偽りの果てに

作者:真魚

●勇者の資質
 ネオン輝く夜の繁華街、その奥には多くのホテルが立ち並んでいる。
 肩を寄せ合い、歩くカップル。その中の一組はタクシーを止めると、別れ惜しむように口付けを交わした。
「ありがとう。気をつけて帰って」
「うん、また今度ね」
 甘えたような声音で女が腕を伸ばせば、男は微笑み抱きしめる。
 その時、男の胸ポケットでスマートフォンが震えた。
「あら、もしかして婚約者さん? 早く帰らないとまずいんじゃない?」
「平気だって、今日は残業だって言ってあるから。あいつ俺の言うことは何でも信じるから、ばれるはずないよ」
「ふふ、悪い男」
 でも、そんなところも好きよ。そう呟いた女はもう一度男へ口付けると、タクシーへと乗り込んだ。
 走り出す車、手を振り見送る男。そうして車が角を曲がっていったのを確かめて、彼はスマートフォンを取り出した。
 メッセージアプリに表示されるのは、先ほど会話に出てきた『婚約者さん』の名前。やれ父親に親族の誰かを式に呼べと言われただとか、気になるドレスショップを見つけただとか――そこに並ぶのは、結婚式準備にまつわる言葉ばかり。
「めんどくせぇなぁ、いい気分台無し」
 スタンプひとつだけ返して、画面を閉じる。駅へと歩き出しながら、男は先程見送ったばかりの女へメッセージを入力し始めた。
「まぁいいや、どんくさいから何股してたって気付かないし、このままいきゃ逆玉の輿だからな」
 にやり、その笑いは決して品のよくないものなのに、それすら妙に絵になる。それくらい、男の顔は整ったものだったのだ。
 だから――彼は、彼女に見出された。
「ふふ、見つけたわ。勇者に相応しい人間……」
「え?」
 耳に届く声に、振り返る。しかし声の主を見つけるより先に、男の身は青い炎に包まれた。
「うわああっ!?」
 悲鳴も、姿も、青の炎がかき消して。やがて炎の中から現れたのは、三メートルほどの巨体だった。
 ぴしっとしたスーツに、胸元のはだけたシャツ。どこか色気漂う服装に身を包んだエインヘリアルは、顔立ちもまた鼻筋の通った美形で。その姿認めた桃色の髪のシャイターンは、満足そうに笑った。
「なかなか、良い見た目のエインヘリアルにできたわね。やっぱり、エインヘリアルなら外見にこだわらないとよね」
 黒い瞳を細めて、エインヘリアルを頭からつま先までじっくりと眺める。そして彼女はかしづく巨体へと、続けて言葉を投げかけた。
「でも、見掛け倒しはダメだから、とっととグラビティ・チェインを奪ってきてね」
 そしたら、迎えに来てあげる。微笑み告げられたシャイターンの言葉に、エインヘリアルは一礼するとホテル街を駆け抜けていく。目指すは、人の多い場所――すぐそこの、繁華街だ。
「ははっ、最高だ、俺は選ばれたんだ! みんな、俺のために死ねぇ!」
 風のように奔り、声を上げ。彼が惨劇を振りまくのは、その直後のことだった。

●偽りの果てに
「シャイターンの『炎彩使い』が起こす事件は知ってるか? また一体、エインヘリアルが出現することがわかったから、撃破してきてくれ」
 集ったケルベロス達へ、一礼して。高比良・怜也(饗宴のヘリオライダー・en0116)は、そう切り出した。
 『炎彩使い』。そう名乗るシャイターンの女性達は、死者の泉の力を操り、その炎で燃やし尽くした男性をその場でエインヘリアルにすることができるようだ。
 彼女達が生み出すエインヘリアルは、グラビティ・チェインが枯渇した状態での出現となる。そのため、まずは人間を殺してグラビティ・チェインを奪おうと暴れ出す――それを阻止するのが此度の依頼だと、語る怜也は戦場となるエリアの地図を広げる。
