滾る岩漿は沸々と

作者:譲葉慧


 うっそりと横たわる闇の中、明滅するほの白い光が、岩肌に踊っている。
 その光の只中には、眼鏡をかけた少女が立っていた。その周囲には光る立体画像が幾つも浮かんでいる。どうやらそれは操作盤らしく、彼女の指が画像に触れるたび、目まぐるしく数字や図を表示している。
 立体画像の放つわずかな光が照らすのは、この洞のほんの一部と思われた。なぜなら、少女を取り巻く様に、闇に紛れておびただしい気配が黙して佇んでいたからだ。
 昼夜の別すらわからない洞で、どれだけ時間が経った頃だろうか。
 命じられたならば、たとえ万年でもただ待ち続ける、そんな愚直さすら感じる気配達に向けて、とうとう少女は向き直った。求めていた解を得た喜びで、分厚い眼鏡の奥の眼が炯々と光っている。
「計算終了……見つけたわ、ドラゴンの封印場所を……お前達はそこへ行って封印を解くのよ……」
 身じろぎもしない気配達の理解を確かめもせず、少女は語り続ける。
「そしてお前達ケイオス・ウロボロスは、ドラゴンの糧となる……その身のグラビティ・チェインをもって……」
 死ねと命じる少女の声に対し、抗いも躊躇いもなくケイオス・ウロボロス達は動き出す。その様を当然という様子で一瞥し、少女は再び計算へと戻った。
「それが我ら眷属の生きる途……」
 うわごとのような少女の呟きが、洞の静寂に押し包まれ、消えた。

 岩がちな活火山の頂の窪みから煙が上がっている。火口があるのだ。その熱と煙の只中に、4体の人ならざる影が立っていた。黒い身体に鉤爪と翼を持つ彼らは、洞の闇に潜んでいたケイオス・ウロボロスであった。
 彼らの頭にある赤い眼らしきものは、勢いをます火口を一身に見つめ、口元にずらりと並ぶ牙の隙間から、何かを呼ばわるように叫びとも呻きともつかない音を立てている。
 その音に応じ、火口の地面が震え、地割れが一列拡がった。それが皮切りだった。
 四方八方に拡がる地割れから溶岩が溢れ、瞬く間に火口は赤く光る溶岩溜まりと化した。そして溶岩が山のように盛り上がったかと思うと、その中から、ついに竜が這い出たのだ。
 まるで溶岩に育まれたかの如くの姿をした竜は、緩慢な動作で己を解放した者達の前へと進む。じっと佇むケイオス・ウロボロス達が送る崇敬めいた眼差しに、竜はその四つの眼に憎悪と飢餓を滾らせ応じた。
 ケイオス・ウロボロスの血肉を最後の一片まで喰らってもなお、全く満たされない。長きの封印から解かれた溶岩竜ソドムは、未だ飢餓という軛に繋がれたままであった。


