楔断つ邪炎

作者:雷紋寺音弥

●封竜探索
 竜十字島。
 東京より東に1200kmほど離れた場所にある、ドラゴン勢力の拠点にて。
「……見つけたわよ。邪悪なる炎を司る竜……この座標で、間違いないわね」
 浮遊する半透明のホログラフのようなパネルを叩きながら、少女の姿をしたドラグナーが、誰に告げるともなく呟いた。
 その周囲にいるのは、悪魔を思わせる奇怪な姿をした漆黒の怪物達。だが、ケイオス・ウロボロスと呼ばれる彼らもまた、姿形は兎も角として、ドラグナーであることに違いはなく。
「お前達……この場所に向かいドラゴンの封印を解きなさい……。そして、封印から解かれたドラゴンに喰われ、その身のグラビティ・チェインを捧げるのよ……」
 全ては、ドラゴン種族の未来のために。奪い、恨まれ、そして最後は喰らい尽くされることが、ケイオス・ウロボロス達の存在意義であると言わんばかりに。
 中村・裕美。座標を計算していたドラグナーの少女は、それだけ言って不敵な笑みを浮かべながら、眼鏡の奥に冷たい光を宿していた。

●邪炎の目覚め
 深山幽谷。そう形容するに相応しい森の中、怪奇なる者達の鳴き声が響く。
 梢が揺れ、羽ばたきが聞こえる度に、森を住処とする動物達が恐れをなして逃げ出した。そして、それらと入れ替わるようにして舞い降りた4体のケイオス・ウロボロス達は、およそ人の言葉に直すことのできない、人間が発音さえできない言葉で呪文を紡ぎ。
「……ォ……オォォォ!!」
 天を揺るがし、地を引き裂くような唸り声と共に、大地が大きく隆起する。土砂を払い、森の木々を薙ぎ倒して現れたのは、緑色の炎を翼に湛えた竜だった。
「……ッ!? ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛……!!」
 怒りか、それとも耐え難い渇きに誘われてか。竜は自らを解き放ったケイオス・ウロボロス達を、次々と貪り食らって行く。
「グ……ゥゥゥゥ……」
 やがて、全てのケイオス・ウロボロスを食らった竜は、低い唸り声を上げながら翼を広げた。その足元に転がる宝玉には興味も示さず。自らが何者なのか、それさえも語ることなしに。
 人心を縛る邪炎の使い手。ソルシバリオの名を持つ巨大な竜が、封印の楔を解き放ち動き出した。

●解き放たれた邪悪
「召集に応じてくれ、感謝する。シルヴィア・アストレイア(祝福の歌姫・e24410)達の調査の結果、危惧していたドラゴン勢力の活動が確認され」
 今回の敵は、ドラグナーや竜牙兵とっいた眷属ではない。弱体化はしているものの、それでも極めて高い戦闘力を持ったドラゴンであると、クロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)は緊迫した口調でケルベロス達に告げた。
「作戦を実際に行っているのは、不気味で禍々しい姿をしたドラグナーどもだ。もっとも、連中は戦闘前に、復活したドラゴンの餌になってしまう運命だからな。コギトエルゴスム化してしまうから、こいつらと戦う必要はないが……」
 問題なのは、彼らの目的。ケイオス・ウロボロスの名を持つドラグナー達は、大侵略期に封印されていたドラゴンの居場所を探し当て、そのドラゴンの封印を破って戦力化するための捨て駒に過ぎない。そして、実際にケルベロス達が対峙するのは、他でもない復活させられたドラゴンなのである。
「復活したドラゴンは激しい飢餓状態にある上に、定命化も始まっていて弱体化している。意思疎通も難しい状態なんだが……それでも、その戦闘力は余りある程に脅威だぜ」
 クロートの話では、敵のドラゴンは邪炎竜・ソルシバリオと呼ばれる存在らしい。その大きさは、およそ15m。一般的な巨大ロボ型ダモクレスの2倍近い巨体を誇り、そこから繰り出される攻撃もまた苛烈だ。
「これだけの巨体を誇りながら、見た目によらず俊敏だからな。おまけに、敵の使用する炎はお前達の身体を焼くだけでなく、精神にまで作用する。渇望のままに食らい付いて生命力を吸収し、傷を回復することもあるから気をつけてくれ」
 高い攻撃力と俊敏さに加え、厄介な特殊効果をもたらす技を多用する難敵である。だが、戦いが長引けば長引く程、ドラゴンの戦闘力は弱体化していく。
 勝機を見出すなら、そこだろう。なんとか猛攻を耐え忍びつつ、反撃の機会を伺わねばならない。戦闘開始後、10分以上耐え続ければ、勝機も見えてくるはずだ。
「敵の攻撃は、お前達の肉体だけでなく、心まで折って来るからな。それに負けないよう、如何にして耐えるかを考えるのも、今回の戦いでは重要だ」
 個人の想いと気力で抗うにしても、限界というものがあるだろう。敵の傀儡にされないためにも、それを阻止できるような立ち回りが望ましい。
「定命化が始まっている状態のドラゴンを戦力に加えても、抜本的な解決にはならない筈だが……今は、それを考えていても仕方がないな」
 仮に、このドラゴンが人里に降りれば、その被害は計り知れないこととなる。強敵との戦いは熾烈を極めるとは思うが、皆の健闘を祈っている。
 最後に、それだけ言って、クロートは改めてケルベロス達に依頼した。


