メイド・イン・ヘル

作者:土師三良

●宿縁のビジョン
 新月の夜。
 築三十五年のマンションの屋上にルイアーク・ロンドベル(叡智の魔王・e09101)の姿があった。
 彼にしては珍しくシリアスな顔をして(本人は常時シリアスに振舞っているつもりなのだが)、足元に置いた花束をじっと見つめている。
 しかし、一人きりの静かな時間は唐突に終わりを告げた。
 背後から名を呼ばれたことで。
「あんた、ルイアーク・ロンドベルね?」
 振り返ると、そこには銀髪の少女がいた。
 その愛らしい顔立ちとメイドめいた衣装の取り合わせは多くの男子の心を蕩けさせることだろう。
 体の一部が機械化されていなければ。
 柄や鍔に歯車が仕込まれた巨大な剣を手にしていなければ。
「……何者ですか?」
「キャシー・ヴァーシニャ」
 ルイアークの問いに応じてそう名乗り、少女は剣の切っ先を突きつけた。
「死んでもらうよ、ルイアーク」
 デウスエクスらしき美少女がいきなり目の前に現れて死刑を宣告する――そんな尋常ならざるシチュエーションに放り込まれた時、まともな人間ならば、パニックに陥るかもしれない。
 しかし、非日常的な言動で日常を彩る術に長けた(ようは中二病である)ルイアークはこのドラマチック(?)な展開を迷うことなく受け入れ、肩を小刻みに揺らして笑ってみせた。
「くっくっくっ。魔王たる私に挑むとは……太陽に近付き過ぎて身を滅ぼしたイカロスの悲劇を再現するも同然ですよ。もっとも、その悲劇の中での私の役どころは蝋の翼を溶かす太陽ではなく、暗黒の縁に魂を飲み込む闇の月ですがねぇ」
「うっさい、バーカ。そういう芝居がかったクサい台詞には飽き飽きしてんのよ」
「飽き飽きもなにも貴方とは初対面のはずですが?」
「うっさい、バーカ。あんたのことじゃないわよ」
「では、誰のことですか? まさか……」
「うっさい、バーカ。あんたに教える義理はないでしょうが」
「……貴方、語彙が貧しすぎやしませんかね? 『うっさい、バーカ』ではなく、『沈黙の価値を知らぬとは愚かなり』くらいは言ってくださいよ。でないと、盛り上げらないでしょう」
「うっ、さっ、いっ! バァ~~~カ!」
「……」
 さすがのルイアークも少しばかりイラッとしたが、一秒も経たぬうちに気を取り直した。この程度のことでペースを崩されては『魔王』など自称できるはずもない。
「では、お望み通り――」
 体を捻るようにして奇妙なポーズを決め、叡智の魔王は戦いの始まりを宣言した。
「――悲劇の幕を開けてさしあげましょう! 堕ちよ、イカロス!」
「うっさい、バーカ!」

●音々子かく語りき
「大変でーす!」
 ヘリポートの一角に並ぶケルベロスたちの前に、ヘリオライダーの根占・音々子が息せき切って現れた。
「東京都荒川区にあるマンションの屋上で、ルイアーク・ロンドベルくんがデウスエクスに襲撃されちゃうんですよー!」
 そのデウスエクスの名はキャシー・ヴァーシニャ。半機械化した螺旋忍軍である。語彙はおそろしく貧しいが、頭は悪くないらしい。それどころか、相当な知識を有していると考えていいだろう。半機械の体を手に入れて(ダモクレスの技術を盗んだのかもしれない)維持できるほどの知識を。
「見た目や喋り方から受ける印象と違って、実はインテリ忍者というわけです。もしかしたら、ルイアークくんを狙う理由も、彼の知識とか脳そのものを研究だの実験だのに利用するためかもしれません」
 ルイアークのことを知る同僚たちの中には『あいつの脳に研究価値なんてあるの?』と首をかしげる者も何人かいたが、そんなリアクションに気付くことなく、音々子は声を張り上げた。
「まあ、敵の目的がなんであれ、叶えさせるわけにはいきませんよね! 皆さんの力でルイアークくんを助けてあげてください!」


参加者
リーズレット・ヴィッセンシャフト(焦がれる世界・e02234)
アルケミア・シェロウ(ユーリカ・e02488)
忍足・鈴女(にゃんこマスタリー・e07200)
ピリカ・コルテット(くれいじーおれんじ・e08106)
ルイアーク・ロンドベル(叡智の魔王・e09101)
瑞澤・うずまき(ぐるぐるフールフール・e20031)
有枝・弥奈(二級フラグ回収技師・e20570)
スノー・ヴァーミリオン(深窓の令嬢・e24305)

