きらめき果実のドリンクフェスタ~怜也の誕生日

作者:真魚

●きらめく果実が並ぶのは
 日差しが強くなり始める、六月。梅雨の訪れと前後して、開かれているイベントがある。
 会場のブースに並ぶのは、大小様々な瓶。その中は液体で満たされ、たくさんの果実が浮かんでいる。
 果実酒。果実と酒と砂糖を漬け込み作られるそれは通年楽しめるものではあるのだが、中でも有名なのが梅酒だろう。梅雨の訪れと前後して収穫される青梅は、この時期に仕込まれる。そうしてしばしの熟成期間を経て、仕上がるそれは芳醇にして爽やかな酒となるのだ。
 会場にも、一番多く並んでいるのはこの梅酒の瓶だった。たくさんのメーカーから集められた梅酒は、スタンダードなものも個性的なものも、まさに多様。蜂蜜梅酒に黒糖梅酒、日本酒で作った梅酒などもずらり勢揃いしている。
 そして梅酒コーナーの隣には、他の果実酒も競い合うよう陳列されていて。いちご酒の赤、ライム酒の緑、オレンジ酒の橙。色とりどりの果実酒は見た目にも楽しめるよう透き通る瓶に入れられており、日差しにきらめく姿は何とも涼しげだった。
 彩り溢れる、果実酒フェスタ。
 そんな祭りがあると聞いたら、酒豪のヘリオライダーが黙っているはずはないのだった。

●今年も、皆で宴を
「ってわけでだな、お前ら一緒に飲みに行こうぜ!」
 『果実のドリンクフェスタ』。そう書かれたチラシを広げ、声かける高比良・怜也(饗宴のヘリオライダー・en0116)はそれはそれは上機嫌だった。
 またお酒なの。呆れ顔浮かべつつも誘いに応じた愛月・かのん(夢歌・en0237)は、チラシに目を通し――そして瞳を輝かせる。
「わあ、すごい綺麗! 写真映えしそう!」
「だろ? 酒だけじゃなくて果実シロップのジュースも出してるから、お前でも飲めるぞ」
 果実の酒と、シロップ。会場に並ぶドリンクは飲み放題で、気に入ったら購入することだってできる。つまみに用意された様々なドライフルーツも、また食べ放題。そうして、販促しているイベントなのだが、もう一つ。
「このイベント、自家製の果実酒作りも推しててな。手作りの体験コーナーもあるんだ」
 参加料は必要だが、材料や瓶など全て用意されている。消毒用アルコールや使い捨て手袋などの衛生用品もしっかり用意されているから、スタッフの説明通りに作れば会場でも清潔な状態で仕込むことができるだろう。量は少なめなので飲めばすぐなくなってしまうだろうが、体験したことを活かしてまた家で作ることもできるはず。
「へえ、果実酒っていろんなフルーツで作れるのね。おもしろそう!」
 ちょっと贅沢だけれど、さくらんぼで作るシロップなんて見た目も味もよさそう。早くも参加した後のことを考え始めたかのんは、そこでふと顔を上げた。
「あれ、このイベントって、怜也の誕生日と被ってる?」
 六月十二日。人に与えられた分はきっちりお返しするのがポリシーのこの少女は、だから自身の誕生日を祝ってくれた男の生まれた日も覚えていて。指摘すれば、赤髪のヘリオライダーはへらり笑った。
「ああ、そうだ。だから、大勢で飲みに行ったら楽しいと思ってな」
 一番美味く酒を飲みたい日。それが、怜也にとっての『誕生日』というものだから。
 飲んで、笑って、語り合う。
 そんな一日に、つきあってくれたらとても嬉しい。そう語った男は最後にまた笑顔浮かべて、楽しみだなあと言葉紡いだ。


