黒翼の死神は静かに微笑む

作者:そらばる

●地上の地獄にて
 硫黄の匂いが鼻を突く。山肌のあちこちから蒸気が立ち込め、山が蓄えている大地のエネルギーを伝えてくる。
 戦闘にこそ快楽を覚えるサキュバスの変わり種、旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)は火山岩に覆われた山肌に一人佇んでいた。
「良い穴場ですね。ここならば、炎の力を感じながら修練ができそうです♪」
 無人の地熱地帯で存分に力を振るおうと、早速グラビティを高め始めた竜華の頭上に、唐突に影が差した。
 見上げた空には、翼を広げた人影。
 白い髪、黒い翼、赤い瞳。巨大な鎌をゆったりと構えた黒衣の少女。
 その姿は、まるで……。
「……死神……!」
 瞠目する竜華の目前に降り立ち、黒翼の少女は穏やかな微笑みを浮かべる。
「あなたの叶えたい想いは、なぁに?」
 振りかぶられた大鎌が、立ちのぼる陽炎の向こうに揺れた。

●死神『グラーティア』
「旋堂・竜華様が、デウスエクスの襲撃を受けることが予知されました」
 緊急の報せを受けて集まったケルベロス達に、戸賀・鬼灯(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0096)は固い声音で告げた。急遽本人の所在を確認しようとしたが、一向に連絡がつかないのだという。
「一刻の猶予もございませぬ。旋堂様が無事のうちに、救援をお願い致します」
 予知された敵出現地点は、内陸の地熱地帯。いわゆる地獄谷と呼ばれる各地の名所に似た光景が広がる場所だが、あまりにも人里離れた秘境であるため知名度は低く、一般人はまず近寄らない。
「敵は女性の死神、名をグラーティア。なにゆえ旋堂様を襲撃するのか、そこに因縁はあるや否や……詳細は不明でございます」
 死神らしく大鎌を携えており、首筋を掻き斬ろうとしたり、回転投げで複数を攻撃してくる。また、黒い羽根を飛ばして相手を深い暗闇に引きずり込むようなグラビティも使うようだ。
 どのような目論見があるにせよ、グラーティアの襲撃の目的は間違いなく、竜華の命を奪うことだ。
「仲間の窮地を見過ごすわけには参りませぬ。旋堂様を救い、グラーティアの撃破を、よろしくお願い致します」


参加者
天崎・ケイ(地球人の光輪拳士・e00355)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)
西院・玉緒(夢幻ノ獄・e15589)
アミル・ララバイ(遊蝶花・e27996)
ケルツェ・フランメ(不死身の自爆王・e35711)
田苗・香凜(私が正義・e44456)
百楽園・京(孔雀石・e61513)

■リプレイ

●微笑む死神
 木々生い茂り、獣道も定かならざる山中を、ケルベロス達は駆け抜ける。
「私はCPUがそんなに良くないですが、悪は滅ぼすという事は理解できました! 竜華殿の命は取らせません! 死神をズバーンッ! とデスバレスへ強制送還ですよ!」
 いかにもメカメカしいレプリカント、ケルツェ・フランメ(不死身の自爆王・e35711)は、関節をガシャガシャ言わせながら現場へと急ぐ。
「見知ったケルベロスが襲われるなんて見過ごせないね。竜華さんに助太刀だ!」
 ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)が竜華を助けに行くのはこれで二度目。軽く面識がある程度の、まだ浅い縁だが、それでも大切な仲間だ。
 やがて緑が途絶え、前方に光と熱が射しこむ。
 視界が開け、辿り着いた崖の上で、ケルベロス達は足下に広がる広大な地熱地帯を見下ろした。