『封印されたドラゴンが日本各地で解放される』その予知を得、ヘリオライダー達がヘリポートに集っていた。
 マグダレーナ・ガーデルマン(赤鱗のヘリオライダー・en0242)も、ヘリオンの側でドラゴン討伐の人員を募っている。
 ヘリオンの壁には、煙を吐き出す活火山や、その火口の空撮写真が貼り付けてある。
「阿蘇山の火口の一つに封じられたドラゴンが、解き放たれようとしている。奴らは、ここのところ鳴りを潜めていたが……クラト・ディールア(双爪の黒龍・e01881)達が抜かりなく進めていた調査のお蔭で、未然に予知する事ができたのだ」
 そう言い、マグダレーナは火口の写真を示した。写真からは自然現象以上の異変は見て取れないが、ドラゴンが封じられているのだという。
「ここだ。この火口で奇妙な姿のドラグナー達が封印を解くのだ。そして、火口から溶岩と共にドラゴンが現れ、ドラグナーを喰らい尽くしグラビティ・チェインを補給する。だがそれで満たされないドラゴンは衝動のままに山を降り、虐殺を行うだろう」
 それは、絶対に阻止しなければならない。ケルベロスは阿蘇山の火口、溶岩溜まりの淵に立ち、退くことは許されないのだ。
 相手は強大だ、相対するには覚悟が要るぞと、マグダレーナは一応の念を押した。そして躊躇う者が居ないのを見て、ちらりと牙を見せ、にやりと笑った。
「だが、奴は飢餓状態で、加えて定命化も始まっているらしく、弱った状態だ。戦いの間も刻一刻と弱ってゆくらしい。そうだな……お前達ならば、10分程耐え切れば、奴を屠る機も見えてくるはず。分の悪すぎる賭けではないと思うぞ」
 しかし、勝機はあるとはいえ、それは策なしで見出せるものでもない。弱っていても最早後のないドラゴンは渾身の力で足掻くだろう。
 ドラゴンについて、問う声が幾つも上がる。
 曰く、火口から現れるドラゴンならば、やはり溶岩を操って戦うのだろうか。
 曰く、どんな攻撃傾向があるのだろうか。
「奴は、赤く灼ける岩と見紛うような身体をしている。体長は15メートル位と視えた。火口の溶岩溜まりの中から、炎を吐いたり、熱く灼けた岩を飛ばしてくるようだ。攻撃力も高いが、その炎の勢いと、岩の発する圧は尋常ではない。その影響を軽んじてはならんぞ」
 問いにそう答え、マグダレーナは勿体をつけるように、一旦間を置いた。継ぐ次の句に注目して欲しいようだ。
「そして、奴の最大の武器は巨大な腕だ。近くの相手を踏みつぶし溶岩の中に沈める。食らったら只では済まんぞ。体力が減って来ると、これを多用するようになる。その頃はこちらとて無傷ではないはずだ。戦線の崩壊を招きかねんぞ、気をつけろ」
 私が視たのはここまでだった、と締め、マグダレーナは少し焦った様子で腕時計を見、少しでも早く離陸したいからと、ケルベロス達をヘリオンの搭乗口へと急き立てた。
「奴らにはもはや、定命化が始まり、理性も失ったドラゴンしか手札が無いのかもしれんが、どうにも腑に落ちん。ただの悪足掻きで済めば良いがな……だが、まずは奴を撃破してからだ。皆、無事で戻ってくるのだぞ。帰還するまでが任務なのだからな。では、出発する!」


参加者
グレイ・エイリアス(双子座のステラ・e00358)
大弓・言葉(花冠に棘・e00431)
クラト・ディールア(双爪の黒龍・e01881)
コロッサス・ロードス(金剛神将・e01986)
七星・さくら(日溜まりのキルシェ・e04235)
柚野・霞(瑠璃燕・e21406)
ミカ・ミソギ(未祓・e24420)
レピーダ・アタラクニフタ(窮鼠舌を噛む・e24744)

■リプレイ


 溶岩竜ソドムが封印された阿蘇山の火口の縁に、ケルベロスは立った。凹んだ火口の中心に溶岩が溜まり、煙が上がっている。それらから生じる熱が、ケルベロスの身体を包む。
 そしてその熱に乗って、ケルベロス達を『認識』した恐るべき存在が放つ意思が、ひしひしと伝わってくる。それは敵意ではない。恐るべき存在――溶岩竜ソドムは、ケルベロスを敵対しうる存在と見なしてはいなかった。それは、果てない飢餓に苛まれた者がようやく見つけた、ちっぽけな餌に向けるものだった。
 その意思は、理性を無くしているからというだけでなく、おそらくドラゴンという種の生来の性であるのだろう。ドラゴンと定命の者との差はそれほど違っていた。だが、それもソドムが封印された時代の話だ。時は流れ、人は反攻の牙を手に入れている。
 それでも、ドラゴンは一手を誤っただけで全員の命を危うくする相手であることには変わりはない。そして、ケルベロスに敗北は許されていない。今ここに居るのは、それを知りながら敢えて立つ者達だった。
「全員で帰ろうね!」
 弾む声で、グレイ・エイリアス(双子座のステラ・e00358)は仲間達に声を掛け、駆ける。もしかして、もしかすると……ともすれば浮かんでしまう、その先の言葉を振り払うように。今はもはや、それを考える時ではなかった。
「その腕が、顎が、人に届くよりなお早く。俺が来た、俺達が来た。ケルベロスが来たぞ、溶岩竜」
 光る翼、看取る者達の翼を開き、ミカ・ミソギ(未祓・e24420)は溶岩流ソドムに先触れする。汝の運命が訪れたのだと。
 死を知らぬ収奪者に、重力の鎖もて命の終焉を知らしめるのだ。ケルベロス達は熱を帯びた地面を蹴って、灼熱の中心へと走った。


