明るさを私に……

作者:白鳥美鳥

●明るさを私に……
 放課後の教室。細野雪絵は教室に一人残っていた。
「……そろそろ帰ろうかな……」
「あら、これから帰るの?」
「……!?」
 声をかけて来たのは見た事も無い人物だった。見ず知らずの人物の登場に、雪絵は驚きと怯えが混ざった顔になる。
 しかし、その相手は緊張をほぐす様な笑顔で雪絵に笑いかけた。
「ねえ、あなた……何か悩んでいない?」
「そ、そう見えますか? ……私、明るい性格とは言えなくて……明るく振る舞う事が上手く出来なくて……素敵な明るい笑顔の人を見ると羨ましくて……私も本当はああなりたくて……」
 見ず知らずの相手……むしろ知らない人だろうか。何故か、雪絵は自らの悩みを打ち明けてしまった。
「身近な人では、どんな人になりたいの?」
「……身近な所だとクラスメイトの……佐々木絵美さん……かな?」
 そう聞いて少女は微笑んだ。
「理想の自分になるためには、その理想を奪えばいいのよ」
 少女は鍵を使って雪絵の心臓を突き、ドリームイーターを生み出した。

 そして生み出されたドリームイーターは、部活に行こうとしている絵美を見つけ襲い掛かったのだった。

●ヘリオライダーより
「みんな、自分の理想ってあるよね?」
 デュアル・サーペント(陽だまり猫のヘリオライダー・en0190)は、そう言ってケルベロス達に話し始めた。
「日本各地の高校にドリームイーターが出現し始めたみたいなんだ。ドリームイーター達は、高校生が持つ強い夢を奪って強力なドリームイーターを生み出そうとしているみたいなんだ」
 デュアルは事件の概要を伝える。
「今回狙われたのは細野雪絵という学生で、理想の自分と現実のギャップに苦しんでいる所を狙われたようなんだよ。産み出されたドリームイーターは強力な力を持つが、この夢の源泉である『理想の自分への夢』が弱まる様な説得が出来れば、弱体化させる事が可能になるんだ。例えば、理想の自分になっても良い事は無いとか、今のままでも魅力があるとか、そういう説得なんかが有効かもしれないね。上手く弱体化させる事が出来れば、戦闘を有利に進められると思うよ」
 デュアルは周囲の状況等を説明する。
「場所は放課後の校庭に向かう廊下だ。襲撃を受けるのは佐々木絵美って子で、部活に行く途中で襲われたみたいなんだ。周囲には人はいないみたいだけど、念のために気を付けた方が良いかな。ケルベロスが現れると、ドリームイーターはケルベロスの方を優先して狙ってくるから、絵美を救出する事はそんなに難しくは無いと思うよ。ドリームイーターは雰囲気は暗い感じなんだけど、変ににこにこ笑ってるから目立つと思う。それから、無事にドリームイーターを倒せば被害者の雪絵も目を覚ましてくれる。ただ、今回のドリームイーターは説得すると、被害者の雪絵の感情にも影響を及ぼすんだ。だから、説得内容はよく考えないといけないよ」
 最後にデュアルは語りかけた。
「ねえ、誰もが理想の自分って持っていると思うんだ。でも、強く説得しすぎると、良くない方向にいく可能性もあるんだよ。だから……出来たら、説得しつつも彼女を救い出して前に進ませてあげて欲しいんだ。みんなならきっと出来ると信じているからね!」


参加者
メルナーゼ・カスプソーン(彷徨い揺蕩う空の夢魔・e02761)
鈴木・犬太郎(超人・e05685)
富士野・白亜(白猫遊戯・e18883)
瀬部・燐太郎(戦場の健啖家・e23218)
ノーヴェ・アリキーノ(トリックスター・e32662)
ルリディア・メリーバ(ときめくクランベリー・e41388)
不入斗・葵(微風と黒兎・e41843)
犬飼・志保(拳華嬢闘・e61383)

■リプレイ

●明るさを私に……
 その不可思議なものは部活に向かう絵美を追っていた。見かけは女生徒そのもの。だけど、その様子は余りにも可笑しかった。余り笑顔に慣れていないのか可笑しな作り笑いに変なテンションを見せている。誰の目にも異常だった。しかし、先を行く絵美にはその姿は見えなかった。
「そうはさせないよ!」
 その可笑しな女生徒が絵美に近づこうとしたその時、ノーヴェ・アリキーノ(トリックスター・e32662)が、二人の間を割って入って入る。いきなりのケルベロス達の登場に、絵美もその可笑しなものも驚いている様子だったが、それに乗じてノーヴェは絵美を危なくない所に連れて行った。
「ど、どうしたんですか?」
「ボク達はケルベロス。今、キミの身が危ないんだ。ボクと仲間達が何とかするから、キミは安全の為に隠れていて?」
 動揺する絵美に、ノーヴェは安心させる様にそう伝え、彼女も頷いてくれた。