■リプレイ

●彩りの乾杯
 梅雨晴れの下、会場へ足を踏み入れればきらめく瓶がケルベロス達を迎える。
 色とりどりの果実酒が並ぶ中、小さなグラスを掲げたのはアイヴォリーだった。
「怜也に生誕の祝杯を――おめでとう!」
 掲げる杯を満たす水色は、ヘリオライダーの髪色とよく似た紅。浮かぶ果実を見ればわかる、ミックスベリーシロップのソーダ割。同じくミックスベリーの酒注いだグラス持って、怜也は祝いの声に照れたように笑った。
「試飲の酒だけど」
「いいじゃないか、試飲最高! この中からいい酒探すってのが楽しいんだよな」
 悪戯っぽい笑みで言葉紡ぐ夜に、にやり笑う男はグラスの酒を一気に飲み干しうまいと声漏らす。
「ありがとうな、二人にもいい一杯との出会いを!」
 語る時には、すでにほんのり赤ら顔。そんな怜也が次の果実酒探しに行くのを見送って、二人も気になるものを探索する。
 様々な梅酒をロックで飲み比べ、杏や洋梨の甘さも楽しんで。レモンを加えればすっきりさっぱりする、などと解説する夜に、アイヴォリーは恨めし気な視線を向けた。
「夜が! 酒テロしてくる!」
 漂う果実酒の香り、いつもより饒舌にその味を語る彼。未成年ゆえ我慢の子なアイヴォリーには羨ましくてたまらない――けれどご機嫌な顔見れば、怒れるはずもなく。
 視線外して、キウイとミントのシロップをちびり。そんな彼女の姿にふわり笑って、夜はその唇へと触れるだけの口付けを落とした。
 仄かに伝わる果実の香り、甘いキス。アルコールなんてなくても、アイヴォリーの顔は真っ赤に染まる。
「君が成人を迎えたら、ふたり好みのベストオブ果実酒を見つけようね」
「――もう、約束ですからね?」
 交わすのは、未来の約束。きっとその時は、二人の距離もさらに縮まっている。
 ノルとグレッグが飲み比べるのは、自分達で作る時の参考にするため。
「苺のお酒は色もかわいいし、ブルーベリーは夏向きだし、夏みかんのお酒は見た目がすごくかわいくて……」
「俺はレモンを使った物も飲みやすいし、これからの季節にも合いそうだと思った」
 少しずつもらってきた果実酒を、二人で確かめるように飲んでいく。梅酒ひとつとってもバリエーションは多様、こうして一度に飲み比べられる機会はそうないだろう。
 生姜や柚子はもう少し先の季節に向けて仕込もうかと、語るグレッグはふとノルを見て、その顔が赤らんでいるのに気付く。この後の酒は、グレッグが全て引き受けるべきだろう。
 まどろみふわふわ微笑むノルへ、グレッグが用意したのは果実シロップ達に隠れるよう置かれていた金木犀のシロップ。ソーダで割ったノンアルコールドリンクは、味も香りも夢のよう。
 大好きな花を漬けたシロップ飲んで、幸せのため息零すノル。そんな相手を見てグレッグもまた笑い、ノルが気に入ったものを家で作ってみたいと語った。
「やりたいこと、また沢山増えたね」
 あなたといれば、夢に終わりはないから。そっと寄り掛かれば、体の熱も溶けていく。
「ねぇねぇみてみて万里くん! あれっ、あれ苺です! わぁわぁみてみて! 梅も!」
「一華、転ぶなよ」
 ぐいぐい手を引き、あっちへこっちへ。大興奮の恋人に連れられ、万里は笑みを零す。ちょうど果実の酒やシロップ作りが絶賛マイブーム中の一華だ、宝の山を前にはしゃぐのは無理もない。
 イベントが終わったらきっとまた家に瓶詰めが増えるのだろうと、万里が考えるうちに一華が頼んだのは蜂蜜梅酒のロック。万里くんのオススメも、と頼まれれば、彼は苺を漬けたウイスキーをオーダーする。
 さらにもう一杯は、店のオススメを。一華がリクエストすれば、スタッフがぜひ飲んでほしいと持ってきたのはレモン酒だった。国産レモンを皮もたっぷり使って作ったそれは、鮮やかな黄色に染まっていて、万里に故郷のリモンチェッロを思い出させる。
 今の家で、二人で作るのもいいかもしれない。考えながらちびり飲む万里に、きゅっと抱きつくのはご機嫌な一華で。
「大人って良いですね、冷たくて美味しいお酒で夏をしながらぎゅって出来ますのよ」
「……一華は外であまり飲むなよ?」
 甘える愛らしい姿は、自分だけの秘密にしたいから。二年前と似た言葉紡いだ彼は、ふっと笑いながら恋人の頭を優しく撫でた。
 シロップ漬けにもお酒にも目移り、合間にベリーのドライフルーツ摘まんで頬抑え。つばきとめぐりの兄弟は、果実の誘惑に浸りながら歩いていく。
「めぐはストロベリーがお気に入り?」
「つばきはいちごのお酒?」
 交わす言葉、二人がグラスに注いだのは、どちらも赤い苺の飲み物だった。
 めぐりのシロップは、ラズベリーのドライフルーツで少しの酸味を。つばきの酒は、はちみつ垂らして甘々に。一つの歳の差、飲めるものは異なるけれど、好みの味はきっと同じだ。
「ねえ、つばき、ほろ酔い気分ってどんな感じ?」
 尋ねるめぐりが向けるのは、興味と羨望の眼差し。そんな素直な表情がくすぐったくて、つばきはふわり微笑んだ。
(「すぐに大人になっちゃうんだから。あと少しだけ背伸びした兄で居させて?」)
 想いは胸に、弟誘って向かうは手作り果実酒のコーナー。君の記念日のための果実酒を、作れば楽しみはぐっと増えるから。
 手を引く兄に、従う弟も笑顔を浮かべる。追いつくその日まで、まだ甘えさせておいてほしい。願うめぐりはつばきの手をぎゅっと握りながら、どんな果実酒を作ろうか考えるのだった。