■リプレイ

●メイドとは「冥府の徒」なり
「堕ちよ、イカロス!」
 体を捻るようにして奇妙なポーズ(常軌を逸した情熱家のごとき立ち方。略して『ジョジョ立ち』)を決め、ルイアーク・ロンドベル(叡智の魔王・e09101)は叫んだ。
 メイド姿の刺客――キャシー・ヴァーシニャに向かって。
「うっさい、バーカ!」
 と、悪態を返したキャシーの背後で被り気味に怒声が響いた。
「バカはどっちだぁーっ!」
「……え?」
 眉をひそめて振り返るキャシー。
 そこにいたのはメイド姿の有枝・弥奈(二級フラグ回収技師・e20570)。ルイアークと恋人関係にあるという実にもの好きな人派ドラゴニアンの娘だ。
 戦場たるマンションの屋上に現れたのは彼女ばかりではない。夜空を翔けるヘリオンから十数人のケルベロスが次々と降下し、ルイアークとキャシーを取り囲んだ。
 なぜか、大半の面子が弥奈と同様にメイド服を着ていた。女性陣ばかりではなく、五十路のバツイチ男のヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)までもが。
「なんで、そんな恰好してるわけ?」
 冷ややかな眼差しで皆を見回すキャシー。自分もまた浮世離れしたメイド服を着ているという事実からは目を背けているらしい。
「しかも、そんな子供まで……」
 と、キャシーが指さした相手は新条・あかり。
「魔王ルイアーク殿にはお父……いや、因縁浅からぬ者との対峙にあたり、助力をいただいたのでな。その借りを返しに来た次第」
 キャシーの指先を見据え、メイド姿のあかりはそう言った。ルイアークに合わせて中二病的なテイストを醸し出すべく、慣れぬ口調を使って。
 そんな愛らしくも痛々しい少女の横には、さもメイドたちの主人であるかのような顔をして玉榮・陣内が立っていた。
「いやいやいやいや」
 キャシーの絶対零度の視線を受けると、あかりの遙か年上の恋人である陣内は首を左右に振った。
「そんな目で見るな。この娘が自発的にメイド服を着たのであって、俺が強要したわけじゃない。いや、ホントに」
「なぜ、私たちがメイドさんの格好をしているのかというと――」
 と、陣内の弁明に割り込んでキャシーに語りかけたのはピリカ・コルテット(くれいじーおれんじ・e08106)。もちろん、彼女の衣装もメイド服である。
「――『目には目を、メイドにはメイドを』だからでぇーすっ!」
 意味が判らない。
「ふっふっふっ……この常闇の堕天使には夜が似合うな」
 ピリカの横でオラトリオのリーズレット・ヴィッセンシャフト(焦がれる世界・e02234)が笑った。もちろん、彼女の衣装もメイド服である。
「ヴァルハラの戦士たちが加勢に来たぞ、我が友よ! 今こそ、力を解き放つのだ!」
 中二病的な台詞を口にした後、自称『常闇の堕天使』は注釈を加えた。
「字に起こさないと判らないだろうから説明しておくが、『ヴァルハラ』というのは『悠久』という言葉に振られたルビだからな」
 どうでもいい。
「えーっと……標的は逃がさない? 自己主張など……笑止?」
 リーズレットに続いて、瑞澤・うずまき(ぐるぐるフールフール・e20031)も中二病的な口上を述べ始めた。目を泳がせながら、たどたどしい語調で。もちろん、彼女の衣装もメイド服である。
「語らずとも……見ているがいい? ボクの腕(かいな)で搦め取る……白髪の悪魔、ここに……参上?」
「おまえ、思い切りテンパってんじゃねえか! 疑問系でもないのに語尾が上がりまくってるし! ちょっと、どけ。カッチョいい名乗りのお手本を俺が見せてやっから」
 うずまきを押しのけるようにして、ヴァオが前に出た。
 そして、『カッチョいい名乗りのお手本』とやらを見せようとしたが――、
「擾乱の兆しあるところ、真紅と黄ご……」
「やっほー。来たよー」
 ――アルケミア・シェロウ(ユーリカ・e02488)が軽い調子でルイアークに声をかけたことによって、ご破算となった。
 もちろん、彼女の衣装もメイド服である。