参加者
四乃森・沙雪(陰陽師・e00645)
ユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000)
葛城・唯奈(銃弾と共に舞う・e02093)
水沢・アンク(クリスティ流神拳術求道者・e02683)
斎藤・斎(修羅・e04127)
マサヨシ・ストフム(憎悪に燃える竜鬼・e08872)
アドルフ・ペルシュロン(塞翁が馬・e18413)
櫻田・悠雅(報復するは我にあり・e36625)

■リプレイ

●荒ぶる緑炎
 山の緑を焼き焦がし、新たなる緑が周囲を染める。楔より解き放たれし邪悪なる竜が吠える度に、魔性の炎が森を焼く。
 このまま静観していれば、やがて炎は怒涛の如く人々の住まう地へと押し寄せて、そのまま全てを奪うだろう。かつて、この竜と眷属達が、数多の村々を焼き払ったように。
「このまま、放っておくわけにはいかないね」
「恐らく今まで対峙してきた中で最大の強敵でしょうが……ここで負けてはいられませんね」
 森に降り立つなり、四乃森・沙雪(陰陽師・e00645)と水沢・アンク(クリスティ流神拳術求道者・e02683)は互いに頷き、迫り来る竜と対峙した。そのまま、いつもの通りに名乗りを上げて、竜へ仕掛けんとしたのだが。
「陰陽道四乃森流、四乃森……っ!?」
「クリスティ流神拳術、参りま……っ!?」
 次の瞬間、彼らが準備を整えるよりも早く、竜の口から凄まじい威力の炎が解き放たれた。それは正面に立つアンクだけでなく、前衛に並び立った全ての者を纏めて森の木々諸共に飲み込んだ。
「名乗りを上げる暇さえ与えないか……。なんとも、無粋なやつだね」
 印を結ぶ余裕さえないままに、沙雪はそれでも気を取り直し、狂える竜へと向かい合う。炎は彼の方まで飛んでくることはなく、体勢を整えるだけの余裕が残されていたのは幸いだった。
「阿梨、那梨、莵那梨、阿那盧、那履、狗那履……」
 敵は強大。ならば、まずはその動きを止めなければと、神咒を一言ずつ飛ばして行く。だが、言霊による呪縛を受けてもなお、竜は何ら意に介さないまま、荒れ狂うことを止めなかった。
「み、みんな……大丈夫?」
 ようやく炎の海から抜け出して、ユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000)が周囲を見回す。見れば、先の一撃だけで、早々に仲間達の隊列が崩されつつあった。
「な、なんとか、大丈夫っすけどね……」
 ライドキャリバーのカブリオレの後ろから、アドルフ・ペルシュロン(塞翁が馬・e18413)が頭を押さえつつ顔を上げた。同じく、葛城・唯奈(銃弾と共に舞う・e02093)もまた、ウェスタンハットを押さえて立ち上がり。
「正直、コイツはヤバ過ぎるぜ。気を抜いたら最後、あっという間にバーベキューだ」
 腕に残る炎を振り払って銃を構えるも、敵の竜は既に高々と飛び去った後。慌てて銃口を向けるが、しかしあまりの速度に照準がなかなか定まらない。
「私がフォローするわ。みんなは、攻撃に集中して!」