●きらめきと共に詰めるのは
「わー……わー……!」
 思わず声上げ、色とりどりの果実酒に瞳輝かせる。鮮やかな色彩に心躍らせ、雅浩が辿り着いたのは果実酒作り体験のコーナーだった。
 自分の手で作れると知れば、これはもうやるしかない。さっそくスタッフに説明受けて、彼は漬け込む果実を選び始める。
「色とりどりのミックスベリー酒にしてみようかな。ブルーベリーとイチゴと……ラズベリーないかな」
 二種の赤と、濃い紫。そこに氷砂糖の白が加わる様を、じっくり眺めながら瓶へ詰めていく。
 そんな雅浩に気付いて、声をかけたのはかのん。
「わあ、ベリーたっぷりで、見た目も綺麗ね!」
 さくらんぼシロップの瓶を振りながら、笑顔浮かべれば雅浩もうなずく。蓋して完成した後も、美しい色彩に飽きることはなく、いつまでも眺めていられそうだ。
 あれこれ悩むけれど、ついつい目がいってしまうのはベリー系の果実達。結局素直にそれらを手に取って、リーズレットは顔を上げる。
「うずまきさんは何を使うか決めたか?」
「もごっ?! ふぇえ?!」
 問いかけに返ったのは、焦る声。見ればうずまきは材料のつまみ食いの真っ最中で、その姿にリーズリットは思わず笑みを零した。
 慌てながらうずまきの手が掴んだのは、アプリコット。これに決めたと誤魔化すように語ったうずまきは、リーズリットが選んだ果実に視線を移す。
「リズ姉は……ベリーにするの? 明るさの違う赤がいっぱいでルビーみたい! 可愛いよね♪」
 その言葉が、決定打だった。リーズリットは納得して、苺やブルーベリーといったベリー系の下準備を始める。
「宝石……うん、そうだな! うずまきさんの瞳のように綺麗で可愛い」
 微笑みながらの声に、今度はうずまきが目を見開いた。彼女の後押しとなれたことも、瞳を褒められたことも嬉しくて、だから思い切って言葉を紡ぐ。
「あのっ! あのねっ! ボクもねっ! これ、リズ姉の髪みたいだなって……そのっ……」
 最後まで、はっきり言いたかったのに。想いが空回りもどかしいうずまきだけれど、その表情が言葉以上に想いを伝えてくる。
 だから、リーズリットはふわり笑って瓶を楽しげに揺らした。
「これ、出来たら半分ずつわけっこしよっか♪」
 提案への答えは、繰り返すうなずき。仲良し二人の時間は、この先も続いていく。
 鼻歌奏で、ラカが選ぶのは赤い宝石達。つまみ食い用までしっかり取り分ければ、それをぱくりと拝借する染が隣にいて。
 苺、苺、ラズベリー、苺。レシピ見ながら慎重に瓶へ果実を詰めていくラカの姿がおかしくて、染は思わず言葉紡ぐ。
「いちごに漬かってんのお前じゃねぇ?」
「うん? 漬かるより溺れる位が好きだなあ」
 返る言葉はふんわりと、弄られたことに気付いているのかどうか。そのままラカは隠し味の桃と蜂蜜を落として、ホワイトリカーを注いでいく。
 甘そう、だけれど味見の要求は遠慮なく。もちろんどうぞと返されて、染は自身の作業へ取り掛かる。
 こちらはレモンとキウイを詰め込んで、蜂蜜とブランデーを足していく。鮮やかな黄色と緑の夏らしさに、手元覗き込んだラカが感嘆の声漏らす。ソーダ割して飲めばきっと、爽やかで芳醇な風味となるだろう。
 そうしてそれぞれ好みの果実酒漬け終え、蓋をして。
 瓶の中で揺らめく液体見て、ラカはそれを掌で転がす。
「出来上がるまで待ち遠しいなあ。今飲んでもおいしそ……むぐ」
 作った側から封を開けそうなラカの口に、放り込まれたのは苺のドライフルーツ。
「それで暫く我慢な?」
 笑いながら声かける染も、手の中の瓶をそっと揺らす。
 作る過程も、膨らむ期待も、何もかもが楽しい。それはきっと、二人一緒に作るから。
 だからきっと、共に飲む時だって楽しさに溢れているのだろう。
 おいしくなあれ。ふわり笑ったラカは、願い篭めて瓶へと唇を落とした。
 お酒は誰かと飲むから美味しいのだから、作るのだって誰かと一緒がいいはず。そんな考えを共有した環とアンセルムは、さっそく果実酒作りの準備を始める。
「朱藤がお酒飲める人で良かったよ。……ちょっと意外」
「意外ってまさか……年齢的な意味ではないですよね?」
 友人の言葉に、思わずじろり睨んでしまう環。その反応見て、アンセルムは慌てて否定した。言われると気になるけれど、環も自身の外見が未成年と間違われやすいことはわかっている。今日だって、果実酒作りを咎められないよう年齢確認できるものをしっかり用意してあるのだ。
 器具を揃えて消毒したら、材料選び。初めてゆえ基本に忠実にと考えていた二人だから、こちらもすんなり決まった。アンセルムは今が旬のビワ、環は甘酸っぱく瑞々しいさくらんぼ。そこに氷砂糖と、ホワイトリカー。注げば瓶の中の果実が、ふわり浮いて輝いて。
「アンちゃんのビワも美味しそう……」
「朱藤のさくらんぼ酒も美味しそうだよね」
 つまみ食いしたい気持ちをぐっと抑えた環の声に、アンセルムが相槌打つ。
 飲み頃は、二、三か月ほど先。おいしく熟したその時は、飲み会をしようと二人は語る。
「このお酒は、その日までのお楽しみ……だね」
「ふっふっふ、大人の時間の予感です!」
 語る未来、笑い合う二人。共に飲む果実酒は、とびきりおいしいに違いない。