●メイドとは「迷える途」なり
「軽いノリはやめていただけませんかね! 曰くありげな敵が現れたのですから、シリアスに盛り上げてくださいよ!」
 ルイアークが抗議の声をあげた。
 抗議の相手はアルケミアだが、彼女が反応を示すよりも早く――、
「うっさい、バーカ! いつまでも集団コントみたいなことやってんじゃないわよ!」
 ――キャシーが回し蹴りのようなモーションを見せた。
 次の瞬間、雷光を帯びた無数の小さな凶器がケルベロスの前衛陣の体のそこかしこに突き刺さった。キャシーのブーツの踵から発射された三角錐の物体。それらのすべてが命中したわけではないが、外れた物も無駄にはならなかった。地面に撒き散らされ、行動を阻害する罠と化したのだから。
「マキビシか? そんな大時代な代物、この常闇の堕天使が一掃してやる!」
 棘の鞭を思わせる形状のケルベルチェインがリーズレットの手から伸び、マキビシだらけの地面に魔法陣が描かれた。ポジション効果によってキュアを得たサークリットチェイン。前衛陣の傷が癒され、防御力が上昇し、マキビシによる悪影響の幾許かが消えた(さすがに『一掃』とはいかなかった)。
「ありがとうございますっ! かーらーのー! こんちわーっ!」
 前衛陣の一人であるピリカがリーズレットに礼を述べ、改めてキャシーに挨拶した。ポジティブ思考に裏打ちされた元気な声が眩しい光に変わり、彼女と周囲の仲間たちに命中率上昇のエンチャントを付与していく。
 更にアルケミアがルイアークにマインドシールドを、ボクスドラゴンの響がピリカに属性インストールを、ウイングキャットのねこさんがすべての前衛に清浄の翼を施した。
 そして、翼を動かすねこさんの下でヴァルキュリアのスノー・ヴァーミリオン(深窓の令嬢・e24305)が身構えた。ちなにみヴァオを口車に乗せてメイド服を着るように仕向けたのは彼女だ。もちろん、彼女自身の衣装もメイド服である。
「モーションだけの蹴りに本物の蹴りで対抗……と、思ったけれど、命中率が低すぎるわね」
 旋刃脚を放つ寸前で思いとどまり、ガトリングガンを連射するスノー。
 その銃弾の雨が止むと同時に一本の針が飛んだ。レプリカントの忍足・鈴女(にゃんこマスタリー・e07200)が『金鎖(キングサリ)』なるグラビティを用いたのだ。もちろん、鈴女の衣装も(以下略)。
「ルイアーク殿は『曰くありげな敵』などと言っていたが――」
 針がキャシーに命中したのを見届けて、鈴女は誰にともなく問いかけた。
「――いったい、どんな曰くでござろうな? その一、実は昔のカノジョ。その二、前世でルイアーク殿に仕えていたとか思い込んでいるデンパな痛女。その三、ルイアーク殿に強引にメイド服を着せられた被害者」
「言っておくけど、私は強引に着せられたわけじゃないから!」
 と、話を振られたわけでもないのに『その三』の部分に反応しながら、もの好きな弥奈がドラゴニックハンマーを砲撃形態に変えた。
「てゆーか、こいつの正体なんかどうでもいい。どう考えたって、敵以外の何者でもないし。だけど、もし『その一』だった場合、ルイアークは後でツラを貸すように!」
 叫びとともに竜砲弾が炸裂し、キャシーの姿が爆煙に包まれる……と、思われたが、すぐに煙の奥から飛び出してきた。
 それを迎撃するべく、簒奪者の鎌を手にしたルイアークも走り出す。
「ところで、彼は元気ですかね?」
 キャシーに向かって突き進みながら、ルイアークは問いかけた。もっとも、『彼』なる者のことは当のルイアークも知らない。ただのブラフだ。
「カマかけてんじゃないわよ、バーカ! どうせ、あんたはあいつのことなんて覚えてないでしょうが」
 キャシーはブラフを見抜き、ついでにルイアークのドレインスラッシュも躱した。
「ええ、認めましょう! 確かに私はカマをかけました!」
 鎌の空振りで生じた体の捻りを利用して、またもや『ジョジョ立ち』を披露するルイアーク。
「しかし、今の貴方の軽率な発言で確信できましたよ。私の過去にかかわる何者かのことを貴方は知っている、と……」
「うっさい、バーカ!」
「ちなみに貴方が言ったことは正しいですよ。私は『あいつ』とやらのことを覚えていません。幼き頃の記憶は安寧の日々という波に洗われて磨耗し、欠片も残っていませんから。魔王たる私の過去に興味津々な皆さんにとっては残念なことでしょうがねぇ」