 ……陽炎の向こうで、大鎌の刃が翻る。
「――――!」
 驚愕から素早く立ち直り、身構える旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)。
 刃は陽炎を掻き斬るように目前まで伸び迫った。青い軌跡が狙うのは、竜華の首元――。
「――させません」
 高所からの着地、即座の疾駆。大鎌の軌道に飛び込んだのは、黒い細身の影。
 息を呑む竜華の眼前で、大鎌は天崎・ケイ(地球人の光輪拳士・e00355)の手によって受け止められていた。
 大鎌を振るったグラーティアは、穏やかな表情のまま不思議そうに首を傾げた。ケイの抵抗に押し切られるのに合わせて大鎌を引き、拘りなく飛び退く。
 と同時、頭上の崖の上から次々にケルベロス達の影が躍り出る。
「……こんな熱いトコで修練とか、とんだ物好きね」
 竜華とグラーティアとの間に割って入るように、無駄にスタイリッシュな着地を決めたのは、西院・玉緒(夢幻ノ獄・e15589)。
「面識はないけど……助けてあげる」
 言い放つが否や、地熱地帯の暑さに顔を歪ませ、ジャケットを脱ぎ捨てあられもない軽装へと転身、108cm・Kカップの爆乳がたゆんたゆんと弾む。
「ちょっと待った! 竜華殿の願いより私の願いを叶えてくださーい! 大金持ちとか石油王にもなりたい! 嗚呼、欲望が止まらない! なので貴女ぶっ潰す!」
 ケルツェも前のめりに戦線に合流しながら、欲望フルオープンで捲し立てる。
 堂々たる足取りで、グラーティアの前に歩み出るのは、田苗・香凜(私が正義・e44456)。
「ドーモ、ハジメマシテ。アイム・ジャスティスです。貴様を、正義する」
 正義に理由は無い。正義だからだ。敵前に立ちはだかる背中は、そう語っていた。
「見知らぬ者同士でも、同じケルベロスだもの。助ける理由はそれだけで十分だわ」
 様々な色のビオラを散らした髪を、少し物憂げな仕草で払いながら、アミル・ララバイ(遊蝶花・e27996)はおっとりと微笑んだ。
「人の数だけ因縁があるという事でしょうか」
 何にせよ、仲間をむざむざ死なせるわけにはいかない。ケイは一輪の黒薔薇を敵に向けて投げつける。
「因縁の戦いの邪魔をするのは野暮かもしれませんが、加勢させていただきますよ」
 ほとんどが竜華とは面識のない面々だった。縁が浅かろうが遠かろうが、ケルベロスは同胞を見捨てない。
「こんな雰囲気ある場所で死神と対峙だなんて、地獄にいる気分を味わえるわね」
 どことなく妖艶な佇まいで、華麗に微笑む百楽園・京(孔雀石・e61513)もまたしかり。
「私も、因縁の相手との決着、微力ながらお手伝いさせてもらうわ」
「皆様……」
 自身のためにこれだけの仲間が救援に来てくれたのだ。竜華は瞳を伏せて実感を噛みしめると、意を決したように眼差しを上げ、グラーティアの前へと歩み出た。
「ようやく……お会いできました……」
 長年の追跡の果ての、予期せぬ遭遇。
 ここで必ずケリをつけるという強い想いが、竜華の眼差しを輝かせた。
「決着を着けましょう……この因縁に……!」
 恩人であり怨敵でもある死神は、ただ穏やかに、そこで微笑んでいる。