 ならば、とユスティーナが銀色の粒子を散布し、それに合わせてウイングキャットのなんか可愛いヤツも、後ろに立つ者達へと清らかな風を送って行く。それを受け、未だ狂える雄叫びを上げながら空を舞う竜の姿を、櫻田・悠雅(報復するは我にあり・e36625)は静かに捉え。
「とんでもない化け物だな。だが、相手が何であれ、私のやることは変わらんな」
 今は、前衛で戦う者達を全力で支えるのみ。暴れてこいと言わんばかりに稲妻の障壁で守りを固めようとするが、残念ながら前を守る者達の数が多過ぎた。
「くっ……! やっぱり、力が拡散してしまうっすね。こうなったら、後はなるようになれっす!」
 思ったように加護を得られなかったことを歯噛みしつつ、アドルフが邪悪なる竜、ソルシバリオ目掛けて大地を蹴る。そのまま流れるようにして回し蹴りを食らわそうとしたが、その一撃は実に容易く不可思議な軌道を描いて舞う竜に避けられた。
「まだっす! まだ、終わってないっすよ!」
 続けて突っ込んでくるカブリオレに攻めを任せ、離脱するアドルフ。しかし、やはり直線的な攻撃では容易に読まれてしまうのか、この一撃も軽々と避けられる。
「なるほど、確かに速い。ですが……」
「これだけの砲弾だ。下手な鉄砲も、数撃ちゃ当たるってね!」
 唯奈の繰り出すアームドフォートの一斉射撃を弾幕とし、今度はアンクが一気に距離を詰めた。狙いは敵の回避が終わった直後。大口径の砲弾は軌道を読まれても、それに紛れて近づけば、と思ったが。
「……グァァァッ!!」
 白炎の拳が腹に食い込むと同時に、ソルシバリオは大きく吠えて、咆哮の衝撃だけでアンクを吹き飛ばした。
「手応えはありましたが……勢いが、少々足りないようですね」
 拳を押さえながら、アンクは空中で身を捻りつつも着地する。効いていないわけではない。ただ、敵の体力があまりにも高く、強靭な鱗に阻まれて、芯まで打撃が届かなかっただけで。
「ふん……もはや物も言わぬ獣にまで堕ちたか。いっそ哀れだな」
 そんな中、マサヨシ・ストフム(憎悪に燃える竜鬼・e08872)だけは狂える竜の姿を見てもなお、いつも以上に冷静だった。
「くれぐれも、死に急ぐことのないようにしてください」
 緑色の瞳の奥に宿る何かを感じ取ったのか、アンクがマサヨシに念を押した。が、その言葉に答えを返すことなく、マサヨシは己の感情に任せ、竜へと蹴りを繰り出した。
「数多いる脅威の一つ。それを除去するついでに仲間の溜飲が下がるなら、それでよいではないですか」
 代わりに返事をしたのは斎藤・斎(修羅・e04127)だ。言葉には出していなかったが、彼女にはマサヨシの気持ちも理解できる。だからこそ、敢えて何も言うことなしに、今は刃を繰り出すのみ。
(「さて……思いの外に素早いですが、どれだけ動きを止められるでしょうか?」)
 唸りを上げるチェーンソー剣の刃で斬り付けるも、その攻撃は惜しくも宙を切った。やはり、速い。持久戦と解ってはいたが、もう少しばかり敵の機動力が削がれなければ、まともに戦うことも厳しいかもしれない。
「……ギュ……ギィィィ……」
 炎と共に熱湯の如き熱さを持った涎を垂らしながら、ソルシバリオは再びケルベロス達に仕掛けて来た。吐き出された緑の炎が大地を包み、それは肉体だけでなく、触れた者の精神までをも魔性の色に染め上げて行った。