●篭める想い、未来へ
 並ぶ果実、清潔な瓶。氷砂糖や蜂蜜見れば、宿利はふわり微笑む。
「懐かしいなぁ……何年振りだろう」
 蘇るのは子供の頃、母のシロップ作りを兄と手伝った思い出。父様には梅酒を作ってたわね、と語れば志苑もうなずき昔を振り返る。
 彼女の家もまた、この季節は母があれこれ梅仕事をしていたもので。
「果実ではありませんが紫蘇のドリンクも作っていました。暑い日に冷やして飲むと美味しいのです」
 これから訪れる夏、キンと冷たいドリンクが喉を潤してくれる時は至福。そんな思い出話聞きながら、蓮は柑橘類の山に手を伸ばす。男所帯の蓮の家、果実酒がある景色など記憶にない。
「酒は豪快に芋や米だったな。おっさ……いや、祖父や、……父は、そういうのを作る人は居なかった」
 だから、こういうのは初めてだ。そう話しながらとびきり綺麗な一粒探せば、他の二人も果実を選び出したようで。
 志苑は杏子、紅茶に入れても飲みたいと。蓮はレモンと甘夏ですっきりしたもの。そして宿利は梅シロップで、懐かしいあの味を再現しようと考える。
 果実を選べば、まずは下ごしらえ。皮をむいたり、へたを取ったり、三人はそれぞれの工程を丁寧に行っていく。
 瓶に詰め込む色は、オレンジに黄色に緑。三種三様のカラフルな見た目に、この夏の完成が待ち遠しいと宿利は思って。
「……シロップが完成する頃になったら、皆で試飲会、やりましょうね」
「ああ、完成までに時間が掛かる分出来た時は美味いんだろうな」
 彼女の提案に、うなずくのは蓮。更に未成年二人が大人になったら今度は梅酒作りも一緒にしようと、語れば未来の楽しみがもっともっと増えていく。
「成人してからの梅酒作りも是非御一緒させてください」
 微笑み言葉紡いだ志苑は、そっと瓶の蓋を閉める。閉じ込めた果実の瓶詰め、その中にはきっと、未来への期待もたっぷり篭められている。
 夫婦で果実酒作りに挑戦するのは、リューディガーとチェレスタ。配布されるレシピ読めばすぐに要領を得て、二人は思い思いの果実酒を仕込んでいく。
 チェレスタは、切ったレモンに蜂蜜垂らし、ホワイトリカー注いでレモン酒に。イタリア発祥のリモンチェッロのように、冷やしてソーダ割で飲めばきっとおいしいはず。
 リューディガーが用意したのは、さくらんぽとブランデーだった。砂糖と共に漬け込んで作るさくらんぼ酒。ブランデーの深みと果実の甘さが溶け合う味を想像すれば、心が躍る。
「夏を迎える頃には飲み頃になりますから、これからの季節にぴったりですね」
「ああ、そうだな。夏になったら、二人で完成した果実酒を楽しもう」
 一緒に、お菓子や料理も作ろう。チェレスタの言葉にうなずいたリューディガーが、示すのはブランデーの中に沈むさくらんぼ。ブランデー漬けになった赤い果実は、早めに取り出せばケーキ作りの材料になるだろう。自然の恵みを、余すところなく味わう。そんな日が楽しみだと、二人は共に笑い合って。
「時間をかけてゆっくり熟成してゆくのは、どこか夫婦の関係にも似てますね」
 流れる時がエッセンスとなり、ゆっくり変化していく果実酒。その様が自分達に重なるようだとチェレスタが語れば、リューディガーは自宅でも果実酒を漬け込もうかと考える。