●死は救済
 落ち着き払って微動だにしない死神に、玉緒は鋭く目を細めつつ、迅速に距離を詰めた。
「わざわざ出向いて殺しに来るなんて、ご苦労な事ね。……わたしなら、こんな熱いトコにわざわざ来るなんてのは御免だわ」
 敵を煽ることもまた戦術。嫌味全開に言い放ちながら、ピンヒールの形状をした叛逆ノ顎で、炎と共に突き刺す如き横蹴りを叩き込む。
 ケイは己を守る光の盾を具現化しながら、後衛へと視線を送る。
「近衛木さん、フォローをお願いします。前衛を中心に」
「ああ。おれはおれにできることを、やるよ」
 前に差し出した近衛木・ヒダリギ(森の人・en0090)の腕から、攻性植物が緩やかに立ち上がり、黄金の輝きを帯びながら果実を実らせていく。
「……っ」
 思考の読めない死神の微笑みに、複雑な想いを掻きたてられながら、竜華はグラーティアへと竜縛鎖・百華大蛇を伸ばす。
 鎖が敵を捉えた瞬間を逃さず、アミルは夕闇色のグラデーションを描く二対の翼を広げ、エアシューズを駆って躍り出る。
「あたし達は彼女の願いを果たすため、決着の手伝いをしに来ているの。勿論、倒れるのはあなたよ、死神のお嬢さん」
 挑発めいた言葉と共に重力を載せた流星の蹴撃が、死神の動きをさらに鈍らせていく。
「そうそう、死神に会ったら聞いてみたかったことがあったのよ」
 オウガ粒子の輝きに取り巻かれながら、京は艶やかに死神へ微笑みかけた。
「『生と死の違いはどのくらいあるのかしら?』って」
 グラーティアは京の問いかけに少し愉快そうに耳を傾けながら、粒子の力を得て精度を増したケルツェの魔法光線を最小限の被弾にいなし、「イヤー!」と力任せに振るわれる香凜の巨大刀を紙一重で躱すと、初めて反応らしい反応を返した。
「面白いことを訊くのね。けれどそれを、言葉にしてしまうのは無粋でしょう? ……だから」
 ――自分の命で、試してみて?
 大鎌を水平に構えたグラーティアが、ステップを踏むようにふわりと一回転した。
 その瞬間、死神の手を離れた大鎌が遠心力を載せて回転しながら、ケルベロスの陣営へと駆け抜けた。前衛をすり抜け、京の防護を激しく斬り刻む。
「少し遊んでしまったかしら」
 『救済への誘い』より舞い戻った大鎌を再び手元に取り戻し、グラーティアは小さく笑う。その言動には、やはり彼女が未だ竜華の命を奪うことに固執しているらしい匂いが漂っている。
「救済をのたまうのなら、此処に居る全員救ってみなさいな。あたし達相手じゃ、あなたには無理でしょうけど」
 相手を刺激するような言葉をあえて選びながら、竜砲弾を敵に撃ち込むアミル。ウイングキャットのチャロはケルベロス達の様子をしっかりと把握し、羽ばたきで邪気を祓っていく。
 グラーティアは悪びれることなく微笑む。
「もちろん、そのつもり。だって、私に刃を向けるということは、望んでいるのでしょう? 救済を」
 ――敵うはずのない死神に戦いを挑むなどという愚かな行為、死を望んでいるのでなければ実行するはずがない。
 そう信じて疑わぬ笑顔には一片の悪意すらなく、善意と慈悲に満ち溢れていた。