●混沌の森
 森を緑炎が走る抜ける度に、命の焼ける臭いがする。
 邪炎竜、ソルシバリオ。人心を惑わし、多くの人々の命を食らったであろう竜も、定命化の宿命から逃れることはできず。だが、その果てに理性を失ってもなお、内に秘めたる力は人知及ばぬ強大なもの。
「くっそ! デカい砲台じゃ、当たらねぇってのかよ!」
 敵の凄まじい機動力を前に、唯奈は切り札である大口径火器の使用を完全に封じられる形となっていた。
 攻撃は、当たらなければ意味はない。幸いにして、跳弾や魔弾を絡めれば、完全に当てられないということもないが……しかし、純粋な攻撃力や命中率に特化したそれらの技だけでは、竜の速度を衰えさせるには至らない。
「援護をお願いできますか、斎嬢?」
「もとより、そのつもりです。ただ……こうまで守りに回らされるとは、思ってもいませんでしたが……」
 半透明の御業で敵の身体を強引に掴んだ沙雪に、斎が苦笑しつつも答えた。
 正直なところ、これは悪い意味での予想外だ。敵の攻撃を拡散させられたのはいいが、しかし幾度となく纏めて炎で薙ぎ払われたことで、味方の総ダメージ量は普段の戦いのそれを超えている。丸焼きにされたり、錯乱させられたりすることこそないものの、回復が追い付かずに攻撃の手を欠く者が出始めているのは笑えない。
 徹底的に耐えながら、その間に相手の動きを封じ込める。そう考えての布陣ではあったが、しかし少々敵の攻撃力と機動力を甘く見ていたようだ。
 現状、まともに攻撃を命中させられるのは沙雪ぐらいしかいない。その彼が敵の機動力を削いでくれることで、辛うじて他の者達も攻撃を当てられてはいるが、しかしそれでも絶対ではない。結果として、斎が敵の傷口を広げてやらんと奮闘するも、当初の予定より遥かに少ない形でしか、行動を阻害させるための術を与えられていないのが現状だ。
「それでも……今は、やるしかありませんね」
 不安を飲み込み、斎は跳ねた。ここまで来た以上、後は殺るか、殺られるかだ。今さら何かを悔いたところで、走り出してしまった以上は止まれない。
 ナイフの刃を敵の鱗の間に滑り込ませ、斎はそのまま鱗を剥ぎ取るようにして抉り取った。敵の傷口から緑色の炎が、まるで鮮血のように溢れ出す。その勢いにも負けず再びナイフを突き立てようとするも、さすがに今度は敵の方が早かった。
「……っ! 来る!?」
 思わずユスティーナが身構えたところで、再び放たれる緑色の奔流。万物を焼き焦がす邪竜の炎は、彼女を含めた多くの者を飲み込んで。
「くっ……カブリオレも、限界っすね……」
 歯噛みするアドルフの横で、黒焦げになったカブリオレが、静かに姿を消して行く。見れば、同じくなんか可愛いヤツもまた、限界を迎えたのか地に落ちた。
「正直、これはキツいっすね。でも、まだ終わりじゃないっすよ」
 濃縮した気によって自らの肉体を癒し、立ち上がるアドルフ。サーヴァント達は消えてしまったが、それでも物事は考えようだ。
「やれやれ……。こんなことなら、盾を張ることを優先して考えれば良かったか」
「足りない分は、私に任せて。人数が減った分、力を行き届かせることはできるから」
 額の汗を拭いながら呟く悠雅に、ユスティーナが答える。先程までは人数の関係から、仲間達を十分に強化することもできなかったが、この先はそういった心配もない。
 もっとも、それは敵とて同じこと。今までは単にダメージを与えるだけだった炎で、より確実に獲物の身を焦がし、心を焼き尽くせるようになったのだから。
「後少し……ここが耐え時ですよ。反撃のチャンスさえ掴めば、まだ勝機はあります」
「勝機、か……。そんなもの、いちいち気にして戦ってやしないさ」
 互いに左右から肉薄し、それぞれに敵の脚を蹴り跳ばしながらも、アンクの言葉をマサヨシは軽く流した。その言葉から何かを感じ取ったアンクではあったが、今度は何も言うことなしに、静かに拳を構えて敵と対峙するだけだった。
 ここまで来て、彼の決意を変えることはできないだろう。自分が彼と同じ立場であれば、あるいは同じように動いたかもしれないと。
「もう少しだ……。もう少しで、やつの力も大幅に減退するはず……」
 反撃の機会は、その時に訪れる。それを信じて回復を続ける悠雅の言葉は正しく、時が経てば経つほどに、ソルシバリオの力は目に見えて弱まっていた。
 このまま耐え切れば、勝てるはず。約束された10分が過ぎたところで、ケルベロス達は勝利を確信して場を動く。悪手であるとは知っていたが、それでも一気呵成に火力を上げるためには、これしかないと踏んでのこと。
「ギュァァァァッ!!」
 だが、それでもやはり、悪手は悪手。守りから攻めに転じた無防備な瞬間は、即ち敵にとっても起死回生のチャンスである。
「なっ……しまっ!?」
「そ、そん……な……」
 攻めに転じたことで守りが薄くなった唯奈が業火に巻かれ、同じく複数の者を同時に護ろうとしたユスティーナもまた、炎の中へと消えて行く。
 激闘が開始されてから10分。それは、不測の事態や不慮の事故で済ませてしまうには、あまりにも大き過ぎる損失だった。

