黒禍の鶻

作者:宮内ゆう

●夜闇
 闇が侵食する。
 光のない暗黒の中においては目は役に立たない。
 だが、だからこそ研ぎ澄まされるものもある。
「いるんだろう?」
 アンゼリカ・アーベントロート(黄金騎使・e09974)は立ち止まり、どこにというでもなく声をかけた。
 ただし、返事はない。
「やれやれ……」
 正確な場所は分からない。だがそこにいる。
 そこにいて、自分へ殺気を放ち続けている。
「ああ、そうか。人前で喋るのが苦手なんだな。いや、私も分かるぞ。緊張して上手く喋れないことなどいくらでもあるさ」
 やはり返事はない。
「ああいや、無理に喋る必要はないと思うんだ。ほら、こういうときこそジェスチャーをだな……」
 そう言いながら、アンゼリカは何故かくねくね動き出した。
 ボディランゲージという奴。というか、なにしてんだかよくわかんない。
 それを隙とみたのか、気配が動いた。
 そして次の瞬間、その『敵』はアンゼリカの目の前に刃を突きつけていた。
「……神誅」
「ああ」
 その言葉に、アンゼリカは満足そうに頷き、不敵に笑った。
「やっと、声が聞けたな」

●闇の暗殺者
「うぅん」
 ヘリオライダーの茶太は首を捻った。
「……そんな暗いところでジェスチャーが見えるわけないじゃないですか」
 問題はそこじゃない。
「ああそうですね、現在アンゼリカさんと連絡が取れないのですが、これから襲われる未来が見えまして」
 相手はデウスエクス。
 さすがに一人では対処しきれるものではない。
「すぐに彼女を助けに行って下さい」
 とはいえいまからなら十分間に合う。
 抗戦開始直後に到着できるはずだ。
 町中の一角ではあるが、すでに一般人は退避済み。
 あとは敵を倒すだけでいいのだが、何しろ暗い。
 ほんの少し先も見えないほどだろう。
 見た目も闇に溶け込み、寡黙故に気配の察知も難しい敵。
 それだけでも十分な苦戦が見込まれる。
「まあ、明かりを用意するのが良いのかも知れませんが」
 光が生まれるということは、その分影は色濃くなるということだ。
 潜伏するものにとっては逆に有利に働くこともあり得るかも知れない。
「代わりにジェスチャーをみることは出来ると思いますけど」
 全く関係ない話。
「とはいえ……ほとんど正体が掴めない以上、これ以上の話は難しいですね」
 もう投げた。
「敵はアンゼリカさんの命を狙っているようです」
 それさえ、何故か分からない。だが狙われている以上、それは宿敵の関係といえる。
「なんとか無事に助け出して、みんなで敵を撃破してきて下さい!」
 そう言って茶太は頭を下げたのだった。


参加者
ラトゥーニ・ベルフロー(至福の夢・e00214)
シル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)
リリウム・オルトレイン(星見る仔犬・e01775)
華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
鮫洲・蓮華(ぽかちゃん先生の助手・e09420)
音々森・ナユタ(サンダーガール・e37373)