「べつに興味津々じゃないけど……」
 遠慮がちに否定しつつ、うずまきがルイアーク(まだ『ジョジョ立ち』を維持していた)の横を駆け抜けて、キャシーに縛霊撃をぶつけようとした。
 しかし、キャシーは素早く回避し、続けざまに繰り出されたウイングキャットのだいごろーの爪攻撃も、オロトロスのイヌマルの神器の剣も次々と躱してみせた。
 そして――、
「このディカブラースを食らっときなさい!」
 ――柄に歯車が仕込まれた大刀をルイアーク(ようやく『ジョジョ立ち』を解除した)めがけて振り下ろした。
「いたたたーっ!?」
 と、斬撃を浴びて悲鳴を発したのはルイアークではなく、ピリカだった。身を挺して庇ったのである。
 彼女の頭上を飛び越えて、アルケミアが撲殺釘打法の一撃をキャシーに見舞った。
「武器の名前をわざわざ口にするなんて……こいつも中二病入ってない?」
「うむ。ルイアーク殿に対する敵意の根底にあるのは同属嫌悪かもしれぬでござるな」
 アルケミアの言葉に頷き、鈴女がレゾナンスグリードを仕掛けた。捕食モードとなったブラックスライムがキャシーに絡みつき、更にボクスドラゴンのプリムとタイプ・ドローンがブレスで追撃する。
「うっさい、バーカ! バカ、バカ、バァーカ!」
 スライムと格闘しつつ、キャシーが怒鳴った。ルイアークの同属扱いされたのがよほど腹立たしかったのか、『バカ』の数が多い。
「バカという奴がバカとはよく言ったものだ……」
 神崎・晟がヒールドローンの群れを飛ばした。メイド姿で『紅瞳覚醒』を奏でるヴァオをちらりと一瞥して。
「なんで、俺を見るんだよ! 俺は『バカ』って言ってないから、バカじゃないぞ! バーカ!」
「……」
「いや、ツッコめよ! 『今まさに言ってるだろ』ってツッコめよぉーっ!」
「……」
「無視すんなー!」
「うっさい、バーカ!」
 晟の気持ちを代弁するかのようにキャシーがまた怒鳴った。
 そんな彼女にドラゴニックハンマーの砲口を向けたのは御子神・宵一。
「拗ねて帰ったりしちゃダメですよ、ヴァオさん」
 と、まだ喚き続けてるヴァオに対して苦笑混じりに釘を刺した後で――、
「あかりさんと同様、俺もルイアークさんにはお世話になりましてね。今度はこちらがお礼をする番です」
 ――宵一はキャシーめがけて轟竜砲を発射した。
 またもや竜砲弾が炸裂し、爆煙が巻き起こる。
「俺ァ、べつにロンドベルに借りはないかな」
 そう言いながら、志藤・巌がリーズレットに『Enchant Blaze』を施し、ジャマー能力を上昇させた。
「しかし、大事な仲間のピンチってやつを指くわえて見とくわけにはいかねえ」
「巌さんも大袈裟ですね。この程度のことはピンチのうちに入りませんよ」
 なんの根拠もない自信を誇示しつつ、ルイアークが爆煙めがけてバレットストームを浴びせた(敵は単体なので効率的な攻撃とは言えないが)。
「うっさい、バー……くぁっ!?」
 爆煙の奥からキャシーが姿を現し、おなじみの悪態をつこうとしたが、それは途中で苦鳴に変わった。横から飛んできた光の粒子群――ヴァルキュリアブラストに弾き飛ばされたのだ。
 空中で体勢を直し、屋上の端に着地するキャシー。
 その悔しげな視線の先で粒子群が実体に戻り、嘲笑を浮かべるスノーが現れ出た。
「キャシーさんとか言いましたっけ? 貴方、随分と優しいわねぇ」
「や、優しい?」
「だって、そうでしょう。ルイアークに対して『バカ』程度で済ましているんですもの。もし、妾(わらわ)が罵るなら、『メイドさんが好き過ぎて研究所を潰しかけてるこの変態が!』くらい言ってやるわ。それから『そもそも研究所をつくったのも変態的な動機なんじゃありませんこと?』と付け加えるわね。ついでに……」
「そのへんでいいでしょう!」
 と、毒舌の奔流をルイアークが塞き止めた。
「まったく、もう! スノーさんといい、他の皆さんといい、私を助けるためじゃなくてイジり倒すために来たのですか!?」
「うん。そうでござる」
「鈴女さん、そこで頷かない!」
 ……というような具合に、キャシーが言うところの『集団コント』に興じるルイアークであったが、ほんの一瞬だけ道化の仮面を消し去り、戦場の端にいる者に目をやった。
 彼に似た顔立ちの娘。
 双子の妹のレイアーク・ロンドベルだ。
(「おまえは覚えているのかい、レイ? 私が忘れてしまった過去を……」)