●捻じれた因縁
 グラーティアの笑みに透けて見えるのは、芯から破綻し、歪みきった感性。
 ミリムは眉を寄せ、竜華へと問いかける。
「竜華さん、噂は軽く小耳に挟んでるけど……あの死神って、実のところどういう……?」
 仲間たちの視線が、竜華へと集中する。
 竜華はわずかに沈黙したのち、重い口を開いた。
「……私の故郷は、竜種の侵攻で滅びました。その際、死に瀕していた私の眼前に現れたのが、彼女」
 語られる昔話に、グラーティアはどこか面白そうに耳を傾けている。
「彼女は私を手駒にすべく蘇らせ、同時に、蛇の呪いを刻みました。期せずして、私は死を免れることになった……彼女に、救われたのです」
「……確かに、恩人であると言えなくもないわね」
 すぐにでも飛び出せるよう態勢を整えつつ、玉緒は納得したように呟いた。
「ええ。命を拾ったことについては、恩義を感じています。けれどこの呪いを施した存在は、私にとって紛れもない憎悪の対象……」
 恩と怨。宿敵を見据える竜華の瞳は複雑に揺れる。
「――フフッ! ……フフフフフ」
 だしぬけにグラーティアが失笑した。こらえきれぬとばかりに、くつくつとした笑いが尾を引く。
「……私が、手駒にするために蘇らせた者が、ケルベロスに? そんなこと、あるわけがないでしょう」
 グラーティアは、微笑む。限りなく美しく。
「あっていいはずが、ないでしょう?」
 黒い一対の翼が、膨張するように広がった。
 数多の黒羽根が一挙に宙を走り、ケルベロスへ――竜華へ殺到した。
 一瞬にして竜華の視界は閉ざされた。
 何もかもを包み込む闇の中、竜華は故郷を思い出す。すべてが失われたあの日を。失いそうになった命を救われた安堵を。呪いの屈辱を。あらゆるものが混然一体となった、激情を。
「あ、あ、あ……アアアアァァァァァァ――!!」
 絶叫が闇の中にこだました、その時。
「届け――!」
 仲間の声が、確かに届いた。
 それは一筋の光となって闇を割り、ボロボロになった竜華の心を照らし出した。
 次の瞬間、竜華の視界が開けた。間近にあったのは、治癒の光を届けてくれたミリムの静かな眼差し。
「グラーティア、この死神のおかげで竜華さんの今があるんだよね」
 ミリムは呟くと、決然とグラーティアへと視線を転じた。
「でもこの死神のせいで竜華さんが今も苦しんでるのならお礼は要らないね。一緒に、その宿命にケリをつけよう!」
「当然ね」
 いけずな笑いを鼻から抜くと、惜しみなく胸を揺らしながら舞うが如く死神へと肉薄する玉緒。軽い跳躍からの踵落としが、流星の煌めきを引きながら敵を打ち据える。
「私も、微力ながらお力添えしましょう。――紅はお好きですか?」
 ケイが訊ねるや否や、辺りに薔薇の香気が満ちた。紅魔華烈。馨しい香りがグラーティアの五感と根源たる中枢を乱し、深紅の花吹雪が肉体を切り刻む。
「死神と名乗ることが出来るのは今日で終わり。私達は皆、死すべき者よ――」
 奇奇妖幻。京の周囲に生じるのは、奇怪な空間。石段、灯篭、襖、打掛、提灯、御幣――出鱈目な事象をつぎはぎしたような空間の中心、真っ赤な鳥居の上に京は座す。その姿が突如消え――女の小さな牙は、死神の柔肌を喰い破る。あたかも吸血鬼の如く。
「その行いは正義ではないな。正義とは、こうするのだ」
 己自身を正義と信じて疑わぬ香凜は、ためらいなく断罪し、ためらいなく戦いの狂乱に己が身を沈めていく。
「本当の正義を教えてやろう」
 混沌の左腕を伸ばし、一掴みで拘束した相手の懐へと一気に接近し、ぶちのめす。ただひたすらに、滅茶苦茶に、殴り、蹴り、乱雑に、執拗に。
 ひどい暴行に晒されようとも、グラーティアの微笑みは歪まない。その上、大鎌をあっさりと放棄するように投げ放つ。鎌は回転を得て、鋭い軌跡を描いて舞い戻り、懐に入り込んだ香凜の背中をしたたかに破り裂いた。
「グアー!」
 のけ反り、崩れ落ちる香凜。
 傍らで大鎌を優雅に構え直しながら、グラーティアは未だ慈悲深く微笑んでいた。

