故郷に残してきた『約束』 殖命竜ナターリエとの戦い

作者:河流まお

●破滅を願って
 竜十字島にある鍾乳洞の一角で無数の人影が蠢いている。
 陽光届かぬその場所で、暗闇をぼんやりと照らしているのは一人の少女の前に無数に展開している青白いモニターだ。
 少女の名は竜性破滅願望者・中村・裕美。
 そして、彼女の周囲に付き従う黒い鱗を纏った異形はケイオス・ウロボロス。
 島根県隠岐島で行われた菩薩累乗会。そこで発生消滅した膨大なエネルギーの余波を観測し、地上に封印されたドラゴンの位置を特定しようとするのが、このドラグナー達の狙いだった。
 やがて、日本地図を映し出したモニターの一つに赤い光点が表示されると、裕美は感嘆の吐息をついて微笑む。
 裕美の狂気の執念が、演算に一つの解を導き出したのだ。
「さぁ……見つけたわよ……。お前達……この場所に向かいドラゴンの封印を解きなさい……」
 ケイオス・ウロボロスが、裕美の命令にキーキーと甲高い声で応える。
 人間には聞き取れない言語だが、異形の瞳が歓喜に震えていることは見て取れる。
 ケイオス・ウロボロスのうちの4匹に指示を下し、裕美は再び計算作業に戻ってゆく。
「全ては、ドラゴン種族の未来の為に……」
 それは気の遠くなるような地道な作戦。そのくせ、実を結ぶかどうかも、実際のところ定かではない。
 だが、『あのドラゴン』さえ発見できれば、それはこの現状を打破する大逆転となるはず――。
 闇の中で、裕美は小さくそう呟くのだった。

●封印解放
 渓流が暖かな日差しを反射して、まるで宝石のように輝いている。
 南アルプス連峰のとある場所。裕美の指示を受けたケイオス・ウロボロス達が降り立ってくる。
 彼らは渓流にある奇岩に近づくと、ギーギーと超音波で封印解除の呪文を唱えてゆく。
 次の瞬間――。
 奇岩を砕いて、地響きと共に地面から姿を現したのは赤い瞳を持った美しき白竜。
 ひと薙ぎの鉤爪が振るわれると、ケイオス・ウロボロス4匹はフォークで刺されたかのようにまとめて貫かれ、そのまま飢えた白竜の顎の中へと収められてゆく。

「……ここは?」
 目を覚ました『殖命竜ナターリエ』は、まどろむ頭を必死に働かせて、これまでのことを遡るように確認してゆく。
「そうだ、私は地球で……」
 大侵略のとき、不覚を取って封印されたこと。
 そもそも、この遠い異星の地にグラビティ・チェインを狩りに来たこと。
「ああ……」
 地球へと旅立った日。愛する子供たちが、飛び立つ自分のことをいつまでも見送ってくれていたこと。
 すぐ帰ってくるから心配しないでね、と子供たちに約束したこと。
「――ッ!」
 ここまで思い出して、ナターリエは灼けつくような焦燥感を喉の内に覚える。
「子供たちは……!? な、なんてこと……すぐにグラビティ・チェインを獲って戻らないとッ!」
 子を想い母は狂う。
 封印されている間に浪費したであろう時間を考えれば、彼女の子供たちが無事であるはずもないことは容易に想像がつくのだがー―。
 まぁ、そんな冷静で理屈っぽいことは、このナターリエの思い至るところにはない。
 なんでもいい。見つけ次第、捕らえて殺す。
 この狩りを終えて故郷に帰ったら、子供たちがきっと私を出迎えてくれる。
 そうに違いないのだから――。