■リプレイ

●暗闇の攻防
 ひゅっ!
 闇の中、風を裂くような音が聞こえて、アンゼリカ・アーベントロート(黄金騎使・e09974)は飛び退いた。暗がりでよく見えないため、その辺の資材だか箱だかにぶつかっていろいろぶちまけてしまったようだが、構ってはいられない。
 追撃をかわしつつ、そのまま建物の影に身を隠す。
「さて、困ったな」
 どうやら相手は正確にとまではいかないまでもこちらの位置が分かるらしい。そしておそらくは格上。自分より強い相手に不利な状況を強いられている。
「まあ、だからといって殺されるつもりは欠片もない」
 とはいえどうしたものか。
 そう思った矢先、ばたばたと複数の足音が聞こえて理解した。仲間が助けに来たと。
「アンゼリカさーん、助けに来たよっ! 相手、どこにいるのー?」
「い、いけませんです! あまり大きなこえをだしちゃてきにきこえちゃいます! こんなときこそボディランゲージ! わたしのかんがえよつたわれあほげー!」
「こう暗いと見えなくない? というかそれもう電波だと思う。あと結局騒いでない!?」
(「ああうん、誰が来たかよくわかるなぁ」)
 シル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)とリリウム・オルトレイン(星見る仔犬・e01775)に違いない。そう考えると他に誰が来ているのかは何となく想像がつく。
「さあ、ここからは私たちに任せて下さい! 今宵の私は……闇を舞う漆黒の堕天使(フォーリン・ザ・ダーク)……闇を切り裂く天使の輝き、見せてあげましょう!」
「とりあえず天使なのか堕天使なのかはっきりして下さい」
 カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)のツッコミは無視して、華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)はスポットライトを点灯させた。
 眩い光が文字通り闇を斬り裂き埠頭を照らす。
「……」
「……」
「ところでアンゼリカさんどこ? うげぶぅ!」
 そりゃあ、照らしたい対象の位置が分からなきゃどうしようもない。
 かくして一人光の中に存在する灯。当然のようにすっとんできた手裏剣が派手に直撃した。ウイングキャットのアナスタシアさんが合掌してくれた、なむ。うんまぁ、ちょっと当初の狙いとはちょっと違うが問題ない。
「手裏剣が飛んできたあの方向に敵がいます!」
 見逃すはずもない、カルナの言葉にケルベロスたちの意識がそちらへ向く。ぼんやりと見える人影。
「うーん、こう暗いとよくわからないよねぇ……」
 鮫洲・蓮華(ぽかちゃん先生の助手・e09420)が言うと、ウイングキャットのぽかちゃん先生さんが目を細めた。よく見えないらしい、そして諦めた。
「うん、みんなの特徴、あほ毛とかそーいうので見分けていこうね」
「そんなとくちょう的なシルエットのひとは……」
「蓮華はあほ毛あるよ!」
「あほ毛しかないんですか」
「みんなも生やせばいいんだよ」
「むりです」
 素直に正直に、音々森・ナユタ(サンダーガール・e37373)は首を振った。そしてその時、気付いてしまった。
 ミミックのリリさんになにやらメモが貼ってあることに。
『けっしてはしらずぃそぃでぁるぃてぃく』
 どうやら、ラトゥーニ・ベルフロー(至福の夢・e00214)はだいぶ遅れての到着になりそうだ。

●言語の壁
 しばらくして、ようやくラトゥーニが現場に到着した頃、すでにケルベロスたちはアンゼリカのことを見つけ出し合流を果たしていた。
「つまり私の犠牲は無駄ではなかったということ」
 アナスタシアさんが灯の頭をそっと隠してくれた。
「……くらぃ、ねる」
 そしてラトゥーニは暗がりに移動して眠り始めた。この環境はすごい馴染む。
 もうそっちは何をいっても無駄だろう。そっとしておくとして、スポットライトを浴びせられたアンゼリカはポーズを取り始めた。
 先ほど大まかな位置知れた敵だったが、正確に補足できたわけではない。それは相手も分かっているようで、息を潜められてしまった。これでは対処しようがない。
 そこでおびき出そうという試みだ。光に当てられ、かつジェスチャーでメッセージを送る。狙ってくれといわんばかりの状況、それをターゲット自身がやってくれているのだ。
 罠だと分かっていても食いかかるしかない。
「わ・レ・ワ・レ・は・ケ・ル・ベ・ロ・ス・ダ」
 いちいち無駄にカッコ良くポーズを決めて身振り手振り。モールス信号か何かだろうか。
「うーんわかんない~!」
「あっ、つまりこーいうことですね!」
 蓮華は即座に諦めたが、リリウムのあほ毛がめっちゃ動く。うねうねしゅばしゅばしゅび。それをじっくり眺めるナユタ。
「ふむふむ」
 しゅびびしゅばばくねぴん。
「ははあ。なるほど。わかりません」
 瞬殺。
「ああ君にはまだ難しかったかも知れませんね。けれど僕にかかればこの程度は余裕!」
 なんでかすごく偉そうなカルナ。今日はドーナツ解凍らしい。探偵いないけど。
「これに対する返答はひとつ。つまり『僕もです』だ!!」
「どーいうことです?」
「メッセージの内容はチョコドーナツ食べたい、なんですよ」
「ちがいますですぅー、フレンチクルーラーですー!」
「いやいやチョコでしょう」
「フレンチです!」
「チョコ!!」
「フレンチ!!」
「いやどっちも違うんだけどさぁ……」
 低レベルなこどもとおとなの不毛な言い争いを見つつ、アンゼリカは後ろ頭をかいた。
「それじゃあ何が食べたかったんだろ~?」
 首をかしげる蓮華にぽかちゃん先生さんは、まずドーナツから離れろ、っていいたそうな顔した。
 なんてやってる間にリリウムはジェスチャークイズに飽きたようで、リリさんに乗っかり始めた。でもそれ、その辺のゴミ箱。暗いので間違えてる。
「なんかさあ、暗闇での戦闘だと思って、同士討ちにならないよう注意してたんだけど」
「だいぶちがいますね」
 シルの言葉を聞いてナユタがどこか遠い目をした。
 想定外になることが想定内。そんな感じ。というか、敵は何故出てこないのか。
「こうなったら当てずっぽうで当てるしか!」
 カルナが夜光塗料つきのボールを突然投げた。灯に当たった。
「のーです! 私は味方のえんじぇりっく!」
「1発だけなら誤射です!!」
「ええい、こうなったら……シア、スポットライトよろしく!」
「ぎゃー、こっち照らさないで下さい! っていうか逃げます!」
 なんかすごくやかましいことになってる。状況がまるでわからん。ファミリアのネレイドさんがホーと鳴いた。
「ギャグのよーなめんばーですけど、きっとなんか敵のせってー的にもシリアスなふんいきでしょう……そう思っていたころがわたしにもありました」
 まだ遠い目のナユタ。でも彼女は空気を読む。目指すは出来るオンナだから。まだ小学3年生だけど。
「っていうかまたジェスチャーしてるよ?」
 シルにいわれてみてみるとまたアンゼリカがポーズを決めていた。
「ぜんぜんわかりません、どうしましょう」
 すると、退けといわんばかりにアンゼリカを押し退けて黒禍の鶻が出てきた。しゅばしゅばと身振り手振りをする。
「あ、えっと……ニ・ン・ジ・ャ・コ・ロ・ス・ベ・シ?」
「シル正解、ってなんで私のは分からなくてそっちのはわかるんだー!」
「そんなこと言われても……見たまんまだし」
 ジェスチャーのキャリアのちがいだろうか。
「ん……」
 むくりとラトゥーニが起き上がった。
「てき、ぃる」
「あっ」
 その言葉に一瞬だけ全員凍り付く。
 そして、ケルベロスたちの一斉攻撃が始まった。