「果実酒は、時間をかけて熟成すれば、更に深みが増すという」
 今日の恵みを、一年中楽しめるように。もっと、大きな瓶で作ってもいいかもしれない。
 これからも二人で――そしてより濃い人生を。語り合うこの時もまた、ゆっくり穏やかに過ぎていく。
 あかりが作るのは、苺の果実酒。丁寧に水気をふき取りへたを取って、詰め込む苺はふんわり甘い匂い。そこに加えるレモンが爽やかな香り放てば、あちこちでころころの氷砂糖が輝いている。
 香りも、見た目も、お菓子のようで。瓶詰めの様子に満足げに耳揺らせば、見守る陣内も鼻を鳴らしてうきうきした様子。
 家事をしない陣内は、自身のために作業してくれるあかりを見守っている。苺の果実酒を、と指定したのも彼の方。果実酒は、華やかな香りが楽しくてどれも嫌いじゃないけれど、その中でもなぜ苺にしたのかと言うと――。
(「仕方ないじゃないか。赤い色がとても美しくて、君みたいなんだ」)
 そんなこと、決して口にはしないけれど。思ううちにあかりは酒を注ぎ終えたらしく、陣内へと瞳を向けた。出来上がり、楽しみだね。語る彼女の耳が、感情豊かにぴこりと揺れる。
「熟成も出来るみたいだから、全部飲み切っちゃ嫌だよ? いつか、オトナになったら僕も飲みたいし」
 きゅ、と蓋しながら語るけれど、それに陣内は首をひねった。
「約束はできないな。だって、あかりが作るんだったら絶対美味しい。一滴も残せる自信がない」
 真っすぐに向けられる言葉。嬉しい台詞ではあるけれど、一人で飲み切られるのは残念で――複雑な表情浮かべるあかりを見て、陣内は小さく笑った。
「なんてことはない、簡単だ。毎年作ればいいのさ。作る度にもっと美味くなる」
 毎年毎年、この季節に仕込む果実酒。残しておけば、飲み比べる楽しさもあるだろう。そう思えば空にするのは我慢できるかも。語れば、あかりの耳がぴこり。
「……それに、もしかしたらそのうち俺もやり方を覚えるかもしれない。君専用のボトルを作りたくなるだろうから」
 言葉紡ぎながら、できたての苺酒の瓶へ手を伸ばす。この酒が姿を変えるのを、ずっと見ていけたらきっと楽しいから。
 瞳に優しい光灯す彼に、あかりはそっと感嘆のため息を零す。ほんとに、僕をその気にさせる天才だ。言葉にはしないけれど、少女のぴこぴこ動く耳が喜びを語るようで。
「……良いよ。毎年作ってあげる。二人で乾杯、できたらいいな」
 いつかとびきり上手にできたあかりの酒と、陣内があかりのために作ってくれたお酒を並べて。そんな夢も詰めた今年の果実酒見つめて、二人はふわり笑い合った。

 時を経て、少しずつ熟成していく果実の恵み。数か月後には完成した味を楽しめるし、酒なら長く長く味の変化を感じられるだろう。
 それは、人の知恵が生み出した飲み物。この日の味をずっと楽しめるよう願いながら、ケルベロス達は果実の宴をもう少しだけ堪能するのだった。

作者:真魚 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月3日
難度:易しい
参加:22人
結果:成功!
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