 一方、ケルベロス達は雪絵から生まれたドリームイーターの前に立ちはだかる。
「どうして? どうして邪魔をするの?」
 喋り方は明るい感じなのだが、どこか怯えた様に感じる声。元の雪絵の影響をかなり受けているのだろう。そう、この、どこか可笑しなドリームイーターは雪絵自身の心と繋がっているのだから。
「何故こんなことをするのですか……?」
 メルナーゼ・カスプソーン(彷徨い揺蕩う空の夢魔・e02761)は、そう雪絵のドリームイーターに話しかける。
 こんな事をきっと彼女は望んでいない筈だ。だから、メルナーゼはその話をしっかりと聞きたい。
「私、明るい性格になりたくて。佐々木さんは明るくて素敵な笑顔をしているの。それが羨ましくて。別に彼女みたいに誰かの中心にいる存在になりたい訳じゃないの。あんな風に振る舞えたらな、笑えたらな、そう思うの。それは、いけない事なのかな?」
「貴女が彼女に憧れてるのは分かったけど、それ遠くで見てただけでしょう? 自分で見えない壁作った癖に、輝きに憧れるなんて随分都合がいいわね。本気で変わるのなら己で作った見えない壁なんて、ぶち壊して進みなさい!」
 そんなドリームイーターの言葉に、犬飼・志保(拳華嬢闘・e61383)が少し強い口調で話しかける。志保は『奪い取る』という行為、考え方そのものが嫌いなのだ。
 しかし、それにドリームイーターは明るい筈の表情から怯えた顔つきになる。そもそも、このドリームイーターは明るい性質を真似た紛い物。元々の本人の性質はそうではない。それ故、そんな表情になったのかもしれない。
「確かに……確かにそうだけど……! 見ていて、憧れて……それはどうしていけない事なの? 本気を出して本当に変われるの? そんなに簡単に出来るの?」
「結論から言ってやろう。君は佐々木絵美さんにはなれない」
 瀬部・燐太郎(戦場の健啖家・e23218)は、そうきっぱりと伝える。普段はくわえ煙草をしているのだが、場所が場所なので棒付きキャンディをくわえるその風貌は、威圧的な出で立ちと相まって少し可愛いかもしれない。そのせいなのかどうなのかは分からないが、ドリームイーターは少し落ち着きを見せる。
「うん、分かってる。私は佐々木さんにはなれない」
 そう言ってから、ドリームイーターは微笑む。
「私は佐々木さんじゃない。だから、憧れるの。だからこそ、『理想』って言えると思うの。……私は佐々木さんになろうとしている訳じゃないの。佐々木さんみたいに明るい人になりたいの」
「まさかとは思うが他人を慮りすぎて、自分を引っ込めすぎていないか?」
 燐太郎は学生時代、内向的で、雪絵に対しては親近感の様なものがある。だからこそ気持ちも分かるし、彼女が犯そうとしている間違いも分かる。だから、そう声をかけるのだ。
「……そうなのかな? 引っ込み思案かなって……それは思う時もあるから」
「理想を持つのもいいが、今の自分が持っているものも大切にするべきだと思うぞ。理想の自分になった瞬間に、今まで持っていたものもそのまま引き継げる保証はないんだからな」
 無表情のままで、富士野・白亜(白猫遊戯・e18883)が、そっけない言い方で話す。だが、耳の動きで彼女の感情は現れていて、感情表現が表情だけではないと、そう伝えている様にも見えた。
「んー…葵はまだよくわからないけど、なりたい自分って難しいんだよね……きっと。そうだな……ふとした笑顔も素敵だと葵は思うの……。いっつも笑って無くても、お姉さんの素敵なところはあるよ!」
 不入斗・葵(微風と黒兎・e41843)は、考えながら自分の気持ちを伝える。
「人それぞれ良い部分があるんだ、ちょっとくらい暗くても気にするな。明るいほうがメンドくさい時もある。自分らしく生きるのが大事なんだよ。すぐに変われるわけがないんだ、だからこそ変わるのは少しずつでいい」
 鈴木・犬太郎(超人・e05685)は、諭すようにそう言う。そして、臆す事無く満面の笑顔でルリディア・メリーバ(ときめくクランベリー・e41388)は、ドリームイーターの手を取った。
「あたしはこんなだけど、あたしも雪絵ちゃんになれないことを知ってる。だから、その人と友達になるんだよ。一緒にいれば、お互いを補い合えるもん! だから、絵美ちゃんと友達になれば全部解決だよ! ……あたしとも! 友達になろう!!」
「……うん、ありがとう」
 そう微笑むドリームイーターの笑顔は、偽物の笑顔では無かった。