●荒ぶる蒼炎
 戦いは佳境に突入していた。
 多くの護り手を欠いた今、ケルベロス達にできるのは、ひたすら攻め続けることで戦線を維持することだった。
 敵も弱っているが、彼らに蓄積しているダメージもまた甚大である。殆ど泥試合に等しい勝負ではあったが、それでも彼らは決して折れてはおらず。
「……私は、まだ諦めていませんよ……。弟の事も『ヤツ』を倒す事も……。ここで倒れる訳には、いかないのですよ……! 絶対に!!」
 殆ど満身創痍の状態でありながら、それでもアンクは攻撃の手を休めない。守りから攻めに転じたことで撃破される危険性こそ増えたものの、このまま守っているだけでは絶対に勝てないと知っていたから。
「ふふ……邪炎竜の名も、地に堕ちたものですね。今度は、どこを抉って欲しいですか?」
 そんな中、自らの内から湧き出す憎悪を隠すこともなく、斎もまたひたすらに刃を振るっていた。
 敵の鱗を剥ぎ、その傷口へ更に深々と刃を突き立て、果ては肉まで削ぎ落とす。それが、今まで竜によって屠られて来た者達の報復であるとばかりに。
 だが、ソルシバリオとて腐っても竜。このまま黙ってやられるはずもなく、本能のままに斎を食らわんと口を開け、鋭い牙を突き立てて来た。
「……ッ! 避けるっす!」
 瞬間、斎を突き飛ばすような形で、アドルフが真正面から彼女を庇う。が、代わりに深々と突き立てられた牙の一撃は、度重なる攻撃を受けて、既に限界を迎えていたアドルフには荷が重すぎた。
「ぐふっ……ここまでっすね……。ただ……これで終わりと、思わないことっす……」
 口の中に生暖かい血の味を感じながら、アドルフはソルシバリオを睨み付ける。
 確かに、自分はもう戦えないだろう。この場にいる者の大半は、退却を選択するだろう。
 だが、それも含めて作戦だ。何かの為に戦う者の力を舐めるな。誰かの為に戦う者の心を嘲るな。そして、歩む者の成長を嘲笑うな。そんな彼の言葉通りに、果たして仲間達の中でマサヨシだけは、未だ闘志を失っておらず。
「後は任せろ。こっから先はオレの戦いだ」
 倒れた仲間を抱えて退く沙雪や悠雅達を尻目に、蒼き炎が憎悪の色に染まって行く。相手が狂える竜であるのなら、自らもまた全てを焼き付くす怒りの権化へとなるだけだ。もう一押しで倒せるそうなところで、今さら宿敵を見逃し退く道理などない。
「死が最善なんて事は無い……。私は、そう思いますよ」
 去り際にアンクが告げた言葉。果たしてそれは、マサヨシに届いていただろうか。

●復讐の果てに
 森を抜け、山々の姿が遠くに見える場所まで来たところで、ケルベロス達は凄まじい雄叫びと共に、天をも焼き焦がさんとする火柱を見た。
「あれは……」
「どうやら、マサヨシがやってくれたようだな」
 竜の断末魔を耳にしたことで、沙雪と悠雅は確信した。邪炎を駆る竜、ソルシバリオが討伐されたことを。多くの犠牲を出しながらも、強大なる敵との戦いに勝利したことを。
「彼は復讐を……成し得たのですね」
 空を染める炎の色を瞳に写しつつ、斎が静かに天を仰ぐ。だが、その心境はどこか複雑で、それ以上は何も言えなかった。
 復讐を成し遂げた蒼炎の拳士。だが、暴走する憤怒の炎はマサヨシ自身をも飲み込んで、彼の行方は誰にも解らなくなった。
「復讐の業火は、我が身をも焦がすということでしょうか。あるいは……否、今は止めておきましょう」
 未だ消えぬ拳の白炎を見つめ、アンクもまた何かを言おうとして止めた。邪悪の脅威は消え去ったが、それでもケルベロス達は心のどこかで、燃え燻ったような感覚を抱かずにはいられなかった。

作者:雷紋寺音弥 重傷:アドルフ・ペルシュロン(塞翁が馬・e18413) 
死亡:なし
暴走:マサヨシ・ストフム(未だ燻る蒼き灰・e08872) 
種類:
公開:2018年5月31日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 17/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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