「男がエインヘリアルとなるのは、止められない。俺がヘリオンを飛ばして、お前達を送り出せるのは……この地点。エインヘリアルが暴れ出そうとする直前に、降下することができる」
 繁華街の真ん中、少し開けたその場所は、行き交う人や呼び込みする店員で賑わっている。その人々が虐殺のターゲットになっていると、赤髪のヘリオライダーははっきり告げた。
「戦場についたら、まずエインヘリアルに攻撃してくれ。一撃でいい、当たれば敵の意識はお前達ケルベロスに向かう。その間に警察が一般人の避難誘導をするから、お前達はそのまま戦闘を開始してくれ」
 厄介なのは、敵のポジションがキャスターであること。何の対策もなしでは攻撃が当たりにくい恐れもあるから、どうすべきかは考えてくれと怜也は語る。
「一般人の避難が完了したら、後はただ倒すだけだ。エインヘリアルは、撃破されるまでお前達を狙うだろう。逃走の心配はいらないから、しっかり片付けてきてくれ」
 そう、シンプルな戦いだ。被害が出ることさえ避けられれば、後は敵一体をただ討つのみ。それなのに、赤髪のヘリオライダーはどこか浮かない表情でため息をついた。
「シャイターンの選定する人間は、元から性格が悪いやつだ。こいつも例に漏れず、浮気性で女遊びが激しいっていう残念な性格をしている」
 いわゆるイケメンと言われる容貌だから、誘いも数多くあるのだろう。そのほとんどは相手の女性も遊びと思っているから、まだいいのだが――。
「一人。今回の事件で、この『女の敵』に深くかかわってるやつがいる。彼の、婚約者だ」
 二人の関係がどのようなもので、付き合いの深さがどの程度なのか、そこまでの情報はヘリオライダーにもわからない。ただ、『視得た』情報からわかるのは、この婚約者は今も彼の帰りを待っているということだ。
「エインヘリアルは、人間が生まれ変わりなるものだ。敵に男の記憶はないだろうし、婚約者のことを本心でどう思ってたかなんて、今となっては聞き出す術がない」
 予知の通り、逆玉の輿という利益のために利用したかったのかもしれない。逆に、そう嘯いていただけで本心では愛していて、だからこそ遊びの女では考えられない結婚というステップを踏もうとしたのかもしれない。
 真実は闇の中。こんな煮え切らない事件は、敵を倒してもすっきりしないかもしれないけれど――だからといって、ケルベロス達のやるべきことが変わるわけではない。
「いろいろ、思うところもあると思う。だが、これ以上被害が拡大するのが最悪の終わり方だってのはわかるよな。だから……」
 お前達はただ、エインヘリアルを撃破することだけ考えてくれ。眉間にしわ寄せながらも怜也はそう語り、ヘリオンの扉を開いた。
「いってこい、お前達なら、きっと」
 偽りの果てに、何か見つけられるかもしれない。そんなささやかな希望を呟いて、赤髪の男はケルベロス達を送り出した。


参加者
藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)
二羽・葵(地球人もどきの降魔拳士・e00282)
巫・縁(魂の亡失者・e01047)
神楽火・みやび(リベリアスウィッチ・e02651)
葛籠川・オルン(澆薄たる影月・e03127)
村雨・柚月(黒髪藍眼・e09239)
日月・降夜(アキレス俊足・e18747)
御春野・こみち(シャドウエルフの刀剣士・e37204)

■リプレイ

●急襲
 活気に満ちているはずの夜の繁華街は、デウスエクスの襲来により混乱に包まれていた。
 高笑いと共に、ルーンアックスを振り上げるエインヘリアル。逃げ遅れた一人の女性を捕まえて、斧を揮おうとするが――刹那、その背後で月の如き光が閃く。