 湧きあがる溶岩に、溶岩竜ソドムは身を浸していた。
 クラト・ディールア(双爪の黒龍・e01881)は微かに眉根を寄せた。一面に拡がる赤色は赤すぎる。そして空気といい地面といい、熱すぎる。その忌々しい赤すぎて熱すぎる中心には、寄りにもよって赤い竜が鎮座している。その様に、母の連れ合いである男、一般的にはクラトの父である男の姿が重なる。
「火竜……俺の嫌いな、火竜ですね。この熱さ、あの赤い体は、嫌いです。ええ、本当に」
 クラトは、すらりと母の家系より託された刀をすらりと抜き放ち、更に間合いを詰める。
「黒き竜の家系。大切な絆を守るためにこの牙を振るいましょう!」
 赤い戦場の中で、不思議と刀身は黒い照り返しを放つ。それは母方に連なる祖の魂が共にあると示しているかの如くであった。

 得物を構え迫るケルベロスに向けて、溶岩竜ソドムは首を振り立てあぎとを開いた。吐かれた炎の奔流が、4人を巻き込んで渦巻いた。逆巻く火焔が、灼かれた者の身に溶岩に似た粘性で纏わりつき、発火させる。
 その恐るべき熱量にクラトは愕然とした。彼の着ている祭祀服の守りは、まるで無かったもののように破られ、身体が焼け焦げている。辛うじて耐えたが、やはりドラゴンの力は強大だった。
 七星・さくら(日溜まりのキルシェ・e04235)は、直ちにヒールドローンの治癒及びガーディアン機構を展開させたが、癒し手である彼女のヒールグラビティをもってしても、仲間を包む炎は消しきれない程に燃え上がっていた。
 この炎の勢いは、尋常ではない。そして、恐らくソドムが繰り出す他のグラビティも、付随する効果は強力に違いない。
 さくらと柚野・霞(瑠璃燕・e21406)の目が合った。一瞬で同じ結論に至ったのを理解する。
「ソドムの吐く炎に気をつけてね!」
「火山弾の衝撃も、侮れません。その圧は攻撃を逸らす程」
 だが、それも想定内、備えはしていた。さくらと霞の声に応え、ミカは、腕を一振りし、攻性植物の形態を変化させた。地熱にも怯まず天へ向かって伸びた攻性植物に生った果実が光を放ち仲間達を照らす。紗のように揺らめく黄金の光は、炎と衝撃圧を散らす助けになるはずだ。
 ソドムは地響きのような低い唸りを上げながら、次の攻撃機会を伺っている。戦場を見渡す四つの眼は、弱った獲物を注視している……クラトだ。
 コロッサス・ロードス(金剛神将・e01986)は守護の指輪をはめた手を、後方の仲間達に向けた。彼はクラトの所で僅かに手の動きを止めかけたが、そのまま動いた手が指したのは、さくらだった。彼女の前に淡い光が集まり、盾の形をした力場が形成された。
(「負傷が重すぎる。次の一撃に、彼は耐えられまい」)
 後は、ソドムの至近で守りを固める自分達が、庇い切ることを祈るしかない。コロッサスは溢れる溶岩の際に共に立つ、大弓・言葉(花冠に棘・e00431)とボクスドラゴンのぶーちゃんを横目で見た。ミカを庇った言葉もまた、炎の息を食らったが、彼女の衣に宿った加護と守りの態勢のためだろう、傷は致命的ではないようだ。コロッサス自身の魔道装甲、金剛不壊も、その名のとおりに、ソドムの炎と腕に耐えうるはずであった。
 言葉は帯電したゲシュタルトグレイブを熱気流を割って突き込むが、途中で気流に負けて勢いを削がれ、ソドムの鱗で阻まれた。鱗を蹴り、滾る溶岩を越えて足場に戻ると、ふわりとぶーちゃんが寄って来て、頭の触角でそっと触れた。小さな竜の脈動が、言葉の身体へと伝わった。
「ありがとね、ぶーちゃん」
 癒しと浄化の力を受け取って、一人と一匹は離れる。圧倒的なソドムを前にして、こころなし目を潤ませながら、それでもぴんと触角を立て、羽根を広げる、ころんと丸い熊蜂のような竜。前へ前へと向かうその背に、言葉は微笑んだ。
(「頑張ってるね、ぶーちゃん。私も頑張る」)
 ソドムが身じろぎする度に、地面が揺れ、溶岩溜まりから赤く灼けた岩が噴出する。レピーダ・アタラクニフタ(窮鼠舌を噛む・e24744)は、それらの岩を足場にしてソドムの上へと跳び上がり、両脚で思い切り蹴りつけた。その衝撃が分厚い鱗の奥に届いたのを確信する。とは言え、完全に入ったわけでは無い。
 ソドムの鱗と熱気流を突き抜け、痛手を与えるには、相応の備えが必要となる。ソドムの定命化による弱体が始まるまでの10分間は、猛攻に耐えると共に、その膳立てを整える時間でもあった。
「寝起きでお腹空いてるんですね? でもレピちゃんたちは生きたいんです。食べちゃダメ、ですよ」
 レピーダはカサドボルグをぱっと開き、ソドムの頭の上で語りかけた。怒ったように振り払おうとするソドムの力に乗って、吹き飛ばされたレピーダは、開いたカサドボルグでふわりと着地し、再び距離を取る。
 その眼下では、グレイの竜語魔法が現世に編み上げた竜の幻が、反撃とばかりにソドムに炎を吹きかけていた。炎の化身のようなソドムには、いかにも炎は効果薄に見えるが、その精髄はグラビティに違いなく、威力が損なわれている様子はなさそうだ。
 戦いは未だ緒戦、その流れの行き着く先も未だ見えない。