●光の中の闇
 もう姿は隠させないといわんばかりに、一気に攻め立てる。
 一度捕捉して逃さなければ、いかに暗がりといえ攻撃出来ないということはない。気をつけるべきは同士討ちだろう。
「そこでこんかいはこれ……えっと、くらくてみえないですけどとにかくえほんです!」
 リリウムが選びもしないで絵本を開いた。躊躇がなかったので速い。
 時は幕末、鎖国していた森に黒いカラスがやってきたことからすべては始まった。時代の夜明けと、賢者フクロウは言う。しかし、華やかな光を突き進む者たちがいる一方、その影の中で時代を駆ける者たちがいた。
 たぬたぬ忍者。これはそんな彼らの大河風群雄ドタバタコメディ活劇である。
「くらいぞー」
「みえないぞー」
「だれかしっぽふんだぞー」
 ほっかむりしたたぬきたちが突撃してった。
「うわー!」
 ぱかーんといい音してまとめて散らされた。だが散らされても追撃は止まらない。
 ゴッ。
 いい音がした。いつも通りラトゥーニがリリさんぶん投げて、敵に直撃したらしい。いつもと違うことといえば、ぶつかってリリさんの口が開いた拍子に、いくつものペイントボールが転がり出てきた。
 いい具合に起爆。かくして蛍光塗料まみれの箱と人が完成した。
「ふっ、これであなたに逃走はあり得ない! これで決めます!!」
 灯がマントを脱ぎ捨てた。下には純白のワンピースを着ていたが、暗いのでせいぜいグレーにしかみえない。でもそんなことは問題ない。
「べべーん! 光のキュアエンジェルに変身です! 私の祈りとかそれとかアレとかコレな女子力的ななにかがみなさんを癒やします!」
「攻撃じゃないの~?」
「ほら私メディックですので!」
「でもまだ誰もダメージ受けてないよ?」
「なん……だと……」
 蓮華の言うとおりだった。しかたないのできゃるーんってしておいた。
「……」
「……」
「えい」
「……!」
 無言で見てたカルナが無言で見てた敵を氷晶で殴った。無言で。
 姿が見えた状況においては、戦力的に敵側が大いに不利。いや、勝ち目はないといっていい。だが、だからといってそれで諦めるわけがない。
 せめて、当初の目的を果たすべく鶻が駆ける。真っ直ぐ、アンゼリカに向かって。
 そのスピードは圧倒的で止めようがない、対応することさえ不可能だろう。
 それでも、蓮華はその攻撃を防いだ。さらに横からぽかちゃん先生さんが追撃。
「……!?」
「見てからだったらね~」
 敵が動き出してからでは不可能、という話。彼女は最初からアンゼリカに向けた攻撃を警戒しており、いつでも動ける状態にして狙い定めていたのだ。
 防がれるとは思っていなかったのか、敵がほんの僅かだけ怯む。とはいえ、そこはプロ、一瞬だけである。だがその一瞬が致命傷。
「せーのー」
「くっらえー! っていうかペイント臭っ!」
 ナユタのバールによる後頭部フルスイング、シルの顔面キックが同時に炸裂。
「いまです!」
「一気に決めちゃって!」
「言われるまでもない」
 攻撃が始まってからアンゼリカはずっとポーズを決めていた。もとい、狙い澄まして力を溜め込んでいた。
 ここぞという場面で、一撃で、終わらせるために。
 光が収束していく拳を振りかぶり、敵に飛び込んでいく。拳を突き出す一瞬、光が途切れ、敵にぶつかると同時に爆ぜた。
 かくして黒き影は、その大いなる光の前に存在することすら許されず、その彼方へと消えていったのだった。