 それは戦場へ到着した藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)の、卓越した一撃だった。けれど急襲は敵にすんでのところでかわされる。
 驚きながらも、勇者の手はまだ女性を離していない。けれど諦めぬ表情で、景臣は『此咲』握り直して女性の傍へと駆け寄った。入れ違いに射られたのは、妖精の加護持つ弓矢。
「お前の相手はこっちだ!」
 追尾する矢と共に、放たれる村雨・柚月(黒髪藍眼・e09239)の声。その攻撃は避けきれず、男の肩へと深々と突き刺さった。
「くそっ、ケルベロスか!」
 痛みに瞳を血走らせ、女性手放したエインヘリアルが肩の矢を引き抜く。その隙に景臣が逃げるよう促せば、一般人の女性は戦場を転げるように駆けて行った。
 守るように立ち塞がり、景臣はそっと眼鏡を外す。覆うもの取り去れば、瞳に灯る藤色の光。朧に揺れる紅は、彼の持つ地獄の炎で。
「……やれやれ。貴方はこれ迄に数々の女性に、貴方の婚約者に選ばれてきたでしょうに。それでもまだ足りぬとは――強欲な御仁だ」
 戦場でこの様な事を言うのは無粋ですか。言葉紡ぎながらゆるりと斬霊刀向けて、彼は勇者をひたと見据えた。
「せめて良いのが顔だけではない事を切に願いますよ。……さあ、楽しみましょう」
「はっ、生前の『俺』の知り合いか? 狩りの邪魔するならぶっ殺してやる!」
 敵意むき出しに、男は斧を構え直す。その頭上より、二羽・葵(地球人もどきの降魔拳士・e00282)が彼を狙う。ヘリオンより降下する勢いを最大限に活かし、加速して。
(「婚約者を裏切ったり騙したりする男性は許せませんけど、その人から謝る機会を奪うのはもっと許せないです。これ以上の犠牲は、絶対に出させません!」)
 固い決意、生まれる力が地獄の炎を噴き出す。憎悪と怒り乗せた刃は音もなく敵を狙うが、直前で察知したエインヘリアルは大きく仰け反り攻撃を受け流した。
 しかしその動きは無理のあるもので、体勢崩した体が揺れる。その機を逃すまいとドラゴニックハンマー向けたのは、日月・降夜(アキレス俊足・e18747)だった。砲撃が、敵の体に傷を生み機動力奪う。続けて揮われたのは、巫・縁(魂の亡失者・e01047)の鉄塊剣、『斬機神刀『牙龍天誓』』。
「奔れ、龍の怒りよ! 敵を討て! 龍咬地雲!」
 声を上げれば勢い増して、蒼き鞘が大地に叩きつけられる。そのまま引き上げ横に凪ぐと、生まれた衝撃波が敵の腹へ飛んでいく。それに追随するように駆けるのは、縁のオルトロス、アマツ。霊犬はそのまま衝撃波受けた敵へ肉薄し、剣で激しく斬りつけた。
「貴様の相手は私達だ。さぁ、来い」
 叩き込まれた痛みに腰折る敵へ、呼びかける声。そこには、縁の苛立ちが表れていた。
(「火遊びが過ぎて自分が燃える羽目になるとは笑えんな」)
 生前の素行もそうだけれど、自業自得同然の行いによって婚約者をひとり遺したことが、もっと許せない。本当に待っている人を悲しませる――覆らない現実を、それでもできる限り後悔しないよう、させないようにしたいから。
 縁の前に位置取る葛籠川・オルン(澆薄たる影月・e03127)も、想いは同じだった。人格の善し悪しに関わらず、人は人として生きそして死ぬ権利があるとオルンは思う。そんな彼にとって、人の営みを狂わせるシャイターンの行為は強く嫌悪するものだから。
「……ここで、あなたを終わらせます。誰もその手に掛けていない内に」
 決意を言葉に、合わせて放つのはオウガの粒子。前方のケルベロスへ支援の光が広がる中、勇者の男は彼らの想いを拒絶するかのように斧振り上げて跳躍した。