●命を奪い合うこと
 予知を語り終えたセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が静かにケルベロス達へと向き直る。
「信田・御幸(真白の葛の葉・e43055)さん達が危惧していた、ドラゴンの活動が確認されました。
 彼らは、大侵略期に封印されていたドラゴンの居場所を探し当て、そのドラゴンの封印を破って戦力化しようとしているようです」
 セリカの言葉に会議室がザワつく。
「復活したドラゴンは、かなりの飢餓状態な上、定命化も始まっていますが、その戦闘力は脅威となります。
 ですが、戦闘が長引けば長引く程、ドラゴンの戦闘力は弱体化していくので、なんとか耐え忍べば、チャンスが生まれてくるはずです」
 ケルベロスの一人が難しい顔を見せる。
「いや、耐えるって……どのくらいよ?」
 最強種であるドラゴンを相手にそれがどれだけ危険なことか。それはセリカも理解しているようで、
「……戦闘開始後10分以上耐えれば勝機が見えてくると思います」
 苦虫を噛み潰すように呟く。
 敵は殖命竜ナターリエ。全長12mほどの白い雌竜だ。
「言葉はある程度通じるようですが、彼女がその目的、グラビティ・チェイン狩りを曲げることは絶対にないでしょう」
 そもそも、この敵を前にして説得をする余裕があるのかどうか……。
 情けで牙を鈍らせれば、喰い殺されるのはたちまちケルベロス側となるだろう。
 つまるところ、これは単純な命の奪い合い。
 ナターリエによって行われる大虐殺を阻止したければ、彼女を討伐するほかはないということだ。
 戦いの場所は山深い場所にある渓流。自然豊かな、静かな場所だ。
 場所が場所なので人払いを考える必要はない。
 また、ケルベロス達が駆けつける頃にはケイオス・ウロボロスはすでに捕食されているので、こちらも気にする必要はない。
「ナターリエは子供たちのために、それこそ死ぬ物狂いで襲い掛かってきます。
 ……大切な何かを背負った者が持つ『強さ』は、きっと皆さんも知っているはず」
 だからこそ、と言葉を区切り、セリカはケルベロス達に真っ直ぐな視線を返す。
「この戦いは熾烈を極めるでしょう。
 ですが私は、皆さんが一人として欠ける事無く、ここに戻ってきてくださることを、
 ……信じています」
 そう説明を結び、セリカは宜しくお願いします、と一礼するのだった。


参加者
夜陣・碧人(影灯篭・e05022)
ハインツ・エクハルト(光を背負う者・e12606)
椿木・旭矢(雷の手指・e22146)
レミリア・インタルジア(蒼薔薇の蕾・e22518)
神野・雅(玲瓏たる雪華・e24167)
六星・蛍火(武装研究者・e36015)
那磁霧・摩琴(シャドウエルフのガンスリンガー・e42383)
信田・御幸(真白の葛の葉・e43055)

