ヒーロー参上? 狙われた花祭り

作者:ハッピーエンド

 花のアーチをくぐると、そこには祭りの世界が広がっていた。
 パッと頭上を見上げれば、一面に広がるフジの花しぐれ。まるで紫紺の天の川。そう。今宵はフジの花祭り。
 うっとり見つめる人々の間を、ワンパク小僧たちが走りまわっている。
 屋台からはソースの良い香り。
 お目当ては、タコヤキ? 焼きそば? いやいや、ワタ飴も捨てがたい。ひょっとしたら、お団子が狙いかもしれない。
「ヒーハー!」
「ウェーイ!」
「ヒャッハー!」
 子供たちの元気な声が、あたりに響いている。なんとほのぼのとしたお祭り会場だろうか。
 しかし、突如、天空から巨大な牙が3本、アーチの外に舞い降りた。
「なんだ、なんだ?」
「イベントか! 急げー!」
 ウキウキと声をあげる子供たち。親の制止も聞かずにアーチをくぐり、会場の外、牙が落ちたほうへと走り寄る。
 その目の前で、飛来した牙が、うごめき変貌していった。現れたのは鎧兜をまとった竜牙兵。それが3体いる。
「すげぇ! 悪者だ! 超強そう!」
「助けてー! 僕のヒーロー!」
 今から現れるであろうヒーローを探し、辺りを見回す子供たち。しかし、いっこうにヒーローが現れる気配は無い。
「グラビティ・チェイン……、ミツケタ」
 無垢な瞳を輝かせる少年の上で、灼熱の鎌が音をたてながら、勢いよく振り上げられた。
 ヒーロー不在のヒーローショーが始まりを告げる。

●ドラゴンの牙を打ち砕け
「さぁ、すぐ助けに行こうぜ! 発進だ!」
 赤茶けた短髪の青年、峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147)が、不敵な笑みを浮かべながら金髪のヘリオライダーを促した。熱く、勢いがあり堂々としている。
「えぇ! 無垢な少年たちに、救いのヒーローを!」
 ヘリオライダー、アモーレ・ラブクラフト(深遠なる愛のヘリオライダー・en0261)は、ひるむことなくその声に応え、力強くブワサァッと翼を翻した。
 互いに勢いを大切にするフィーリング。ヘリオンは今にも発進しそうな勢いだ。
「状況はどうなっているの?」
 ここで、緑髪のシャドウエルフ、ハニー・ホットミルク(縁の下の食いしん坊・en0253)が皆にお茶を差し出しながら、説明を求めた。
 心を落ち付けるグリーンティーの柔らかな香りが鼻腔をくすぐり、2人の気勢が少しだが落ち着いた。
 アモーレは緑茶をすすりながら、ホワイトボード上の資料に青いレーザーポインターを当てる。
「我々の現在地がこの地点。現場はこの離島。犯行時刻は黄昏時。雅也氏の警鐘により予知が成功いたしましたので、ギリギリですが襲撃に間に合う計算となっております。後は行って倒すだけです」
「ヒーロー参上! って訳だな!」
 グビグビッと緑茶を一気に飲み干した雅也は、胸の前で拳をパシィッと打ち付けた。
「敵は竜牙兵が3体。フジの花祭り会場を襲撃します。ポジションはクラッシャー、ジャマー、ディフェンダー。好戦的な個体のため、撤退は無いと考えていただいて結構です」
「じゃあ、着いたら周りの人たちを避難させて、後は竜牙兵を倒せばいいんだね」
「そうですね……。もちろん、それでも事件は解決となるのですが、一芝居うつ、というのも手かもしれません」
「一芝居?」
「通常通りに人払いを行えば、現場は竜牙兵の脅威によって喧騒に包まれる事でしょう。結果、祭りは中止となり、人々の心には恐怖が刻まれます。ですが、現場では竜牙兵の襲来をヒーローショーと勘違いしている空気が有ります。それを利用してしまえば――」
「祭りは継続。誰も怖い思いをせずに、楽しいまま今日を終われる。って訳だな!」
「もちろん、普段通りに人払いをして戦うことも可能です。その場合は、こちらから警察へ協力を要請いたしますので、皆様は戦いだけに集中できます。手早く払うか、それともヒーローショーに見立てて観衆の幸せなひと時を護るか。それは皆様の判断にお任せいたしましょう」
 アモーレの瞳が、雅也の瞳と不敵に合わさった。
 ニッ。
「全部まとめて任せとけ!」
「ボクも頑張るよ!」
 サムズアップする雅也に、サムズアップを返すハニー。
 アモーレは2人を頼もしそうに見つめると、
「余暇に訪れている人々は、普段の生活を懸命に生きている人々です。彼らの休息を奪おうとするデウスエクスに、義の鉄槌を! よろしくお願いいたします」
 仲間たちの瞳を覗き込み、深々とお辞儀をするのだった。