●すべては炎の向こうに
 グラーティアの最大の目的が竜華の命であることは間違いない。
 しかし戦いにおいてはその限りではなかった。襲い掛かるケルベロス全員が『死を望む者』なのだと判断したが故だろう。その願いを可能な限り叶えてやろうと効率を模索しているようでもあり、単に気まぐれに振る舞っているだけのようでもある。
「オラオラ! ケルベロスの増援に死神ちゃんビビってるよォ! ヘイヘイ! その大鎌で私の首を掻き斬って下さいよ! さぁ、来いよ!」
 雪さえも退く凍気を帯びた大杭を打ち込むケルツェは、片時も身を休めず、矢継ぎ早に捲し立てながらバタバタ騒ぎ回る。
 そうした注意を逸らす努力が標的を絞らせない一助を買っているのかもしれなかったが、実感できるほどはっきりした手応えはなかった。敵が何を考えているのかが読めない。未知の生物に遭遇したかのような、うすら寒い違和感が付き纏う。
 そんな違和感なぞまるで意にも解さぬのが、香凜である。
「貴様の正義など知らぬ。私が正義だ」
 己の傷も味方の消耗も顧みず、巨大刀に変形した腕で力任せにぶった斬るその姿は、まさに狂戦士の如し。
 とはいえ香凜の消耗は思いのほか激しく、誰よりも先に危険域に突入しようとしていた。ケルベロス達は決着を急ぎ、攻勢を強めていく。
「今から繰り出すのは至って普通の攻撃ですよ。ただ断続的な痛みがともなうかもしれません……ので、死ネッ!」
 ケルツェが意気揚々と掲げるのは、唐辛子の一種であるトリニダード・スコーピオン……に似た形状のメイス。敵めがけて振り下ろしぶん殴れば、傷は燃え上がり焼けるような痛みをもたらしていく。
 ミリムは秘密裏に鎧装騎兵の科学技術を少々組み込んだ戦略兵器搭載軍事衛星を気合いとグラビティで操り呼び寄せる。
「オーライ、オーライ……ファイア!」
 地上に降り注ぐサテライトブラスターが、敵を圧倒し押し潰す。
「悪、滅ぶべし。慈悲は無い。ジャスティス!」
 負傷などなんのその、殴る蹴るの暴行を繰り返す香凜。自身の行動こそが正義であり、それを邪魔するものは全て悪なのである。
 玉緒の銃器を鈍器の如く利用しながらの格闘の連撃『穿穹ノ棘』が、アミルの氷のように澄み切った刃で一閃する絶対零度の『凍姫ノ愛』が、敵の命を溶かすような勢いで消耗を強いていく。
「そろそろ仕上げ、ね」
 構えたミラーナイフの刃を変形させ、死角から俊敏に敵へと斬り込む京。禍々しいナイフが、黒い翼を生やした狭い背中を、絵画を描くように華麗に、しかし残酷に斬り裂いていく。
「ん……っ」
 小さく呻きを上げるグラーティア。翼の傷を見上げ、自身の体を見下ろし、どこか不思議そうに、初めて笑みを消した。
「あら……これって」
 呟くさなかにも攻撃は振ってくる。避けようとも大鎌を振ろうとも、体が上手く動かない。
 そこに至って、彼女は何かを悟ったような笑みを浮かべた。
「そう……こんな結末になるの。驚いたわ」
 敗北すら、無価値であるかのように。
 その横っ面を、手加減を加えたケンカキックで蹴り飛ばす玉緒。振り返った先に竜華の姿を流し見る。
「膳立てはここまで。決着は、あなたの手に委ねるわ」
「今よ竜華ちゃん! あなたの想い、全て込めて」
 敵の瀕死を見て取り、アミルも声を張り上げる。
 たどたどしい仕草で、なおも振り下ろされる大鎌を受け止めながら、ケイは背に庇った竜華を顔半分で振り返った。
「お願いします」
 仲間たちに背を押され、竜華は神妙に頷き、前へと踏み出した。
 その全身が、地熱の蒸気とともに業火を立ち昇らせる。両の手に携えるは、炎纏う八本の鎖と炎を収束させた大剣。
「貴女に救われた命、施された力……その全てで貴女を討つ……!」
 大蛇・天華乱墜。
 己自身の地獄と仲間に強化された炎が、爆発した。
 まるで太陽が誕生したかのような爆炎と劫火に焼き尽くされながら、炎の華の向こうに虚ろに消えていく死神の笑みを、竜華は複雑な眼差しで見送った。

「地上の地獄、か」
 静寂を取り戻し、どこか寂寥として感じられる地熱地帯を、目に焼き付けるように見渡す京。その眼差しが、ふと、少し離れた場所に佇む竜華の背に留まる。彼女の思いは晴れたのだろうか……。
「黒翼の死神は滅びました……。竜華さんの中での決着はついたのでしょうか?」
 同じことを考えていたらしいケイが、ぽつりと独白した。
 色々思うことがあるだろう、と距離を置いて竜華を見守りながら、アミルは傍らの相棒にそっと呟く。
「……ねぇ、チャロ。『あの子』はあたしのこと、きっと殺したいのよね」
 吹き込む風が、地熱地帯の蒸気をかき乱す。
 焼け跡を見つめていた竜華は、一つ息を付くと、気持ちに区切りをつけて、仲間たちを振り返った。
「皆様、救援に駆けつけてくださり、誠にありがとうございました♪」
 それは、清楚なお嬢様然としていながらどことなく艶っぽい、いつも通りの竜華だった。
 緊張のほぐれた空気を読んだのか、あえて読んでいないのか、たちまちケルツェが捲し立て始める。
「いやぁ、良い汗も悪い汗も沢山かきましたねぇ……さっ! 適当にパパっとヒールして、近場の店でご飯でも食べに行きましょうよ! 悪は滅びましたからね! 祝杯ですよ祝杯! 善は急げですからね! ゴーゴー!」
 賑やかな声を引き連れて、ケルベロス達の姿が遠ざかる。
 かくて、死神の因縁がまた一つ断たれた。
 秘境の地獄谷の広範囲に、黒々とした焦げ跡を残して。

作者:そらばる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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