■リプレイ


 目的地である渓流に辿り着くと、視界の先で樹々が大きく揺れ動くのが見て取れた。
 竜がケルベロス達に気が付き、その巨体を震わせたのだ。
「あはは……、この場合、探す手間が省けたって言えるのかもしれないけど」
 遠く、立ち並ぶ針葉樹林が根元から裁断されて、木っ端のごとく吹き飛んでゆく。
 そんな現実離れした光景を目の当りにしつつ、那磁霧・摩琴(シャドウエルフのガンスリンガー・e42383)があえて冗談めかした口調で呟く。
「敵の目的も、どうやら我々ようですね」
 竜が真っ直ぐこちらへと向かってきていることを確認し、花斑花翅の短剣を構える夜陣・碧人(影灯篭・e05022)。
 肩に乗せた相棒の仔竜フレアが、迫りくる圧倒的な存在に怯え、碧人の首元にギュッと身を寄せる。
「……!」
 清流を挟んで向こう側、立ち並ぶ木々が斬り払いながら殖命竜ナターリエがその姿を現す。
「こいつが、オレの故郷を大昔に襲ったドラゴン……」
 武者震いの様なもの感じながらハインツ・エクハルト(光を背負う者・e12606)が呟く。
 互いの視線が交錯したのは一瞬。
「来るぞ!」
 まず先手を取ったのはナターリエ。
 白竜の口に青白い光が灯るのを見て神野・雅(玲瓏たる雪華・e24167)が叫ぶ。
「ガァアアッ!!」
 竜の咆哮が山々に響き渡る。
 薙ぎ払うように前衛陣へと放たれる氷のブレス。大気中の水分が一瞬にして凍結し、まるで細かく砕かれたダイヤモンドのように輝く。
「――ッ!」
 その美しさとは裏腹に、威力は凶悪の一言だ。冷気に触れた木々は一瞬にして季節外れの樹氷と化してゆく。
「範囲攻撃でこの威力か……。冗談きついぜ」
 頬にこびり付いた霜を払いながら、椿木・旭矢(雷の手指・e22146)。
「この化け物相手に、まずは10分耐え凌げ、か……」
 セリカさんからのとんでもない無茶振りであると言わざるを得ない。
 旭矢はヘッドフォンを装着し、己を鼓舞する音楽を身体に流し込んでゆく。
 僅かな勝機を掴むためにも、まずはサークリットチェインで前衛の守りを固めてゆく。
「子を思う母、か」
 そして、暴れ狂うナターリエに対してどこか複雑な表情を浮かべるのは信田・御幸(真白の葛の葉・e43055)。
「同情はする。けれど、譲れないのはこちらも同じ」
 そう。ここでナターリエを取り逃がせば、数百という犠牲者が出るのだ。
「なんとしてもここで食い止め、子供達の元へ送ってやる」
 互いに譲れないならば、あとは戦いの中で決するしかない。
 傷ついた前衛陣に金雷の防御壁を張ってゆく御幸。
「どんな強敵が相手でも、みんなで力を合わせればきっと届くはずだよ!」
 摩琴が軽やかに舞い踊ると、戦場に癒しの花弁が咲く。氷結のブレスで刻み付けられた凍傷が、暖かな光と共に治癒されてゆく。
「みんなで笑って勝利するからね!」
 その摩琴の言葉に頷き、次々と反撃のグラビティを放ってゆくケルベロス達。
 だが――。
 敵はさながらツバメのような速度で木々の間を動き回り、次々と攻撃を回避してゆく。
「あの巨体でこの動きだなんて……」
 黒影弾を回避されて唇を噛むレミリア・インタルジア(蒼薔薇の蕾・e22518)。
 この回避能力。まずは敵を足止めしていく必要がありそうだ。
 ゆえに攻略の鍵を握るのはスナイパー陣。
「そう何度も外すわけには……」
 黒影弾を翻るようにして回避したナターリエ。その着地の隙を六星・蛍火(武装研究者・e36015)が狙う。流星のごとき蹴撃が白竜の脚に突き刺さり、敵の動きがほんの僅かに鈍る。
「よし、命中……!」
 まだまだ敵に痛打を与えたとは言い難いが、戦闘開始から初めて攻撃が命中したという事実は何よりも仲間達を勇気づける。
 瞳に殺気を滾らせるナターリエ。
「あまり時間がないの。故郷で私を待つ子供たちのため、ここで貴方達には死んでもらうわ」
 二つ首の大鎌のような鉤爪を振り抜かれる。
 切っ先の視認すら許さないその一閃。
「――ッ」
 一拍遅れて胸から血が飛沫き、堪らず膝を折りそうになるレミリア。
「大人しくしていれば、せめてもの慈悲として、苦しまずに殺してあげましょう」
 血を払いながら宣言するナターリエに、レミリアは抵抗の意志を示す。
「……大切な人の為にと言う気持ちは重々に分ります。ですが奪うと言うのなら私たちは力の限り抗います、貴女と同じように大切な人達の為に――」
 青い瞳に覚悟を湛えて、ゲシュタルトブレイブを構えるレミリア。
「身を削り、血を流し、幾多の涙が流れようとも決して譲れません。
 さあ、参りましょう。全力を持って貴方を倒します!」
 レミリアの言葉に頷き、仲間達も武器を構えなおす。