●雪絵の心を取り戻せ!
「では、返して頂きましょうか。彼女自身を! ソラマル、一緒に行くわよ!」
 ここにいるのはドリームイーター。これを倒さないと、本当の雪絵は目を覚ます事は無い。志保はそう宣言すると、相棒のウイングキャット、ソラマルと共に攻撃を加えに行くが、それをドリームイーターは大きく後ろに飛んで避ける。
「……私だって、消える為に生れた訳じゃない……!」
 強制的に生まれたドリームイーター。しかし、ドリームイーターも『生まれた』のだ。自身が紛い物であっても、元の本人の心が変わって本来の力が出せなくても……消えたくはないのだろう。
 ドリームイーターは歌い始める。楽しげなリズムと共に。その楽しげな音程は攻撃を加えてきた志保を眠りへと誘っていく。
「狙う相手が違うぞ、ドリームイーター。こっちだ」
 犬太郎は、巨大で重い一撃をドリームイーターに叩き込んで自身に注意を向けさせる。
「心配するな。お前も本来の夢として還るだけだ。姿形は無いかもしれないが消える訳じゃない」
 白亜は、そう言いながらドリームイーターの急所を狙って高速の蹴りを叩き込んだ。
「君は君だけのものがある。表面だけを真似たものでは無く、な」
 燐太郎の漆黒の闇による槍がドリームイーターを貫き毒を与えていく。
「志保さん、目を覚まして!」
 葵の奏でる歌が、眠りに誘われていた志保の意識を取り戻させた。
「夢は夢……でも……いつもあるものです……」
 夢の魔女であるメルナーゼは、夢を通じて人の弱さを知っている。そして、それだけでは無い事も。メルナーゼは、ドリームイーターへと凍結の一撃を撃ち放った。
「あたしは雪絵ちゃんに会いたい! だから、心配しないで!」
 ルリディアは二本のチェーンソー剣を構えると、炎を伴った横薙ぎの一閃をドリームイーターに与える。
「雪絵ちゃんの本当の夢に戻って、それで一緒に楽しく話そうよ」
 ノーヴェはカードを媒介にしながら漆黒の闇でドリームイーターを貫いた。
「ええ、きっと楽しい未来が待っていると思うわよ」
 志保はドリームイーターの胸ぐらを掴みあげると、その顔面に拳をお見舞いする。
「白亜ちゃん、頑張るの!」
 ミーミア・リーン(笑顔のお菓子伝道師・en0094)は、白亜に雷の力を使って力を与える。ウイングキャットのシフォンとソラマルは、皆へと清らかなる風を送りこんで行った。
「……うん、そうだね」
 ドリームイーターは、にっこり笑う。
「さよなら。次は雪絵と一緒に違う形で会おう」
 白亜は白金色の地獄の炎を身に纏う白猫姿に変わり、ドリームイーターへと突撃する。そして、ドリームイーターは輝きと共に消えていった。

●憧れと夢と
 状況がよく分からなかった絵美に、大体の経緯を伝える。雪絵から生まれたドリームイーターが、絵美の明るさを奪おうとしていた事は伝えない事にした。それによって、今後の二人の関係が悪くなる可能性もあるし、それに伝えなくても絵美は雪絵を心配していて、そのままの状態で任せた方が良いとも思ったからだ。
 雪絵は教室で倒れていた。眠る様な彼女に、葵を中心として回復を施し、彼女は目覚めてくれた。自ら生み出したドリームイーターの行動やかわした言葉も何となくは覚えている様だった。
「ごめんなさい。本当に色々と迷惑をかけてしまったみたいでごめんなさい。佐々木さん、ケルベロスの皆さん……本当にごめんなさい」
 元々大人しく更にあがり症のある彼女は少々パニック気味で、ただただ皆に頭を下げている。
「大丈夫ですよ……。あなたは悪い事をした訳じゃないんです……」
「そうそう、雪絵ちゃんが悪い訳じゃないんだよ? それに、あたし、雪絵ちゃんとお友達になりたいし! 絵美ちゃんはどうかな?」
「私、詳しくは良く分からないんだけど……でも、細野さんが無事で良かった。細野さんに何かあったら悲しいもの」
 雪絵に微笑むメルナーゼ。そして明るく話しかけるルリディアは、絵美にも意見を求める。それに対して、絵美もにっこりと笑った。その明るい笑顔は確かに雪絵が憧れても可笑しくない笑顔で、雪絵のドリームイーターが焦がれていたものが分かる様な気がした。
「……ありがとうございます」
 泣きそうな顔をしていた雪絵に少し笑顔が戻った。それにケルベロス達の心は軽くなる。
「じゃあ、無事に解決した所で……甘い物でも食べて楽しく過ごすの!」
 いつの間にやら、ミーミアが教室のテーブルをセットして、紅茶とパウンドケーキを用意している。
「雪絵ちゃん、一緒にお茶しようよ! みんなで一緒にお話して、楽しもう?」
 ノーヴェはそう言って、雪絵の手を引く。
「うんうん、あたしも雪絵ちゃんと色々お話したい!」
「葵も、お姉さんとお話したいな」
 ルリディアや葵にも薦められて、雪絵の心は揺れている様だ。そこに、絵美が背中を押す。
「細野さん、折角の機会だもの。皆で一緒にお話したら、きっと楽しいわ」
「……うん。ありがとう」
 そう答えた雪絵の表情は明るい表情だった。

