りで笑い、葉の上に蝸牛を見ればアリッサを呼ぶ。
「リトヴァ、あまり行き過ぎてはダメよ」
 無邪気に手を振る姿は“元気な女性”。
 まるでリトヴァの横で咲く赤紫の紫陽花の言葉のよう。
 愛しい光景――の、はず。
 ああこれが、少女が、生前の様に紫陽花の瞳瞬かせ笑ったならば。
 アリッサの瞼の裏でぐるり巡っては幾度も行きつく“もしも”は“もしも”に過ぎず。
 幾度瞬いても景色は同じ。
 唇を噛みしめかけたアリッサの手を、いつのまにか横にいたリトヴァが引く。
 一緒に行こう、と頬染める手をアリッサは無意識に握り返した。
 ライキャリさんと庭を巡り終え、展示室で食べられない一品に揃って唸り。
 最後に訪れたのは喫茶室。
 ケルベロスさん!と顔を明るくした店員に、あれよあれよと勧められたのは特等席。
「すっごい綺麗!ありがと!」
 庭を一望出来る窓辺の席に腰を落ち着けたところで、ふと庭に見えた黒いスーツ。
 アベルだ。窓越しでやや離れているから声は聞こえないだろう。
 が、ふと良いことを思いついたとゼロアリエは目一杯手を振る。すれば、丁度顔を上げたアベルが気付いて。
 ――というのが数分前。
「驚いた。丁度あそこのヒールも終わったし……ここ、良い席だな」
「ね!折角だからさ、アベルは何にする?」
 視界の端に見えた庭を行く人々の着物に、密かにアベルの思い出が覗く。
 僅か幽かに漏れ出す過去に、そっと蓋。
「色々あって迷っちまうな……――さて、」
 選んで暫し。
 お待たせしました、と机に並ぶ菓子菓子菓子。
「この練りきり、香りが良い。もしかしてハーブと柑橘……甘夏か?」
 アベルの言葉に運んだ店員が微笑んだ。
 曰く、折角の催しだからと拘った職人がバタフライピーの青を使って餡を染め、グラデーションには花の青を紫に変えるため、旬の甘夏を選んだという。
「アベルそういうの詳しいんだ!そういうのも良いかな。んーこれはー……あっ!」
 葉のチョコレートが洒落た白紫陽花のムースを頬張ったゼロアリエが目を見開く。
 口にした瞬間溶けたミルクムースの中、染みるほど甘酸っぱいクランベリーソース。
 次に口にしたチョコレートの葉はビターながら、またミルクムースが食べたくなる。
「これやばいかも」
 妙に癖になる感覚に、もう一口二口手が進み、気付けば皿は綺麗になって。
「……ゼロアリエ、大丈夫か?」
「俺、これお土産にする!きっと喜んで貰えると思うんだ!」
 突然の一言にアベルは驚くも、ふと瞳を緩めて。
 それにはきっと紅茶が合うぞと、カップを傾け呟いた。
 庭散策を終え、足を向けた喫茶室。
 二人と一匹で密かに囲む丸テーブルは楽しくて。
「クィルくんのお眼鏡に適うものはあるかい?」
「そうですね……」
 メニューの中、クィルの視線が右に左に上から下へ。
「青紫陽花の練りきりと、白紫陽花のムース。それと三色紫陽花のゼリーを」
「ふむ……俺は赤紫陽花の練りきりと、こちらに紫紫陽花のムースを一つ」
 と注文して暫し。
 一気に華やいだ机上をクィルがぱしゃりと一枚。
「その写真、彼にも見せるのだろう?」
「あ、アルスさんっ」
 頬染めた向かいの青にアルスフェインはしれっと。
 涼しい部屋で口にした緑茶が心も温めて。
 細工細かい菓子も一口含めば幸せの味。
「……で、次はどちらに行くか決めているかい?」
「あ、あのね、和小物も買いたいんです」
 次いでクィルが紡いだ名にアルスフェインは微笑んで。
「勿論良いとも。大切な人への贈り物はなによりも大事な事だ」

 行先決まれどまだ日は高く。
 華やかな一時はただ穏やかに。

作者:皆川皐月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。