参加者
テンペスタ・シェイクスピア(究極レプリカントキック・e00991)
峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147)
ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)
五嶋・奈津美(地球人の鹵獲術士・e14707)
餓鬼堂・ラギッド(探求の奇食調理師・e15298)
月詠・宝(サキュバスのウィッチドクター・e16953)
マティアス・エルンスト(レプリフォース第二代団長・e18301)
碓氷・影乃(黒猫忍者おねぇちゃんー月影ー・e19174)

■リプレイ

●ヒーローショー
「たすけて―! ぼくのヒーロー!」
 か弱き者の声が呼ぶ。
 茜の陽光背に浴びて、銀の流星、敵を討つ。はためくマフラー、焔の如し。
 音も無く天空から飛来したランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)。勢いよくドクロ頭の竜牙兵を圧し潰す。
「テメエらには奪わせねえ! 笑顔も! 命も! 未来もッ! 誰が呼んだか『白銀の弾丸(シルバーバレット)』! 推して参るッ!」
 突如として現れたヒーローに少年たちの声が沸き、人だかりができていく。
 強襲を受けた竜牙兵は、すぐさま跳ね起きランドルフへと躍り掛かった。
 青銅色の発光体が飛来する。
「必殺っ!! レプリカントキック!!」
 ド派手なキックが敵を弾き飛ばす。これがテンペスタ・シェイクスピア(究極レプリカントキック・e00991)の名刺代わりだ。
 そのままトンファーをクルクル回し、敵と子供を隔てるように声を張る。背中の天の文字が見えるようにするのも忘れない。
「良い子は少し下がっているんだ。あぁ、大きなお友達はカメラにフレームインしないように少し離れてくれ」
 カメラ? 撮影なのか? 観客たちは一歩その場から足を引いた。
「皆のヒーローが敵をやっつけに来てくれたよ! だから良い子の皆は安全な所で応援しててね!」
 人垣が一斉に豊満なお姉さんを見つめた。五嶋・奈津美(地球人の鹵獲術士・e14707)の割り込みヴォイスは良く響く。
 音響のハニーがサキソフォンを嵐のように吹き鳴らし、その箱竜、チョコが前足で必死にタンバリンを叩いている。フワリと飛んできた奈津美の相棒、黒いウイングキャット、バロンも一緒になって、嬉しそうにテシテシとタンバリンを叩いている。
 流れる勇壮な演奏に乗って、兎少女、輝夜・形兎のあどけない歌声がハッキリクッキリ会場に響き渡った。活力の漲る良い声だ。
 ヒーローショーの準備が整ったところに爆炎が上がった。テンペスタとランドルフのポーズが良く映える。裏方担当のお兄さん月詠・宝(サキュバスのウィッチドクター・e16953)は良い仕事をする。
 不意に親友と目が合った。出番だぞとばかりに視線を送れば、照れる相棒は顔をしかめて笑って見せる。
 観客の方に視線をやれば、若い女性と目が合った。色黒長身のお兄さんはニッコリと笑顔をサービス。ラブフェロモンがフワリ漂い女性陣の目がハートになっていく。
 そして、その懐にも目をハートにした生き物がいた。純白のナノナノ白いの。宝は相棒の頭を撫でると「頼むな」と声をかけた。
 目をキリッとさせた白いのは、翼を敬礼するように整えるとハートの光線を振りまいた。あまりの愛くるしさに竜牙兵もシビビビだ。
 爆煙の中から、赤銅色の男が現れた。蜂を模した仮面が印象的な男である。
「師団ヒーロー緋蜂仮面、無辜の叫びに応じて只今参上! 邪悪なる竜牙兵共よ、私達が成敗する!」
 ビシッ! 名乗りと共に、ポージング。
「さぁ子供達、下がっているんだ!」
 緋蜂仮面、餓鬼堂・ラギッド(探求の奇食調理師・e15298)は紳士的な声で子供たちを遠ざけた。
 爆煙の中から進み出た影はもう一つ。豊かな銀髪と白いR.F.コートをはためかせたレプリカント。
「出たな、悪党。俺は正義のレプリフォース第2代団長、マティアスだ。子供たちに手出しはさせん!」
 クールなイケメンボイスを響かせて、マティアス・エルンスト(レプリフォース第二代団長・e18301)が子供たちの前に立ちはだかる。
「良い子の皆、ここは俺たちに任せて下がっているんだ」
 優しく少年の頭をひと撫で。
 同じDfであるラギッドに目配せをする。同時にラギッドも目配せをしていた。二人の意識はかみ合っている。頷き合った二人は、もう一人のDf、大斧使いの少女マリー・ビクトワールへと目配せを送る。
 頷くマリー。懐からマイクを取り出す。そのまま奈津美に寄り添うと、ナレーションを手伝い始めた。
 役者がそろったところで、今度は緑青色のマフラーをひるがえし、赤茶けた頭髪の青年が刀を構える。
「祭りを荒らす悪党め……! お前等の悪事、ここで潰させて貰うぜ!」
 多少の恥ずかしさは有るが、こーゆーのはノリが肝心! BGMに合わせて軽快にポーズを取りながら口上を述べる。
