電気仕掛けのメロディ

作者:地斬理々亜

●落日のギター
 とある地方都市のゴミ捨て場に、1台のエレキギターが捨てられていた。
 トレモロアーム付きのソリッドギターである。
 『粗大ごみ処理券』のシールが貼られたそれは、長い間、大切に使い込まれた形跡がある。けれど、消耗しきって壊れたそれは、もう音を出せそうになかった。
 そのままエレキギターは、大人しく廃棄を待つのみとなっていた。……だが。
 かさり、と小さな音がした。現れたのは、小型のダモクレスだ。コギトエルゴスムに、機械の足がついている。
 小型ダモクレスは、エレキギターの表面に取り付けられた薄板……ピックガードをこじ開け、隙間に自分の体を滑り込ませる。
 やがて、エレキギターは変形し、生まれ変わった。グラビティで人々を害する、ダモクレスへと。
「聴イテクダサイ!」
 ダモクレスが奏でるその曲は、人々を傷つけ、殺し、グラビティ・チェインをダモクレスのものにしていく――。

●ヘリオライダーは語る
「このような光景を予知しました」
 白日・牡丹(自己肯定のヘリオライダー・en0151)はヘリポートで告げた。
「幸いにも、まだ被害は出ていません。ですが、放置すれば多くの人々が犠牲になってしまいます。その前に現場に向かい、ダモクレスの撃破をお願いします」
 牡丹の説明によれば、今回戦うべきダモクレスは、エレキギターが変形したロボットのような姿をしているという。
「使用するグラビティは、甘いラブソングを奏でて心を惑わす攻撃と、中毒性のあるロックを奏でる攻撃、ゆったりしたジャズを奏でて自分を癒すヒールの3種です。それぞれ、バイオレンスギターのグラビティである「ヘリオライト」と「欺騙のワルツ」、基本戦闘術のシャウトと同じ効果のようです。ポジションはジャマーですね」
 場所は市街地のゴミ捨て場近くになるが、周辺住民の避難は警察がやってくれると牡丹は述べる。つまり、ケルベロスがやるべきことは、ダモクレスを倒すことだけだ。
「ダモクレスの打倒を、必ず成し遂げてください。信じています」
 牡丹は祈るように手を組む。
「……ギターを壊すのは心苦しいわね。でも、罪もない人々を殺すなんて間違ってるって、あたしはそう思うわ。その手段が音楽だなんて、なおさらね」
 言ったのは、ケルベロスの一人。小野寺・蜜姫(シングフォーザムーン・en0025)である。
「そのギターも、そんな音楽が奏でたかったわけじゃないはずよ。皆、行くわよ」


参加者
ペトラ・クライシュテルス(血染めのバーベナ・e00334)
東雲・苺(ドワーフの自宅警備員・e03771)
天司・桜子(桜花絢爛・e20368)
鴻野・紗更(よもすがら・e28270)
御春野・こみち(シャドウエルフの刀剣士・e37204)
神楽火・天花(灼煌の緋翼・e37350)
雅楽方・しずく(夢見のウンディーネ・e37840)
風鈴・羽菜(シャドウエルフの巫術士・e39832)