「終わるのは、お前達の方だァ!」
 吼える声、叩き込まれる力は柚月の体を的確に狙っていて。けれどその一撃が振り下ろされる前に、割り込んだ葵が攻撃を受け止めた。

●誠実
 敵は命中精度と回避能力の高いキャスター。狙い定めた一撃は、葵の体に深い傷を刻む。
「葵さん!」
 目の前で傷付く仲間の姿に、癒し手務める御春野・こみち(シャドウエルフの刀剣士・e37204)が声上げる。高まる緊張に飲まれそうになるけれど、少女は息吐き出しながら戦況を見つめた。
 敵の攻撃は、油断ならないものだ。けれど葵はそのダメージを事前準備によって抑えていた。ヘリオライダーの予知によって知らされていた、敵の操るグラビティ。その攻撃はどちらも破壊をもたらすものだから、それに応じた防具を用意していたのだ。
 葵だけではない、敵の攻撃が届く前衛は皆、破壊のダメージを半減する装備を整えている。そこに守り手の特性も重なれば、被害は最小限に留めることができるだろう。
 敵が会心の一撃を放ったところで、即座に戦線が崩壊することはない。だから、焦らなくて大丈夫。こみちは小さくひとつ頷くと、後衛の陣形を見出していく。
 敵の強化を打ち破る加護振り撒いて、ちらりエインヘリアルを見る。整った顔立ち、どこか色気を感じる身なり。けれどそれは事実として瞳に映るだけで、それ以上の感慨はない。
(「この男性の行動は、個人的には許せないし、悲しいなって思います。でもこの男性はもう二度と、反省したり怒られたりすることはないんですよね」)
 炎彩使いが、塗り替えてしまった未来。その方がもっと許せないし、悲しいと想うから。
「悲劇を、止めましょう」
 感情のせて、発した言葉。その声に仲間からはいくつも頷きが返る。
 そんな中、影の如き斬撃を繰り出したのは神楽火・みやび(リベリアスウィッチ・e02651)だ。密やかに敵を狙う攻撃は、しかし当たる寸前で悟られ回避されてしまった。みやびの敏捷能力は決して高いと言えず、狙撃手の特性を持ってしてもそのグラビティが当たる可能性は低い。
 使うグラビティを再考しなければ。冷静に判断しながらも、彼女は男に視線を向ける。
(「最低最悪な人間の屑だったようですが、理不尽に命を奪われた点には同情します」)
 婚約者がいるにも関わらず、女遊びを繰り返していたのは紛れもない事実。だから彼女は、エインヘリアルとなった男のことをそう断じた。
 せめて、これ以上罪を重ねる前に殺してあげるべきでしょう。考える少女の前を、降夜が風切るように駆けていく。握る拳、篭められたグラビティを、針状に変化させて。
 止まってろ。その言葉と共に繰り出された針は、敵の体を地面へ縫い止めた。
「まー……俺にとっちゃあエインヘリアルの面がどうだろうが関係ないしな?」
 紡ぐは、日常のように飄々とした台詞。けれど心の内には、別の想いが沈んでいて。
(「永遠に帰って来ない相手を待つのは辛いもんだ。例えそいつが女の敵でも」)
 置いて行かれた側――婚約者のことを想えば、心境は複雑だ。けれどそんな感情を表に出すことはせず、降夜は敵と距離置いた。
「くそっ、邪魔しやがって!」
 痛む体に苛立って、勇者が斧を振り回す。その攻撃は再び柚月を狙うが、二者の間に景臣が体を滑り込ませる。斧が間合いに入るより先、突き付けた刀。距離狂わせるその動きに思わず敵が失速すれば、僅かな隙が生まれて。
 勢い失った攻撃はそれでも景臣を傷つける、しかし引き換えにこちらの攻撃が当たるなら構わない。
「――火加減は苦手でして」
 静かに語れば、刀身を這い踊る幽けき紅蓮。神経蝕むその炎は、エインヘリアルの体を包み込んだ。