「この島の人も、藤祭りも、全部まとめて守ってみせる。チビッ子の声援に応えて、ご近所ヒーロー峰岸雅也、参上!」
 言い終わったところで、ビシッと刀を構えて決めポーズ。
「……こんな感じで良いか?」
 後ろを振り向く峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147)。桃髪の少女がコクコク頷く。が、その姿を雅也は捉えられず辺りをキョロキョロ。
 忍者少女、碓氷・影乃(黒猫忍者おねぇちゃんー月影ー・e19174)は観客の護衛として、人ごみに混ざっていた。
 物陰からぬらりと黒猫仮面を身に着け現れる。
「……百歩進めど音も無し……千歩進めど影も無い……。最近流行りのダークヒーロー! 黒猫忍者ブラックキャット~参・上!」
 ニンニンポーズで決めているが、全身から照れが滲み出ている。しかも、セリフにビックリマークが入っている割に声が小さい。本人は恥ずか死寸前まで追い詰められているが、その存在に気づいてくれているのは仲の良い仲間だけだったりする。
 すべてのヒーローが出揃い、会場はヤンヤヤンヤと盛り上がった。
 顔を見合わせるのは竜牙兵。どうしたものかと悩みながらも、戦斧を高々と掲げ大声を張り上げた。
「リュウガノセンシ、タン、アン、ポン! モラウゾ。キサマラノグラビティ・チェイン!」
 律義なやつらである。
「三人合わせて……アンポンタン? ナイストリオなの?」
 ビキィッ!!
 影乃の声に敵の動きが一瞬固まった。
「ナゼ、ナゼソノ イマワシキ アワセナヲ」
「チガウ。チガウゾ。ソノナハ チガウ」
「タングステン!」
「アンダルシア!」
「ポンドルフィン!」
「「「ソレガワレラノシンノナダ!」」」
 ビシィッ!
 3体の敵は、まるでヒーローのようにポーズを決めた。
「アイツ、メッチャ テキタイテキ」
「ワレモ ソウオモッタ」
「オレタチ オマエ マルカジリ」
 本日一番の敵対行為に、敵の標的は一気に影の薄い少女へと定まった。
 敵の迫力に後ずさった影乃だが、
「フフフ……ダークなヒーローの力を見せてあげましょう……! 『来たれ幻魔……骨ノ王……!』……やっておしまいなさい!」
 さぁ、もうどっちが悪だかわからないセリフが飛び出したぞ!
 セリフと同時に禍々しい業が竜牙兵たちに襲いかかり、会場は暗黒に包まれている。
「わかったぞ! ほんとうは、あっちがわるものなんだ!」
 おおっと遂に子供たち、勘違いを始めたぞ!
 すると、突如観客の一人が上着を脱ぎ捨てて大声を張り上げた。
「勘違いするんじゃねぇぜ! あの面、新年会の中継で見た覚えがある! こいつらモノホンのケルベロスだぜ!」
 ザワツキが広がった。
「そういえば、見間違いかと思ったけど、あのお姉さんひょっとして有名な人じゃない?」
「テレビで見た顔もいるぞ!」
 徐々に沸き立つ会場。
 戦いもヒートアップしていく。
 影乃を狙った豪快なレーザーに、
「お前たちの好きにはさせん!」
 割り込んだラギッドの身体が宙を舞う。
 続く灼熱のスイング。受け止め、マティアスの右腕が火花を散らした。
 そのまま反動で巨大な剣を回転させ、
「ハァァッ! ブレイズクラーッシュッ!」
 零した涙の地獄を纏わせ、タンを火だるまにして弾き飛ばす。
 歓声が上がる。
 ヒーローっぽく意識して声を上げてみたが、なるほどこれは悪くない。先ほどまではヒーローらしく振る舞えるか思い悩んでいたものだが、なんだかやれそうな気がしてきた。
「ヒーローがピンチだ! よーし、皆でヒーローを応援しよう!」
 奈津美の声が響き渡り、バロンが手足をパタパタさせて仲間を応援する。
 子供たちの声が響く。
「がんばれー! ヒーロー!」
 すると、ダメージを受けたラギッドを光が包み込んだ。
 わぁぁっと子供たちの顔が明るくなる。
 もちろん、マイクを握っていない方の手で奈津美と、サキソフォンを奏でるハニーが器用に回復魔法を放ったのだが、子供たちは夢に包まれた。
 観客たちの声援を浴びて、ヒーローショーはドンドン進んでいく。
「さぁ。みんな一緒にSHOUT NOW!!」
 悠然とアルティメットモードで切り替わるテンペスタ。観客とBGM係の仲間に向かって指をパチンと鳴らして見せた。
 ハニーのサキソフォンが緊迫感を奏で、形兎の歌声が勇壮に響き渡る。
 テンペスタの洗練された無駄だらけの決して無駄ではないアクションシーンが披露され、
「究極っ!! レプリカントキック!!」
 ド派手な轟音ぶち立てて、タンが舞台から姿を消した。
 大歓声が上がる。
「ヨクモ、タングラムヲ!」
 ポンが怒りの戦斧を振り上げた。
 Dfを失った敵は、もう既に踏ん張りがきかなくなっている。
 デバフに次ぐデバフを重ねられ、
 白銀の狼が敵の懐まで潜り込んだ。
「Explosion! 喰らって爆ぜろ骨野郎ッ!」
 ゼロ距離で爆炎が上がり、敵は吹き飛びランドルフが地を滑る。
「アンドリュー!」
 大歓声の裏で、ポンの叫びが木霊した。
 ところでそんな名前でしたっけ。