 渓流の周辺は竜の吐息で氷の世界へと様変わりしていた。
「5分経過、か」
 雅が腕時計を一瞬だけ確認し、苦い表情を浮かべる。
 かつて、これほどまでに時間を長く感じることがあっただろうか。
 今のところ、戦線は崩壊せずに維持できているものの、次第に積み重なってくる回復不能ダメージが次第に焦燥感を駆り立ててくる。
「焦るな……。ピンチの時こそ冷静に。なんて、彼だったら言うかもな」
 雅の脳裏に浮かぶのは、自分を庇って竜に喰われた、今は亡き友の姿だ。
「わかっている。今度は……私が誰かの盾になる番だ」
 彼女が抱える自己犠牲は、もしかしたら贖罪に近いのかもしれない。
 亡き友の『夢』を果すために、その代わりとなって戦う雅の姿は、痛いほどに彼と酷似している。
 プラズムキャノンと轟竜砲を交互に放ち、蛍火と共に敵の機動力を削ぐことに尽力してゆく雅。とりわけプラズムキャノンの命中精度が高いか。
 そしてこの戦いに深い思いを抱いているのは一人ではない。
「ドラゴン――。大切な彼女の何もかもを奪ったモノたち」
 竜に故郷を滅ぼされた過去を持つ彼女のことを思い浮かべながら御幸。
「君は仇そのものではないけれど、竜の眷属に連なるものとして、私が今の力でどこまでやれるか、試させてもらう」
 いつか相まみえるであろう彼女の宿縁の相手。
『その時』が来るまでに、御幸自身も強くなっておかなくてはならない。
 それは、彼女と共にあろうとする御幸の意地である。
「――六根清浄、急々如律令!」
 印と共に薬液の雨が戦場に降り注ぎ、氷を付加された仲間達を癒してゆく。
「ふむむ、ブレスの威力がこのぐらいなら……。よし、データが集まってきたよ」
 自ら受けた氷のブレスの威力を分析し、ナターリエの攻撃に威力の辺りを付けてゆく摩琴。
 それぞれの仲間達が喰らった攻撃方法や回数を考えつつ回復効率の最適解をシミュレートしてゆく。
「みんな、苦しい時だけど声を掛け合っていこうね!」
 タクトを振りエクトプラズムを操る摩琴。まるで指揮者のようにパーティーの中心となって、仲間達を支えてゆく。
「くッ、一刻も早く帰らないといけないときに――!」
 獲物であるはずの人間達から思わぬ抵抗を受け、怒り狂うナターリエ。
「故郷に帰りたいんでしょうけど、定命が始まった以上帰る前に力尽きるでしょうに」
 そんな母竜の姿に、『竜と人の共存』を目標としている碧人が憐みの言葉を紡ぐ。
 仔竜フレアを我が子のように溺愛する彼にとっては、このナターリエはある意味で非常に『近しい存在』といえるのかもしれない。
(子供のためなら何だってする。それが親心ってものですよね)
 その気持ちは痛いほどに理解できる。
 でも……。いや、だからこそだ。この戦いで手を抜く気は一切無い。
「私は『私の竜』のために――!」
 渾身の力で鱗剥ぎの杖を叩き込む碧人。
「攻めは任せるぜ! 行ってこいチビ助ッ!」
 ライオットシールド『Heiligtum:zwei(ハイリヒトゥーム・ツヴァイ)』を構え、最前線で守護の担うハインツ。
 彼が指笛を鳴らすと、まんまるコロコロのタヌキっぽい犬が飛び出してゆく。
「ばうっ!」
 ハインツに頷きを返すように吠え、臆することなく敵へと突進してゆくチビ助。
 咥えた短剣が一文字の裂傷を白竜の身体に刻み付けてゆく。
 ちょこまかと動き回るチビ助を煩わしく思ったのか、ナターリエの口元に再び氷結の輝きが宿った。
「キャウ!?」
 とても躱しきれない至近距離からの一撃に瞳を閉じるチビ助。だがその瞬間――。
 割って入る旭矢の背中。
「大丈夫か。ちっこいの」
「……ッ! ……!」
 必死に頷くチビ助の姿で、その無事を確認した旭矢が優しく微笑んだ……ように見えた。
 口が相変わらずへの字のままなのでどうにも判断が難しい。なんか痛みに目を細めただけと言われればそう納得してしまいそうである。
「旭矢! 大丈夫かよ!?」
「……なんとか、死んではない」
 激しい凍傷を負った旭矢の背中を見てハインツが駆け寄る。
「無茶しやがるぜ。でも、サンキューな!」
 ニカッと向日葵の様な微笑みでハインツは手を差し伸べる。
「……気にするな。あとひと踏ん張りといこうぜ」
 互いを支え合いながら、ケルベロス達は長い10分間を耐え凌いでゆく。
「私達一人一人の力は、ドラゴンに比べれば微々たるもの……。ですが、重なれば重いものでしょう?」
 仲間が積み重ねた足止めの効果のおかげで、ジャマーであるレミリアの攻撃も、次第に敵を捉えるようになってくる。
 そして状態異常を解除する手段がないナターリエにとって、これが何よりも『効く』。
「く、あの女を優先して始末しなくては……」
 ナターリエの殺意の籠った視線がレミリアを捉えた。