■リプレイ

●開演
 人が作り、人に生み出された物は、何かしら使われることを想定されている。
 逆に言うならば、人に作られ、人に使われたものの、もう使われることのない物は……。
 鴻野・紗更(よもすがら・e28270)は、現場に急ぎながらも、そのような物思いに沈んでいた。
「日本には八百万の神がおわすと言いますから、彼らはどのような思いを持ち、道をたどるのでございましょうね」
 一拍の間を置く。それから、紗更は続けた。
「ですが、それが人を傷つけるのならば、やむを得ません」
 そんな彼の言葉に、こくっと力強く頷いたのは、御春野・こみち(シャドウエルフの刀剣士・e37204)だ。
「デウスエクスになっちゃったからには、お休みしてもらいます!」
「そうだね。長い間大事にされていたエレキギターを倒すのは、気が引けるけど。ダモクレスに利用されてるんだったら、解放してあげないと、もっとかわいそうだよね」
 東雲・苺(ドワーフの自宅警備員・e03771)も同意を示す。彼女の傍らには、ボクスドラゴンの『マカロン』。
「エレキギターかぁ」
 ミュージックファイターでもある、天司・桜子(桜花絢爛・e20368)が呟く。
「桜子は使ったことがないなぁ。ちょっと興味あるけど……」
 彼女は明瞭に言った。ダモクレスはさっさと倒してしまおう、と。
「楽器にも寿命ってあるのよねぇ。ちゃんと使い込まれて捨てられて、まだ満足していないのかしらぁ」
 色気のある声音で疑問を呈したのは、サキュバスの魔女。ペトラ・クライシュテルス(血染めのバーベナ・e00334)だ。
「それは分かりません。ですが、件のギターにも、持ち主さんと一緒に、素敵な音楽を奏でていた時があったのでしょうね」
 雅楽方・しずく(夢見のウンディーネ・e37840)はペトラへとそう返してから、続けた。
「それがこんな形で皆を傷つけるだなんて……きっと、元の持ち主さんが知ったら悲しみます!」
「あたしもそう思うわ」
 しずくの言葉に対して、小野寺・蜜姫(シングフォーザムーン・en0025)が同意する。
(「役目を終えたものを無理やり蘇らせて、兵器としての命を押しつけるなんて、許せない」)
 翼で飛行しながら一同を先導する、神楽火・天花(灼煌の緋翼・e37350)も、静かな怒りを胸に抱く。
 やがて、ケルベロス達は、現場であるゴミ捨て場に到着した。エレキギターを元としたダモクレスが今まさに立ち上がり、動き出したところである。
 天花は、巫女服に似た戦闘装束の袖をふわりとなびかせ、着地。それと同時に、日本刀を抜いた。白の鞘と黒の鞘からそれぞれ一振りずつ……合わせて、二刀。
「道理を曲げてまで歌うべき歌なんてないわ。……アナタの禍歌、私が断ち斬る!」
 直後、天花とは別方向から殺気が放たれた。殺界形成を使用したのは、風鈴・羽菜(シャドウエルフの巫術士・e39832)。これは、彼女自身が『演舞』に集中するためのものである。
「普段の曲調とは大分異なりますが、最後まで舞い続けてみせます」
 日本舞踊の形でグラビティを扱うのが、羽菜のスタイルなのである。敵が奏でるであろう洋楽に備え、彼女は身構える。和洋折衷の舞を、という心積もりだ。
「聴イテクダサイ……一曲目!」
 エレキギターのダモクレスが、自らの弦へと機械の腕を伸ばした。
「奏でてあげるわぁ、アタシたちが、アナタへのレクイエムを!」
 ペトラが迎え撃つ態勢をとりながら叫ぶ。
 こうして、戦いは幕を開けた。