●決着
 茜に染まる大空に、去りゆく朱の陽を浴びて、フワリ舞い散る藤の花びら。
 スッと陽は落ち闇が来る。
 後に残るは、研ぎ澄まされた空気ばかり。
「さぁ、トドメを、ヒーロー!」
 マティアスのドリルが、ポンの装甲に風穴を開けた。
 吹き飛んだ先には、ご近所ヒーローが不敵な笑みで待っている。
 ポンは体勢を整えようと身をひねり、斧を構える。が、
「今だ! 決めてくれヒーロー!」
 叫びと共に、緋蜂仮面の蹴りが最後の抵抗を砕いた。
「皆の者! 今こそそなた達の声援が必要じゃ! 大きな声で応援を頼むのじゃ!」
 マリーのマイクが響き渡り、
「いっけぇぇぇっ!!」
「決めろぉぉぉぉっ!」
 会場の盛り上がりは最高潮を迎えた。
 スッと構えた雅也の刀剣に焔が灯り、
『燃えちまいな!』
 シャッと引いた剣線。業火の大技が敵を呑み込む。そのまま焔は紅蓮となって、闇夜の藤を紅く照らした。
 今日一番の大歓声が上がる。
「皆の応援のお陰で無事に敵を倒せたよ! ありがとー!」
 奈津美お姉さんが、バロンと手を振りヒーローショーは幕を閉じた。
 ハイタッチしながら互いの健闘を認め合うヒーロー達。
 これより、ファンとの交流会に演目が変わる。