 ソドムの力によって放たれた火山弾がグレイに直撃し、周囲の岩を抉りながら彼女を吹き飛ばした。火山弾は既にクラトも倒している。理性を失ったソドムは細かく作戦を立てられる状態ではないが、狩り易い獲物を嗅ぎ付け狙う猟人の本能は残っている。
 ケルベロス達の背を、冷たいものが撫でた。誰かが戦線離脱することは、覚悟していた。それだけの強敵だ。だが、早すぎる……。
 クラトは狙い澄ました一撃で、ソドムを弱体化するはずだった。グレイはグラビティの炎でソドムを燃やすはずだった。攻撃手二人が、ソドムの弱体化を待つ半ばで離脱したのは、大きな痛手だ。
 そして、幾度も火焔の息を受けた、ぶーちゃんの消耗も激しくなっている。ごめんね、と謝りながら、言葉は己の気とグラビティをない交ぜて結い合わせて作り上げた光の二本の大鎌の刃でコロッサスの方を包み、出来上がったハート形の力場で傷を癒した。
 言葉がぶーちゃんの回復を諦めた姿を見、さくらの手が、自分の首元に伸びる。二つの首飾り、色合いの少し違う桃色の石があしらわれた、愛してやまない火竜と大好きな人から贈られた宝物達だ。触れると不安に冷えた指先にほんのりとした温かみが伝わる。それは、彼らの傍に居る時に感じる温もりと同じだ。
 この温もりの元へ帰りたい。さくらはそう思い、そして心の中で直ぐに言い直した。絶対に帰る。その為にすべきことは、己の役割を全うすることのみだ。彼女は前線を張る仲間達を包み込むように、賦活の雷で壁を構築した。
 一方で、霞は刀を抜き放った。周囲の熱気を退かせる程に鋭く冷たい刃が微かに震え、鍔の蒼い宝玉の内でめろめろと妖しい炎が揺らめく。かつて刀が喰った魂が宿っているのだ。霞はその魂をレピーダにずっと分け与え続けていた。囚われの魂は、レピーダが攻撃する時、生ある者の命の在り処へと、まるで道連れを求めるように導くのだ。
「結構いい感じになってきたかも☆ ありがとうございまーす!」
 レピーダは、ソドムの側面から跳び、面積が広いのを良いことに、胴体に思い切り蹴りを入れた。霞の支援のお蔭で、最初に飛び蹴りを入れたよりもより深く刺さっている手応えがある。痺れで攻撃が命中した部分がぴくぴくと痙攣している。
 確かにレピーダの言う通り、命中精度が上がっているようだ。それを見届けた霞は、火口の岩肌を駆けながら、別の支援を行うための、魔術儀式の準備を整え始めた。
 応じるソドムはというと、今度は幾度目かの火焔の息をケルベロスに見舞おうと頭を巡らせた。可能な限り多数を巻き込もうとしているらしいが、至近の3人と、離れた3人で同数の今は、どちらかを気まぐれに狙ってきている。
 ソドムは少し頭を上げ、後方、癒し手と攻め手の3人に向け息を吐いた。満身創痍のぶーちゃんが射線に躍り出る。仲間を庇った彼は、真っ向から炎を食らい、ふっと呆気なく消えた。
 拙いな。口にも表情にも出さず、コロッサスはごちた。これで3名戦線離脱した。残り6名とて無傷ではない。見た限り、積み重なった負傷で、言葉とさくらは限界に近付いている。作戦云々ではなく、攻撃に晒され続け、単純に体力をすり減らせた結果だ。
 もうそろそろ交戦開始より10分……勝負に出る時だ。仲間達も、ソドムの動きを注視している。皆どうやら同じ心もちであるようだった。
 そして、時はとうとう到来した。