●アルペジオ
 ダモクレスが情熱的なラブソングの調べを奏で始める。狙いは後衛のケルベロス。
 マカロンが蜜姫の前に飛び出すのと同時に、紗更もまたしずくを攻撃から庇った。
「お怪我はありませんか、雅楽方さま」
「ええ。感謝します、紗更」
 言葉を交わし合ってから、2人はダモクレスへ向き直る。
「回復するよっ。勇敢なる戦士に戦う力を与えたまえ!」
 苺は、紗更に触れることで回復力を強める。『大地の恵み』によるヒールである。
 直後にマカロンは、天花へと属性を注入した。敵の攻撃への耐性を高める目的だ。
「次はアタシねぇ」
 続いたペトラは、まずメディックの状況を確認した。攻撃を受けたこみちが運良く催眠に陥っていないことを認め、ペトラは回復が不要と判断する。
「我、全てに破滅を与える者なり」
 古代語を詠唱し、ペトラはダモクレスの機体に触れる。
 そこから直接、魔力が流し込まれた。
「――全部持って行きなさぁいッ!」
 『夢魔のひと触れ(エクスタシス・エクスプロージョン)』。轟音と共に爆発が起きた。
「お見事です。ですが、ご自愛を」
 紗更がペトラへと気力溜めによるヒールを施す。ダモクレスのラブソングによるペトラへの悪影響は、ほぼ除かれた。
「桜子も行くね」
 ダモクレスに向けて、桜子は手をかざした。グラビティ『紅蓮桜』の発動である。
 ひらひらと、空中に桜の花弁状のエナジーが無数に創り出され、舞い飛んでダモクレスを囲ってゆく。
「桜の花々よ、紅き炎となりて、かの者を焼き尽くせ」
 花弁は、桜子の詠唱の通りに、紅蓮の火炎に変わり、ダモクレスの機体を焼いた。
「さぁ、燃えるようなステージを!」
 しずくは高らかに言い、舞い踊るかのように優雅な身のこなしで、煌めきを纏う飛び蹴りを放つ。スターゲイザーの一撃は、敵の機動力を奪った。
「……というか、本当に燃えちゃってるのですけどね」
 地に降り立つと共に、しずくは小さく呟いた。ダモクレスは桜子の攻撃で既に炎上しているし、この後しずくはドラゴニックミラージュでさらに燃やすつもりである。
(「ディフェンダーさんも治療したいですが……」)
 こみちは少し考えてから、攻撃された後衛をヒールすべきと判断した。軽やかに踊って、花びらのオーラを降らせ、損傷を癒す。
「受けなさい」
 冷徹に、容赦なく天花が振るった日本刀からは、時空凍結の弾丸が撃ち出された。ダモクレスを鋭く射抜いたそれは、その身を凍てつかせる。
「電化製品の天敵を差し上げます」
 舞を続ける羽菜が、ダモクレスを見据えた。
「目に見えないほどの小さな輝きですが、ひとつに集めればあなたを束縛する青き竜となる雷です」
 羽菜は、舞や戦闘によって自らの体に溜まった静電気を、グラビティ・チェインに絡めてダモクレスへ放った。青白い色に輝きながら、纏わり絡みつくそれは、あたかも、巻きつく青竜のよう。これが羽菜のグラビティの一つ、雷調所作『青電』である。
「倒れるなんて、絶対にさせないわ」
 蜜姫の全身を包む装甲から光り輝く粒子が放たれ、前衛のケルベロス達を包んだ。
「ウ、ウゥ……続キマシテ、二曲目! 聴イテクダサイ!」
 ダモクレスの、演奏という名の猛攻はなおも続く。