●交流会
「ほらほら、押さない押さない。いやはや困ったなぁ」
 全然困っていない表情で、テンペスタがファンに囲まれている。
「よしよし、背中にサインすればいいんだな? ん、握手? いいぞ。写真集が間に合ってない? 仕方ない、追加を出そう」
 群がるファン。浴びせられる歓声。差し出される手、手、手。満更でもないテンペスタ。
「カッコいいポーズしてください!」
「うむ、いいだろう!」
 ファンとの楽しい時間が流れて行く。

 その横で、ランドルフは小さな女の子たちに囲まれていた。
 もふもふ。もふもふ。もふもふもふ。
 無心で撫でられる尻尾。当社比3倍のモフモフ度。無限モフモフ可愛がり。
 少女たちが幸せだというのなら満足だ。サイン会を開く周りの三人を見つめながら、ランドルフの目端は少し光っていた。
 しかし、みんな嬉しそうな笑顔である。以前の自分ならば、今日の襲撃は有無を言わさず力で収めたことだろう。だが、こうして一芝居打ったことで守れる笑顔もあったのだ。
(おやっさん……俺はちっとはアンタに近づけたかな?)
 失われた大きな存在を想いながら、銀狼は藤を見つめていた。

 ローカルヒーローなのでどんなものだろうと危惧していたが、ラギッドの心配は杞憂に終わった。
 威圧的な風貌をしているものの、その声は紳士的で対応は丁寧。まさしく正義の味方の貫禄。
「はちのお兄さーん! あくしゅしてー!」
「ほう、なかなかに紳士的なヒーローじゃのう」
 すぐに少年たちの人気者となり、そしてどういう訳かお年寄りの方たちからも熱い激励を受けた。
「日曜朝の緋色蜂師団をよろしく!」
 シッカと声をかけてくれる人たちと握手しながら、ラギッドは地道な営業活動を続けていった。

 一方こちらはマティアス。女性たちに囲まれている。
 照れ屋のマティアスとしては、にこやかな笑顔で子供たちに、
「君たちの応援があったから勝てた。感謝する、皆」
 と握手して回っていたのだが、純朴照れ屋のイケメンをお姉さま方が放っておいてくれる筈もなく。
 藤の花の香りをかげば、キャーと悲鳴が上がり。腰を折って子供と握手をするだけでスマホのシャッター音がカシャカシャカシャカシャ鳴り響く。
 テンペスタの方も似た状態ではあるが、ヒーローというよりアイドルの様な扱いである。
 戸惑いを覚えるマティアスではあったが、これはこれでありかも知れない。喜んでもらえているのならばそれが一番である。
「応援してくれてありがとう」
 優しい微笑の花が咲き、カシャカシャ音の代わりにため息が零れた。

●デート
 一方、サイン会を抜け出した面々は二手に分かれていた。
「あ、ヒーローのお兄ちゃんだ」
 一人の子供が目聡く雅也を見つけ出し、走り寄ってきた。服を引っ張る子供に、雅也はシーっと人差し指を立てる。
「お忍びデートだから」
 頭を優しくポンポン叩き、腰をかがめて目線を合わせる。
 少年は影乃の姿を見つめると、頷いて走り去った。
 子供たちのヒーローは、今は一人のヒーローに。