「ミーミアさん、このパウンドケーキ美味しいです。雪絵さん達も美味しそうにしていますし……甘いものは女の子の気持ちを解すには良いですね」
「良かったの! ミーミア、お菓子作りは得意なのよ! あのね、お菓子は世界を救うのよ!」
 志保の言葉に嬉しそうに返すミーミア。最後の言葉は少し疑問符を浮かべてしまうけれど。
 そんなミーミアは、少し離れた所でパウンドケーキを食べている白亜を見つける。そして、ととっと近づいた。
「白亜ちゃん、もっと近くに来ないの?」
「私はこの位が丁度良いんだ」
「そうなの? じゃあミーミアは白亜ちゃんのお隣でお茶するの!」
 白亜の気持ちもおかまいなしで座り込むミーミア。そんな所にどこか気まぐれな自分を見ている様で、白亜もそれに付き合う事にした。
「私も学生時代は内向的だったんですよ。でも、今はどんな時にでもユーモアを忘れない様にしています」
「ユーモアですか?」
「ええ、戦いにおいて厳しい局面にあっても、それによって少しは心境が変わるでしょう?」
「確かにそうですね。それは、とても素敵です!」
 燐太郎は学生時代の話を交えつつ、今の自分の事を雪絵に話す。少しでも助言になればと。それを雪絵は目を輝かせて聞いている。それは、いつか自分も変われるのではないかと、そんな希望を宿していた。
「ねえねえ、雪絵ちゃんは何が好きなの?」
 ルリディアの問いに雪絵が返す。
「私ですか? 本が好きです。色々なお話を読むのがとても好きで……」
「うん、細野さん、よく本を読んでいるよね。何の本を読んでいるのか気になってたの」
「……佐々木さん、知ってたの?」
「うん。というか、クラスのみんな知ってるよ?」
「そう……だったんだ……」
 存在感の無い自分だと思っていた雪絵。でも、絵美だけでなくクラスのみんなも、そういう所を知ってくれているのだと思ったら嬉しくなった。
「葵はね、お花が沢山出てくるご本を読んでいるんだよ! お姉さんのお勧めの本、教えて欲しいな!」
「お花……素敵だね。そうね、何が良いかな……」
 葵の言葉に、雪絵は色々な本を紹介してあげている。
 そんな様子を見ていて犬太郎は目を細める。
「うん、あの子は大丈夫だな。あの子はあの子で認められているみたいだし、変わろうと思えば少しずつでも前に進める力もあるみたいだ。良かったよ」
「ええ、良かったです……。……何だか、安心したら眠気が……」
「え? ここで寝るのか? もう少し付き合ってやろうぜ?」
 同じく安心したメルナーゼは、眠そうな顔つきになり、うとうとし始めて犬太郎は慌てる。それに、メルナーゼも得心したらしく、頷いた。
「そうですね……。今日は雪絵さんを見守りたいと思います……」
(「楽しいお茶会になって良かったな」)
 ノーヴェはお茶会を楽しみながらそう思う。雪絵は気が付いているか分からないけれど明るい笑顔を浮かべているし、皆、楽しそうだ。
 そう、これからの雪絵の未来を応援するかのような、そんなお茶会。
 この先の雪絵に幸がありますように。そう願う、優しい穏やかな時間が流れていくのだった。

作者:白鳥美鳥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 2/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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