 耐え凌ぐ防戦が続く。
 その攻防の中でサーヴァント達は回復不能ダメージを積み重ね、一体、また一体と倒されてしまうが――。
 この強敵相手にしてここまで長く戦えたのは、奇跡であったといえるかもしれない。
「ありがとうね……月影。あなた達の仇は、私がきっと討つから――」
 最後の力を振り絞り、主人に属性インストールをかけて消滅した月影。蛍火が目じりに涙を浮かべながら月影を追悼する。
「っておい、まだアンタの月影も、オレのチビ助も死んでないってッ!」
「ボクたちがこの戦いを生き抜けば、また再会出来るから……。
 えと、だからその、碧人もそんなに落ち込まないでね」
「護れなかった……フレアを、護れなかった……」
 比較的ガチな落ち込みっぷりを見せる碧人をなんとか奮い立たせる摩琴。
 その時、ピピピッという電子音が蛍火と雅の腕時計から響く。
「これで10分経過だ」
「反撃開始ね……」
 確かに戦闘開始時と比べると、明らかに敵の動きが鈍ってきているのが感じられる。
 ――だが。
「それでもなお、並みのデウスエクス以上……」
 フォートレスキャノンを撃ち込みながら、敵がまだまだ戦うに十分な力と意志を残していることを確認する蛍火。
「でも、怖気付く訳にはいかない。皆の力を合わせれば、負けはしないわ」
 巨砲の薬莢を排出し、次弾装填を装填しながら蛍火は傷だらけの仲間達を奮い立させてゆく。
 敵の弱体に加えて、与え続けた状態異常がここにきて強く活き始める。
 だが、そのケルベロス達の多くが防御重視でグラビティを選択してきたせいか、いまだ敵を仕留めきるまでには至らない。
 ケルベロス達の用いた戦術は防御と回復を最重視し、時にディフェンダーを入れ替えてながら、戦闘を長期化させることで敵の弱体を図るというものだ。
 だが、これはある意味では被害が出ることを覚悟した、非常に『痛み』を伴う戦い方であるともいえる。
 ゆえに、戦い終盤はどちらが先に倒れるかの血みどろの削り合いだ。
「子供たちのためにッ! 私は必ず生きて、故郷に帰るんだァアア!」
 敵もまさに死ぬ物狂い。
 振るった刃爪がザックリとレミリアの首筋を引き裂き、頸動脈から血が飛沫く。
「う……、ぐ」
 糸が切れたように力が入らなくなり、仰向けに倒れるレミリア。
(惨劇を起こさぬため犠牲が出るなら私一人くらいなら安いもの……かな)
 呟く声は血交じりで、上手く言葉にならない。
(なんて、これを彼が聞いたら怒るでしょうね――)
 困ったように微笑むレミリア。その目が次第に虚ろなものへと変わってゆく。
「喋ろうとするな! 必ず、助けてみせる――!」
 医師である御幸がすぐさまレミリアに駆け寄る。
「下がってください! 早く!」
 碧人が御幸とレミリアに追撃が来ないようにカバーに入る。
 そして、狂乱のナターリエがその牙を碧人へと突き立てる。幾重にも重なった牙が碧人の腹を抉り取った。
「ぐ……!」
 水袋を割ったように血が噴き出し、前衛を支え続けた碧人がついに倒れる。