 当初からソドムは溶岩溜まりから余り動かなかったが、それでも判別できるほどに、その動きは鈍重で億劫そうなものに変わった。隙が増えたのが、何よりの証拠だ。だが、その状態でも安定して攻撃を命中させているのは、支援を受けつつ狙いすました攻撃を仕掛けるレピーダだった。彼女はソドムの至近に迫り、攻勢に出ようとも考えたが、ソドム最強の技、灼岩撃の威力が未知数で危険であるのと、戦場の移動時間を鑑みると、分の悪い賭けに見え、思いとどまった。
 火傷に打撲、傷だらけの言葉は、仲間のヒールを断って、ふらつく足を叱咤し、ソドムの前に立った。どうあっても、耐えられるのは後一撃だけだ。それならば私を狙わないで、とソドムの眼を見上げる。
 ――倒れるならば、仲間を庇って後へと繋ぎたいの。
 果たして、ソドムは後方に向かって火山弾を放つ。その軌跡を追い、言葉は間一髪で空間を歪めながら飛ぶ岩塊と仲間との間に割って入った。手足と翼とを引きちぎらんばかりの衝撃を感じ、彼女は火口の縁に叩きつけられ、そのまま意識を失う。
 応報とばかりに、ケルベロス達の攻撃が相次いでソドムに命中し、ソドムは苛立たし気な咆哮を上げ、溶岩溜まりに浸かっていた身体を引き起こし、前腕を顕わにした。その四つ眼は炎を吹きださんばかりの怒気をはらんでいる。
「疲弊し理性を欠いた者を討つ……か」
 遂に前線に一人となったコロッサスは、理性と狂気がない交ぜになった風情のソドムを見た。応えは、太い腕の薙ぎ払いだった。溶岩溜まりに叩き込まれた彼を潰そうと、腕が尚も襲ってくる。
 溶岩から何とか這い出した彼に、仲間のヒールが幾重にもかけられる。この灼岩撃、耐えられて後一回、良くて二回といったところか。何とか持ち直したコロッサスはそう見立てた。そして、今は恐らく彼以外にこの一撃を耐えられる者はいないであろうことも。
 ただ一人の護り手が倒れた時に、戦線は完全に崩壊する。それを恐れたケルベロス必死の集中砲火が、ソドムを襲う。ここに来てレピーダが地道に仕掛けた麻痺が効き始めたが、薄氷一枚の運頼みだ。
 そしてとうとう、最後の盾であったコロッサスも仲間を庇いとおし、ソドムの腕の一撃に倒れる時が来た。巨大な腕を抱え込むように受け止め、そのまま彼がくずおれた後にソドムと一人相対するのは、霞だ。灼岩撃の威力を目の当たりにし、自分が耐え切れるものではないことは分かっている。
 どうしよう。どうすれば? 強大な溶岩竜を目前に霞が自問したその時だった。ソドムが緩慢な動きで溶岩溜まりから出たのだ。弱りながらも一歩、また一歩と着実に歩みを進めている……火口の外、人の住む地目指して。仲間達の攻撃を受けても、溶岩混じりの炎の息を吐きかけながら、その歩みは止まらない。
 駄目。それは駄目。絶対に駄目。
 何かが霞の中でふっつりと切れた。何かの正体は彼女自身にもわからなかった。ただ、かつてない高揚感とともに身体が軽くなり、得体のしれない力が身体中を巡っている。どうやら、外見すらも変わっているようだった。けれど今はどうでもいい。
 使い慣れた竜語魔法を発動させると、幻の竜が放つ炎はソドムに吸い込まれるように飛び、着弾して燃え上がった。と同時に、ソドムは今まで上げたことのない苦痛の方向を上げたのだ。
 それが、霞には何だか可笑しかった。もっと聴きたくて、刀で斬りつけてみた。すると、刀に憑いた霊の怨嗟がソドムを冒して、更に凄い咆哮を上げたのだ。しかも鱗はすっぱりと綺麗に斬れている。
 もっと、もっとと斬りつけていると、いつの間にか赤い鱗は動かなくなっていた。これでは物足りない。デウスエクスをもっと斬らないとならない。
 行こう、ここじゃないどこかに。

 ソドムを思うさま攻撃した後、霞は何処かに去っていった。傷ついた者、立っている者、そして境のこちらに留まった者とあちらへと往った者。それぞれの運命をよそに、火口の煙の切れ目から切れ切れに覗く空だけは、ただひたすらにくっきりと青かった。

作者:譲葉慧 重傷:グレイ・エイリアス(双子座のステラ・e00358) クラト・ディールア(双爪の黒龍・e01881) 
死亡:なし
暴走:柚野・霞(瑠璃燕・e21406) 
種類:
公開:2018年6月5日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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