●メイドとは「明るい灯」なり
 戦いとコントが同時進行している戦場に新たなサークリットチェインの魔法陣が描かれた。
 鎖を手にしているのは玄梛・ユウマだ。
「ついこの間もメイドがらみのデウスエクスが現れましたが……メイドって、流行っているんでしょうか?」
「流行ってなどいませんよ、ユウマさん」
 と、ルイアークが言った。
「メイドさんへの愛は流行ではなく、人類の普遍的な嗜好なのです。ネコがマタタビを好むからといって『ネコの間でマタタビが流行っている』とは言わないでしょう?」
「なるほどー」
「納得してんじゃないわよ、バーカ!」
 感心しているユウマを罵りながら、ケルベロスたちに猛攻を加えるキャシー。
 それに怯むことなく、ピリカがライトニングボルトを撃ち出した。
「バカって言うほうがバカなんですよぉーだ! 晟さんもそう言ってたじゃないですかー!」
 続いて、うずまきもキャシーを攻撃した……が、様子がおかしい。
「一方的に想いを押しつけても……ダメだよ……受け入れてほしければ、周りから……追いつめなくちゃ……ゆっくりと……じっくりと……」
 言葉を途切れ途切れに吐き出し、死んだ魚のような目でキャシーを見据えて、包丁を何度も突き立てて(という態で達人の一撃で攻撃して)いる。
「た、大変だぁー! うずまきさんがヤンデレモードになってるぅーっ!」
 リーズレットが慌ててうずまきの背後に回り込み、巨大な肉球グローブで顔を両側からマッサージした。『にくにくきゅうきゅう♪』というヒール系グラビティである。
「えへへー。癒されるぅ~」
 うずまきは振り返り、笑顔を見せた。本来の彼女に戻ったようだ。
「あ、あのヤンデレモードは演技よね? 素じゃありませんわよね?」
「……そう願いたいでござる」
 青ざめた顔をして囁き合うスノーと鈴女。
 一方、キャシーの顔も青ざめていた。血(機械化しているため、それ以外の液体も含まれているだろうが)を流しすぎたために。
「こ、ここまでか……」
 ルイアークを睨みつけて、キャシーは悔しげに呻いた。
「でも、良い気にならないでよ。仲間が来なければ、あんたなんか簡単に始末することができたんだから。正直、こういう展開は意外だったわ。あいつと同様、あんたにも仲間なんかいないと思ってたのに……」
「『あいつ』ってのが誰のことか知らないけど――」
 アルケミアがマインドソードをキャシーに叩きつけた。
「――ルイアークと重ねるのはやめろ。ルイアークはルイアークなんだから」
「ルイアークはルイアークゥ? ぷははははは!」
 血を吐きながら笑うキャシー。
「バーカ! そいつは『ルイアーク』ですらないわ! データ取りにしか使えない粗悪なコピーよ! そう、出来損ないの不良ひ……」
「うっさい、バーカ!」
 怒声がキャシーの言葉を断ち切った。
 叫んだのは弥奈。ただのもの好きではない娘。
「うっさい、バーカ!」
 ほぼ同時に妹のレイアークも叫んでいた。力の限り。
 そして、ルイアークがなにも言わずに『究極的完成式(アマデウス・イクスプローション)』を発動させ、強力なレーザーでキャシーにとどめを刺した。

「お騒がせして申し訳ありませんでした」
 屋上の一角に改めて花束を置き直し、ルイアークは静かな声で詫びた。
 かつて、この場所でデウスエクスの犠牲となった六人の家族に。
「おーい! お疲れパーティをするぞー!」
 後方からリーズレットが呼びかけた。
 もっとも、次の瞬間には後方ではなくなっていたが。
 鈴女に両肩を掴まれて――、
「なにをしんみりとしているでござるかー!」
 ――強制的に振り返らされたのだから。
「ルイアークのくせにシリアスな気分に浸ろうなんて一億年早いのではなくて?」
「とりあえず、これを食え!」
 スノーが容赦なく毒舌を吐き、アルケミアがピザ(とは呼べないような代物だったが)を強引に勧め、他の者たちもルイアークを取り囲んで好き放題にイジり始める。
「これですよ、これ! これこそが私の言った『安寧の日々という波』です! 嗚呼、このままでは幼少時の記憶ばかりか、魔王の威厳までもが波に洗われて磨耗してしまうーっ!」
 両手で頭を抱え、大袈裟に嘆いてみせるルイアーク。
 しかし、言葉に反して、その表情は楽しげだった。
『安寧の日々という波』が心地よかったからだ。
 とても心地よかったからだ。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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