●オーバードライブ
 一旦発動すれば一気に戦局を覆しかねない催眠も脅威だが、一度に複数発動したなら、ごっそりと体力を奪っていく毒も、かなり厄介なものである。
 こみちの黄金の果実を中心とした耐性の付与で、その被害はかなり軽減されてはいた。こまめなキュアも、忘れられてはいなかった。
 だが、それでも、仲間の分まで損害を被るディフェンダー……苺やマカロン、紗更が、毒に蝕まれることで、段々と消耗し始めた。
「強そうだとは思ってたけど……」
 やや苦しそうな表情で、苺が呟く。
「あまりいい状況ではございませんね」
 紗更が口にした。慢心も弱音もない、実力に自信のある彼だが、冷静に場を観察した結果、確かにそう思えたのだ。
「ならば、毒の拡散を抑えましょう」
 羽菜が、空中高くへと軽やかに飛び上がった。たおやかに身を回転させて、虹を纏う蹴りをダモクレスへと見舞う。付与されていた足止めのために、回避し損ねたダモクレスが、よろめいた。
「これは……効いてるみたいね」
 蜜姫がオウガ粒子を振りまきながら言った。
 唯一の中衛である羽菜による、怒りの付与。これは、単体攻撃を持っていない、このダモクレスからすれば、非常に厄介な策だと言えた。列攻撃の利点がなくなってしまうのだ。
「ウ、ウグググ……」
 苦しんだダモクレスは……攻撃の手を止め、ゆったりとしたジャズを演奏し始めた。自らを癒し、怒りを鎮めることを選んだのだ。
「チャンスだねっ」
 高速回転しながら苺がダモクレスに突撃した。スピニングドワーフだ。ドリルのように、ダモクレスの装甲が削られてゆく。封印箱に入ったマカロンが、タックルで後に続いた。
 微笑を浮かべ、ペトラが喰霊刀で敵を貫く。刃から伝わった呪詛が、トラウマを引き起こし、ダモクレスを苛んだ。
「そこでございますね」
 紗更が、丁寧な言葉と共に、炎を伴う激烈な蹴りを繰り出す。その一撃は命中し、敵の機体が燃え盛った。
「必殺のエネルギー光線だよ、これでも食らえー!」
 桜子は、自らの体を変形展開し、発射口を露わにする。そこから放たれた、コアブラスターの光線が、ダモクレスの胴体を撃ち抜き、風穴を開けた。
「ググ、ギギガガ……僕ノ歌、聴イテクダサイ」
「だめなんです」
 こみちが、切なげな声音で、囁くように言った。
「あなたの歌は、変えられてしまった」
 ギターのメロディは、小型ダモクレスによって、望まれぬ調べへと。
 だから、止めなければならない……そんな意志の元、こみちは雷の霊力を帯びた武器を真っ直ぐに突き出した。敵のボディに亀裂が入る。
「アナタはもう休んでいていいの」
 天花の二刀が遠方から振るわれる。空間ごと斬られたダモクレス。だが、とどめにはまだ至らない。
「コンサートには、飛び入りゲストさんが付き物ですよね」
 言ったのは、しずく。
「……ということで鮫くん、いらっしゃいな!」
 天に向かって人差し指を立てる。空を泳いで、巨大な影がやって来た。
「あ、あれは?」
 戸惑った蜜姫が思わず言う。
「鳥でも飛行機でもありません、鮫くんですよー♪」
 しずくのグラビティ、『The shark from the sky』。お腹を空かせた鮫は、ダモクレスにがぶがぶと噛みついた。
「ア……ア……歌ヲ……ガガッ、ピー」
 ダモクレスは、まだかろうじて動いていた。けれど、しずくが呼んだ鮫は、もう一度、機体に喰らいつく。ダブルが発動したのだ。
 ぱきり、という音を最後に、ダモクレスは完全に停止した。

●消音
「お仕舞い、ですね」
 羽菜が、舞踊を終えた。
「……さようなら」
「おやすみなさいませ」
 天花と紗更が、安らかな眠りについたであろうエレキギターへと言葉を投げる。
「ちょっぴり切ないですけど、音楽は皆を笑顔にしたり、感動させてこそですから」
「そうだねっ。ダモクレスの演奏は武器としてしか使えないんだから、人を喜ばせたり感動させたりするのは無理だよねっ」
 しずくと苺は言い、周辺のヒールへと向かった。桜子がそれに続く光景を、ペトラは口の端を吊り上げて眺める。
「わたし、詳しくないなりに、ギターについて調べて来たんです」
 ダモクレスの残骸を見ながら言うのは、こみち。
「トレモロアームって、音程をすぐに変更するための器具みたいですね」
「そうね。押し引きすれば、ヴィブラートもかけられるわ。安易に使うと、チューニングが狂うけどね」
 蜜姫がこみちに応じる。
「やっぱり……ということは、元々の持ち主さんは、とても上手な方だったんでしょうね」
 そんな風に使い込まれたギターなら、もう一度自分の歌を聴いて欲しいと思うかもしれない、と。こみちは、語った。
「でも、これで良かったんですよね」
 そう結んだこみちに、蜜姫は頷く。
「お疲れ様ー。あー、なんだか歌いたくなってきちゃったかも。ね、この後用事がない人がいたらカラオケ行かない?」
 戦いを終えて、いつもの口調に戻った天花が誘う。
「いいわね。待ってて、辺りのヒールが終わったらあたしも行くわ」
 蜜姫は答え、桜子達の後を追って駆けて行く。
 壊れたエレキギターは、もうメロディを奏でない――誰かを音楽で傷つけることも、もう、二度とない。

作者:地斬理々亜 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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