「アアアアァッ!」
 刹那の苦痛、しかしその痛みは男の思考を奪っていく。闇雲にルーンアックス揮う敵を見て、柚月は小さくため息を零した。
「今はもうただの戦闘狂か……」
 彼の生き様、成れの果てを見ると、やはり人は誠実に生きるべきなんだろうと思う。けれどこの状況が不誠実のツケとは、彼は思わない。
(「デウスエクスに生を奪われるのはやっぱ理不尽だ」)
 この男も然り、男が奪おうとした生もまた。だから柚月は足のエアシューズを滑らせて、炎生むため加速する。
「デウスエクスに成り果てた者は倒すしかない。どう足掻いても変えられないものもあるんだ。だから今は……今を生きている人達のために、こいつを倒す!」
 チェーンソー剣による一撃は、回避高い敵に当てられない。だから今は、この足に想いを篭めて。彼が的確に選択した攻撃は敵へと届き、その蹴撃に勇者は獣の如き悲鳴を上げた。

●果て
 多数配置した狙撃手が状態異常与え、癒し手と守り手が命中率上げるエフェクトを振り撒く。ケルベロス達が採ったのは、キャスターを相手取る際に有効な戦法だった。
 此度の敵は破壊のルーンと頭上から叩き割る攻撃を持っており、放置すればケルベロス側の強化が遅れることとなる。その辺りが戦局を左右する要素だったのだが、そこにしっかり対策したこみちの行動は特に素晴らしかった。
 初めに狙撃手達へ与えた破剣。敵に狙われぬ後衛への支援は、戦闘中持続する。複数人を対象とする故、全員が加護を得ることはなかったが――それでも二名が攻撃の度にその効果発揮すれば、敵のエフェクトは早々に打ち消される。
 敵の与える状態異常に対して、回復より命中率上昇を優先させたのも効率がよかった。単体しか狙わぬ敵の状態異常は、蓄積するまでに時間がかかる。それを即座に解除するよりも、複数の仲間に加護与える方が結果として与ダメージの上昇に繋がったのだ。
 結果、ケルベロス側の命中率は早く安定した。更にオルンが与えた禁癒の効果で、敵の回復もままならぬ場面が多くなり――窮地に立たされた勇者は、最早力任せに攻撃を揮うしかなくなっていく。
「ふざけんな! 俺はもっと強くなるんだ!」
 焦りが怒りとなり、男はルーンの力を斧へと大量に注ぎ込む。光輝く武器が狙うのは、オルン。その会心の一撃は彼の艶やかな毛並みを切り刻み、体力を大きく削り取った。
 すぐに回復を。巫術操ろうとするこみちだが、それより先に景臣が癒しのオーラを放つ。
「ここは僕が。こみちさんは火力の補助を」
「はいっ!」
 今は回復に手を割くよりも畳み掛ける時、だからこみちは迷いなく爆破スイッチを押した。士気上げる爆風が、前方の仲間達の背中に巻き起こる。
 その内に、降夜と縁は勇者との距離を一息に詰めていた。降夜の掌が男に触れ、螺旋の力を叩き込む。続けて縁が揮うのは、オウガメタル纏った拳。
「打ち貫く! そして砕け!」
 声と共に突き出す腕、その手はエインヘリアルの体を貫き、スーツを引き裂いていく。
 優位性奪う程に弱体化させたから、狙撃手の攻撃は深く深く突き刺さる。今なら、前衛のグラビティもきっと届く。
 勝機感じて、オルンは子飼いの病魔を喚び寄せた。
「彼らはあなたの血肉を欲しているんだ」
 象る姿は烏のよう。無数の黒は勇者へ群がり、その身を喰らい尽くさんと嘴向ける。苛烈な攻撃に、ついにエインヘリアルは膝を折った。
「あなたの偽りの善し悪しについて論ずる気はありません。……ただ。あなたに、人としてどなたかに伝えたい言葉は、ありますか」
 褪めた瞳で見据えながら、オルンは男へ問いかける。すると敵は、膝ついたままの体勢で鼻を鳴らした。