●ドーナツとラーメン
「他愛なしッ!!」
 つま先立ちで背筋を反り、掌で顔を半分かくしてアンゼリカが言った。
 なんだどうしたんだ、暗がりの中で気でも触れたかって顔でみんなが見てきた。やめた。
 ちなみに、懐中電灯を頭に装備したリリさんが照らしてくれる。箱の上部にガムテープで固定。ラトゥーニの仕事が雑。
「いや、今日は私のために皆すまなかった」
「ううん、無事でよかったよっ。みんなで一緒がいいよね!」
「これがもつちもれたつですっ」
 蓮華とリリウムがにっこり笑う。ぽかちゃん先生さんがなんか言いたそう。でも間違ってるとか指摘するのもなんだか無粋。
 助け合うくらい、仲間なんだから当然。そんなあたたかいきもち。
「ああ、けどせめてもの礼だよ。ドーナツかラーメンでも奢らせてくれ」
「あ、わたしラーメン!」
「僕はみそラーメンがいいです」
「返事早いな!?」
 神速の切り返しなシルとカルナ。一方で灯とナユタは少し考えてから答えた。
「うーん……両方!」
「わたしはドーナツのあとラーメンで!」
「遠慮ないな!?」
「なにしてるの、はゃく……」
「変わり身も早いな!?」
 もうラトゥーニが起きてた。もうドーナツとラーメンしか考えてない顔だ。
「まぁ、時間も時間だし早く行くとするか」
「ところで、今日の漆黒の堕天使はすごくよかったと思いますよ」
「よしシア照らしてあげて」
「照らさないでぎゃー! 逃げたくなるー!」
「ええい、カルナさんの新しい二つ名も考えてやるー!」
「とばっちり!?」
 早く行きたいっていってるのに、灯とカルナがわめいてる。誰かみそラーメンでも投げつけるべき。
 さて、忍は忍び、死して屍拾うものなし。
「うーん、結局何が何だか分からなかったね。これで終わりとは到底思えないけど」
「うん、アンゼリカさんの話だと、まだ黒幕がいるみたいだし」
 シルと蓮華が首をかしげた。
 とはいえ、あまりこの場で深く考察するべき話でもないだろう。
 アンゼリカ自身の口からなにか語られることもあるかもしれないのだし。
「ここんとーざい、己を神・もしくは代行人というモノにロクなのはいないとそーばが決まってますー」
 すらすらとナユタが言ってのけるが、もちろんリリウムの頭にははてなマークが飛び出てきた。
「つまりどーゆーことでしょう!」
「わたしもよくわかりません!!」
「なるほど!」
 リリウムはすべてを理解した顔で頷いた。
(「これで終わりとは思えない……ああ、その通りだ」)
 アンゼリカが振り返り、闇を見つめる。
「今度は忍を使わず、自分で来ることだ……」
 そうして口にする。その『名』を。誰にも聞き取られることのなかった、その『名』はただただ闇の中へ消えていく。
「……勿論、君にも殺されない」
 それを、友も許さない。
「さあ、行こうか」
 そう言って、アンゼリカは前へ歩き出した。
 黒禍の鶻の姿などもうみることはない。
 今はこの素晴らしい友人たちと、街の光を目指して進みたい。
 ただ、それだけだった。

作者:宮内ゆう 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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