「ガァアアアアッ!」
 勢いに乗り、叩き潰すような狂爪の一撃を旭矢へお見舞いするナターリエ。
 巨魁が落下してくるかのような、全体重を乗せた超重量の一撃だ。
「旭矢ッ!」
 旭矢も既に満身創痍、仲間の誰が悲鳴をあげる。だが――。
「――踏まれても折られても、春には咲くのが花だ。ていうか俺だ」
 鋼鉄の意志で肉体を凌駕させ、その一撃を耐え抜いた旭矢。
「皆の命を守らねば、
 守り切ることができないなら!
 俺は何のためにケルベロスになったのか分かりはしない!!」
 旭矢は叫ぶ。彼にとって自分の死は怖くない。なにより怖いのは目の前で人が死ぬことなのだ。
 そして、彼が1分長く耐えたことがナターリエへと傾きかけた戦いの流れを食い止めることになった。
 体力の限界が近い。ここで決めないと恐らく次は無いとハインツは覚悟を決める。
「あんたが子供の為に、命を懸けてこの地球に来たってのは聞いている――」
 そのライオットシールドを構えて、竜の元へと突撃するハインツ!
「如何なる理由があろうと、こっちにも守るべきものがあるんだ!
 嘗てあんたと戦った戦士達の誇りと共に、オレ達は戦う!」
 氷のブレスが放たれるが、ハインツはその身を弾丸と変え、これを一直線に突き進む!
「くらい――やがれッ!」
 渾身のシールドバッシュで白竜が、ぐらり、と揺らぐ。
「あ……ぐ」
 それでもなお、最後の抵抗でハインツに牙を突き立てようとするナターリエ。その心臓を止めるために雅が動く。
「――私の前で。誰も、何人足りとも、竜の餌食にはさせん!!」
 放つのは『幻想組曲第12番・時神の砂時計(ヴァニタス・ヴァニタートゥム)』。
 秘術が敵の心臓を貫き、その鼓動をついに停止させた。

 竜がゆっくりと倒れてゆく。

 心臓に重力が撃ち込まれ、その脳が停止するまでの僅かな時間。
 ナターリエは短い夢を見た。
 それは、抱えきれないほどのグラビティ・チェインを獲得して故郷に帰るという夢。
「ほ……ら、沢山、あ、あるから喧嘩しない……で、分け合って……ね?」
 そう言いながら彼女が目を細めたのは、瞼の奥に子供たちの幻影を見たせいか。
 いや、ただ単に瞼を開く力さえも失ったせいか――。
 なんにせよ、それがナターリエの最後となったのだった。

作者:河流まお 重傷:夜陣・碧人(影灯篭・e05022) レミリア・インタルジア(薔薇の蒼騎士・e22518) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年6月3日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 14/感動した 7/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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