 薄ぼんやりと灯がにじむ。ちょうちん、灯籠、ぼんぼりが、至る所に掲げられ、紫紺、紺碧、赤橙の、淡い明かりが藤を灯す。
 影乃は雅也に寄り添った。
 たくましい掌が、柔らかな掌を包み込む。優しく、力強く、愛し気に。
 あの日以来、惹かれ続けたその手に引かれ、影乃は雅也と幻想的な花のトンネルをくぐりはじめた。
「綺麗な……藤色だね」
 頭上に咲き誇る満天の藤。貴族の庭園にでも迷い込んだよう。幻想的な淡い光が夜を照らし、空から零れる宝石みたい。
「藤の花言葉……知ってます?」
 赤の瞳が、彼を見上げた。
「なんて言うんだ?」
 ブラウンの瞳が、彼女の心を覗き込む。
「決して離れない。っというのもあるらしいですよ」
 そのまま、少女は恋人の腕にぎゅっと抱きついた。
 彼の鼓動が聞こえてくる。きっと自分の鼓動も聞かれている。きっと自分の方がもっと速い。
「冗談……ですよ♪」
 からかうように影乃は微笑んだ。
「知ってた。って言ったら?」
 返された微笑み。挑むような瞳。思わずコクリと息を呑む。
「冗談……だよ。お返しだ」
 ククッと笑い、おでこを小突く。
 影乃はプクッとむくれてみせたが、押し当てられた指の温もりにドキドキは止むことが無かった。
 そのまま、恋人たちは栞作りの会場へ。
「次は二人だけで見に来ような」
 彼の想いに彼女は微笑む。
 美しい藤の花。きっと今日を留め置く栞になる。続きを開くのは、また来年。

●祭り
「今日は来てくれてありがとう。お陰でショーも盛り上がったから、お祭りを中止せずに済んだわ。お礼に何かご馳走させてね」
 奈津美お姉さんのお大臣発言に、形兎とマリーがヤッタと湧いた。
「二人とも、助かったぞ」
 宝お兄さんも二人を労い、同時に「お疲れさま」と相棒の首元をコショコショ撫でている。
「よければ宝も一緒に行かない?」
 お姉さんの誘いを受けて、気配リストのドクターは微笑んだ。
「嬉しい提案だな。よし。会計はこっちで持とう」
「いいの?」
「あぁ。雅也の奢りだ」
 気配リストは、悪い顔で微笑んだ。
「そういうことなら、心おきなく食べるのじゃ」
「お土産代は奢りに含まれますか!」
「全部まとめて雅也が面倒みてくれるさ」
「ヤッタァ♪」
 あらあらと笑う奈津美。その横ではバロンがやれやれと首を振っている。

 ピーピーヒャララ。ピーヒャララ♪
 澄んだ笛の音、空に舞い、ソイヤソイヤと神輿がはしゃぐ。
 ジュジュゥと香るタコヤキ。黒々としたソースが身を包み、削り節と青のりが、さらさらハラハラ彩を加えていく。
 カリッ。トロッ。じゅわぁ。
「こりゃ美味い」
 感動を漏らす宝の横で、白いのがアーンと口を開けた。
「熱いぞ」
 カリッ。
 顔をとろけさせた白いのは、召されるように天に昇って行った。
「あら、美味しい」
「これはイケるのぉ」
「兄ぃにも食べさせてあげたいなぁ」
 口々に零れる称賛。ジッと見つめるバロン卿。
「バロンはチョコバナナ食べる?」
 ハイタッチするバロンと奈津美。そのままバロンは目を細めてバナナにかぶりついた。
 お腹が満ちたら藤の花。イルミネーションで輝く藤のトンネルを皆でくぐっていく。
「わ、わ、すっごい綺麗。ウチのおばぁの藤棚も綺麗だけど、こんなにいっぱいの藤は圧巻だね!」
 兎の少女がパシャパシャと熱心に写真を残していく。次に自分がデートで訪れるシーンを想い描きながら。
「圧巻じゃのぅ」
「ほんと、綺麗ね」
「今年はゆっくり花を見る機会が無かったからな。これは好い」
 みんな口々にため息を零す。
 仲良し旅団の面々は、その後も花に屋台と思う存分、夜の祭りを楽しんだのだった。

 祭りの最後で領収書を渡された団長は、夢見心地で大盤振る舞いしたという。

作者:ハッピーエンド 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 1
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