「ねぇよ、別に。婚約者? 俺には関係のないやつだ。女に縛られるなんて馬鹿馬鹿しい」
「なっ……」
 こみちが非難の声上げようとすると、男はそれすらくだらないと笑い、言葉を続ける。
「でもまぁ、そいつさ。『俺』には、不釣り合いだったんじゃねぇの」
 ――それは、エインヘリアルとしての彼が発した、客観的な感想だったかもしれない。
 けれど、人として生きていた『彼』の最後の自虐のようにも聞こえて。ケルベロス達は、思わず押し黙った。
 沈黙は一瞬、破ったのはみやび。彼女は男へ近付きながら、両手にグラビティ・チェインを集めていく。偽りだらけの人生の終わり、その死を悲しむ人がいるのは幸せなこと。だからそれを心に刻んで、地獄で眠れと彼女は思う。
「私、あなたのような人は嫌いです。けれど、あなたの命を奪ったデウスエクスはもっと嫌いです」
 言葉と共に突き出す手、槍の如き攻撃は敵の体を正確に穿ち、男が苦しげに息を漏らす。
 その姿に、葵も地を蹴った。練り出すエネルギー、対象を体内から破壊するそれは、このタイミングでやっと敵に届く。
「聞きたかったのは、あなたの言葉じゃない」
 睨む緑の瞳、滲むのは殺意。エインヘリアルの言葉は、決して真実を語るものではないのだと。そう、何かを振り切るように。
 グラビティ繰り出す二人に背中押されるように、柚月もカードを取り出す。そこに秘められたのは、大いなる雪の力。
「清らなる風に舞う雪の花! 顕現せよ! シャインブリザード!」
 発動の言葉、雪の結晶を剣へと纏わせて。敵の懐飛び込んで、至近距離で彼は叫んだ。
「俺はケルベロスだ。何であろうと躊躇いはねぇ!」
 決意と共に、放たれる衝撃波。その冷気は傷付いたエインヘリアルを包み込み――はらり、雪の花が舞い落ちる時、勇者の姿は空に消えた。

●真実
 戦闘は、ケルベロス達の勝利に終わった。けれど、彼らの胸に高揚はない。静かに周囲へヒール始めた仲間見ながら、柚月はぽつりと声を漏らした。
「何とも哀れな男だったが婚約者にとっては大切な男。ならば、被害者は2人、か……」
「例え万に一つでも、ヒトとして生きてさえいれば行動を改める可能性があったってのにな……」
 相槌打った降夜の言葉にも、滲むはやり切れぬ想い。そんな二人に、葵は事後処理託す警察へ婚約者のフォローも頼みたいと語る。――もう待たなくて、いいように。
 そんな話聞いてオルンの脳裏に蘇るのは、彼の最後の答えだった。何かを期待したわけではなく、ただ投げただけの問い。どんな返答だったとしても、婚約者に伝えることはなかっただろう。
 そうして修復終えて、景臣は眼鏡の奥の瞳を僅かに伏せた。人の心もこの位簡単に直せたら、どんなに楽だろうと胸中で呟いて。
 元の姿取り戻した繁華街見ても、縁の苛立ちは消えない。そんな心を紛らわせたくて、彼は煙草に火をつけた。
「視得たことの、死んだ人間の真意など遺された者には分かりようが無いのだろうな」
 目に見えぬ、人の心。その難しさ感じながら紫煙くゆらす仲間に、景臣は頷きながら言葉続けた。
「……とはいえ、『本当』の彼が視得なかった事こそ幸いなのかも」
 婚約者さんにとっても――僕達にとっても。
 真実は、変わらず闇の中。果てに掴んだ言葉すらも、嘘か誠かわからぬままだ。けれど、だからこそ可能性は受け手の数だけあるのかもしれない――そんなことを考えながら、ケルベロス達は繁華街を後にするのだった。

作者:真魚 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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